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心の根元にあること

 2018-10-31
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今からもう10年以上も前のことになりますが、私が初めてこのサマランカ宣言の文章にふれた時、魂が震えるような感動をおぼえたことがあります。

どの言葉が私の何をということではなくて、生まれついて、ずっともやもやとしてきた私の思いを、一気に晴らしてくれたようなそんな記憶をずっと持ち続けているのです。


今担当させていただいている大学での講義でも、必ず早い時期に、学生さんと共にこの内容に向き合うようにしています。

職員研修でも、折に触れ、資料を印刷して、内容を共有するように努めています。


このことなくして、いくらテクニカルな面に力を注いだとしても、決してそれは血の通ったものにはならないと考えています。

そして、子どもを育てるという営みの、すべての原点がここにあると信じているのです。


それから十何年、その思いは衰えるどころか、教育の実践を積み重ねて行くごとに、ますます深くゆるぎのないものへと高まっているのです。

この先の私にとって、生涯を賭して追い続けていくこと。

その原点は、ずっとここにあるのです。





サマランカ宣言(一部)

 われわれは以下を信じ、かつ宣言する。

◦ すべての子どもは誰であれ、教育を受ける基本的権利をもち、また、受容できる学習レベルに到達し、かつ維持する機会が与えられなければならず、

◦ すべての子どもは、ユニークな特性、関心、能力および学習のニーズをもっており、

◦ 教育システムはきわめて多様なこうした特性やニーズを考慮にいれて計画・立案され、教育計画が実施されなければならず、

◦ 特別な教育的ニーズを持つ子どもたちは、彼らのニーズに合致できる児童中心の教育学の枠内で調整する、通常の学校にアクセスしなければならず、

◦ このインクルーシブ志向をもつ通常の学校こそ、差別的態度と戦い、すべての人を喜んで受け入れる地域社会をつくり上げ、インクルーシブ社会を築き上げ、万人のための教育を達成する最も効果的な手段であり、さらにそれらは、大多数の子どもたちに効果的な教育を提供し、全教育システムの効率を高め、ついには費用対効果の高いものとする。



子どもの心に宿る命

 2018-10-26
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最近、色々な面で自分のやってきた取り組みの中から、手応えを感じることができる場面が何度かありました。

例えば、レッスンを通して3歳の子どもと、心が深くつながったと感じることがあります。


就学前の子どものレッスンに直接かかわって、もう10年以上になりますが、駆け出しの数年間は、そんなふうに思える場面などほとんどありませんでした。

ベースライン自体がかなり低かったと思いますが、そのときの技術や内容を1とすれば、今のその手応えは5にも6にもなると感じるくらいです。


その3歳の子が、20歳になるまでには、あと17年あります。

できればこの子が、自己実現出来るまでサポートさせていただきたいと思うのですが、私は来年3月には60歳になりますから、その頃はもう生きていれば77歳で、とてもレッスンを続けられるような年齢ではありません。


でも、この子とレッスンをし重ねた事実は、消え去るものではありません。

きっと私の顔も、レッスンを受けたことさえ忘れてしまうのでしょうが、でも私とつながった心の糸から、何か大切なことが、この子の心の中で息づいて行くのかも知れない・・

先日のレッスンの途中で、私の心の中に、そんな思いが息づいてきました。


それは、母子といえども同じこと、

自ら無き後の子どもの人生に、はせる親の思い、

日々懸命に我が子と歩んだ道のりは、脈々と我が子の心に刻まれて、きっと失せることなどあろうはずもないのです。

懸命に取り組む先にある子どもの未来

 2018-10-12
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スクリーンショット (3)








昨日は、小規模保育園の運動会でした。

最初の演技で、2歳児組の子が、大縄の中で短縄とびをすると、会場から 「おっー」 というどよめきが起こりました。

それから約1時間半の間、保護者の皆さんは、まるで奇跡を見ているかの如く、子どもたちの演技に引き込まれていきました。


先週の予行演習のあとに、2人の子どもが厳しく注意を受けていました。

その様子を見て、担当の保育士の顔がみるみる変わっていくのがわかりました。

もちろん、そのことを子どもに転嫁するような保育士ではありませんが、その表情の変化を一番敏感に受け止めたのは、子どもたちの方でした。


開会式に臨む子どもたちの顔は、予行演習の時と明らかに変わっていました。

もちろん、保護者の方がお越しくださっているという特別な環境の変化がありましたが、演技に望む姿勢そのものが、真剣になっていることがその表情から伺えました。


練習の時に失敗をして、涙を流した2歳児組の子どもは、本番当日は見るも鮮やかに演技を決めて、一体となった会場から大きな拍手と歓声に包まれていました。

3歳未満の子どもが、自分の命を振り絞るように、真剣に取り組む姿は、私の心も大きく揺さぶりました。


自分たちの決めた目標に向かって、真剣に取り組むその姿の中から、演技を超えた何か大切なことが芽生え始めたのを、しっかりと感じることができました。

お遊びでない運動会から、子どもたちが学び感じ取ったものは、自分やお友達そして先生に対するプラスの気持ち、

それに勝る宝物が、一体どこにあるというのでしょうか?


甘やかしの教育からは、きっと何も生まれてこない、

自分の命を精一杯輝かして取り組んでいくこと、

そこから子どもは奇跡を起こす。


真に子どもの願いをかなえる育て

子どもの可能性を信じる保育


ご家族に抱きしめられ、笑顔いっぱいになった子どもの表情を、あの保育士は遠くからしっかりと見つめているのでした。

園長としての休日

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体育の日は、久々に何も予定の入っていないオフの日でした。

保育園に来てくれている子どものご家族が県北で工房をひらいておられ、その30周年のイベントにご招待いただいておりましたので、家内と母の3人でおじゃまさせていただきました。


岡山市中心部から車で北へ2時間余りの山里に、その工房はありました。

到着すると、ちょうとそのお子さんのお母さん方が、ピアノとバイオリンの生演奏をしてくださっていました。


今、私の保育園に通ってくれている子ども、ご両親やご家族からあついおもてなしを受け、白ゆりに来て良かったと何度もおっしゃっていただきました。

生演奏、映像のような美しい環境、あたたかい心のふれ合い、心が洗われるようなすばらしいシチュエーションに囲まれ、ここにこさせていただいて本当に幸せな時間を過ごさせていただきました。


午後2時からは、岡山市のシンフォニーホールでの演奏会に伺いました。

発達支援センター所長時代からのご縁で、毎年この演奏会にご招待をいただいています。


会場に着くと、以前私が教えた子どもたちやそのご家族の何人かと久々の再会がありました。

そして、小学校教諭時代の大恩人、私の子ども観の根幹に大きなご示唆をいただいたいわば私の師匠とも呼ぶべき先生に、数年ぶりにご挨拶をさせていただくことが出来ました。

ここ何年かは、休みの日になかなか自由の動きがとれませんでしたが、シンフォニーホールの生の演奏は、私の心を大きくゆさぶり、次年度以降は何とかこうした時間がとれるように、スケジュール管理を工夫していく必要があるのだと感じました。


正月でさえ仕事に打ち込み、わき目もふらず駆け抜けたこの10年間、

そのことにより得たものは、今の私の宝ものとなっています。


しかしいつの間にか、私の役割も少しずつ変化している。

ぽっかりとあいた連休の一日は、今この時にあって何か大切なものを、私に感じさせてくれたように思えてならないのです。




12年の保護者支援

 2018-10-07
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今から12年前、私が保育園の副園長をしていた時に、ある小学校1年生の女の子のお母さんがご相談にお越しくださりました。

小学校に入学して、書字の課題に直面した女の子のお母さんでした。

他の保育園の先生から私のことをお聞きになり、お越しくださったということでした。


このブログは、2008年2月15日から開始しましたが、発達にかかわる私の臨床実践は、このお母さんとの出会いからスタートとなったのでした。

その花子ちゃんが、来春には高等部の卒業ということになります。

その間、保育園の副園長から、発達支援センターの所長、そして小規模保育園の園長と次々に私の立場は変わっていきましたが、立場は変わりながらも、これまで何らかの形で、ずっとサポートを継続させていただきました。


おそらくはこの3月をもって、このサポートも大きな区切りの時期を迎えようとしています。

来春三月には、私も60歳、還暦を迎えます。


もし今も小学校の現場におれば、ここで第一線を退く年齢なのですが、今の私にはそんな感覚は1ミリもありません。

小学校1年から、高等部まで一人の子どもの育てを継続してサポートさせていただいたことは、普通では考えられない出来事です。

それはある意味、支援者としての私の金字塔となるはずです。


同じ子どもを、同じご家族を、12年も継続してサポートさせていただいたこと、

だからこそ、これから果たしていかなければならない役割がここにあります。


還暦を迎えた60歳、

もっともっと研鑽して、支援内容を深めていきたい。

ここからが私の、さらに大切なステージの幕開けだと考えているのです。

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