テクニカルとファンダメンタル

 2012-09-30
「すべての子どもに集団での学びと、特性に応じた個別指導の場を」

「まずは、学級集団にしっかりとした居場所があって、それでいて、それぞれの子のニーズに寄り添う豊かな教育の機会を」

5年前に、この活動を始めて以来、ずっと実践を通して、訴え続けた内容です。


その5年前の出来事だったと思いますが、就学のことである学校におじゃまして、「そもそも初めに分けていたものを、一緒にしてあげるという考えではなくて、まずはみんな同じ仲間、つまりインクルージョンの理念が大切だと思います」とお願いしたところ、「ここは日本です、外国じゃありませんから」と、教頭先生から一蹴されたことがあります。

この7月に、文部科学省から「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進」という報告がされましたが、当時はまだ、インクルーシブという言葉も、今ほど一般的ではありませんでした。


私たちがこの先、進んでいくべき道は、はっきりとしているのです。

今回の文部科学省の報告は、見るべき人が見れば、かなり大きなインパクトとなることですが、それがそれぞれの現場にも、今すぐに同じ温度で伝わっているかというと、なかなかそういうわけにもいかない部分があります。

日本には、過去何十年という、分離教育の風土と文化があるのです。


この7月の報告によって、学校によっては、今年度就学の温度に少し変化が見られ始めたかなというのが、今の私の印象です。

これから向かう基礎的な方向性、いわゆるファンダメンタルな部分については、もはや揺るぎようがないと私は信じています。

ですが、この4月に就学するAちゃんの具体的な学びの場の構成となると、その一つ一つは非常にむずかしく、デリケートな内容です。

仮に理念が共通化していても、例えば運動会のリレーで、ハンデを付けるか付けないか、チームの構成をどう配慮するか、そういう具体の場面で、本当の価値観が見え隠れするものです。


ファンダメンタルな理念をしっかりと見据えた上で、リアルな現実の場面で、そのことを一つ一つ具現化し、積み重ねていく営み、そういうテクニカルな実行力を大切にしていきたいと思います。

百の理論より、一つの実践

私はご家族と一緒に、ずっとそのフィールドで、実践者として歩んでいきたいと願っているのです。





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個別学習サポートの可能性

 2012-09-27
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上の画像は、今週月曜日の個別学習サポートのようすです。


私は、多い週には60時間以上のマンツーマンレッスンを行っています。

今、何人もの方にレッスンの空きをお待ちいただいているし、このままでは、来年就学を迎える子のマンツーマンレッスンは、たちまちパンクしてしまいます。

このままでは、組織としての責任が果たせなくなってしまいます。


この秋より、試行的に、以下のような形での学習サポートを始めてみました。

私のいる教室に、2人の指導員がつき、それぞれの子の個別学習サポートを行っています。

教材や、レッスンの内容については、私の指示・責任で構成しています。


もちろん、すべての子に、こうした学習が合っているというわけではないかも知れませんが、このスタイルが機能すれば、今よりもずっと、学びたい時間に、学びたいだけここに来ることができる機会を、増やすことができます。

静かな落ち着いた環境で、週に1度、週に1時間であっても、個別のサポートを受けながら、自分に合った学習を進めていきたい。

そういう子どものニーズもあるのです。


私たちは、学校教育の代わりをすることはできませんが、私たちには、私たちの科せられた役割と責務というものがあります。


一人でも多くの子どもの、内発的な学びの願いをかなえてあげる場を構成していきたい。

私たちの目指す次のステージは、こんなところにもあるのです。





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言語の海を自由に泳ぎ出す日

 2012-09-23
今から5年前のある日の事です。


私の携帯に1本の電話がかかってきました。

「ネットで見て、レッスンをお願いしたいと思っているのですが・・」


それが、友里ちゃんのお母さんからの、初めてのコンタクトでした。

私のブログを読んで、レッスンのお申し込みをいただいた初めてのオファーとなりました。


当時の友里ちゃんは、1字1字を精査にとらえることは得意でしたが、文字を文としてとらえることが苦手でした。

「文章を読んで理解することが学習の基本だと思っています。SHINOBU先生には、文章読解を中心にレッスンをお願いしたい・・」

お母さんは、そのように私に伝えてくれました。


当時小学4年生だった友里ちゃんも、今では中学2年生になりました。

昨日のレッスンでは、「星の花が降るころに」 (安東みきえ) という教材を選びました。


まずは、全文通読の学習です。

友里ちゃんは、漢字を書くのは大の得意ですが、文脈に合った読みを選ぶことが苦手です。

しかも、一つの漢字の読みにつまると、一気に文脈の流れを見失ってしまいがちなケースが多いのです。


まずは、何としても、アバウトなストーリーを俯瞰するところから学習を進めていきたいと思っていましたから、漢字の読みでつまずくことがないよう、事前に漢字にはルビを振る支援をずっと行ってきました。

ただ、中学になってこの所、その部分の力がグキグキと身についてきたのを感じていました。


ならばということで、

「今日は、まず、自分一人で読んでみようか」

と、友里ちゃんに投げかけてみました。


「銀木犀の花は甘い香りで、白く小さな星の形をしている。そして、雪が降るように~」

これまでの友里ちゃんは、文脈から読みを類推するようなことは、できにくいタイプでした、

が、この日の全文通読では、いくつかの場面で、文脈から読みを類推するようなことが見受けられるようになりました。

あれだけ逐次読み傾向の強い友里ちゃんが、文脈のウエーブにしっかりと乗り始めたのです。


小学校の時に、「いろはにほへと」 という教材で、てストーリーの楽しさに目が覚め、文章を読みながら初めてゲラゲラと笑い始め、ずっと止まらなくなったあの日、

夏休みには、週2回、90分のマンツーマンレッスンを、国語の読解教材だけで構成したあの日、

それから5年経った今、

この日のレッスンで私は、まるで、支援者として目指していた一つの頂きに到着したような気持ちになりました。


もちろん、私がいなくたって、マンツーマンレッスンをしなくったて、友里ちゃんの成長はあったのかも知れません。

でも、5年もの期間にわたって、ずっとマンツーマンレッスンで読解指導を継続してきたことの誇りは、私の心に言いようのない満足感をもたらしてくれるのです。

私は、うれしくてうれしくて、何度も涙がこぼれ落ちそうになるのを、ずっとこらえていました。


小学生だった友里ちゃんも、今では中学2年生になり、それまでとは違う新しい課題、重い課題に向き合うようになってきました。

私一人の力で、解決できない事柄も、たくさんあります。


だからこそ、教育者として、私がなすべき役割を明確にしていかなければなりません。

あの友里ちゃんが、ここまで育つプロセスを、5年間に渡り、最も近い位置で寄り添ってきた私、

このことを、多くの子どもたちの学びや育ちにダイレクトに生かしていくこと、


私は、友里ちゃんのお母さんが、自分の命を削り、普通ではない努力を重ねてこられたことを、誰よりも知っている一人です。

その母を支え続けることも、支援者としての私の大切な役割、


5年以上に及ぶマンツーマンレッスンの積み重ね、

この子は、いつまで私の所に来てくれるのでしょうか?

相互の存在は、決して消え去ることはないのです。

その時間の一コマ一コマに、指導者としてなすべき真実を、ずっとずっと託し続けたいと願っているのです。



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父の役割

 2012-09-20
私の小さい頃の思い出です。


ある日、父が、海水浴に連れて行ってくれました。

あなたのお父さんは、町内のすもう大会で、優勝したことがあるんだよと、聞いたことがありました。


高齢の父ではありましたが、体格は良く、小学生だった私をひょいと背中に乗せ、突然、ぐいぐいと沖へ泳ぎだしたのです。

背中に乗った私は、突然のその力強さに圧倒されながらも、あまりにもたくましい父の背中とそのスピードに、言いようのないほどの高揚感と、誇りと、幸せを感じていました。


目にも鮮やかに焼き付いたその光景、

父は、私が5年生の時、脳溢血で突然他界してしまいましたが、その誇りは、今でも心に根付いて片時も離れることはありません。


昨日、4歳の男の子のレッスンがありました。

なかなかすぐに着席することが出来にくい子でしたが、大好きな昆虫の図鑑を机の上に置き、「わーすごい、このクワガタムシの名前、何て言うんだろう」と言うや否や、0.5秒で、すっ飛んで、私の元にやってきました。


学習の集中度も、以前に比べて格段に向上してきました。

何度も何度もほめてやり、ごほうびに、プラレールで一緒に遊んでやることにしました。


2人で、一緒に線路をつなげ、町を作っていきました。

本当に楽しい、時間です。

何とも言えない、あたたかな気持ちが、相互に通い合っていきます。


その瞬間、その子が、私の背中に、おんぶをするかのように、手を回してきました。

座ったままの姿勢でしたが、私は何度も体を揺らしてやりました。


1度・2度・3度・・・

踏切を付け、信号機を付け、トンネルを付けるたびに、その子は、私の体に手を回してきました。


脳裏に、海を渡る私の父の姿がよみがえってきました。

やがてこの子が、有為な人材に育ち、誰がために貢献するようになったっとき、この光景を思い出すことができるでしょうか?


私をここまで支え続けたのは、あの力強い父の背中があったから、

いつの間にか、お父さんとそっくりの顔になったねと、親族の法事で言われるようになった私、


大地をしっかりと踏みしめ、笑顔で、行く先をしっかりと見つめること、

その力強い方向感こそが、子どものあこがれ、

私はそんな指導者として、生涯を全うしたい、


自分の生きている意味を確かめること、

彼の DNA は、今ここにしっかりと生きているのです。



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内言語から表出言語へのアプローチ

 2012-09-17
ここ数年、私は多くのご家族と出会ってきました。

それが就学前のお子さんの場合、多くの方が、言語表出についての願いをお伝えくださいます。

言語表出にかかわる課題は、ご家族にとって、何よりの切なる願いであることが多いのです。


これまでの個別指導場面で、100人をはるかに超える子どもたちと出会ってきました。

かれんちゃんのお母さんは、

これまで「ちゃちゃ」としか言えなかった子が、SHINOBU先生のレッスンで、「せんせい」と言っているのに、本当に驚いた、

この子の言語の育ちは、SHINOBU先生のマンツーマンがなくして考えられない。

いつもそんなふうに、おっしゃってくださいます。


3歳児のマンツーマンレッスンでは、実質は10分程度で終わってしまうのに、SHINOBUのレッスンでは、どうして40分も集中力が切れないのか不思議で仕方がないという話を別のお母さんから何度も聞きましたが、当時の私は、3歳児のかれんちゃんを相手に、90分のレッスンを毎週欠かさず続けていました。

あの頃は、時間に余裕があったこともありますが、本当によくやったものだと、今更ながらに思っています。


卒園式の時に、初めてみんなの前で発表をして、私を感激させた太郎君は、今ではもう普通に言語でやりとりができるようになってきました。

あの太郎君も、もう5年生になっているのです。


太郎君が、言語表出の爆発期を迎えたのは、就学後、学童保育で親友のせいや君に出会ったからだと、私はとらえています。

そう言えば、構音が不明瞭だった、さきちゃんも、はるちゃんも、小学校に入ったとたんに、言語表出がクリアになり、聞き取れる言葉が日に日に増えてきました。


内言語の豊かさ、コミュニケートの楽しさと大切さ、テクニカルな言語表出のメカニズム、

これらの条件が一定のレベルに整った時、表出言語は爆発期を迎えるものだと、私は考えているのです。


私は、生きた理解言語のモデルを示してそれを習得させること、

それをパラレルなコミュニケートの場面で、活用できるお膳立てをすること、

そして、コミュニケートの楽しさと大切さを、きちんと評価し、体感させることを大切にしています。


ですが、短期に言語を爆発させるスーパーテクニックなんて、何もありません。

ただ、そこを目指して、日々与えられた時間に、大切な内容を見失わないよう、日々の活動を充実させていくことだけです。

私は、何人もの子の言語の育ちを、最もその子の近くに寄り添って、ずっと見つめてきました。


あなたのあゆみは、後に続く多くの子どもの道しるべとなっていくのです。

私は、いつの時も、向かう先をしっかりと見つめながら、君と同じ歩幅で歩いて行きたいと願っているのです。



この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2012-09-18)






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順序数と集合数 数感覚のブラッシュアップ

 2012-09-14
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最近私、お買い物ゲームにはまっています。

何だか、とっても楽しくなってきたのです。


まずは、レプリカの野菜やくだものを、小さな黒いボックスに種類ごとに入れてもらいます。

子ども自身の手で、類型化させながら、見通しをもたせるのです。


20個の品物を、にんじんは2本、じゃがいもは3個というように、教育的な配慮で配当しておきます。

この活動では、まず4までの数を、同時的にとらえる力を育てたいので、それぞれ1~4個の品物をかごに入れておくのです。


例えば、じゃがいもを買うことになったとします。

ボックスにバラバラに入っていたじゃがいもを、順序よく、「1・2・3」 と言いながら、子どもの前に提示します。

聴覚的には順序数に1対1対応で、視覚的には集合数として同時的にとらえさせます。


子どもには、おさいふから十円玉を出して、数唱に1対1に対応させながら、数をとらえさせます。

この活動をしばらく続けていると、ボックスに入れたじゃがいもをみただけで、3個と認知出来る子も出てきます。

そういう子には、あえて1対1対応を使わずに、3という数を集合数としてショートターンのメモリーにキープさせたままで、私はその子に手を差し出します。

財布から、1・2・3と数えて、集合数のじゃがいもと対応させ、等価の3個の10円玉を、さらりと私に渡せるようになれば、この活動のねらいは完成です。


早い時期に、この数感覚を育てておけば、数の合成分解や、8の補数が2といった減加法の引き算へ、必ず役に立ってきます。


いつまで経っても数え足し、

位取り記数法の意味が、理解できない、

順序数から、集合数へ抜け出せない・・


その多くは、順序数から集合数への育てを怠っているからだと、私は考えるようになってきました。

順序数だけでも、例えば筆算を使い、指を使えば、計算はできるし、答えも出ます。

でも、出た答えの「47」の、量としてのイメージ化が全くできていないでいて、それで本当に算数と言えるのでしょうか?


筆算の計算ができると同時に、数の世界の扉を開き、日常生活の中での数との接点を豊かにしてやることこそが、この子たちへの算数教育の目標であると、私は思っています。

「先生、あと2個じゃがいもちょうだい、それでちょうど10になるから」

「10ずつまとめると、数えやすいんだよ」

お買い物ゲームで、笑顔でそんなふうに、私に伝えてくれる子ども、

私たちは、数の活動を通して、そんな子どもを育てたいと願っているのです。



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それをあたりまえようにこなす プロとしての専門性

 2012-09-10
私の所には、毎週、県外からレッスンを受けてくださる方がいます。

車で何時間もかけてお越しくださったり、新幹線での高い費用を負担しくださったりしながら、1時間足らずのレッスンを受けに来てくださるわけです。

その多くは、口コミや紹介でお越しくださる方です。


この活動を始めて5年目になりますが、そのリピート率は、驚くべき数字であると、私は思っています。

色々な事情で、レッスンを中断したり、卒業したりする方もいますが、以来4年・5年と続けられている方が、圧倒的に多いのは事実です。

私は、そのことを、何よりの誇りに感じて、毎日の活動に取り組んでいます。


交通渋滞に巻き込まれてはいけないと、前日から岡山に宿泊して、時間待ちをしてくださる方も多いのです。

となると、どんなに体調が悪かろうと、少々のことでは、レッスンをお休みにすることはできません。


無頓着な私が、体調管理には、ことさら気を使うようになりました。

どんなに宴会が盛り上がっていようが、中座できにくい会であろうが、午後10時には帰宅して、テンションを早く副交感神経モードに切り替えるように心がけいます。

私には、お休みの日というものがありませんから、疲れをためても、それをまとめて回復させる機会がないからです。

腰のこともあるので、フィジカルなメンテナンスも、毎週欠かさないようにしています。


それが、多くのご家族の願いに寄り添う者としての責任であると思っています。

舞台芸人の方や自治体のトップの方が公人であるように、私には、日曜日や祝日といった日が、休みであるという感覚は、全くありません。

それだけのことを、託された仕事であると、自覚しているのです。

そういう覚悟なくして、私のような非才な人間が、京都や三重や東京から、次々とお越しくださるようなレッスンができるわけがないと考えているのです。


私の教室には、教材の墓場があります。

研究や試行錯誤をしてみたものの、教材化するには至らず、廃棄を余儀なくされたものです。

以前、教室を整理したとき、何千枚というプリントの残骸が出てきました。


家庭なら、買った野菜は、残らず調理していただくのが当たり前です。

しかし、プロの料理屋なら、稲庭うどんでも、土瓶蒸しでも、のどぐろの塩焼きでも、売れても売れなくても、お客様の注文があれば、すぐにでも提供できるように毎日仕込みをしておかなくてはいけません。

それなりの料金をいただくのも、プロとしての責任という観点から、当然のことです。

中途半端なものを、商品にしてはいけないのです。


おもちゃも、10個買って、1個使えれば良い方です。

当時、新採用だったりえ先生は、それを見てある意味あきれた顔をしていましたが、自分が実践者として教材開発にかかわってみると、生き残った現役の教材の陰に、何百枚という失敗した試作品があるのだということが、だんだんとわかってきました。

それが、プロとしての教材開発だし、教材に命を吹き込むというのは、そういうことなのです。


待ち合わせの時間に着くのは、当たり前、

たとえ交通渋滞があっても、電車事故があっても、いつも通りに会場に着き、何食わぬ顔でサラリとレッスンをやりとげて帰ること、


レッスンは私が、私でいられる唯一のもの、

それがこそが、私のプロとして美学となっているのです。






この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2012-09-14)


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個別学習サポートの専門性

 2012-09-08
小学校に入学した時は通常学級在籍で、中学年以降に支援級在籍に変わるケースも、決して珍しいことではありません。

私の教室に通ってくれている子の中にも、何人もそんな子がいます。

支援級で学ぶ機会が増えた分、みんなと一緒に学習する機会が少なくなるのは、ある意味仕方がないことなのかも知れません。


今月から、試験的に、「個別学習サポート」 というサービスをさせていただくことにしました。

直接、SHINOBU先生のレッスンを受けるということにはなりませんが、私の指導と責任のもとで、それぞれの先生の持ち味を、個別のレッスンで発揮してもらおうというコンセプトです。


ある5年生の女の子のお母さんから、「理科や社会の個別指導はお願いできませんか?」 という依頼を受けました。

私は早速、ある先生に、教材づくりのポイントを指示しました。

学校と同じ事は決してできませんが、オーダーメイドの個別指導には、それなりのポイントというものがあるのです。


この先生は、これまで1を伝えれば、すぐさま10の結果を出して来ました。

この指示を、どう具体化していくか、

何だか、私の方が楽しみになってきました。


週に60時間のレッスンを行っている私、

いくらがんばっても、あと10のレッスンを、ここに積み上げることはできません。

ですが、志のある若手を育てていけば、それが100にも1,000にもなる可能性があるわけです。


この取り組みは、いわばその試金石です。

これからのレッスンを、私は若い先生方と、そして未来の多くの実践者と、一緒に作り上げてみたいと願っているのです。



この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2012-09-09)



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個別学習のニーズを具現化する

 2012-09-06
私は、多い週では、1週間に60を超える個別レッスンを担当させていただいています。

お休みの日は、多くて年に数回、

土曜も、日曜も、祝日も返上し、大阪や京都にも出かけていって、レッスンをさせていただく日もあります。


1日10時間のレッスンをしようとすれば、事前の準備に2時間はかかります。

毎日、9時からレッスンがありますから、そういう日は、7時前に教室に入らないと間に合いません。

この頃はスタッフが、教材作成をサポートしてくれるので、そういう面では随分楽になりました。


それでも、とてもではありませんが、マンツーマンレッスンの、すべてのニーズにお応えできているとは言えません。

このままでは、来年度就学を迎える子どものレッスンが、たちまちパンクしてしまいます。

一人で行えるレッスンの限界を、もうとっくに超えていますから、来年度に向けては、それに合った内容を提供させていただかなければなりません。


今週から新たに、「個別学習サポート」 というコンセプトのレッスンを試行させていただくことにしました。

担当は、大学4年生の 「あやか先生」 です。


音楽療法士のりえ先生は、今、博士論文の最終段階に差し掛かっています。

大学の研究室でも勤務されていますので、「個別学習サポートができる人材を探してください」 と、かなり前からお願いをしていました。

機が熟して、今回からしばらくの間、「個別学習サポート」 を、担当してもらうことにしました。


私のいる教室に、指導者が、私とは別に3人、

そして、勉強する子どもも3人、


これなら、もっと多くの人に、個別学習の機会をたくさん提供できる、

ゆくゆくは、こんな形の教室運営を考えています。


あやか先生は、私の期待通り、まちがいなく優秀な素材です。

いきなりの実践場面も、すぐに合格点をたたき出してくれました。


まずは、そのモデルとなる実践を、あやか先生といっしょに作り上げて行きたい、

そして、子どもの力を引き出し、熱い志の集い合う、豊かな学びの場を構成していきたい、


私の夢は、広がります。

その具現化のための大切な一歩が、この日から、またスタートしたのです。




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紙の上でない算数

 2012-09-04
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夏休みに、田舎の親戚の家に遊びに行きました。

朝、いとこに連れられて、裏庭の林に行ってみました。

その子は、生まれて初めて、小さなクワガタ虫を発見しました。

ペットショップで買ったものではない、大きな胸のときめきがそこにはありました。


夏休みが終わり、やがてその子は、元の家に帰りました。

でも、心の中には、あの日のときめきが忘れられません。


男の子は、繰り返し、何度も何度も、昆虫図鑑を眺めるようになりました。

そこには、日本のクワガタ虫だけでなく、世界のいろいろな地域の、たくさんの昆虫のことが書いてありました。

昆虫図鑑を通して、この子は、世界の様々な地域の、たくさんのクワガタ虫のことを、まるでそのこにいるかのごとく、感じ取るような心持ちになっているのでした。



私たちは、教科書を通して、様々な文化を学び取ることができます。

そこに居ながらにして、たくさんの豊かな内容を学習することができるのです。


しかし、直接体験には、バーチャルな物では体感できない、学びの真実が内在化しているのです。

これがあればこそ、教科書の内容が生きてくるのだと、私は考えています。


紙の上での算数が苦手でも、お店屋さんをさせると、人が変わったように瞳を輝かせて取り組む子どもに、私はこれまで何度も出会ってきました。

紙の上だけの学習が、算数ではないのです。

要は、子どもに育てたい内容と、数理的な真実を見つめれば見つめるほど、リアルとバーチャル、双方が必ず必要となってくるのです。


お買い物ゲーム、すごろくゲーム、

子どもはとっても大好きです。


リアルとバーチャルをつなぐ接点が、操作活動であり、ロールプレイであるわけです。

私は、ここの構成こそが、算数指導における指導者の力量を示す物だと考えて日々の実践に取り組んでいます。

私が育てたいのは、数の世界のよさと大切さを、日常生活に生かすことのできる子どもの姿です。


生涯、数の世界にふれながら、数と向き合いながら、より豊かに暮らす数の扉を、何としても開いてやりたい、

私の算数指導の目標は、いつもそこにあるのです。





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大切さを全国に伝えたい
Author:SHINOBU
新大阪教室

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