学会誌

 2016-05-30
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私は研究者ではありませんから、学会などに参加する機会は限られています。

個人の活動が中心だった頃は、1年365日実践に集中する日々を過ごしていましたから、学会で1日や2日、岡山を離れることは不可能でした。

でも今では、私以外のスタッフもいますし、それが利用者の皆様の利益に直接反映すると判断できれば、最新のアプローチなどを学びに出かけたり、自分の実践をまとめて発表したりすることも出来ます。


保護者控室に、その学会誌を何気なく置いてみました。

すると、ことのほか保護者の方々は熱心にお読みくださり、何度もコピーをさせていただいたり、質問や感想をお伺いさせていただいたりしました。


この活動を始めて間もない頃、あるダウン症児をおもちのご家族のお宅にお伺いしたことがあります。

大阪堺市にあるお宅でしたが、その本棚に目をやると、ダウン症関係の本がたくさん並べられていました。


これまで大学の研究室や図書館で、ダウン症にかかわる書籍はたくさん目を通してきましたが、これだけの量の本が、研究者でもない一般のご家庭に整理されて保管されていることに、強い衝撃を受けました。


実践者の私たちは、その道のプロであるはず、

ならば、それぞれのお子さんの特性を理解していくために、プロとして最低限の知識や研究心は絶えず持ち続けていかなくてはならない、

そんな風に感じて、今日まで歩んできました。


学会費も、個人として負担するには、決して安い額ではありません、

ならば私は、保護者の願いの代弁者として、お子様の学びや育ちをより豊かにしていくための最先端の情報を、整理して保護者の皆様に提供していくことも、支援者としての大切な役割の一つ、


保護者控室で、学会誌に真剣に目をとしているお母さんの横顔、

その瞳の先に映っているものを、私たちもしっかりと共有していきたい、

そんな風に願っているのです。






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多様性と共生社会

 2016-05-28
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朝一番に、こども園の男の子のレッスンをしました。

こども園から、発達支援センターまでの道のりは、わずか10分足らずの道のりになります。


その子の手を引きながら一緒に歩いていると、同じクラスの男の子が、笑顔いっぱいに手を振って声をかけてくれました。

すると今度は、すぐに別の保護者の方から、「今日は発達支援センターで、お勉強なの?がんばっておいで」 と、やさしく声をかけられました。


10歩歩けば別の子が、また10歩歩けば別な保護者がと、次から次へと声をかけてくれます。

どれだけこの子が、みんなから愛され慕われているか、本当に驚いてしまいました。

おそらくは、この子抜きのクラス運営など、もはや考えられないと感じました


私は個別指導の実践者ですから、それぞれの子どもの特性に応じた専門的で豊かな教育の必要性を、誰よりも大切にしている一人です。

ですがそれは、その子が所属集団や社会の中にしっかりと居場所があればこそ生きるのであって、集団から分離して小さな部屋で療育をすれば、あたかもそれが専門的な教育と考えるのは、大きな勘違いだと考えています。


これまで何十年にわたり脈々と続けれれてきた日本の分離教育を、頭から否定しているのではありません。

それよりむしろ、それぞれの人がそれぞれの持ち味を生かして、社会の中で生き生きと暮らす共生社会の実現に向けて、地域や集団での基盤がしっかりと構成され、そのうえでその子の特性に応じた豊かで専門性の高い教育の場を構成していくことこそが、これからの日本の教育が目指していく形であると信じているのです。


インクルージョンとは、そういうこと。

お題目は、誰でも共感していただけますが、こと具体となると、たったこれだけのことがなかなかすぐには理解してもらえません。


みんな同じ服を着て、みんな同じ方向を向いている、

果たしてそれが、本当にあるべき姿なのでしょうか?


よそ者や自分とは違うものを受け入れない風土、

何々は何々であるべきという固定的な価値観、


四角いビルが整然と並ぶ風景よりも、本当に美しい自然の中では、すべての生物がそれぞれに豊かに暮らしているのです。

















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私の願う 言語の育て

 2016-05-23
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先日、あるお母さんが、下記のような内容の記事をご自身のブログに書いておられました。


小学生の時からずっと国語の勉強を教えていただいている先生がいらっしゃいます。
月に1回だけなのですが
毎月、イキイキとレッスンに通っています。

通い始めた小学校低学年の頃は
少しでも国語の力が付けばと思っていました。

その後
レッスンの様子や先生のお話を伺う中で
少しずつ私の考えが変わりました。

この子が
本を開いて
物語の世界に入り込む経験をしてくれたらいいな。
読みながら目がキラキラしたり
ぷっと吹き出すような経験ができたらいいな。
そういう経験を積み重ねる場であってほしいと。

いつの間にか娘は、
先生と笑いあいながら本を読むようになり

気がつくと
先生と物語の中の世界を語り合うようになりました。

先生と学ぶ姿を見ていると
この子は
学び、成長出来る子だと思えます。

先生とのレッスンは
最高級の特別な学びだと考えて
公立の学校でそれを望んではいけないのかもしれません。

だけれど
学べない子として扱わないで欲しい。

学び
成長できるチャンスを
学校でも作ってもらえたらと思うのです。

勉強ができるようにしてほしいとか
教科書を教えて欲しいとか
そういうことじゃないのです。

学ぶ事で
彼女の中にある好奇心や意欲を
刺激して欲しいなと思うのです。

学ぶ事で
世界は大きく広がります。
学ぶ事で
夢が広がります。

学びの中では
彼女は自由になれると思うのです。

そんな経験を
いつかして欲しいと願います。





この日には、3歳になる女の子のレッスンもありました。

少し前までは、泣いてばかりなかなかでレッスンにならなかったのですが、この日のレッスンでは、知っているカードを見つけると、誇らしげに何度も何度も私の前にカードを提示してくれました。


その仕草が、何とも可愛くいて愛しくて、新しく言葉を習得していく営みが、どれだけ子どもの自尊心を持ち上げていくかを、目当たりに私に示してくれるのです。


学びを通して育つのは、教材の内容以上に、学びというプロセスを通して培う、その子らしさそのものであると考えています。

その軸がぶれてしまえば、目的と手段は逆転し、何のために勉強しているのを見失った無味乾燥で味気ないものに成り下がってしまいます。


私の言語指導の基盤は、臨床実践の積み重ねを通して培われたものです。

逐次読みで、文字を読んでもなかなか内言化することの出来にくかった子どもが、高学年になって、「いろはにほへと」 という教材で、突然吹き出し腹を抱えて笑い出したことがあります。


「三枚のおふだ」 という教材で、ほとんどこれと同じことが、冒頭の女の子にも見られました。

まさに文字の扉が開き、言語の海を泳ぎ始めた瞬間です。


こうした体験があればこそ、私には、3歳のこの女の子になすべき題材が、次から次へと目の前に広がっていくのです。

一人でも多くの子の、文字や数の世界の扉を開き、その学ぶ楽しさを体中に感じとらせたい、


そのことこそが、私にとって最も美しい時間となっているのです。










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選べる教育

 2016-05-20
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学校でも、家でも出来ないのに、どうして白ゆりではこんなに生き生きと学習に取り組めるのか?

多くのお母さん方から、そんなコメントをいただいいています。


私なりの種明かしをさせていただきます。


その秘密の一つ目は、指導目標と子どもの力や願いをつなぐ、いわゆる発達の最近接領域にあたる一人一人の教材を、毎朝私がオリジナルで仕込んでいるからです。

それが市販であろうが自作であろうが、いわば旬の食材、血の通った教材を、責任者の私が手作りでチョイスしているのです。

新鮮なライブのレッスン程、子どもの目を輝かせるものはありません。


二つ目の秘密は、担当者を選ぶプロデュース力です。

どこの学校でも、子どもによって先生を選ぶことは出来にくいと思いますが、白ゆりは違います。


現在、個別指導は3名のスタッフで運営していますが、その時間的な割り振りは、すべて私が構成します。

その時間のすべてを私が担当する場合もありますし、逆にすべてを別の先生に託す場合もあります。


また、算数はA先生に担当させ、国語はB先生お願いするというパターンもあれば、AちゃんにはA先生、BちゃんにはB先生と決める場合もあります。

要は、与えられた戦力で最高のパフォーマンスとなるように、すべての結果責任を負う形で、指導内容と人を、私がプロデュースしているのです。


私はプロとして、30年以上教育に携わり、経験の面で私に太刀打ちできる先生はいませんが、私に出来ないことがAという先生には出来、Aという先生にはない持ち味がB先生にはあるのです。

これまでなかなか出来そうでできなかった選ぶ教育、

その意義が、実践を通して実証できるかどうか?


すべての子に、主体者として、生き生きとした学び場を提供すること、

ただその子に最適な学びの場を構成したいと願うこと、


私たちのチャレンジは、これからもずっと続いていくのです。






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多様性と合理的配慮

 2016-05-19
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この日、就学を来年度に控えた幼稚園の子のレッスンがありました。

3と3と2で「8」となっているものを、「7」に変えるとき、3をさげて2を入れるというような課題に取り組みました。


最初は少し面食らっていましたが、いくつかモデルを示すと、それがストンと心に落ちたようで、以後の活動はまるで水を得た魚のように、次から次へと探求心をもって取り組むことができました。

こうした時の子どもの表情といったら、何にも勝る生き生きとしたパワーがあふれ出るもので、私はそんな子どもの表情を見るのが何よりの生きがいとなっています。


標準化されたカリキュラムや指導計画はとても重要だと思っています。

それぞれの学校・園で大切にされている決まりごとや、プログラムも大切なものであると考えています。


一方で、それぞれの子どもの特性や育ちに応じて、今学びたい内容を、タイムリーに提供すことも、それと同じくらい大切なことだと思います。

要はそのバランス感覚が問われるのであって、それが生きたものになるのも、死んだものになるのも、支援者の腕一本にかかっているのです。


これまで日本の教育は、画一性を優先し、そうでないものを排除する傾向が見られました。

しかし今では、それぞれの子が、かけがえのない社会の大切な一人という観点から、それぞれの特性に応じた、血の通った教育を、いかに実践の場で具体化できるか、そんな能力が問われる時代となってきました。


画一性のみを重視する時代は、もうとっくに終わっているのです。

そのことを一番先に感じ取ってくださるのが、学校の先生方であってほしい、

そう、心の底から願っています。






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人はこうして言語を学ぶ

 2016-05-14
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この画像は、今ある幼稚園の男の子との活動に使っている絵本の1ページです。

よく見ると中に、「こうばん」とか「やきたてパン」という文字が伺えます。


男の子はそれを指差し、得意げな顔で 「こうばん」 と私に教えてくれます。

一方支援者の私も、絵本の世界をこの子と共有しているわけですから、たとえ表出言語が少し不明瞭であったとしても、しっかりキャッチして、その内容を子どもに返すことができます。


言葉には、内言語(理解言語)・文字言語(インプット・アウトプット)・聴覚性の言語(聞き言葉・話し言葉)など様々な顔があるのです。

大人は、「きりん」と読めば、すぐさまキリンのイメージや知識を結び付けてとらえられるようになっていますが、子どもは大人と同じではありません。

たとえ「きりん」と読んだとしても、文字言語を音声化するのに精一杯で、まだイメージ化出来にくい場面だって多いのです。

そこパイプを太く豊かにつなげていくのが、言語・コミュニケーション指導のダイナミズムであると、私はとらえています。


「こうばん」と読んだ文字の下には、この子の大好きなパトカーが止まっています。

4つの文字を認知し、それにおまわりさんのいるところというイメージがつながり、一つ一つの文字の音声化がより確かなものへと育っていきます。


かれんちゃんから始まって、私は多くの子の言語習得のプロセスを目の当たりに見てきました。

半年前には、ほとんど言語表出の見られなかったこの子も、ここに来て表出言語の爆発期を迎えようとしています。


意味のある活動、夢のある活動、方向感のあるレッスンは、やっていて本当に楽しい、

絵本こそ、私と子どもの心をつなぐ大切な宝物、

本当にステキな教材です。




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母の思い

 2016-05-09
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ご縁があって1年前、発達支援センターでサポートさせていただくことになった5歳の男の子がいます。

この1年で、職員も目を見張るほどの大きな成長を遂げられました。


この4月、白ゆり保育園がこども園へと移行するのを機会に、晴れて 「認定こども園白ゆり」 の年長クラスのレギュラーメンバーとなりました。

園長さんも、「入園式でもひと際目が輝いていたね」 と、その成長ぶりに目を細めていました。


そのお母さんから、多額の図書券を頂戴しました。

うちの主任さんは、絵本のチョイスについては、ピカイチのセンスをもっていますので、その図書券をそっくり彼女に渡しました。

そして、購入させていただいた絵本が、画像の通りです。


お迎えの時、いつも子どもたちは、担当の保育士に寄り添われながら、食い入るように絵本に見入っています。

その母の思いを、形として子どもたちに伝えたい。

ありがたくて、ありがたくて、何だか熱いものが、胸の中にこみ上げてくる思いでいっぱいになりました。





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しっかりと学びに打ちこんだ子

 2016-05-08
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私は今、チームとして事業を行っているので、スタッフの人選は生命線です。

ご縁があって、特別支援教育を学ぶ学生が、これまで何人もアルバイトとして働いてくれました。


ある学生が、応用行動分析について、かなりしっかり学んでいました。

学生としては、相当の力量だと感じました。


しかし、その子が、リアルな実践現場で即戦力となるかどうかといえば、それははっきりとNOという答えになります。

たかが学生が、ちょっとくらい学んだからといって、プロのフィールドで即通用するレベルにはなりません。


逆に、「私は文献研究ばかりやってきて、実践については素人同然です。先生方の指導を見て、一から学んでいきたいと思っています」 と、言う子は魅力的です。

何年も経たないうちにきっと、子どもの心に寄り添う、いっぱしの実践者へとなっていくことでしょう。



学生時代に自分の研究に真摯に打ち込んだ子は、現場に来て必ず花開く、

もしも私が採用するなら、小手先のテクニックをもった子ではなく、大学でしっかりと学びに打ち込んだ子の方を選びます。


人は、学びに真剣に打ち込むことによって、自尊心を培っていくのです。

因数分解が出来たところで、因数分解そのものが生活や将来の何かに直接役に立つことは稀です。

でも、学びそのものををおろそかにする所から、何も大切なものは生まれて来ません。


障がいのある子どもの学びに真剣に寄り添ったことがある者なら、「障がい児は、勉強が嫌い」 なんてことを、思ったこともないはずです。

むしろ、誰よりも良質の学びを欲しがっているのです。


「こんな子に勉強させても無駄」 だと、平気で言う人がいました。

では、お尋ねしますが、あなたが高校で習った因数分解の何が、あなたの将来に役に立ったと言えるのでしょうか?


学びに真剣に立ち向かうことから、人は自分自身に対する肯定感を培い、アイデンティティーを確立し、自立への扉を開いていくのです。


学んでも無駄という言葉は、生きていても無駄だ、という宣告にも等しいと、私は思っています。


この子たちから、大切な学びの場を奪わないでほしい、

いつもキラキラととした目で教材を見つめる子どものうしろ姿が、私の目には、何よりも愛おしく映るのです。




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学びのツール

 2016-05-06
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私の事業所には、児童用として surface pro2 が2台、surface pro2 のRTが2台、I pad が2台、ノートパソコンが2台、学習ソフト満載で、いつでも使える状態で準備しています。

紙や鉛筆が使えなくても、こうしたツールを使えば、生き生きと学習できる子が何人もいます。


それぞれに幼児用のソフトから、中学生向けのソフトまで、ありとあらゆるものを厳選してインストールしています。

このタイプの子にはこのソフトが合う、

ここまで認知が育ったのなら、次はこのソフトを使えばいっそう生き生きと学習に取り組めるはず、

それぞれのソフトの向き不向きや良し悪しも、実践を通してブラッシュアップしてきました。

画像の子の数字の書字の教材もその一つです。


ソフト1本インストールするのも、数千円の費用がかかります。

買ったは良いものの、ちっとも役に立たず痛い目に会ったことも1度や2度ではありません。


これを個人で負担するには額が大きすぎます。

ならばということで私は、教材にかかわる費用は一切惜しまずに、さまざまなものを購入してきました。


白ゆりに来れば、そのお子さんに最適なツールが提供できる、

こうしたことも、私たちのような通所支援事業所の果たすべき大切な役割であると考えています。


子どもに今必要なツールは、何にも増して最優先で自由に購入できる、

そうしたシステムができたのも、利用者の皆様の応援があればこそというものです。


子どもの学びの要求を、思う存分かなえていける環境づくり、

私たちの目指す一つの形がそこにあるのです。







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誰かと比べない大切な命

 2016-05-05
5月の3日・4日・5日は、レッスンが全くない日、

普段は、土曜日も、日曜日も、祝日も、ほとんど県外のレッスンに出かけ、こんなふうに特にすることがない休日は久々のことです。



私には娘が3人いますが、その三女がこの春、神戸の大学を卒業し、保育士になりました。

娘が使っているスマホの名義を、私のものから娘のものに変えるために、先日一緒にドコモショップに出かけました。


私の免許証と、彼女の免許証を指定のボードに並べました。

すると、パソコンがデータを読み取り、本人確認やら手続きが次々に進んでいきます。


この子は、卒論でも特別支援にかかわることを研究し、この春から私たちと同じ教育・保育の道を歩むことになりました。

この10年、私はただ、自分の仕事だけに打ち込み、お正月三が日に至るまでまで事務仕事を続けていました。

仕送りや、スマホの料金を払うこと以外は、人並みの親らしいことなど何一つできませんでした。


スマホの名義変更には、新しい機種に変更したこともあり、2時間くらいの時間がかかりました。

その間、近くの飲食店で、昼食をとりました。


明日から、友達と一緒に旅行に行くんだ、

みんな社会人1年生で、この1か月間ボロボロに疲れたら、温泉でのんびりしたい、

娘は、私にそんなことを伝えてくれました。


白ゆりは、この春から、保育園からこども園へと移行しました。

その節目の時期に、母が園長として勤めるこども園に、新任の保育教諭としての社会人デビュー、

さぞ、プレッシャーや気苦労もあったことでしょう。

車の中で、何度も私がサポートしている子どものことを、話してくれました。


この子の存在も、きっと自分を突き動かす一つの力になっていたのに違いありません、

今さら普通の親にはなれないけど、気の利いたお祝いごとなど何も出来ないけど、ならばその分、普通の人には出来ない何かを目指して、これからも私は歩み続けなければなりません。


今日はこどもの日、

窓の外は抜けるような青空、

誰かと比べない大切な命が、きっとそれぞれに輝く1日となることでしょう。











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Author:SHINOBU
新大阪教室

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