ソーシャルストーリーブック(キャロル・グレイ)から学ぶ 子どものとの見え方の違い
2008-07-17
岡山市では、明日が1学期の終業式。ひとつの大きな節目を迎えます。太郎君は、今日まで一日も休まず学校に行くことが出来ました。0歳の時から過ごした保育園から、まったく違う 「小学校」 への入学。
きっと、本人にしてみれば、信じられないような環境の変化だったと思いますが、よくぞここまでいろいろなことを、笑顔で切り抜けたね、と抱きしめてやりたいような心境です。
お母さんも、いろいろな課題に真剣に立ち向かい、またひとつたくましくなられました。早くも、勉強についてもこ、れからお子さんといっしょに、ていねいに取り組んでいこうとする姿勢が見受けられます。
太郎君の今の課題は、「読み」「数量」「衝動性」といった所でしょうか?
衝動性を中心とした「行動改善」のアプローチのひとつとして、「ソーシャルストーリー」というものがあります。
大学院にいたときに、一つ上の学年の方が研究テーマにされていたので、以前から関心はもっていました。県立図書館で、ずっと「貸し出し中」だったのですが、昨日、ようやく借りることができました。
その序文には、次のような言葉が書かれています。
自閉症スペクトラム(ASD)の大人や子どもたちは、自分を取りまく社会についての情報を読み取ることや、それを解釈すること、それに対してうまく対応することに困難をかかえています。彼らの目には、他者の言葉や行動は、しばしば意味や目的のないものに見えたり、予告や論理的な根拠もなく無秩序に生じるように見えます。
一方、親や教師といった彼らにかかわる人々の側からすれば、ASDの子どもの行動は、「はっきりした理由もなく」、また、まったく「脈絡のない」ように見えます。
ソーシャルストーリーズは、両親や教師が、まず一度立ち止まって、ASDの大人や子どもの立場から、その状況をとらえなおし、次に見落とされがちな情報を見つけ出し共有することによって、混乱を解決しようとするものです。その結果として、社会的に対等な両者の相互理解が促進されるのです。
参考までに、ソーシャルストーリーの文例をひとつ紹介します。
「おもちゃをゆずりあうこと」
たいていの子どもはおもちゃであそびます。
おもちゃであそぶのは楽しいものです。
ほかの人といっしょに、おもちゃであそぶのもおもしろいときがあります。
わたしは、おもちゃをゆずりあうという練習ができます。
ゆずりあってあそぶのも、楽しいことかもしれません。
わたしは、ゆずりあったりしてみようと思います。
そして、楽しんでみようと思います。
細かい文章の作成方法や提示の仕方が規定され、研究されています。
視覚性優位のお子さんに対して、どこまでこうした文章での継次的なアプローチが効くのか、興味津々です。
私は今、こうした行動改善に向けて、どうやって太郎君とパイプをつなげるか、いろいろな方法で試行錯誤しています。
命綱は、保育園の学童保育に喜んできてくれているということです。そして、私も太郎君が大好きで、心の底からいっしょにいたい、と思えていることです。
太郎君のことを、もっと理解できるようになり、私の願いも太郎君にもっと届くようになったそのとき、行動改善に向けた大切なステップが踏み出されるのではないかと考えています。
その切り口の一つとして、こうしたソーシャルストーリーの手法も参考になるのだと思います。
血の通わない、猿まね的・形式的な手法をいくら使っても、なかなか子どもには届きません。
夢追い人さんは、「非科学的専門性」と名付けていましたが、私は、こういうやりかたこそ実効的であり、子どもと向き合う、子どもと寄り添うということは、こういうことなんだと思っています。
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