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「対等」でありたい 保護者と学校・園との関係

 2008-05-30
昨日は、「手をつなく育成会」の保護者 教育懇談会に参加をさせていただきました。

今回で2回目の参加です。前回もそうでしたが、お子さんの「学び」や「育ち」に懸命に向き合っておられる保護者の皆さんのお話は、本当に心に響きます。

同じ会場にいるだけで、自分自身の心が磨かれていくようです。

今回は、重度の知的障害のある娘さんを、男手ひとつで育てていらっしゃるお父さんも参加されていました。

それぞれの方から、自分のお子さんの「育ち」や「学び」についての思いを聞かせていただくことができました。

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「お父さんに、もっと障害のことをきちんと受け止めて、理解して、そして協力をしてほしい」

「兄弟がいる地元の学校か、より専門的な指導が受けられる学校か迷っている」

「中学に入ると、これまでの生活や学習のリズムがくずれ、退行しがちになる」

「学校の対応次第で、障害のない兄弟がいじめや差別の対象になりやすくなる」

「トイレの介助のとき、異性のトイレに子どもといっしょについていくことは、どうなんだろう」

「自分の担任の先生に、専門性が乏しいように思え、他の学級の先生と比べてしまう」

「通常学級の通級での様子が見えない、伝わってこない」

「今、就労をめざす、とい親の強い気持ちと努力が問われている」

「地域の活動に、我が子が参加できる機会が少ない」

「知的な遅れはないが、日によって学習の取り組みに大きな差が生じてしまう」

「トイレの介助などで、ホームヘルプや支援費制度の利用は可能か」

「ADHDの子の薬の使用について考えている」

「応用行動分析の講座を、学校の公開講座でやっています」

「プレジョブの取り組みを、ぜひ自分の地域に広めていきたい」

「先生に言いたいこと、お願いしたいこと、学校にお願いしたいこと・・」

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どの発言からも、それぞれのお子さんに寄り添った、お父さん・お母さん方の熱い・真剣な思いがにじみ出ているようでした。

と同時に、それぞれの発言には、今の日本の特別支援教育に共通する、大切な課題が多く含まれていることを感じ取りました。

そのひとつが今日のテーマである、「保護者と学校・園との対等な関係」という考え方です。

私は今、保育園の経営者の一員として保護者の皆さんに接していると同時に、就学支援の相談員として学校や関係機関にかかわったり、自分の子どもの保護者として学校と接しています。

また、小学校の時は、学校の職員として、保護者の方とかかわってきました。

で、この経験をトータルして、導き出した結論は、「保護者と学校・園とは対等な関係であるべきだ」というものです。

これまでの経験の中で、一方的に保護者にやられまくっているケースにもふれてきました。

教育委員会の電話には、毎日何件という苦情電話がかかってきます。いつか知り合いの指導主事が、「SHINOBUさん、一日ここすわってみ、そりゃ、神経すりへるで。現場はええなあ」と会うたびに愚痴っており、市役所いくたびに、体重が落ち、顔色が土気色になっていくのを見ていました。

私も学校現場では、生徒指導や教務をしていましたし、保育園ではその担当者ですから、それなりの洗礼をあびてきました。ひどいケースは、精神的に追い詰められ、うつ病になった同僚も数多くいます。

また、それとは逆に、学校や行政・関係機関の上から目線、見下した態度、してやってるぞ感覚には本当に辟易しましたし、弱い立場の人には徹底的に権力をちらつかせ、平然と、当たり前のように威圧してくる担当者もいっぱい見てきました。

「親を甘やかすから、つけあがるのよ」と平気で言う教員もたくさんいました。

でも、私は結局この感覚にはついていけませんでした。

ある時、保育園の運営のことで、貴重なご意見をいただいたことがありました。ただ、やりとりの行き違いから、不幸なことにその方と対立的になってしまったことがありました。

そのときは、こんな方法で安易に受け入れてしまったら、職員に示しがつかない。「大きな声でクレームをつけたら物事が通る」では、他の保護者の方の信頼を失う。理不尽な方法には、責任者の一人として絶対に屈しない。と、力一杯対立してしまいました。

この対立は1ヶ月以上も続きました。私も、職員も、その方も、関係機関の方も、そしてそのお子さんも、目には見えないかもませんが、必要以上の緊張感とストレスを感じていたに違いありません。

で、結局、ある方に仲介していただき、私の判断で、その保護者の方にお断りの電話をさせていただきました。

このことで私はたくさんのことを学びました。

今となっては、その方がどれほど大切なことを私たちに伝えてくださったか、感謝の気持ちでいっぱいです。と同時に、真剣で熱い気持ちがあればこそ、ちゃんと伝えてくださったのだと、そのお母さんのことを理解する気持ちが芽生えました。

そして、この先、このお母さんに「本当に、この保育園に来てよかった」と思っていただくことがなかったとしたら、いくら発表会や運動会が好評だとしても、保育としての価値は、本物にはなりえない」と考えるようになりました。

それ以来、私は、これまでよりももっともっと、お迎えの時などに、そのお母さんも含めて、いろいろな方にお話をうかがうようにしたいと考えました。

不思議なことにそうこうしていると、このお母さんこそ、うちの保育園になくてはならないお母さんなのだと思えるようになりました。

あの時の争いは何だったのでしょう。

そのお母さんも、それ以来、笑顔で私に話しかけてくださるようになりました。

私は、このお母さんをかけがえのない大切な保護者としてかかわる。お母さんも、職員のがんばりや保育園のよいところを認めてくださった上で、ご意見をくださる。

これは、決して対立的な関係の時にはありえなかったことです。これで、やっと私たちの目指す対等な関係ができたな、と感じました。

今では、どんな些細なことでも、真剣に耳を傾けます。よかれと思う提案やご意見は、明日と言わず今日から実践します。こちらの方から、何かお気づきのことはありませんかと尋ねます。

今回のこのケースにしても、いろいろなとらえ方やご意見があると思います。こうした対立があったからこそ、今の関係が成立しえたのかどうかは、私にもわかりません。

学校・園に自分の思いを伝えたい、と考えていらっしゃる保護者の方は、きっと多くいらっしゃることと思います。

言い過ぎちゃ逆効果。言わなきゃ泣き寝入り。一体どうすりゃいいのよ、ってことになりますよね。

結論:まずはちゃんと言いましょう・伝えましょう。でも、上から目線にはきちんと抵抗しましょう。でも、感情的、対立的になると、お子さんも含め、多くの人が痛みます。そのさじ加減にレシピは存在しません。 

以上です。参考になりますかどうか?



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