教育と療育の間にあるもの

 2012-02-06
先週、個別支援計画作成にかかわる県の研修会に参加しました。

演習を中心とした2日間の内容でしたが、多くのことを学び、たくさんのことを感じてきました。


グループワークでは、いただいた子どものエピソードやデータをもとに、模擬支援会議通して実際に個別支援計画を作成してみました。

個性豊かで、たいへん優秀なグループの中に入れていただきました。


データや行動の読み解き、その内容を分析して、今なすべき目標を精査していくプロセスや手法を体感することもできました。


会の終了後に、隣に座っていた方と名刺交換をさせていただきました。

そこには、小さな文字で 「臨床心理士」 と書かれていました。

なるほど、この人はただ者ではないと思っていましたが、そういうことでしたか、

改めて療育的なアプローチの実際について学ばせていただく、貴重な体験となりました。


療育機関は、就学前のお子さんが中心、

就学前には、療育を受ける機会も多かったけど、就学後となると、そうしたサポートを受ける機会が急に少なくなってしまう、

これまでそんな声を何度も聞いてきました。


療育のアプローチを、教育の現場に取り入れることにより、これまで多くの面で多くの改善や進歩が見られました。

特別支援教育の切り口は、そういう所からスタートしたように、私は感じています。


しかし、教育のプロにとっての療育的な視点は、取り入れるべきものであったり、学ぶべき内容であったりしても、決して教育そのものに取って代わるものではないと思っています。

療育的なアプローチを、十分咀嚼しないままに、そのまねだけをしても、きっとあまりうまくないはずです。

「ショートターンの分析→プログラム」 だけでなく、学習内容から培う能力開発という、「人間形成の視点から見たロングターンの学びのスタンス」 を、教育はしっかりともっておくべきだと思っています。

それぞれがそれぞれの持ち味と専門性を生かして、うまく機能連係を図っていくことこそ、子どもの最善の利益に通じるものだと考えるのです。


学校の先生は、教育の専門性を明確にした上で、療育的なアプローチを可能な限り生かしていく才覚と、ふところの深さをもっていたいものです。

療育の担当者は、教育の主体者としての学校の専門性を十分に理解した上で、実際の教育現場に生かしていくためには、どういった配慮が大切であるかを明らかにしながら、有効で具体的な支援を示していきたいものです。


そのはざまで、ご家族や子どもたちが揺れることがあってはありません。

多様性というのは、子どもやご家族にとって、決して不利益なことではないはずです。

むしろ制度や切り口やスタンスが違うからこそ、その相互の役割が明確に見えるということもあります。


子ども中心、

その視点があってこそ、相互の専門性や連携の中身が明確になるというものです。


あの臨床心理士さんがいらしゃる事業所から、この春から、私の所に来てくれる子もいます。

これまで育ててくださったその大切な芽を、これからもずっとていねいにはぐくんで行かなければならないと思っています。

責任は、重大です。


持ち味と個性を明確に示しながら、ご家族と子どもに信頼され、選んでいただける内容を示していきたい。

主体者と共に歩む支援者の役割を、しっかりと自覚しながら、自分の役割と専門性をさらに豊かにしていきたいと思っています。


子どもの成長と幸せを中心に置くからこそ、つながる中身も、家族と共に歩む道も、きっと見えてくるのです。



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