白ゆりの春
2014-03-29


春休みになり、高知から4月から2年生になる男の子が、グループレッスンに来てくれました。
これまでは、マンツーマンレッスンだけのご利用でしたので、適応には少し時間がかかるかなって思っていました。
案の定、初日には少し不安定になり、なかなかお母さんから分離することができにくい状態でした。
今回は、春休みを利用して、3日間続けて来ていただける予定になっていましたから、きっと2日目以降は違った展開になると考えていました。
ありのままの子どものすがたを受け入れること、
大切な仲間として、心の底から、ウエルカムの心で接すること、
行動の根元にある不安感を理解してやること、
そうした私たち気持ちを、非言語のメッセージとして、子どもの心に響かせていくこと、
これまで、数多くの子どもたちが、この白ゆりで心を開き、信じられないくらいの行動改善の実績を残して行きました、
「白ゆりに来ると、子どもの表情が変わる」
私たちは、そのことに何よりの喜びと誇りを感じ、大切なホスタビリティの質を見つめてきました。
本当にここに来て良かったです、
お母さんは、私にそのようにお伝えくださいました。
3日間のレッスンを最後までやりとげ、その子は、その日のうちに高知へ帰って行きました。
学童ケアリングレッスン、
行動改善のために、支援者としてなすべき役割、
私の願ったレッスンのスタイルは、子どもたちの笑顔に支えられながら、大切な歩みを続けているのです。
先日も大変お世話になりましてありがとうございました。
いつものレッスンとは違う環境に、初日は、不安で不安でという様子でしたが、
その夜も二日目の朝も、レッスンに行きたくない、やめるという、言葉が出ることは
一度もなく、三日目の朝は、行ってきますと言って親から離れることができたことに、
今までいろいろな環境変化に弱いわが子がと!嬉しい驚きでした。
そして、白ゆりの魔法は、私のつたない言葉では、うまくお伝えできないのですが、
子どもの心の根っこの部分に、栄養をくださったなと今日も実感しています。
私も、少しの時間、同席させていただいたり、先生方とお話をさせていただく中で、
SHINOBU先生が子供の存在をありのまま受け止めてくださり、可能性を信じてくださっている
その思いが、白ゆり全体に流れているのが実感でき、グループレッスンの機会をいただけた幸せを
嬉しく思っています。
これからも、まだまだ課題は、たくさんある事と思いますが、宜しくお願い致します。
ありがとうございました。

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医療と教育の接点
2014-03-26
今日は、いつもスーパーバイズをお願いしている岡山大学の眞田Drの所にご挨拶にでかけました。昼食をごちそうになりながら、子どもの認知特性と染色体の相関について、私の方からは実践レベルで日々感じていることをお伝えしました。
医療的な側面から、例えばダウン症について明らかになっていることは多いが、そのことの学習との関連や、その特性に応じた有効な学習支援の方略については、まだまだ実証されていない部分がたくさんある、
SHINOBU君が、イメージとしてつかんでいる指導技術を、単にイメージのままで終わらせないで、ロジックなベースでしっかりと検証すること、
それが、あなたがすべき次の仕事ではありませんか、というご助言をいただきました。
つまりそれは、論文を書けということなのですが、「はい、わかりました、それじゃあすぐに」 というわけにもいきません、
眞田先生がご指導してくださるからには、中途半端なことはできないし、果たしてそのご期待に添えるだけの力量が今の自分にあるかといえば、不安でたまりません、
しかし、2度とないチャンスであることには、違いありません
もしもそのことが、これまで出会った多くの子どもたちとご家族への恩返しになるのなら、
これから生まれてくる大切な命の幸せや成長に寄与できるのであれば、
それが、もしもそれが、今このポジションにいる者として、果たさなくてはならない使命であるのなら、
チャレンジしてみるべきではないか?
そんな気持ちにもなってきました。
今でも、ギリギリの所で仕事をしている自分に、本当に時間的、力量的なスペースが残っているのか、甚だ不安ではあります、
今すぐにはお返事できませんが、この機を逃すと二度と同じようなチャンスはありません、
今、私が本当に私のすべきことは何なのか?
そのことについて、もう一度しっかりと見つめてみようと思っています。
この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2014-03-28)

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こんなにも楽しい 個に寄り添う学び
2014-03-25

子どもは、集団で伸びるもの
集団の中に居場所のない教育などありえない
このブログを始めて以来、一貫してお伝えしてきた私の大切なメッセージの一つです
しかし、ただ場所を同じくするだけで、ノーケアで集団に投げ入れておれば、それで育つというものでもありません。
「すべての子どもに集団での学びと、特性に応じた適切な個別指導の場を」
そのことを具体的な実践を通してお伝えすることこそが、6年間・1000本以上の記事を通して私が行ってきたことであるのです。
教員時代、やりたくてもやれなかった個別指導、
私は20年以上の教員生活のツケを、これから生涯をかけて償っていくつもりです。
今度6年生になるある男の子、
支援学級に在籍しています。
今、私はこの子の特別な才能に注目しています。
それは、ものの形をとらえたり、そうしたことを表現する巧緻性にとても優れているという点です。
週に一度通ってくれていますが、今では毎回の中心教材を「図形」の領域にどかんと置いた構成にしています。
文科省指導書の解説編によると、「図形」領域のポイントとして、
「図形の意味と性質について理解すること,図形についての感覚を豊かにすること,図形の見方を生活や学習に活用できるようにすることを重視する。例えば,低学年から高学年にわたって,様々な図形をかいたり,作ったり,敷き詰めた形や大きさを比べたりする内容を指導するとともに,平面図形と立体図形の両者をバランスよく指導する。また,高学年では図形の合同や拡大図・縮図などの内容を指導する」
とあります。
そうそう、こうした感覚を育てていくために、実際に図形を通した体験的・作業的な算数的な活動を日々積み上げていかなくて、いったいどうやって育てていくことができるのでしょう。
もちろん、苦手な言語の指導をあきらめてしまっているわけではありません、
しかしながら、この先この子が、アイデンティティを確立し、このことを通して自己実現していくためには、自分の最も得意なこと、モチベーションの上がる内容をもってして、社会に貢献していくに違いないのです、
ならば今、青年期の入口へと差し掛かろうとしているこの子に、支援者としての私がしてやれることは何か、
答は自ずから決まってくるというものです。
この日、折り紙を半分の折り、二等辺三角形を作成した彼は、切り取られた折り紙の方に着目して、
「ズボンができた〜」
と、お気に入りの表情を私に見せました。
いやいや、注目してほしいのは、そっちじゃなくって、切り取った二等辺三角形の方なんだけど〜と思いながら、切り取った三角形や、描かれた図形をみると、しっかりした直線で、完成度はとても高い。
きっと、この部分に関してみれば、私が小学校の頃のものと比べて、格段に精度が高いわけです。
ここでの算数学習では、算数科の4領域を平均的に網羅するのではなく、この子の場合には、図形領域に特化して、この子の内発性や学びのストーリーを見つめながら、1年生から6年生までの内容を、大胆に組み替えた学習計画を構成していくことになります。
この子にしてやれるのは、週に1回、わずか数十分の時間にしか過ぎません、
だからこそ、せめて与えられたその時間は、この子のためだけに、私のできることを精一杯取り組んでみたい、
この子の支援学級の先生は、以前の私の同僚で、愛情豊かで、すばらしい実践を積み上げておられる先生です
集団の学びがあってこそ初めて生きる個別指導、
私のめざす一つの形は、こんなところにもあるのです。

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肯定感を培う子どもの学び
2014-03-21
4月29日に、「岡山県LD等発達障害親の会:はあとりんく」 の平成26年度総会記念講演会で、お話をさせていただくことになりました。はあとりんくも今年で3年を経過し、子どもたちとの豊かな学びと成長のため、ますます充実した活動に取り組んでおられます。
今は、特別な場合を除いて、県内での講演会はお断りをさせていただいているのですが、会長さんをはじめ、設立に向けてお力を尽くされた何人かの方とは、お子さんの個別学習の機会を通して、ずっとお世話になって来た経緯もあって、この度、講演をお引き受けさせていただくことにしました。
子どもにとっての学びは、自立と社会参加に向け、それぞれの子が、自尊心とアイデンティティを確立していくために、なくてはならないもの
学級集団の中にしっかりとした居場所や役割があった上で、それぞれの子どもの認知特性に応じた個別的な学びを豊かに構成していくことが、どれだけ子どもの肯定感を培うことにつながるのかを、理論だけではなく、具体的な実践例を通して、広く世に情報発信していきたい、
それが私の活動の原点であるわけです。
日々お世話になっている方々の前でお話するのは、何だか緊張してしまいますが、お引き受けした以上は、自分自身もその実戦を整理して、何か一つ大切なことを醸し出していきたい、
また、新しい出会いも生まれるかも知れない、
一歩踏み出すことで、何かが生まれて来ることは、ご家族のサポートをさせていただきながらいつも感じていること、
新しい春は、もうそこまで来ているのかも知れません。


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学びが子どもの自立に果たす役割
2014-03-19
人に言うと、なかなか信じてもらえなかったりもするのですが、実は私、自分のレッスンが、お金をいただくに値するものなのかどうか不安になることがしばしばあります。これではイカンと、その不安を打ち消すために日々努力を重ねているのというのが、心の奥底にある一つのエネルギーでもあるわけです。
数ある教育機関・療育機関数ある中で、遠くから交通費を負担していただき、数年にもわたる期間、ずっと私のレッスンを選んで受けてくださる、
そうした事実が、時として、私の不安な気持ちを一掃してくれます、
本当にありがたいこと、名誉なことと、感謝の気持ちでいっぱいになるのです。
この期待を決して裏切ってはならない、ということも、私のレッスンを支えているもう一つの源泉になっています。
毎日、真剣勝負で、10近くのレッスンをしていると、こんな私でも、年に何回か目の鱗が落ちるように、具体的なレッスンのヒントに出会う瞬間があります。
新卒からいうと、教育の仕事にもう30年近く携わっているわけですが、正直、まだまだ未熟なところがたくさんあるのです。
だからこそ、そこに迫る糸口を見つけたときの、快感は最高です。
こういう感覚をつかんだときは、面白いように、すぐさま子どもの表情に跳ね返ってきます、
そういう日には、ご家族の方から、その日のうちに感謝のメールをいただくことがほとんどです。
3年前、事業としてこの仕事を始めたとき、1年単位で事業を見ると、大きな負債が残ってしまいました。
1年目だから当たり前、
心のどこかにあった私の甘い気持ちは、理事会の事業報告で、木っ端みじんに吹き飛んでしまいました。
トップに立つ者には、どんな言い訳も許されない、
責任者になった以上は、普通の暮らしのすべては捨てる、
口には出しませんでしたが、その年の理事会で、私はそう心に決めました。
今年のお正月は、元日の朝10時には、教室にこもって仕事をしていました。
いったんそう腹をくくってしまうと、そんなことは苦にも何にもなりません。
遊びたいとか、いい車に乗りたいとか、そういう気持ちもまったくありません。
この仕事が、誰かのためになっていると感じることさえ出来れば、それ以上の幸せはないのです。
先日、神戸の大学に通う娘と食事に行きました、
仕送り以外、親らしいことは何もしていない私、
下宿暮らしも楽ではなかろうと、わずかの小遣いを渡すと、娘は飛び上がって喜びました。
保育士になりたい、大学での研究もがんばりたいと、うれしいことを言ってくれました。
事業が軌道に乗らない時期は、自己資金をすべてそれに回してもやりくりがつかず、金策に胸が押しつぶされる毎日でした、
あの時の苦労を、私は生涯、忘れることはできません。
初年度のべ1600人位だった利用者は、本年度は5000人を超えるまでになりました。
新規事業の指定もいただき、新しい園舎も来春には完成の見込みとなりました。
そのすべての源は、一人の子どもの学びと育ちに寄り添う所から生まれてきました。
自分に対する不安やおそれ、
人の行動を規定するエネルギーは、案外そんなところにあるものです。
だからこそ、自分の命が、他者と必要とされていると感じることで、人は自己実現の道を歩み始める、
そのためには、子どもの場合は、学びを中心に据えた、指導者との心の通い合いとコミュニケートこそが、欠くことのできない必要条件、
子どもが、友達から、家族から、地域から、社会から、自分が必要とされている存在であることを、心の芯から感じ取らせたい。
あなたには、あなたにした出来ない役割があることを、学びと育てのプロセスを通して、ずっとずっと伝え続けたい。
白ゆりの子どもが、変わる秘密がここにある、
私のレッスンを、選んでくださる理由がここにある、
白ゆりの発達支援は、この先もずっとそこに軸足を置いて進めて行く、
自立支援とは、目先の単調な職業訓練を意味するのではない、
学びこそが、教育こそが、子どもの自立に向けての最大のアプローチであることを、私は子どもの育てを通して、ずっと世に示して行きたいと願っているのです。

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小さな子どもの願い
2014-03-16

先日、うちの教室に新しいコピー機がやってきました。
今まで使っていたコピー機は、酷使につぐ酷使で、紙送りは出来なくなるわ、文字は薄くなるわ、紙面は汚れるわで、ついに使い物にならなくなってしまいました。
私が一人で個別指導をやっていた時には、もちろんコピー機もなく、小さなプリンターを、それこそ使用不能になるまで使い込んだものでした。
あのスキャナとプリンターで、いったいどれだけの教材を作ったことでしょう、
今から思うと完成度はホントに低いものだったと思いますが、まさに手作りで、愛おしくなるような思いです。
来週、行政の指導の会があるのですが、その会には、中堅の指導員の先生に行ってもらうことにしました。
その間、所長の私は何をやっているのかというと、3人の子の個別指導をやっているのです。
もちろん、ここで起こることのすべては自分が責任をとると覚悟は決めていて、公費をいただく行政からの指導は、とても大切に考えています。
しかし、ここの事業のすべては、一人の子どもの小さな願いに寄り添うことの積み重ねによって成り立っていることを、誰よりも深く理解しているのは、私以外にありえません。
小さなプリンターから、こんな立派なコピー機が買えるようにまで、私たちを育ててくれたのは誰?
それは一人一人の子どもたち、
そして強い気持ちと深い愛情をおもちのご家族の皆様、
感謝の思いでいっぱいです。
どんなに状況が変化しようが、建物が立派になろうが、今後もここから軸足を動かすつもりは全くありません。
管理者としての私の能力は、たかが知れています、
それよりも私は、誇り高き実践者のリーダーであり続けたい。
教材づくりに試行錯誤を続けたあの時間、
ぼろぼろの体をひきずるようにして訪ねた県外でのレッスン、
その時には分からなかったけれど、そこから生まれた魂は、しっかりと今でも息づいているのです。
あの時があったからこそ、今の私がある。
子どもの願いに寄り添う小さな実践の積み重ね、
それ以上の宝物はどこにもないと、私は心の芯から信じているのです。

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君の自立のために
2014-03-14
人は、地域であったり、学校であったり、家族であったり、自分を取り巻く人の輪の中で、他者から必要とされていると実感をもつことによって初めて、肯定感を培うことができるものです。そのためには、言語であれ、非言語であれ、心通わすコミュニケーションの内容が、特に大切であると私は考えています。
学びは、社会が子どもたちにプレゼントしたかけがえのない大切な時間、
その一つ一つの学びを積み上げていく、大切な営みの中で子どもは、自己のアイデンティティを確立していくのです。
どの子にも、その子にしかできない大切な役割をもっています、
それは、単に経済的な金額や、社会的なステータスといった、うすっぺらい物差しで計れるようなものではありません、
私の今は、多くの子どもたちとの、真剣な学びの積み重ねによって成り立っています、
一人一人の子どたちとの学びの積み重ね、
そのどの一つが欠けたとしても、決して今の私はあり得ないと思っています。
その子が抱えている課題を、決して軽んじることがあってはなりません、
しかし、課題が重いから、それで不幸だということでもありません。
重い課題に立ち向かいながらも、明るく、一生懸命勉強している君の横顔が、
何とステキで、輝いて見えることでしょう。
君の命のクオリティを計るものさしなんて、どこにもあるわけがありません、
私は、その尊い学びの1ページを、ていねいにていねいに紡いでいくことで、自分の生きている意味を確かめているのです。
君がそこにいなければ、私の命の輝きなんて、考えることはできません、
なくてはならない、あなたの命、
自分が社会から必要とされていることを、心の芯から、君に感じ取ってもらえるまで、
自分のなすべき役割を、しっかりとその目で見据えることができるまで、
私と君との学びの旅路は続いていくのです。
君の自立とは、つまりそういうこと
教育とは、そこへ向かって歩む道のりであると、私はずっと信じているのです。

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文字言語·理解言語を、豊かにつなげていく支援
2014-03-10

この絵本のページには、ピラミッドの上を飛ぶ 「どきんUFO」 が描かれています。
アンパンマンを題材にした絵本ですが、扱い方によっては、子どもを食い入るようにひきつけることができます。
子どもによっても違いますが、ひらがなの一音一音がしっかりと読め、単語レベルの読みに手が届いてきた子には、私はこのアンパンマンの絵本を教材として使うことが多いです。
子どもの聴覚性のメモリーには、一定の容量があります、
読み聞かせをするときに、1ページあたりの文字情報が、子どものメモリーの容量を無視して行うと、大概の場合、子どもはイメージと言語情報とを紡ぐことができなくなって、途中で投げ出してしまうことが多いのです。
子どものメモリーや、理解言語の容量や質を理解し、その子に合わせて題材を自由自在にアレンジして子どもをひきつけることが、個別指導場面での支援者の才覚であり、腕の見せ所をということになります。
その技がツボにはまると、それまでとは打って変わって、絵本やお話が大好きな子に変身させることだって可能です。
こうして、素材の魅力と、子どもの育ち、そして教育的なねらいの3つを融合させることが、私が日々チャレンジしている営みの中心ということになります。
今日は、かれんちゃんとのレッスンの日でしたが、「つぎ読んで」「つぎ読んで」と、このシリーズ6冊の本全部読破してしまいました。
これさえつかめば、アンパンマンではない題材の魅力も、かれんちゃんに伝えることができるかも知れない、
ここまで言語が豊かに育ってきましたからね、
私の夢が、また一つしっかりとふくらんできた1日になったのでありました。

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九九の学習から見える 継次処理優位の子への支援のポイント
2014-03-07

ある女の子と、九九の学習をしていたときの出来事です。
4の段の九九を唱えさせると、「しいちがし」 「しにがはち」 とすらすらと答えることができます。
ところが、いざプリントとなって回答を見ると、「4×7=49」となっています。
どうしてこんなエラーが起こるのでしょう?
この子は、聴覚性の言語で、「しいち」から順に唱えさせると、エラーはほとんど見られません。
ですが、文字(視覚性の言語)を認知する力は、聴覚性のものと比べると、かなりの乖離が見られます。
「4×7」という文字を見て、それを「ししち」と内言語化するプロセスの中で、「しちしち」というエラーが起こり、答えが49となってしまったわけです。
こんな子の九九の指導で「4×7」という場面でエラーが起こったら、私なら、「しご?」{しろく?」と聴覚性の言語で補助発問をします。
そうすれば、この子の場合は、ほぼまちがいなく「ししちにじゅうはち」と修正することができます。
こうした支援を入れながら、段階的にそれをフェードアウトし、徐々にその力をつけていくやり方が、今私がこの子にしてやれることだと考えながら、毎回のレッスンの数分間は継続的に九九学習を取り入れることにしてます。
いつかはできる、
かならずできる、
そこへ向かって歩む学びの道のりに、早いも遅いも関係ない
そこへ向かって進んでいく方向感こそが、子どもの内発性を支えていくのです。
これがすべてではないけれど、こういう子どもの育てもあるということを知っておくことで、それぞれがなすべき役割も明確になっていきます。
私の支えは、豊かな学校教育の学びがあってこそ、初めて生きるものなのです。
この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2014-03-09)

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フェードアウトできてこそ 真の支援
2014-03-04
気が付けばもう3月、進級進学など、新しい節目を迎える時期になりました、
私の教室にも、今年卒業を迎える6年生の子が何人かいます。
中学校へ進学しても、引き続き白ゆりに来てくれる子が何人もいます、
進学という新しいステージで、次の新しい課題に向かって学び育つ子どもたちを、引き続きサポートさせていただくことをとてもうれしく光栄に思いながらも、何だか身の引き締まるような気持ちです。
一方で、これを機会に、私の所から旅立っていく子も何人かいます、
子どもが新しいステージに向かう直前の時期に、心を通わせ、感情を受け止めてくれる支援者の役割は重要です。
あって当たり前の家族の存在だけではなく、人としての相互の心の通い合いを通して、子どもは自らの足で高いステージへと進んでいく、
そのための環境を教育的に整えていくことこそが、支援者としての使命、
私はいつも、そんなふうに考えています。
子どもが自らの足で前に進み始めたら、それまでの支援者はもういない方がいいのです。
自らの命が、他者から必要とされる大切なものと、心の芯から感じ取ることこそが、自立のための絶対条件、
そのゆるぎない気持ちの中には、私たちの過ごした心の通い合いが、遠ざかりながらも、生涯にわたって脈々と受け継がれていくはずです。
そのことは、永遠に消えない
だからこそ、私は、あなたの旅立ちを笑顔で見送ることが出来るのです。
ここには、卒業証書も何もありません、
風のように立ち去ってこそ、真の支援者
私には、あなたが家族と共に、自立に向かって力強く歩むその道筋が、しっかりと見えているのです。

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