天使になる子 悪魔になる子 (集団力学の光と影)
2008-07-12
昨日のかたこさんのコメント 「学校で気分が悪くなって嘔吐しているクラスメートにに駆け寄り、、大丈夫、ココに吐きなさい、と両手を差し出した6歳の女の子がいたそうです。」 を拝見して、私も、ぜひ皆さんにお伝えしたいことをいくつか思い出しました。私が6年生の通常学級の担任をしていた時、それはすばらしい子どもたちと出会いました。
ある日、ある子が気分が悪くなって、給食の後、床に大量に嘔吐物を出してしまったことがありました。これまでのイメージでは、そこから逃げ出す子はまだ良い方で、大きな声で「わーきたねー」と言ってからかうような子がいても、ある程度それは仕方がないとこかな、という位の感覚でいました。
しかし、そのクラスの子どもたちは違いました。
その瞬間、その場にあったざわざわ感が、一瞬にしてなくなり、そこにいた数人の子どもたちが一斉にぞうきんを持って、何も言わず、吐瀉物を片付け始めました。
それは、0コンマ何秒というスピードで、学級担任の私よりも、その子たちの一歩の方が確実に早かったと記憶しています。この0点何秒に、この子たちの精神的な高さが伺えます。
こういう子どもたちですから、いろいろな伝説を残してくれました。
修学旅行の宿で、何を考えたのか、宿の掃除を始めだしたのもこの子たちです。「あんまりやりすぎると、返って宿の方失礼かも知れないから、もうそのくらいにしておこう」と止めるのに苦労しました。宿中のスリッパを全部同じ方向にそろえて、この子たちは、バスに乗り込んでいきました。
旅館の方は、長年修学旅行のお世話をしたが、さすがにこんなの初めてです、と目を丸くされていました。
奈良駅から京都駅までは、近鉄の在来線を利用させていただきました。同じ車両の方のご迷惑にならならないように、と指導はしましたが、この車両でのマナーの良さも伝説として残りました。
たまたま隣にすわられた紳士の方から、どちらの学校からお越しなのか、ぜひ教えていただきたい。とおっしゃっていただきました。少し離れたところに座っていた校長も同じようなことを尋ねられ、嬉しかったと後で教えてくれました。
このクラスに、教育実習の先生がお見えになったことがありました。
ある日、「修学旅行のことをくわしく決めよう」という学級会の時間がありました。私は、準備委員会では議長グループの指導をしますが、本番の話し合いは、原則、子どもに任せるというスタイルをとっていました。
で、バスの席順を決めるとき、女子がなかなか自分の希望を言おうとしない。妙な沈黙があって、ある子が自分のネームカードをバスの枠の中に入れると、みんながそれに合わせるかのように、次々とネームカードをはめていきました。
実は、最初にネームカードをはった子は、このクラスの中では一番友達の少ない子でした。クラスのみんなはその子のことをずっと気にかけていて、最後にこの子があぶれてしまうことを、何より恐れていたのです。
一生に一度の就学旅行で、自分の友達につらい思いをさせてくない、そんな思いがみんなの心の奥にあったのです。だから、みんな、自分がその一番友達の少ない子の隣にすわろうと、待ちかまえていたというのです。
それを知った教育実習の先生は「20歳を超えた私ができないことを、何で小学生のみなさんができるのか?信じられない気持ちでいっぱいです」と、実習中に、大粒の涙を何度も流されていました。
このクラスの伝説は、思い出せばいくらでもあります。
ちなみに、右のおすすめの本として紹介させていただいた「われ様のどんぐり」の作者のあさまれいこさんの、娘さんも、そのクラスのメンバーの一人でした。
この本も、感動の一冊です。アマゾンで購入できますので、ぜひこのブログの読者の皆さんには、読んでいただきたいと思います。
以上が、天使編、以下は悪魔編です。
別な学校で、私が生徒指導の担当をしていたとき、リアルないじめの構造に直面しました。
これぞ集団心理の影の部分で、構造的に自分の判断力がマヒしてしまう。みんながするから、と言う恐ろしげな理由で、一人ではとても出来ないような残忍なことが、平然と行われてしまう構造となっていました。
世の中で、こんな恐ろしいことはないと、背筋が寒くなるような思いでした。
靴を隠す、無視をする、陰でこそこそ悪口を言う、怪文書を回す、いやがる物を机の中に入れる・・・・
ターゲットになったのは、まじめで、おとなしい、心優しい子
方法は、巧妙で、先生にはなかなか見えないような形で、じわりじわりと潜行し、真綿で首を絞めるように、特定の子を血祭りに上げ、そんな物の上に、集団のマイナスモラルのような何かが成立している・・
何とも恐ろしい構造、集団心理のなせる技です。もちろん、しらみつぶしに該当の子一人一人に当たりましたが、もうひとついじめ構造という見えない敵との戦いでもありました。
このように、学級集団・子ども集団には大きなエネルギーがあります。
それこそ子どもは、天使にもなれば、悪魔にもなります。一人では考えられないような、集団のベクトルが、何倍ものエネルギーとなってそこには働くようになるのです。
親の立場から考えると、我が子のいる集団に対する理解は大切なことだと思います。
なかなか見えないし、手が出しにくい部分もあるとは思いますが、少なくともお子さんの目を通して、その集団をとらえることは必要なことなのだと思います。
集団といかないまでも、自分の子を取り巻いているほかのお子さんについては、親として最低限の理解が必要だと思いますし、それを支えたり、ときには判断が必要な場面もあるのではないかと思います。
お子さんは将来、多かれ少なかれ、地域社会の中で生きていくことになります。
同じ時代を共に生きていく仲間としてのとらえも、時には必要です。
最後に我が子を守るのは、家族以外にありません。必要以上に緊張しすぎても、まいってしまいますが、社会で起こる様々な事件と、私たちは決して無縁ではないと、私は考えています。
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