私が子どもの可能性を信じる理由

 2013-11-15
先日、1年生の男の子のレッスンがありました。

ここに来て急速に、文字を単語レベル、文章レベルでとらえることができるようになり、学習の幅が格段に広がってきました。


3歳の頃は、ずいぶん行動面での配慮が必要な子でした。

これまで、ロールプレイや手遊びなどで、ずっとずっと言語に関するかかわりを続けてきました。

アンパンマンのひらがなパズルも、今となっては、愛おしいくらい大切な思い出となりました。


私は、同じ子どもを3年・5年と継続してサポートさせていただいているのです。

構音がクリアでなかった子どもが、小学校になって、見違えるように変身した日のことを、間近で見てきました。

就学前に、文字がまったく読めなかった子が、小学校になって音読が大好きになった事例を、何度となく見つめてきました。


子どもの発達は、正比例のような、右肩上がりには決してなりません。

土の中で、小さな芽を出し、根を張り、ある日ぴょっこり土の中から、顔を出すのです。

その見えない土の中の可能性をしっかりととらえ、土を耕し、水をやり、肥料を施すことが、教育者の仕事、

それを見通す力量こそが、支援者としての専門性であり、才覚であると考えているのです。


その才覚は、臨床現場の最前線におらずして、決して身につくことはありません。

ご家族と共に、見えない可能性をずっと信じて、何年も何年も歩んできたそのこと、

その時の流れが、私の体にはしみこんでいるのです、

だからこそ、私はあきらめないし、可能性を信じることができる、


蒔かぬ種は決して生えないし、打たぬ矢は決して当たることはありません、

百本だろうが、二百本だろうが、私はその矢をずっと放ち続ける営みを止めることはありません、


笑いたくば、笑ってくださって結構です、

しかし、可能性は決して0ではありません、


信じるか信じないかは、その人の自由、

されど、その可能性を信じる者にこそ、教育者の称号が与えられるべきだと、私は思っているのです。




この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2013-11-17)


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