可能性を信じて歩む道のり

 2015-01-13
この3連休、

初日は岡山でのレッスン、二日目は法人の用事で下関へ、そして3日目は大阪・堺でのレッスンがありました。


下関から岡山に帰り、その足ですぐさま大阪へ、

長距離移動は慣れているはずの私でしたが、色々なことが重なり、3日目の朝はかなり体が重く感じていました。


大阪に通い始めて5〜6年になりますが、以前はもっともっとハードだったことを覚えています。

でも、会場に入りレッスンが始まると体がシャキッとし、いつもレッスンの終わりころには体調が良くなってしまうので、不思議に思っていました。


この日の、大阪最後のレッスンは、2年生の女の子でした。

初めてレッスンをさせていただいたのは、きっとこの子がまだ3歳になったかならない頃で、当時は床にちゃぶ台を置いて、パズルや感覚遊びを中心にしていたのを思い出します。


何としても、この子を社会の中で自立できる子に育てたい、

レッスンのある時には毎回ご両親でお越しくださり、その愛情とお気持ちの深さに、並々ならぬものを感じていました。


小学校は通常学級を選択されました、

いつの間にかなぞり書きだった書字は、楽々と視写もできるようになり、標準化された2年生の配当漢字もかなり正確に書けるようになってきました。

読みがたどたどしい時期もありましたが、スイミーも黄色いバケツなど、お友だちと一緒に毎日音読を続けていくうちに、だんだんとレベルが向上してきました。


私が作った生活文の教材も、何十枚・何百枚と数を重ねていくうちに、自力で地の文を読み、尋ねられた設問に正しい解答を自力で記入できるまでになりました。

これまでは、出来にくい部分には周到な支援を入れ、追及心や学習の達成感を損なわないようにと様々な配慮してきましたが、この日ついに、私の支援を全く必要とせずに、完全に自分の力で生活文のプリントを仕上げていくことができるようになりました。


そのまなざしも、表情も、声の調子も、鉛筆の運び具合も、これまでとは全く勢いが違っているのです。

私も、ご両親も、これまでとは違うただならぬこの子のオーラに、息を飲んで学習の進捗を見つめていました。

用意された学習プリントをすべてやりきった瞬間、私はこみ上げてくる熱いものをこらえるのに必死でした。


文字言語を音声言語に変え、その音声言語を内言化して思考のベースに乗せ、それを判断してキーワードを視覚的に対応させ、更にはそれを文字言語としてアウトプット(書字)する。

小さい頃から長い年月を経て、育て積み上げてきた一連のプロセスが、ここに来て一つの完成形を見たのです。


もしも、この子たちと出会っていなければ、生活文の自作教材も、数の量的な感覚を育てる教材も、これ程までに精度を上げることはできなかったかも知れません。

続けることで収穫を得ることができたのは、子どもたちよりもむしろ、自分の方であったのだと思ったことは、幾度となくありました。


この日の朝一のレッスンでは、その子の学校の先生がレッスンの見学に来てくれました。

私の個別レッスンの内容や教材の一部を、学校教育の中にも取り入れてくださっているということ、

何ともありがたく、頭の下がる思いでいっぱいになりました。


あの日、年長さんだった子は、この春にはもう6年生、

私は中学になったこの子たちに、方程式や比例のグラフ、XやYを使った計算を教えたいのです。


学びに真剣に立ち向かった子は、必ずや自尊心が向上し、アイデンティティが確かなものに育っていく、

そのことが、その子の就労や社会参加の大きなエネルギーになって花を咲かせていく。

私は、色々な地域で、そんな子をたくさん見てきました。


それまで平凡だった私を、ここまで駆り立ててくれたもの、

わき目もふらず歩んできた道のりそのものが、私たちにとって何よりの宝ものなのです。

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