理解者と共に歩むということ

 2011-12-01
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私にとって、ブログはとても大切な宝物です。

このブログを通して、岡山だけでなく、全国各地の方とつながりをもつことができました。


今週の火曜日は、大阪でのレッスンの日でした。

思えば3年前、たった一つのメールがきっかけで、大阪でのレッスンを始めさせていただくようになりました。

当時、幼稚園の年長クラスだったこの子も、もう2年生になりました。


この日は、私のマンツーマンレッスンを、通常学級の担任の先生と、学校で個別指導を担当してくださっている特別支援教育コーディネーターの先生が、わざわざ見に来てくださいました。

ご両親、そして2人の学校の先生に見守られながら、笑顔いっぱいで、一生懸命に学習に取り組むその子の姿が、私は愛おしくて仕方がありませんでした。


1本のメールから始まった、ご両親とのお付き合いです。

ご両親と一緒に、何度かこの子の学校に訪問もさせていただきました。

月に1回・2回のレッスンではありますが、私はこの3年間、家族の皆様といつも一緒に歩んできたと思っています。



レッスンが終わると、その日は新大阪の駅の近くのホテルに宿泊しました。

翌日の朝、新幹線に乗り、午後には、福島県郡山市の教育センターでお話をさせていただきました。


教育センターで研修を担当されていた先生は、この8月に、ある小学校の校長先生としてご栄転なされていました。

この先生も、私のブログをお読みくださり、こうした研修会でお話をさせていただく場を設定してくださった方です。


今は、郡山市とは別の地域の校長先生をなさっておられます。

この日、校長先生は、わざわざ休暇をとって、聴講というような形で私の話を聞きに来てださったということです。


新幹線で郡山に向かう途中のことです。

小田原駅を通過したとき、私は、あるお母さんに電話を差し上げました。


私が、白ゆり教室を立ち上げて間もない頃から、ずっとお付き合いをさせていただいている秦野市のお母さんに、どうしても連絡を差し上げたくなったからです。

今では、なかなか秦野市までお伺いする機会も少なくなってきましたが、一緒に歩んできたという感覚が、これまで一度も切れたことはありませんでした。

小田原から小田急に乗り換えて、何度か秦野市にお伺いしたときのことが、鮮やかによみがえってくるように感じてしまいました。


福島では、前日行った大阪でのレッスンをビデオに撮り、それを学校の先生方に紹介させていただきました。

また、岡山から運びこんだ自作の教材・教具も、そのまま福島まで持って行ったので、先生方にご覧いただきました。


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福島には、お昼から夕方まで滞在させていただきました。

時間のある限り、私はこの校長先生とお話をさせていただきたかったのです。


その日の最終の新幹線で、岡山に帰りました。

きっと時間的には、普通ではない日程をこなしているはずです。

頭も体もきっと疲れているに違いありません。

でも私が、疲労感を感じることはほとんどありませんでした。


「どんなに遠く離れていても、私は、いつもSHINOBU先生と一緒に歩んでいると思っています」

秦野市のお母さんが、いつかそう私に伝えてくださいました。

それは、私も同じ気持ちです。


どの方も、私にとっては最高の理解者であり、かけがえのない大切なパートナーだと思っています。

みんなブログを通して知り合った方々ですが、どんなに遠く離れていようとも、ずっとずっとそばにいてくださるような気がしています。

この方々がいるからこそ、私は、ずっと前に進んでこれたのです。


「先生がいたからこそ、私は、この1年がんばることができました」

研修会が終わった後で、私が校長先生にそうお伝えすると、先生は、ちょっとびっくりされたような顔をされましたが、それは本当のことだったと、その場で改めて確認することができました。


それが1年先になるか、10年先になるかはわかりませんが、いつかきっと皆さんが岡山に来てくださる日が来ると、私は思っています。


どの方も、すばらしい見識と愛情をもった聡明な方々です。

だからこそ相互の支え合いが必要で、理解者と共に歩むというのは、こういうことなんだと感じることができました。

パートナーシップの具体的な形を、体験的にふれることができたわけです。


翌日、家内の手術がありました。

幸い手術は無事に成功し、ほっと胸をなで下ろしました。

これまでずっと、私が仕事に打ち込める環境を作ってくれたのは家内で、そのためにも、何としても大阪のレッスンや福島の講演をきちんとやりとげなければならないと思っていました。

とても満足のいくような内容ではありませんでしたが、精一杯取り組むことだけはできたと思っています。


手術は、3時間以上にも及びました。

その手術中に、なかなか就職の決まらなかった長女から、内定通知が来たというメールが届きました。

手術が終わったばかりの家内にそのことを告げると、酸素マスク越しににっこり笑うのが伺えました。

このことを、一番案じていたのも家内です。

先生によると、数日後には退院できるという見通しです。


それぞれの存在を心から尊重し、大切にするからこそ、相互の絆も深くなることを、私は改めて学ぶことができました。

支援もつながりも、そして家族の絆も、それぞれが主体者であればこそ、重要となってくるのです。欠くことのできない大切なものになってくるのです。


人は、人とのつながりの中でこそ、自分の生きている意味や、他者の存在を尊ぶことができる、

共に歩むということの意味をかみしめながら、私はこれからもずっと、子どもの成長とご家族の幸せのために働いていきたいと思っているのです。



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Author:SHINOBU
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