数値化できない言語のアプローチ

 2012-02-13
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先日のレッスンのことです。

ある女の子が、歌の絵本を指さしながら、「ぽけもんもん」 と言いました。

ぽけもんもん??

というか、私には 「ぽけもんもん」 と聞こえちゃったわけです。


でも程なくして、それはポケモンのことではなくて、「ゆきだるま」 のことだとわかりました。

「そう、ゆきだるまのことなんだね、じゃあ一緒に歌ってね」

そう言って、私がタッチパネルの 「ゆき」 の所を押すと、「雪やこんこ♪ あられやこんこ♪」 と、それはそれは楽しそうに歌い始めるではありませんか?


「ころたろ」 は、 「ももたろう」 のこと、

「まくら」 は、「ゆりかごのうた」 のこと、

「もしもし」 は、「うさぎとかめ」 のこと、

「あるこう」 は、「さんぽ」 のこと、


この子にとって、自分でタッチパネルを押すことは、ごくごく簡単なことなはずです。

そうではなくて、自分の言ったことがきちんと私に伝わり、コミュニケーションが成立した中で、先生と大好きな歌を一緒に歌いたいわけです。

先生に、タッチパネルを押してもらうという意味がそこにあるのです。


「しのぶせんせい、押して」

「ここ押して」

「あるこう、うたう」

「もう1回」

「押したらいけん」

構音にやや不明瞭な部分はあるけれど、言語がコミュニケーションツールとして、生きて働き始めたのです。


かつて私が、英会話のNOVAに通っていた頃、私のへたくそ英語を、きちんと受け止めてくれた先生のことを忘れることができません。

いや~、うれしかったですね

仕事のこと、私が目指していることを、外国の先生にちゃんと伝えることができ、内容を共有できた喜びは、その後の私の英会話のモチベーションを飛躍的に向上させました。

伝えられること、通じ合うことは、人としての大切な基本的な欲求の一部であるに違いありません。

だから、楽しいわけです。


今でも、この子の表出言語を、100%キャッチできているわけではありません。

何を言ったかわからないのに、適当に、「うん、そうだね」 などと返したりすると、極端にがっかりした表情を浮かべるものです。

子どもの心は、ごまかせません。


まずは、子どもの内発性を信じ、尊重すること、

自己決定・自己選択できる素材、教育的に意図され、整理された教材を用意しておくこと

活動の内容や体験を共有すること、

それがあるからこそ、「ぽけもんもん」 を、「ゆきだるま」 とキャッチできるわけです。


週に1回、私たちに与えられた大切な時間、

ご家族の信頼や願い、

恵まれた環境、


この日、活動が楽しすぎて、終了時間が来てもなかなか帰ることができなくなってしまいました。

検査データやプリントのように、数値化されたもので、なかなかレッスンの内容や手応えをお伝えすることはできにくいものです。

だからこそ、私がしなくてはならない内容があるはずです。


休まずにずっとずっと通ってくれる子どもたち、

その心の芯に残る力を、培うことができればよいのだけれど・・


ぽけもんもんがちゃんとキャッチできたこと、

この子が伸びていくための、大切な一歩にして行きたいと願っているのです。




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