自分が必要とされている感覚 それがインクルージョン

 2012-05-21
私の教室には、毎日たくさんの子どもたちが通ってくれています。

すべての人がそう思っているかはわかりませんが、マンツーマンレッスンの多くの場合は、私のレッスンを選んで来ていただいていると思っています。

中には、県外からお越しくださる方もいます。


SHINOBU先生のレッスンを、選んで受けに来てくれている、

そう思うことが、他では決して替えることのできない誇りと喜びを、私の心に宿してくれるのです。


その気持ちが、今の私のすべてを支えています。

それがあるから、どんなに疲れていても、休みが無くても、腰が痛くても、

弱音も吐かなければ、後ろ向きな気持ちにもなりません。


どんな高熱が出ようが、足が動く限りは、まず教室に行くことにしています。

大抵の場合は、ここで交感神経のスイッチが入るので、その日1日乗り切ってしまうものです。


それでもダメな時は、相当の重病です。

そういう場合は、当たり前の事ですが、長引いては何にもなりませんから、予約をいただいた方に連絡を差し上げ、お断りを述べ、振り替えの段取りを済ませて病院に行き、ふとんにもぐって翌日に備えます。

自分が必要とされていると思えば、こんなことは何でもないのです。


不思議なもので、何かのことで、自分が必要とされていると感じることで、自分の欠点や課題を、素直に受け入れることができます。

いわゆるメタ認知状態になり、自分の欠点を受け入れながら、それとなくそれをコントロールできるようになるのです。


私、ある部分では優れた所も少しだけありますが、それ以外の部分は欠陥のかたまりです。

自分のレッスンが、子どもたちやご家族から必要とされていると感じることで、その致命的な欠点を自分で受容することができるようになります。


「欠点があるから、欠陥があるからこそ、自分はここまで来ることができた」

「自分の長所は、短所があればこそ、その対極に位置するもの」

今では、本気でそう思っている私です。


私のいう 「肯定的な自己理解の力の育成」 には、こうした 「他者から必要とされている感覚」 が、どうしても必要となってくるのです。


あなたがいて本当によかったと、家族から受け入れられている感覚、

先生は、君と勉強している時が一番楽しいと、毎回のレッスンをいつくしむ気持ち、

そして、君がいるからこそ、1年2組なんだというクラスの中の存在感、


それが、この子が自分自身の重い課題を受け入れ、人とのかかわりの中で命を輝かせ、幸せを感じる唯一の道だと考えているのです。


インクルージョンの理念、

それはまだまだ決して、社会の中で当たり前になっているコンセプトではありません。


だからこそ、私たちはそこに向かって歩いていかなくてはなりません。

そこに多くの苦難があればこそ、私たちのなすべき役割もあるというものです。


子どもが、集団の中で、本当に自分が必要とされている感覚、

そのことを実現することは、決してたやすいことでないはずです。

薄っぺらな理念で、できることではないはずです。


大切な命をさずかった家族だからこそ、

みんなと学ぶ教室だからこそ、

なすべきことがそこにあるはずです。


それは容易なことではないけれど、決して不幸なことではないはずです。

きっと、選ばれし者だけが、この子と共に歩めるのですから。





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Author:SHINOBU
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