私の願う 言語の育て

 2016-05-23
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先日、あるお母さんが、下記のような内容の記事をご自身のブログに書いておられました。


小学生の時からずっと国語の勉強を教えていただいている先生がいらっしゃいます。
月に1回だけなのですが
毎月、イキイキとレッスンに通っています。

通い始めた小学校低学年の頃は
少しでも国語の力が付けばと思っていました。

その後
レッスンの様子や先生のお話を伺う中で
少しずつ私の考えが変わりました。

この子が
本を開いて
物語の世界に入り込む経験をしてくれたらいいな。
読みながら目がキラキラしたり
ぷっと吹き出すような経験ができたらいいな。
そういう経験を積み重ねる場であってほしいと。

いつの間にか娘は、
先生と笑いあいながら本を読むようになり

気がつくと
先生と物語の中の世界を語り合うようになりました。

先生と学ぶ姿を見ていると
この子は
学び、成長出来る子だと思えます。

先生とのレッスンは
最高級の特別な学びだと考えて
公立の学校でそれを望んではいけないのかもしれません。

だけれど
学べない子として扱わないで欲しい。

学び
成長できるチャンスを
学校でも作ってもらえたらと思うのです。

勉強ができるようにしてほしいとか
教科書を教えて欲しいとか
そういうことじゃないのです。

学ぶ事で
彼女の中にある好奇心や意欲を
刺激して欲しいなと思うのです。

学ぶ事で
世界は大きく広がります。
学ぶ事で
夢が広がります。

学びの中では
彼女は自由になれると思うのです。

そんな経験を
いつかして欲しいと願います。





この日には、3歳になる女の子のレッスンもありました。

少し前までは、泣いてばかりなかなかでレッスンにならなかったのですが、この日のレッスンでは、知っているカードを見つけると、誇らしげに何度も何度も私の前にカードを提示してくれました。


その仕草が、何とも可愛くいて愛しくて、新しく言葉を習得していく営みが、どれだけ子どもの自尊心を持ち上げていくかを、目当たりに私に示してくれるのです。


学びを通して育つのは、教材の内容以上に、学びというプロセスを通して培う、その子らしさそのものであると考えています。

その軸がぶれてしまえば、目的と手段は逆転し、何のために勉強しているのを見失った無味乾燥で味気ないものに成り下がってしまいます。


私の言語指導の基盤は、臨床実践の積み重ねを通して培われたものです。

逐次読みで、文字を読んでもなかなか内言化することの出来にくかった子どもが、高学年になって、「いろはにほへと」 という教材で、突然吹き出し腹を抱えて笑い出したことがあります。


「三枚のおふだ」 という教材で、ほとんどこれと同じことが、冒頭の女の子にも見られました。

まさに文字の扉が開き、言語の海を泳ぎ始めた瞬間です。


こうした体験があればこそ、私には、3歳のこの女の子になすべき題材が、次から次へと目の前に広がっていくのです。

一人でも多くの子の、文字や数の世界の扉を開き、その学ぶ楽しさを体中に感じとらせたい、


そのことこそが、私にとって最も美しい時間となっているのです。










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