あなたがいてくれたからこそ 今の先生がある

 2012-03-14
今から10年以上も前の話です。


当時私は、小学校6年生の学年主任をしていました。

卒業式が終わったその日、私は校長室に呼ばれ、「新年度は、新設する支援級の担任をしなさい」 と言われました。


私は、支援級担任希望の欄にまる印をつけていましたから、その事がうれしくてたまりませんでした。

中学への引き継ぎなど、卒業にかかわる事務を済ませるとすぐに、受け入れ準備を開始しました。


まだ卒業式が済んだばかりの3月でしたが、その子の自宅、幼稚園、保育園、療育の施設などに足を運びました。

正式に担任の発表があったわけでも何でもありませんでしたから、今から思うと、完全なフライングでした。

交流をする1年生の担任は、同じ6年生の担任をしていた先生でしたし、支援級の免許ももっていましたので、心強い限りでした。


新設の学級なので、予算の獲得、施設改修、備品の整備など、することも手続きも山ほどありましたが、そこには夢があり、希望が一杯でした。

私は、2年間担任をして、その学校を転勤となってしまいました。

連絡帳も、通信も、まるでひとつの物語のように綴られていきました。

本当に、夢のように楽しい2年間でした。


私が、転勤となった後でも、ご家族とは交流が続きメールをいただいたり、お会いしたりする機会も何度もありました。

白ゆり教室を始めた頃、しばらくの期間、特別支援学校の高等部に通いながら、私の教室にも通ってくれていました。


その男の子が、昨日、高等部の卒業式を迎えました。

直接、この子の指導をさせていただいたのは、ほんの限られた時間だったのですが、私の心の原点には、いつもその子の存在がありました。


今、多くの子が、小学校への就学の時期を迎えようとされています。

期待と不安が入り交じって、胸が張り裂けそうになっているご家族・ご両親のお気持ちが、幾度となく私の所に伝わってきています。


私は、支援級の担任になることを何よりも誇りに思っていましたし、1年生でその子を迎えられることが、うれしくてたまりませんでした。

そんな気持ちが根元にあったから、就学前にもかかわらず、幼稚園・保育園・療育施設へと、自然に足が向いて行きました。

それは、当然のことであると信じて疑いませんでしたが、ご両親は、ことある度に、何度も何度も感謝の気持ちを私に伝えてくださいました。


高等部の卒業式を終え、この子も、人生の新しいステージに向かっていくことになります。

私が、直接この子の指導にかかわることができたのは、限られたほんの一部の期間でしかありませんでしたが、それが今の私の活動の源流となっているのです。


ご両親が、涙をこぼされんばかりに感謝してくださったあるべき姿を、多くの子どもたちやご家族のためにつなげて行きたい、生かしていきたい、

それが今、私を突き動かしているエネルギーとなり、パワーとなっているのです。

あなたとの出会いがあったからこそ、今の先生があり、あなたとのあゆみそのものが、多くの子どもとのレッスンに、今でも脈々と生かされているのです。


子どもとの出会いというのは、そういうものです。

あなたとの出会いの輝きを、いつまでも色あせないものにしていくためにも、私はこれからも真摯に自分のつとめを果たしていかなくてはなりません。


だから、だから、

これからも、自分らしく、懸命に生きるあなたでいてほしい、


ご卒業、本当におめでとう、

あなたの存在そのものが、先生にとってはいつも大切な宝物となっているのです。



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