私が子どもを叱るとき

 2015-10-10
私のレッスンは、最適な支援や環境のもとに 「達成感やできる喜びを体感させる楽しい学習」 を目指して取り組んでいますから、基本子どもを叱るような場面は、あまりありません。

ですが先日、おちゃらけする子どもがいましたので、以下のような内容で、厳しく注意しました。


「楽しい勉強と、ぶざける勉強は全然違うもの」

「いい加減な勉強したって、何も生まれてはこない」

「そんな気持ちなんだったら、今日、お母さんに言ってあげるから、白ゆりはやめてお家で遊んだりすればいい」


「どんな勉強だって、一生懸命がんばることで、きっと何か大切なことが生まれてくる」

「そんな毎日を続けていくことで、いつの間にか、どんどんすばらしい子になって、色々な可能性が次々に開けていくんだ」

「ぐうたらやっておいてけぼりになるか、これから先生と一緒に、誰とも比べられない大切な自分を見つけていくのか、どっちにするか、今すぐここで決めなさい」


こうしかると、何も言わず、子どもは鉛筆を握りしめます。

子どもは、私の心の中にある真摯な思いを受け止めたかったのです。

あまりに厳しく真剣な物言いに、中には涙ぐむ子もいますが、その瞳にはまちがいなく輝きがよみがえっていきます。


みんな学びたいし,向上したいのです。

そのことを信じ、方向性を示し、具体的な内容を構成できないのであれば、一刻も早く教育者の看板は降ろし、別な道に進むべきだと私は考えています。


昨日来てくれた1年生の女の子は、なぞり書きのプリントを終えると、両手を高く上げて、やったーと満面の笑みを浮かべました。

この子は、毎回、どれだけの思いをもってここに来てくれていることでしょう。


それがどんな内容であれ、学びに真剣に向かわずして、子どもには何も生まれてこない、

そのことで子どもは、自己肯定の気持ちを培い、社会的な自立に向けてのアイデンティティーを確立していくのです。

その願いをかなえる営みにこそ、私は教育という名前をつけていきたいと願っているのです。






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コメント
 SHINOBU先生。教育とは、こどもが自分自身が生きていることを肯定し 社会的自立に向けて歩む、挑戦するエネルギーを貯え その子、その人の願いをかなえる営み そこへのささやかな寄り添いと援助、関わりなのですね・・。よく噛みしめてみたい文言と感じました。

 いつもながら 素敵な内容と「ことば」の数々をありがとうございます。
【2015/10/12 21:19】 | 赤根 修 #- | [edit]












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