ありがとう りえ先生

 2013-01-12
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たった一人で始めた 「白ゆり教室」、

保護者に選んで来ていただく個別指導教室、

それは、私が何より誇りに感じていたブランドでした。


3年前の夏、

一人の保育士さんが、高知から保育士募集の面接に来てくれました。

カウンセラーの資格をもち、学校現場でのサポート経験のある彼女、

ご結婚を機会に、岡山で保育士として働きたいということでした。


当時は、一人で始めた 「白ゆり教室」 の子どもが50人を越え、一人で指導する限界に達していた時期でした。

何とか、この流れを組織化できないか?

そんな時期に現れたのが、このりえ先生でした。


「白ゆり発達支援センター」 は、文字通り、りえ先生と二人で作ったあゆみであったと思います。

組織を先に作るのではなく、まずは子どもと家族のニーズに寄り添う所からスタートしよう、

制度や、書類は、後から何とでも整えていこう、

こんな発想を現実可能にしたのは、パートナーとしてのりえ先生の働きがあればこそのスタンスでした。


私が舌を巻くほどの、天才レベルの事務処理能力、

この2年間、おそらくは私と二人で、5人分以上の仕事はこなしていたはずです。


一度だけ、涙がこらえ切れない時がありましたが、私のどんな滅茶な指示にも、厳しい要求にも、文句の一つも言わず、弱音もはかず、翌日にはきちんと整理して、私の机の上に揃えていました。

昨年度は、1ヶ月の利用者数が100にも満たない月がほとんどであったのに、その目標値がやがて200になり、300になり、今では400を目指そうかという勢いになりました。

先生の数も、多い日は、7人を越えることもあります。

この奇跡的な利用者数の増加は、りえ先生の存在なくして、決して実現できなかったと思っています。


本当によくやってくれた、

すばらしい人材でした。


そのりえ先生に赤ちゃんができ、来週から産休に入ることになりました。

この有為な能力に、母としての営みが加わることになり、将来は、発達支援センターの屋台骨を背負う存在として、一層の活躍が期待されるところですが、ひとまずは家庭人として、新しいステージを迎えられることになります。


この日、レッスンのあと、りんちゃんが、りえ先生と一緒に遊んでもらいました。

この子が、この時間を、毎回どんなに楽しみにしていたことか?

階段をあがり、扉を開け、りえ先生にお別れを告げにくる子もいました。


支援者としてのスタンス、

一期一会のレッスン、

保護者支援の極意、


私のもっているものはずべて伝え、2年の間、そのすべてを見つめてきたのも彼女でした。

私が、現役の最前線に立てるのも、せいぜいがあと10年、

必ずやこの子は、私を越える存在になる、

主体者を支える仕事の価値とやりがいを、誰よりも近くで見つめてきたのも、この子に他ならないのです。


出産は3月半ばと聞いています。

岡山より一足早く、高知には、すてきな春がやってくるのです。





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