主体があってこそ生きる連携

 2014-05-07
私は、ご家族を支え、ご家族と共に歩むことを、何よりも大切に考えています。

しかしながら、本来ご家族がすべきことを、代わりにして差し上げようとは思っていません。

たとえそれが私にすれば容易な内容であったとしても、すべきことと、してはならないことがあると考えています。

私は、主体者として、ご家族が力強く進んで行かれるための支援を行うべきであって、ご家族が本来すべきことの肩代わりのようなことであってはなりません。


ある子が発達検査を受けました。

それまでは、グレーゾーンだった子に、診断名が付きました。


「やっぱりなあ〜、道理で変だと思っていたんだよ」

「関係機関につながることになったんだって、良かった〜よかった〜」


もしも、診断が付くことによって、「この子は発達障害だから、本来は自分のクラスの子ではなかった」というような意識が、担任の先生にかけらでも芽生えたとしたら、そんな診断なら、ない方がましだと私は思っています。


診断は、これまでの教育にプラスアルファで生かされてこと意味のあることで、体裁のいい「連携」の名のもとに、担任の先生の腰が引けるようなことは、決して許されません。

連携という名のもとに、子どもがたらい回しされる、

よもやそんなことは実際には無かろうと信じますが、専門性の名のもとに、陥りやすい盲点は、案外そんなところにあるものです。


個を生かし、集団を育てるというのは、教育の永遠のテーマです。

そのバランスや方法は、決して一律のものではありません。


通常学級での生きた教育があってこそ、少人数・個別的な支援は初めて生かされると、私はずっと信じているのです。




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