集団の中で育っていく中での 「何でぼくだけ・・」 という感覚

 2008-07-06
この度、ご縁があって「人間関係論的アプローチ研究会」という自主サークルのメンバーに加えていただきました。

昨日、そのミーティングが岡山であり、県外からは神奈川・大阪・広島・山口の先生もお越しでした。

通級指導教室の先生・言語の指導教室の先生・医療の立場から発達支援を行っている先生・発達検査を実際に担当されている先生・教育委員会や発達の各種研究機関で指導に当たられている先生など、いろいろなお立場の方々ですが、共通するのは、全員が子どもに直接かかわる「臨床」という言葉に強い誇りをもっていること、そして、「始めに診断や技術をもってくるのではなく、その子に寄り添い・向き合ってこそ、スタートできる大切なことがある」と、強く感じていることでした。

一昨年より2回、大阪でセミナーを開催しています。

他の7名のメンバーは、1回目より関わっておられますが、私は今回、初めてお仲間に入れていただいた新入部員です。

私にとっては、まさに志を同じくする者同士の、胸をすくような出会いとなりました。

7時から12時までの、熱いミーティングの中で、何となくこれまで感じていたけれども、少し鮮明に浮かび上がって来た新しい思いがあります。

それは子どもがごく日常的にもつ「何でぼくだけ・・」って言う感覚です。

このことを私は、いつも発達の課題のある子の立場で考えていました。「発達に課題のある子だけ、どうして、何かが制限されてしまうのだろう・・」「発達に課題のある子だけ、どうして分けて考えようとされてしまうのだろう・・」とか、そんな風に・・

でもそれは、何も発達に課題のある子だけのことではありませんよね。

子どもは集団の中でこそ、多くのものを学び・吸収していきます。一つ一つを切り取って考えることはできないけれど、きっちりそれを言葉でくくることはできなくても、そこにある本当に大切なことを、私たちはしっかりと意識しているわけです。

発達の課題があるお子さんのそうした育ちのためには、その所属している集団としてのモラルの向上は不可欠です。

早い話がモラルが崩壊して、いじめが横行するような、そんな集団では、仮にたとえ何か得るものがあたとしても、それ以上に大きな痛みが子どもの心に残ってしまうこともあります。

どんな集団でも子どもが育つのではなく、子どもが育つ集団を作ることそのものが、まさに教育的な営みなんだと考えています。

それは、担任の先生の力量に負う所は大きいと思います。

しかし、このブログでは、指導者と保護者とのパートナーシップの形成を、お子さんの育ちの大きな原動力として作動させていくことを、特に大切なポイントとしてとらえています。

ならば、我が子のために、我が子の所属する集団を育てる営みが、保護者として行えないか?と、私はふと考えたのです。

担任の先生がもし、あなたのお子さんに個別にサポートしようとした場合、周りの子の理解は不可欠です。

周りの子どもが、その先生に受容され・愛されていると感じていないケースで、もし発達の課題があるという理由で、あなたのお子さんにだけ特別に関わろうとすると、多くの場合、あなたのお子さんは集団から浮きます。陰でいじめられるリスクも相当高くなってしまいます。

発達の課題があろうとなかろうと、子どもはみんな先生から愛され・認められたいと思っているのです。あなたのお子さんも、となりの健太くんもいっしょなのです。

我が子に一生懸命になりすぎて、そこのところ見えにくくなったことはありませんか?

私が担任したお子さんで自閉症のお子さんがいましたが、その子は、不思議なことに学校の誰からも愛されていました。

担任の私は、そのことで、思い切っていろいろなことにチャレンジすることができました。

参観日の日、そのお母さんは教室にやってくると、自分の子どもより、まずクラスの友達の一人一人に優しくあたたかく声かけをしていました。

PTAのバザーでも、地域のイベントでも、ボランティア活動でも、いつもそうでした。

このお母さんのこうした支えがあればこそ、私は集中して、このお子さんの学びや育ちに取り組むことができただけでなく、結果として、教師としてのモチベーションを著しく高揚させて行きました。

このお母さんのまねだけをして、それでうまくいくということではないかも知れません。

でも、自分の子のことを思い、集団の中で我が子を育みたいと考えるならば、となりに健太君がいることを意識してみることは、案外重要なことかも知れませんよ。

もし、あなたに、この子のために親としてできることは、何でもする、という覚悟と決心がおありでしたら、まだまだできることはたくさんあり、その分大きく育つチャンスもいっぱいあるのではないでしょうか?

一生懸命取り組むことは、何も、狭いところだけ集中して行うということだけではありません。

健太君が、あなたのお子さんの最大の理解者として育ち、親の亡き後まで続く、人生の最高のパートナーなりうる可能性も、まったく0というではないわけですから。

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コメント
SHINOBU先生のお話の内容をよくわかって、私も本当にそう思う〜という
思いを前提に 嫌な現実を前に困っている母親達の気持ちを書きます。

特別支援教育がスタートしたとはいえ、支援の必要な子どもたちに必要な「特別支援教育って何?」ということすら「学校長が全く知らない」学校が 全国にはたくさんあります。
いじめ・暴力・差別はいけない〜と 普通学級の生徒に言いながら、学校内では特別支援学級の生徒が 交流をするのはだめだ=特別支援学級は普通学級と違うから 一緒のことなどさせない! とか それって差別ですよね? その暴言は人権侵害ですよね? ということが 学校の中では横行することが多いのが現実にあります。私自身の経験からも それを疑うことが多くあります。

地域の教育委員会の取り組みと 学校長の意識・取り組みが 学校全体に波及しますので=理解のある学校・先生は まだまだ少数派です。

母親が 学校内にアプローチするのは 本当に勇気がいることなんです。
SHINOBU先生のように 担任がリードしてくれる学校に みんな 入りたいと思っています。
でも、そんな理想の学級が ほとんど無い=昔の特殊学級に戻そうとしている特殊学級の先生も多くいる=中で 母親は苦しみ 悩み 子どもを守り育てたいと いろいろな療育機関・教育機関に 駆け込むのが 現在の状態です。

私たち母親には 教育行政や 学校経営に踏み込んで意見できない現実があり、この私も 話を聞いてもらうだけでも 1年以上、教育委員会に通い詰めたことがあります。 たいていは 話を聞いてもらえないと 1回であきらめてしまいます。話をしに行くだけでも 相当の勇気がいること わかっていただきたい〜母の気持ちです。

また、先生によっては 話をしたことへの報復を 生徒にする先生もいます。
私たちの立場はとても難しいのです。

先生と手を取りたい気持ちは どの親も持っています。せめて・・・常識が通じる先生であってほしい・・・
でも、常識の通じる 熱心な先生は 引く手あまたですぐに転勤してしまう。
教育現場の難しさを感じます。

熱心な先生ほど、学校内では 「限界」があって、理想の教育ができないと歯がゆく思っていることも 知っていますし、どんなにがんばっても、もっともっとと上を求められる際限のない要求に 熱心な先生ほど倒れそうになっている現場です。

良い先生と巡り会い、親も勉強して 子どもを手をとりあって育てたい。
本当にそう思うけれど・・・目の前の子どもに精一杯(精神的にも体力的にも 受け止めるだけで精一杯の精神状態)で、地域を変える体力が無いのも現実なんですよね。

なんだかまとまりませんが、私は定期的にカウンセリングを受けることができなかったら、私自身が精神的に病んでいたかもしれないと 今も感じています。



【2008/07/06 12:14】 | マドンナ #CFnWuolQ | [edit]
ここで感想を割ってはいるのは許されないことでしょうか、
でもどうしてもこころをあらわしたくて、、、
失礼になったらごめんなさい。
 最近はPCをあけてないときでも
マドンナさんとSHINOBU先生が隣にいらっしゃるように
身近に感じています。
自分の未熟さに、挫けそうになったときも
ともかく一歩だけでもと前へ自分を自分で押す力にマドンナさんのてのひらやSHINOBU先生のまなざしを感じているような気持ちがするのです。
 なんで私ばっかり、、、子どもの頃いつも心の中で呟いていたような。
大人になっても親になっても膝を抱えた子どもの自分がいるのかもしれませんね。
今は私がその子に声を掛けることができるのですよね。

 親の私たちにできる子どもの育つ居場所作り、今の私の目標です。
これからもよろしくお願いします。

 
【2008/07/07 00:46】 | こよりんぼ #- | [edit]
SHINOBU先生の、今回の記事。
心につきささりました。

>でも、自分の子のことを思い、集団の中で我が子を育みたいと考えるならば、となりに健太君がいることを意識してみることは、案外重要なことかも知れませんよ。

自分の子供に一生懸命で、自分の子供が可愛くって、
自分の子供ばかりに目がいってしまう、困った私です^^;


「自分の子の友達だから」、「自分の子の先生だから」、大事にするのではなくて、

他の子のことも、自分の子供のように、
先生達のことも、自分の家族のように、
愛していける私になっていきたいです。

改めて教えてくださって、ありがとうございました。


【2008/07/07 04:11】 | ミカ #- | [edit]
マドンナさんへ

マドンナさんの今回のコメント、「魂のお言葉」として承りました。

私がこのブログを初めて間もない頃、「はじめまして〜」の一言で、訪れてくださったのが、マドンナさんでした。

何気なく、ブログを訪問させていただき、びっくり。

こよりんぼさんがおっしゃっているように、どれだけ多くのお母さん方が、マドンナさんの歩みに熱い心を寄せていらっしゃるかが、見た瞬間、ダイレクトに伝わってきました。

すごい方がいるもんだとびっくりしたと同時に、こんな方とつながりをもたせていただいたことを、とても嬉しく感じました。

以前に「悲惨な公立学校の話」(3/9)でも、現実の学校現場に対するコメントをいただきましたが、そんなマドンナさんの歩みにふれているだけに、今回の内容は、一層深く・そして重く受け止めさせていただきました。

かく言う私も、小学校の教諭として、ミサイル真っ正面に受け止めて、吹っ飛ばされた一人です。

今では立ち直りましたが、心療内科の先生とは何年かお世話になってしまいました。

「だからこそ」という思いはありますが、今回のマドンナさんのお言葉に対しては、なお、しっかりと受け止めたうえで、時間をかけて考えていきたいと思っています。

このブログには、ちょっとした自慢があります。それは、リンク第1号がマドンナさんだということです。

そして今、こよりんぼさんが、「マドンナさんのてのひら〜」「SHINOBU先生のまなざし〜」と表現してくださるようになったことです。

今、私のキーワードは「パートナーシップ」という言葉です。

マドンナさんをはじめ、訪れてくださる皆さんに信頼されるようこれからも自分の持ち味を生かして活動を続けていきたいと思います。

これからも、どうぞよろしくお願いします。
【2008/07/07 06:58】 | SHINOBU #- | [edit]
こよりんぼさんへ

不思議なものですね。

ネット上のことで、一度もお会いしたこともないのに、心の中では、いつの間にか、決して欠くことのできない大切な存在となっている。

私も、これまでにいただいた、こよりんぼさんのコメントをしっかりと意識していますよ。私にとっても、とても大切な存在です。

人は、人の中でこそ幸せを感じる。

苦しい現実だからこそ、その事を大切にしていきたいと願っています。

また、お時間ありましたら、ぜひコメントお寄せくださいね。

【2008/07/07 07:12】 | SHINOBU #- | [edit]
ミカさんへ

いつもコメントありがとうございます。

ミカさんは、お子さんの表出語いを、1年間で130語→1,800語に増えた記録をお持ちですよね。

きっと、言葉の発達について前向きに取り組まれている皆さんの、大きな励みとなり、エネルギーとなっていくことでしょう。

その前向きな吸収力、いつもながら、恐れ入ります。

このブログ、管理人は大したことありませんが、お越しになっている皆さんのレベルは半端じゃありませんね。

ありがたいことです。

こんな風になるなんて、思ってもいませんでした。

また来て、いろいろな実践教えてくだいね。

私もできる限り、おじゃまして勉強させていただきたいと思います。

言葉の発達に関心のある方がおられましたら、ぜひミカさんのブログにお越しくださいね。
【2008/07/07 07:22】 | SHINOBU #- | [edit]












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