子どもの心の扉

 2011-09-14
私が、初めて教員になった時の、忘れなれないエピソードがあります。


当時私は、小学校3年生の学級担任をさせていただいていました。

中に一人、だんだん宿題をやってこなくなった男の子がいました。

言動もだんだんと乱暴になり、クラスの友達とのトラブルが多くなってきていました。


2学期の個人懇談で、学級でのその子の様子を、お母さんにお伝えしました。

「それは、いつの頃からですか?」

私が、思い当たる時期についてお知らせすると、そのお母さんは、

「それは、私のせいです」 と、

はらはらと、大粒の涙を落とされました。


お母さんのお話を伺うと、ちょうどその頃から、お父さんのギャンブルのトラブルで、家庭がめちゃくちゃになり始めたということでした。


どうしてこの子のことを信じて支えてやることができなかったのだろう、

私は、悔やんでも悔やみきれない自分のふがいなさに、強い衝撃を受けました。

何のための教師の道を志したのか?

自分には、教師の資格なんてないんだと、何度も自分を責め、なかなか立ち直ることはできませんでした。


先日、ある男の子のことで、小学校におじゃましました。

あれだけ楽しいレッスンを積み重ねてきた子が、最近になって、だんだんと様子変わってしまいました。

もちろん、今回のケースでは、家庭的なトラブルがあるわけではありません。

お母さんとも、相談をさせていただきましたが、どうしても私には、その行動を読み解くことはできませんでした。


学校の先生のお話を伺っているうちに、私は、切なくて、胸が締め付けられるような気持ちになりました。

もっと早く、わかってやるべきだったと、それまでの自分の対応の至らなさを、身にしみて感じました。

そう思うと、これまでのこの子の行動の一つ一つの意味が、何だか読み解けるような気持ちになり、これまでのすべてを捨てて、もう一度原点に返り、この子と向き合っていこうと覚悟を決めました。


何のために、私は仕事をしているのか?

それを忘れてしまったら、きっと、私は私でなくなってしまう。


よりよく生きたいと願うからこそ、子どもも痛み、苦しんでいるわけです。

その根元を信じられなくなったら、教育という営みは、成立しないと私は思います。


私が再び、教育者として、この子の前に立てるかどうか?

何が、子どもを支え、育んでいくのか?

そのことをしっかりと見つめて、私は、次の一歩を踏み出してみたいと思っています。


そうでなけれれば、申し訳が立たない、

私には、背中を丸めた子どもの姿が、目に焼き付いて離れません。


何としても、もう一度、心の扉を開いてやりたいと思うのです。




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