プロの見立て

 2015-11-28
私は、支援者として、能力的に特に優れているものはありません。

ですが、極めて恵まれた環境にあると思っています。


2歳くらいから18歳までのマンツーマンレッスンの実践を、週に100本近く積み上げている、

おそらくは日本でも有数の実践量、個人としての限界量ギリギリの線を行っているはずです。

そもそも、就学前の子と、就学後の子の双方の実践をもっている人自体が、稀有な話であるはずです。


教材作りにしても、気になる資料があれば自由にいくらでも購入できますし、行こうと思えば研修だって何だって、決裁権は自分自身がもっています。

教材作りや事務の専門スタッフがおり、頼んでいた資料があれば、1時間もしないうちに試作品を持ってきてくれています。


事業ベースでいえば、圧倒的な利用実績の伸びがありますから、人事も予算も事業計画もの一切も、すべて一任された格好です。

すべての職員は、この目で確かめて採用していますから、人柄も抜群で、絶大な信頼感を私に寄せてくれています。


こうした立場で、直接子どもやご家族に向き合っていると、色々なことが見えてきます。

それは、私の能力が優れているのではなくて、このポジションだから見えてくること、

このポジションでしか見えないことがあるのです。


例えば、それは決して断定的なものではありませんが、同じようなタイプの子が、3年後・5年後にどんな感じになっているかは、数値とかではなく、実践例を通して何となく具体的に思い浮かべることができるのです。

私自身の感覚では、こうした見立ては、まず外れることはありません。

だからこそ今、自分のなすべきことが見えてくるのです。


「何年か前に先生がおしゃっていた通りになりました」

「先生のおっしゃっていたことが、結局は1番の正解でした」

長年私の所へ来てくださっている方の何人かは、そうおしゃってくださいます。


もしも私に、出来ることと出来ないことがあったなら、出来ないことの方が圧倒的に多いのです。

だからこそ私は、なすべきその役割をしっかりと見据えながら、何かのことでぜひお役に立ちたいと、心から願っているのです。








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強くて深い気持ち

 2015-11-26
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費用や時間のこともあって、私のレッスンは、月に1回であったり2回であったり、多くても週に1回くらいとなっています。

毎日ではないかからこそ、そこに私のなすべき役割があると信じ、他の機関ではできにくい内容を焦点化して取り組んでいるのです。


そんな中、1回たった30分のレッスンのため、週2回通って来てくれている子がいます。

地域的に言えば、やや遠方からお越しくださっているのですが、いろいろな経過から、週に2回通ってくださることになったのです。


どちらかといえば、最初の頃はかなり苦戦していたことを覚えています。

決してすぐに思い通りに行ったというわけではなく、エラーの度に、その行動を維持している要因について仮説を立て、その背景を読み解きながら、より望ましい学習にしていくための工夫をあれやこれやと繰り返しながらここまで来ました。


雨の日も、風の日も、レッスンが始まる10分以上も前に控室でスタンバイしてくださっていました。

このお気持ちには、何としても応えなければならないと、プレッシャーも決して小さくはありませんでした。


当初は、パズルを放り投げる場面も何度かありました。

でも、いつの間にかそのパズルも得意になり、それを見たお母さんが目を丸くされていました。


エラーを乗り越えていくたに、私と彼との信頼感は確実に増してきました。

言語表出言語は少なくとも、活動を媒介としたコミュニケーションレベルは、決して他者が入りきれないくらい高いものになってきました。


ほとんど表出言語がなかったはずの彼でしたが、指導訓練室から何度も何度も聞こえてくる楽しそうな声に、お母さんが 「あの声は本当にうちの子の声なんですよね」 と信じられないという表情を浮かべておられました。

何という充実感、

この頃では、その週2回のレッスンが、私も待ち遠しくてたまらなくなってきました。


このことは、本当は、私が引き起こしたことでも何でもありません。

すべては、このお母さんの深くて強い気持ちが私に乗り移り、そのオーラが私の手足を勝手に動かして実現させたのです。


母の思いは、きっと何かを突き動かしていく。

この子との実践のあゆみが、また私を、1段高いステージへと押し上げてくれたのです。









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一期一会のレッスン

 2015-11-25
先週1週間で、何人の子どものレッスンを行ったか数えてみると、91人の子のレッスンをさせていただいていました。

1日平均13人、

それはしっかりと日常となっているはずなのですが、この数字だけを見ると、さすがの私も少し驚きました。


レッスン時間は30~45分と様々ではありますが、プライベートなレッスンも含めると、土曜日も日曜日祝日も、フル稼働で子どもに向き合う毎日が続いています。

こうしたレッスンを、何年も続けているのですから、何かしらコツというか、ポイントみたいなものも見えてきます。


レッスンのスタイルというか、枠組みについてはほとんど変わらず、ある意味マンネリ・ワンパターンの連続ですが、レッスンの中身はというと、似たようなレッスンはあっても、全く同じレッスンというのは一つとしてありません。

マンツーマンレッスンですので、前回の記録を見て、毎回それぞれの子にオーダーメード教材を仕込んでいきます。

それがたとえ10人だろうが、20人だろうが、レッスンが始まる前には、必ず一人一人の教材を私が用意します。


中心教材となっているものには、何年も連続して使っているものもありますが、1日のレッスンのうちのいくつかは、必ず全前回とは違う新しい内容を盛り込んでいくように心がけています。

そして、ちょうどそこにある木々が毎年同じように見えても、日々成長を続けているように、私の教材も、何年か経つうちに少しずつ改善され、新しいものへと生まれ変わっていく、

こうした毎日の実践が、今の私の内容を支え続けているのだと考えています。


一期一会のレッスン、

私の大好きな言葉です。


子どもと向き合っているそのときには、ただあなたのことだけを考えながら、そのことだけに集中できる時間をこれからもずっと積み上げていきたい、

たとえそれがわずかであっても、少しでも今より豊かな学びの時間を構成していきたいと、心の芯から願っているのです。









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晴れの日

 2015-11-23
先日、ある中学生の男の子が、作文のコンクールの最優秀に選ばれました。

表彰式が、300人規模の会場で行われました。

大弾幕には、中学生の部最優秀として、その子の名前が大きく掲示されていました。


こんな大会場で作文を披露するにあたって、もしも緊張して何も言えなくなったり、会場そのものに行けなくなってしまったら、逆にこの子にとって取り返しのつかない傷になってしまうのではないか、

そんな心配が、ご両親の頭をよぎったのも無理のない話です。


お母さんがその会場に入ったとたん、遠い昔、その子が保育園の発表会で来た、同じ会場であることに気が付きました。

その時は、みんなと同じ舞台に立つことが出来ず、会場の隅から、他の園児のパフォーマンスを遠く眺めていたと聞いています。

その時のお母さんの切ない思いは、いかばかりであったことでしょう。


私がこの子の支援をさせていただいたのは、確か小学校1年生の後半からであったと思います。

あれからもう7年も経とうとしています。


その間、この子を中心にして、家族が心を一つにして前に進んでいく歩みを、サポートさせていただいてきました。

私の教室まで、車で1時間以上もかけ、特別な用事がない限りは、毎回欠かさずずっと通い続けてくださいました。


ある日その子は、手に夏野菜をいっぱい抱えて、私の教室に入ってきました。

「これ、ぼくが家の畑で作った野菜です、食べてください」

作文を発表する場面の一部を、ビデオで拝見させていただきましたが、今回のこの作文にはきっと、家族の支えの中で野菜づくりを通して自分らしさを見つめていく過程が綴られているに違いありません。


作文を発表するにあたり、学校の先生から、本人への意思確認があったといいます。

「やります」

と力強く答えたその子の表情から、昼休みには、学校の先生と何度も何度もその練習に取り組んだということです。


今回、思いもかけずこんな大舞台に立つことになった彼ですが、たとえそうでなくとも、やがていつかは何らかの形で、彼には晴れの日がやって来たに違いないと考えています。

今回、中学校生活のハイライトの瞬間を鮮やかに成し遂げた彼に、心からの拍手を送らずにはいられません。


ご家族にとっての晴れの日は、支援者の私にとっても大切な瞬間です。

その一コマを共有できてたことを、とても幸せに思います。


こんな大舞台に立たずとも、どの子にも、大切な瞬間はきっとやって来る、

私の所に通えるということは、きっとそういうこと、

だからこそ、そのつながりを断ち切ることはあってはなりません。


今日は京都への出張レッスン、

京都へ通うようになってから、もう何年になったことでしょう。

そのための大切なレッスンの一つ一つを、今日もしっかりと積み上げていきたいと、心から願っているのです。





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美しい教材

 2015-11-20
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中学生の子どもに、英語学習の楽しさを感じ取らせたい、

そんな思いで、ここ何か月か英語教材の開発に取り組み、さっそく実践場面で使ってみました。


ずいぶん前から構想を練っていたし、教材作りに欠かせない素材も吟味してきただけあって、その手応えは上々、

明らかに子どもの目の色が違ってきているのが見て取れます。


自分も、みんなと同じように英語の勉強をしてきたい、

誰もがもつそんな願いに、これまでなかなか応えてやることが出来ませんでした。

今は、教材開発を専門に手伝ってくれるスタッフがいるので、私の指示やプロデュースがしっかりしていれば、瞬く間にそれが形となって現れてきます。


この教材を作ってくれた職員は、次のように私に話してくれました。

「先生、私の息子も中学生のときに、なかなかわが子に合った英語教材が見つからず、ずいぶん悲しい思いをしてきました。」

「私は、これから出会う子どもたちにために、そんな経験を少しでも生かしていきたいのです。」


魂のこもった教材開発は、こんなふうに美しい教材を生み出していく、

子どもたちのためにと、こうした思いと私の専門性とを紡いでいく作業。


そこにあるものが、きっと本物なのに違いありません、

今、なすべき道が、私たちの前に果てしなく広がっているのです。







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作文指導のスモールステップ

 2015-11-17
1年生の 「くじらぐも」 のワークに、こんな問題がありました。


「 かえっていく くじらぐもさんに おてがみをかきましょう。 」

「 くじらぐもさん、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



はじめてこんな問題に出会ったけいた君は、何をどうしたらよいかわからず、固まってしまいました。

さて、あなたなら、どんなサポートを工夫しますか?


私は、小さなメモ用紙数枚に、次のようなフレーズを書き込んで子どもに提示しました。


A 「またきてね」

B 「たのしかったよ」

C 「ありがとう」

D 「だいすきだよ」

E 「さようなら」


さあ、どれかこの中から2つか、3つ選んで並べてごらん、

私がそう子どもに投げかけると、その子は

「 くじらぐもさん たのしかったよ またきてね 」

と、いうフレーズを作りました。


「 またきてね くじらぐもさん だいすきだよ」 でも

「 さようなら ありがとう たのしかったよ 」 でも、

その子のチョイス次第でオリジナルなフレーズはいくつも構成できます。


創造は経験の再構成、

もとになるフレーズをいくつか示し、それを選択させる支援によって、活動はずいぶん楽しくなります。


「どうして出来ない?」ではなくて、「どうしたら出来るか☆」

支援者の力量こそ、まさに経験の再構成なのかも知れません。








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実践者の通知表

 2015-11-16
週末には、大阪の教室のレッスンに行きました。

大阪は、実践者の私を育ててくれる場所、

そう思いながら、いつも岡山から大阪まで通っています。


補助金などいただくと、何かと思い通りにいかないことも多くなっていきます。

大阪の教室は、100%私個人の教室なので、公的な支援は一切受けず、交通費も家賃もすべて私の自己責任、

そういうこともあって、ご家族の皆様には、1回わずか1時間足らずのレッスンに、かなりの額のご負担をいただいてご利用いただくようお願いしているのです。


毎回この時期になると、来年度以降のレッスンのご希望についてお伺いさせていただいています。

たとえどんなにすばらしいとお褒めいただいたとしても、具体的に次年度以降のレッスンをご予約いただけるかどうか、

即ちそれが、私のレッスンの通知表となっているのです。


誰だって、無駄なことには1円のお金だって使いたくはないはず、

費用を払ってでも、質の高いレッスンをわが子に受けさせたい、

そういうご家族の期待が、私の肩にずっしりとのしかかります。


私の今の力量は、こうした実践の積み重ねによって培われてきたものです。

大阪の武者修行でトライした新しい技が、岡山の多くの子どものレッスンにも生かされているのです。


ご家族からいただいた予約表の一つ一つの○印は、私のとっては限りなく重く大切なもの、

そのご期待をしっかりと受け止めながら、私はさらに次のステージを目指していきたいと願っているのです。







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学習場面での合理的な配慮

 2015-11-13
どんな支援を工夫すれば、それまで教科学習のベースに乗りにくかった子にも、教科学習を学ぶ楽しさと誇りを体感させることができるか、

今やそれは、私のライフワークの中で、最も大切な柱の一つとなっています。


ある子のお父さんが、発達支援センターが併設されている白ゆり保育園にどうしても通わせたい、とおっしゃってくださいました。

「白ゆりに来てから、見違えるように子どもの表情が生き生きとしてきた」

と、高い評価をしてくださるもので、いったいどんな育てをしているのか見学させていただきたいということになり、教育委員会の方がわざわざ視察にお越しくださいました。

発達支援センターでの個別レッスンも、保育園の園長先生と一緒に参観していただきました。


ちょうと文字・数字のイメージ化ができつつあるレベルでしたので、自分で言うのもなんですが、絶妙のレベルの教材提示と支援で、その子の数や言語の感覚をブラッシュアップする場面を見ていただくことができました。

当初は、この指導主事さんが私がやっていることをどこまで理解できるか確かめてやろうと、少し意地悪な気持ちもありましたが、それはそれは大変驚いてお帰りになってくださいました。

私も以前、嘱託の指導主事をした経験がありますから、いい指導主事さんでよかったと、胸をなでおろすような気持になりました。


適切な支援さえあれば、教科学習のベースに乗れない子どもはいない、

教科のベースに子どもを乗せることができないのは、それは子どものせいではなくて、自分の力量が至らないからだ、

そう思って私は今日まで、一つ一つのレッスンに向き合ってきました。


もしも文字が視覚的に認知できなのであれば、聴覚的な言語と文字言語との接点を探ればいい、

もしも手指の巧緻性の課題が大きく、上手に文字が書けないのであれば、単語を選んで紙に貼っていく学習から始めればいい、


そういう学習を一定時間積み上げれば、必ず新しい道が拓けていく、

子どもの可能性が広がっていく、

そういう育ちに、私は何度も遭遇してきました。


学習場面での合理的な配慮とは、つまりはそういうことなんだと考えています。

誰だって得意なことと苦手なことはあるはずです。

どの子も自分の特性に応じた豊かな教育を受ける権利をもって生まれてきたはずです。


その当たり前のことが、当たり前に行うことができる世の中は、きっと今よりずっとすてきな世の中になっているに違いありません。

そのために、今自分がなすべきことは何か、

自分の実践の積み上げが、少しでもそんなことのお役に立てるのであれば、こんな幸せはことはない。


どんな子も、どんな人も、一人一人の命が輝く世の中に、

私は自分の仕事を通して、そんな人の真実を、しっかりと見つめていきたいと、心から願っているのです。








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家族の願いを具現化する

 2015-11-05
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先日、正面玄関の掲示コーナーに、以下のような内容のものを掲示しました。



  ☘☘☘  白ゆりの児童  ☘☘☘

☘  すべての児童は、人として尊ばれる。

☘ すべての児童は、特性理解に基づいた内容豊かな 教育を受ける権利を有している。

☘ すべての児童は、安全で豊かな環境で育てられ、 放任、身体拘束、偏見、差別、虐待、風評被害、 無理解など不当な扱いから守られる。

☘ すべての児童は、愛情と信頼によって結ばれ、自分らしさを発揮しながら、社会の中で自己実現で きるよう育てられる。






私は今日まで、ただ一人一人の子どもの成長とご家族の幸せのために何をすべきかだけを考えて前に前にと進んできました。

その一人一人の子どもとご家族の願いを集約したら、きっとこんな言葉になる。


この 「白ゆりの児童」 という掲示は、児童憲章を参考に、そんな私の思いを文章にまとめたものです。

こんな当たり前のことを、あえて掲示しなければならない現実、

その現実にひるむことなく立ち向かっていくための、その決意を深さを示すために、今回掲示コーナーの一番目立つ部分に配置しました。


それぞれの子が、社会の中で、当たり前のように受け入れられ、自己実現していく世の中、

それはきっと、すべての人の幸せと密接に関係しているのだと、私は考えています。


そのために、自分がなすべき役割は、いったい何なのか?

これからもずっと、そのことを見つめながら、力強く歩んでいきたいと、心から願っているのです。





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教育のリーダー

 2015-11-02
学校現場にいてよく思ったことですが、子どもからも親からも慕われる優秀な先生は、すぐに教育委員会や管理職に引き抜かれて、臨床の最前線いる機会がかなり短くなってしまう傾向があります。

スポーツ選手でも、ドクターでも、臨床の最前線にいる者のほうが、監督や管理職より給料も多いし、実績も評価されるのに、教育界がこれではスーパースターみたいな先生は育たないと、危惧したものです。


私は実践者としてのモチベーションは高いのですが、管理者としての能力は並以下だと思っています。

管理者でありながら、実践から一歩も軸足を移さないでいたのは、そういう自分の特性を思い知っていたからです。


教育実践を積み上げていくのは、本当に楽しいものです。

「土曜日も日曜日も休みなしで大変ですね」

これまで何人もの方にそう言われました。

別にそれほどお金に困っているわけでもないので、嫌ならすぐにでもやめればいいのですが、それが大変だと思ったことなど一度もありませんし、やめたいとは決して思いません。

これがなければ、自分がしょぼくれてしまうのを、一番知っているのは自分自身であるからです。


いつの頃からか、こんなふうに教員をやめてまで、好き放題の仕事ができるのは、自分が特別に恵まれた環境にいるからだと思うようになりました。

多くの人は、実践現場にいたくても、そんなわがままは言わせてもらえないのだと、思うようになりました。


気が付くと、白ゆりの発達支援は、月間利用者数が700人にも迫る、通所支援事業所としては最大級の事業規模になっていました。

一人一人の子どもとご家族に寄り添う支援を標榜し、管理職でありながら、臨床の最前線で日々取り組む白ゆりの育てが、多くの方のご支持をいただいた結果と思っています。

私がどんなに実践現場で頑張ろうが、それはそれで意味のあることですが、だからと言ってここまでの規模になると、管理者としての責任の重さが普通ではなくなってきました。


私が実践現場に居続け、白ゆりらしさを保っていくためには、管理者としての責任を、今後人並み以上に成し遂げなければならないと思うようになりました。

そういう意味で、休み返上で働こうが何だろうが、私はやりたいこと自由にやってきただけで、そんなことは偉くも何ともありません。

同じ環境にいる者ならきっと誰でもできたことで、管理者としては全く甘く、心がけが不十分であったと猛省しています。


臨床から去るくらいなら、私は管理者を先に辞めます。

それが教育者としての、私の誇りです。


豊かな臨床を積み上げ、今後も多くの子どもたちとご家族の願いにかなう仕事を続けられるのであれば、組織のリーダーとしての仕事を一人前に成し遂げ、後進を育て、組織を盤石にしたのちにまた一人の実践者に戻ろう、

そう心に誓いました。


私に残された時間は、無限ではありません、

主体者としての子どもとご家族の願いにかなう新しい教育の形を臨床場面で具現化し、それを世に問い、教育の新しいうねりを巻き起こしたい。


すべては子どもの成長と、ご家族の幸せにために








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大切さを全国に伝えたい
Author:SHINOBU
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