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苦しい時間の中から得たこと

 2018-01-30
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先週、私が大学で担当させていただいている後期の授業が終了し、先ほどその成績を確定しました。


この大学は、私の職場から10分で行けるという至近の距離にあります。

学園では私の母も娘も友人もお世話になり、同じ学部には大学院でお世話になった先輩、幼なじみの後輩、それから教職支援室には教育委員会で大変お世話になった先生がご勤務されており、そのご縁の深さに感謝の気持ちでいっぱいです。


私が担当させていただいているのは、前・後期とも月曜日の2限なのですが、土日のほとんどは大阪におり、慣れない仕事ということもあり、毎週準備などに追いまくられた日々が続いていました。

後期の授業は1年の学生さんが対象でしたから、発達や支援に関わることについては、ほとんど何も知らない学生さんも何人かいました。


しかし、その学習態度は前向きで、私の話に何度もうんうんとうなずいて聞いて聞いてくれる学生さんが多くいました。

授業後の感想を見ても、「将来は専門性を生かして、子どもたちのために自分のできることをしていきたい」と、力強いコメントがいくつもありました。

今は、一定の責任を果たせたことに、安堵の気持ちがいっぱいです。


新しい事業所の開設、保育園園長の就任、大学での講師、

この1年本当に苦しかったけど、引き受けて良かった。


もうすぐ節分、

新しい春を目の前に、新年度からさらに豊かなスタートができる基盤を作っていきたい、

心からそう願っているのです。









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子どもの学び

 2018-01-29
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私は、いつも子どもに勉強を教える先生です。

勉強を間に置かなければ、子どもとの関係は成立しません。

勉強は、子どもとの心をつなぐ最も大切なものであると考えていますし、真剣に勉強に取り組まない所からは、何も生まれないと考えています。


しかし勉強は、その最も大切な手段ではありますが、目的そのものではありません。

私にとってのその目的は、勉強を通して子どもが自分に対するプラスの気持ちを培い、自分が他者から必要とされているかけがえのない存在であることを知り、社会の中で自立し、誰かのために貢献できる存在に育て上げることに他なりません。

たとえその役割はどんなに小さくとも、必ずどの子にも、その子にしかできない生きていく大切な意味があるのです。


私のレッスンは、子どもの特性に合わせた豊かな支援で、一歩でも半歩でも、高いレベルの教材へとチャレンジしていく営みです。

できないとただ手をこまねいているのではなく、そうすれば出来るのかを考え工夫して、子どもと一緒にチェレンジしていくプロセスです。


「さあ、この問題はむずかしいぞ~」

私がそう言うと、いつも子どもはとってもうれしそうな顔をします。

学びの場の主人公でいられることに、誇りと喜びを感じているのです。


勉強しなくて良いと言うことは、子どもに死ねと言うのと同じことだと、私は思っています。

みんな伸びたい、分かりたい、成長したいのです。


学びに方向感が生まれると、必ず子どもの表情は和らぎ、行動は改善されます。

全ての子に、その子のあった豊かな学びの場を、

何年経とうが、私の向かう先には、何のブレも生じないのです。











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感じる言葉

 2018-01-26
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言葉の豊かさとコミュニケートとの相関は、とても高いものがあります。

しかし、表出言語の豊かさが、コミュニケートの豊かさと同じかと言えば、それは違います。


あまり言語表出がみられない子とは、表情であったり、態度であったり、視線であったり、いわゆるノンバーバルな形でのコミュニケートを図ることになります。

そのコミュニケートを深めていくためには、共有する何かが必要です。


私は教育者ですから、子どもと共有するのは、成長への方向性です。

子どもの成長を意図的・計画的に構成するのが、教育者の仕事です。

その方向感無くして、子どもとの豊かなコミュニケートは構成できません。


方向感が明確になれば、そこに共通の具体目標が生まれてきます。

その具体目標を実現するための、教材がそこに必要となっています。

この生きた教材こそが、私と子どもの心をつなぐ架け橋となります。


ほんの何ヶ月か前に、着席したり、集中して活動に取り組むことが苦手だったこの子は、今では私のレッスンの中でも、もっとも生き生きと充実した時間を過ごす子の一人へと成長しました。

言語を介さなくても、気持ちや意図は、この子にはしっかりと伝わっているし、この子の思いや願いは、今では手に取るが如く感じることができます。

まさに言語を介さない分、ダイレクトに子どもの心とつながっている感じです。


この子とは、言葉なんていらない、

そんなふうに思っていたら、このところ言語表出が顕著に見られるようになってきました。


コミュニケートが豊かになることによって、広がる言語、

この子も私の大切な宝物となりました。










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人の心を映す鏡

 2018-01-25
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個別指導室のモニター録画が、安定して作動するようになりました。

設置当初は録画できても、再生できないことが何度かありましたが、やっとその原因がわかり、録画用カメラ2台、保護者向けモニター用パソコンの新規購入という贅沢な環境が整い、本日から本格稼働となりました。


そのモニター録画の一部を、早速プレゼンで使おうと考えました。

どうせなら良いところを撮りたいと思うのは人情ですが、いざ撮り始めると、その子にいつも通りの弾むような笑顔が見られない、

私の意識が、録画の方にあることを、すっかりその子に見透かされた感じです。

ちっとも生きたレッスンにはなりません。


数日後、またその子のレッスンがありました。

もちろん、カメラは作動させているのですが、録画のためのこの子を使おうとするのではなく、いつも通り、この子が求めている成長の欲求を満たすことだけを考えてレッスンをすることに決めました。


失敗してもそのまま録画しよう、

注意すべきことがあるなら、録画であろうが何であろうが、きとんとそのことを叱ろう、

ありのままのその姿を記録していくことが大切なのであって、レッスン録画を何かに利用してやろうなんて魂胆は、まるっきり本末転倒であることを思い知りました。


もちろん、そんな気持ちの変化を、直接子どもに伝えたわけではありません、

しかし恐ろしいものですね、

カメラには、前の週と比べると、格段に生き生きとした表情が残されていたのでした。


似て非なること、

子どもの成長や幸せを一義に考えてすることと、そのことを何かに利用しようとすることの間には、天と地との差が生まれる、


子どもはその自らの心を映す鏡、

決してごまかしは効かないと、改めて感じた一コマとなりました。












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一期一会

 2018-01-23
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大阪に初めてレッスンに伺ったのは、2009年4月の事です。

1日にレッスンができる人数の限界もあって、8名の子どもたちでスタートしました。


多いときは月3日伺った時期もありました。

堺市の会場をお借りした時期もあり、重い荷物を抱え、岡山に帰ると11時を過ぎることが何日もありました。


それでも、これまでこれをやめようと思ったことは一度も無く、数年前からは新大阪に常設の教室を開き、今では月三回・月6日のレッスンをレギュラーでさせていただけるようになりました。

あれからかれこれ10年近くにもなりますが、回数の差はあれど、そのうち7名が、今でも続けて私のレッスンを受けてくれています。


大阪の教室に行くと、その日にレッスンを受けてくれる子の名前を、小さなメモ用紙に書いて予定を確認しています。

最初は、何々君で、次は誰々ちゃん・・・・


その名前を見る度に、私は楽しみで仕方がない、

とても、おだやかで豊かな気持ちがこみ上げてくるのです。


ある女の子が、先月くらいから突然、文章を自分で読んでくれるようになりました。

10年近くレッスンを続けて来て、ある日突然こんな日やってくるのです。

私の喜びも、感動も普通ではありません。


もちろんこれは、私の手柄でも何でもありません。

ただ私は、これまで何年もそこを目指して取り組みを続けて来た、

そのことだけが、とても誇らしくもうれしく思えるのです。


岡山の発達支援センターが落成したときは、代表者の方が、わざわざ岡山にお祝いに来てくださいました。

私の最も大切にしていることの一つは、きっとここにある。


私の年齢や環境のこともあり、いつまでこの大阪に通うことができるかわからない、

だからこそ、その1回1回を、これからも大切に取り組んでいきたい。


私のレッスンは、いつも一期一会、

それはどこであろうが、誰であろうがみんな同じ、

私はいつもそう思っているのです。










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実践記録の積み上げ

 2018-01-16
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インクルーシブ教室白ゆりに設置したカメラのテストが最終段階に入りました。

当初、1台のカメラで記録とモニターの両方を行う予定でしたが、そうすると録画したファイルがうまく開けないという不具合が見つかりました。

なので、結局個別指導室には2台のカメラを設置して、それぞれのカメラを無線LANで接続し、一方は記録用、そしてもう一方は保護者の方向けのモニターとして使用することに決めました。


個別指導室に2台のカメラですから、ぜいたくと言えばぜいたくです。

それでもこれは私の夢でしたから、その判断に微塵の迷いもありませんでした。


小学生以上の子なら、学習プリントでも、ある程度成長の経過を残すことができます。

しかし、言葉が出始めたとか、コミュニケートができはじめたとか、表情が豊かになったとか、小さいの子の貴重な成長は、音声や映像でしっかりと残していきたいと考えていました。

毎回欠かさずそのレッスン記録を、3年5年と積み上げることは、どんなに貴重で意義深いことでしょう。


あと5年、いやできれば10年、ここで実践記録を積み上げていきたい、

私の夢と目標は、ここにきてますます広がっていくのです。










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つながり

 2018-01-14
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日曜日の大阪は、一人の欠席もなく、朝9時から夕方の6時まで、9人連続のレッスンをさせていただくことが出来ました。

さすがに大阪の地でのレッスンですので、2月にあるダウン症療育研究会のプログラムを机の上に置いていると、私は篠原先生にお世話になった、この子は玉井先生にみてもらったと、そのつながりの深さを実感させていただきました。

そして、その枠の中に私が加えていただいていることを、とても恐れ多くも光栄なことだと感じていました。


この10年、私は仕事ばかりに打ち込んでていて、近所付き合いも、友達付き合いも、まったく疎遠な状況です。

でも、そんな私にも、兄と慕う大切な先輩がいます。


土曜日の朝、ちょうど新幹線に乗るタイミングで、石田純一さんとの食事会に誘われました。

翌日が石田さんの誕生日だということもあるし、こうまでして誘ってくださるのは、普通ではないと判断しておじゃまさせていただくことにしました。


土曜日はレッスンに若干の空きがありましたから、その時間に必死で翌日の9人分の教材を作り上げ、夕方7時に岡山にとんぼ返り。

食事をいただき、先輩と石田さんにご挨拶をしたあとに、最終の新幹線に乗って、もう一度大阪の教室に帰りました。

荷物はありませんでしたが、ぎっくり腰の最中でしたので、移動の途はとても苦しい状況でした。


私はただ、自分のしたいことを、いつも自由にしているだけだし、もはやこのスタイルは誰にも止められない、

だからこそ、理解者なくして、自分の今がないことは重々身にしみているのです。


日曜日の9連続レッスン、

やりきった感満載です、

そして、このことはきっと次につながる、


私にはこれしかありませんからね、

こんな私でも必要としてくだることが、そもそもあり得ないことだと感謝しています。

こんなつながりは、ずっと大切にしていきたいと願っているのです。











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ギックリ腰

 2018-01-13
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昨日から、ギックリ腰になりました。

正月ずっとパソコンの前から動かなかったせいか、このところの寒波せいか、腰が折れ曲がったままの姿勢で移動するしかありません。

6~7年前にやって以来、ずっと気をつけていたのですが、同じ腰でも、今回はいつもの違う場所にかみついた感じです。


それも今日から大阪レッスンです。

たくさんのご予約をいただいており、休むわけにはいきません。


何年か前には、新大阪駅で動けなくなり、当日のレッスンをすべてキャンセルした苦い経験があります。

しかし、今ははってでも教室に向かいます。


万全の体調でないのは、申し訳ないことです。

だからこそその分は、しっかりとていねいに、レッスンをやり遂げたい。


これくらいのことで休むなら、最初から予約を受けたりはしません。

私も強くなりました。










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荒地を耕し蒔く種に 肥を施す者となりたい

 2018-01-12
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これまで、レッスンを始めた頃には、なかなかこちらの思い通りにならず、苦労した子が何人もいます。

しかし、苦労した度合いが強ければ強いほど、その後のつながりはより強いものとなっていきます。


特性理解、発達レベル、環境構成、題材提示、・・・・

きっとそれらのどこかに原因があり、ていねいにそのことを紡いでいけば、いつかは必ず改善されていく時期が来ると信じて、チャレンジを積み重ねていきます。


私は生涯、実践者として生きていくと決めています。

しかし実践者としてのこれだけの整った環境は、決して私一人で出来たものではありません。


管理の仕事を一人前に成し遂げたご褒美として、思う存分実践や研究に取り組ませてもらう。

それが私の仕事のスタイルです。


実践者としての限界を感じたら、管理の仕事もやめ、教育の世界から引退すると決めています。

教育の世界から引退したら、犬を飼い、どこかで本を読んで暮らすと決めています。

他には、何もいらないのです。



花が咲き 実のなる場所に立つよりも

荒地を耕し蒔く種に 肥を施す者となりたい





今日来る車の中で、そんな言葉が思い浮かんできました。

これこそが、教育者としての私の誇りであり、生き甲斐


そんなふうに生きていられる今が、何よりの幸せに思っているのです。










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始動

 2018-01-10
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昨年末からたまりにたまった仕事があり、この年末年始は、パソコンの前から一歩も動かない日が続いていました。

おそらくは、人生の中で最も仕事に集中したお正月であったと思います。


2月にあるプレゼンの準備も、9割方整いました。

確定申告の準備も、現時点でできることはやりきりました。

指導監査の後始末も、何とかメドのつく地点まで到達しました。

さすがに正月にここまで仕事をやりきると、様々なプレッシャーや閉塞感がかなり軽減されてきました。

そのせいもあってかなかってか、以前よりもレッスンの時に手応えを感じる場面が増えてきました。


年賀状を見ていると、小学生の時、国連の職員になりたいと行っていた女の子が、今、東京外国語大学で学んでいると書かれていました。

勉強が終わったあとで、スポンジボブの動画を見ていた頃が、とてもなつかしく感じました。

他にも、私の所を卒業した子が、中学・高校・専門学校で、それぞれにがんばっているという便りが、たくさん届いていました。


毎年ながら、初詣も紅白も何もない、これが私のお正月、

私にとってのこれが、幸せ、

すべては、子どもたちの笑顔のために、

また1年、闘いの日々が、もう始まっているのです。










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