教材開発

 2017-06-30
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これは、2年生国語 「スイミー」 のオリジナルプリントです。

標準化されたすばらしい教材を、それぞれの子どもの能力や特性に合わせて、作り替え、命を吹き込む。

すべての2年生に、 「スイミー」 の世界の楽しさや豊かさに触れさせたい、

そんな願いで作成されました。


ポイント数の大きい横書きで、文字を視覚的にとらえやすくする、

プリント1枚あたりの文字数を少なくし、ショートターンメモリーの小さな子どもでも対応しやすくする、

内容的な判断につまずいた場合は、すぐに視覚的な選択肢の中から選ばせるよう事前に準備をしておく、

そんな手立てをたくさん用意しておきました。


白ゆりで勉強すると楽しい、

一人でもそんな子どもが増えたら、こんなんうれしいことはありません。

その先にそんな笑顔が、待っているからこそ、私たちのチャレンジはこれからもずっと続いていくのです。









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私を支える力

 2017-06-28
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先日、保育園の駐車場の入り口に段差があるので、ホームセンターで見つけてきたプレートを設置しました。

こうした目に見える作業は楽しいものです。

購入から設置までの作業を自分ですれば、あっという間に時間は過ぎますが、段取りさえつければあとは指示を出して用務員さんにお願いするようにしています。


用務員さんが、設置をしている作業時間には、私は建物の耐震化の報告書を作成するために、設計士さんに電話をかけていました。

その同じ職員室で、一人の先生には新教材開発の指示を、もう一人の先生には大学での授業に関する事務仕事をしてもらいます。


設計士さんとの話が済むや否や、市役所への陳情書の仕上げに取りかかり、会計事務担当に伝票を渡した後、昼前には別の事業所に行き自分が受け持っているレッスンの教材を作ります。

自分が園長をしている保育園では、園長と職員との距離感こそが腕の見せ所と考え、指示については至らぬでもなく過剰でもなく、園として最大の教育・保育力が発揮できるよう自分なりに配慮しているつもりです。

私は責任者ですから、進むべき大局を見るため、可能な限り細かい内容は別の職員に任せ、その確認と評価に力を注ぎます。


私を直接支えてくれる職員も、最初はたった一人だったのですが、今ではそれも20名を超えるようになりました。

どの職員も、私にはもったいないくらい優秀で、能力も忠誠心の高い職員です。


私は、自分自身がオールマイティプレーヤーを目指してきましたから、適材適所に人を使うということは、元来苦手なタイプです。

一方で家内は、30歳前半から保育園の園長を20年も続けているだけあって、人の使い方には抜群の才を発揮します。

私にはない部分を多く持っているので、二人で仕事を分担し合って、これまでいくつもの事業を前に進めてきました。

そういった点では、ある意味最強の夫婦なのかも知れません。


今の後ろには、何人もの職員の期待と生活がかかっているのです。

この状況で、適当な仕事なんて、出来ようがありません。


これが私の力の源泉、

私の選んだ道、

ここまで私を押し上げてくれたのは、出会った子どもとそのご家族であったからこそ、その一つ一つに寄り添うことで、事業も拡大し職員も増えてきたのです。


ありがたくも、幸せなことです。

わずかであっても、その願いと期待に応えていきたい、

大局を見ればこそ、その原点が一人の子どもの育てに凝縮されることを、私はこれからも職員と一緒に、しっかりと見つめていきたいと願っているのです。









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苦しいときに見える人の真実

 2017-06-27
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人が一人前に育つまでには、様々な試練があります。

小さいときに手のかからなかった子が、大きくなってからとんでもない場面に遭遇することだってありますし、小さいときにとんでもない苦労をかけた子が、大きくなってすばらしい青年となることも珍しいことではありません。

どの時期に苦労をかけるかは別として、その苦労の質も中身も別として、何の苦労もかけない子なんてどこにもいないと思っています。

その親の苦労の分だけ、きっとその子は、人の最も大切な部分にふれることになるのだと、私は考えています。


先日、あるお母さんからメールでご相談をいただきました。

↓ 下記の内容は、そのメールに対する私の返信です。


ご連絡、ありがとうございます。

起こっている出来事に対して、その都度適切な対応を考えていくことはとても大切なことです。
そして、苦しい局面での一つ一つが、やがてその子にとってかけがえのない大切な時間となっていくものと考えています。
まさに苦しいときこそ、人は育つし、かかわっている人の真価が問われるのだと思います。

人はかかわりの中で生きているのですから、うまく行かない時に、その原因を子どもだけの問題としてとらえるのは誤りです。
関係性という視点でとらえることも、重要だと考えています。

人が育つ道は、百万通り、
ゴールは、お子様の幸せと成長、そして自己実現なのですから、そこに至る道が色々であっても何の遜色もありません。

それぞれの場面で、一つ一つの判断をきちんと積み重ねていくことはとても重要です。
でも、うまく行っていると思う道に思わぬ落とし穴があったり、もうだめだと思った瞬間が、輝く将来につながる、
そんなものです。

だから苦しければ苦しいときほど、笑顔で行く先をしっかり指し示す支援者の存在は重要です。
微力ですが、私はずっとそばにいて一緒に歩んでいきます。

ご家族に成り代わることは出来ませんが、真摯に取り組むご家族を支えることはできます。
ここはふんばり所です。

きっとすてきな道の一歩が、どこかにつなっがているはずです。
しっかりとした気持ちと笑顔で、ここを乗り切っていきましょう。

それが出来るのは、きっとお母さんしかいないはずです。





>何度も読んで、何度も涙がこぼれ、

>そして ありがたく、あたたかい言葉に励まされています

お母さんは、そのようにお返事をくださいました。


その行く先に、どんな出来事があろうとも、この母は、間違いなくそのことを乗り越えて前に進んでいかれる。

これまで接してきた何十人という母がそうであったように、この母もきっと、そこから美しい何かをつかみ取っていかれる。


私は、その思いに、一点の曇りも迷いもありません。

苦しいときにこそ見える人の真実、

母が子を思う気持ちに、何のうそ偽りなどあろうはずがないのですから。









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祇園祭

 2017-06-26
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京都に出張レッスンに伺うようになって、もう7~8年以上になります。

大阪に常設の教室を開くまでは、毎月京都におじゃまさせていただいたものでした。

今は、会員の方がご自宅の一室を提供してレッスンをさせていただいていますが、以前は二条城のすぐ近くの工房をお借りしていた時期が長くありました。


朝8時前に京都に着いて、夕方6時くらいまでレッスンの連続、

もう何十回となく京都に訪れましたが、桜も、紫陽花も、紅葉も、すべて車や電車の窓から眺めるだけで、一度としてプライベートでどこかに訪れるということはありませんでした。


今年度、京都に伺う予定の日が、祇園祭の日と重なってしまいました。

「交通状況のこともあり、この日だけはさすがに京都でのレッスンは難しいです」

いつもお世話をいただいている担当の方が、そう私にお伝えくださいました。


ならばと言うことで、この日の京都でのレッスンは断念し、その祇園祭を見学させていただくことにしました。

午前中は京都での時間を過ごし、午後からはこれまた大変お世話になっている桑名へおじゃまさせていただく計画を立てました。

この10年、レッスン以外のことで他地域に伺うなんてことは皆無でしたので、保護者の皆様は大変驚かれていました。


昨日、その京都の方が、山鉾巡行の拝観券を私にくださいました。

山鉾巡行を目の前で拝観させていただく…

誰もにこんな機会があるわけではありません、

思いもかけない貴重なご厚意に、うれしくも、幸せな思いがこみ上げてきました。


単なる観光とは、わけが違います。

午後に伺う桑名も、今から楽しみにでなりません。


こうまでして私をお迎えくださる保護者の皆様のお気持ち、

そのことを何よりも誇りに思うと同時に、これからもしっかりとそのお気持ちに叶う内容を提供していきたい、

当日、私の目に映る風景に思いをはせながら、心の中から、そんな思いがこみ上げてくるのです。








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大切な私の子ども

 2017-06-22
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先日、保育園の参観日がありました。

園長になって、初めてのオフィシャルな行事となります。


文字通りの小規模の保育園ですが、前園長は、意欲と力量のあるすばらしい職員をそろえてくれました。

新年度、新園長、新スタッフでの初めてのイベントを迎えることになったわけです。


予想外の出来事や、ハプニングはたくさんありました。

すべて3歳未満のこどもたちですので、いつもと違う環境に、泣き出してしまう子も何人かいました。


それでも、筋書き通りではないハプニングの場面にこそ、保育者と愛情や力量がうかがえるものだと感じていました。

最後の親子のふれあい活動でも、ライブならではの一体感と、心の通いあうすてきな瞬間がいくつもありました。


参観日を過ぎてから、こどもたちの私へのまなざしに、明らかな変化が見て取れました。

小さい心の中にも、私をしっかりと、園長として慕ってくれているように思いました。


子どもの命をあずかる保育園、

ここにいるときは、それぞれのご家族になりかわって、私がその大切な命をお預かりさせていただいているわけです。


保育園にいるときは、この子たちは、大切な大切な私の子ども、

その責任は、限りなく重い、


参観日には、インクルーシブ教室の子どもも一緒に参加してくれました。

その大切な子どもの育てを託していただけることを、私は職員と共に、何よりの喜びと感じているのです。








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ほんの小さな一歩

 2017-06-21
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今日は、こども園の年長さんの男の子とのレッスンがありました。

以前は、独立歩行がおぼつかない時期が長くありましたが、この日はしっかりとした足取りで、スタスタと教室に入り、とても驚きました。


まだ歩けない時期のレッスンは、どんな教材を提示しても、なかなか期待されるような反応が見られず、私の方もかなり苦しみました。

しかし、独立歩行がしっかりとしてくるにつれて、対象物にかかわる反応や認知力、手指の巧緻性などがみるみるうちに向上し、レッスンの内容が格段に豊かになってきました。


この日は、初めて動物の型はめパズルを提示してみました。

以前なら、なかなこれを教材としてとらえることが出来にくかったのですが、この日は明らかに目の輝きが違うことが見て取れました。


見方によってはほんの小さな一歩だと言えなくもありませんが、これまで共に歩んできた私としては、この日が来るのをどんなに待ち望んだことか知れません。

小さくとも、この先、ずっと広がる学びの道がここにあるのです。


レッスン中に何度も何度もケラケラ笑うなんてことも、以前には考えられないことでした。

成長が目に見えるのは、本当に幸せなことです。


頑張ってきて良かった、

今度来てくれるときには、一体どんな成長を見せてくれるか、何だか今から楽しみです。










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イタリアからの便り

 2017-06-20
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↓ 先日、今イタリアで勉強している女の子のお母さんから、下記のような内容のメールをいただきました。


今週でイタリアは学年末の授業が終わり、明日から夏休みです。

すでに、上記のサイトで成績表も見ることができました。
成績もコメントも、本人の頑張りをとても評価してくださったものでした。

日本ではインクルーシブ、インクルージョンというと分けないこと、統合することを言うのに、イタリアではもともと分けてないので、時間割で支援する授業、取り出す授業がインクルーシブと呼ばれるのが新鮮でした。

このシステム、この形だと支援教育の意味がよくわかります。
もともと「分けない」が大前提というのは、気持ちが本当に楽です。こんなに清々しいのかと、改めて思います。
先生との気持ちの行き違いや、細かい差別的な要因がないので、心から学校にお任せできます。

>>ただ単に、特別支援学校を廃止するだけで、それが子どもの成長や幸せに寄与するとは思っていません。
>>ただ同じ屋根の下にいるだけで、子どもが育つとも思っていません。

私もそう思っています。先生の「インクルーシブ教室」の真の意味が、日本にも広がって根付くこと、願ってやみません。

娘はたくさんの経験をまた積んで、来週帰ってきます。
夏のSHINOBU先生のレッスン、楽しみにしています、どうぞよろしくお願いします。





今からもう8年以上も前のことになるでしょうか?

私は、この子がお母さんと一緒に、京都から岡山の教室に来てくださった日のことを、まるで昨日のことのように覚えています。

イタリア人のお父さんと二人で、岡山にお越しくださった日のことも忘れることが出来ません。


このことがご縁で、京都と大阪に教室ができ、そこからすばらしい多くの子どもたちとそのご家族に出会うことができました。

「もともと分けないが大前提」

私がこの子との出会いから、学んできたものは、はかりしれません。


教育の仕事を志し、こうした出会いの中から、私がなすべき役割、

こんな自分でも、子どもたちの幸せのために、なすべき何かがあるということ、

それさえあれば、私は何もいらない、

どんな苦難があろうが、そこに進むべき道があることを、私は何よりの幸せに思うのです。








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私の城

 2017-06-14
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この4月から、私が執務する拠点が、小規模保育園の3階にある個別指導室となりました。

元々は倉庫だった場所をリフォームしたもので、最初は本当にここでレッスンや事務ができるものかと、当時は不安いっぱいでした。


四畳半にも満たない小さなスペースですが、実際に完成し稼働が始まると、パソコン、プリンター、スチール書庫、シュレッター、IPAD、知育いす・デスクが備えられ、発達支援センター、新大阪教室と並ぶ3つ目の個別指導の拠点ができたことに、大変大きな喜びを感じることとなりました。


狭いスペースではありますが、手を伸ばせばすぐの所に、何もかもが揃っているのですから、実際の事務仕事は大変はかどります。


岡山駅近くの私の事務所から出た場合、ここまで通勤時間は3分もかかりません。

新大阪の教室へも、ここからなら1時間以内で行くことが出来ます。

市役所もハローワークも労働基準監督署も法務局も、岡山大学へも就実大学へも、すぐに行くことが出来ます。


あのリフォーム前の様子を知っている人は、ほとんどいなくなりました。

隣の指導訓練室には、連日ほぼ定員いっぱいの子どもたちの笑い声が、聞こえてくるようになりました。


ここはゴールでも通過点でもなく、次のステージに向かうための、私のスタート地点となったのです。

何もない所から、何かを作り出していく営み、

そこにしっかりとした理念や、子どもの育てにかかわる熱い思いがなければ、何も乗り越えてはいけません。


そう言えば去年、ここに教室を開く際には、次から次へと無理難題が降りかかってきて、何度も気持ちが折れそうになったことがありました。

今となっては、そんなことも遠い昔のことのように思えてきます。


次に私がすべきこと、

子どもたちとそのご家族のために、

今の立場にいる自分だからこそ出来ること、

しなければならないこと、


3階から見える岡山の景色を遠くにやりながら、その大切な一歩を、しっかりと見つめて行きたいと思っているのです。









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うれしい便り

 2017-06-11
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↓ 昨日、ある5年生の女の子のお母さんから、以下のような内容のメールをいただきました。



いつもお世話になりありがとうございます。


嬉しいことがありましたのでSHINOBU先生に一番にお伝えしたくてメールをさせてもらいました。

担任の先生が娘のテストのことで悩んでおられどうしたら良いかと聞かれました。

娘にはみんなと同じテストはしんどいのではないかとおっしゃっていたので、いつもSHINOBU先生が娘にご指導して下さっている方法をお伝えしてそれでもダメでしたら娘の能力に合ったテストにして下さいとお願いしました。

昨日、娘を迎えに学校まで行くと担任の先生が昇降口に来られてとても嬉しそうな顔をして

「お母さんが教えてくれた方法でテストをしたらこんなにできました!ヒントから選んで解答したのですがわかっていないとヒントから答えを選べませんよね!読みはほとんどわかっていますね!すごいです!今日はいっぱい褒めてあげて下さい」

とテストを見せてくれました。

担任の先生の気持ちの中で娘はできない子ではなくてこうすればできるんだと理解してくれたことを感じました。一歩前進したことを感じとても嬉しく思えました。

SHINOBU先生のご指導のお陰です。
本当にありがとうございました。

次回のレッスンも親子で楽しみにしておりますのでよろしくお願い致します





これまで、この子の漢字学習に対する集中度は、普通ではありませんでした。

ただ、内言化されたものを書字化するプロセスの中には、どうしても一定の視覚情報を添える支援が必要でした。

ただ、そこに支援を入れていく学習を積み重ねていくうちに、その部分の脳のネットワークが次第に豊かになっていくのが見てとれ、私の支援も段階的に除去できるレベルに迫ってきていました。


アウトプットまできちんと出来ないと、テストでは丸はもらえませんが、だからといってその内容が全くわかっていないということではない場合も多いのです。

ならば、そこには過剰ならず、足らずであらずの支援を入れて、段階的にそれを除去して自力解決に向かわせるというのが、私のレッスンの一つのスタイルなのです。


もしこのことが、学校での学習がさらに豊かになってきっかけになってくれれば、こんなにうれしいことはありません。

私の果たすべき役割の一つは、きっとこんなことにもあるのです。









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記号としての文字

 2017-06-09
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小規模保育園には、日々の活動内容を示すボードがあります。

「縄跳び」「鉄棒」など、そこには活動内容を示す言葉が、漢字で書いてあります。

歩数を計測する万歩計にも、あえてその子の名前を漢字で書いているのです。


小規模保育園の子どもは、0歳・1歳・2歳児クラスの子どもですから、まさか漢字が読める子は一人もいません。

別に、英才教育をしようとして、わざわざ漢字の表記にしたわけでもありません。


「み」「か」「ん」というそれぞれのひらがなを見て、その音韻を認知し、それを内言語化するようになるのは、就学前の4歳・5歳になってからで十分です。

しかし2歳の子でも、「なわとび」 という内言語をもっている子はたくさんいます。

ならば、その内言語と文字言語をつなぐには、表音文字のひらがなより、表意文字の漢字の方がわかりやすいということはあるのです。


例えば 「や」 「ま」  と2文字を認知し内言語化する場合と、「山」 と漢字一文字を提示した場合とでは、実際の山と形が似ている漢字の方が、子どもにとっては認知しやすいのです。

ましてはPDDタイプ、同時処理傾向のお子さんにとっては、なおさらのことです。

他感覚に認知の育った就学前の子どもと、まだシングルフォーカスの2歳の子どもとでは、認知処理の過程が同じではないわけです。


だからと言って、ただ何でもかんでも漢字で書けば育つというものでもありません。

どんな教育も、子どもの実態、指導者の願い、そしてそれを具現化するための教材を、いかに血のつながったものにしていくかが、腕の見せどころであり、その醍醐味であるのです。


実践現場では、おもわぬライブな子どもの反応が、その時間の内容を大きく変えてしまうものです。

レッスンは生き物、一つとして同じものはありません。


あなたがいればこその、今日のこのレッスン、

だからこそ教育の世界は奥が深いし、面白いのです。








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大切さを全国に伝えたい
Author:SHINOBU
新大阪教室

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百万アクセスまでがんばりたい

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