子どもの自己決定(進路・就労・結婚・独立) そして家族の支え
2008-06-18
私はこれまで、何度か、発達の課題のあるお子さんの就学について、ご家族のみなさんといっしょに取り組ませていただきました。はじめは、何とか自分の専門性をお役に立てたいという気持ちが先行していました。
でも今は、ご家族にとって納得のいく望ましい決定ができるよう、アシストさせていただく、最新の地域情報・これまでの事例・お子さんの発達の経過・就学希望先の現状など、最低限判断に必要な情報を整理して、提供する、時にはお気持ちを受けとめ、共感し、望ましい判断のための条件作りに努める・・・このようにさせていただいています。
しかし、決定の主体者は、あくまで子どもとその保護者
そして、もしご希望であれば、かかわった一員として、その責任の一部を共有させていただく、というスタンスをとっています。
なぜ、こう変わったか?
それは、決定の内容もさることながら、決定に至る過程で、そのご家族自体が進化・成長され、かけがえのない大切なことを次々と吸収されている姿を拝見させていただいたからです。
つまり、どこの小学校を選択したか、という決定そのもより、その小学校でどんな教育が行われるかその内容の方が大切であり、そのためには、ご家族の教育にかかわる問題解決能力の成長こそが重要である、と考えるようになったからです。
言い換えれば、就学の第一の主体者は、子どもとそのご家族であり、主体者としての責任と尊厳を有している。しかし、自己決定だから、何をしてもよいということではなくて、ご家族は、その子と家族を取り巻く環境の中で総合的に最終決断をなされたのであるから、例えば保育園・児童相談所・療育機関・地域の方など、かかわりのある周囲の者も、必然的に一定の責任を共有する、と考えるようになったからです。
このことは、お子さんの将来の、様々な決定にかかわる場面でも、同じ事が言えるのではないかと考えています。
たとえ、どんなに発達の課題が重いものであっても、お子さんの人としての尊厳には何ら変わりはありません。
社会的な地位が高かったり、お金持ちであったり、博士号をもっていたり、世界新記録を出したり、誰もがうらやむ美貌があったり、お笑いの才能があったり、人気者であったり、異性にもてたり・・・評価の尺度は、いろいろあります。
でも、人間的な尊厳、人としての誇り、という面からすれば、イチロー選手も、私も、いっしょです。(笑)
私だって、大切なお父さんです。家族にとっては、かけがえのない一員です。それでいいんです。何もそこに社会的な尺度とか、経済的な尺度とか、芸術的な尺度とかを持ち込む必要は、何もないわけです。
こうした人としての尊厳・セルフエスティームを培うことは、とても重要なことであると考えます。
誰だって、自分が嫌になったり・みじめになったり・自信を失ったりするときはあります。
でも、ともすれば不利な状況に置かれがち場合は、苦しいけれども、逆に少々無理をしてでも、「そうじゃないんだ」と自分を奮い立たせる努力・研鑽・覚悟は大切になると思います。
こうした自尊感情を育てることも、親の大切な役割ではないでしょうか?自分を責めてばかりいても、ちっとも前へは進みませんよ。
子どもといえども、一人の大切な人格者、というとらえがあってこそ、子どもの自己決定が有効に働きます。
子どもが自分の将来に関して、子ども自身が望ましい選択が出来るように、あらゆる方向からのサポートが考えられます。
選択のための情報収集や決定のためのサポート、自分をコントロールしていくためのサポート、前向きな気持ちや態度などのサポート、自己理解・自己実現のためのサポートなど様々な観点があります。
一言で言うなら、夢や希望や生きがいをもっていきるためのサポートです。
リスクや可能性は、だれにだってあります。ならば失敗や不安などネガティブな面ばかりに目を向けるのではなく、ちょっとだけ、先を見たって、夢を見たって、バチは当たりませんよ。
どこかの機関に行って「あなたのお子さんは数値がこれくらいなので、将来はここまではできるけど、この辺が限界です」みたいなこと、言われたことは、ありませんか?そんな時、どんな気持ちになりましたか?
それは、「あなた方の力では甲子園は無理だから、練習しても無駄ですよ」というようなものですよね。
私はそれは違うと思います。どんな弱小チームだって、可能性はあります。それがわずかであっても、「0」では無いはずです。
ならば、ゲームセットの瞬間まで、可能性が「0」になるそのときまで、ベストを尽くすべきではないでしょうか?
たとえ1回戦で敗れたとしても、コールド負けしたとしても、同じ高校球児として堂々と胸を張ればいい。最初から無理だと、あきらめる奴なんかと、決して比べることはできない、尊くも美しい姿がそこにあると、私は思うのです。
そして、結果もさることながら、その過程で子どもは育つのです。ベストを尽くして負けたチームなら、50年後まで、チームの同窓会ができているかも知れません。甲子園に出られなくても、人生の場外ホームランかっとばしています。どちらが尊いかは、わかりませんよね。
今日は、完全に話が脱線しましたね(笑)
でも、言いたいことは、主体者は子ども、そのためには自己決定の場を、親はサポート、責任は共有、結果は大切、育ちはもっと大切、子どもの自己肯定感を育む努力と研鑽を・・
と言うことでした。 果たして、伝わったかしら・・・?
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