共に生きるという感性を育む

 2015-12-30
大学院時代に読んだ論文のいくつかに、「幼少期の障がい児との接触や交流体験の有無が、その後のインクルーシヴな感覚形成に大きな影響を与える」 ことが実証されていました。

障害児教育から特別支援教育へと名が変わり、それぞれの子どもの発達にかかわる専門性が社会的に認知されていく流れの中で、その専門性の名のもとに、次から次へと子どもたちが通常の子ども集団の中から分離されていくのを見て、私は何という矛盾・逆行であることかと、ずっと胸を痛めてきました。


それぞれの子どもの特性に合わせた豊かな教育の場の必要性に異議を唱えているわけではありません、

教育と医療との連携を否定しているわけではありません、

ですが、「専門性の名のもとに、子どもをナチュラルな子ども集団から引き離し、セラピストにすべてを丸投げしてしまって、それで教育の役割が終わりみたいなことになっていませんか」 ということを世に問い続けなければならない事例に、次から次へと出会ってきました。


真に高い専門性をもつ者こそ、どの子も同じ子どもの一人であるという、ナチュラルなインクルーシヴな感覚を、その基底にしっかりともっていなければなりません。

どの子も、この世に生をうけた大切な命、

こうした崇高な人間観は、必ず、まっさらな子どもの心にしみわたっていくはずです。


その勝負は、0歳~12歳までの感覚期・少年期に、いかに豊かでナチュラルでインクルーシヴな教育が行われるかどうかにかかっていると、私は思っています。

基本的信頼感も、運動神経も、絶対音感も、大人から始めても決して育たないものがたくさんあるはずです。


私の個別レッスンは、保育園や幼稚園を休んで来てくれる子も多いのです。

ならば、手ぶらで帰すようなことは決して出来ません。

子どもを集団から分離しようとするのであれば、その時間をして、余りある豊かな専門的が担保されなくてはなりません。


すべての子どもは、きっとその子にしか出来ない役割をもって、この世に生を受けたはず、

心の芯からそういう豊かな感覚をもった子は、必ず他者の命を慈しみ、自分の命を大切にする子に育ちます。


共に生きるという感性、

幸せの根元は、きっとこの近くにあります。






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稲刈りだけでは教育とは言えない (教育の下町ロケット)

 2015-12-25
最近、ある5歳の男の子の言語表出が著しく伸びています。

毎週2回、きちんと通ってくれており、ご都合の悪い日は振替をして、支給量いっぱい通ってくれているのです。


こうしたお母さんの大きな期待を背負ってのレッスンだけに、プレッシャーもきついですが、何とか目に見える結果を示すことができて、ほっとした気持ちです。

お母さんは、「白ゆりに来て、子どもは見違えるように伸びた」 と言ってくださいます。

そのことは本当に感謝の気持ちでいっぱいなのですが、この言語表出の伸びについては、たまたま稲刈りの時期に私が前に立っていただけの話で、それは私の手柄でも何でもないのです。


稲刈りの時期に田んぼにいれば、誰だって収穫はできます。

そうではなくて、何もない原野を掘り起こし、そこに水を引き、しろかきをし、田おこしを行い、肥料を施し、ひえぬきをし、干ばつや冷害をしのいでこそ、収穫の日はやってくるのです。

教育は、収穫の時期にいれば目に見えた成果を示すことができますが、真の教育者は、むしろその場にいない方が多いのだと思っています。


この子の言語の田を耕したのは、おそらくは以前通っていたSTの先生のお仕事、

だからこそ、今この場にいる私は、この先生のまいた種を、しっかりと刈り取っていく仕事をさせていただかなければなりません。


先日、「下町ロケット」 を見て、真の技術者の姿を垣間見たような気持になりました。

私も、自分の教育者としての技術に誇りと責任をもち、その道をしっかりと歩み続けていきたい、


その場に私の姿は見えずとも、ロケットは自らの力で、まっすぐに宇宙に向けて突き進んでいくのです。











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母子の旅路

 2015-12-24
隔週で日曜日に通ってくれている中学3年生の男の子がいます。

中3になり、高校進学のために、いくつかの学校に見学に行きました。


その中の、ある理科系の、あるコースの見学が、彼の心に強烈なインパクトを与えました。

どうしてもぼくは、この高校に進学したい、

そこから、今までとは全く違った彼の旅路がスタートしました。


私の教室には、日曜日の夕方に通ってくれていますが、その日も朝からずっと勉強し、その勉強を中断して私の所に来てくれているようです。

45分の勉強時間も、以前は、後半はレクレーションみたいになっていましたが、最近は1分たりともおろそかにしないといった集中モードで学習に取り組んでくれています。

随所で学力も伸びてきており、困難な課題にも食らいついてくるようになりました。


先日中学で、進学に向けた三者面談があったみたいでした。

この点数ではとても難しい、そんな内容を先生から告げられたと聞きます。

それでも彼は、ひるむことなく、その高校を専願で受験する意志は、微動だにしなかったそうです。


母としては、合格しなかった場合のことが心配で、何とも複雑な思いになられているようです。

無理もないことです。

だからといって、今この子から、その目標を奪い取るようなことが出来るはずもありません。


「これまで何度か、似たようなケースに寄り添ってきました。奇跡みたいなことは何度も目にしてきましたが、胸を痛めるようなことは一度もありませんでした」

「満願成就ならそれでよし。そうでなくとも、ここまで真剣に取り組む中から、彼の人生にとってマイナスなことが生まれようはずがない。きっとそれ以上に、他では変えることのことの出来ない大切なものを、彼は手に入れていくに違いありません。神様は、いつも同じ顔では現れません」


教室をあとにする母子の後ろ姿をみつめながら、私の胸にはそんな思いがこみ上げてきたのでありました。





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形だけのインクルージョン(サンタにもらう漢字ドリル)

 2015-12-20
今年1年生になった男の子が、週末のレッスンに来てくれました。

「サンタさんに、何たのんだの?」

私がそう尋ねると、その子は笑顔いっぱいで 「漢字ドリル」 と答えました。

支援学級に通うその子は、みんなと同じ漢字ドリルが何よりもほしかったのです。


それは、奇しくも9年前、今中学3年生になる花子ちゃんが、小学校1年生だった時と、同じ光景でした。

「それは、私の息子が1年生のときも、全く同じでした」

後ろで私たちのレッスンを見ていた白ゆりの指導員も、そう口を揃えました。


「私もみんなと同じ漢字ドリルがほしい」

私の横で、ノートにポタポタと大粒の涙をこぼしたあの日のことを、9年経った今も、私は片時も忘れることができません。


先日、今ドイツに行っている男の子のお母さんからメールをいただきました。

「ドイツの国内法では、障害のある子もない子も同じく、普通の幼稚園に通わせないといけないという法律がある・・」


漢字ドリルをサンタにたのむ・・・

どうして彼のもとには、みんなと同じ漢字ドリルが届かないのでしょうか?

私の教室では、あんなにはりきって毎回漢字練習に取り組んでいるのに、


花子ちゃんは、中学生になり、劇的な書字改善の成長を見せました、

今では、真綿に水が吸い込まれるように、すごい勢いで学習に取り組んでいます。

もしもあのまま、適切な学習環境を提供できないまま、この書字改善がなされなかったとしたら、とりかえしのつかない大きな社会的な損失であったと私は考えています。


お題目だけのインクルージョンなんか、もういらない、

子どもの可能性を信じない教育者なら、いないほうがまし、

本当のサンタクロースは、いったいいつになったら、日本にもやって来るのでしょうか?







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数値では見えない子どもの横顔

 2015-12-17
私は、3歳から18歳まで、様々なタイプの子のレッスンに直接かかわっています。

中心となる教材については、たくさんの子どもたちと、何度も何度も実践現場で磨き上げてきたものです。

中には、百人以上の子どもたちと、一緒に作り上げてきた教材もあるのです。


個別指導の場面で、同じ教材を複数の子どもに使ってみると、必ず前の子とは違った反応があることに気が付きます。

数なら数のプリントを使ってみると、そこから、今その子が育っている数のとらえを伺い知ることができます。

検査数値ではない、教材や指導実践を通して見える、子どものプロフィールがそこにあるのです。


教育者と名が付くからには、テストや検査の点では表しにくい、その子の育ちを読み解く感覚は、ある意味命だと言えます。

数値は、そのことを支える大切な一つの指針であって、決して絶対的な尺度ではないというのが、私の信念です。


あえて画一的にしなければならないことがあるように、逆になるべくバイアスを外して、まっさらで見なくてはならない局面もあります。

私の個別は、ずっとそこを見る時間としていきたい、


廊下を突っ走り、一目散に、弾むような笑顔で指導訓練室に入ってくる子ども、

その息づかいと体温を、いつもしっかりと感じ取っていきたいのです。







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通所支援の成否

 2015-12-15
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白ゆり発達支援センターでは、昨日1日で、43名のお子さまのご利用をいただきました。

一般的な事業所では、就学前・就学後合わせて1日10名定員の所も多いので、この数字がいかに突出したものであるかを推し量ることができます。

何も特別なイベントがあるわけでもなく、日常的に、たくさんの方にご利用いただけるようになってきました。


幼稚園・保育園に通いながら、週に1日2日は、白ゆりに通ってくれる子が増えてきました。

「幼稚園や保育園を休んでまで、白ゆりの発達支援センターに来る理由は何ですか」

ある方にそう尋ねられました。


「地域の一員として、保育園幼稚園の所属がしっかりと確立してこそ、白ゆりの発達支援は初めて生きる」

「白ゆりは、その子がど真ん中の主人公として活動できる場ですから、子どもの表情は輝きます」

「お子様の育ての中で、この二つのバランスがうまくとれているからこそ、一度白ゆりに通い始めた子は、何らかの形でずっと通い続けてくれます」

「白ゆりの人数がここまで増えたのは、新たに入会する人が多いのではなく、一度入会した人が3年・5年とずっとやめないからなのです」


白ゆりは、万能な場所でも何でもありません。

子どもの多様性を受け入れ、どの子も、主体者として生き生きと活動できる場を構成すること、

保護者の願いをしっかりと受け止め、0歳~18歳まで、切れ目のない支援を継続すること、


それが、私たちの専門性、

私たちは、自分たちに出来ること、自分たちにしか出来ないことを明確にして、一人でも多くのお子様の成長と幸せのために、これからもずっと、お役に立ちたいと願っているのです。






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多様性を受け入れる文化

 2015-12-10
いつだったか、眞田先生と一緒にマレーシアに行ったことがあります。

市内中心部のショッピングモールのフードコートで昼食をとりました。


そこには、マレー系の人だけでなく、中国系、アラビア系、インド系、ヨーロッパ系など、ありとあらゆる民族の人が食事をとっていました。

おそらく日本人らしき人は、私たちだけでしたが、日本人だからといって特別な目でみられず、ごく自然に多様な民族の一員として受け入れられている気がしました。


ニューヨークに行ったときも、タクシーの運転手さんが韓国出身で、何だか似たような感覚になったことを思い出しました。

「一緒に来たのは娘さんかい?同じ顔しているからすぐにわかるよ」

もちろん英語でしたが、運転手さんからそのように声をかけられました。


今では、日本でも、電車の中に外国の方がいらっしゃるのはあたり前になり、それを特別な目でみることも少なくなりました。

みんながジーパンなのに、自分だけスーツだと、逆に何だか落ち着かなくなるものです。

日本や島国ですから、単一民族で、教育の世界でも、とかく画一性を重視しがちであった傾向があります。


お年寄りにやさしい街は、きっとそこに住むすべての人にやさしい街であるに違いありません。

それぞれの子どもの特性に応じた豊かな教育が行われている学校は、きっと多くの子どもの目が、きらきらと輝いているに違いありません。


多様性が受け入れられているということは、その世界自体が豊饒であることを意味しています。


白ゆりにくると、子どもの表情が変わると、何度も言われました。

私自身、その秘密を長い間言語で特定することが出来ませんでしたが、もしも言葉に置き換えるとするとならば、それは 「多様性を受け入れる文化=一人一人を尊ぶ文化」 がそこにあるからだと思うようになってきました。


かけがえのないあなたの大切な命、

うちに来てくれる子は、現に0歳から18歳までいて、ホント個性派揃いで、それぞれに何とも言えない持ち味をもっています。


どの子だって、比べようのない大切な子ども、

あなたがいてくれるからこそ、今の白ゆりがあるのです。








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子どもの幸せの中身

 2015-12-07
9月から2か月間、私は今の事業所を認可施設として認めていただくために、その申請手続きに奔走しました。

結果、市街化調整区域のため、設備面でいくつか認可要件を満たさないことが判明し、応募取り下げということになっていました。

議員さん、設計事務所や行政の担当の方などに、大変なお力をいただきながら、管理者としての自分の勉強不足を痛感させられた結果となってしまいました。


今の事業所は、春に75%の定員増を行い、秋にはその定員を大きく超える申し込みをいただく日も増えてきました。

決してこの体制で、やっていけない訳ではありません。


1次審査が通り、トップ同士のプレゼンまでもっていければ、必ず勝機はあると信じていました。

今回願い叶わず、敗者となってしまいましたが、死力を尽くしての戦いを通して、何か新しい気持ちが、私たちの気持ちの中に芽生えてくるのを感じていました。


もしも私が、甘い気持ちでこのことに取り組んでいたのなら、きっと得るものなど何もなかったことでしょう、

「倍返し」 というわけではありませんが、おめおめとこのまま引き下がるわけにはいきません、

静かではありますが、これまでにない熱く深い闘志が、心の中にみなぎってくるのです。



来年度に向けて、職員の面接を行いました、

事業がうまくいっているかどうかの指針は、利用者数の実績だけでなく、職員の離職率で推し量ることができます。


今回、離職希望が0%だったというだけでなく、新たに資格取得を目指す職員や、パートだった職員がその日数を増やしたいと希望したり、常勤で働きたいと言ってくれたりする職員もいたりしました。


職員を、認可施設の職員として正規雇用したい、

そのことも、私が認可施設を目指す一つの大切な事柄でした。


職員は、心血を注いで取り組む私の姿から、きっと多くのことを感じ取ってくれていたに違いありません、

だからこそ、日々の白ゆりの育てに魂がこもり、子どもが変わってくれるのです。



今、高校受験に向けて、母子で血眼になって取り組んでいるご家庭があります。

あのやさしい子どもが、たくましく、心折れずに真剣に学びに取り組むようになりました。

来春に満願成就の花が咲けばそれでよし、そうでなくとも、この高校受験を通してこの子が得るものは計り知れないと思いました。


自分の夢をもつことができる子ども、

それがどんな内容の夢であれ、決して他者と比較できるものはありません。


人は成功から得るものより、失敗から得るものの方がはるかに大きい、

何かにチャレンジする子どもは、本当に美しい、


それが、なぞり書きであろうが、高校受験であろうが、目指すものが何であっても関係ありません。

小さくとも、それぞれに夢や目標のもてる子を、いっぱい育てていきたい。


子どもの幸せのすべては、きっといつも、その方向感から生まれてくるのです。





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マニュアル化出来ないこと

 2015-12-06
医学の分野でも、建設の分野でも、優れた技法などが開発されれば、瞬く間に全国で共有されるシステムが構築されており、その業界全体の技術向上につながっています。

教育の分野でも、発達にかかわる分野で、すぐれた実践などがもっともっと共有化され、多くの教育者のレベルアップにつながっていけばと願わずにいられません。


先日、ある教材を担当の職員につくってもらいました。

すぐに私の指示した通りに作成してくれ、その日のうちに実践現場で使用してみました。


ところが、同じ教材をその職員が使っても、子どもの目が一向に輝かない、

なので、「みててごらん、これはこんなふうに使うんだよ」 とその職員の目の前で使って見せました。

同じプリントでありながら、その子は弾むようにその教材に食いつき、担当の職員は目を丸くしていました。


どうしてこうまで違うのかという理由を語り始めたら、10分や20分では足りません。


私は18歳の時から教育の勉強を始めて、もう40年にもなろうとしています。

その奥義という部分を短い言葉にまとめたり、本にしたりすることは出来ます。


このブログでも、実践例は数多く紹介してきたし、講演会などでも惜しげもなく、そのポイントは示してきました。

だからと言って、それを知ったから、明日からすぐに本当に出来るかといえば、そういうものでもありません。

実践現場で、私が合格というまでの力を付けるには、そばにいて毎日鍛え上げたとしても、最低でも3年はかかると思っています。


噺家や写真家や、芸術家や、舞台芸人、料理人、スタイリストなど、プロですから皆、全員免許皆伝、

マニュアル通りのことは誰にも出来ますが、行列のできる店とつぶれる店とがあるのです。


職人のこの領域の話になると、それはやはり、弟子入りして学ぶ以外の方法はないと、私は思っています。

この職員は、チームの一員ととして、そういうことを学びながら、私には出来ない持ち味で、今子どもたちのために貢献してくれています。


私が個人として追及していくべきここと、組織人としてしなくてはならないこと、

そういうことをしっかりと見据えながら、一歩ずつ前に進んでいきたいと思っているのです。








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基盤さえできれば

 2015-12-03
先日、ある1年生の女の子のレッスンがありました。

3歳の頃からレッスンをさせていただいていましたが、就学前にご主人のお仕事の関係で岡山から転居され、今ではお母さんんのご実家のある大阪の教室に通ってくれています。


小さい頃は、着席し、落ち着いて学習することが苦手なタイプのお子さんでした。

言語によるコミュニケートが十分にとれないことが、こうした行動の課題に結びついているように感じていました。


レッスンを積み重ねていくたびに、非言語ではありますが、活動を通したコミュニケーションが図れるようになりました。

絵カードや紙芝居などに生き生きと取り組み始め、心の通い合いとはこういうことなんだと、たくさんのことをこの子とのレッスンを通して学んでいき、いつの間にか、私にとってかけがえのない子どもの一人となっていきました。


先日のレッスンでこの子は、「アンパンマン」などたくさんの言語表出をみせ、「さようなら」 とあいさつをして帰りました。

数の認知や書字など、まだまだ伸びていってほしい内容はたくさんあります。

しかしながら、こんなふうに言葉を通して、コミュニケートができる場面に遭遇できたことは、私にとっても大変な喜びとなりました。


私が、何ごとにもあきらめず子どもの可能性を信じられる、その源泉は、きっとこうした場面に出会ってきたからに他なりません。

基盤さえできれば、そこに何かを積み上げていく学習は、本当にたのしいもの、

言語によるコミュニケートのパイプがつながったことにより、さらに豊かな可能性がこの子の前に広がっていくに違いありません。


先生のレッスンを受けにいくということで、私は大阪の実家に行きやすくなります、

お母さんは、そんなふうに笑っておられました。


母の愛情と信念が、きっとこの子の言葉の扉をこじ開けたに違いありません。

私はこうした母の気持ちを支えるためにも、自分に与えられたレッスンの一つ一つに真心を込めて取り組んでいきたい。


3歳になるまえから、ずっとずっとこの子の育ちにそり添ってこられた幸せ、

幼稚園の先生といろいろあった出来事も、今となっては、なんだかなつかしく感じます。


このお母さんが、何をもって私に、お子さんを託し続けてくださるのか、

そのお気持ちをしっかり受けとめながら、これからもずっと共に歩み続けていきたいと、心から願っているのです。







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大切さを全国に伝えたい
Author:SHINOBU
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