言葉に命が宿る日

 2016-07-29
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児童発達支援の事業を始めて、まもなく5年の月日が過ぎようとしています。

その平成23年4月1日の朝9時、

時報ぴったりに入会のご予約をいただき、白ゆり発達支援センターの会員ナンバー1番となった女の子がいます。


あの日2歳だったこの子は、もう2年生になりました。

幼稚園におじゃまさせていただいたこともありました。

幼稚園の先生に、私のレッスンを見ていただいたことも、複数回ありました。

その間私はずっと、この子の育てにかかわり続けてきました。



↓ 先日、そのお母さんに、下記のような内容のメールをいただきました。


SHINOBU先生

おはようございます。

先生が以前おっしゃっていた娘の言葉の成長ですが、本当に凄い変化が見られました!!

4日前、何も書いてない自由帳のページに突然「くるま」と丁寧に書き、一昨日はドライブ中に窓に指文字で「くるま」と書き、並走している車を指差して教えてくれました。

また、昨日はアイスクリームを冷凍庫から取り出した後、「アイス」と自発的に言いました。

いずれも初めて見た変化でした!

少しずつ、娘に嬉しい成長が見られ、その度に家族で大喜びしています。

今日のマンツーマンでも、もしかしたら先生の前でも何か良い変化が現れてくれれば、と願っています!

以上、我が家の中での報告でした。

本日もよろしくお願いします。






これまで私は、多くの子どもたちの、言葉の育ちを見つめてきました。

ご両親より前に、その子の発語の瞬間に出会ったこともありました。

就学前に不明瞭だった構音が、就学後にみるみるクリアになっていく場面にも、何度も遭遇してきました。


この5年間、おそらく私は、実践を通して、ほかの誰よりも奇跡を信じられる力を身に付けてきたのではないかと思っています。

だらかこそ、そのことを信じて、ずっと種まきを続けることが出来たのではないかと考えています。


こんな幸せな実践者が、どこにでもいるわけではありません、

だからこそ私は、このことを多くのご家族と子どもたちに、伝え続けていく責務があるのです。


どの子にもある身近で大切な奇跡、

どの子も伸びる、そしてどの子も伸ばす


あの日から今日まで、白ゆり発達支援センターには、300人をを越える子どもたちの入会をいただきました。

私の歩みは、これからも変えようがないのです。





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行動の背景を読み解く

 2016-07-27
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今日のレッスンのことです。

ある4歳の男の子と、画像のような数字パズルをしていました。

が、いつものような弾む感じがありません。


どうしてかな、って思いながらその子の方に目をやると、一瞬ちらっと、くるくるローラーに視線を移動させました。

「あ~、残念、せっかく早く一緒にくるくるローラーやりたかったのになあ」

私が、そんなふうにつぶやくと、急にその子の目に炎がともり、いつにも増して生き生きと数字パズルに取り組み始めました。

もしもこの日、「何、その態度、そんなことでは楽しいことなんか、絶対やらさないから」 と、やっていたら、きっとこの日の活動は沈没していたに違いありません。


子どもの心の根元にはきっと、「いい子になりたい」 とか、「何かができるようになりたい」 とかの、成長のエネルギーが湧き出ているに違いありません。

ならば支援者の期待する望ましい行動が生起しなかった場合には、どこにそのマイナス行動を引き起こす原因があるのかを見抜き、それに代わる望ましい行動の道筋をタイミングよく提示し、しっかりとそれを強化することにより、教育的な成果も、支援者との信頼感を格段に向上していくのです。


私はまだまだ未熟者ですから、こんなふうに、絵に描いたように支援がはまる確率は、まだまだ低空飛行といったところです。

ですが、保護者の方の信頼のもとに、時間と環境さえ望み通り与えていただけれるのであれば、必ず望ましい行動変容を引き出していくことは出来ます。


限られた時間の中で、様々な要因が突発的に絡み合っている子どもの生活の場面で、このことを実現していくことは、そうそう簡単に出来ることではありません。

だからこそ、実践者は偉大であるし、尊いのだと思います。


人事のことを相談すると、うちの主任さんは、「私はこれからもずっと、子どもたちと共に歩んでいきたい」 と答えてくれました。

今の白ゆりは、こうした教育愛と使命感のあふれた実践者を抜きに考えることは、到底できません。


やがてこの実践者の魂は、志の深い多くの中堅・若手の範となり、これからの教育の大きなうねりとなっていくとでしょう。

教育とは、かくも美しく尊い営み、 


誰がための力となることで、人はきっと大きく育つのです。








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大切な旅路

 2016-07-24
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このところ、お子様の育てのことで、とても大切なご相談を相次いで伺っています。

どの方も、私の一言一言をとても重く受けとめてくださり、ある意味そのご家族の自己決定に、決定的な影響を与えているケースもあります。

それだけご家族にとっての私の存在は、特別な意味をもっているのです。


こういう場面で、支援者の私がご家族と一緒に揺れていたのでは、何にもありません。

私は、自分がもっているすべての経験や判断力をふりしぼって、ご家族のより豊かな決定に資する内容を提供しなければなりません。

どんなに苦しくとも、逃げ出さずに、そのミサイルを真正面から受け止めていくことになるのです。


どうしてSHINOBUさんが、自分のことをそんなに低く言うのか、いつも本当に不思議に思います。

ヘアカットに行くと、美容師さんがそんなふうに言います。


私は、自分が優れていると思ったことは一度もないし、心の中は劣等感のかたまりです。

ご家族の熱い期待を受け、そのプレッシャーで胸が押しつぶされそうになることも度々ですが、もはや逃げ出す道などどこにもありません。

その劣等感があるからこそ、そんな場面で腹をくくり、歯を食いしばって頑張り続けることが出来たのではないかと思っています。


先日から、新大阪の教室に4歳の女の子が来てくれるようになりました。

まだ2~3回のレッスンを行ったに過ぎませんが、きっとこれはまた運命の出会いになったのではないかと感じています。


特別な思いのない方が、新大阪の教室にお越しくださることはあり得ません。

何としてもこの子の心の扉の鍵を開け、自分に対するプラスの気持ちを、心の中にしっかりと根付かせたい。


こうした小さな希望の芽というものは、困難な苦しさのふちから、ある日ぴょこりと顔をのぞかせるものです。

その気持ちが重ければ重いほど、そこから咲く花は、可憐で美しいものだと考えています。

そしてその小さな花は、生涯心の中で咲き続けていくものだと信じています。


「自分は小さい時から、笑われ続けた。だからこそ、そのことに負けまいと頑張り続けた」

イチロー選手は、先日のインタビューで、そんな内容のことを言っていました。


私は、自分に対するマイナスな気持ちがあるからこそ、今日も臨床の現場に立ち続けるのです。

それ以外に、私の心を支えるものは何もない。


だからこそあなたにも、あなたにしかない宝物がきっとあるはず、

私のレッスンは、学びを通して、そのことを見つける大切な旅路であるのです。









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何があっても 君を高校に

 2016-07-20
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先日のことです、

ある小学生お母さんに、お子さんの高校進学のことで、ご相談を伺いました。


知的の支援級在籍だと、一般の高校受験資格がもらえない、

ならば、知的支援学級から通常級へ転籍してでも、高校受験を目指したい、

そういった内容のご相談でした。


これまでもこうした内容のご相談を受けてきましが、知的支援学級在籍の子が、公立・私立を含め、何人も一般の高校への進学の夢を実現してきました。


知的支援学級在籍なら、一般の高校受験は認めない、

一般の高校の受験が可能であるのなら、知的支援学級在籍の必要感がどこにあるのか?


地域によって、担当者によって、言い方やニュアンスは異なりますが、こんな言われ方をしたケースも少なくありません。

ですが、知的支援学級に在籍していても、合否はともかく、受験を認めないというのなら、これは明らかに障害者差別禁止法に抵触する内容です。


小学校の時点では書字や読字につまづきがあったため、どうしても学習の成果が点数として表れにくかった子が、中学になって視覚的な認知力が格段に上がり、点数が劇的に向上するケースは、決して稀でも奇跡でもなく、私にとっては当たりまえのことなのです。

実際に、何人もの子を一般の高校へと送り出してきた私は、どうしていまだに、あちらこちらからそんなことを言われるのか、不思議でたまりません。


何があっても、高校に行く、

そう決めたこの子は、それまでとは表情を一変させ、真剣に学習に取り組み始めました。

ならば私は、この子とご家族の願いを何としても支え、夢を現実へと引き戻していかねばなりません。


出来なかったらどうしようとかいうことではなく、どんなことがあっても、何がなんでも、とにかく絶対やり遂げるのです。

困難を打ち砕いた君の先輩たちから、先生はそのことを、固く約束しているのです。


そこから生まれる何かと、そこへ向かう道で培う大切なもの、、

それでもあなたは、夢に向かって学ぶ子どたちから、希望の光を奪い取っていきますか?


何があっても、私たちは、絶対に負けませんから。







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出張レッスン 次の10年へ

 2016-07-18
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この3連休、2日は新大阪の教室で、最終日は大阪堺教室の出張レッスンに出かけました。

こちらにおじゃまさせていただくようになって、もう7年~8年のお付き合い、あの日3歳だった子も、もう小学校4年生になりました。


多い年は、月に2回定期的にお伺いした時期もありました。

今では、すっかり私の日常となりましたが、私にとってはの堺は、自分をここまで育ててくださった特別な場所でもありました。


5年経てば、子どもはここまで育つ、

そのことを親目線ではなく、教育者としての立場から支え続けることの意義を、体験を通して学ばせてもらいました。

まさに今ある自分の原点の一つとなっているのです。


最近、小学校の教員時代の教え子がやっているイタリアンのお店に、ちょくちょくと顔を出すようになりました。


先生って、何でそんなに若いの?

お店に入って来た時に、すぐにわかったよ。

20年前と、何にも変わらない


教え子は、この店に行くたびに、何度もそう尋ねます、


めんどくさいから、ちゃんと美容院に行って髪を染めているからだよ、

そう答えるようにしていますが、本当の理由は別にあると考えています。


堺に行き始めた時、年長さんだった子が、今は中学1年生、

義務教育9年間を完全サポートさせていただくことが出来れば、この仕事も10年という大きな節目を迎えることができます。


私の心の中ではもう、これから生まれ来る新しい命へのサポートが始まっています。

これまで培ってきた大切な宝物は、次の世代へのサポートに、しっかりと生かしていかなければならないのです。


3連休のすべてを、子どもたちのためにと、一心に打ち込むことのできる幸せ、

それをつらいとか、やめたいとか、休みたいとか、そんなことを思ったことは一度もありません。


このところ岡山の教室に、他県からお越しいただいている方から、何度も出張レッスンのお問い合わせをいただくようになりました。

それではということで、ここにきて私は、新たに出張レッスンの募集を行うことにしました。


▽ 出張レッスンの要綱はこちらから


今から10年続けての完全サポート、

おそらくは、実践者としての最後の大仕事、

これまでに出会った子どもとご家族の願いをすべて受け止め、集大成として、この仕事にに打ち込んでみたい。


私には、老け込んでいる暇など、どこにもないのです。





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子どものせいだけには出来ない

 2016-07-13
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先日、他の先生のレッスン中、子どもにも先生にもちょっと困った感のオーラが出ていたので、「こうやったらいいんだよ」 というモデルを、横でちょこっと示してみました。

「同じ教材なのに、支援のポイントをちょっと変えるだけで、こうまで子どもの動きが変わるのに驚きました」

その先生は、目を丸くしていました。


私には、とてもSHINOBU先生の真似はできません、

その時その先生はそんな顔をしていましたが、それでもその後は、流れるようにその先生のレッスンは進んでいきました。


子どもに何らかのつまづきが見られたときに、すぐさま、数ある支援の引き出しの中から、最適なツールを提示できる、

どんな優秀な先生であっても、そんな技が、わずか2年や3年の経験で、身に付こうはずはありません。

今後この先生の根性が決まり、実践を積み上げていくことさえ出来れば、数年後には私の技術のすべてを習得していくことでしょう。


どの先生が教えようが、今この教室での学びは、すべて私の責任で行っているのです。

私が後ろについている限り、子どもの心を痛めたり、いたずらに無駄な時間を過ごしたりということは、許されません。


個別指導であれ、学級経営であれ、何かうまく行かないことがあれば、、それほとんどを子どものせいにしてしまう先生がいます、

でもそれは、内容をうまく構成できない指導者側の問題であると考えたほうが、当たっている場合が多いのです。


逆に、学級経営の手腕に長けている先生は、口をそろえて、

「私は特別なことは何もしていません」

「ただ子どもに恵まれただけです」

「保護者の皆様の支えがあればこそ、何とかここまでやってこれました」

そんなふうに、おっしゃいます。


うまく行かないときにこそ、子どもも先生も、共に育つのです。

そこにそんな願いがあるからこそ、それを打ち抜く流れが、子どもにも先生にもやってくるのです。






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あなたたちが生きてきた意味

 2016-07-09
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土曜日は大阪のレッスンでした。

午前中は、堺市から女の子と男の子が来てくれました。

2人とも、3~4歳の頃からずっとサポートさせていただいているお子さんです。


二人ともこのところ、言語にかかわる伸びが、顕著に見えてくるようになりました。

文字を見て、それを音声化し、イメージ化したり、思考のベースに乗せたり、内言語と結びつけたりする。

言語を通して、学習の成果が目に見えて確かめることができるようになっただけでなく、コミュニケーションのツールとして機能し始めたことにより、行動のコントロールや社会的な態度の形成にまで、よい影響を与えるようになってきました。


「みーな、だいすき」

「みーな、する」

用意してきたプリントを数えながら、笑顔いっぱいで、きらきらとして目をして、その子は私にそう伝えてくれました。


この子たちが、3~4歳だった頃に、いったい誰が、こんなにも生き生きと学習する姿を想像することができたことでしょう、

どちらの子も、この数年間、月に何回かのレッスンを、ほとんどお休みすることはありませんでした。

いつもご両親ともに、堺市から新大阪までお越しくださり、学習の後には、学校での出来事や学びの様子について、時間をかけて必ず私にお知らせくださいました。


こうしたご両親の深く真摯な気持ちと行動力が、お子さんの成長を、根幹から支え続けたに違いありません。

「子どもがここまで来れたのは、先生のおかげです」

奇しくも、どちらのご両親も、全く同じことを、判をついたように私に伝えてくださいました。


私はただ、お子さんの歩む学びの道を、同じ歩幅で歩んできたに過ぎません。

明日は、4歳のお子さんが、新規のご相談にお越しくださる予定になっています。


この子たちとの大切な学びの歩みを、一人でも多くの子どもの成長の道しるべととして、つなげていきたい、

それが、支援者としての私の責務。


あなたたちが歩んできた宝物は、きっとこれから、多くの子どたちの成長や幸せにきっと結びついていくことでしょう。

あなたたちがこの世に生を受けたことの、大切な意味の一つは、きっとこんなところにもあるのです。







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絵空事ではないインクルージョン

 2016-07-07
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私は、分離教育の時代は程なく終焉し、遅かれ早かれインクルージョン時代が到来すると信じています。

と同時に、そのことの難しさは重々知っているつもりだし。お題目はともかく、真のインクルージョンに至るまでには、相当の労苦が待ち受けているはずだと感じています。


「ただ普通に学びたいだけなのに、どうしてそれがこんなに難しことなのでしょう」

私の教室にお越しくださる保護者の方々から、何度も何度もそんな言葉を耳にしました。

通常学級にいることが、子どものためにならないと思っている先生が、何人もいたのでは、インクルージョンどころではありません。

本当は、その子の特性に応じた教育の場をどう豊かに構成していくかが検討されるべきことなのに、集団から分離することが専門性であると勘違いしている先生の、何と多いことでしょう、

それが現実です。


例えば、諸外国で当たり前になっていることが、日本で当たり前になるには、私の感覚ではおよそ10~15年遅れといったところでしょうか?

ならば、私がせめてここまでといったところまで来るためには、あと15年もかかるかも知れません。


何もせず、黙ってそのことをやり過ぎるなんて、私には絶対不可能なことです。

この時代に生きたものとして、わずかであってもそのことに寄与できる自分でありたい、

そのことに打ち込める日々を過ごしていきたい、


15年先となると、私はもう73歳、

果たして、本当にそんな歳まで生きられるだろうか、

私がそういうと、「すべきことがあれば、命はつながれる」 と、家内が笑って答えてくれました。


まだ、インクルージョンも、共生社会も、絵空事であると思っている人がたくさんいます、

それでも地球は丸いし、りんごは下に落ちてきます。

どんなに時間がかかろうが、目指す方向にぶれなどみじんも、あろうはずがないのです。






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未来につなげる次の一歩

 2016-07-05
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昨日から、園庭に花壇を敷設する工事が始まりました。

昨年秋に相談支援事業の開始にかかわる申請を行ったところ、通所支援施設であっても、市街化調整区域で相談支援事業を行うのは、新たに開発許可が必要になるということでした。


秋に申請を行い、審査会が春に行われ、敷地の3%を緑地にするという付帯条件のもと、開発許可が受理されたのが連休明け、

その間の設計事務所にお願いしていた事務手数料だけで、80万円を超える金額になるのです。


既にある相談室の一室を、相談支援事業として使用することに、これだけの手続きと費用がかかるのです。

補助金をいただいた施設ということや、借入金をお願いしている医療事業団に承認をいただくために、この間法務局に足を運び、測量士の方と、細かい点について、何度お願いやら打ち合わせやらをしたことでしょうか?


相談支援事業自体が、事業所に大きな利益をもたらすなんて、考えられません。

かけた費用がペイできるのは、何年先のことになるのでしょう?


現時点では、それに見合うだけの報酬が設定されているとは言えません。

相談支援の事業所が増えない理由の一つがそこにあります。


だからこそ今、白ゆりがやらなければならない、

事業の責任者という立場からは、ずいぶん迷いましたが、最終的に私は、そう決断しました。


私たちの進む先、

そこに子どもたちの笑顔があるなら、どんな労苦があろうとも、決して後ろに下がることがあってはなりません。


一歩でも前に進んでいこうとする方向感の先にこそ、未来を拓く何かが待っている、

子どもとご家族の願いを背負うものの責任は、ずっしりと重いのです。














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分離では育たない教育の中身

 2016-07-01
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今からもう数年以上前のことです。

京都から、ある母子が私の教室を訪ねてきてくださいました。


イタリア人のお父さんと、日本人のお母さん、

幸せなことに、その日から今日までずっと、その子のサポートをさせていただいています。

当時、アトリエの一室をお借りして、京都教室を開設することができたのも、この日の出会いがきっかけでした。


そのお母さんが、先日、私に以下のような内容のメールを送信してくださいました。



SHINOBU先生


先日、同い年のダウン児(普通級在籍)を持つお母さんが、学校側が示すインクルーシブ教育と我々が考えているインクルーシブ教育が噛み合わない歩み寄れないのはなぜかと、疑問に思って調べ、たどり着いたあるブログを紹介してくれました。

何か変だよ、日本のインクルーシブ教育 (1) 〜(3)
http://www.blog.crn.or.jp/chief2/01/18.html

ボンヤリと違和感があったことが、すっきり書かれていて、とてもわかりやすいです。

そして、そこにも記述されているイタリアのインクルーシブ教育の先進性に改めて気付かされ、
調べてみたら、これぞまさに私たちが考えるインクルではないか!と驚かされました。

先進諸国でもここまで徹底できている国はイタリアの他になかったということを、恥ずかしながら初めて知ることになったしだいです。

2年前に娘を連れて行って驚くことばかりでしたが、その時は日本が遅れているのだと思っていました。
しかし、これを読んで、偶然にも娘がその教育実践に繋がれたことに改めて感謝し、これはもっと伝えなきゃ、という気持ちになりました。
主人の姉たちが、制度のことを誇らしげに語っていたのを思い出しました。

日本の内閣府もやはり各国のインクルーシブ教育について調査し、報告書が出ています。その中にイタリアの状況も報告されていました。

以下に、報告書のほんの一部ですが引用しておきます。

· イタリアでは、1970年代よりインクルージョンに向けた法改正が徐々に行われた。地域の学校の普通学級における教育の保障は、義務教育段階の障害の軽度の子どもから重度の子どもへと拡大し、その後、幼稚園、高等学校へ、そして、1992年法律104号により、保育園、大学が加わり、0歳から成人までのインクルーシブ教育が法律で保障された。

· イタリアは 「統合可能とされる障害児を既存の学校教育制度に組み入れる…中略…のではなく、学校教育制度全体を改革する中で障害の有無や程度を問わず、全ての子どもの教育を保障するインクルーシブ教育制度を構築した」

· イタリアでは「障害児の教育権・学習権=地域の学校の普通学級において教育を受ける権利・学習する権利」と明確に法律で規定されており、学校などの教育機関には障害児者を受け入れる義務と責任があることが明文化されている。

法律に裏付けられているので、娘の学校でも教員たちはとても敏感です。

インクルーシブを進める目的もとても明快です。

· 「障害児を他の集団から取り出して個別に教育を行うよりも、その集団から隔離されることによる阻害化などのマイナス面の方が大きいことが明らかになり、障害児の発達のためには健常児集団の中で普通の関係を築けるようにするという基準が置かれた。」

【基準】
「身体的、精神的、感覚的な障害など、全てのハンディキャップの基底には、コミュニケーション病理、つまり、適切な方法により他者へ意思を伝え、他者からメッセージを受け取るという、あらゆる人的、社会的発展の前提たるコミュニケーション的統合に必要となる能力の欠損がある。程度に差こそあれ、およそ全ての障害児に見られるコミュニケーション能力不足は、同様の問題を抱える状態にある児童と一緒に隔離していたのでは発達しないのであって、彼らが元来持っている僅かな能力を刺激することのできる健常な同級生に囲まれる環境にあってこそ、有益な発達が可能となるのである。」

子どものために何をすればいいか、子どもたちのためにいいことが社会のためになる、という考えがすべての人で共有できている社会。もちろんクラスの少人数制や、複数教員の配置、支援員の制度、もともとイタリアの人々が持っている文化や宗教観、フレキシビリティーやヒューマニティーがあってこその教育制度改革だったろうと思いますが、インクルーシブ教育を取り組み始めてすでに30年以上という歴史は大変重みがあります。中学校や高等教育(大学も含む、知的障害者も含む)においても、イタリアの制度と姿勢、覚悟は一貫しています。

調査報告書の最後には、おわりにとして、このように書かかれています。

「実は、イタリアは1987年に国連で障害者差別撤廃条約を提案しているが当時は反対多数で却下されたという経緯を持つ。イタリアは国連やEUの規定内容を国内で着実に実体化した国であるといえる。
 だが、実態を見ると、近年の教育予算の削減や市場化を取り入れた教育改革の中で、支援員の配置時間数が減少されるなどの影響がみられる…中略…そのような中でも、イタリアは普通学級におけるインクルーシブ教育を分離教育へ転換することはないであろうと思われる。現状に対する批判・不満の背後に「イタリアのインクルーシブ教育制度に対する誇り」が強く存在していることを感じるからである。」

きっと内閣府の職員も調査を担当された研究者も、感動されたことでしょう。こんなことが実現できるのだと。

日本も今すぐにではなくても、真の意味で共生社会となり、世界に通じるインクルーシブ教育の実践国を目指してほしいと願っています。

私も、小さな取り組みですが、娘が学校に行ってる間は今まで通り、気になるところを学校に言い続けることをしていきたいと思っています。






島国、単一民族、鎖国の歴史、優性思想、

よそ者や、自分たちとは違った文化や風習を受け入れにくい風土、

長年営々と続いたきた分離教育の流れ、物の考え方、

日本の社会や教育の中に、真のインクルージョンが受け入れられることは、決してたやすいことではありません、


理解していただければ、ほんの当たり前のことが、

こと具体論にとなると、遅遅として事は前に進まず、右を向いても左を見ても、ぶち当たるのはどでかい壁ばかり。


だからこそ私たちは、子どもたちと心のつながった支援者の一人として、今の時代に生きる者としての使命を果たすべく、この歩みを一歩でも前に前にと進めていきたいのです。

それが、この子と出会った者として、生きていく証になるのだと考えています。


今は、京都の小学校に通うこの子も、夏を過ぎればまた、しばらくイタリアの小学校に通うことになります。

私の個別指導は、クラスの中にしっかりとした学びの基盤があればこそ、初めて生きるもの。


これからも私は、ご家族とともに、生涯この道で戦い続ける自分でありたい、

子どもにとっての大切な学びの時間は、決して2度と、戻ってくるものではないのですから。









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