出来る・出来ないではなくて 続けられるかどうかという分岐点

 2014-10-14
この土日は、新大阪でのレッスンの日でした。

2日間で18レッスンのご予約をいただいていましたが、台風の影響があるので、半分くらいのキャンセルがあるかも知れないと思いながら、大阪に向かいました。

しかし、いざふたを開けてみると、一つのキャンセルもなく、すべてのレッスンを予定通りさせいただくことができました。


ご縁があって、この4月から3歳になったばかりの女の子のレッスンをさせていただくことになりました。

私のマンツーマンは、基本3歳からということにしていますが、そのお母さんは、月2回のレッスンを申し込んでくださいました。

私には、正直、3歳になったばかりで、月2回はしんどいのではないかという危惧もありましたが、お母さんの瞳の奥に、しっかりとした決意を感じ取ることができましたので、そのお申し出をお受けすることにしました。


はじめの頃は、手遊びの曲をかけても、じっと固まったまま

パズルをさせても、支援者の介入を嫌い、決してすぐに思い通りの活動にはなりにくい場面が多くみられ、私は、申し訳ない思いになっていましたが、そのお母さんの気持ちに、決してブレは見られませんでした。


3回・4回・5回・・・

少しづつではありますが、回数を重ねるたびに、コミュニケートのレベルは向上し、活動の意図や手順も理解でき、表情が軟らかくなり、レッスンに躍動感がみられるようになってきました。

最初固まっていた手遊びは、母と子と私の、夢のように楽しい時間となり、介入を嫌ってうまくいかなかったパズルも、試行錯誤を繰り返しながら、巧緻性も認知力も目に見えて高くなってきました。


この成長は、まさに母の強い気持ちが作り上げたもの、

私はただ、このお母さんの強い気持ちを委託された支援者として、最低レベルの責任を果たしてきたに過ぎません。

この母は、我が子だけでなく、支援者としての私の技術や使命感をも、大きく育てあげる結果をもたらしました。


長い間、臨床実践の最前線にいて、たくさんの保護者の方と出会ってきて、私が体験的に感じてきたことがいくつかあります。

子どもを育てるという営みは、その時点で出来るとか出来ないとかを分析する力が重要なのではなくて、結局は、何があってもできるようにさせるという気持ちを継続できるかどうかにかかっているのです。


一見熱心なように見えて、1年もすればその気持ちがどこかに失せて、何だかんだと理由をつけ、そこから立ち去ってしまう方も見てきました。

かと思えば、最初はたよりなさそうに見えても、実はとてもしなやかで、どんなことがあってもその方向を見失わず、私でさえ無理かも知れないと思うような事柄を、いつの間にか成し遂げてしまわれるような方に、たくさん出会ってきました。


するかしないか、あきらめるかあきらめないか、実はその気持ちの持ちようによって、すべての結果が決定づけられていくものです。

今、目に見える景色は、単なる通過点。


でも、そんなことが、簡単であろうはずはありません。

絶望の淵にいても、それでも前に進む人だからこそ、私の気持ちを揺り動かしてきたのです。


せめて百分の一でも、その気持ちにお応えするレッスンを提供したい、

私の行動をかりたてる源泉は、きっといつもそこにあるのです。




この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2014-10-16)








にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ

↑ 大切さを全国に伝えたい! 応援の1クリックを よろしくお願いします。 
コメント












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://shinobu1.blog117.fc2.com/tb.php/1651-f1eddf71
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫
大切さを全国に伝えたい
Author:SHINOBU
今までにご覧いただいた方
 

百万アクセスまでがんばりたい

カテゴリ
最近の記事
月別アーカイブ