実践こそ 最高の勲章

 2011-03-29
先日の土曜日に、白ゆり保育園の卒園式がありました。

31名の子どもたちが、大切な区切りの日を迎えることができました。


式が終わったあと、園庭で、保護者の方が担任とのお別れの会を開いてくださいました。

ほどなく、何人かの子どもたちが、担任にしがみついて号泣し始めました。

やがてたくさんの子どもが押しかけ、順番に抱っこしてもらいながら、大粒の涙をぽろぽろと幾筋もこぼしながら、先生との別れを惜しんでいるのでした。

何とすばらしい担任であったことかと、大変誇らしく思いました。


昼食時に、いつもとは違う特別な雰囲気に、式場に入りにくいタイプの子どもへの個別対応について、職員にアドバイスをしました。

私が、保育園の職員にアドバイスする機会はそれ程多くはないのですが、私の伝えた内容が、しみこむように職員の心に落ちていくのを感じ取ることができました。


中でも、特に真剣に私の話を受け止めている職員の表情が印象に残りました。

そう言えば彼女は、次年度、年長クラスの担任に内定している職員です。

それぞれが、よき同僚であり、熾烈なライバル同士として競い合う風土が今の職場にはあります。


どんな理論よりも、日々の実践ほど尊いものはありません。

子どもの笑顔や、あふれる涙を凌ぐ勲章はありません。

何とすばらしき職員集団に育ったことかと、私も胸が熱くなってきたのでした。

白ゆり保育園は、この職員集団がある限り、きっと充実期・全盛期を迎えていくに違いありません。


昨日、岡山県より 「岡山白ゆり発達支援センター」 の認可をいただきました。

時期を見て、改めてお知らせをさせていただこうと思っていますが、私は3月末日に白ゆり保育園を退職し、4月1日より、この施設の職員となります。

たとえどんなに立場が変わろうとも、私は臨床実践の第一線から退くつもりはありません。

あの保育士のように、生涯一実践者として、ずっとずっと子どもたちとご家族のお役に立ちたいと願っているのです。




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文字言語 音声言語 内言語 イメージ 豊かな言語ネットワーク構成のための支援とは?

 2011-03-28
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私の教室に通ってくれている子で、書字の学習が大好きな好きな子がいます。

書字のプリントは、いつも最後にさせるようにするのですが、来た早々から 「早くやりたいビーム」 を連発しています。 (笑)

5枚でも、10枚でも、出せば必ず最後まで一生懸命取り組みます。


「おふろにはいる。」

そう書いたあとで、何とも言えない誇らしげな表情を見せるので、「すっごい、じょうず~」 とほめてやると、顔をすり寄せるように、笑顔いっぱいの表情見せるのです。

就学前から、通ってきてくれている子ですが、最近明らかに、教室に上がってくる階段の足取りが軽くなっているのを感じます。

書字の学習をが、私たちの絆を、しっかりと深めているのです。


この子、一文字一文字は認知できても、「おふろ」 という単語になると、認知できにくい状態が続いていました。

それは、無意味な文字でも、それが3つながると、「おふろ」 という新しい意味をもつことが、まだとらえにくいのだろうと、私は勝手に解釈をしていました。

ところが、どうもこの解釈は、あまり正確ではなかったようです。


この日の学習で 「おふろにはいる」 と書いた後で、「おふろにはいる」 と、文字を私の方で音声化してやりました。

すると、いとも簡単に、お父さんがおふろに入っている絵が、選択できるのです。


それじゃあ、ということで、「おんなのこがなく」 と音声化してやると、これも百発百中です。

なるほど、この子内言語自体は育っているのに、自分の力だけで文字言語を音声化し、それを内言語として受け止める力が、まだ十分に育っていないというわけです。

そういうわけだったんだ、

もっと早く気が付いてやればよかった。


ここまで読み解ければ、そこに支援を入れて、段階的にフェードアウトしていくSHINOBU先生の必殺技を、ここにシフトしてやればいいのです。

このモチベーションですから、できないわけはありません。

例え、多少の時間はかかろうとも、必ずできるようになると、私は信じています。

それが、教育の姿だと確信しているからです。


ここまで来るのに3年近く・・

やっぱりこれくらいの年数が必要なのか、それとも私でなかったら、もっともっと早く到達できていたのか?


しかし、目指す方向が明らかになったことで、希望の光がいっそう強く見え始めたのは確かです。

ならばその分、ここから、一気にばく進モードと行きたいものです。

もしも、回り道したなら、その分エネルギーもたまっているだろうし、別な内容も吸収してきたはず、

ただ単に、うしろを振り返るだけでなく、次の一歩を見つめることも大切なのです。



苦労した子ほど、そこを乗り越えると、より深い信頼の絆で結ばれていきます。

3年・5年・10年と、この子とこの子のご家族と、ぜひ一緒に歩んでいきたい。


学習のスピードや内容の習得率も、目安としてはとても大切ですが、では一体その本質は何でしょう? その子が、目指すところは、どこでしょう?

何のために学ぶか?

私の目指すパートナーシップの一つの答えは、きっとそこにあるのです。



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数を量としてとらえさせる 算数的な活動

 2011-03-25
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紙の上の勉強では、今一歩分かりにくいことが、具体物・半具体物になると、突然目が輝いてくるタイプのお子さんがいます。

それを一般的なダウン症児の認知特性といった視点で、説明することは可能だと思います。

でも、そんな理屈より、実践事例で示す方が説得力があります。


りんちゃん (小3) の数処理は、「1・2・3・4・・・」 と数えたしていく方法から、なかなか抜けきれないでいました。

それじゃあということで、レッスンの初めには、いつも 「すごろくゲーム」 と 「数え棒ゲーム」 をイントロとして取り入れるようにしました。


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ダウン症のお子さんは、競争的なゲームになると、闘志むき出しになりやすい子が多いです(笑)

りんちゃんの場合、何度やっても、あきるということがありません。


12面体のサイコロを使っていますから、時々 「11」 とか 「12」 の目が出ることがあります。

以前は、例えば 「10」 の目が出たときでさえ、わざわざ数え棒のゴムをゴムを外して、「1・2・3・4・5・・・」 と、10まで数えていたものでした。

でも、今では、「12」 が出ると、10の束をそのまま持ってきて、それに2本足して 「12」 とちゃんと10のまとまりのよさを生かすことができるようになってきました。

小さいけれども、貴重な一歩だと思っています。

子どもに、本当に理解させるためには、このくらい軸のぶれない積み重ねが必要なことを、改めて感じさせられました。



ここまで来ればということで、今日は 「10の補数ゲーム」 を開発して、挑戦することになりました。

どうすれば、数え棒ゲームにように、10の補数を、楽しんで体験的にとらえさせることができるか・・

今回私は、こんな感じてチャレンジしてみました。

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例えば、7の補数の3をとらえさせたい場合、まず、10のブロックから3を取り除きます。

そして、取り除いた3を手で隠すのです。 (ここがポイントです)


「さて、りんちゃん、問題です。 先生の手の中には、いくつブロックが入っているでしょうか?」

りんちゃん、一瞬キョトンとした顔になり、その後必死に考え始めました。

きっと、10の補数に初めて真剣に向かい合った瞬間なのだと思います。

数え棒ゲームで、しっかり10の束を意識し始めた今だからこそ、この活動が成立できたのです。


りんちゃん、数処理は、もともと継次処理優位ですから、空いたマス目を 「1・2・3」 と数えています。

ならばということで、今度は下の画像のように、手でさわれないような位置で提示して、4の補数を考えさせてみました。


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「さてさて、りんちゃん、こんどは先生の手の中にいくつブロックが入っているかな??」


ここで、またまたりんちゃんに何かのスイッチが、かちっと入ってしまいます(笑)

これはどうしてだか、私にはまだ整理ができないのですが、あれだけ毎回 「1・2・3・4・・・」 と数えまくっていたりんちゃんが、ここからは、空いている6つの枠を見て 「6」 と、同時処理的に数をとらえ始めたのです。


> えっ、できるんだ~ (驚)

> じゃあ、今までのは、一体なんだったの??



これは、きっとダウン症のお子さんの一般的な特性である 「長い滑走路が必要で、急な切り替えに弱い」 と言うことにも、関係しているのではないかと、勝手に想像してしまいました。




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算数的な活動をたっぷり体験させた後で、プリントをやらせると、「できる」 「わかる」 の連続で、それはそれは、楽しい学習になりました。

私にとってもりんちゃんにとっても、この日の 「10補数ゲーム」 は、予想以上の大収穫に終わりました。


これなら、スタンダードな数の量的理解に迫ることが出来るのではないか?

このことを、多くの子どもたちの指導に、もっともっと生かしていきたい。


私たちはこれからも、楽しいチャレンジを、ずっとずっと続けて行きたいと思うのです。



この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2011-03-25)





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プロとしての個別指導

 2011-03-23
先日、あるお父さんが、娘さんのレッスンを見に来てくださることになりました。

指導する前から、お父さんに見てもらえるということで、張り切って勉強する娘さんの姿が目に浮かぶようでした。

私にとっても、お父さんにレッスンの様子を見ていただく、またとないチャンスになりました。


翌日、さっそくお母さんから、以下のような内容のメールをいただきました。



お世話になりました。

父さんとラブラブでお寿司を食べて帰ってきました。

満足笑顔でいっぱいでした。

夫もはじめて娘の学習の様子を見せていただき、娘が時間いっぱい集中して学習している様子に感動したようです。

いいところを見てもらって、娘もほめてもらい、良かったです。

そして「あれは、家では出来ないよな~・・。」 と言っていました (笑)

算数はどうしてやらないのか?と言うので (本当は話をしてるんですが、忘れてます。さすが夫) (笑)

今までの流れを話したところ納得していましたが、おそらく前日、少し娘の算数の丸付けを頼んだら、ちょうど娘が引っかかってた問題だったので、イライラして泣かせてしまってたので、先生にやってもらった方がいいだろうと思ったのでは?と思います。

そんなわけで、夫にとっても、刺激的な時間だったようです。

普段ほとんど勉強にはノータッチの夫なので。

これからもたまには行ってもらおうかと思いました。





家庭には、家庭でしか味わえない 「家庭の味」 というものがあります。

レトルトやインスタント食品にも、手軽さや便利さなど、それなりの持ち味があります。

だったら、プロの指導者としての私は、たとえ高いお金を払っても、ここでしか食べられない専門店の味を提供しなければならない、と心に固く誓っていました。

「あれは、家では出来ないよな~・・。」 

その言葉を目にしたとき、私にとって、これ以上の喜びはありませんでした。


この日行ったレッスンは、国語の読解指導45分の内容です。

確かに、45分間、1分たりとも集中力が切れる場面はありませんでした。

切れるはずがないとも、思っていました。


これまで何度もお母さんと、この教室で育てていく内容については、焦点化してきましたので、今となっては指導の軸がぶれることはありません。

目指す方向も、プロセスも、手順も、私の中では明確になってきています。

それと、この分野に関わる指導内容については、友里ちゃんと2年間にわたり、一度も意識を切らすことなく、毎週90分のレッスンを続けることができたという揺るぎない自信があるのです。


このお子さんの認知処理様式は、友里ちゃんとは違って、やや継次処理有利・文脈型です。

途中に慣用句や、抽象的な表現、難解な語句があると、そこから得意の文脈理解の思考の流れが途切れることがあるので、事前の手立てが大切です。

視覚系の入力に比べて、聴覚性の入力が優位な傾向も伺えます。

こうしたことから、まず先生が判読し、聴覚刺激からアバウトな文脈をとらえさせる手立てが有効なお子さんです。

文脈型の子は、設問の内容について答えることができても、それが問題文のどこに書いてあるか、照らし合わせて確認することが苦手な子が多いのです。

視覚系の処理が苦手なため、その作業がハードになるのです。

ここの力を付けるには、今のこの子の力で対応できる範囲を予め区切っておき、そこから見つけさせるトレーニングが有効です。

そこを見極めながら、達成感をもたせ、少しずつその範囲を広げながら力を付ける、まさに個別指導ならではの味付けをしていくわけです。

そして、この言葉の海をたっぷりと泳がせていくうちに、必ずや言語に関わる周辺領域が育っていく事を、私は多くの子の臨床事例から感じています。

そうなると、苦手なことを補完するかのように、いつの間にか言語に関わるネットワークが豊かに構成されていく、

苦手な部分だけを取り出して、そこをピンポイントに攻める方法より、総合的な言語に関わるネットワークを豊かにし、そことつなげて行くことのほうが、結果としては有効で近道であると、私は体験的に理解しているわけです。


友里ちゃんがよく、「SHINOBU先生と一緒だと、勉強がわかるから楽しいんよ」 と、言ってくれていました。

> できる、わかる、楽しい!

そのことで、子どもの学びのモチベーションが、格段に向上していくのです。

テクニカルなことだけではなく、こうしたファンダメンタルな育ての視点も、重要です。


その子にとって最も旬な、最近接領域の学習内容の構成、

それがリアルな学びの臨床現場において、結果を示せるか?

これぞ、個別指導学習の極意です。


ここまで来るのには、失敗の連続でした。

私にとっては、何ヶ月間も悩み、苦しみ、やっと見つけた希望の光だったのです。

ずっと私を信じて使ってくださった友里ちゃんのお母さんには、どんなに感謝しても感謝しきれません。

今、そのことが、多くの子の指導場面で生かされて来ているのです。


家庭だからできること、家庭でしかできないことがあるように、家庭ではできないこともあります。

家庭と同じラーメンでは、専門店の看板は掲げられません。

しかし、その奥はまだまだ果てしなく深い


その果てしなき道を、これからも、子どもとご家族と、一緒に歩んで行きたいと願っているのです。


この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2011-03-25)





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一緒に食べた卒業まんじゅうの味

 2011-03-21
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岡山市の小学校は、先週の金曜日が卒業式でした。

私の教室に通う何人かの子どもが、この日卒業しました。

それぞれの子が、それぞれの課題を乗り越え、それぞれに晴れやかな日を迎えられたことを、とてもうれしく思います。


友里ちゃんのレッスンは、毎週金曜日の6時からになっています。

ちょうど、この日が、卒業式だったのです。


友里ちゃんは、卒業証書や卒業アルバムなど一式を手さげ袋にいれ、駆け上がるように教室に入ってきました。

すぐに、卒業証書を見せてくれました。

証書のカバーに 「笑顔」 と大きく刻まれており、さすがあの校長らしいなと、豊かな気持ちになりました。


しばらく、一緒に卒業アルバムを見ることにしました。

運動会、給食、海の学校、修学旅行・・

どのページを見ても、弾むような学校生活の息づかいが伝わってくるように思いました。


友里ちゃんは、4年生の時から私の教室に通ってくれるようになりました。

当時、私は友里ちゃんの学校に足を運び、校長先生にお会いして、何度か直接お願いをさせていただきました。

お母さんと一緒に伺ったこともあれば、単独でお伺いしたこともありました。

豊かな見識と、教育的な信念をおもちのすばらしい校長先生だと感じていました。

この春をもって、ご退職と伺っております。


「校長先生も、友里の担任の先生も、号泣でした」

お母さんは、そのように伝えてくださいました。


そりゃそうでしょう、わかる気がする。

この2年間、友里ちゃんが、笑顔一杯で、これだけ豊かな学校生活を送ることができたのは、間違いなくこのお二人にのお力によるものだと、私は確信しているのです。


「SHINOBU先生と、一緒に食べたかった」

そう言って、友里ちゃんは、卒業まんじゅうの箱を取り出しました。

こんなサプライズがあるのでしょうか?


「ホントにいいの?」

2つ入ったおまんじゅうのうち、ピンクの方をを友里ちゃんが、白の方を私がいただきました。

目頭が、だんだん熱くなってきました。

号泣したいのは、私も同じです。


友里ちゃんが4年生の頃は、運動会などの学校行事に出かけることもできていました。

納得の行くまで、自作教材を作る環境もありました。


今では、そんな時間的な余裕は、どこにもありません。

月に1日休めればまだいい方で、朝9時から9時まで、毎日レッスンがビッチリです。


でも、それは、私が好きで行っていること、

本当は時間の問題ではなく、心がけの問題なのです。

どんなに、自分が朝から晩まで必死でがんばっているつもりでも、大切なことを見失いかけているようでは、それはちっとも、がんばっていることにはならないのです。

本当に一人一人のことを考え、子どもやご家族の立場に立って、支援を構成することができたか?

慢心した私の心が、どこかになかったか・

深く反省させられる出来事もありました。



私の教室に通ってくれている子の中のうち、今年、小学校を卒業する子は数名います。

今は、通常級にいる子がほとんどですが、中学から支援級で学ぶことになった子もいます。


私、中学校の教壇に立った経験もありませんし、中学校教諭の免許さえ持っていません。

でも、去年卒業した子は、中学生になっても、みんなそのまんまでここに通ってくれています。

それが、この教室の良いところでもあるのです。


支援とは、本当に子どもやご家族の支えになるかどうかが、命であるわけです。

決して、支援者の自己満足であってはなりません。


今回の震災にあっても、支援というものが主体者あってのものあるということを、プロの支援者として、誰かにお伝えできたなら、とてもうれしく思うのです。



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支え合うということ 屈しないということ

 2011-03-17
未曾有の大災害、

衝撃の映像、

被害にあわれた多くの皆様方の深い悲しみを思い、ただただ呆然と立ちつくす瞬間がありました。


昨年、研修会でお世話になった福島の皆様方は、どうされているのだろう、

何とも言えない思いが、次から次へと心の中をよぎって行きました。



そんな中、想像を絶する苦難に立ち向かいながらも、人としての誇りと尊厳を失わず、ご家族のため、被災者の方々のためにと、前に進んで行かれようとする方々の姿に、強く心を打たれました。

そして、そうした方々の心の中に、「決して一人じゃないよ」 と祈りを寄せる、全世界からのメッセージにも、大きな感動を覚えました。



苦難に向かって、懸命に立ち向かおうとされている方を、決して孤独にさせることがあってはならない。

たとえ成り代わることはできなくとも、支えることなら、何かができる。

一人一人の小さな真心が、やがて大きなうねりになって、立ち向かう方々の希望の光になることを願ってやみません。


苦難の時だからこそ、未来を担う子どもたちに、大切なことを伝えなくてはならない

支え合うこと

決して屈しないこと

そして、何よりも大切な人の命のことを


こんな時だからこそ、

支える者として、自分がなすべきことをしっかりと見つめ、実行していこうと思うのです。





この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2011-03-21)


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ダウン症児の課題とその魅力

 2011-03-10
昨日は県外でのレッスンの日でしたが、1年生の女の子のレッスンを、小学校の先生が見に来てくださいました。

特別支援だけでなく、学校のリーダーとしてご活躍の先生と伺っていました。

とても光栄で、またとない大切な機会ということもあり、私は、普段以上に気合いが入っていました。


これまで私は、ダウン症のお子様に対する個別レッスンを、何度も学校の先生に公開してきました。

下手くそなレッスンを公開するわけですから、まったくプレッシャーがなかったわけではありません。

でも私、きっとうまく行くだろうと、とても楽しみにしていました。

もしも、お母さんだけでなく、お父さんも参観に来てくだされば、それはさらに完璧だと思っていました。


その確信は、どこから来るか?

もちろん、学校の先生に見ていただくわけですから、当然、私自身の準備にも力が入るし、この子が、この状況でがんばらないわけがないと、心の底から信じていたからです。


その子がレッスンの部屋に入ってくると、いきなり私と、目と目がばっちり合いました。

素晴らしい笑顔と、はずむような挨拶から、この日のレッスンはスタートしました。

1秒で、私は彼女のやる気を感じることができましたし、彼女もすぐに私の願いを感じ取ってくれていました。


ダウン症のお子さんの中には、場の空気を読む力、人の気持ちを感じ取る力、メタ認知(客観的に自分を見つめる力)が、優れてる子がとても多いのです。

この子もその一人で、始まる前から、すっかりお互いの気持ちが通じ合っています。


個別のレッスンでは、その子の発達の最近接領域を、子どもの学びのストーリーに合わせて、うまく提示していくことが求められます。

しかし、いくらテクニカルにその内容を精査しても、子どものモチベーションが伴わなければ、何にもならないのです。


また、達成動機が高いのも、ダウン症のお子さんの魅力の一つです。このことをを単なる意固地や頑固で終わらせるようでは、タウン症の特性理解を語る資格はありませんし、実践者としての力量が問われます。

ダウン症のお子さんの場合は、特に、その子の内発的な学習意欲を感じ取り、その子の学びのストーリーに寄り添った学習内容の構成が、大切になってきます。

個別指導というのは、単に、マンツーマンですればよいということではなく、深い子ども理解に根差した明確な目標設定や、そこに至る学びの道筋を、子どもに伝わるよう明確に精査していくことが求められるのです。


小さな部屋に二人っきりで、楽な気持で、テキトーにやれると思ったら大間違い、

そんな構えでいたならば、ダウン症の子どもなら即座に見抜き、ほどないうちに学習は成立しなくなってしまいます。

算数の計算が苦手な子どもでも、お買いものゲームや、具体物で指導すると見違えるように理解が深まることは、日常的に起こります。


メタ認知力を侮ってはいけません。

工夫のないプリントばかりでは、子どもに力量を見透かされます。

このへんは、容赦ないのも特性です。


この日、仕事の関係で、お父さんがレッスンをご覧になることはできませんでした。

この子のお父さんは、医療チームのドクターです。 

変な言い方かも知れませんが、私は、このお父さんを、何故だか、まるで古くからの友人のように思えしかたがなく、大変親しくさせていただいています。


私の力量は、たいしたことはありませんが、この日、子どもの気持が最後まで1秒たりとも離れることはなく、それはそれは楽しい50分間のレッスンが終了したのでした。

満面の笑顔で、ちぎれるほど手を振り、その子はレッスンの部屋から、家に帰っていきました。

今日勉強したプリントを脇に抱え、それをパパに見せるのが、楽しみで楽しみで仕方がないようでした。

何てステキな、何とすばらしい、子どもとご家族なのでしょう。



ダウン症の子どものそれぞれの課題を、決して軽く扱うことがあってはなりません。

ダウン症だから、将来は云々と、決めつけることがあってはなりません。

ダウン症だから、すべての子が同じでは、決してありません。

ダウン症だから、こうすればいいというような、安易な方法論が先行することがあってはなりません。


今、求められるのは、深い特性理解と質の高い教育が、どれだけダウン症児の可能性を拓き、豊かな未来につながっていくかを、実践を通して広く世に示していくことだと、私は信じています。

それが私に与えられた役割だと自覚しているのです。


神様、この子に会わせてくださいまして、ありがとうございました、

多くの子どもたちとの出会いの中で、私は何度もそんな気持ちになりました。


私は、出会えた子どもたちの先生であることを、何よりの誇りに思っています。

もちろん、ダウン症であってもなくても、みんな大好きになっていきます。

みんな生きることに、真正面から向き合っている子どたちばかりですから、必ず心が通じ合うのです。


それぞれの子には、それぞれの子の課題があり、魅力があります。

子どもを育てる立場の者なら、専門分野から見た一般的特性を十分ふまえた上で、誰よりもシャープにその子の今をとらえ、より深く理解する才覚をもつべきであると思っています。


ダウン症の子どもには、どの子にも共通する輝きがあること

それは、臨床実践者として、ダウン症の子供だけで毎月何十人ものレッスンを直接行っている、私だからお伝えできる内容だと思っています。


この子に出会えて、私は本当に幸せです。




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あきなちゃんの卒業式

 2011-03-04
金曜日に、あきなちゃんのレッスンがありました。

いよいよこの春には、小学生、

ご両親のお仕事の関係もあって、この日が就学前の最後のレッスンになりました。


あきなちゃんは、4歳の秋から、私の教室に通ってくれるようになりました。

そのころはまだ生徒も少なく、手探りながらも、わずか数名の子のレッスンに、本気モードで取り組み始めた時期でした。


保育園の運動会も見に行かせていただきました。

担当の保育士さんが、教室のレッスンを見に来てくださったこともありました。


色の認知、形の認知、言語や数量の芽生え、ひらがなとの出会い・・

私は、このあきなちゃんの育ちを通して、発達にかかわる様々なことに向き合い、学んでいくことができました。

お買い物ゲームが大好きで、底抜けに明るく、マンツーマンレッスンでありながら、毎回笑い声の絶えない楽しいレッスンの連続でした。


そんなレッスンに、この日、一つの区切りが付くのです。

この日は、お父さんに連れられ、いつものように笑顔一杯で教室に入ってきました。

こんなふうな形のレッスンはこれが最後になるのかなと思いながらも、あきなちゃん自身が、そんなことがわかろうはずはありません。

いつも通りの楽しいレッスンを、いつも通りにやって終わろう、

そう固く心に決めていました。

これまでの育ちの中で、思い出のつまったおもちゃや教具を使いながら、一つ一つを味わうようにして、レッスンは、いつものように楽しく終了しました。



あきなちゃんが、レッスンをお休みすることは、ほとんどありませんでした。

これまで私を信頼し、大切なお子様を託し続けてくださったご両親に、感謝の気持ちで一杯です。


絶対に泣くまいと思っていましたが、扉が閉まって、記録をファイルにしまったとたん、胸にこみ上げてくる熱い気持ちを抑えることができませんでした。


初めてパズルができるようになった日、

初めてひらがなが読めるようになった日、

初めて数を数え始めたあの日、


そのすべてが、かけがえのない大切な宝物です。

私は今、2歳から19歳まで、多くの子の指導に、直接かかわっています。

そのレッスンの一つ一つに、あきなちゃんと一緒に培ってきた内容が、今でも脈々と流れ続けているのです。


一人の子の育ちは、実は、その子の中だけの事ではなくて、多くの子の育ちや幸せのために深いつながりをもっているのです。

真摯に課題に向く合う子どもの命の輝きは、私の体の中に、信じられないようなエネルギーを与え続けているのです。


就学を前に、お母さんは職場へ復帰され、家族の形も次のステージを迎えられることになります。

出来ることなら、小学校に入っても、何らかの形でずっと応援させていただこうと願っています。


「ご入学おめでとうございます」


人が育つステージは、こんなにも美しいものかと、ご家族の後ろ姿をずっと見つめていたい気持ちになりました。




この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2011-03-10)





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家族の願いが 学校に届くとき

 2011-03-04
私はこれまで、ご家族と一緒に、何度も学校に乗り込みました。

私一人で、校長室にお伺いしたこともあります。

他県の、校長室に伺ったこともあります。


学校は、組織であり、教育のプロ集団です。

そこにご家族がお願いに行くとしたら、お子様の学びや育ちを中心にして、対等な立場で向き合うべきだと、私は考えています。

家族とはいえ、1個人で学校というプロ組織と向き合うのは、とても対等な状況ではないと思うのです。

ご家族が主体者とするならば、税金の事なら税理士、法律のことなら弁護士というように、クライアントと同じ立場になって応援する人が必要、というのが、私の保護者支援の一つのスタンスなのです。

欧米のIEPは、契約書という見方もでき、指導者と保護者がサインする欄がしっかりとあるのです。


先日も、ご家族の代弁者として、ある学校の先生にお話をさせていただきました。

私は、日に日にそのお母さんの表情から、明るさが失われていくのを、ずっと心配していました。

そのお母さんのある一言が、私の胸にも深く突き刺さっていました。


支援者として、何をすべきか?

微力な私ですが、与えられた時間の中で、精一杯の対応をさせていただこうと心に誓っていました。


学校の先生との話を終えた後、私たちの心に達成感はありませんでした。

何とも言えない複雑な思いが、私とご両親を包んでいました。

ご両親の気持ちが、痛いほど伝わってくるようでした。

しかし、うんうんと何度も私の話を、うなずきながら聞いてくださっている担任の先生の表情が、しっかりと心に残っていました。



支援者であるなら、苦しい場面であればあるほど、家族と共に揺れてはならない、と私は誓っています。

絶対に、負けてはならない、

自分の無力さを痛切に感じていましたが、その一方で、私の闘争本能はMAXに燃え上がったのでした。


きっと、先生方は、私のブログも見てくださるだろう。

ならば、私のできること、しなければならないことは何だろう・・

それは、私たちの願いが、いかに本物であるかということを、具体的な事例を通してお伝えすることだと考えました。


きっと読んでいただける。

それが本物であるなら、思いはいつか、きっと通ずる。

先日のある記事は、思いよ届けと、全身の魂を込めてメッセージを発信させていただきました。



先週だったか、駅まで車で送ってくださるお母さんを横に、どうして思いが届かないかと、決して容易ではないその道に、思いをはせるような場面がありました。


そのお母さんから、昨日メールをいただきました。

学校の先生との、お話を受けての報告でした。

短い文章ですが、最後に 「本当にうれしいです」 と添えられていました。


明らかに何か変化があったようです。

私は、すぐに電話を差し上げました。

そこからは、弾むような、いつものステキなお母さんの表情が伝わってくるようでした。


私の思いの何かが、担任の先生の心には届いたようです。

ブログを読み、もっと、早く、私と連携していればよかった、とまで言ってくださったようです。


それが、本物であれば、いつかは必ず人の心を動かしていく。

> 負けちゃダメだよ、お母さん、

> ほんのわずかな応援しかできないけど、ご家族を決して孤独にはさせないからね、

> 私が付いています

> 私は、絶対に逃げません

> これからも、一緒に、前に進んでいきましょう、


いつだったか、お母さんに伝えたその言葉が、ウソにならなくって本当によかった。


来週、私のマンツーマンレッスンの様子を、学校の先生が見に来てくださることになりました。

こんな下手くそなレッスンでも、それが何か参考になるところがあるのなら、

それが、この子の成長と、ご家族の幸せに少しでも役に立つのなら、

喜んで公開させていただきましょう。


何のための、仕事?

それは、子どもの成長と、ご家族の幸せのために決まっています。


すべての価値基準は、そこにあるべきだと、私は信じています。


この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2011-03-7)



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子どもの夢をかなえる 個別のレッスン

 2011-03-03
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しゅう太君は、3年生、もうすぐ4年生になります。

音読がとても得意で、会話文などを、心を込めて読むことができます。

聞いていて、とても豊かな気持ちにさせてくれます。


そんなしゅう太君ですが、書字は苦手で、視覚認知にかかわる課題に向き合っています。

低学年の時には、「大」 という漢字を書くのにも苦労していましたが、学習経験を積み重ねていくうちに、書字については大きな進歩が見られました。


そのしゅう太君が、今苦労しているのが、(2位数) × (2位数) のかけ算の筆算の問題です。

乗数が1位数のころは、まだよかったのですが、それが2位数になったとたんに混乱し、先週のレッスンでは、何が何だかわからない状態になっていました。


そこで、今週のレッスンでは、プリントから離れ、写真のようなパソコンソフトを使って学習することにしました。

ご覧の通り、今、どの位の数と、どの位の数をかけるのかが、ヒントボタンを押すとカラーまるでポインティングされるのです。

これまで、何が何だかわからない状態だったしゅう太君ですが、このソフトを使って2~3問学習を続けていくと、急にウキウキしながら、かけ算のひっ算に取り組み始めました。

そりゃそうでしょう、今まで見えにくかった内容が、ちゃんととらえられるようになったのですから、うれしいに決まっています。

10問の問題を、見事に集中してやり遂げることができたのですから、大したものです。


できないことがあったら、どうするか?

それには、まず、何かできなくさせているか、要因を分析し、適切な支援を入れ、それを段階的にフェードアウトしていくのが、個別指導の王道です。

そして彼にとっては、この学習そのものが、視覚認知力を高めるビジョントレーニングになっていると、とらえることもできます。


しゅう太君は、そうやって、書字の課題などを、次々とクリアしてきたわけです。

やがて近いうちに、パソコンソフトでなくとも、プリントでかけ算の筆算ができるようになるはずです。



かけ算をがんばったご褒美に、この日は、アルコールランプを使って、べっこうあめを一緒に作りました。

昨年秋にいただいた講演会の講師料で、顕微鏡、電動糸のこ、理科の実験セット、図工の材料など、いろいろなものを購入させていただきました。


個別指導の場で、アルコールランプを使ったのは、今回記念すべき第一号です。

うちの教室では、理科の実験も個別にできるようになりました(笑)

この教室を、子どもたちの夢の城にしたい。


私たちの夢に、また一歩、近づいたような気持ちになりました。





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