現実の重い課題を 家族と共に受け止める

 2011-07-29
ケースによって違いはありますが、とりわけお母さんのご苦労を受け止めることは、私の大切な仕事であると考えています。


机の上に配膳された食事が、お子さんの手によって次々と床に落とされてしまうため、立って食事をしなければならないという話、

細かい感情理解が出来にくいため、本人の何気ない一つの言葉が、友達や先生を巻き込み、大きな問題に発展してしまった話、

高層階のマンションのベランダの柵をよじ登ったり、池の中に一人でずぶずぶと入って行ったり、ちょっとの隙に研修会の会場から抜け出して道路へ出ていたりしたお子さんの話・・

つい先日は、公共の施設での排泄の失敗にかかわるご苦労話を、お聞かせいただきました。


まさに、リアルな日常の、ずとんと重くのしかかる現実、

こうしたご苦労は、まさに当事者でなければ、わかりにくい事柄です。


私の所へお越しくださるご家族の皆様は、底抜けに明るく、聡明で、ポジティブシンキングの方がほとんどです。

思うに、それまでにいくつもの修羅場をくぐり抜け、ネガティブな思考では、きっとこうした困難を乗り越えることができないことを、お子様の育ちを通して体験的に身に染みついて来たからに違いありません。


私は、ほんの一部ではありますが、お子さんの学びや育ちに直接関わっていますし、責任も共有させていただいています。

だからこそ、リアルなお母さんのご苦労を理解することができるし、痛烈に突き刺さる心の痛みを共有することができるのです。


私は家族ではないし、それはある意味、他人事と言えば他人事になるのかも知れません。

しかし、家族でないからこそ、支援者としてなすべきことを、冷静にクリアにシャープ見つめなければなりません。

それが私の、支援者としての専門性であり、果たすべき役割であると考えているのです。


一番苦しい時にこそ、そばにいて、しっかりと足を踏ん張って、進むべき方向を共に模索すること、

そして、ご家族がご自身の力で、強く歩み出した時には、少し遠くから笑顔で見守っていくこと、


支援者としての喜びは、自分自身の活躍でご家族に何か貢献できた日ではなく、私を必要としないくらいに、ご家族が力強く歩む日にやってくるのです。

その日のために、私は今日も、ご家族と共に歩み続けます。

それが、私のなすべき役割なのです。



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集団の中で育つということ

 2011-07-27
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4月に歩行を獲得し、赤ちゃん体操を卒業した女の子が、グループレッスンにデビューしてくれました。

それから3ヶ月が経ち、担当の保育士より、次のような内容の報告を受けました。





レッスン開始当初は、歩き始めて間もなかったので、支えなしでは不安定な様子でしたが、今ではしっかり歩けるようになりました。

お母さんからは、「家では少しずつ言葉が出るようになってきました」 と、うれしい連絡もいただきました。


グループレッスンの時は、誉められたらニコニコして手を叩いたり、お友だちの様子を見て驚いたり、お友だちと関わることができると嬉しそうに手をパタパタさせたりと、表現の幅が広がりつつあります。

当初は見ているだけ、聴いているだけのことも多かったのですが、この頃はだんだんと積極的に活動に参加できるようになり、口をパクパクさせて歌おうとする姿がよく見られるようになりました。


メンタル面でも、だいぶ強くなってきたようで、登園時もほとんど泣かなくなりました。

なかなか履けなかったズボンも、自分で履けるようになってきました。

誉めてもらったことが嬉しすぎて、「できる!!」とTシャツまで履こうとするくらいでした。さらには、水遊びのために脱いだ服を自分でたたもうとする姿も見られました。

お片付けにも積極的になり、自分の椅子だけでなく、他の子の椅子も片付けてくれるようになりました。





豊かな愛情とあたたかさに包まれながら、最も望ましい形で、集団へのデビューの時を迎えさせたい、

深い豊かな専門性と特性理解に基づいて、行き届いた環境と支援を構成したい、

そんな願いをもちながら、私たちのグループレッスンはスタートしました。


マンツーマンレッスン担当の私は、グループレッスンのようすをずっと見ているわけには行かない日も多いのですが、それぞれの保育士の活動記録に目を通すのを、とても楽しみにしています。

レッスン修了後に、30分近く集中して記録用紙に向かっている保育士の表情から、その日の活動の充実ぶりを、ダイレクトに感じ取ることができるからです。


活動の打ち合わせや、準備を行っているときは、いつも楽しそうな笑い声が聞こえてきます。

ベテランと若手のチームワークを、とてもありがたく思っています。


こうした活動のようすを、保育園の子どもやご家族の皆様に見ていただくことも、とても大切なことだと思っています。


「集団の中で豊かに育つ子でいてほしい」

「深い特性理解に基づいた質の高い教育を受けさせたい」


私たちは、いつもこうしたご家族の願いを受け止めていかなくてはならない、

活動報告の中にある、小さくとも価値のある子どもの育ちを、これからもしっかりと見つめていきたいと、心から願うのでありました。



この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2011-07-28)






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書字課題 克服への道のり

 2011-07-23
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今週の金曜日、花子ちゃん (5年) は、好調でした。

少し曖昧になりかけていた九九を取り戻し、繰り上がりのかけ算も、かなりミスが少なくなってきました。

得意の読解プリントだけでなく、メダカのオスとメスの見分け方などの学習にも楽しく取り組むことができました。

とりわけ、「百年後のふるさとを守る」という当該学年のプリントへの取り組みについては、私にとっては特別な意味をもつヒットとなりました。


1年生、2年生の時には、漢字ドリルをやりたい気持ちがあんなに強かったにもかかわわらず、微細な文字の入力と、書字にかかわるモーターの巧緻性が伴わず、思うように学習の成果が上がりにくい時期もありました。

粘土で文字を作ったり、へんやつくりのパーツを組み合わせたり、紙一杯に大きな文字で書かせたりする取り組みを続けてきました。


4年生くらいから、文字を分解してとらえる認知力が育ってきました。

と同時に、ななめのはらいなどを正しく認知できるようになりました。

さらには、書字にかかわる巧緻性も、それに伴って向上してきました。


私たちの作った漢字プリントは、書字の苦手な子、微細な文字認知が苦手な子のために作成したものです。

「もっと出して、もっと出して」

と言わんばかりに、次々とプリントをこなしていく花子ちゃんの姿を見て、1年生の頃のことを思い出し、この日まで、ひたすら私を信じて預けてくださったご家族の皆様に、ありがたくてありがたくて、涙が出そうになりました。


一人の子の育ちを、こうして数年にわたって寄り添うことができたのは、私にとって何よりの財産となりました。

それは、ご家族が信じて託してくださったから出来たことで、自分の子どもだったら、決して出来ることではありません。


ここ何年か、私は毎週50時間、年間にして2000時間以上のマンツーマンレッスンを行ってきました。

これだけやってりゃ、どんな人でも、経験的に何かをつかみます。

数認知にしても、書字にしても、理論だけでなく、それを経験として、事例として、子どもの実際の歩みと重ね会わせてとらえることができます。

今ではこれが、私の何よりの宝物となりました。


今、私は自分の経験をもとに、それを教材化していく作業を少しずつ進めています。

りえ先生に指示を出すと、あっという間にプリントが出来ます。

教材化をしていく中で、指導内容の本質が浮かびあがってくるような場面に、このところ何度も出会うようになりました。


この経験を、多くの子どもの学びに役立つようにさせていただくこと、

もう一つのご家族の願いも、きっとここにあるはずです。





この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2011-07-25)




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子どもの心に響くもの

 2011-07-18
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子どもが心ときめかす教材、

やりたくても、グループの中でやらせてもらえなかった実験、

どうしても作りたかった作品、

そんな子ども夢を叶える教室にしたいと、ずっと思っていました。


顕微鏡、糸のこぎり、試験管、アルコールランプ、手芸材料、はんだごて、リトマス試験紙・・・

講演会での講師料、研究助成金などで、こうしたものが徐々に整ってきました。

子どもが、急に 「これをやりたい」 と言ったとしても、何とか即日対応できるようになってきました。


この日、中学生の男の子が、ラジオキットを完成させました。

通信販売で買った、わずか1000円ほどのキットでした。

10M位のコイルを、まず巻く所から始めた学習でした。


こんなもので、本当にラジオ放送が聞こえるものかと、正直半信半疑でした。 (と言うより、たぶん鳴らないと思っていました) 

5Mに切ったビニール線を、アンテナ代わりに接続し、イヤホーンを耳にした瞬間、その子の表情が変わりました。


> えっ、聞こえるの?

すぐに、イヤホンを貸してもらいました。

そこからは、かすかではありますが、NHKラジオ放送のアナウンサーの声が聞こえてくるでは、ありませんか?


ビニールコードの向きを変えると、民放の放送も聞こえることがわかってきました。

延長コードに、アンテナ代わりのビニール線をぐるぐる巻きにすると、音量が増して聞こえることもわかってきました。


でも、どうして乾電池もないのに、音が聞こえるの??

ゲルマニウムとは、一体なんぞや?

私、もう50歳をとうに越えていますが、すっかりこのラジオキットのとりこにさせられてしまいました。


この子にとって、この感動が、やがては何かのエネルギーに変換され、将来につながるものとして発展してほしい、

私は、心の底から、そう願いました。

教えた数式や方程式は、消え去っても、この日の感動と事実は、きっと心に残るに違いありません。


私は、ずっとずっとここにいて、そのことを支え続けたい、

ゲルマニウムラジオと、それを一緒に作る空間、

そしてその時間は、君の自立のための、小さいけれども大切なステップになるに違いありません。


あなたの命の輝きと大切さを、私は、様々な学習活動を通して伝えたい、

一つ一つの言葉やまなざし、そして肌のぬくもりを通して、そのことを伝え、感じ取ってもらいたい。

私の活動の根っこは、いつもそこにあります。


あっという間に夜はふけて、気がつくと、時刻はもう9時前になっていました。

私たちには、イヤホーンから聞こえてきた何気ないラジオ放送の会話が、いつまでも耳から離れられない、ステキな夜になったのでした。


この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2011-07-20)






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数量指導 奥の深さとおもしろさ

 2011-07-15
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昨日、りんちゃん (小4) と一緒に、算数の勉強をしました。

> 8+5は、いくつ?

りんちゃん、ブロックとにらめっっこ、


8の補数が2であることは、この頃すっかり定着してきました。

なら、次のステップは、5を補数の2と、余りの3に分解し、念頭操作で10を合成し、量的に余りの 「3」 をとらえることです。


5は2と3

これまでドリルで何度もやってきたはずです。

でも、それが、どれほど便利で大切かということを、私はそれまで、それほど深く意識したことはありませんでした。


ブロックを8個出して、それに5個合わせても、結局1から順に数えていく方法がないわけではありません。

でも、8という数字を見て、8個の数のかたまりがイメージできれば、もう毎回毎回1から順に数えなくてもいいのです。

さらには、補数の2をとらえ、5から2だけ8にくっつけて、残りの3をイメージできれば、あっという間に13の出来上がりです。

9+8なら尚更で、加数の8から1引くだけで、あっという間に17ができちゃいます。

何て便利で、ステキな方法なのでしょう?

このステキな数原理の秘密を、子どもたちに体感させること、

それが、今の私のロマンとなっています。


数の合成分解は、まずもって補数を意識させないと、その有用性を感じにくい・・

こんなことも、りんちゃんとの実践を通して、学んで来たことです。


それが30を越えるような数であっても、やっぱり1・2・3・4・・・  と数えた方が、わかりやすいタイプの子のことは、きちんと理解してあげたい。

その理解があった上で、さらにぱっと見てそれが 「8」 とわかり、「足したら17」 とわかる力を、身につけてやりたいと願っているのです。



ならば、就学前の子どもに、どんな数感覚を培ってやればよいか?

私は、りえ先生に指示して、次のような数あそびを構成してみました。


1 まず、「 動物に食べ物をあげよう 」 という場を構成します。

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2 次に、先生はりんご、子どもはバナナをあげるという状況をつくります。

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3 まず先生が2つ置いてみせ、あとのバナナを子どもに置かせます。(数の1対1対応の基本感覚を培います)今回は、りんごが2つ、バナナ5つ、全部バナナにさせないところも大切です。数を順序数だけでとらえさせないための作戦です。

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4 それを量的・視覚的にとらえさせるために、こんなボードに移動させます。これが7だと、数量ののサブリミナル効果をねらいます (笑)

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5 量のイメージを残したまま、それを 「7」 という数字に対応させます。メモリーが小さい子には、シールを貼らせる方法が効果的です。

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この出来たての教材を、早速、年中組の男の子のレッスンで使ってみました♪

楽しいこと、楽しいこと~


私の中では、どうしてもこじ開けたいブラックボックスのふたが、ちょっとだけ開いた感じです。

君の活動には、これまでに歩んだ多くの子どもの実践と、あとに続くたくさんの子どもとご家族の願いが込められているんだよ、

これからも、ずっとご家族と一緒に、楽しみながら、先人の築いた数探求の旅路を歩いていけたら、幸せです。

さて、明日は、子どもと一緒に、どんな発見とアイデアがひらめくことかしら?




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移行対象としての愛着行動が 自立を支える

 2011-07-13
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移行対象というコンセプトは、ウィニコットらによって提唱されたもので、小さい赤ちゃんが、ぬいぐるみだとかハンカチだとか、まくらだとか、何かアタッチメントを伴うものを対象物として、お母さんから精神的に自立していくメカニズムを説いたものです。


私、この概念は、児童期あるいは青年期以降も、人の精神的自立という面から、とても大切なことを示唆するものだと考えています。


昨日、年長組の女の子が、私のレッスンを受けてくれました。

年少さんの頃から、ずっと通ってくれている女の子です。


これまでずっと、レッスンの時には、お母さんやお父さんが、そばに寄り添ってくださっていましたが、このあたりで一人でレッスンが受けられるように、ステップを刻んでみましょう、ということになりました。

久しぶりに、ぽぽちゃんハウスを、教材庫からひっぱり出してきました。


どうです、この笑顔、

「 私、年長組のお姉さんですから、ぽぽちゃんのお世話をしなくっちゃ 」

「 お母さんがいなくても、先生と2人だけでこんなに楽しくレッスンができちゃいます 」 という構造です。


これは二次的な効果なのかも知れませんが、しゃべるはしゃべるは・・

これまでにはない豊かな言語的なやりとりが、この日のやりとりの中で展開されたのでした。


時間が来て、心配そうに、扉から活動のようすをご覧になったお母さん、

そこには、少し前までお母さんにしがみついて離れなかったこの子の面影は、どここにもなく、今度は活動がやめられなくって困るくらいでした。 (笑)

私にとっても、クリティカルメガヒットのレッスンとなりました。


日曜日のことです。

6年生の男の子が、描きかけの絵、それと絵の具をもって、私の教室にやってきました。

それに、任天堂の3DS (笑)


この子も、レッスンが始まったと同時に、しゃべるはしゃべるは・・

一体どうなってんだ、この子は? というくらい、機関銃のようにじゃべりまくっていました。


初めてここに来始めた頃は、「親に見捨てられた」(笑) の迷文句?を発したこの子ですが、この頃はちゃんと勉強してくれるようになりました。

いつの間にか、そこにあたかかく通い合う物が流れはじめ、私自身も、この子が来るのが楽しみでたまならくなってきました。

この子、私を通して、自身の肯定感を培い、自立の一歩を踏み出そうとしているのです。

移行対象としての愛着行動が、学童期から青年期にかけての精神的な自立に向けて、2人の学びを通して実現されていると、私は解釈しているわけです。

このことは、多くの子どもとのかかわりを通して、私の中では、体験的に実証されていることです。



学期末を控え、多くの学校で1学期を振り返り、お子様のケースカンファレンスが行われる時期になりました。

私は、何人かの通常学級で学ぶダウン症のお子様のサポートをさせていただいています。

遠隔地の方には、意見書を送付させていただきました。

今日は、大阪の小学校のケースカンファレンスに参加させていただく予定になっています。

これは、私がお願いしたものではなく、ご家族の依頼を受けてのものなのです。

支援とは、こういうことです。


社会の中で活躍している方の多くには、どこかにきっと、すばらしい心の支援者がいるはずだと思っています。

私の所にご相談にお越しになられる方は、聡明な方が多く、家庭的にも、社会的にも、経済的にも、教育的にも、それはそれは豊かに自立されている方がほとんどです。


主体的に歩もうとされている方にこそ、支援が必要なのです。

前を向いて歩く方ほど、支援者の存在は重要です。

ご家族の皆様には、お子様の豊かな成長と幸せのために、是非とも次の高いステージへと移行していただかなくてはなりません。


子育てには、誰もほめてくれる人がいない??

大丈夫です、あなたにはいつもSHINOBU先生が付いています、

もはや必要とされなくなるその日がやって来るまで、私は、いつまでもご家族と一緒に歩み続けるのです。



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行動改善のための 理解と支援の視点

 2011-07-11
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5月から、私のレッスンを受けてくれるようになった年中組の男の子がいます。

集団の中で、落ち着いた行動がとりにくいということで、お母さんがご相談に来られました。

保育園に入った当初は、確かに、ちょっと目立っていました。


こりゃ相当な子だなと思いながら、最初のマンツーマンレッスンの日を迎えました。

ところがあ、実際にレッスンを始めてみると、おままごとのロールプレイ、お買い物、パズル、絵本、フラッシュカード、数字カード、マッチング・・・

小気味よい程に、次々と活動をクリアして行きます。

終いには、活動が楽しくて、やめられなくなってしまうほどでした。


2回目からは、タイムタイマーを用意しました。

> この赤い所がなくなるまで、先生と一緒に勉強ができるよ

> でもね、もしお約束が守れなかったら、残念だけど、先生と一緒には勉強できないんだよ、

> 先生はね、君とずっと一緒に勉強したいと思っているんだ、

> だからね、お約束守れるかなあ

その子は、こっくりと大きくうなずきました。


その後も、活動中に制御不能になったり、離席したりすることは一度もありませんでした。

週1回のレッスンですが、2度・3度・4度と続けていくうちに、私はこの子が可愛くてたまらなくなってきました。


> たんたんたんたんたんじょうび♪ ちーずのちーずのたんじょうび♪

絵本を見ながら、アンパンマンに出てくるチーズの誕生日を、歌で祝っているのです。


私が保育園に個別レッスンのお迎えに行くと、飛び込むように私の手をにぎり、すれちがう保護者の方に、おはよう、おはよう、と手を振りながら歩いていきます。

レッスンが終わり、タイムタイマーの赤色がなくなると、ちゃんとあいさつをして、スムーズにみんなの所へ合流できるようになりました。

お母さんの話によると、私の個別レッスンのある金曜日を、指折り数え、その日の朝はルンルンなのだそうです。


お父さんは、海外から日本に来られた方です。

今週は、お母さんとお父さんが、一緒にマンツーマンレッスンの様子を見てくださいましたが、気が散ったりすることは一度もなく、あっという間にレッスンが終わってしまいました。


先週の土曜日には、保育園の夏祭りがありました。

私は、記録用紙を片手に、担当している子の行動を追っていました。

この子は、入場となると、とびっきりの笑顔で、目が合った人たちに手を振りながら歩いてきました。


踊りが始まると、その視線の先には、ビデオを手にしたお母さんの姿がありました。

そのお母さんの顔も、これまたとびっきりの笑顔で、何度も何度も歌詞を一緒に口ずさんでおられました。


> 行動面の課題は、理解と支援で個性に変わる


数年前に受講した講演会で聴いた、そんな言葉が頭をよぎりました。


集団生活に適応し、社会性を身につけていくこと

自分の持ち味を肯定的に受け止め、お友達のことを同じように大切に思うことの出来る子ども、

私たちは、そういう子どもを育てていかなくてはなりません。


時々、集団生活の中でとらえなくてはならないはずの課題が、一方的にその子の障害に起因するものとして、問題がすり替えられてしまうことがあります。

もしもこの日、私が親子の笑顔を見ることがなかったら、この日の夏祭りを、こんなに楽しい時間として受け止めることはできなっかたことでしょう。


大好きな子、

そんな気持ちが芽生えたとしたら、理解やアプローチの視点に、何か変化は起こらないでしょうか?


障がいというとらえも、その子の自身の機能的なこと面よりも、相互の関係性の問題であることの方が多いように感じることがあります。


入場のときに、笑顔いっぱいで、みんなに手を振ってあるいてくる子ども

他には、そんな子はいませんでした。

ただ私は、この子のことが大好きでたまらないのです。



この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2011-07-13)




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他から理解されにくい発達面の課題を受け止める

 2011-07-08
一見、何の障がいもないように見えるけれど、微細な感情理解ができにくかったり、特定の内容が受け入れにくかったりする子がいます。

私の教室にも、何人かそういうタイプのお子様が通ってきてくれています。


昨日のこと、

レッスンを終えてのお母さんの口から、「先日の懇談で、先生から、最近宿題をちゃんと提出できるようになっています、と、連絡をいただきました」 という報告を受けました。

まだ、1年も経たないのに、ここへ通い始めてから、日に日に息子の表情が変わっていくのを感じていました

本当に、ありがとうございました、

そう、お母さんは続けられました。


そう言えば2ヶ月くらい前に、その宿題について、このお母さんとかなり際どいやりとりをさせていただき、ちょっと行き過ぎた内容ではなかったかと、内心ドキドキしていたものです。

それが、ダイレクトにこんな結果ではね返ってくるなんて、本当にうれしく思いました。


私にできることは、1週間に一度だけ、ありのままのこの子の良さを受け止め、肯定的な自己理解の力を深めてあげることだけです、

私は、いつもご家族にそう伝えて来ました。


私は、これまでの臨床経験の中から、こうした何人もの子が、息を弾ませ、階段を駆け上って、教室に入ってくる姿を目にしてきました。

ありのままの君の気持ちをちゃんと受け止め、ていねいにていねいに返してあげること、

そして、自分の苦手なことや、嫌なことも受け止めたうえで、ちょっとだけ自分が好きになるための支え、

それが、他から理解されにくい課題に向き合う子どもたちへの、私がなすべき内容だと受け止めているのです。



七夕の夜が明けた早朝、あるお母さんから、下記のようなメールが届いていました。

課題のタイプは少し違うかも知れませんが、私にとって、とても大切な子どもです。






SHINOBU先生、京都ではお世話になりました。

先生、腰痛がおありで?(T_T)全然気づかずに、すみませんでした。
あれやこれや息子の注文にお身体を動かされ、悪化されてしまったのでは…。
持病とのこと。対処法もお忙しくてままならないかと思いますが、どうかご無理せずお大事にしてくださいね。

京都から帰って、先生の対応をビデオにて確認し、自己主張が強いときの息子へのかけひきを自分に叩き込みました。
先生のように、笑顔で進められるかわかりませんが、取り組んでみます。
新たな道をまた教えてくださり、本当にありがとうございました。

『君は偉いんだなあ』と先生に言ってもらえると、親ばかですが、ほんとにそんな気がしてきます。
頂いた教材を目に、弟も『お兄ちゃん、こんなにやったの?見せて見せて~すごいね』と素直に褒めてくれました。私としては、弟のこんな言葉も嬉しくて…
家族の中での息子の存在を実感して幸せな気持ちになれます。息子も感じてくれていると信じ。

昨日はこちらでは大イベントの七夕祭りが開催され、小雨で涼しかったので屋根つきのアーケードのところだけ夕方出かけてみました。
大きな七夕飾りを見上げながら『見て見て!アンパンマンだ』『なんであんなところにいるの~』とずっとおしゃべりしていました(-^〇^-)
言語の豊かさを本人も自信持って生きていけるよう、いろんな経験を通して表現力も付けていきたいです。

今後とも、どうぞよろしくお願い致します。






ご家族からのこんな言葉が、私のすべてを支えてくれているのです。

母にしかできないことがあります。

と同時に、母だからできないこともあるのです。


私がさせていただかなくてはならないこと、

それは、どんなに苦しくとも、子どもに笑顔で向かう先を示し、教育的な愛情を降り注ぐことです。

一人でも多くの子どもが、私から巣立ち、大空へ羽ばたく日がやってくることを願いながら、私はずっとこの場所で、子ども達を待ち続けようと思うのです。



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家族と共に歩む支援者

 2011-07-06
今日は、京都でのレッスンの日でした。

そもそもは、京都から岡山に通ってくださる方が複数になったことで、京都でのレッスンが始まりました。

さらにそのまた京都まで、新幹線を利用して来てくださる方もいます。

その方も、元々は、岡山に通ってきてくださっていた方でした。


今日、持病の腰痛のサインがチラチラしていたこともあり、私の体調は、どうもすっきりしない状態が続いています。

ですが、体調に反してレッスンにかかわる気力は、不思議と冴えていました。


ある子が、活動の途中で小さなつまずきを起こしました。

衝動的な、不適応行動を示しました。

20秒クールダウン、目力による非言語メッセージ、望ましい行動への先行刺激、笑顔、全面受容、即時強化・・

しかし私は、これまでの経験から培ったアプローチで、ゆとりをもって対応することができました。

半泣き状態の子は、3分後には、天使の笑顔になっていました。

> こんなに時間一杯集中できるのは、先生のレッスンの時だけです。

レッスン後にいただいたお母さんのそんな言葉に驚きました。


前回、あまり充実した内容にならなかった子もいました。

でも、お母さんは、そのことを受け、それはそれはていねいにお子さんへの指導をされた上で、今日ここへ連れてきてくださいました。

そのことが、その子の表情から、仕草から、私にはダイレクトに伝わってきました。

いつもは、レッスン中に何度か起こる欠伸発作も、今日のレッスン中に起こることはありませんでした。

きっとあるはずだと信じていた理解の言葉の豊かさも、私の予想以上に示してくれました。


どんなことがあっても、私はご家族と一緒に歩み、一緒に考える

その決心が、私のすべてを支えています。


もちろん、ご家族に成り代わることはできませんし、主体者はあくまでもご家族です。

家族支援が私の仕事ですし、私はプロの支援者なのです。

それがどんなに苦しくとも、それがどんなプレッシャーでも、プロなら言い訳は許されません。

何かのついでで、本当に支援なんてできるのでしょうか?


一番苦しい時にこそ、揺るぎない姿勢でそばにいてさしあげること

そう言う存在であり続けたい、

そのご家族の信頼が、私の命なのです。


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年長から 就学にかけての子どもの育ち

 2011-07-04
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3年前、白ゆり教室の活動を始めたときに、年長組にいたお子さんは、今2年生になりました。

ご縁があって出会い、体当たりで、それぞれのお子さんの就学に向き合ってきました。

通常クラスを選択されたケースもあれば、支援級をお選びになったケースもあります。

どの子にも、それぞれに特別な思いがあります。


昨日、2年生のあるお子さんに、算数のプリントをしてもらいました。

文章問題の中に、「 6+5+3+7+6+4 = 31 」 と、立式する問題がありました。

> えっ、これどうやるの?

最初、目を丸くして驚いていた子ですが、既習事項をつかって順に足していけばよいことがわかると、急に目を輝かせながら、問題に取り組んでいきました。


言語がとても豊かですが、巧緻性や微細な視覚認知に課題をもつお子さんでした。

1年生のときの繰り上がり・繰り下がりの計算や、言葉の婉曲な言い回しなどの苦手な学習では、かなりの負荷を与える結果となりました。


見通し越える大きな負荷がかかってしまいましたので、正直私も揺れましたし、余裕も笑顔も吹き飛んでしまうような時期もありました。

でも、
本当によく乗り越えてくれました。

あの時の、ご家族の強い気持ち、そして本人の努力により、小学校の1年間で、見違えるように明るく、たくましいパーソナリティが形成されていきました。


4月に、お祝いにといただいた花があります。

毎日見ていると、わかりにくいのですが、いつの間にか枝が分かれ、花が増えていることに気がつきました。


脇目も振らずに、ただ真剣に子どもの課題だけを受け止め、苦しみもがいていたあの時期、

就学での1年間で、伸びる子どものエネルギーには、爆発的なものがあるように感じています。

子どもにとって、1年生の学習は、超スペシャルな意味をもちます。

かけがえのない学びとの出会いがそこにあるのです。


人、皆美しき種子あり

苦しい時期には、とてもそんな風には思えません。

でも、きっと、その営みの中でこそ、最も大切なことが培われているのです。


それぞれは、きっと今、大切な花を開いているに違いありません。




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大切さを全国に伝えたい
Author:SHINOBU
新大阪教室

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