研究者と実践者

 2016-02-28
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週末は、大阪でのレッスンでした。

27日に「ダウン症療育研究会 20回大会」が、新大阪で開かれることは、以前から存じ上げていました。


私の所では、ここ数年、毎年1名ずつダウン症児のための赤ちゃん体操指導員の講習を受けさせていただいている関係で、職員が何度も研究大会におじゃまさせていただいています。

この日は、うちの主任さんが、赤ちゃん体操指導員の認定証をいただくこともあって、会に参加させていただきました。


新大阪の教室と会場とは、ゆっくり歩いても10分とかかりません。

当日は、朝から晩まで10連続レッスンのご予約をいただいており、会への参加はできませんでしたが、お昼すぎのレッスンに1つキャンセルが入った関係で、会場にご挨拶に伺うことができました。


上地先生のご紹介で、何人かのかたにご挨拶をさせていただくことができました。

私が実践者として活動をさせていただくことが出来るのも、先生方のご指導あればこそと、普段から感謝の気持ちでいっぱいでした。


研究に真摯に取り組んでくださる方がいればこそ、私たち実践者のなすべき役割は明確になっていく、

私は研究者にはなりませんし、なれませんが、研究内容からかけ離れてしまうことは考えられません。


これからも先生方にご指導をいただきながら、大切な実践を、一つ一つ積み上げていきたい、

そのことが最も自分らしい生き方であり、持ち味なのです。


一人の子に寄り添うことからスタートし、岡山の地で果たす私たちの役割も、日に日に大きくなってきました。

研究者の皆様の横顔を拝見しながらも、私はこれからも、多くの実践者を育てて、多くの子の成長と幸せに寄与していきたいと、心の底から感じることが出来たのでありました。





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公開保育

 2016-02-26
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先日、白ゆり保育園の公開保育があり、同ブロック約30名の先生方にお越しいただきました。

もしかしたら、何人かの先生が発達支援センターの方にも見学に来られるかもしれない、と聞いていました。


ところが、いざふたを開けてみると、全員の先生がぜひ見たいとおっしゃってくださり、突如遊戯室が見学の先生方で満杯状態になっていました。

私も個別のレッスン中でしたし、事前にいつお越しくださるか、一体何人おこしくだるかもわかなない状況でしたので、予想をはるかに超えた出来事に正直驚いてしまいました。


特性理解と深い愛情、行き届いた支援内容と環境構成のもと、どの子も主役となれる場の構成、

事前の準備も特別な備えも何もせず、いつも通りの活動であったがゆえに、逆にライブ感満載で、とても活気のある子どもたちの活動を見ていただくことができました。

普段見せたことのない様な子どもたちの笑顔、

何らかの障がいのある子が、20名近く一堂に集まっての活動は、見てくださった先生方にとても大きなインパクトを与える結果となりました。


地域の幼稚園、保育園にしっかりとした居場所があるからこそ、発達支援センターの役割は初めて生きる、

私が常日頃主張してきた内容を、この日具体的にお示しすることができたので、何だかとてもうれしい気持ちになりました。







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子どもの「出来ない」は、誰のせいか?

 2016-02-24
たとえそれがどんな子であったとしても、時間と機会さえきちんと与えてくだされば、パズルにしても、書字にしても、子どもは必ず出来るようになると信じています。


正直、「この子が文字を読んだり書いたりするのは無理かもしれない」 と、思ったことは一度や二度ではありません、

ですが、3年5年とかかわりうちに、あの日あんなに苦しんでいたことが、うそのように改善された例に、何度も何度も遭遇してきました。


日本の教育システムの枠組みの中では、同一人物が一人の子どもの育てに5年以上もかかわり続けることは、極めて稀有なケースとなっています。

だからもしも3歳で出来なければ、あたかもそれがずっと出来ないことであるかのような錯覚を、多くの方が日常的に思っているわけです。

もしもその方が、私と同じような臨床体験をもっていたら、決して同じことは言えないはずです。


子どもが出来ないという現象は、別の言葉で置き換えるなら、その子にあった課題を構成できなかったということです。

つまりは、子どもができない課題を与えてしまったということに過ぎないわけです。


ならば、課題分析をして、どのような力を付ければその課題がクリアできるのかを明らかにして、そこを目指して適切な支援もしくは小さなステップを設定すればいいわけです。

そうした確かな見通しと、技術と、愛情と、信念があれば、たとえどんなに時間がかかろうとも、出来ないなんていうことは、本当は何もありえないのです。


もしも実態にそぐわない無茶な課題を与え、何の手立てもなく 何でもかんでも 「この子には出来ない」 という先生がいたとしたら、それは子どもが出来ないということはなく、あなたの育てそのものが無茶苦茶なわけです。

出来ないなら、出来ることから系統立ててスモールステップを刻むか、適切な支援を入れて段階的にフェードアウトするか、そういう専門性をもちあわせてこそ、初めて指導者といえるのです。

それには技術も経験も必要ですし、そんなにたやすいことではありませんが、もしも最初からそれをしようとしないのであれば、1日も早く子ども育ての現場から立ち去ってほしいと思うのは、決して子どもの方ではなくて、「こんな子には無理」 と言うあなたの方なのです。









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日本から分離教育がなくならないもう一つの理由

 2016-02-22
私は教育者ですから、経営的なことは、通り一遍のことぐらいしかできません。

いつも正攻法一辺倒で、裏技も、寝技も使わず、ひたすら内容だけで勝負してきました。


所長でありながら臨床実践から1歩も軸足を外さず、日々子どものレッスンのことだけを中心に置き、ひたすらその充実と向上を求め続けてきたのです。

だからこそ、自分らしさが発揮できたのだと思うし、そのことををよしと考えるご家族の方が、これだけ白ゆりに集ってくださいました。


もしも私が、行政からの天下りを、事業所に迎えるようなことを画策したのなら、事業の枠組みは飛躍的に拡大していくのかも知れません。

しかし私には、そんなことができません。


画一性だけをよしとして、未だに、障がいのある子どもを分離するような教育の流れが、はびこるような地域があってはなりません、

でも現実には、何人もの保護者の方が、子どもがみんなの輪の中に入れてもらえない、

通常学級の門戸を開いてもらえないと、泣くようにして、私の所にご相談にこられるケースが後をたちません、

他地域ではあたりまえのように行わわれていることが、他地域では、何十年も前からの分離教育の流れから、呪いのように抜け出せないということが日常のように起こっているのです。


私はここに、その地域の教育の中にも、既得権益を守ろうとするベクトルがあることを、思い知らされてきました。

自由な競争とは名ばかりで、変化や多様性を認めず、これまで通りを踏襲する閉鎖的な仕組み、

子どもを分離して潤う事業、

インクルージョンが進まぬもう一つの理由がここにあるのです。


一般の方は、こんなことを知りようがありません、

そのことを知った私がすべきことは何か、

子どもの教育の現場から軸足を移さないことと、今私がなすべきこととは、決して矛盾することでなない。


今の時代に生を受け、子どもと保護者の願いを背に受けし者として、今、私が立ち向かわなければならないことが、きっとここにあるのです。






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母から支援者へ 「わが子の育てを他の子の幸せに生かしたい」という母の願い

 2016-02-18
今、私の個別指導をサポートしてくれている職員は、元々は、私が教えていた子どものお母さんです。

新しく本館が完成し、事業規模の拡大に伴いハローワークに求人を出したのですが、間髪入れずに応募に来てくれました。


トイレ掃除でも何でもいいですから、ここで働かせてください、

お母さんがそのように言われるので、「これまでのお子さんとの歩みを、他の子の幸せに役立てたいと思ってここに来られたんでしょ」 そう私が返すと、その場で大粒の涙をはらはらと落とされました。


あの面接の日からは、もう1年以上経ちますが、その謙虚でひたむきでていねいな仕事ぶりで、今ではもう白ゆりになくてはならない存在になりました。

根元の志が違いますからね、

子どもに向き合う気持ちに、みじんのブレもないのです。


あなたの歩みは、きっとこれから後に続くお母さん方のモデルになりますから、そのつもりで自分らしさを存分に発揮して仕事を続けてください、

私はそのように伝えましたが、もうすでに資格取得に向けて動きを、自分から進めていました。


私は、臨時職員であろうが、パートの職員であろうが、これぞと思った職員には、県外の出張や研修にも行ってもらっています。

県外研修や資格取得となると、事業者としての費用負担もばかにはなりませんが、それは必ず何倍にもなって白ゆりの子ども育てのパワーとなっていくと願っているからです。


きっと私は、経営者としては未熟者なのだと思います、

ですが、いくら私が逆立ちしても、優秀な経営者にはなれっこありません、

ならば私は、教育者として、自分のやり方で、職員も育てていかなければならないと考えるようになりました。


私をここまで押し上げてくれたのは、共に歩んでくださったご家族の皆様があればこそ、

これからの社会の中で、私はそのパワーと気持ちを、うまく集約していく流れをつくってみたい、


母から支援者へ、

わが子の育てを生かした新しい支援者の育成、

このことも、私のなすべき大切な役割だと思っているのです。







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苦しい時にこそ 人は育つ

 2016-02-15
先週は、木曜日が京都、土曜日と日曜日は大阪でのレッスンがありました。

今でこそ、週に3回県外のレッスンがあっても、それほど大きな負担感は感じなくなりましたが、以前の私はそうではありませんでした。


日々の岡山でのレッスンに手いっぱい、

その日のレッスンを終え、ヘトヘトになり県外へ、

大きな荷物を抱えてホテルに前泊し、明け方までその準備をしていた時期がありました。

まあ、よくあんなことが出来たものだと、今思い出すと、何だか愛おしいような気持ちになります。


個別レッスンの技術的なことで言えば、あのころの私の力を1と例えるならば、今の技術は自分の感覚では2にも3にもなっている気がします。

人が育つというのは、きっとうまくいっている時よりも、もがき苦しみあずりまくっていたその時期にこそ、なしえることなんだと感じています。

でもその時には、そんなふうに思える余裕など、どこにもありませんでした。


それはきっと、子どもの育てでも、同じことが言えるのです。

あの時期があればこそ、この子の今がここにある。

多くの子どもの育てに直接かかわってきた支援者として、母が笑顔でその日を迎えられるよう、これからもずっと共に歩んで行きたいと願っているのです。






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一般の高校への合格

 2016-02-13
12月24日の記事で、一般の高校の入学に向けて、必死の思いで取り組んでいる母子のことをご紹介しました。

母子の旅路 (H24,12,24)


先週が入試の日、そして昨日がその発表の日でした。

朝から私は、スマホに何度も目をやりながら、「どうか電話がかかってきてくれ」 と気が気ではありませんでした。


その電話が鳴ったのは、午後4時前のことでした。

「先生、合格しました」

そのときこそ、私たちの待ち望んだことが、ついに現実のものとなった瞬間です。


志望校を決めてからの、彼の取り組みは、とてもではないけれど尋常なものではありませんでした。

この成績では受からない、進路変更をしなさいと、面談の際にはっきりと言われたもありました。


たとえ頑張っていても、その可能性は低い、

落ちたときの落胆を考えれば、早く受験をあきらめさせたほうが良いのかもしれない、

そんな考えが、お母さんの頭を何度もよぎったと聞きました。


しかし、志望校を決めてからの彼には、その表情に大きな変化が見られました。

私のレッスン中に、ドミノを並べて遊んでいたころの彼の面影は、遠い過去のものとなっていきました。

それこそ、1瞬1秒を惜しみ、正月も返上して受験に取り組む彼の姿が、それに代わっていきました。


ひき算すら苦手だった彼が、果敢に方程式に挑んで行き始めました。

あれほど抵抗感のあった漢字の学習にも、集中して取り組んで行くようになりました。


職場体験 → 学校見学

一連の流れの中から、彼は自分のアイデンティティをしっかりと確立して行き始めました。


このところ私の教室の生徒は、4人連続で合格率100%、

奇跡のような高校受験の合格を、次々と勝ち取っていきました。


数年前、倉敷の親の会で講演をさせていただいたことがきっかけで、お母さんは私の教室にご相談にお越しくださいました。

教科に真剣に取り組むことによって芽生える、本人の自尊心とアイデンティティー、

その大切さを、この子との歩みは、また格段に輝くように実証してくれました。


いつだったか、一緒に外でバトミントンをして、それを遠くからお母さんが眺めていたことがありました。

私のしたことは、ほんのちっぽけな支えであったに違いありません。

しかし、彼と歩んだ学びの時間そのものは、彼にとっても私にとっても、きっと生涯にわたっての大切なメモリーとなることでしょう。


合格、おめでとう

次は専門学校への進学だって?


そういえばその4人のうちの一番先輩が、その専門学校で何か表彰されたんだとかで、先週お母さんから電話がかかってきました。

先生もなかなか忙しくなってきましたが、ずっとずっとここにいますから・・


彼にとっては、白ゆりもここで一旦の区切り、

お母さんが私に託された願いを、裏切ることにならなくて本当によかった、

君のがんばりこそが、後に続くこのきっと大きなエネルギーとなっていくのです。








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子どもを信じる力

 2016-02-10
あの日、小学校1年生だった花子ちゃんが、まもなく中学卒業となります。

あんなに苦手だった書字も、小学校高学年に劇的に改善され、今では英語や数学の学習にも、痛みを感じることがほとんどありません。


私は今、多い日には1日15人、

月間でいうと、のべ300人以上の子どものレッスンに、直接かかわっているのです。

中には、あの日の花子ちゃんや、ゆりちゃんのように、学習に痛みを感じている子もたくさんいます。

でも私には、実践の裏付けがあるので、たとえ今その子がどんなに傷ついていたとしても、それは一生出来ないというのではなく、今出来ないだけであって、いつかは必ずできるものだと心の芯から信じているのです。


こんなふうに子どもの可能性を信じれるのは、誰でも彼でもが出来ることではないはずです。

子どもを信じれるというのは、それを裏付けるだけの実践や、見通しや、技術をもっているということ、

そうした積み上げのない所には、子どもを信じる力など、決して宿ることはありえません。


先日、福山から赤ちゃん体操に来た3組の親子に、お話を伺う機会がありました。

20~30分お話を伺い、「それじゃあ、バイバイ」 と私が手を振ると、3人の子どもがにこやかに手を振って応えてくれました。


「えー、こんなふうにこの子が反応したのは生まれてはじめて・・ 」

そのうちの一人のお母さんが、とても驚かれた表情で、何度も私にそう伝えてくださいました。


感性の子どもほど、非言語で私のオーラをキャッチする力が強いのです。

百万の言葉はなくとも、この子たちは、もうすでに私と通じ合っているわけです。


こんな力は、実践以外から身につくことなど決してあり得ない、

子どもの可能性を信じれる力こそが、教育者としての力量そのものだと、私は信じているのです。







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支援者の才能を見出す

 2016-02-08
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先日、ある職員が、就学前の子どもを何人か集めてにらめっこをしていました。

まだ3歳にも満たない子どもたちが、引き込まれるようにして、その職員の世界に入り込んでいました。


一見、何気ない光景のようにも見えますが、おそらくは新人には逆立ちしても出来ない芸当、

今の白ゆりがあるのも、この職員の存在抜きに語ることはできません。


もともと彼女は、保育園の臨時職員でしたが、ご縁があって発達支援センターの正規職員として迎えることができました。

私はそのころから、この職員のある才能を見抜いていて、チャンスと環境を整えながら、育てていこうと考えていました。


経営だけのことをいうと、途中何度もピンチの時期がありました。

「育ての質の高さは、必ず利用実績に裏付けなれるはずだ」

そんな檄をとばしながら、それまでにない新しい療育のスタイルを、これまで血眼になって追い求めてきました。

彼女のあとをなぞらえるが如く、愛情豊かで、向上心の強い、育てのセンスの光る職員も次々と増えてきました。


私が現役の最前線にいられるのも、年齢的にせいぜいがあと10年、

校長であれば、もう退職間際の年齢になってきました。


私と同じことのできる職員はいなくとも、私にはできないことのできる職員は、何人もいます。

彼らの光る才能を見出し、それをうまくプロデュースしながら、ほとばしるような活気のある子どもの育てを実現したい。

これまで歩んできた子どもたちとそのご家族との営みを、社会の中での大きなうねりとして、5年10年と受け継いでいきたい、


教育は人、

ご縁があってここに集いし人たちの命を、子どもの笑顔とともに輝かせてみたい。


誰かの幸せに貢献できることでのみ、人は自分の命の大切さに気付き、より望ましい方向へと歩み始めるものです。

それぞれの職員の大切な一歩をしっかりと見つめながら、これからも共に歩んで進んでいきたいと願っているのです。









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分離教育の終焉

 2016-02-02
私の教室には、中部地方から来てくれる子もいれば、九州地方から来てくれる子もいます。

先日、今大阪の小学校に通う男の子のお母さんからの相談を伺いました。


お父さんの転勤で大阪に来て、どこかにインクルーシヴな学校はないかと検討され、今の学校のある地域に転居されたといいます。

その学校は、すべての子を通常学級で受け入れ、大きな教育効果をあげている学校で、メディアでも何度か紹介された学校です。


実際にそこに通う学校の子どもの様子をお伺いすることができました。

「同じ学校なのに、地域によってここまで違うか」

「以前通っていた地域の学校は、とにかく 検査→薬→分離 といった流れで、まず集団から切り離すことだけを考えていて、実際その分離された空間では、とてもではないが行き届いた教育が行われているとは言いがたい」

「この学校に通うようになってから、子どもの顔が、見違えるように明るくりました」

「この学校を選んで、本当に良かったと思っています」


ただ画一性だけを重んじて、子どもの多様性を受け入れにくい日本の文化、

分けるということと、教育の質の高さと、はき違えて進めている行政の在り方


自分の技術の未熟さを、子どもの障害のせいとすり替えている指導者、

地域によっては、いまだに呪いのように、そんな価値観から抜け出せないところがいくつもあります。


しかし、この大阪の学校だけでなく、分けない教育で、大きな教育効果を上げているところが、全国各地にいくつも出てきました。

白ゆりの、爆発的な利用者の増加や、保護者の圧倒的な支持も、根元はきっと同じところにあるのだと考えています。


このことはもう揺るぎようのない世界の潮流だし、しっかりとした教育や人の真実に根差した流れで、やがては近い将来、抗いようのない方向感をもった新たな時代のパワーとなっていくことでしょう。


古ぼけた頭や、曇りガラスの眼鏡で、平気な顔で、今だに分離がすべてという人も、決していないわけではありません、

いつになったら気が付いていただけますか、


専門的で豊かな教育は、分けるだけでは決して生まれてはきません、

地域や集団から分離して、それで終わりという教育は、もうとっくに終焉しているのです。







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Author:SHINOBU
新大阪教室

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