リーダーの権限

 2015-08-24
私はいつも、「指導訓練室」 という部屋にこもって仕事をしています。

職員室は別にあり、私が指導訓練室で教材作りなどをしていると、時々笑い声が聞こえてきます。


「SHINOBU先生は、神です」

いつだったか冗談まじりに、職員の一人がそんなことを言っていました。


うちの職員の多くは、この事業を立ち上げる前に、わたしが口説きに口説いて来てもらった方々です。

当時、それほど立派な肩書をもっている人ばかりではありませんでしたが、私が託す仕事をまちがいなくやり遂げる才覚がある、

そう思って声をかけました。

それぞれ保育士や教員の基礎資格はもっていましたから、発達にかかわる専門的な資格を取得してもらうために、毎年計画的に研修に行ってもらうようにしました。


この相互の厚い信頼感と忠誠心がればこそ、今の白ゆりの発達支援は成立しているのです。



先日、新しいパンフレットの原稿が校了しましたが、発達支援センターの運営や支援の方針を、内外に明確に示していくのが、所長としての私の仕事です。

助言や意見は可能な限り受け入れますが、すべての最終判断は私が行い、すべての責任も私が負います。

チームの監督は、一人でいいのです。


トップとしてのギリギリの最終判断に、モデルとなる答えなどどこにもありません。

結果がでなければ、その判断を下したものが責任をとる、

それがチームとしてのあるべき形だと考えています。



私は教員時代、上司からたいへん可愛がられました。


27歳で、1学年3学級の学校で、6年生の学年主任になりました。

30代になり、通常学級に重度のお子さんが入学してくるというので、そのクラスの担任をさせていただくことができました。

特別支援の内地留学にいかせていただいたり、派遣学級の担任をさせていただいたり、嘱託の指導主事も経験させていただきました。

教務主任をしながら、特別支援学級の担任をさせていただき、42歳で教頭試験も受けさせていただきました。


しかし、校長になったからといって、直接教員採用ができるわけでもないし、予算を自由に使えるわけでもありません。

「私は、あなたに給料をもらっているわけではない」

そんな同僚に囲まれた私が、さまざなな価値観や経歴をもつ教員をまとめあげることは到底不可能、


私は、学校教育の管理者には向いていない、

教頭試験を受けた翌年、私は大きな挫折感と共に、あんなに夢であった教員を、自ら退職する決断をするに至りました。


実践こそが、私の進むべき道、

そう固く心に誓った私が、小さな個別支援の教室を始め、気が付けばいつしか、月間利用者が600人を超える事業の、管理者に押し上げられていました。


半人前のリーダーであるにもかかわらず、今の私には、予算権も、人事権も、すべての権限と責任が課せられています。

人も金も環境も、思うがままに委ねられているのです。

これで、本気にならねば男とは言えません。


一日も早く、私がいなくても、みんなの力で前に進んでいける体制づくり・組織づくりを、

それが私の役目、

後進のリーダーを育て、私はまた一人の実践者に戻って、生涯この道を突き進んでいきたい。


だからこそ今、私がしなければならないことが、目の前にたくさんあるのです。





この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2015-08-25





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