「特別支援学級=個別指導」は大まちがい

 2008-05-13
これは、私が親しくさせていただいている特別支援学級の先生の酒席での本音です。この先生は、人格・力量ともすばらしい先生だと私は思っています。その発言の主旨は・・

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保護者の方が、特別支援学級に大きな期待を寄せてくださっているのは、本当によくわかる。自分もその期待に少しでも応えようと、毎日必死でがんばっているつもりである。

でも、保護者の方には、特別支援学級=個別指導のイメージを強くもっていらっしゃる方も多い。確かに、通常学級よりは、そのチャンスも多いし、できるだけ個に寄り添った指導をしたいと思っている。

でも、実際に、個別指導をするとしたら、例えば5人の児童がいたら、一人9分指導して、残りの36分は自習になってしまう。

だから、そういった意味での個別指導の期待には、実際にはなかなか応えにくい。

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そんなんだったら、通常学級にいればよかった・・というような声が聞こえてきそうです。確かに、特別支援学級を選択すれば、すべての問題が解決されるというのは、誤りです。このブログでも、繰り返し申してきましたが、発達課題のあるお子さんの就学は、「選択」ではなく、「創造」です。

特別支援学級の入級に大きな決断がいるのは、百も承知です。そのことに大きな期待を寄せられることも当然です。ですが、その決断だけで、すべてが解決されるということではないのです。むしろ、そこでどんな教育が行われ、何が育つのかをしっかりと見つめ、先生と協力し知恵を出し合って、内容を充実させていくための営みそのものが極めて大切だと私は思うのです。

私は今、小学生のお子さんにその個別指導をさせていただいています。でもそれは、あくまでも学校教育の補完というポジションでこそ有効なものであると考えています。

それに個別指導が万能ではないということも、しっかりと認識しておくべきです。個別学習では、集団でできない学習をすることができます。

しかし、集団での学習で、個別学習では逆立ちしてもできないようなすばらしい成果を上げた事例は、それこそ星の数ほどあります。

そもそも特別支援教育の基礎となる理念は「インクルージョン」であって、「個別指導」ではないはずです。

ベースあるいは目指すべき方向として、「集団の中での学び」を、しっかりとど真ん中に置くべきではないでしょうか?

特別支援学級でも、通常学級と規模は違ってきますが、集団(=小集団)の学習が可能です。

発達課題があろうがなかろうが、学びそのものは主体的なものであるべきなので、可能であれば、教えてもらう(=個別学習)というスタンスから、自分から学んでいく方向性をもつことは、大切だと考えます。

自分から学ぶ、という発想さえあれば、口を開けてまんじゅうが落ちてくるような意味での「個別学習」の時間はそれほど必要でないのかも知れません。

その子にあった課題を、その子なりに、その子のスタイルや特性を生かして、主体的に解決していく学びの場があるのならば、びったり貼り付いていく学習形態が常時必要ということにはならないのではないでしょうか?

制度上、特別支援学級に在籍する以上、一定の時間数を特別支援学級で学習することが求められます。

しかし、何よりも大切なのは、通常学級のクラスの子どもの意識の中に、特別支援学級の子どもに対して、「あなたはぼくのクラスの大切な一員」という意識があるかどうかです。つまり、通常学級の担任の先生の理念の中に、インクルージョンの意識がしっかりと根付いていて、それが具体的な指導にどう生かされているかということです。

通常学級の友達が、先生以上に、豊かな学びをその子に提供してきた事例は、個別指導で成果を上げた事例よりも、量的にも質的にも豊かであることを私たちは見直すべきだと思っています。



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