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安易に使って欲しくない「保護者の無理解」という言葉

 2008-05-11
昨年の夏のことですが,頭から離れないできごとがあります。

とある学校・園の特別支援担当者研修会に,参加をさせていただきました。

50人近くのメンバーの方がいらっしゃたでしょうか。会の流れは,コーディネータの方や特別支援学級の先生がそれぞれ,自己紹介を兼ねて現状報告やそれぞれの思いを発表していく展開になっていました。

その時に何度も耳についたのは「保護者の無理解」という言葉です。つまり,この言葉には,

「通常学級で障害のある子の教育は,その子のためにはならない。なので,担当者は,特別支援学級への入級を勧めるのだが,保護者は,特別支援学級の良さをわかっていない。あるいは,見栄や障害の受容ができていないために,最初からそのことについて聞く耳ももっていただけない。」

という意味が込められていると,私には感じとれました。

確かに,そういったことの対象となる保護者の方がいらっしゃるのかも知れません。お子さんやご家族の実態を知らずに聞いていますので,百歩譲るとしたら,そんな場合もあるんだろうなあ,という思いもあることはあります。

しかし,そのときに私がかかわっていた保護者の方は,まったくそれとは違っていましたので,こみ上げてくる思いを押さえきれず,私の番の時には,大体次のようなことをお話させていただいた記憶がります。

「私はこれまで何人も発達の課題のあるお子さんの保護者の方とかかわってきました。少なくとも私のかかわってきた保護者の方は,お子さんの発達課題を真っ正面から受け止め,大げさかもしれませんが,お子さんの学びや育ちに,命をかけるくらいの思いで懸命に取り組まれている方ばかりでした。でも,結果として,特別支援学級を選ばれた方もいらっしゃれば,どんなに勧められても通常学級を選択された方もいらっしゃいます。それは,なぜだと思われますか?私は,その選択の基準が,形ではなく内容だからだと思います。そもそも特別支援のベースとなっている理念は「場による教育からニーズによる教育への転換」です。でも何だか特別支援の組織や体制が整っていけばいくほど,診断だの何だのは前に進むけど,診断がついたとたんに通常学級から切り離されて,何か狭い部屋へ入れられて,聞いたこともないむずかしい用語は聞かされるけど,学力が向上したという手応えはほとんどない。何も変わらないどころか,学力の面でも後退しているような気になってしまう。こんなことなら,勉強ができなくても,通常学級にいて,集団の中でいろいろなことを吸収できるほうがよっぽどましだった。そんな声も聞くんです。本当は「特別支援学級に入りたいけど,なかなか希望が多くて・・」こうならなければいけないのではないかと思います。特別支援学級を勧めるけど,保護者の方が理解していただけない理由については,それはむしろ私たちの方の課題だと思うのですが・・・」

その時は正直,「また余計なこと言っちゃって,学校から煙たがられるな」って思っちゃいました。

私の尊敬する特別支援学級の先生の所へは,学区を越えて,多くの方の入級希望が殺到しています。逆に「あの先生が特別支援学級の先生なら,絶対に行かない」とおっしゃってる保護者の方もいらっしゃいます。

「保護者の無理解」

私の辞書には必要のない言葉だと思っています。
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