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真剣に立ち向かった あの日々があればこそ

 2013-09-29
昨日は、広島から、中学生の男の子が来てくれました。

ご家族のご都合で広島に転居されたのにもかかわらず、今でも、月に1回通い続けてくれている子です。

先週、修学旅行から帰ってきたばかり、

お土産を持って、岡山に直行、というような感じで来てくれました。


昨年の夏、

私はこの子と、「夏休み成績アップ大作戦」 に取り組みました。

色々な状況から判断して、要求度を上げるのは、信頼度が増したこのタイミングしかないと考えたのです。


毎週、木曜日の夜に来てくれていたこの子、

私の教室に通ってくれるようになって、3年目になっていました。


要求度を上げ、理解度を下げたのですから、私の真剣度も通常より大きく変化しました。

以前だったら、とっくにネを上げていたような事や、それまでよりも随分きびしい私の言葉にも、がんばって食いついて来てくれました。

いつの間にか、私は、何としてもこの子を引き上げたいという強い思いにかきたてられるようになりました。


夏休み明けの課題テストは、一定の成果を残してくれました。

その後、お父さんの転勤など、思いがけない出来事もいつくかありましたが、この子の表情は、見違えるようにしっかりとしたものになり、支援者と子どもとの、揺るぎない信頼関係が築かれていきました。


お父さんとの転勤が決まった時も、何とか間に合って良かったというのが、正直な気持ちでした。

まさか、広島に転校しても来てくれるなんて、思ってもみないことでした。


教室の扉を開けて、見せてくれる笑顔、

ここに来ることに、特別な意味を感じているのは、きっと、この子も私も同じ事です。


若い頃、「愛と青春の旅立ち」 という映画を見て、感動したことがあります。

真剣に立ち向かった、かけがえのないあの大切な時間、

あの時間があったからこそ、今の揺るぎない、師弟の信頼感が生まれたのです。


ここに来たときのこの子の表情は、すっかりと、たくましく、青年に成長したそれとなっています。

この子のその表情にふれることで、私は、教育者としての誇りを、全身に感じることができるのです。


もう二度と、あんなレッスンは出来ないかも知れません、

あの伝説の日々は、真剣に立ち向かったからこそ、私たちだけの大切な宝ものになって、この先も、ずっとずっと、相互の心の中で生き続けるのです。




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ロールプレイの技術

 2013-09-26
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紙の上ではわかりにくい算数の問題でも、レプリカを使ったロールプレイとなると、生き生きと目を輝かせて取り組む子がいます。

もちろん、プリント学習にも取り組むことが出来るような力を付けていかなければなりません。

文字言語をイメージに変換できにくい子も多いようですので、そのためのアプローチを工夫して必要があります。

されど、ロールプレイで生き生きと取り組めるのであれば、プリント学習ではできないダイナミックな学習も工夫してやりたいものです。


本格的に個別指導に取り組んで5年、

使ってきたレプリカは、もうすれて、ぼろぼろの物も多くなってきました。

ですが、ここに来て、私のロールプレイの技術が、やっと向上してきました。


どういう提示の仕方をすれば、子どもが生き生きと取り組むことができるか、

どういう支えがあれば、数量の感覚を子どもが豊かに体感できるか、

そのあたりの技術が、自分ではそれとなく伸びてきたと感じているのです。


そんなものは、数値化できるような性質のものではありませんが、子どもの笑顔や手応えが違うのが、はっきりとわかるのです。

言うなれば、秘伝の出汁のようなものです。


こんな宝ものが、他にもきっとあるのではないかと思っています。

どんな技術書にも、論文にも、どこにも書いていない大切なもの、

私の探しているものが、そこにあります。


子どもの笑顔を見る瞬間、

目指す姿が見えたなら、次に打つべき手も、より明確になってくるというもの、

支援とは、その子どもの連続性の中から、より豊かなものを創造していく営み、

その一瞬のために、今日も一日、真剣勝負で取り組む自分でありたいと願っているのです。





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コミュニケーションレベルと自己肯定感との深い相関

 2013-09-23
脳には、大脳辺縁系という部分があって、睡眠だとか、食欲だことか、人間が生きるうえでの基本部分をコントロールしています。

その大脳辺縁系の大切な機能の一つに、集団への所属欲求があります。

それだけ、人間というのは、他とのかかわりなくしては、生きてはいけない存在であることを意味しています。


言語が、コミュニケーションや思考に果たす役割には、計り知れないものがあります。

人は、言語によって、たくさんの大切な内容を伝え合うことができるのです。


言語は、コミュニケーションや思考の最も大切なツールではありますが、言語がなければコミュニケーションが成立しないのかといえば、その答えはNOになります。

例えば、表出言語が少ない子ほど、人の気持ちを受け止める感性が鋭くなっていることは、このブログの実践を通して、何度もお伝えした通りです。

伊達政宗の隻眼は、物を見ることができない代わりに、人の心を、誰よりも鋭く見ることができていました、

コミュニケーションには、言語に置き換えられる内容と、そうではない内容とがあり、言語性の豊かな子は、非言語の内容が伝わりにくいため、逆に生活の中でのトラブルに苦しむケースに、私はこれまで何度も遭遇してきました。


心が通い合うということは、自分が生存するということと、ダイレクトにつながっているのです。

コミュニケートができるということは、その存在を受け入れたり、自分の生きている意味を確かめているのと同じことだと、私は考えているのです。


昨日も、高知から、一人の男の子が来てくれました。

どちらかというと、マイナス行動の連発の子ですが、何故だか私はこの子が好きでたまらない、

だからこそ、この子は、その気持ちが本物がどうかを、何度も何度も試してきます、

もちろん、望ましくない行動を容認しているわけではありませんから、そこは厳しく叱ります、

でも、その真剣な眼差しや、厳しい口調の中を通して、心の芯にある私の深い愛情を、この子はダイレクトに感じ取っているのです。

コミュニケーションとは、そういうことです。


また来てね、

笑顔で見送る私の言葉に、その子は何を感じ取ったのでしょうか?


今日は、大阪

この3連休で、30近いレッスン、

真剣勝負のレッスンを、一つでも多く積み上げて、誰にもまねのできない独自の個別指導のスタイルを作り上げていきたい、


体調は、今日もほぼベストに近い状態で、大阪にのぞむことができます。

今日は、どんな子どもたちの笑顔に出会えることでしょう、

子どもたちに出会えることでこそ、私は、自分が生きている意味をしっかりと感じ取ることができるのです。



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これぞ個別指導のダイナミズム (作文指導の実践より)

 2013-09-18
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土曜日に、2年生の男の子のレッスンがありました。

その子と、作文の構想を一緒に考える学習を構成してみました。


いざ、文章を書こうと思っても、何をどう書いたらいいか分かりにくお子さんもいます。

私はこれまで、子どもの文字言語と理解言語との間に大きな乖離がある場合、そこに適切な支援を入れながら言語感覚を養い、レディネスが整った時点で、その接点をつないでいく学習を大切にしてきました。


小学校の教員時代にも、作文の指導は何度も行ってきましたが、さすがに40人学級ともなると、なかなかそれぞれの子の内容に寄り添ってやることができませんでした、

でも、個別指導ならその夢が叶う、

まさに、この日のレッスンは、私の小さな夢を叶える時間となったのです。


「この子、こんなこと覚えていたんですね~」

それが、バレンタインで作ったチョコレートのことだと分かり、お母さんの顔が、いっぺんに笑顔で包まれました。


作文メモを構成していく中で、この子の思いが、みるみる広がっていくのを、私はしっかりと感じ取ることができました。

そのことが苦手であればあるほど、できるようになれば、喜びもひとしおというものです。


だからこそ、時には行き届いた支援を入れて、段階的にそれをフェードアウトしていく、

その間に、基本的なその周辺領域の力を、たっぷりとつけてやる、

これが、私の目指す、個別指導の一つのスタイルであるわけです。


こんな時間は、本当に楽しい、

子どもの笑顔さえあれば、私は、どんな困難にも立ち向かっていける、

子どもたちといっしょに、もっともっと可能性幅を広げることができたら、どんなにすてきなことでしょう、

私たちのチャレンジは、これからも、ずっとずっと続いていくのです。





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子どもたちの未来を拓く

 2013-09-13
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毎月1回、第1火曜日に行っている 「赤ちゃん体操」 の取り組みが、昨日の毎日新聞の記事(岡山版)で紹介されました。

赤ちゃん体操から、グループレッスン、そしてマンツーマンレッスンと、就学後も含め、青年期に至るまで、ご家族の皆様と、同じ歩幅で、継続的なサポートをさせていただきたい、

それが、私たちの願いであり、使命であると考えています。


赤ちゃん体操の取組は、いつも笑顔と、ほとばしるような活気やエネルギーに包まれています。

すべての子どもたちが、それぞれの持ち味を生かして社会に貢献し、幸せを感じながら生きていけるような社会のモデルを作りたい、

私たちは、力強く、その夢に向かって、一歩ずつ進んできたいと願っているです。



(→ 毎日新聞 WEB NEWS はこちら)

(→ 毎日新聞の記事PDFはこちら)







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母の想い、そして父の存在

 2013-09-09
昨日は、ご両親でお子さんのレッスンを見に来てくださったご家族がいます。


いつもは、三重から、お母さんが連れて来てくださっています。

この子は、1年前から、毎回熱心に取り組んでくれていることもあり、大きな成長の手応えを感じている子です。

きっと、この日は、いつも以上に張り切ってべんきょうするだろうなあ~と、私は、お父さんがお越しくださるのを楽しみにお待ちしていました。


お父さんにお目にかかった瞬間、いつもほとばしるようなこの子の笑顔の源泉が、一体どこからわき出ているのかが、くっきりと浮かんで見えるような気持ちになりました。


この子のために、ご両親が構成してくださった最高の空間、

私は、そのご期待に添えるよう、自分の出来る限りの力を発揮して、何としてもこの子のパフォーマンスを引っ張り出してやりたいという願いでいっぱいになりました。


この日、この子の笑顔は、これまでにも増して、一層の輝きを放ったように感じました。

本当は、私一人で出来ることなど、何もないのです。

私は、ご家族の依頼を受け、ただただその信託に叶うサポートをさせていただいているに過ぎません。

真にこの場を構成しているのは、ご家族の深い愛情と、強い決心以外の何物でもありません。





SHINOBU先生

昨日は大変お世話になりました。

息子は先生に出会い、丁度1年になります。
岡山で先生にお会いできるのをとても楽しみにしており私も一度お伺いしなくてはならないと思っておりました。
なかなか予定が合わず、昨日となりました。

先生との勉強の様子をビデオでは拝見しておりましたが、先生と実際にお会いしまして、先生の偉大さを改めて実感しました。

普段息子と生活しているにもかかわらず、勉強中、息子の先に起きる行動を読めない私には、先生の優しさ、気遣い、そして行為、すべて魔法使いのようでした。

時として、息子には「こうして欲しい」「こうなって欲しい」という願いが先行してしまいます。

先生は勉強中、息子に「鉄道の会社で働く人になるために、しっかり勉強するんだよ」と言って下さいました。

私なら「そんなんじゃ鉄道の会社で働けないよ!勉強しなさい」と言ってしまいます。

当たり前のことですが、息子にとって先生のお言葉の方が、どれだけ心地よく聞こえたかしれません。

父の願いや夢を達成するのではなく、我が子の願いや夢を達成することが、私の願いであると気づかされた瞬間でした。

子どもが主人公であり、夢を持つことのすばらしさを、一緒に育んで行きたいと思います。

今後ともよろしくお願いします。





後日、同席してくださっていたお母さんからも、以下のような内容のメールをいただきました。


お世話になりましてありがとうございます。

ブログを拝見し、私たち家族のことを取り上げて下さって感激致しました。
主人もとってもうれしそうにブログを読ませていただきました。

先生のおかげで、彼はこんなにも集中し学習することを楽しめるようになった。
感激的な瞬間でした。
彼ののほとばしる笑顔からも、家族で岡山へ行けたことが本当に良かったと思いました。

ただ残念だったのはビデオに撮らなかったことです。
でも私達はあの振り返った時の彼の表情を、生涯忘れることはないと思います。
本当にありがとうございます。

先生の想いにただただ尊敬するばかりです。

どうぞこれからもよろしくお願い致します。





教育は、保護者との信頼関係の上に成り立つ営みのことを指すのです。

私には、保護者の代わりなんて、絶対にできない、

だからこそ、支援者としての、私のなすべき役割がそこにある。


ご家族とのパートナーシップ、

子どもの最高のパフォーマンスの演出、

欠くことのできない使命の一つを、私は今、しっかりと受け止めているのです。





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かれんちゃんとのあゆみ

 2013-09-08
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「運動会の練習で、へとへとになって来ました、今日は、ちょっと手こずらせるかも知れません」


先日、かれんちゃんのお母さんが、そんな風にお伝えくださいました。

かれんちゃん、玄関先に大の字になって寝ころんでいます、


でも私、

お母さんが扉を閉めてくれさえすれば、20秒もあれば、席に着かせる自信がありました、

今のかれんちゃんであれば、抱きかかえてとか、そんな物理的な方法ではなくて、お口一つで、ノータッチで席に着かせることができます。

種明かしをすれば、簡単なことですが、秘伝の技があるのです。


3歳のときからずっと通ってくれているかれんちゃんですが、私の教室に通い始めた頃は、また発語もおぼつかない状態で、当時のご両親は、言語によるコミュニケーションは無理かも知れない、と考えておられたようです、

そのかれんちゃんも、今では、ひらがなも読めるようになりました。


かれんちゃんと歩んだ、毎週90分の個別指導、

それから5年間、いまではすっかり小学生となったかれんちゃん、

私にとっては、認知も、数量も、コミュニケーションも、すべてはこのかれんちゃんとのあゆみが原点でした、


可能性のわずかなしっぽつまかえて、そのしっぽをはずさないように、少しずつたぐりよせるようにしながら、私とかれんちゃんは歩いてきました、

今でも、基本的にそのスタイルに変わりはありません、


創意と工夫、

忍耐と見通し、

試行錯誤の中から、ぽっと見つけた可能性の芽を、一つずつていねいにつむいでいくような取組、


本当に毎回が手探りで、泥臭くも、真っ正面から向き合いながら、5年以上の年月が流れていました、

おそらくは、これから先も、スマートなあゆみには、決してならないことでしょう。


実は私、この日のレッスンで、ずっとずっと迷っていた新しいレッスンのテイストに、気がついたのです。

それれこそ、これが、これからの私の新たな極意、

新しい飯の種となる可能性を含んでいます。


もしそのスキルが、本当に私の血となり、肉となっていけば、同じような課題に向き合う子どもたちに、豊かな学びを提供するための、大きな戦力となることはまちがいありません、

私は、何とも言えない実践者としての高揚感に包まれているのでした。


それが苦しければ苦しいほど、その輝きはきっと、さらに増していくに違いありません。

私の技術のほとんどはは、こうした苦しい実践の中から、醸し出されてきたものなのです。


私のステージが、次のステップに進めるか、はたまた元の黙阿弥となってしまうのか?

人は、成功から得るものより、失敗から学ぶことの方が、はるかに大きいのです。


それは、子どもも支援者も、同じことです。

一人でも、私の所に足を運んでくれる子どもがいる限り、私のチャレンジは、これからもずっと続いていくのです。





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子どもは集団の中で育つ

 2013-09-07
先日、あるお母さんがご相談にお越しくださいました。

「この子は、集団の中での療育はできにくいと思われますので、マンツーマンレッスンにしましょう」

そんなふうに別の事業所で言われてきました、と私にお伝えくださいました。


なるほど、体験レッスンで、みんなの中に入ってもうらうと、かなり乱暴な行動が目立っていました。

担当の指導員に、「あの子、大丈夫?」 と尋ねてみると、「最初は、みんなそうでしたから」 と、にっこりと笑みを浮かべていました。


翌日、主任さんが、その子にぴったりと張り付いた保育をしていました。

「あの子、かわいい、すてきな子」

レッスンが終わって、その主任は、私にそのような報告をしてくれました。


それから1ヶ月、

その子の表情は、まるで別人のように、あたたかく、柔らかなものに変わっていました、

まるで、先生たちのマジックにかかったかのようでした。


うちの子は、かわいい

子どもを育てることの喜びと使命感にあふれた保育士は、皆、同じように言います、


不適応行動は、強い成長の願いの裏返し、

もちろん、乱暴な言動で、他の誰かが傷つくようなことがあってはなりません、

あなたの中にある大切な宝ものを、一緒にみつけてあげることこそが、私たちの仕事、


「今度入った男の子に、なかよしのお友だちができました」

そんな報告が、実践記録の中に書き込まれていました。


集団の中で、自分の存在がしっかりと受け止められていると感じたそのときに、子どもの表情は変わっていくのです。

集団での育ちがあってこそ、行き届いた個別指導が初めて生きる、

集団から分離しただけの教育に、子どもの笑顔が輝くことは決してないと、私は信じているのです。





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子どものやる気スイッチ

 2013-09-05
先日、岡山でも豪雨がありました。

その豪雨の中を、ある1年生の男の子が来てくれました。

就学前には、毎週来てくれていた子ですが、1年生になってからは、月に1度しかレッスンのご案内ができませんでした。


その男の子は、おでこに冷えピタを貼って、口に大きなマスクをして、教室に入ってきました。

でも、テンションだけはマックスで、まるで飛び込んでくるかのように、元気いっぱいに、私の横の席に来てくれました。


でも、何だかちょっと様子が変です。

熱っぽいオーラが、じんわりと私の方に伝わってくるのです。

心配になって体温計をもってくると、そこには、信じられないような数字が表示されてしまいました。


今日はやめて、もう帰ろうと促しても、がんとして勉強をやめません、

いつも明るい子ですが、帰らされるのが嫌で、いつもよりむしろ一生懸命勉強をし始めたのです、

「学校は、休んだのですが、どうしてもここにだけは来ると言い張って・・、本当に申し訳ありませんでした」

と、お母さん、

こうして、高熱の中、何ともいえないハイテンションで、この子は45分の勉強をやり終えて、満足そうな笑顔を浮かべて家に帰っていったのでした。

何がこうまでして、彼をこのような行動に駆り立てるのか、実は私、そのメカニズムを、しっかりと感じ取っているのです。




前々回の記事 「プロの仕事」 で、紹介させていただいた5歳の女の子のお母さんから、以下のような内容のメールをいただきました。


今回、私が初めて見学させていただいた娘のレッスンは、まるで娘がマジックがかかったのかの様な、素敵なSHOWを観てるかのようでした。

先生の眼差しは強く優しく、娘の表情を読み取りながらの真剣勝負、いつまでも観ていたい気持ちでした。

途中から、幼稚園の先生が来られるかどうかなんてどうでもよいと思える程、感動しました。




子どもたちの表情を変えるのは、ただ1つ、

自分が、心の底から、先生に受け入れられているという感覚、

そして、その先生が、心の芯から、その子の内発的な学びの力を信じて、笑顔で、力強く、その行き先をしっかりと指し示す、そのことです。


幼稚園の先生が来られなかったということもあり、私としては、点数をつければ、普段に比べて60点にも満たないくらいの出来、

それでも、お母さんが、こんなふうにお伝えしてくださったことで、本当に救われた気持ちです。


子どものやる気スイッチのありかは、もしかしたら、こんなところにもあるのかも知れません。





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厳しい局面にこそ ご家族と共に立ち向かいたい

 2013-09-04
私は、これまでたくさんのご家族と共に、困難な局面に立ち向かっていきました。

その歩みは、とてもではありませんが、スマートなものでも何でもなく、泥臭く、ずぶずぶになりながら、足をひきずるようにしながらも、前へ前へと進む道のりでした。


どんなときにも、いつも私は、そのご家族と同じスタンスでの歩みを続けてきました。

一つ一つのご家族の歩みは、決して同じものはなく、それぞれがお子様の育ちの大切な営みとなっていきました。


その一つ一つの歩みには、数値もなければ、点数も付けられません。

子どもの命や、育ちにも同じ事がいえます。

点数化できないこと、マニュアル化できないにこそ、人の真実が宿る、

私は、いつもそう感じながら、ご家族と共に歩んできました。


そうした実践の、何十、何百の積み重ねに勝る財産は、私にはありません、

その実践こそが、私の魂であり、真実の塊であるのです。


Aちゃんとの苦しかった道のりは、何らかの形で、必ずBちゃんとの出会いに生かされていきます。

Aちゃんと培った学びのエキスは、Bちゃんの学習場面で生かされ、そしてCちゃんへの実践に受け継がれていきます。

私の技術・技能には、多くの子どもたちの魂が宿っているのです。


願わくは、その魂を、今、私を必要としている子どもたちのために生かしたい、

今、本当に厳しい局面に立っておられるご家族のそばにこそ、立っていて差し上げられる自分でありたい、

いつのまにか、私は、そんなふうに考えるようになりました。


平成26年度から、土曜日と日曜日、毎週というわけにはいきませんが、新大阪の駅前に、常設の教室を開かせていただくつもりで、私は今、その計画の具体化を進めています。


まだ見ぬ子どもたち、そしてそのご家族との新しい出会い、

君たちとの尊い歩みの真実を、決して一人だけのものにしないということも、私の大切な使命の一つに違いはないのです。







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