子どもの「出来ない」は、誰のせいか?

 2016-02-24
たとえそれがどんな子であったとしても、時間と機会さえきちんと与えてくだされば、パズルにしても、書字にしても、子どもは必ず出来るようになると信じています。


正直、「この子が文字を読んだり書いたりするのは無理かもしれない」 と、思ったことは一度や二度ではありません、

ですが、3年5年とかかわりうちに、あの日あんなに苦しんでいたことが、うそのように改善された例に、何度も何度も遭遇してきました。


日本の教育システムの枠組みの中では、同一人物が一人の子どもの育てに5年以上もかかわり続けることは、極めて稀有なケースとなっています。

だからもしも3歳で出来なければ、あたかもそれがずっと出来ないことであるかのような錯覚を、多くの方が日常的に思っているわけです。

もしもその方が、私と同じような臨床体験をもっていたら、決して同じことは言えないはずです。


子どもが出来ないという現象は、別の言葉で置き換えるなら、その子にあった課題を構成できなかったということです。

つまりは、子どもができない課題を与えてしまったということに過ぎないわけです。


ならば、課題分析をして、どのような力を付ければその課題がクリアできるのかを明らかにして、そこを目指して適切な支援もしくは小さなステップを設定すればいいわけです。

そうした確かな見通しと、技術と、愛情と、信念があれば、たとえどんなに時間がかかろうとも、出来ないなんていうことは、本当は何もありえないのです。


もしも実態にそぐわない無茶な課題を与え、何の手立てもなく 何でもかんでも 「この子には出来ない」 という先生がいたとしたら、それは子どもが出来ないということはなく、あなたの育てそのものが無茶苦茶なわけです。

出来ないなら、出来ることから系統立ててスモールステップを刻むか、適切な支援を入れて段階的にフェードアウトするか、そういう専門性をもちあわせてこそ、初めて指導者といえるのです。

それには技術も経験も必要ですし、そんなにたやすいことではありませんが、もしも最初からそれをしようとしないのであれば、1日も早く子ども育ての現場から立ち去ってほしいと思うのは、決して子どもの方ではなくて、「こんな子には無理」 と言うあなたの方なのです。









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