人のアイデンティティは 学びによって確立される

 2015-01-25
今、年中さんになる男の子

もうすぐ年長組に進級するということで、最近プリント学習を取り入れてみました。


私は、幼児期には、幼児期だからこそ大切に育てていかなければならない大切な感覚の育てが重要で、安易に教科学習の先取りだけをしていい気になってはいけないと、常日頃から自分に戒めています。

この子たちにもこれまで、ロールプレイや見立て遊びなどをたっぷりと取り入れてきたのです。

しかし、この時期になって、数や文字のプリントを取り入れると、明らかに子どもの目の色が変わり、表情が生き生きとしてきました。


先日から、学校であまり九九の勉強をして来なかった小学生の子に、かけ算のひっ算の学習を取り入れてみました。

ひっ算で、かけた数が繰り上がり、それを足して答えを求めていく手順は複雑で、初めのうちはかなり混乱させているという印象をもちました。

しかし、子どもの食いつきは、明らかに挑戦的で、決してあきらめようとはしませんでした。


この目の輝きは、今プリント学習を始めた年中のこの子と同じ色をしていると感じました。

やっていく度に、少しずつではありますが、しっかりと向上の手ごたえを感じることができるのです。


以前、私が大学院にいた時、教授方の前で自分の研究テーマに関連する英語の論文について発表するという学習会がありました。

それまで、英語の論文など読んだことのなかった私は、何か月も苦しみ抜いて、やっとその論文が何を意図して、何を明らかにしていたのかを読み取ることができるようになりました。

発表が終わった後に、先生に 「すごかったね」 とおっしゃっていただいた時に、涙が出るくらいうれしかったのを今でも忘れることは出来ません。


今、その英語の論文が、直接私の実践に役立っているかというと、それはそうではないと思っています。

しかしながら、やっと発達にかかわる専門的なフィールドに踏み入れることが出来た、

あの時に得た自分に対するそういう感覚が、今の私のモチベーションを根底から支え続けていると思っています。

その時以来、人のアイデンティティは、学びによって確立されると、私は信じているのです。


例えば博士号をとった人が私の職場にやって来ても、実践者として第1線を任せるには、どんなに優秀な子でも5年はかかると思います。

職業人としてのいろはは、現場に来て、1からでないと身につきません。

何かのアプローチ―を多少かじっていい気になっていても、たかだか学生のレベルでは実践では歯がたちません、

むしろ、まっ白でで、一から学ぼうという子の方が、きっと伸びます。

だからこそ私は、学生時代、学びそのものに精一杯取り組んで来た子に来てもらいたいと思うのです。


勉強しなくてもいいというのは、あなたは不要な人間だと決めつけるのと同じこと、

勉強しなさいというのは、あなたには世の中から必要とされている大切な子どもだと伝えること、

私は、そんなふうに思っています。


子どもの学びの意欲を、安易な競争原理によって、決して打ち砕いてはなりません。

発達面に課題のある子どもだからこそ、幼少期・学童期・青年期、それぞれのステージでの学びそのものが大切なのです。


私の教室に来る子から、勉強をとってしまったら、あんなにも目の色は輝きません。

階段を駆け上るようにして私の所にやってくるのは、勉強ができる手ごたえがあるからです。


その子に合った最近接な課題を提示できれば、子どもの目は必ず輝き出します。

子どもが目の輝きを失せてしまったとしたら、それは、本当に子どもの力のせいでしょうか?


「勉強して、世の中の役に立つ子になってね」

そう伝えること以上に、子どもの自尊心を高めていくものはありません。


君には君にしか出来ない大切なきっと役割がある、

先生と一緒に勉強して、立派な人になっていこうね、


そういうあなたが、先生は大好き、

これからもずっと、先生はあなたの先生でいたいと願っているのです。






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