理解言語があればこそ文字言語はつながる 行動理解があればこそコミュニケートは豊かになる

 2013-12-29
言語表出には、何の問題も見られないけど、その言葉によって相手がどんな気持ちになったり、その言葉によって自分にどんな影響があるのかが、予測できにくいタイプのお子さんがいます、

その発せられた言葉と、そのことが意味する内容との乖離は、ほんのわずかであったり、表面上は全く差がなかったりする場合もあります。

でも、実は、そのほんのわずかなズレこそが、相手の心に何とも言えないダメージを与えることが多いのです。


「背のちっちゃい人に、ちっちゃいと言って何がいけないの?」

「背のちっちゃい人は、背がちっちゃいことを、自分では嫌だと思っていることも多いんだよ~」

「へ~、そうなんだ」


悪気がちっともないからこそ、そんなことを平気で言ってしまいます。

「その人は、どんなことが好きなの?」

「ポケモン~」

「だったら、Aちゃんはポケモンのこと、とってもよく知っているから、こんど一緒に遊んであげたらどう?」

「うん、そうしてみるよ」


メタ認知のためには、肯定的な自己理解力も大切です、

一つ一つの出来事に、細かく寄り添いながらも、私はいつもその部分を大切に育てていきたいと考えています。


一方で、言語表出が全くない子もいます、

こういう子は、表情や仕草で気持ちのやりとりをしますから、ダイレクトに心が通じ合うことが多く、そう言う意味では前者のタイプの子より、案外豊かにコミュニケートがとれることが多いように思います。


幼児期に、ようやく言葉がでるようになってきた子とのコミュニケーション指導では、私は、理解の言葉と話し言葉と文字言語との接点を、相互に行き来させるようなことを意識してかかわります。

その場合には、何を題材にするか、その部分での内容の共有化ということがポイントなります。


構音がクリアでない子もいます。

例えばそれが、ポケモンの名前と意識していればキャッチできる言葉であっても、そうでなければ、何を言っているのかわかりにくことも多いのです。


それは、子どもが文字を習得する過程の中でも言えることです。

いちごの「い」でも、つきの「つ」でも、理解言語があってこそ、文字には魂が宿ってきます。


逐次読みだった子が、やがては「あ」という文字で始まるそのことばが、「あんぱんまん」であることを認知し、やがてまとまり読みで、「あんぱんまん」とすらっと読めるようになる日がやってくるのです。

「うんとここしょ、どっこいしょ、とうとうかぶはぬけました」

クラスのみんなと一緒に動作化したこのフレーズがあればこそ、音読のときに、その文字が子ども目の前で躍り出す日がやってくるのです。


テクニカルな言語指導も、もちろん大切です、

しかし、言語表出の大爆発の引き金が、大好きなお友達とのかかわりであったという事例を、私はこれまで、何度も何度も目の当たりに見てきました、


今年のレッスンは、今日の京都が最後の日となりました。

豊かにコミュニケーションがとれるということで、子どもはまちがいなく肯定的な自己理解力を高めていきます。

通じ合う心、通じ合う中身があってこその、言語指導であり、コミュニケーション指導であることを、私はこれからもずっと心に刻んで、子ども達のかかわりを続けていきたいと願っているのです。





にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ

↑ 大切さを全国に伝えたい! 応援の1クリックを よろしくお願いします。 
コメント












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://shinobu1.blog117.fc2.com/tb.php/1511-6a5d2aed
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫
Author:SHINOBU
新大阪教室

bnr_personal-osaka.jpg

今までにご覧いただいた方
 

百万アクセスまでがんばりたい

カテゴリ
最近の記事
月別アーカイブ