嘆いて前に進めるのなら

 2012-06-07
例えば、私の教室には、IQが100をはるかに超える値の子も何人か通ってくれています。

計算は速いし、国語のテストも100点、

でも、ご家族の悩みは深刻です、

だからこそ、刻まれる深い苦悩がそこにあります。


怠けている、生意気である、協調性がない、親のしつけがなっていない、甘やかされているからこうなるんだ・・

他から理解されにくいことも、苦悩を深める大きな要因の一つになっています。


ダウン症であろうが、自閉症であろうが、AD/HDであろうが、LDであろうが、その障がいを決して軽んじることはできません、

その事実をしっかりと受け止めて、親として、指導者としてなすべきことを精査していかなければならないのです。


ですが、

だからと言って、悩んでいるだけで、嘆いているだけでは、何にもなりません。

誰かのどこかと、何かを比べて、見えてくるものもあれば、逆に、見えなくなってしまうものだってあるのです。

検査で、何かを格段に洗い出されて、それを目の前に突きつけられて、動揺しない親なんてどこにもいません。


もしも必要以上に、ダメージを受けっぱなしで、どうしていいかわからなくなったとしたら、時には、別の角度からお子さんの姿を見つめ直してみることも大切になってきます。


世の中には、完璧な人間なんて、どこにもいないはずです。


脳には代償性機能というものがあります。

表出言語が少ないからこそ、ノンバーバルなコミュニケーションが豊かにできる子もいます。


どこかが苦手な子は、それを補うように、必ず他の感覚が伸びます。

決して苦手なことをそのままにしておいても良いとは思いませんが、苦手なことがあるからこそ、その子らしさがあるということだってあるのです。


嘆いて、悲しみにくれて、沈み込んでいくことと、

その事を真っ正面に受け止めて、ゆっくりだけど、笑顔で、前に進んでいくことは違います。


肯定的な子ども理解、

ポジティブシンキング、

障害受容、

都合の良い言語に置き換えるだけなら、いとも簡単なことです。


嘆いているなら、苦しんでいるなら、

それでその子が豊かに育ち、幸せに生きていけるのなら、

いくらでも嘆くと良いでしょう、

悲観に暮れていればいいでしょう・・


しかし、きっとそうとしか、思えない時期だってある、

その苦しい時期こそが、やがて親としての足腰を鍛え、これまでと違った、美しくて潔くて、深くてたおやかな母の笑顔に変わって行くのです。


私は、これまで、何人ものそんなお母さんと、一緒に歩んできました。


主体者としての母の役割を放棄することはできません、

ですが、決してそのすべてを、母の背中だけに背負わすことがあっては、なりません。


人の生き様を数値化することなんて出来ません、

大切なのは、そのクオリティであって、プロフィールではないのです。


そのことを不幸と思うかどうか、

その答えは、きっとご自身の心の中にあると、私は思っているのです。


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Author:SHINOBU
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