子どものコミュニケーション能力を引き出す 支援者の理解度

 2014-01-30
人は1人では生きていけない存在です。

人の生存を司る大脳辺縁系では、食欲や睡眠欲と並んで集団への所属欲求がコントロールされているのです。

支援者とのコミュニケートの内容が豊かになることによって、子どもはその自尊心を増し、望ましい方向へと伸びていくことを、私はこれまで、数多くの子どもの育ちを見つめながら確認してきました。


コミュニケートは、決して一方的なものではなく、相互の関係によって成り立つのです。

特に成長の過程にある子どものコミュニケート能力を育てようとするならば、意図的にかかわる支援者のアプローチが特に大切な意味をもってきます。


先日のレッスンの時のことです。

このごろやっと、「これ~」と表出言語が出始めた、もうすぐ5歳になる女の子がいます。


初めて私の教室に来始めた頃は、なかなかその行動の意味が理解できず、レッスンがかみ合わない時期がありました。

ところが、レッスンを積み重ねていくうちに、この子には内発的な学びの欲求があり、行動の背景には決してネガティブなものがないということが理解できるようになっていました。


紙芝居を読んでほしい、

ひらがなカードで遊びたい、

料理のロールプレイをしたい、


その表情や、まなざしや、仕草から、今では手に取るようにこの子の学びの欲求を受け止めることができます。

当初はきっと相互に一定の緊張感があったと思いますが、今では私、毎週この子が来るのが楽しみでなりません。


「料理がやりたいときには、はじめにちゃんと席に着いて、これ~って言ったらすぐにできるんだよ」

そう教えてやると、次々に活動が広がっていき、あっという間に40分のレッスンが終わってしまいます。



「私が初めて見学させていただいた娘のレッスンは、まるで娘がマジックがかかったのかの様な、素敵なSHOWを観てるかのようでした」

「先生の眼差しは強く優しく、娘の表情を読み取りながらの真剣勝負、いつまでも見ていたい気持ちでした」


先日、私のレッスンを見てくださったお母さんは、そんな感想を寄せてくださいました。


レッスンは、うまく行かなかった時こそが勝負であり、一番伸びるとき、

うまく行かないことを、決して子どもだけのせいにすり替えてはいけない、

コミュニケートは、子どもと支援者との相互の関係や内容があってこそ成り立つもの、

非言語な子ほど、人の真実を感じとる、豊かな感性が育っている、

子どものコミュニケーション能力を引き出すためには、支援者の子ども理解度が大きな影響を与える、


すべては、子どもとの実践が、私に教えてくれたこと、

この子との心のつながりと、コミュニケートの豊かさこそが、支援者としての私の誇りと使命感を、しっかりと高めてくれているのです。





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臨床実践という宝物

 2014-01-27
小学校1年生のときからずっとサポートさせていただいている子は、今はもう中学生になっています。

当時3歳だった子は、小学校3年生になりました。

その間、担任の先生は毎年変わり、園長先生や校長先生にも、それぞれお世話になってきました。

1年1年、それぞれの年での懸命な教育活動の積み重ねにより、子どもは日々の成長を遂げて来たわけです。


一方で私は、5年以上変わりなく、ずっとその子のレッスンを、継続して積み重ねてきています。

低学年の頃、視覚認知がぜい弱なため、書字に大きな負荷のかかっていた子のほとんどは、10歳を過ぎる頃から、大きく改善が見られてきました。

言語の力が豊かであるがゆえに、微細な感情理解や、場の状況に応じた社会的な行動のコントロールが苦手だった子どもも、さまざまな体験を通して、メタ認知力や自己理解の力を培い、次々に新しいステージへと進んで行きました。


Aちゃんとの実践から培った大切な営みは、私のかけがえのない大切な宝物として、必ずBちゃんの実践へと受け継がれていきます。

今、悲しみのどん底で立ち尽くしているご家族の先に、細いながらもずっと先まで続いている希望の道筋が、誰が見えなくとも、私にはしっかりと見えていることだってあります。


縦の軸での継続した実践の積み重ね、

ありそうでなかなか実現できなかった、新しいレッスンのスタイル、

集団から分離するのではなく、プラスアルファの形で個に学びに寄り添う指導の大切さを、これからも私は、広く世に問い続けていきたいと心に誓っているのです。





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当たり前ではないこと

 2014-01-21
いつだったか、ぎっくり腰になり、新大阪駅のプラットフォームで動けなくなったことがあります。

結局、その日は、すべてのレッスンをキャンセルして、岡山に帰ってしまいました。


二度と同じようなことがあってはならないと、それをきっかけに、定期的な体のメンテナンスに心掛けるようになりました。

おかげさまで今日まで、体調不良でレッスンに穴を空けることは、一度もなかったと思っています。


以来ずっと、私の体のメンテナンスをしてくださった方のお一人が、この度家庭のご事情で、お休みされることになりました。

体が資本の毎日ですから、その部分の支えは、私にとってはとても重要だったわけです、

あれから先、体調不良を理由に一度もレッスンをキャンセルした記憶がないのも、このセラピストさんの存在があったからと思っています。


1月末までとお聞きしていましたから、先日、お礼も兼ねてお伺いをさせていただきました。

いつものように施術が始まり、いつものように60分の施術が終わりました。


これまでは、予約さえ取れれば、当たり前のように受けることができた施術ですが、これから先はそういうわけにもいきません。

何とすばらしい支えであったことかと、改めてその質の高さをかみしめることにもなりました。



私は、通所支援事業所の責任者として、これからも、どんな困難にも覚悟を決めて立ち向かっていかなくてはなりません、

責任者と名がつく以上は、個人としての生活を捨てる場面もあるのです。


そういう者にこそ、支援者の存在が重要です。

その支援者は、その主体者の責任で選ぶものです。


お子様の豊かな学びを作り上げていくために、自らの命を削って、前へ前へと進んで行かれようとした全国各地のお母さん方、

私は、信託を受けた支援者として、その使命に応えうる存在であらねばなりません、


それが、私の仕事、

簡単なことを、難しい言葉や数値を使って、飾り付けるようでは、まだまだ半人前、

クオリティの高い内容を、当たり前のように提供し、その実績を積み重ねるこそがプロとしての証、


万全の体調で、子どもを迎えられる日々を、一日でも多く積み重ねていきたい、

毎日、笑顔の子どもを、教室から送り出したい、


明日も、大切なお子様の育てを託していただけることが、私には何よりの喜びなのです。





この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2014-01-23)





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子どもの最善の利益

 2014-01-20
初めて花子ちゃんのお母さんに、「うちの子に勉強教えてほしい」と頼まれた時、私は無料で勉強を教えて差し上げるつもりでした。

しかし、それでは、自分の心の中に「ただで勉強を教えてあげている」という逃げ道を作ってしまって、花子ちゃんのためにはならないなと思い、相応のお金をいただくことにしました。


当初は一人二人で始めた教室ですから、いただいたお金も本を何冊か買えば終わりでした。

でも今では、月間には200レッスン以上をこなすようになりましたし、経済的にはかなりの額をいただくようになりました。

その後は通所支援事業の指定をいただいたこともあり、受給者証ご利用の場合には、1割以下の経済的な負担でご利用いただくことも可能になりました。

たった一つのちゃぶ台から始めた教室が、定員が1日に10名から20名に増え、それでもご希望通りの予約を受けることができず、一日定員を21名以上に増やし、新しい園舎を建築するプランが、だんだんと現実のものとなって検討されてきました。


やってみてからわかることですが、建築許可の申請の手続きだけでも、何十万の費用がかかります。

子どもの育てからいただいたお金は、子どもの育てのために使わせていただく、

このことが、私がこれまでやってきたことの答えであると気が付いたのは、いつの頃だったでしょうか、


私の人生の軸は、もはやここから動きようがありません、

週末には、京都レッスンでお世話になっているご家族が、わざわざ岡山まで来てレッスンを受けてくださいました。

何と誇らしくも幸せなことでしょう。


育てのクオリティが高ければ、器は後からいくらでも付いてくるというのが、基本的な私のスタンスでしたが、一方でそれ相応の器を整えるていくことも、お子様やそのご家族の皆様のお気持や願いを、より確かなものに高めていくために大切なことなんだということもだんだんとわかってきました。



いくつになろうと、私は臨床の最前線から退くつもりはありません、

臨床実践力こそが、私のすべてのエネルギーの源、

もっともっとダイレクトに、毎日子どもの課題に向き合っていくことによって、他では学ぶことのできない強靭な教育力を体にしみこませていきたい、


だからこそ、その現場の代表者として、私には、次にしなければならない仕事もあるのです。







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中学生になっての書字改善

 2014-01-17
どんなに時間がかかっても、私は必ずこの子に、読んだり書いたり計算したりする力をつけて見せる、

今から数年前に、私にそのように伝えてくださったお母さんがいます。


すべての教育は、子どもの可能性を信じることからスタートする、

それが私の信念です。


その子が低学年の頃、何とか文字にかかわる視覚認知を高めようと、新聞紙大の大きさの紙に字を書かせたり、粘土で文字を作らせたり、型紙で作ったパーツを組み合わせたりして、学習を工夫してきたものです。

今すぐに芽を出すことはできないかも知れない、

でも、ご家族の切なる願いを受け、出来ないとあきらめるのではなく、可能性を信じて、どうしたらできるかだけを見つめて、最善の学習を積み重ねていこう、

私は、そうした時間を、1時間1時間しっかりと積み重ねていく、

ただそのことだけを考えて、前に進んでいこう、

そう考えて取り組んできました。


小学校1年生の時から一緒に勉強してきたその子は、今、中学生1年生になりました。

小学校の中学年までは、ひらがなの「ら」という字がなかなか書きにくい期間もありました。

あれは、たしかそれは5年生の時だったと思います。

私のレッスンの最中に、ある日突然そのことが認知できた瞬間があり、それ以降は、まるでそのことがウソであったかのように見事なまでに改善されて行きました。


小学校2年生の時には、「私もみんなと一緒に漢字ドリルがやりたい」と、なみだを流したこともありましたが、その漢字にかかわるスキルも、小学校高学年になると目を見張るほどに改善のあゆみを見せてくれるようになりました。

そして今、中学生になり、書字にかかわるアウトプットのスキルが、大きな向上を見せるようになってきました。


「あきらめるくらいなら、死んだほうがまし」

当時は、色々な先生に、色々なことを言われ、随分と心を痛められたのもこのお母さんでした。

でも、結局は、すべてこのお母さん言うとおりだった、


このお母さんの信託に応えることが、今の私のレッスンの原点であり、これからも崩しようのない真実として、多くの子どたちのささえとなり、道しるべとなっていくのです。


今、あきらめる前に、5年間私と一緒にがんばってみませんか?

信じる信じないはその人の自由、

教育は、いつも子どもの可能性を信じることからスタートしていくのです。



この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2014-01-18)






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うれしい便り

 2014-01-15
今年も、たくさんの子どもたちとそのご家族の皆様から年賀状をいただきました。

中学生は支援級に在籍しながら、一般の高校に入学した女の子のご家族も、そのお一人です。


「赤点取らずに、順調に高校生活を送っています」

その年賀状には、そんな言葉が書き添えられていました。

高校に合格した時も、飛び上がらんばかりにうれしい気持ちになりましたが、このひと言を目にした時も、私はあたりをはばかることなく、思わず大きな声が飛び出してしまいました。


この子が通った中学校では、支援級の先生がうまく教科担任の先生との連携を図り、可能な限り教科の力を伸ばしていこうとするスタンスを感じていました。

苦手な英語をどう克服していこうかと、私も、あの手この手と悪戦苦闘した日々が、今では何だか愛おしくさえ思えてくるくらいです。


図工やパソコンが大好きで、いつもはじけるような明るいキャラクターの女の子、

本当に、個性のかたまりのような女の子でした。


きっと、あなたとともに過ごした学びの日々は、後に続く多くの子どもとそのご家族の大切な道しるべとなっていくに違いありません。

この子の可能性を信じ、いつもありとあらゆる可能性を模索し、常にチャレンジを都度都度に積み重ねて来られたご両親、

私の教室に、小学校からずっと通い続けてくださったことも、そのご両親の深いお気持ちがあってのことにほかなりません。


いつだって、子どもの未来を切り拓いていくのはそれが原点

主体があってこそ、はじめて支援は生きてくる、


ご両親も私も、決してうまくいく時ばかりではなかった、

時には、微妙な温度差が生じたり、何かがかみ合っていない思いにかられ、もどかしく感じたこともありました、


子育てのど真ん中にいるとは、そういうこと、

だからこそ今があり、感動がここにあるのです。


不器用な私には、カーブが投げられない、

いつだって、ど真ん中の直球のみ、


その欠点があるからこそ、私は私であり、他の人とは違う何かができる、

子どもの成長と幸せを願うからこそ、喜びを共有することができる、


この子が人生の次のステージに向けて、力強く歩んでいくこと、

そのことが、私たちに、大切なことをしっかりと指し示してくれているのです。












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子どもの決心

 2014-01-13
つよし君は、小学校1年生の時から、私の教室に通ってくれています。

小学校では、ずっと支援級で勉強してきました。


つよし君も、6年生になりました。

そのつよし君が、昨年末に「ぼくは、中学生になったら普通級に入る」と言い始めました。


これまでの小学校生活の場面で、交流級の教室に入れなかったり、特別な思いがこみ上げてきて活動に参加出来にくい場面が幾度となくありました。

お父さんも含め、中学校も支援級スタートの準備を進めていましたから、この発言にはどうしても慎重にならざるを得ませんでした。


年末に、お父さんもからメールをいただきました。

先生方が心配してくださること、私自身が不安に思うことがないわけではありませんが、この子の決心を、親として支え信じてやりたいと思います、

そこには、そのような内容の文字が綴られていました。


昨日、つよし君が私の教室にやって来てくれました。

これまでは、とにかく行き届いた支援を行うことに心がけ、達成感をもたすこと、自信をつけることを大切にしたレッスンを積み重ねてきました。


しかし、この日は、何だかこれまでとはオーラが違う、

そう感じた私は、あえて支援をフェードアウトして、トライアンドエラーの形に切り替えて様子を見てみました、


3学期からは、全部6Dで授業を受けている、

朝の会も給食も全部?

うん、

それ以上、何も言葉は必要ではありませんでした。


小学校を卒業したら、SHINOBU先生の教室も卒業する、

それは、ずっと前から決めていた私たちの約束でした。

この子は、その約束を、こんな形で答を返してくれたのです。


この子とは6年間、ずっと教科学習を通して向き合ってきました。

父から託されたこの子の行動面の課題は、教科学習を支えることなくして、きっと改善することはあり得ない、

その教科学習を通して、私が、この子に伝え続けたメッセージが、今ここに、こんな形で花を咲かせてきたのです。


私とこの子とのレッスンは、卒業まであと5回、

その最後の1回ですら、特別なことはなく、何事もなく終わっていく、

だからこそ繋がる生涯の絆、


君とのレッスンは、まちがいなく私の永久欠番、

私の支援の究極の大目標である「肯定的な自己理解の力」

そのことを、自らの育ちによってはっきりと形に示してくれました。


きっと、これから幾多の課題が君の前に降り注いでいくことでしょう、

しかし、君のその決心が揺るぎないものに育っていることを、そのまなざしから、誰よりもしっかりと受け止めているのは、私と君のお父さんなのです。


私の心から生涯、あなたの存在が遠ざかることはありません、

ご卒業、おめでとう

あなたの成長こそが、私の何よりの誇りなのです。







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自分の肩にかかる 子どもの成長と笑顔

 2014-01-07
年末に、施設整備のお願いに市役所にお伺いさせていただきました。

ヒアリングの場で、新園舎建築にかかわるお願いをさせていただきました。

「もし、ご希望が採択されなかった場合、どのようにされるお考えでえすか?」

担当の方が、最後に、そのように私に尋ねられました。


私は、100名をはるかに超える子どもたちと、そのご家族の切なる願いを受け、今この場にいるのです。

その子たちの幸せを背負って、私は今日ここにやってきたのです。

私の答えには、YESという文字しかないわけです。


もしも、採択にならないのであれば、私共に何が足らなかったか、何が至らなかったのかを、是非ともご指導いただきたい、

何としても、努力を重ね、そのことを改善し、どんなことがあっても必ず実現させるつもりでおります、

このことは、ご家族の信託を受け、その切なる願いに日々接している者として、何としても成し遂げなければならない大切なことだと考えております、




私はこれまで、自らの命を捨てて、ただただわが子の幸せのためだけに力を尽くされてきたご家族の皆様に、ずっと寄り添ってきました。

私の目も、きっとこうしたお母さんと同じ色になってきた、

ヒアリングを終えて、帰るエレベーターの中で、私にはそんな思いがめぐってきました。


自分のことだったら、とうにあきらめてしもうようなことであったとしても、子どものためだったら、ずっと頑張り続けることができる。

私を、変えてくれたのは、いつだってたくさんの子どもたちの笑顔、


それを背負っているからこそ、自分には、生きている意味がある、

私に命の息吹を吹き込んでくれているのは、いつも君たちの笑顔、

だからこそ、私には、絶対にあきらめない、引き下がらない、


鬼と言われようが、何と言われようが、そんなことはちっとも構わない、

あなたが幸せになれるのなら、何だってできる、


私は、そのことで、いつも自分自身で確かめていること、

ご家族の願いの代弁者として、ここに立てる誇りと使命感、

そのことが私に、いつも大きなエネルギーを与えてくれるのです。








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子どものニーズに寄り添うこと

 2014-01-02
「当たり前のことをしていては、当たり前の結果しかついてこない」

たしかソフトバンクの CM で、こんな意味のセリフがあったと思いますが、私はこの言葉が大好きになりました。


先にアプローチやプログラムを優先するのではなく、早くそれを完全に自分のものにしたうえで、子どもの目の色や体温を感じて、大胆にアレンジするオーダーメイドの個別指導、

集団の中にしっかりと居場所があることを前提にして、それにプラスアルファで子どもたちにプレゼントするクオリティの高い大切な時間、

これまでありそうでなかった新しい個別指導の実践を、ここまで積み上げることができたのも、まずは、家族の願いに寄り添っていくという、変わることのない信念が、いつも心の源流にあったからです。


土日がお休みという感覚は、いつの頃に捨て去ったことでしょう、

お正月に、当たり前のように事務仕事をするようになったのも、いつの頃からのことでしょう、


休みがなくて辛いという感覚は、全くありません、

当たり前の生活をしていない私には、ご家族の皆様から、当たり前でないお言葉を頂戴しています、

当たり前でない、子どもたちの笑顔に触れることができます、


マンツーマンのレッスンをしていて、時折、とてつもない素晴らしい子どもの表情を目にすることがあります。

わずか50センチ程先に、信じられないような子どもの笑顔がそこにあるのです。

これぞ、スペシャルな私だけのご褒美でなくて、いったい何だというのでしょう?


今日も朝から教室に行き、その後は、基本ずっと仕事部屋にこもって事務仕事、

でもやった分だけダイレクトに返ってくるのですから、苦痛でも何でもありません、


レッスンがお休みの日は、大好きなコーラとポテチを、ちょっとだけ飲んだり食べたりしてもいい日と、自分で決めています、

こんな日は、年に10日もあれば十分です。


今年は、4日からレッスンが始まります、

努力がウソをつかないことと、その信念の深さが結局は物事を前に進めていくことを、私は子どもを変えてきた何人ものお母さん方から、間近で感じ取ってきました。

普通の気持ちでは、あんな風に学校を変え、あんなふうに子どもの成長を支えることは決してできない、

あれ程深い気持ちで子どもの成長と幸せを願っておられるご家族の支援者として、私が普通であって良かろうはずがありません、


ご家族の切なる気持ちに少しでも寄り添って行こうとすれば、自然に自分の生活はこうなってしまいます、

それが私にとっての当たり前、

当たり前の努力をすればこそ、当たり前の結果がついてきるのです、


さて、今日もこれからもうひと仕事、

明日までに、どこまで進むか、何だかとっても楽しみです。








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コミュニケーション支援

 2014-01-01
昨日電器屋さんに行き、surface puro を買いました。

最近テレビで宣伝していたのを見て、これならマウスの使いにくい小さな子どもでも、パソコンの色々な々教育ソフトが使えるのではないかと思い試してみたところ、これが予想以上のすぐれもの、


早速、昨日から、半日以上かけて手持ちのソフトをすべてインストールしました。

スケジュール管理も、メールの対応も、パワーポイントの作成も、ホームページの修正も、これなら今まで以上に迅速に行うことができます。


聴覚性の認知が苦手な子どもや、微細な手指の巧緻性のある子どもには、パソコンの教育効果にとても高いものがあります。

育てるべきところはしっかりと育て、支援を入れるところには効果的に支援を入れ、それがフェードアウトできる日を目指して、たっぷりとその教材に親しませていく、

個別指導場面では、あるべき支援の形がそこにあります。


今日は一年のスタートの日、

早速、これまでにお申し込みをいただいた新年度の予約を、suraface を使って調整しています。


毎日一分一秒をやり繰りして仕事をしている私にとって、きっとこれはなくてはならないツールに化けるに違いありません。

ツールはハイスペックにしながらも、標準化されたスタンダードな教材を、一人でも多くの子どたちに与えてあげたい、

それは子どもにとっても、ご家族にとっても、私にとっても、切なる願いに通じることになります。


私の場合、こういう仕事は、レッスンのないお正月しか出来ない、

十分な準備をして、自信満々で、再び子どもたちを迎えたい、


鉛筆がなくても、マウスがなくても、漢字練習が出来る新環境、

あの子の、びっくりしたようなその笑顔、

あこがれだった漢字練習に、生き生きと取り組むその横顔が、今から待ち遠しくてたまりません。


テレビを見る時間があったら、何か子どものための準備がしたい、

これが私のお正月、

今年は、いったいどんな子どもたちの笑顔に出会えるのでしょうか?

今からそれが楽しみでたまりません。






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Author:SHINOBU
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