学習場面での合理的な配慮

 2015-11-13
どんな支援を工夫すれば、それまで教科学習のベースに乗りにくかった子にも、教科学習を学ぶ楽しさと誇りを体感させることができるか、

今やそれは、私のライフワークの中で、最も大切な柱の一つとなっています。


ある子のお父さんが、発達支援センターが併設されている白ゆり保育園にどうしても通わせたい、とおっしゃってくださいました。

「白ゆりに来てから、見違えるように子どもの表情が生き生きとしてきた」

と、高い評価をしてくださるもので、いったいどんな育てをしているのか見学させていただきたいということになり、教育委員会の方がわざわざ視察にお越しくださいました。

発達支援センターでの個別レッスンも、保育園の園長先生と一緒に参観していただきました。


ちょうと文字・数字のイメージ化ができつつあるレベルでしたので、自分で言うのもなんですが、絶妙のレベルの教材提示と支援で、その子の数や言語の感覚をブラッシュアップする場面を見ていただくことができました。

当初は、この指導主事さんが私がやっていることをどこまで理解できるか確かめてやろうと、少し意地悪な気持ちもありましたが、それはそれは大変驚いてお帰りになってくださいました。

私も以前、嘱託の指導主事をした経験がありますから、いい指導主事さんでよかったと、胸をなでおろすような気持になりました。


適切な支援さえあれば、教科学習のベースに乗れない子どもはいない、

教科のベースに子どもを乗せることができないのは、それは子どものせいではなくて、自分の力量が至らないからだ、

そう思って私は今日まで、一つ一つのレッスンに向き合ってきました。


もしも文字が視覚的に認知できなのであれば、聴覚的な言語と文字言語との接点を探ればいい、

もしも手指の巧緻性の課題が大きく、上手に文字が書けないのであれば、単語を選んで紙に貼っていく学習から始めればいい、


そういう学習を一定時間積み上げれば、必ず新しい道が拓けていく、

子どもの可能性が広がっていく、

そういう育ちに、私は何度も遭遇してきました。


学習場面での合理的な配慮とは、つまりはそういうことなんだと考えています。

誰だって得意なことと苦手なことはあるはずです。

どの子も自分の特性に応じた豊かな教育を受ける権利をもって生まれてきたはずです。


その当たり前のことが、当たり前に行うことができる世の中は、きっと今よりずっとすてきな世の中になっているに違いありません。

そのために、今自分がなすべきことは何か、

自分の実践の積み上げが、少しでもそんなことのお役に立てるのであれば、こんな幸せはことはない。


どんな子も、どんな人も、一人一人の命が輝く世の中に、

私は自分の仕事を通して、そんな人の真実を、しっかりと見つめていきたいと、心から願っているのです。








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