漢字を正しく使えるようにするための課題分析

 2012-03-30
花子ちゃん、今日は漢字テストするよ、だからね、テスト調べしようか?

私がそう言うと、一瞬、花子ちゃんは驚いたような表情を見せましたが、すぐにそれは笑顔に変わっていきました。

みんなと同じようにテスト勉強をしてみたい、

そんな花子ちゃんの小さな夢が実現する日がきたのです。


花子ちゃんは低学年の時、文脈の流れの中で音読をするのは得意でしたが、微細な文字の視覚認知ができにくく、何度も何度も涙を流したものでした。

「目」 と書いているのか、「日」 と書いているかわかりにくい、

「里」 の下の部分が、「二」 なのか 「三」 なのかわかりにくい、

「大」 という字のはらいの部分を、どこから書いたらいいいのかわかりにくい、

そんな日々が続いていました。


筆やマジックで大きな文字を書いたり、ねんどで文字を書いたり、型紙を使って漢字を作たりする学習を進めながら、微細な認知にかかわる刺激を小さな積み重ねていきました。

中学年くらいから、微細な視覚認知にかかわる力が、次第に身についていくのが感じられました。

と当時に、漢字をへんとつくりに分解してとらえ、「立」 「木」 「見」 で 「親」 ととらえることができるようになってきました。


さらに、微細な手指の巧緻性も向上し、運動機能・運動野からの情報も、脳内ネットワークの中に組み入れられるようになってきたと感じられました。

まだ正確とは言えないにしても、活動として、漢字学習が成立するようになってきました。

パソコンの大きな画面・大きな文字での学習、それぞれの漢字に情景図を添えての学習が有効に機能し始めた時期でもありました。


5年生になった頃から、微細な視覚認知力・手指の巧緻性に大きな向上が見られるようになりました。

認知の部分にさほど支援を必要としなくなったので、今度は、ショートターンのメモリーをブラッシュアップする時期になりました。

見た文字をそのまま書く・写す活動から、一旦脳内のメモリーにキープした上で、その文字を再構成させる学習です。


モチベーションや達成動機を高めながら、何とか楽しく学習を進める方法はないものかと考え構成したのが、今回の 「漢字テスト調べ」 の学習活動です。

すごい、上手に書けるようになったね、1枚でもう十分合格なんだけど、今度は算数の勉強しようか、

花子ちゃんの顔には、「もう1枚、漢字テストしたい」 と、ちゃんと書いてあります。(笑)

だからこそ、あえてこういう投げかけをしたのです。


今日は、ずっとずっと漢字テストをする、

花子ちゃんは、そうまで言ってくれました。


こんな日がくるものですね、

1年生の時、漢字ドリルにはらはらと落とした涙の面影を、もうどこにも感じることができなくなりました。


ショートターンメモリの学習をブラッシュアップした後は、ロングターンの漢字記憶の強化、そして日常生活場面での般化・適応と、次々と課題に向かって進んでいかなくてはいけません。


真っ暗な森を抜け、そこから未来に向けてずっと続くよう道のり、

私たちにとって、その道のりが苦しかろうはずはありません。


子どもの願いに寄り添い、内発性を重視し、その育ちに合わせたオーダーメイドの学習活動、

そういう学習スタイルにも光と影の部分はありますが、たとえわずかな時間であっても、そういうアプローチを必要とする子どももいるはずです。


今、小さい学年の子で、あのときの花子ちゃんと同じような課題に向かって歩み始めた子もいます。


「大丈夫、先生と一緒にお勉強続けたら、きっと上手に書けるようになるから」


笑顔の中に、ゆるぎない方向感を示しなら、しっかりとした足取りで歩み続けること、

そんな支援者となれるよう、これからもずっと向かう先を見つめていきたい、そう願っているのです。




この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2011-04-01)


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それぞれの旅立ち

 2012-03-28
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私がこの活動を始めて4年になりました。

当時、就学前であった子は、今や立派な小学生、

低学年だった子は、もう高学年、

そして、当時中学年だった子は、中学生になっていきます。


先日、その一人が、お母さんと一緒に私の所を訪ねてくれました。

大好きな電車の絵を描き、それを額に入れ、手紙を添えて私にプレゼントしてくれました。


「オレ、頭がよくなりてえ~」

いつだったか、そう言って、大粒の涙を机の上に落としたこともありました。

今やすっかりとたくましくなったこの子は、この3月をもって、私の所を卒業することになりました。


早速、描いてくれた絵を、入り口の所へ飾ってみました。

すると、今度年長組になる男の子が、すぐにこの電車の絵に注目していました。

やっぱり、印刷ではない、手描きの絵はインパクトがあるのですね、

この所、急速に言語面での伸びが感じられる男の子、

何か通ずるところがあるのか、食い入るようにこの絵を見ていました。


この日、初めて私の所へご相談にお見えになった方がいらっしゃいました。

まさに、数年前にここへお越しくださったお母さんと、同じ瞳の色をされていました。


季節は春、

それぞれのお子さんが、それぞれのご家庭が、やがて来る新しいステージへ向かわれようとしています。


この子とは、2週間に1回のレッスンでしたが、4年近く、ずっとこの子の先生であり続け、ご家族と一緒に歩んでいくことができました。

本当に、こんな晴れやかな日を迎えることができるなんて、信じられないような気持ちです。


4月から、この時間帯には、うちの保育園を卒園した、新1年生が来てくれることになっています。

この子を小学校卒業まで、私を必要としなくなる日がやってくるまで、育て上げることが出来るでしょうか?


先生は、君に続く子を育てなくてはいけません。

君が描いてくれた絵は、ずっとこの教室に飾っておきます。

だから、だから、いつまでも自分らしく、このレールのように、未来に向かって、まっすぐにまっすぐに伸びていってほしいと願っています。


ありがとう、

君と過ごしたたくさんのあゆみは、いつまでも先生と、後に続く子たちの宝物となるのです。





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遂行機能の力を培う

 2012-03-23
ダウン症のお子様には、達成動機の高い子がたくさんいます。

「やってみたい」 「がんばりたい」 という気持ちの強い、とても魅力的な子が多いのです。

場の状況に合わせて行動したり、本番に強かったり、応答的なやりとりが得意な子も多いようです。

「すてきなダウン症」 という表現もありますが、それぞれのお子さんに、それぞれの大切な宝物や魅力があると、私は思っています。


「あそこにあるおもちゃをここに持ってきて、先生と一緒に、ままごと遊びをしよう」

そう決めたら、ままごとのセットを机の上に置き、ちょっと向こうにあるぽぽちゃんハウスを持ってきて、ボックスの中のグッズを用意しなければなりません。

このように一つの活動のために、様々なことを構成していく力のことを、「遂行機能」 と呼んだりすることがあります。


この遂行機能、

得意な子とそうでない子がいます。


ぽぽちゃんハウスを持ってこうようと思っていたのに、途中にある絵本に気をとられてしまい、何をしたらいいのかが、すっかりわからなくなってしまう子もいるのです。

様々な認知力や生活経験の向上により、そうした問題が少しずつ軽減していく場合がほとんどです。


ですが、

一生懸命やっているのにもかかわらず、どうしても途中で忘れてしまう、行動の見通しがもてない、いきあたりばったりの行動になってしまう、自分勝手な行動だと思われてしまう、そんな行動が顕著な場合は、遂行機能に大きな課題を抱えていると理解してあげることも大切です。


ならばどうするか?

私なら、その子のどこが苦手なのかを、活動を通して明確にしてやり、その部分のみに支援を入れます。


例えば、前回絵本に気をとられた子なら、行く途中に、その子にとって刺激の対象になるようなものは予め除去しておきます。

学校に持っていくのを忘れがちな子なら、玄関の目の高さの所に張り紙をするようにお願いをしておきます。

こんなふうに支援を入れながら、意図的・段階的にその支援をフェードアウトしていくのが、私のやり方の基本です。


大切なのは、課題を明確にすることと、生活の中での子どもの実態を、いかにシャープに把握するか、そのことにかかっていると思います。


たるんでるのではなく、苦手なのです。

だから、どう育てるか、その視点や方略こそが子どもを育てるのだと考えています。


苦手なことの裏側には、必ずその子の良さも見え隠れしているはずです。

あなたの良さを大切にしながら、こんなふうになれたらいいね、という育ちの方向性を、わかりやすい言葉や手順で、明確に示せることこそ、支援者としての力量が問われるところです。


あなたが大好き、だからこうなってほしい。

育てるということ、ご家族と共に歩むということは、そんな姿なのではないかと私は考えています。




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オーダーメイドの読解プリント

 2012-03-19
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友里ちゃんは、中学1年生、まもなく中学2年生へ進級します。

中学からは、支援学級に籍を置くようになりました。

4年生の時から、私の教室に通ってくれるようになり、もうかれこれ4年近くも続けてレッスンをさせていただいています。


友里ちゃんは、一文字一文字を精査に見て、それを視写したりするのは、得意中の得意です。

でも、逆に音訓の読みかえなどが苦手で、なかなか文脈を通して内容をとらえることができにくいので、視覚的に切り取ったキーワードをたよりにしながら、考えることが多いのです。

いわゆる読解における同時処理優位の認知処理様式を示しているのです。


4年生の時から、私がずっと続けてきたのは、文字を文脈としてとらえる継次処理の学習体験を積み重ね、その力を培っていくことです。

読めない漢字を読み飛ばして、アバウトに文脈をつかむタイプの子ではありませんから、読みにくい漢字にはふりがなをふってやります。


こうすることによって、まずは、文章全体を音声化することができます。

でも、まだまだ音声化するのに精一杯で、それを内言語化・理解言語化することができているわけではありません。

自分で一通り文章を音読した後には、今度は私が範読してやり、聴覚性の言語により、アバウトな文意を内言語化させます。


それから内容精査に入ります。

わたしは、あえて中学生の教科書から題材を選ぶようにしました。どんな題材であっても、友里ちゃんの特性に合わせた問題を構成することができるようになったからです。

今は、光村図書の 「江戸からのメッセージ」 ~今に生かしたい江戸の知恵~ 杉浦日向子著 を教材として使用しています。

友里ちゃんは、キーワードをピックアップする文字言語の視覚認知力が優れています。


「江戸時代の道具は、金物、木、布、紙など、どれも天然素材であった。金物は煮とかせば何度でも再生がきき、それ以外の物は最終的に植物性のきれいな灰となった。」

地の文には、そう記されています。

私が友里ちゃん用の問題を作る時には、「江戸時代の道具は何でしたか?」 とは尋ねません。 「江戸時代の道具の天然素材は、どんな物でしたか?」 と、尋ねるようにします。

「金物はどうなりますか?」 とも尋ねません。 「煮とかせば何度でも再生可能なものは何ですか?」 と尋ねるのです。

このように問題文に、あえて読みの視点となるキーワードを入れる支援を施すことで、友里ちゃん自身の自力解決が可能となり、達成動機が大きく向上します。

そして、こうした学習を積み重ね、段階的にキーワードを変化させていったり、支援を除去(フェードアウト)しながら、その完全自力解決に向けた対応力を培っていくのです。


友里ちゃん用の問題作成は、確かに手間のかかることではあります。でも、ポイントが明確になれば、友里ちゃんに全文視写をさせている間に、自作問題をリアルタイムでプリントアウトすることも可能です。

そして作成完了した自作問題は、友里ちゃんだけでなく、やがては多くの似たタイプのお子さんの指導に生かされることになります。

この作業は、決してしんどいものではなく、それはそれは楽しい時間となります。


もともと国語の題材に、学年なんて関係ないはずです。

ならば、中学生には中学生の題材を使って、その子に今身につけてやりたい力を明確にして、それを教材化することができるはずです。 

むずかしい漢字には、ふりがなをうってやれば、それでいいのです。


こうした学習では、あっという間にレッスンの時間が過ぎていきます。

なぜならそれは、この子の笑顔と手応えが、すぐそこにあるからです。


「 子どもの実態 → 育てたい力 → 題材選び → 教材化 」

先に一定の定番カリキュラムを構成する一方で、指導の原点は、いつもそこにあります。


そう言えば、土曜日のレッスンで、あすかちゃんがレッスン中に、問題を読みながらケラケラ笑ったり、急ににやしやしたりするようになりました。

問題作成者のユーモアが理解できるようになり、ボケに対して、ちゃんと突っ込みを入れることができるようになって来たのです。

このあたりの育ちの曲線は、4年生当時の友里ちゃんとそっくりです。



実際、毎回すべてオーダーメイド問題と行かないにしても、特別支援と名を付けるのであれば、是非ともそこに軸足を置ける自分でありたいと、私は願っているのです。




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育ちのクオリティ

 2012-03-16
先週、保育園で生活発表会がありました。

体操教室でご指導いただいている先生を、ゲストとしてお迎えしました。


年長組の発表で、すべての子が側転を披露することができました。

何人かの子は、片手側転を見事に決め、連続技で、ブリッジから体を起こし、会場が大きくどとめきました。

正直、私も驚きました。


うちの保育園では、英語ではネイティブの先生を講師にお招きし、歌唱や硬筆、和太鼓、水泳などもその道のプロの先生にお願いしています。

だからこそ、逆に、それぞれの保育士としての専門性が光るのだと考えています。


先日、音楽療法のレッスンを見ていると、ある女の子の表情に明らかに変化が見られました。

まだ、言語表出はあまり見られませんが、大好きな打楽器で遊んでいる時の表情が、とても輝いて見えました。

小さいけれども、大切な大切な育ちの芽生えを感じることができたのです。


「片手側転、すばらしかったです。講師の先生のすぐれた指導技術と情熱が、多くの子の育ちに形となって現れました。と、同時に、この発表会の中で、それぞれのお子さんの発表一つ一つに、片手側転と変わることない大切なねうちがあることを、私たちは見落とさないようにしていきたいし、そういうことが、私たち保育士に託された専門性であると考えています。」

閉会の挨拶で、私は、そのうような内容について、お伝えしました。


物を感じることができるようになること、

自分の足で立てるようになること、

言語が表出できること、

自分の意思を伝えられること、

数が数えられるようになること、

笑顔で日々生きること、


その一つ一つのクオリティーの、何と尊いことか、

私たちは、その育ちに直接かかわる支援者であることに、何よりの誇りと喜びを感じています。


今日は、兵庫県から来てくれた子のレッスンがありました。

2週間に1回のレッスンでしたが、特別のご予定がない日には、ほぼ毎回ご両親と一緒に来てくださいました。


4月からは、小学1年生になるお子様です。

「きっと家で何度も繰り返しこのビデオを見ると思います」

この日のレッスンのようすをビデオに撮ってくださったお父さんは、そのようにお伝えくださいました。


感覚を育てたり、応答的なコミュニケートの力を培うレッスンから、就学前の教科学習に近いレベルのレッスンができるまでに育ちました。

兵庫から毎回車でお越しくださり、「この近くのコンビニが見えると、子どもがここに来ることがわかって、いつもガッツポーズをするんです」 と、おっしゃってくださいました。


本当に楽しいレッスンでした。

就学後は、これまでと少しだけ違った形でサポートさせていただくことになるのですが、今日で一つの節目を迎えると思うと、何だか胸が一杯になってしました。


子どもの育ちの大切な部分が、どんな時にも、しっかりと見える支援者でありたい。

ご両親の深い愛情とご努力、

すべての源がそこにあることを、改めてかみしめることができたのでありました。





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あなたがいてくれたからこそ 今の先生がある

 2012-03-14
今から10年以上も前の話です。


当時私は、小学校6年生の学年主任をしていました。

卒業式が終わったその日、私は校長室に呼ばれ、「新年度は、新設する支援級の担任をしなさい」 と言われました。


私は、支援級担任希望の欄にまる印をつけていましたから、その事がうれしくてたまりませんでした。

中学への引き継ぎなど、卒業にかかわる事務を済ませるとすぐに、受け入れ準備を開始しました。


まだ卒業式が済んだばかりの3月でしたが、その子の自宅、幼稚園、保育園、療育の施設などに足を運びました。

正式に担任の発表があったわけでも何でもありませんでしたから、今から思うと、完全なフライングでした。

交流をする1年生の担任は、同じ6年生の担任をしていた先生でしたし、支援級の免許ももっていましたので、心強い限りでした。


新設の学級なので、予算の獲得、施設改修、備品の整備など、することも手続きも山ほどありましたが、そこには夢があり、希望が一杯でした。

私は、2年間担任をして、その学校を転勤となってしまいました。

連絡帳も、通信も、まるでひとつの物語のように綴られていきました。

本当に、夢のように楽しい2年間でした。


私が、転勤となった後でも、ご家族とは交流が続きメールをいただいたり、お会いしたりする機会も何度もありました。

白ゆり教室を始めた頃、しばらくの期間、特別支援学校の高等部に通いながら、私の教室にも通ってくれていました。


その男の子が、昨日、高等部の卒業式を迎えました。

直接、この子の指導をさせていただいたのは、ほんの限られた時間だったのですが、私の心の原点には、いつもその子の存在がありました。


今、多くの子が、小学校への就学の時期を迎えようとされています。

期待と不安が入り交じって、胸が張り裂けそうになっているご家族・ご両親のお気持ちが、幾度となく私の所に伝わってきています。


私は、支援級の担任になることを何よりも誇りに思っていましたし、1年生でその子を迎えられることが、うれしくてたまりませんでした。

そんな気持ちが根元にあったから、就学前にもかかわらず、幼稚園・保育園・療育施設へと、自然に足が向いて行きました。

それは、当然のことであると信じて疑いませんでしたが、ご両親は、ことある度に、何度も何度も感謝の気持ちを私に伝えてくださいました。


高等部の卒業式を終え、この子も、人生の新しいステージに向かっていくことになります。

私が、直接この子の指導にかかわることができたのは、限られたほんの一部の期間でしかありませんでしたが、それが今の私の活動の源流となっているのです。


ご両親が、涙をこぼされんばかりに感謝してくださったあるべき姿を、多くの子どもたちやご家族のためにつなげて行きたい、生かしていきたい、

それが今、私を突き動かしているエネルギーとなり、パワーとなっているのです。

あなたとの出会いがあったからこそ、今の先生があり、あなたとのあゆみそのものが、多くの子どもとのレッスンに、今でも脈々と生かされているのです。


子どもとの出会いというのは、そういうものです。

あなたとの出会いの輝きを、いつまでも色あせないものにしていくためにも、私はこれからも真摯に自分のつとめを果たしていかなくてはなりません。


だから、だから、

これからも、自分らしく、懸命に生きるあなたでいてほしい、


ご卒業、本当におめでとう、

あなたの存在そのものが、先生にとってはいつも大切な宝物となっているのです。



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縦の軸で子どもを育てるアプローチ

 2012-03-12
先日から、6年生の男の子が、私の教室に通ってくれるようになりました。

当該学年の漢字も正しく書くことができるし、わり算の筆算も正しくできる、

学習態度も、とても熱心な子です。


なので今回は、分数の問題にチャレンジしてもらったのですが、まだ分数の意味はきちんとつかめていないようでした。

ならばということで、パソコンソフトなどを使い、基礎の基礎から分数の学習を始めることにしました。

これまで分数の学習機会があまりなかったのかも知れませんが、手順に従い、ていねにに学習を進めれば、どんどんステップアップしていくことができます。


個別指導のいい所は、何といっても、オーダーメイドで、その子の学びのストーリーに沿った柔軟な学習計画を立てることが可能だということです。

例えば、分数と決めたら、小さい学年のおさらいから、目標とする所まで切れ目なく指導を継続することができます。


5年生の花子ちゃんは、1年生の時から私の教室に通ってきてくれています。

もちろん、週に1~2度のレッスンですから、学校での年間1000時間以上の授業と比較することはできません。


でも、私はずっと、直接花子ちゃんの学びのあゆみを見つめてきましたし、きっとこれからもそうです。

特に教育的なニーズがある子の場合は、こうした縦の軸での学びが、もっともっと豊かに構成されてもよいのではないかというのが、私の活動の大切なメッセージの一つです。


集団の中にしっかりと学びのメインステージがあって、その上で、その子の特性に応じた内容豊かな個別の学びの場を構成していきたい、

それが私の夢であり、ライフワークとなっています。


そのための小さな毎回のレッスンの積み重ね、

私が、最も大切にしている時間がそこにあるのです。




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そこに強い意思があればこそ 道は開かれる

 2012-03-09
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かれんちゃんは、1年間の就学猶予期間を経て、この春から小学校に入学します。

昨年より、かれんちゃんのお母さんには、赤ちゃん体操指導員として私たちのスタッフの一員に加わっていただき、様々な面でご指導をいただくようになりました。


そのかれんちゃんが、3月に誕生日を迎えます。

先日、何気なく日本ダウン症協会・岡山支部の会報を拝見していると、かれんちゃんのお母さんがお書きになった記事が掲載されていました。



かれん、お誕生日おめでとう☆

就学猶予をしてもらって、慣れた保育園で1年間ゆっくり育てていただきました。ご心配くださった教育委員会のみなさまには、心から感謝しています。

就学猶予をしてもらったおかげで、できることが格段に増えました。おしゃべりも上手になって、簡単な会話でのコミュニケーションも楽しくなりました。


3歳から毎週お世話になった、白ゆり教室(現在:岡山白ゆり発達支援センター)のSHINOBU先生にも、いろんな面で助けていただきました。かれんが重い多動と知的障がいを伴っていてもある程度言語を身につけられたのは、SHINOBU先生のご指導があったからだと思います。

3歳の時点で 「ちゃちゃ」(お茶)しか言えず、パパもママもまともに言えなかった状態から、現在では3語文も言えるようになってきました。

共働きで十分接する時間がない両親なので、丁寧に個別指導してくださる先生の存在はとても大きかったです。また、私たち両親の子育て意欲も支えられました。

              (JDS岡山支部 会報№154より、一部を引用させていただきました)




初めてかれんちゃんのお母さんから、電話をいただいた日のことを、今でもはっきりと覚えています。

もともとは、小学校の教員でしたたので、それまで、直接就学前の子のレッスンをすることはほとんどありませんでした。

「本当に私でいいんですか?」 と尋ねる私に、かれんちゃんのお母さんは、多くの母の気持ちの代弁者として、私のすべき内容、期待している事柄について、それはそれはていねいにお伝えくださいました。

それなら、私にも何かさせていただけることがあるかも知れない、

それ以降、私はそれまでに学んできた知識や経験をすべて集約しながらも、ありのままのかれんちゃんを受け入れ、内発的な学習意欲をベースにした、オーダーメイドのコミュニケーションレッスンのあり方を模索してきました。


初めて私を、「せ・ん・せ・い」 と呼んでくれた日、私はうれしくてかれんちゃんを思い切り抱っこしてあげました。

すると、ケラケラと笑うかれんちゃんは、私の腕の中で何度も何度も 「せんせい」 と呼んでくれるようになりました。

毎回が決してこんなふうにうまく行ったわけではありませんが、ご両親はこうした営みをとてもあたたかく支えてくださいました。


今では、「いっしょにあそぼう」 と、私をさそってくれるようになりました。

あれほど苦手だった、パズル系の課題にも、自分から進んで取り組んでくれるようになりました。


かれんちゃんのお父さんもお母さんも大学の先生なので、とても多忙な毎日を送っておられます。

卒論の締め切り間際のとてもタイトなスケジュールの時期にも、ご両親が交代で、送り迎えをされていました。


多忙なご両親の授業スケジュールの合間で、ここでのレッスンが成立していたのでした。

毎年ギリギリの時間調整の中、とにかくレッスンを受けさせるという気持ちが双方にあったからこそ、何とかこれまで継続することができました。


先週、お母さんの来年度の時間割が決まったという連絡を受けました。

「4月以降は、金曜日の午後にここに来ることができます」 という内容でした。

金曜日の午後? いくら何でもそれはむずかしい、と思って予定表を開けてみると、今月から、何と1枠だけぽっかりと空いて時間がある・・


まさに奇跡的なタイミング!

改めてこの子の引きの強さに驚かされたのでありました。

そこに強い意思があればこそ、道が開かれるというのは、この活動を始めてからずっと感じてきた事柄です。


思えば私は、どの子のレッスンでも、ご両親の願いを受け、本当に微力ではあったけれど、教育者としてその役割の一部を担っていたに過ぎないのです。

私の手も、足も、心も、それはすべてご両親が育まれた願いを、形としてしていくための営みであったわけです。

それがなければ、決して私は何も出来なかった。


季節は春、

やかてども子にも、新しいステージがやって来ようとしています。


かれんちゃんの実践を公開することにより、私には、多くの子どもたちとそのご家族との接点が出来ました。

その一人一人のご縁や願いを大切にしながら、これからも私は、子どもたちとご家族と一緒に、歩んで行きたいと思っているのです。





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京都 「モーネ寺子屋」でのレッスン

 2012-03-07
3年程前、京都から、私の教室にお越しくださるようになった方がいます。

新幹線から在来線に乗り換え、駅からタクシーで私の教室にお越しくださいました。

かれんちゃんの実践を知り、何としても我が子に先生のレッスンを受けさせたいと思うようになりました、とおっしゃってくださいました。


しばらくして、その方の紹介で、別の方も京都から来てくださるようになりました。

もしも、京都駅からそれ程遠くない所に会場をご準備くださり、数名の方で費用をシェアしてくださるのであれば、私の方が京都へ行かせていただきますとお伝えしたところ、あっという間に、環境をご準備くださいました。

こうして平成22年の5月から、毎月京都におじゃまさせていただくようになりました。


京都での会場は、二条城のすぐ北にある 「モーネ工房 寺子屋」 を使わせていただくことになりました。

いつだっかた家内が、この工房をお訪ねしたこともありました。


まさに寺子屋というべき、独特の存在感とあたたかさ、

ご主人、奥様、そしてそのご両親のお人柄に触れ、「何ともいえない感銘を受けた、京都レッスンはずっとずっと大切にしてほしい」 と、ことある度に言っていました。


昨年春から私を取り巻く岡山での環境が大きく変わり、平成24年4月からは、京都へは祝日を中心に行かせていただくこととなりました。

祝日・休日には、芸術を学ぶたくさんの生徒さんがお越しになる関係で、この3月をもって、モーネを会場としてのレッスンは最後となりました。


絵心のない私でしたが、ギャラリーにご案内いただいたり、著書を拝見させていただいたりしながら、ダイレクトに芸術に向き合っておられる方とお話をさせていただくことができたのは、またとないすばらしい機会となりました。

特に、非言語での子どもとの心の通い合いついては、教育と芸術という違う切り口だからこそ、その分、大切な部分が鮮やかに浮かび上がってくるかのような手応えを感じることができました。


4月からしばらくは、ご好意で、ある方にご自宅を会場に提供してくださりながらの運営となります。


これまで23回京都レッスンに通いましたが、全部日帰りで、二条の駅以外で降りたことはありません。

あの日3歳だった子は、この春年長さんに、

あの日4歳だった子は、この春から小学生です。


桜も、紅葉も二条城以外のものは、一度として見ることはありませんでしたが、

モーネでの最後のレッスンは、楽しくて、愛おしくて、仕方がありませんでした。


何人かの方は、また岡山に来てくださることになりました。

初めて、あのお母さんが岡山にお越しくださった時は、いったいどんなお気持ちだったのでしょうか?

その深い愛情と決心が、私の心を揺り動かし、多くの子どもたちとの出会いにつながっていきました。


何としても、そのお気持ちに添う活動を続けていきたい。

ご縁があれば、いつかはまた、プライベートであのギャラリーをのぞいてみたいと願っています。

そのためにも、ずっとずっとそれに恥じない営みを積み重ねていきたい、

今となっても、寺子屋のあの独特の畳のにおいが、いつまでも私の心にしみついて離れないのでありました。



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メタ認知のための支援者の存在

 2012-03-06
6月に、小学校の時担任をしていた子の結婚式に出席するため、東京に行くことになりました。

小学校3・4年生の時の担任をした子で、「山ちゃん」というニックネームの子です。

数年前、司法試験に合格し、この度、同期の女性弁護士さんと結婚されるというように聞いています。


披露宴は、六本木のリッツカートン東京で行われるそうです。

昨年は、わざわざ岡山に訪ねてくれたので、一緒に楽しい時間を過ごすことができました。

こんな晴れやかな機会に招待されることを、教育者として無上の喜びに感じます。

本当に、喜ばしいことです。


当時の思い出は、山のようにあります。

このクラスには、コアラのシンボルマークがあり、クラスのめあてが達成されると、そのコアラが一段ずつ木を登っていき、てっぺんまでいくと、クラスでパーティーを開いていました。

そのクラスのめあては、「一人一人を大切にするクラス」「まとまって活動できるクラス」というものでした。

このめあては、4月に全員の意見を集約する形で、学級会で決定しました。

今でも、はっきりとその時のことを覚えています。


山ちゃんは、その話し合いの時、いつも強烈な自己主張をした子でした。

親友のヨッシーは、話し合いの時に、「山ちゃん、いつも自分のわがままばかり言うなよ」 と言いながら、きっとどこかにいい方法があるはずだといつも真剣にそのことを受け止めていました。

みんな、自分のクラスに誇りをもっていました。

どの子もクラスの大切な仲間として受け入れる所からスタートする、インクルーシブな感覚が根底にありました。


学習発表会で、あまり勉強が得意でない子が、劇の主役に立候補したときは、みんなでその子を応援してあげようというような、そんなモラルがありました。

遠足のバスの中で、他のどの曲よりも大きな声でクラスの歌を歌っているのを聞いて、バスガイドさんが目を潤ませていたことも記憶に残っています。

中には、今、飛行機のパイロットをしている子もいますし、いわゆる一流大学へ進学した子もたくさんいる、今から思うと優秀な子の多いクラスでした。

が、このクラスの中では、社会的なポジションは一切関係なく、同じクラスのメンバーとして、当時のまま、飾ることなくありのままの自分でいられるのです。


彼は、ネットで私のブログを発見し、メールをくれるようになりました。

「小学校高学年以降のの学校生活は、悲惨でした」

何年か前に、新宿の居酒屋で一緒に酒を酌み交わした時、そんなことを私に伝えてくれました。


どうやら、先生や友達との人間関係で、苦労した場面も多かったようです。

司法試験も、合格まで数年かかった、と言っていました。


あの苦しい時代に、ずっと自分を支え続けたのは、家族の愛情と、あのときの友達、そして先生の存在でした、

山ちゃんは、そんなふうに言ってくれました。


昨年、山ちゃんが岡山に来た時、親友だったヨッシーとアラキも一緒に来て、めちゃくちゃ楽しい時間を一緒に過ごすことができました。

アラキは、学校の先生になっていました。

いつだったか、アラキのお母さんが、「この子はSHINOBU先生にあこがれて先生になったんですよ」 と伝えてくれたことがあります。

私より、何倍も心優しい、熱心な先生になっていました。


山ちゃんは、ある部分は天才的な才能をもってる子でした。

が、その分、強烈な個性を併せ持つ子でもありました。


新宿で会った時の、山ちゃんは、それはそれはいい男に成長していました。

酔っぱらった勢いで、私に説教を始めるような所は、小学校の時と同じ (笑) でしたが、おそらくは、その才能も個性もそのままでありながら、自分をメタ認知できる力、制御・コントロール力が育ち、弁護士という職業を通して、自分の才能を開花させるフィールドを得たのだなと思いました。


大学を卒業して、5年以上も司法試験に挑戦する苦労の大きさを、私は初めて知ることができました。

その間、定職も、収入もないわけです。

合格する保証は、どこにもないのです。

これまでの経歴も学歴も、すべて捨ててししまうリスクを背負いながらの挑戦になるわけです。


こうした場面で、それを打ち抜いていくためには、心のどこかに、理解者の存在があることは重要です。

まずは、家族、

友達、

そして、教育的な理解者、いわゆる家族や友達以外のカリスマティックアダルトの存在です。


昨日、ある6年生の男の子が、私の教室を卒業して行きました。

山ちゃんの心の中に私がいたように、私の心の中にも、山ちゃんはずっといるのです。

山ちゃんが司法試験を打ち抜いたという事実は、私の教育的な信念を揺るぎないものへと高めてくれるのです。


この子は、お父さんがサッカー選手で、サッカーを通して自己実現を目指している子どもです。

ここ一番で、ねをあげずに踏ん張ることが出来るかどうか?

自分の苦手な部分をコントロールしながら、サッカーを通して自分の目標に向かって進み続けることができるかどうか?

4年生から通ってくれたこの子に、私はこうしたメッセージをずっと送り続けていきたいと願ってきました。


今、苦しんでいる子どもとご家族が、何人も私の所に通ってきてくれています。

「先生がレッスンをお休みして私の結婚式に来てくださることを、その子どもたちやご家族に大変申し訳なく思います」

山ちゃんのメールには、そんな言葉が書かれていました。


あきらめなければ、夢は叶う、

ゆるぎない方向感と、あたかかいまなざしで、子どもたちに行く先を示し続けていきたい、

彼のかんばりを、多くの子どもたちの幸せへと紡いでいくことは、私に与えられた大切な役割です。


本当にいい男になったね、山ちゃん、

当日は、奇しくも18歳になる私の三女の誕生日、皇太子殿下のご成婚と同じ日です。

この結婚式での彼の表情を、私は、ずっとずっと心に焼き付けておこうと思っています。





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花子ちゃんが漢字学習にはまる日

 2012-03-03
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1年生の時から一緒に勉強してきた花子ちゃんも、この春には6年生になります。

1年生で漢字を習い始めた時、視覚認知の脆弱さゆえに、初めて手にした漢字ドリルの学習が出来ず、大粒の涙を落とした日のことを、私は今でも忘れることができません。


高学年ともなると、漢字で示される内容も、「信念」 だとか 「祝福」 だとか抽象的な概念を示すものが多くなってきます。

その漢字を、何とかイメージとセットで子どもにとらえさせたり、調べさせたりすることができないものかと前々から考えていましたが、光村図書の教科書に私の願いに近いものがあったので、さっそく教材化して取り組んでみました。


花子ちゃん、ものの見事にパクリと食いついてくれました。

まだまだ微細な認知には、脆弱な部分が残っています。

はね、止め、はらいなど、細かい部分にいくつかのエラーも見られます。


でも、本当に食いついてくれたのなら、ずでに次のステージに行けたも同然だと思っています。

例えば、この学習を1年継続したなら、その景色は必ず変わってくると確信しています。


低学年の頃、数字の 「9」 を書くのにも、大変な苦労をしたときのことを覚えています。

その花子ちゃんが今、「祝福」 だの 「目標」 だのという漢字を書くことができるようになってきたのです。


あれ程、漢字練習が嫌いだった花子ちゃんが、どうしてこの教材に飛びついたのか、私はその理由を明確にとらえることができています。

それは、これまで豊かに培ってきた内言語が、文字言語と統合化されるための接点が、この教材で具体的に示されたからです。


学習成果が芽を出し、花を咲かせるためには、目に見えない土の中で、しっかりと根を張りめくらすことも重要です。

いわゆる学習レディネスを整えるというのは、そういうことだと思うのです。


「信頼して、すべてを先生にお任せします」

低学年の頃、かるたやゲームをしながら、そのレディネスを模索していた時も、ご家族はずっとあたたかくその活動を見守ってくださっていました。


どんなに時間がかかろうとも、日常生活に必要な書字の力をきちんと身につけてやりたい。

私たちの学習は、これからもずっと続いていくのです。






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