主体者としての家族を支える支援

 2010-07-31
今月は、28日から4日間の予定で、2つの地域に、出張相談・出張指導に行かせていただいています。


昨日は、ご相談を伺い、レッスンをさせていただいたご家族の皆さんが、夕食会を開いてくださいました。

お母さんだけでなく、レッスンをさせていただいたお子さんと、そのご兄弟も勢揃いしてくださり、とても賑やかで楽しい夕食会を催してくださいました。


1年ぶりで出会った子どもと、ご家族は、とてもたくましく成長していました。

事前にいただいていた資料をもとに、1年間の経過を詳しく伺い、その場で指導内容を修正し、直接指導にかかわりながら、これから歩んでいく方向を、ご家族の皆さんと一緒に考えさせていただきました。


当然なのかも知れませんが、回を重ねていくごとに、着実に、内容がレベルの高いものになっていきます。

学校との向き合い方、お子さんの認知や発達特性の見立て、それに基づいた数量・言語・書字・読解などの具体的支援法・・・

微力ではありますが、私は、この1年、多くの子どもと一緒に培ってきた実践のすべてを総動員して、一つ一つの事柄に向き合っていきました。


このことが、どれだけ私のパワーを鼓舞してきたかわかりません。

1ケース2時間で、4組のご家族。 朝9時から始まって、気がつくと時刻はあっという間に6時を過ぎていました


新幹線を使っても、3時間以上かかる地域です。

時間も費用も、相互に負担をしなければなりません。

今回、それぞれのお子さんの育ちを一緒に考えさせていただく中で、私にはこれまでにはない新しい気持ちが、心の中に、はっきりと芽生えているのを感じることができました。


本当に来てよかった。

私にはとっては、とても大きな収穫です。

いただいた、特別支援教育にかかわる地域情報だけでも、珠玉のものです。


私の今は、すべてここから始まった。

主体者としてのご家族をささえる支援、その原点がすべてここにあるのです。


食事会のとき、兄弟と家族と友達と、子どもが、地域の中で暮らすリアルな時間を共有できたことも、貴重な体験になりました。

遠くにあるけれども、しっかりと見えてきたその道筋に、いろいろな思いや夢が広がって来ました。


困難なことは、百も承知・・

子どものためなら何だってできると、自分の命を捨てた、信念の深い者が集うと、本当に強いですね。


こうして道は開かれる。


嵐のような雨も過ぎ去り、明日からは8月。

その息吹を吹き込まれた私は、多くの収穫を手に、本に本日岡山に帰り、また明日からのレッスンに備えます。

体は疲れているはずなのに、なぜだかモチベーションだけは、MAXです。

子ども一緒で、どうやら私も、理屈ではなく、心で動いているみたいです。



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子どもが伸びる方程式 (差し込んでくる 高校進学の光)

 2010-07-26
まずは、先日いただいた5年生の男の子のお母さんからのメールを紹介します。




いつもお世話になります
本日嬉しいことがありましたので、どうしてもSHINOBU先生にお知らせしたくてメールしました

普段は 家庭では息子に あまり勉強はさせていません
学校で本当に頑張って勉強しているからです

しかし 夏休みになり 支援学級でもそれなりに宿題はでます
今日の宿題のなかで 涙が出そうになるほど感動したお話を

どうぞ…


9リットル―4リットル3デシリットル= という問題を

90デシリットル―43デシリットル と単位を揃えるところまでできました

「え~90―43=なんて大きい引き算できんわ~ 」

あっ!そうか(*'o'*)


そう言って余白に 90―43= の筆算を書きました

『2桁―2桁の引き算を筆算で計算する』
ここに辿り着けたことがスゴイとおもいませんか?
ちょっぴり 線が多いですが 筆算で計算できています


最初の頃は、おままごとのような筆算を、楽しく指導していただいてから…
やっと『筆算を使う』領域に入ったと思ったら、感動でした。
今まで 訳も解らず 言われるがままひたすら 筆算の演習問題のプリントを何十枚もしてきました


それが 本日 こんなところで実になったのです

こんな時がくるなんて…あのジャンケン数え棒から2年、懐かしいですね
先生はこの時が来るのをわかっていたのかしら?
小さな 小さな 積み重ねが 大きな成果となって現われてきましたよ

これからが ますます 楽しみになりました
ブログでのたくさんの子ども達の成長も他人とは思えず、楽しみですね

これからも よろしくお願いします




低学年の頃、この子は、自信とやる気を失い、学校に行きづらくなっていた時期もあったようです。

「すべては、私のせい」

私は、ご相談の時に、痛いほど、ご自身を責めていたそのお母さんのその表情を、今でも忘れることはできません。


私の教室に初めてやってきたその子は、少しはみかみながら、手には片時も離さぬハンカチを握りしめていました。

じゃんけん数え棒ゲーム、何十回、この子としたことでしょう。


すべては、この日のためにやって来たのです。

それがいつとは言えないけど、必ずその日はやって来る、

出来ないはずはないと、心の芯から信じて、様々な算数的活動に取り組んできました。


この子の継次性能力に注目したのは、きっと私が最初であったと思います。

以前にいただいた WISC検査 のプロフィールでは、動作性の方が評価点が高かったのですが、何回か個別のレッスンを続け、学習を精査に見つめていくうちに、次第にそれは確信となっていきました。

検査で、すべてのことが分かるわけでも、可能性が限定されるわけでもないのです。

このことを受け、私のレッスンでは、苦手な微細書字認知の反復練習ではなく、文脈から類推させる聴覚支援を中心とした、長所活動型指導へとシフトチェンジさせていただいたのです。

みるみる成果は上がり、この子の学びに対するモチベーションは上昇していきました。


そのあゆみを間近でご覧になっていたお母さんは、私の教室の学習ファイルを片手に、学校のケース会議へ単身乗り込んで行かれました。

今はまだ書くのは苦手だけど、読める・理解できる能力を示す学習ファイルに、学校の先生方も表情が変わり、身を乗り出した、と聞きました。


こうして、理科や社会の交流学習がスタートしました。

最初は、ノートを書くのも大変なようでしたが、次第に学習が噛み合い、テストでよい点数をとることができるようになってきました。

あんなにシャイだったこの子が、「SHINOBU先生、ここでも社会や理科の勉強をさせてください」 と言うまでになりました。

私が2色刷の理科プリントを用意すると、こんなのではなくて、ちゃんと学校のテストみたいにカラーで印刷したものをやらせてほしいと、激しく食い下がってきました。


市販ものでは、なかなかカラー版の理科プリントはないのですよ。

必死で本屋を駆けめぐり、やっとイメージ通りのプリントを用意することができました。

理科や社会で良い点をとったことが、どれだけこの子の心を前向きに変身させたことでしょう。

私には、モチベーションMAX で理科プリントに取り組む、この子の笑顔が鮮やかに思い浮かんできます。


この子、書くのが苦手な分、読んだり聞いたり話したりする力が育っているのです。

答えには、まだひらがなが多いのですが、3択問題などでは、ばっちり力を発揮することができます。

だから、理科や社会で成果を発揮することができるのです。


このお母さん、私におんぶなんか、ちっともしていません。

むしろ私を、利用しまくっています。

もちろん、毎回、相談と報告は受けていますが、主体者としての構えがしっかりと出来ているのです。

単身、学校に乗り込み、数名の先生方を向こうに、きっちり交流を実現させ、言うべき事はきちんと伝え、可能な限りの学びの場を、ここまで構成されていきました。

やったことのある人ならわかると思いますが、決して半端な覚悟でできることではありません。

私の教室に来て、教材づくりを手伝ってくださったのも、このお母さんなのです。



リットル・デシリットル・筆算・・

そこからの位取り記数法の原理をつかませること、理解すること。

パソコン学習も、面白いようにヒットしましたし、やがて近いうちに、絶対つながると思っていました。

3年生の時から、ずっと寄り添ってきましたからね。

そのくらいのことは、わかります。

時には、演繹的理解だけではなく、帰納的理解の軸も必要なのです。


いつの間にか、握りしめていたハンカチはなくなり、堂々と私に要求までできるように育ちました。

指導中、私のおやじギャグにも、すかさず 「なんでやねん~」 とうまいつっこみを入れてくれます (笑)

指導の準備にも、力が入るというものです。


1学期は、海の学校がありました。

この日のために、何年も前から準備をしてきたと、お母さんはそうおっしゃっていました。

この子、海の学習で、また一段と自信を付けたに違いありません。

お母さん、今は中学の情報収集に力を注いでいらっしゃるようです。



「夢のまた夢だった、高校進学の光が見えてきました」

子どもが大変身を遂げるケースには、いくつかの共通項があります。

子どもを育てる主体者は誰か、その支援の在り方はどうあるべきか?

私には、子どもが変わる、子どもが伸びる方程式を、この事例から読み解くことが出来ます。


まだまだ書字は苦手です。

しかし、学習の質が高まっていくにつれて、その部分にも明らかに変化が見られ始めています。

光が差し込んでくるというのは、こういうことです。


この先、良いことばかりが起こるわけではありません。

幾多の試練が、待ち受けているのかも知れません。


しかし、このご家族なら、きっとそういうことを乗りこえていくに違いない。

今、私は、とても多くの事例に寄り添っています。

おぼろげながらではあるけれど、その道筋が、私にはそれとなく見えているのです。


そこへ向かうのも、別の道を歩むのも、それはご家族、そして本人が決めることです。

そして、歩んでいくのは、私ではなく、子ども自身なのです。



いつか、言おうと思って、今までなかなか言えなかった言葉があります。


「お母さんの表情が、以前に比べて見違えるように生き生きと、そしてまぶしく見えるようになってきました」

「変わったのは、お子さんだけではなく、お母さんのその目の輝きです」


私が目指していた一つの答えが、きっとここにあるのだと思っています。



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限られたレッスンだからこそ 心の中で広がり続ける指導を

 2010-07-23
私の教室では、第3水曜日は、主に県外からお越しくださる方や、継続でお越しいただきにくい皆様のための相談やレッスンをさせていただいています。


以前は、県外や海外からのご相談の場合は、私の指導の休みの日をあて、無料で対応させていただいていました。

しかし、現在は、私の休みの日そのものがなくなり、デイリーのレッスンをそっちのけで、相談の準備をさせていただくこともできないので、第3水曜日をその枠と位置づけさせていただきました。

また、何万円も費用をかけて県外からお越しくださるのですから、お気楽に無料でお話を聞くより、規定の料金をいただき、しっかりと準備をした上で内容のある相談・指導をさせていただくべきだと感じるようになりました。



今週の水曜日には、3組の方にお越しいただきました。

そのうちの2組の方が県外からお越しくださいました。 初回の方と、2回目の方です。

レッスンが終わり、果たしてお役に立てただろうかと案じていましたら、昨日、以下のようなメールをいただきました。





SHINOBU先生
昨日は本当にありがとうございました。

最初にメールさせていただいてから、短い期間の間に娘のことをよく理解していただいて本当にありがたかったです。
話を聞いていただいて、理解していただけただけでも私の気持ちはだいぶ楽になりました。

少しの時間でしたが、娘と勉強している様子を見ていて、やっぱりほめてほめてほめることで本人のやる気が全然違うなぁと感じました。

最近の私は「なんで?なんで?なんでこれがわからないの!」と娘をせめてばかりになっていたような気がします。
娘もプリントが100点だったこと、すごくうれしかったようで、「あのプリントもって帰りたかったなぁ」と言ってました。

そしてなによりも買い物が楽しかったようで、びっくりしたのが帰りの車で「きゅうりが1個50円と~トマトが1個40円で~90円!」と自分で何度も何度も問題を考え自分で答えていたのです。

その計算が間違わずできていることに、私もお父さんもびっくりしてしまいました。

なんと繰り上がりの50円と80円で130円というのもできてたんです!それだけではなくて、「じゃぁ130円だったら10円何個渡すの?」と聞くとしばらく考えていましたが、じぶんで「13個!」と答えがだせたんです。

あんなに家ではできなかった50+80が頭の中で計算できたことに私もお父さんも本当に感動しました。

先生と過ごしたあの短い時間で娘のやる気スイッチが入ったことは間違いないなと感じました。

本当にできることなら継続して先生の指導を受けれたらどんなにいいかと思いました。


ただ、やっぱり遠いことは事実で、先生がおっしゃっていたように2時間かけて行って帰って逆に疲れてしまっては、何をやってるかわからなくなりますよね。

先生のような指導者がもっとたくさんいてくれたら、近くにいてくれたらと心から思います。
またご相談させていただきたいことがあればご連絡させていただけたらと思います。
今後ともよろしくお願いします。









昨日はご指導ありがとうございました。2回目ということで息子も抵抗なく先生に会えたなと思いました。

昨日の私へのアドバイスはもちろんですが、奥の部屋から聞こえる息子の「よっしゃー!!」という叫び声や楽しそうな笑い声・・・あれほど生き生きと勉強する様子を感じたことありませんでした。すごくうれしくて涙がでそうでした。

先生は今回、今じっくりやっている教材ではなく息子の長所を生かしての勉強を提案していただき初めての割り算もしてくださいました。新しい勉強が楽しかったようで息子も新しいことを求めているのかなと感じました。

昨日はかなりの暑さでバテタにもかかわらず、弟を預けていた友人のためにも、せっかく岡山なので勢いで桃を箱買い(15個くらい入っていました)・・・帰りの旅は死ぬ思いでした(笑)片道2,5時間ほどかかることを忘れていました><


しかし最後の道のりでこの疲れが一気に吹き飛ぶ息子のせりふが、
 
「今日ぼく天才やった~!ママ、今度からぼくのこと天才って呼んでいいよ^^」

ですって。思わず噴出しちゃいましたが、先生ってドンだけこの子のモチベーションあげちゃうんだ。ってうれしく、いとおしくなってしまいました。



長い夏休み勉強に遊びにできるだけいろんなことにチャレンジして息子を名前のとおり大きくはばたかせたいと思っています。

また会える日を二人で楽しみにしています。






岡山名産の 「白桃」 のお味は、いかがだったでしょうか?


男の子は5年生になります。 支援学級に在籍しています。

九九もしっかり覚え、継次性能力が高いので、もっともっと幅広い学習を体験させてやりたいと思いました。


初回の時は、少し抵抗感があったように思いますが、今回は、来た早々から 「早く勉強したい~」 みたいなモードになっていましたので、私の方が正直、驚いてしまいました。

よっぽど楽しかったんでしょうね。

2時間の枠の中の対応でしたが、このモチベーションなら、お母さんへの連絡や相談を削ってでも、もっとレッスンの時間を増やしてあげればよかったかな、って思っています。

こうしたエネルギーは、今回、どこから、どのようにして湧き上がってきたと考えたらよいのでしょうか?

お母さんは、「涙が出そう」 を書いてくださいましたが、こうした学びのエネルギーをもっともっとかき立てるような指導は、不可能なことなのでしょうか?

皆さんは、この子の 「天才」 という言葉を、どのように受け止められたでしょうか?


私は、この子の学びの意欲をかき立てる先生として、いつもこの子と笑顔で接する先生であり続けなければならない、

限られたレッスンだからこそ、この子の心の中で生き続ける先生であらねばならない、

こうした子どもの学びの意欲について、教育にかかわるものなら、たえず心に留め置いて置く必要があると、改めて感じたのでありました。



初回の女の子は、事前にお母さんから、今回は数量、特に位取りの理解というように相談内容を焦点化していただいておりました。

①すごろくゲーム ②数え棒ゲーム ③パソコン ④文章題プリント ⑤お買い物ゲーム

という算数的活動中心のプログラムでしたが、思考の流れにそってぐんぐん理解が深まっていくようすが、その表情から伺えました。

しかし、まさか、お帰りの車の中で、そのようなことが起こっていようとは。

これまで苦労して培われた学びの種が、あの活動で結びついたんですね。


直前にお子さんが体調を崩されて、一旦はレッスンをお断りしたのですが、お母さんの強い気持ちで、無理をおしてお越しいただいたこの日のレッスンでした。

本当に良かったです。


明日、SHINOBU先生の直筆のお手紙を添えて、あの100点のプ算数リントを郵送させていただきます。

あのクリクリとした可愛い表情が、目に浮かんでくるようです。


この子なら、これからも、一歩ずつ自らの課題を乗りこえていくことと思います。

片道2時間ですので、距離的な限界があります。 経済的なご負担も大きいのです。

決して無理をなさってはいけません。


だからこそ私は、私の応援させていただく内容を、しっかり考えさせていただかなくてはならないと思います。

この子のがこの日体験したわかる喜びは、今後の学びをささえる大切な宝物となるに違いありません。


忙しい中送っていただいた資料からは、お母さんの深い愛情を脈々と感じる、それはそれは豊かな内容のものでした。

私は、その資料から受けた願いを、母に代わって代弁しただけに過ぎません。

あの資料なくして、今回、あのようなレッスンを構成することは、ありえませんでした。

まさに、母の願いが、位取りの重い扉をこじ開けたのです。


私は、ご家族の皆様の絶大なご協力をいただきながら、子どもの心に生き続けるレッスンをしていかなければならないと、この日強く感じました。


現実は、厳しいのは百も承知です。

甘いことばっかりも、言っておられません。

困難にも屈しない、強い精神力も育てなくてはならないのです。


しかし、肯定的に自分の存在をとらえることが出来ないで、そういう困難に立ち向かっていくことができるでしょうか?



「オレ、天才!?」

5年生の男の子の発言です。


この日の岡山は、炎天下の夏日でした。

私の目には、多くの仲間から愛され、自分の仕事に責任をもち、地域社会の中で額に汗をし、自立している青年期のこの子の姿が、陽炎のように見え隠れしているのでした。

すばらしいパーソナリティと魅力をもったお子さんの存在が、そこに映し出されているのでした。


この子を、社会の中で一人前に育て上げること

母として、これほど尊く、大切な営みはないのです。

私、このお母さんは、絶対すばらしい青年に、この子を育て上げると確信しています。


決して、たやすいことではありません。

多くのご苦労が、そこに待ち受けているのかも知れません。

だからこそ、支援者の存在が必要なのです。

私に、なすべきことがあるのです。


いつか、この子とビールが飲める日が来れば最高なんだけど。

その日まで、今の仕事を続けていたい。


教育の仕事、

それは、たとえそれがわずかであっても、子どもの可能性を信じ、それを育むこと。


何てすばらしい仕事でしょう。

子どもの可能性を信じないところに、教育は成立しません。

これからも、私は、自分の果たすべき役割をしっかりと見つめながら、主体者であるご家族を、ずっと応援させていただこうと願っているのです。



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通常学級で開いた学びの意欲 (イチロー君、算数でA評価をいただく!)

 2010-07-22
1学期も終わりました。

先日、イチロー君のお父さんから、以下のようなメールをいただきました。






SHINOBU先生…今日で1学期が終わりました。

本日お伝えしたかったのはイチローの通知表のことです。

2年生の頃に比べ明らかに「よくできる」(A小学校は「よくできる」「できる」「努力がいる」の3段階です)の欄が増えていたことも事実ですが、特筆すべきは算数の【正しく計算できる】の欄が「よくできる」になっていたことです!!(驚)。

当然、相対評価ではなく絶対評価ですので、このような評価が可能であったとは思いますが、担任の先生が「学習課題に対して、わかるまで根気よく取り組む態度は立派です。この1学期に芽吹いた「やるき」「根気」の芽を大切に育てていきたいと思います。」とのコメント下さっているように、学校でのイチローの努力も大きかったのだと思います。(通常学級の中にあって本当に努力したのだと思います…。)

SHINOBU先生との歩みの中で、ゆっくりではありますが自分に対して自信を持ち、本人のペースで苦手なことにも取り組んできた…。その積み上げがだんだんと形になってきているのだと思います。

行き急ぐつもりもありませんし、今後も多くの課題があるとは思いますが、SHINOBU先生との歩みの中で身につけてきた力を基に歩んでいこうと思います。

イチローはSHINOBU先生に賞状(担任の先生が全員に配った「がんばったで賞」ですが…)を見せたいと言ってます…。
SHINOBU先生との歩みにより前向きなイチローがいます。
どうか今後ともよろしくお願いいたします。







岡山の教室では、入会していただいた順に出席番号をつけさせていただいています。

1番が花子ちゃん、2番が太郎君、3番が友里ちゃんで、4番がかれんちゃん、そしてイチロー君は私にとって5番目の教え子ということになります。


イチロー君とはじめて会ったのは1年生の秋のことでした。

私が、巡回相談でイチロー君の地域におじゃまさせていただいたことがご縁で、レッスンをさせていただくことになりました。

巡回相談を終えて、イチロー君のお宅におじゃまさせていただくようにさせていただきました。


当時の記事を、少し読み返してみました。 (2009-02-5)

あの頃は、20玉そろばんを伝っていたんだ~ 何だかとても、なつかしく思えてきます。

当時は、「おれ、頭悪いけー」 と、何度か言っていたようです。

今では、全くそんなことは、言わなくなりました。



当時は、「日常生活に困らない程度の算数の力」 というのが、大目標だったのです。

私たちはそこから、繰り上がり・繰り下がりの計算、九九、書字など、文字通りご家族と二人三脚で、イチロー君の学びに寄り添ってきました。

算数の計算については、何度もご両親と、その支援の方向について話し合ってきました。

やりたい気持ちの強い子であるがゆえに、できないことへの痛みも強いようでした。

こうしたイチロー君の不安な気持ちが、通常学級の選択という決断に対する、ご家族の複雑な思いを一層ふくらませているようでした。



決して、この選択はまちがっていません。

マイナス面だけに目を向けてはダメです。

希望をもってください、可能性を信じてください。



何度も何度も、私はご家族にそう伝え続けてきましたが、まさか、3年の算数でA評価をいただける日が来ようとは、私でさえ思ってもみないことでした。

「算数テストで、1発100点を取った」

イチロー君が、そう自信満々にテストを見せてくれた時でさえ、

「これ、本当に自分の力でできたんですよね?」

と、ご家族に確認したくらいです。

当時の事を思えば、3年生で算数のA評価など、正直私でも考えられないことでした。


いつだったか、少し成果の見え始めた頃、

「色々ありましたが、結果、通常学級で正解でしたね」

何気なく伝えた私の一言に、お母さんは急に胸をつまらせ、涙をいっぱいに浮かべられていました。


きっと、就学の時の、通常学級選択にかかわる様々なご苦労や、言うに言えない複雑な思いが、一気にこみ上げて来られたのでしょう。

私は、何十組というこうしたケースに出会ってきましたから、そのお気持ちが痛いほど伝わってきました。



昨日は、県外から、初めてご相談こられた方がいました。

とてもかわいい2年生の女の子でした。

数量に対する感覚を育ててやりたいという、ご家族の強い願いを、事前に伺っていました。


すごろくゲーム・数え棒ゲーム・お買い物ゲーム・パソコン・・・・

プリントは1枚だけやりましたが、そのほとんどを算数的な活動で構成してみました。


私、この活動、イチロー君と何十回、いや何百回したかわかりません。

とりあえずテクニカルに答えを合わせるだけなら、色々な裏技がありますが、例えば位取り記数法の原理を理解させるには、これくらいやらないとダメだと、私は体験的に感じているのです。

そういうことを理解し、私を信頼する気持ちがなければ、高い月謝を支払い、遠方からお越しいただき、100回もすごろくゲームをさせることはできません。

まちがいなく、真摯に子どもの学びに向き合う強い気持ちと、日々ていねいに毎回の家庭学習に取り組んだ、ご家族の深い気持ちが、今回のA評価を産んだのです。

改めて、育ての主体者がご家族であること、そして、真剣に取り組まれるご家族にこそ、支援者の存在が重要であるということを感じたのでありました。


1番の花子ちゃんから始まって、岡山の出席番号も、今では62番まで増えました。

その一人一人が、私にとって大切な教え子なのです。

私は、これから、何人の子ども、そして何組のご家族と出会っていくか知れません。

これからこの世に生を受け、真摯に課題に向かって立ち向かっていく、そういう子どももだっているはずです。


イチロー君の育ちは、一つのモデルとして、多くのご家族にお伝えしなくてはなりません。

きっと、同じような選択をされたご家族に、勇気と希望を与えることにつながると思っています。


イチロー君の育ちは、この私にも、さらに大切なことを見つめ、前を向いて力強く歩んでいくエネルギーを与えてくれたのです。

あの日、あの時、あの場所で、もしもイチロー君のお母さんに会っていなかったら・・


人生って、ステキです。

運命とは、やって来るものではなく、作り出すもの

改めて、そんな言葉が思い浮かんでくるのでありました。



教室を始めて、本当によかった・・

今度は、私の方が、泣いてしまうそうなくらいです。




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ゆっくりだからこそ ちゃんと培うこともある

 2010-07-19
学校には、1年生だったら繰り上がりのたし算、2年生だったら九九、3年生になったらわり算やひっ算、4年生なら小数というように、学習内容が法的な拘束力をもって定められています。

文字通り、学びの中心地であり、オフィシャルな教育機関としての社会的な役割と責任を担っているのです。


しかし、私の教室には、時間割もなければ、教育課程も、系統的なプログラムもありません。

あるのは、ありのままの子どもの姿と、学びの欲求、そして指導者として育てたい具体的な目標だけなのです。

ある意味、ここでは時間が止まっているのです。


先日、4年生のある女の子が、理科で87点をとってきました。 快挙です。

「この子が、通常学級で学ぶと言うことは、お母さんがロシア語を聞いているのと、同じことなんですよ」

低学年の時、ある先生が、そうおっしゃいました。

私は、何て不用意な、配慮の欠ける、浅はかな発言だと、怒りを通り越して、あきれてしましました。

この先生、この子の聴覚言語の優位性に、何にも気がついていない・・


たしかにその当時、微細な視覚認知に脆弱な部分があり、精緻な文字の認知や書字に大変苦労をしていましたから、テストプリントなどでは、成果が現れにくかったのは事実です。

しかし、それを補うかのように、文脈理解や感情を読み取る力は、着実に育っていたのでした。

書き込み問題はできなくても、3択問題では、当時から出色の成果を見せてくれていました。

初めて、「黄色のバケツ」という教材で、この子の優れた能力に気がついたとき、私は感動で涙がこぼれ落ちそうになったことを、今でも忘れることができません。


この継次性能力があれば、苦手な部分はあっても、かなりの部分は改善できるのでは、というのが当時の私の見立てでした。

お母さん、この子は九九は行けるはずです。

1年生の時に、そうお伝えしましたが、当時はまだ、たし算もできていない時期でしたので、その時はなかなかそのことをうまくお伝えすることはできませんでした。


2年生になり、この子は支援学級へ籍を移しました。

そのこと自体を、結果論でどうこう言うつもりは、全くありません。

そこに、ご両親の真摯なご決断があったということを、痛いほど知っているからです。


以前にも、お伝えしましたが、この子、しばらく九九は 「九の段」 だけ言える時期がありました。

2の段は言えないのに、九の段はちゃんと言えるのです。

それは、通常学級の朝の会に行き始めたとき、朝の歌で 「九の段」 の歌を歌っていたからです。


今では、ほぼパーフェクトに九九はマスターしました。

私の教室では時計が止まっていますが、ずっと前に、お母さんにお約束したことを、実現できることができました。

先日、かけ算のひっ算ができるようになったとき、この子、プリントに思わず、 「ヤッホー」 と書いてくれました。


4年生になり、この子、支援学級から、再び通常学級に復帰しました。

最初、「5点」 のテストを持って帰ったと、お母さんは教えてくれました。

しかし、この 「5点」 は、ただの5点ではないと、私は信じていました。

よくぞ、明るく前向きに、このテストに取り組んでくれたねと、抱きしめててやりたいような気持ちでした。

すぐに100点は、とれなくても、絶対にこれから伸びる 「5点」 がそこのあったのです。

何と価値のあるテストであったことでしょう。

その値打ちが見えるのは、私が彼女の優れた能力を知っているからです。

それが見えていたなら、「ロシア語発言」 など、あろうはずはないからです。


通常学級に戻ってから、私の教室での学習内容は、見違えるようにダイナミックになってきました。

例えば、苦手だった漢字の書字にも、4年生の教科書を使います。

例えば、同じ 「強い」 という文字を学習するにしても、2年生の漢字ドリルから、順番につぶしていきやりかたと、4年生の今の教材から、「強い」 という文字をピックアップするのと、どちから子どもの学習意欲をかきたてる事ができるでしょう。

「あっ、この漢字、学校で習ったんだ~」

以前に比べて、うれしそうな表情を浮かべる、そんな発言がとても多くなってきました。


「1+2」も出来にくかった頃、

サイコロの目を、何度も何度も 「1・2・3・4・・・」 と数えていたあの頃、

少しゆっくりですが、四則計算、卒業までには何とか出来そうな所までやってきました。

ここに来て、発達のカーブも、急上昇です。


学校でのオフィシャルな教育があればこそ、私は、時間を止めて、この子のペースで歩んでやればよいと思っています。

私、小数や分数で、この子がよい点を取ってくる日も、やがてやってくるのではないかと期待しています。

時間をかけて体験的に、誰よりも、算数的な活動は積んできましたからね。

数原理さえつかめていれば、整数も分数も、そんなに変わりはないはずです。

4+7が出来れば、0・4+0・7だって、できないはずはありません。


理科や社会では、選択問題も多いはずです。

この子の力が発揮できるフィールドがそこにあるのです。

苦労した分、できた喜びは大きいし、その価値を誰よりも感じているのは、この子自身なのです。


人と比べて、切磋琢磨する営みは、あってよいと思っています。

しかし、人の尊厳を比べることは、あってはなりません。

どの子にも、その子のよさというものがありますから、比べていいことと、そうでないことがあるのです。


私はその大切な部分を、時間をかけてでも、ていねいにていねいに育てていこうと思っているのです。

こうした営みは、ご家族の信頼がなければ、できる仕事ではありません。

私が育てていきたいのは、この子が幸せに生きていくための、大切な心と力なのだと思っています。



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医学的・心理的知見を、子どもの支援にどう結びつけるか

 2010-07-15
今日、岡山大学教育学研究科教授で、医学博士でもいらっしゃる眞田敏先生に、白ゆり保育園・白ゆり教室にお越しいただきました。


眞田先生には、大学院時代から大変お世話になり、これまでもいろいろな面でご指導をいただいてきました。

今回、眞田先生のご厚意により、社会貢献の一環として、ボランティアでご指導をいただけることになりました。

大変ご多忙な先生でありますし、無料でご指導をいただけるということなので、一定の制限が必要なのはもちろんのことですが、職員の指導だけでなく、場合によっては個々のケースカンファレンスなどにも対応していただけるということでした。


眞田先生は小児神経学がご専門のドクターです。

私のブログの中でも、時々脳の機能局在のことに触れさせていただいていますが、子どもたちへの教育的支援を構成する際に、これまでどれだけ眞田先生にご指導いただいたことを参考にさせていただいたか知れません。

白ゆり教室を立ち上げた頃には、毎週のように、先生の研究室におじゃやまさせていただいていましたが、またこうしてご指導をいただける機会をいただき、本当にありがたく思っています。


この5月に出版された先生のご著書では、医学的・心理的知見を、子どもの支援にどう結びつけるかということが、大切なテーマとして取り上げられています。


ぜひ、先生にご指導いただいたことが、子どもたちの成長や、ご家族の幸せに直接つながっていくよう、私たちも努力していきたいと願っているところです。


志のあるところに道は拓ける。

先生のお気持ちと、こうしたご縁を大切に、これからもしっかりと活動に取り組んでいきたいと思っています。



子どもの発達障害・適応障害とメンタルヘルス子どもの発達障害・適応障害とメンタルヘルス
(2010/05)
安藤 美華代・眞田 敏

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ダウン症の子をもつ母として  ~5歳の誕生日に~

 2010-07-14
私がレッスンをさせていただいているある女の子が、先日、5歳の誕生日を迎えました。

昨夜、そのお母さんから、以下のようなメールをいただきました。







SHINOBU先生、こんばんは。

今日は娘にバースデーカードを贈って下さり、ありがとうございました。

まさか、先生が娘の誕生日を覚えて下さっているとは思わなかったので、とても感激しました。

娘もとても嬉しかったようで、それはそれは大切にカードを持ち、封筒に書いてある「しのぶせんせい」の文字を指で一文字づつたどりながら、「し・の・ぶ・せ・ん・せ・い」と読んでいました。

ひらがなの絵カードはずいぶん読めるようになりましたが、連続した文字は読めるとは思っていなかったので、驚きました。

先日の学習会で、言葉が出るようになるには、伝えたいという思いが大切とおっしゃっていましたが、文字を読むことも読みたいという思いが大切だな・・・と感じました。

また、今日は初めてひらがなを書く練習をしましたが、5歳でこのようなことができるとは思っていなかったので、先生の隣でちょこんと座る娘の小さな背中を見て、感無量の思いでした。

主人も「自分は小学校に入学して、ひらがなを教わったのに、年中の娘がひらがなの勉強をしているなんて!!」と驚いていました。

そして、「NICUに入院している娘に毎日母乳を届けに行ってた時はどうなることかと思ったけれど、ダウン症を育てることも悪くないな・・・」 と、しみじみ語っていました。
 
とても嬉しい誕生日になりました。ありがとうございました。
 これからもよろしくお願いします。






昨年教室に通い始めたことは、ガチガチに緊張して子ですが、毎回、それはそれは一生懸命活動に取り組んでいました。

初めは、とにかく楽しい活動を重ねることにより、コミュニケートする楽しさや、学ぶ喜びをしっかりと体感させたい、そういう気持ちでレッスンに取り組んできました。

しかし、回を重ねるうちに、私はこの子の言語の優位性に何度も驚かされました。


ある日、家庭の事情で、この子のレッスン時に、妹さんが同室されたことがありました。

このとき、いつも以上に張り切って、お姉ちゃんらしく生き生きと学習するこの子の姿がありました。

私は、いっぺんに、この子の気持ちが、ダイレクトに伝わってくるのを感じることが出来ました。


目先のテクニックより、この子の魅力を、大きく育むようなレッスンを重ねていきたい、いつも私はそう心に念じて指導に取り組んでいきました。

理解言語の豊かな子ですから、カードで先行刺激を与えてやると、「す」 という文字を手がかりに、「すいか」 という文字をひっぱり出すことができます。 継次処理が得意な子への、長所活用型支援です。 初めて見られた方は、驚かれる場合もあると思いますが、こうした支援を行い、やる気と自信をもたせ、やがてその支援を段階的にフェードアウトしながら、この子の力を培っていきたいと願っているのです。


レッスンが終わると、いつもお母さんは、娘さんと2人で、園庭の遊具で遊んだり、楽しそうにおしゃべりをしてから帰られます。

私が、させていただいているのは、こうして母と子で培ってきた豊かな言葉の世界の一部を、ちょこっと拝借させていただいているだけのことです。


家族でしかできないことと、家族でないから出来ることもあるのです。

少しでも、希望をもって、お子さんと歩んでいくご家族を応援させていただききたい。

5歳の誕生日が、この子の成長にとって、さらに大切な1日となっていくことを、私は願ってやまないのです。


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言語の芽生えと育ち

 2010-07-12
先日、就学前の男の子のレッスンをしました。

これまでは、言語表出のあまり見られなかった子です。

ところが最近、ひらがなパズルの活動の時、「はみがき」 など、特定のピースをはめる時になると、何度も私の目の前にそれを差し出し、「これ、知ってるよ」 とばかりに、得意げな顔で、私に強いメッセージを発してくれます。


カードの活動の時にも、こうした理解の言葉が、次々に増えてきていることが感じ取れます。

理解の言葉が増えると、やがて、それを模倣するようになってきます。

遅延模倣といって、その場だけでなく、時間が経っても、「バナナ」 とか、「バイバイ」とか、その言葉を言えるようになれば、生活の中で使えるレベルに近づいたことになります。

この時点では、まだ、しっかりとした意図をもって言葉を発しているわけではありませんが、やがて、語用化といって、それを日常生活の中で、確かめようとする場面がやってきます。

小さい子は、どの子もそうですが、「アンパンマン」という言葉が入ったら、しばらくは 「バイキンマン」 を見ても、「ショクパンマン」 を見ても、「アンパンマン」 という時期があったりします。

キャラクターの総称を、「アンパンマン」 だと思っているのです。

黄色い物の総称を、「バナナ」 だと思ったりするのです。


「赤」 も 「青」 も、色なら何でも 「黄色」 と言ったり、「先生」 を 「パパ」 と言ったりするのも、最初の子どもの言葉のイメージと、一般的な語句の使い方が、必ずしも同じではないことを意味しています。

こうしたことを、子どもは日常生活の人とのかかわりの中から、体験を通して学んでいるのです。




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私は、くだものペアペアパズルというものを、多くの子の指導で使っています。

右のピースに文字、左のピースにくだものの絵が印刷されています。


昨日、4歳の女の子に、文字だけのピースを見せると、それを 「もも」 だとか、「パイナップル」 だとか平気な顔で次々に読んでいきます。

きっと、「パイナップル」という文字を読んでいるのではなく、「パイナップル」 と印刷されたピースを見せれば、もう片方の 「パイナップル」の絵がイメージできるようになってきたのだと思います。

私が見ても、ドナルドの図柄ととパイナップルはまったく結びつきませんが、もしかしたら、この子はドナルドをみるとパイナップルを連想するようになっているのかも知れません。

色を手がかりに、パイナップルと識別している子もいます。

大人だって、子どもだって、一人一人、言葉に対する出会いは、決して同じではないのです。


だからこそ、子どもの言葉の背景を理解することこそ、言語を育てる上で大切になってくると思っています。

そのためには、一緒に遊んで世界を共有する営みを忘れてはなりません。

助詞や構文など、テクニカルな言語指導は、内容が焦点化され効率的です。

大人にとって手応えを感じることが、ともすれば子どもの心とと離れがちになり、レッスンが味けなることもあります。

こと、コミュニケーションの育成に重点を置くのなら、たとえブロークンであっても、文法よりも、やりとりそのものを楽しめるようにした方が、個別レッスンでは、結果育つと、私は信じています。

もちろん、決して文法をないがしろにしているのでは、ありません。



4歳の男の子に、絵カードを読ませると、みかんは絵の方を見て、「みかん」 と言っていますが、そうめんは、ひらがなを見て、「そ・う・め・ん」 と読むようになりました。

みかんは絵にひらがなを対応させ、そうめんはひらがなに絵を対応させて考えることが出来るようになってきました。

少し前に、アンパンマンのひらがなカードのマッチングだけで、お母さんがびっくりされていたのに、急速な進歩です。


言語の成長は、目に見える時期と、そうでない時期もあります。

また、同じパズルや絵本やカードであっても、扱い方一つでいくらでも高度な指導内容を構成することも出来ますし、単調なつまらない作業い繰り返しにしかならないこともあります。

ペアペアパズルも、単なる2Pの型はめパズルとして扱えばそれまでですが、生き言語教材として扱えば、就学まで長く親しむことができる大切な宝ものにもなります。


要は、子どもの今が見え、次に何をなすべきかが見えることです。

目標が先にあれば、教材  教えるよりのではなく、教材  教える感覚になってきます。


先に系統的なプログラムを作成して、粛々とそれをこなしていく指導法も大切だと思います。

それで成果を上げられている機関も、数多くあると思います。

ぜひとも、内容を充実され、多くの子どもの成長と幸せにご尽力いただきたいと思っています。


しかし、私の個別指導では、

「 子どもの今 → 育てたい力 → 教材 」

が、指導の根幹だと考えています。

これが、私の持ち味であり、私がお子様のためにさせていただける内容だと考えています。


一つのやり方が、絶対的なものだと思っていません。

主体者はご家族です。 

私は、選んでくださったことを何よりの誇りに思い、そのご家族のお力になりたいと、切に願っています。


しかし、それを、選択されるのは、ご家族自身です。

その結果を受け入れるのは、まぎれもなくお子さんであり、選択という行為には一定の責任が伴います。

ある意味、選ぶということは自己責任であり、指導者との対等な関係がそこに構成されます。


私は、責任をもって、自分のお子さんにあった教育の場を構成されることが、家族としての最も大切な仕事の一つであると考えています。


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子どもの認知のなぞ

 2010-07-09
字が上手な子は、視覚的に微細な部分をとらえることが得意な子が多いようです。

折れ・曲げ・払いなど、微細な文字を精査に認知することが出来るからです。

その代わり、文章となると情報量が多くなりすぎるのか、「わ・た・し・は・・・」と、逐次読みになりやすい傾向があります。

行間や文脈理解が、苦手にことが多いようです。


昨日、3年生の女の子と算数の勉強をしました。

この子は字が上手に書けるので、視覚認知に、それほど配慮が必要であるとは思っていませんでした。


私は、九九を下記のようにカード化したものを使用しています。

同時処理が得意な子には、「3×2=6 さんにがろく」 と書かれたものの方が有効であることを、体験的に知っているからです。


kuku.jpg



昨日、この子にこのカードを使用してみると、3×6がこの表からすぐに見つけにくいようです。

もしやと思い、たし算カードでもトライしてみました。

「3+7=10」 というカードと、「3+7」 とだけ表示して、裏に10と記入したカードを選ばせてみると、シンプルな 「3+7」 のカードは楽勝なのに、「3+7=10」 と、答えを添えたカードを並べると、エラーがとても多くなります。


そう言えば、この日の書き取りでも、「家」 という字の曲がり、がすごく書きにくそうでした。

「紙」 という字のはねも、反対側にはねていました。

「親」 や 「顔」 は、きっとパーツに分解して、認知していたのでしょう。


字が上手だから、微細認知も得意だと思いこんでいました。

毎週、毎週、ずっと来てくれていたのに、本当に申し訳ないと、血の気が引いてしまいました。

「どうしたらいんだろう」

「次に打つ手は、何なんだろう」

昨日から、頭の中でぐるぐるぐるぐるそのことが回り続けていたのですが、これまでかかわって来た子の中にも、似たタイプの子はたくさんいました。

ならばここに、すべきことはたくさんあるはずです。

この子たちは、当時もっともっと厳しい状況でしたが、今では九九も、筆算も、簡単なものならできるようになっているのです。


子どもの認知、タイプ別にとらえることはとても重要ですが、似ていても、一つとして同じものはありません。

思いこみは厳禁だし、事象から、シャープにそのことを見極める力量が必要です。

プロとして、とても恥ずかしく、申し訳なく思います。


しかし、なぜわかりにくかったのか、それを紐解く大きなきっかけができたのは確かです。

メカニズムがわかれば、道筋も、方略も、向かう先も見え、子どもにもご家族にもきちんとそれをお返しすることができます。

それが私の仕事

力量不足ですが、逆に闘志はメラメラと湧き上がってきました。


すばらしい魅力と可能性をもったこの子に、数量認知の扉をこじ開けてあげたい。

見えそうで見えないなぞが、今、目の前に横たわっているのです。



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資料から文脈を読み解く

 2010-07-07
先日、5年生の男の子と、社会の勉強をしました。
農作業の作業時間が、年々減っていることを、資料のグラフから読み取る問題がありました。

この男の子、漢字なら、「書くこと」 の方が、「読むこと」 よりも、得意なのです。
例えば、「るす」なら「留守」 と「書き」は、一通りですが、「読み」となるとそれが「留守(るす)」 「留まる(とまる」 「留意(りゅうい)」と、それが様々に変化し、何が何だかわかりにくくなってしまうのです。

今回の社会の問題では、「取り入れ」「田植え」「草取り」「なえづくり」などで、1960年・1980年・1998年で最も作業時間が減ったのは何でしょう、という問題がありました。

棒グラフを見ると、1960年に約50時間くらいあった「取り入れ」の時間が、1960年には20時間程度に減っています。

ところが、この子は作業時間の中で一番少ない 「なえづくり」 にとらわれ、減少という時間的な変化に目が向きません。

棒グラフというものは、見方によって、いろいろなことが読み取れます。逆に言えば、情報量が多すぎて、曖昧で、焦点化されていないわけです。

1対1対応の得意なこの子だからこそ、焦点化されていない情報には、アシストが必要です。


「1960年の取り入れの時間は、何時間くらいかな」

「50時間くらい?」

「そう、よくわかったね。 では、1980年は?」

「20時間」

「うん!」

私が「うん」と、そう言った瞬間、この子の脳に電流が走りました。

「30時間も減ってる」

「取り入れが、一番減っている!」

「その通り、大正解! さすがだね、すごいなあ」


子どもは、気持ち一つで、調子に乗ることもあれば、「何やってんの!」の一言で、ガラガラとシャッターを降ろしてそのまんまになってしまうこともあります。

特にこの子は敏感なので、長い滑走路を、ゆっくり走らせた方が、結果、よい成果を上げることが多いようです。


特性を理解していれば、つまずきが予測でき、あわてることなく手だてが打てます。

成功体験を積み重ねるごとに、この子自身に、判断する力とゆとりが培われていきます。

苦手な事を出来るようにするには、支援を厚くして、段階的にそれをフェードアウトするか、課題分析をして小さいステップをこしらえるか、その2つの方法しかありません。







こんばんわ☆

昨日はご指導ありがとうございました。
「疲れた~オレ頑張ったで~」と充実した時間を持てたようです。

今日は5年生になって初の100点のテストを持って帰ってきました!
しかも算数!(^^)! 合同の単元でした。5年生になって1回もとってない~取りたい!
と言っていたのでとても嬉しそうでした。このテスト、テストがあった日の様子を先生が教えてくださっていました。

途中で「わからん~!!」となって
鉛筆をおいてあきらめそうになったのですが、やる気を持ち直したのか
再びテストに向かっていました!すごかったです! と。

それで100点はすごい!点数よりも気持ちが折れなかったことに拍手ですよね(^^)v
テスト裏のちょっとひねった設問は、同じ合同の問題でも???だったようですが…
たった1つのテストでも、息子にとっては大事な大事な100点。少し自信がもてたかな?
寝るまでとってもご機嫌でした☆

次回は8月!夏休みまっただ中。真っ黒に日焼けした元気な息子を連れていきます(^^)
暑い日が続きますが、お体に気をつけて…

ありがとうございましたm(__)m






次回は、海の日で、この子との指導がお休みなのが、とても残念です。

夏休みには、阪急電車を調べに行くんだと、とてもはりきっていました。


算数100点、よかったね。

すばらしい!!


こうしてお子様の育ちを共有できることを、何よりの幸せに感じます。


もつれていた糸が、すこしずつほぐれて、向かう先が見えてきました。

今日は、七夕の日ですか?

次回のレッスンが、また一段と楽しみになってきました。

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やがて訪れる雲の晴れ間

 2010-07-05
先日、つよし君 (小3) のお父さんと、指導後にお話を伺いました。

つよし君、この頃絶好調で、学校で習ったことを生かして、次から次へと学習を進めていきます。

以前はわずか20分間勉強するのにも、相当な工夫と準備が必要でしたが、今では学習のモチベーションがとても高く、次々と内容が発展していくので、時間があっという間に過ぎ、90分では時間が足らなくなることさえあります。

ひき算に、あれ程抵抗感があったのに・・

この子、こんなに勉強する子だったかなと、1年生のことが、遠い昔のことのように思われます。



1年生の頃は、衝動的な行動が多く、お父さんは何度も相手のお子さんの所にお詫びに行かれていたようです。

夕方になると、学校から、また電話がかかってくるのではないかと、毎日、不安に感じていたとも言っておられました。


「最近は、交流級でも、生き生きと過ごせるようになってきたようです」

「もう、学校からの緊急電話は、一切かかってこなくなりました」


この子の表情も、そしてこのお父さんの表情も、とてもあたたかく、やわらかいものに変わっていきました。


「とりあえず、3年生までふんばってみましょう。 きっと、そこから、景色は変わるはずです」

大変だったあの頃、私がそうお伝えしたことを覚えていますか? と言うと、おとうさんは、こっくりとうなずかれました。



この子は、デリケート過ぎる、だからこそ柔軟な対応ができにくい、というのが、その時の私の見立てでした。

学校のリズムをつかみ、友達や先生、周囲の状況に慣れ、認知力が向上していけば・・

そして、自信をつけ、自分自身を肯定的にとらえることができるようになれば、きっとこの子の行動面の課題は解決できる、そう自分に言い聞かせて、毎回のレッスンに取り組んでいきました。


「ここへ来始めてから、この子は変わってきました」

半分以上の時間を、遊びの時間に費やしていたあの時期にも、お父さんは私の指導に深い理解を示してくださいました。


あの時間にこそ、つよし君は、私の信念を確かめ、信頼感を築くことができたのです。

心が満たされれば、必ず子どもは、望ましい方向に向かって歩み始める。


以前、カードゲームを持ってきて、30分以上も学習中にそれをしていた子がいます。

「大丈夫、この子はすぐにここを抜ける。この子の学びの願いを信じれば、これかきっと最短!」

私は、自分にそう言い聞かせながら、その子と一緒に学習を進めていきました。

今では、その子は集中して、入試問題級の算数を、次々に突破していっています。


別の子のエピソードです。

昨日、指導が終わったあと、その子は、深々と私に頭を下げて教室を後にしました。

何度注意しても、事務用のパソコンとプリンターばかりさわって、なかなか指導が成立しなかった時期もありました。

ほとんど言語表出のない子ではありますが、今ではしっかりコミュニケートができます。

表情がやわらかくなり、今ではいつもニコニコです。


先日、大好きなパソコンパズルの前に、いじわるで、嫌いなお買い物ゲームの準備をすると、思いっきり首をかしげで、残念そうな表情を浮かべました。

「ごめん~、そんなにがっかりするとは思わなかったよ。じゃあ、先にパソコンパズルをしようか」

そう言うと、今度は思いっきりの笑顔をうかべ、それはそれは、うれしそうでした。

この子、こんなにパソコンパズルが、大好きだったんだ・・

少し胸が熱くなってしまいました。

そう言えば、この子と心がつながり始めたのも、このパソコン学習を取り入れた頃からだった。


今では、トランジットエリアから、背中を押してやると、軽いタッチですーっと学習席に移動します。

そのあまりのタッチの軽さに、私はこの子との信頼感の深さを、感じているのです。

あの大変だったことさえ、忘れかけていました。

その時の苦労は忘れてしまえばいいのですが、心がつながったときの大切な感動を、決して忘れてはなりません。

私は、この子を抱きしめてやりたいような気持ちになりました。


また別な子の場合、外へ飛び出したその子を階段でつかまえ、かなりの時間、暴れられたこともあります。

当時は、来る度に、そんな状態でした。


危険防止のため、脱出防止用の内鍵を、子どもの手の届かない位置に設置しまいした。

鉛筆を持たすのに、何ヶ月もかかりました。

「今は、こんな状態です。鉛筆さえ持たすことができていません。あとは、私を信じて預けてくださるかどうか、そこにかかっています」

そうお伝えした日のことを覚えています。


今では、その鍵にさわることさえありません。

文章読解や計算プリントをちゃんとやってくれるのです。

昨日は、とてもきれいな字で、文章を書いてくれました。今後の発展が見込まれる大切な一歩になりました。


この子とは、バイキンマンのおもちゃから、心がつながっていきました。

今では、そのバイキンマンのおもちゃは、教室の片隅でほこりをかぶった状態です。

もう年ですね、見たら、涙がこぼれ落ちそうになります。

あの苦闘の日々も、苦しかった分、今ではなんとも愛おしい時間に思えます。

あの時があればこそ、今の学習の大切なねうちを確かめることができるのです。


前回の学習で、少ししごきすぎたかなと反省した子がいます。

なぜか、この子の指導では、きびしく言ってしまうのです。

にもかかwらず、学習後の相談で、「この子は、いつも先生との勉強を楽しみにしていて、車から降りると、早く先生の教室に行きたくてたまらない状態になるのです」 と、お母さんが教えてくれました。


あんなに意地悪なことを言って、勉強しごいたのに・・

この一言で、私は、ますますこの子が大好きになってしまいました。

昨日は、予定以上のたくさんのプリントをやり遂げさせ、これ以上ないくらいほめて帰しました。

信頼の絆が、一層深くなった瞬間です。


昨日は11人の子のレッスンをしました。

以前は、ものすごいテンションでなければ、こうしたレッスンを乗り切ることはできませんでした。

レッスン終了後は、くたびれ果てて、物も言えない状態でした。

次回のレッスンが、心に重くのしかかって、離れられないこともありました。


しかし、ご家族のご苦労を思えば、とても私が弱音をはくわけにも行きません。

そうやって、何とか踏ん張ってこれたのですが、今ではその11人のレッスンが、楽しくて仕方がないのです。

時間的・体力的には厳しくとも、心の負担感は、今ではほとんどありません。

厳しい状況を乗り越えたことが、今では大きなパワーになっています。



それぞれの子が、新しいステージへと成長していくことができたのは、家庭での並々ならぬ努力に支えられていたからに違いありません。

私は、そのほんの一部を受け止めさせていただいたに過ぎません。

家庭だからこそ、かかえなければならない多くの苦労の数々、

私は、ほんのわずかですが、これからもそのことを理解し、ずっと受け止めさせていただきたいと思っています。


どんな苦労も、決していつまでも、今のままではありません。

私は、ほんの一部ではありますが、厳しい課題に取り組んでこられた、多くのご家族と共に歩んできました。

だからこそ、声を大にして、そのことを今、課題に真っ正面から向き合っておられる多くのご家族に、お伝えしなければならないのです。


並大抵のご苦労でないことは、わかっています。

だからこそ、いつまでも今の天気ではない、雲の晴れ間も必ずやってくることをお伝えしたいのです。


今から、たった30センチ高い所に登っただけで、見える景色が全然違うことだってあります。

ますは、その30センチを目指して歩んでみましょう。

9回トライして、9回アウトでも、10回目はどうかわかりません。

打たぬ矢が、当たることはないのです。


同じ一歩でも、心の有り様で、心理的な負担感はまったく違ってきます。

どうか気持ちをしっかりもって、明るい気持ちで前へ進んでみてください。

雲の晴れ間はきっと来ます。

そう信じて歩む一歩から、奇跡が始まることだってあります。

子どもの奇跡は、起こってしまえば日常なのです。


4歳の子ですが、教室に入ると、くつをちゃんと後ろ向きに揃え、あいさつをして学習席へ飛んできます。

「家では、考えられない姿です」

と、お母さんはいつも目を丸くさせれます。

この子も、以前は、新幹線のおもちゃで遊ぶばかりの毎日からスタートしました。


なぜ、子どもが心を開き、学習をするようになったか?

それは、私が子どもの学びの欲求を、心の芯から信じているからだと考えています。


私は、多くの子にかかわってきました。

多くの事例から、一定期間受け入れると、必ずそれは卒業し、学びや自己実現という、もっと高い所へ子どももが歩み出すことが、体験的にしみついているのです。


切っても切れないな親子の絆と、海より夫深い肉親の愛情があればこそ、家では様々な課題に直面する毎日が続くのだと思います。

その家族の絶対的な愛情があればこそ、それとは質の違う、私の教育的な愛情が受け入れられるのです。

やがて子どもが成長し、私とのかかわりが、ご家族の愛情に支えられていたことを、深く理解する日が来ることでしょう。


子どもを一人前に育てること

人としてこれ以上に尊いことが、他のどこにあるでしょうか?

その大切な命を育てる営みは、今、あなた自身に託されているのです。

そのあなたの苦しさの一つ一つが、今、こうしてお子さんの笑顔につながっているのです。


私はその託されたご家族の思いを受け、自分にできることをさせていただき、主体者であるご家族を応援させていただいているのです。

この教室でのお子さんの成長も、がんばりも、すべてはご家族のご苦労が、形となって結びついたものだと思っています。


あなたが苦しまれた分だけ、きっとお子さんは育っている。

私は、そのように思っているのです。


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内言語と表出言語

 2010-07-01
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子どもとお話の読み取りを一緒にしました。

文脈を読み取るのが、得意なタイプの子なので、さっーと読んで、大体のことが読み取れています。

問題文を読んでやると、「それは、何々」 と、即答です。

何でわかったの、と尋ねると、大抵 「自然に頭の中に思い浮かぶ」 と言います。

内言語されたイメージが、頭の中にキープされているのです。

ただ、もう一度文章に立ち返り、正確にその語句をピックアップするのは、苦手です。

内言語されたイメージと、文章の中の語句を対応させるのが、むずかしいのです。

ここで、私が言葉や、赤ペンで支援を施し、内言語を活字化された文章と対応させる作業を行い、やがてその支援をフェードアウトしながら、その力を育んでいくのです。


たとえ表出はしていなくても、心の中で豊かに育っている言葉があります。

表出している言葉と、理解している言葉は、同じではありません。

この内言語の世界を豊かにしてやること、それを表出へと導いていくことは、コミュニケーション指導の大切な柱として考えています。



私が以前、受けていた英会話のレッスンは、講義形式ではなく、当日示されたトピックを相互に語り合うというものでした。

3~4人のグループレッスンなのですが、自分の苦手な分野のトピックについて、他のメンバーに機関銃のようにやり取りを始められると、自分だけ疎外されたような形になり、冷や汗たらたらで生きた心地がしませんでした。

マンツーマンレッスンともなれば、なおさらです。

コミュニケーができないということは、本当に苦しいことです。


ですが、それが好きなスポーツの話題であったり、行ったことのある観光地の話だったりしたら、とたんに楽しくなります。

伝える中身さえあれば、コミュニケートは何とかなるものです。

コミュニケートする中身があることにより、言語のスキルも培われていくのです。

こういう環境が、言語・コミュニケーションを育てる上で、とても大切なのではないかと考えています。


また、自分の言った英語が、ちゃんとネイティブの方に伝わると、とてもうれしいものです。

私にとって、最も大切な英語の先生は、私の下手くそな発音をちゃんと聞いてくれて、それをこんなふうに言えたらいいね、と聞き取りやすく返してくれる先生だっだのです。

コミュニケート出来ることが楽しければ、また、一緒にお話したいと思うし、そういうレッスンを重ねていくことで、間違いなく表出言語も、ブラッシュアップされていくはずです。



「もう1回~、お願いよ~」

「ようい、ドン」

「あれ、おかしいなあ」

「あんぱんまんが きたよ」

「これしていい?」

「あんぱんまんのかお」

「いてっ」

「ありゃ」

「こっち、いこうよ」

「なに、これ?」

「うるさいなあ」

「がんばれー」

「あとで」


まだまだたくさんあり、書ききれないくらいです。

この日、私のレッスン中に表出されたかれんちゃんの言葉の数々です。

私にとっては、初めて聞く言葉の数々です。

きっちり聞き取り、返してやるとそれはそれはにっこり笑顔で、次々に言葉が連鎖されます。

内容は次々に発展していくので、とても面白いし、意味のあることだと感じていますが、アンパンマンと2台のミニカーだけで、そのままにしておくと、こちらかくたびれる位、いくらでもしゃべり続けます。



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よく聞いていると、アンパンマンの紙芝居の場面を見ながら、それを保育園の生活と重ね合わせてイメージ化しているのがわかります。

「だれが、泣いているの?」

そう尋ねてやるだけで、いろいろな言葉が返ってきます。

心の中の内言語が、次から次へとわき出して来るようです。



コミュニケートにとって、内言語の豊かさはとても大切です。

私が、「暑い」 と、一言もらすと、かれんちゃん、すぐにエアコンのスイッチの所へ走っていきました。

そんなことも、知っているのです。 

驚きました。 

この子、文脈や、場の状況読み取れるのです。 侮れません。


限られた時間の中で、私が何をすべきか、何をしなければばらないのか?

その問いは、私の中で、いつもぐるぐると回り続けています。

そこ答えは、どこにあるか?

私は、それはいつの子ども表情と、その育ちの中にあるのだと思っています。


かれんちゃんが、この先、どれだけ豊かに育っていくか?

その中での、私の役割をしっかりと見つめていこうと思っています。


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Author:SHINOBU
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