友里ちゃん 90分のマンツーマン指導 月6回の総括

 2009-08-27
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友里ちゃん (小5) のマンツーマン90分指導を、今月6回させていただきました。

「文章を読んで、問題の意味に添った解答が自分で出来るようになること」

すべての学習の基本は国語力、そうおしゃって夏休み集中指導をお申し込みくださった友里ママの願いを具現化していくための営みでした。


もちろん、私一人がこの子を育てているわけではありません。

育てのチームの一員として、この子の学びと育ちにかかわっているに過ぎません。

しかし、マンツーマンの正味90分を、月6回させていただくのは、とても意味の大きなことだととらえています。


昨年の夏にもさせていただきましたが、読みの事だけで言うと、別人です。

毎回毎回、学校で1ヶ月かけて勉強するような題材を、読みおろしていくわけです。

この子が1年間、そうして目に触れてきた活字の量だけで、これまでの環境とはまったく違うものになっているわけです。

「わ・た・し・は・・・」 の逐次読みから、「わたしは」 のまとまり読みができるようになりました。


私自身、友里ちゃんのの継次処理的な読みの特性が理解できるようになりました。

彼女自身もわからないこと、知らない言葉があったら、すぐに質問してくれるようになりました。

継次処理タイプの読みの子は、1個意味不明なことがあると、そこから先は思考のシャッターが降りてしまいがちです。

シャッター降ろしたまんまで、適当に答えだけ記入しようとすることは、なくなりました。

私の顔色を見て、上手に正解を予想して記入することもなくなりました。


選択問題で、適当に丸をつけると、どうしてそう思ったか、SHINOBIU先生に理由を尋ねられますが、その理由がちゃんと答えられると、めいっぱいほめてもらえます。

質問すれば、答えそのものを教えてもらうのではなく、いくつもの小さなステップがすぐに示され、自分の力でそれを乗りこえていくことができます。

これが、SHINOBIU流の応用行動分析の手法を生かした読み指導の一つの形です。


これまでシャッター降ろしたまんまの時期もあったでしょうから、獲得している理解言語の数はかなり少ないと思います。

そのことも、この子の学習の大きな課題になっているのですが、この夏の集中指導でも、いくつかの理解言語が彼女のものになっていった手応えを感じています。

理解言語が増えれば、一層ま、とまりとして言葉をとらえる力も増していきます。


意味が分からなかったら、文章を、もう一度読み返す手順も、だんだんと身についてきました。

個別指導ですから、声に出して読ませます。

聴覚性・運動性の刺激も加わりますから、より効果的です。


以前は、読むこと自体が苦手でしたら、もう一度読むなんて事が彼女の心理的な大きな負担になっていました。 

でも、今は、「何だ、読んだらわかった~」 の、体験を積み重ねてきていますから、 ちゃんとそこに手応えを感じることができるようになってきたわけです。


いろいろな力が多面的備わってくることと、学習のモチベーションが上がることで、この子の学びは充実に向けて始動し始めました。




「もうすく運動会だね」

「私、運動会嫌なのよ」

「そう、そういえば去年は、友里ちゃんの学校に運動会を見に行ったね~」

「うん、私SHINOBU先生が見てくれたから、がんばれた!」

「ごめん、今年はね、日曜日にもほかの友達が勉強に来てくれるようになったから、運動会には行けないんだ。」

「うん、でもSHINOBU先生が見てくれているって思えば、いいんだよね、だったら、かんばれるよ」

「その通り~、たとえ場所は離れていても、いつも先生はずっとそばにいると思ってがんばってね~」




5年生の女の子に、こんな風に言ってもらえて、とても幸せな気持ちになりました。

まあ、よくも休憩もほとんどなしで、この密度の高い学習に、連日食いついてきたものです。

すばらしい根性です。

これが彼女にしかない長所です。


この子にもお買い物ゲームを毎回していますが、この日、50円の品物を10円玉5個に見立てることができるようになってきました。

小さな事ですが、算数的には発展性の高い、とても大きな出来事です。


もう夏も終わり・・

今年の夏は、とにかく忙しく、あっという間でした・・

もう少しでその夏を乗り切れると思うと、本当にうれしい気分です。


かかわっているすべての子どもたちに、成長の手応えを感じさせたい。

私の挑戦は、次のステージへと向かっていくのです。


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学校・園にしかできない大切な役割 (特別支援教育講演会)

 2009-08-27
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昨日は、私が巡回相談を行っている地域で、特別支援教育の講演をさせていただきました。

最初にお話を伺ったときは、20~30名程度の参加者の、ごく内輪の勉強会くらいに考えてお引き受けしたのですが、ふたを開けてみると85名の方の参加をいただき、驚きました。


演台から、参加してくださった皆さんの方を見ると、これまで巡回相談の場で、色々と知恵を出し合い共に子どもの育ちや学びを見つめてきた方々のお顔を、何人も確認させていただくことができました。

今回の講演では、私が個別指導で行ったきた実践を紹介しながら、学校・園にしかない大切な役割を先生方にぜひ確認をしていただきたいと願っていました。 

(▽ 実際の講演のプロットはこちら)



講演が終わり、控室に戻ると、ひとつサプライズが起こりました。

やれやれと、すわって担当の課長さんのお話をお伺いしようとしたその矢先、一人の女性の先生が控室に飛び込んで来られました。

この方は、昨年別の地域で行った私の講演を、お聞き下さった方でした。


「昨年の先生のご講演を聞いて・・・」

そこから、その先生のお話は始まりました。

それは、6年生の一人の女の子を中心にした、教育実践のストーリーでした。


「この取り組みは、昨年、先生の講演を聞いた直後から、同学年の先生と一緒に始めたのです・・」

運動会の演技に参加しようとしなかった子どもが、クラスのみんなに支えられながらがんばり、それから、色々な面で、その子もクラスも大きく育ったという子どもの学びと育ちのストーリーです。

「障害のある子に対して、私がどうしても踏み出せなかった一歩を、先生の講演を聞き、覚悟を決めて踏み出すことができました。 そして大きな手応えを感じて卒業させることができました。そのことを、そのお礼を、是非、先生に伝えたくてここにやってまいりました・・」


私、普段、講演なんてしていませんから、結構大変です。

ものすごい時間と労力がかかります。

今の状況では、寝る間を削って準備するしかありません。

お金じゃ、とてもじゃないが割が合わない大変な仕事です。


でも、こんなこともあるんですね。

やっててよかった~


私は、私に与えられた役割というものがあると思っています。

巡回相談にお伺いしている地域の先生方には、機会をみて、いかに学校教育が子どもにとって意味のある大切なものであるか、とれだけご家族が熱い願いをもって子どもを送り出しているかを、絶対にお伝えしなければならないと考えていました。


会に参加してくださった先生方に、感想を記入していただきました。

(▽ いただいた感想はこちら)



何か少しでも、実際の子どもの育ちや学びに結びつけばよいのですが・・

私にとっては夏の大きなイベントの一つが終了し、ほっと一息といった所です。


しかし、講演は目的ではなく、本業でもありません。

本業は、子どもの学びと育てのサポート事業。

子どもが育たなければ、何にもなりません。


また今日も、一歩一歩そこに向かって歩んでいきたい。

「子ども第一主義」

今の私のお気に入りの言葉になっています。


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奇跡は起こる

 2009-08-26
先日のことです。

大輔君 (仮名=養護学校高等部・3年)の指導中に、突然私が、「お母さん、これから3人でドライブに行ってもいいですか?」 とお願いしました。

普段は、大輔君の後にも指導があるのですが、たまたまこの日は、大輔君が一番最後の指導になったので、もしかしたら2度とないチャンスではないかと思い、日が暮れるまでに岡山空港へ連れて行き、飛行機の離着陸を見せてやりたいと思ったのです。


この教室から岡山空港までは、20分くらいで行けます。

大輔君の車は、リフターが付いていて、車いすのままで乗車できます。

その最新の装備も、実際に見せてもらいました。

お母さんが運転をして、私は大輔君の横に座らせてもらいました。


事前に下見をしたり、時刻を調べたりしていたわけではありません。

大輔君に、その飛行機の離着陸を見せてやることができるかどうか、時間のこともあり、微妙なところです。

たまたま最初に入った駐車場 (岡山空港第4駐車場) から、プロペラ機とジェット機の2機がターミナルに着いているのが見えました。


何とか離陸の瞬間が見えないかと考えながら辺りを見回すと、何と50メートルほど先に、「見学席」 とペイントされたコーナーがあるではありませんか?

と、その瞬間、とまっていたプロペラ機のエンジンがかかり、離陸の準備が始まりました。

私たちは、大輔君の車いすを押し、その 「見学席」 へ、ダッシュで移動しました。


プロペラ機は、離陸のためどんどん私たちから遠ざかっていきました。

「あ~、だめだ。 遠くに行き過ぎて、離陸の瞬間は見えない」

と、声を出した瞬間、そのプロベラ機はターンして、私たちの方へ加速しながら向かってきました。

私とお母さんは顔を見合わせました。

まっすぐに、一直線に、プロペラ機は私たちの方に向かって進み、そして私たちの目と鼻の先で、テイクオフをし、夜空に消えていきました。



帰りの車の中、大輔君の横顔は少し昂揚して、私にはいつもより、りりしくしっかりしたものに見えました。

これまでの指導中には見せなかった、しっかりとした顔つきでした。

大輔君に言語はないけれど、通い合うあたたかいものが流れ込んでくるのを、そこに感じることができました。



その帰りの車の中での、お母さんの言葉・・・


「私は、学校に通う子どもの中の親としては、一番長い、ベテランの部類のお母さんになると思います。

ちょっとだけ長い、経験のある親として、皆さんにお伝えできることがあるとしたら、絶対にあきらめちゃだめっていうことです。

力めば力むほど、落胆も大きくなりますが、それでもやっぱりあきらめてはだめです。


子どもに寄り添って、寄り添って歩みを続けていると、ふとしたときに信じられないような奇跡が、何度も何度も起こってきました。


私は、ずっとずっと先生のところへ、この子を連れて来ようと思っています。

この子のことですから、目に見えるような成果がすぐに現れるわけもなく、先生にはご苦労やご負担をおかけすると思いますが、それでも私は先生にこの子と向き合ってほしいと願っているのです。


あきらめずに歩みを続けることによって起こる奇跡を、私は幾度となく見てきましたから・・」



私、目の前で飛んだあのプロペラ機のことは、生涯忘れなれないだろうと思いました。

君は、運の強い子だ。

私の心の中に、確かなこと、何か新しい息吹が芽生えたことを、しっかりと感じたのでありました。



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大事に大事に育てながら 成長の道筋が見えてくる時

 2009-08-24
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画像では本物にしか見えませんが、これ全部100円ショップのレプリカです


最近私は、小学生以上の子のほとんどに 「お買い物ゲーム」 を取り入れるようになってきました。

やり方は至って簡単、

子どもにお店屋さんをやらせ、私がそれを買うだけです。


お金は本物を使います。

お金がなくなったら、ゲームオーバーです。

ですから、何円玉を何円お財布にいれておくかは、その子の今の課題に合わせて私が意図的に入れておきます。 (もちろん、子どもはそんなことは知りませんし、適当に入ってるのだと思っているかも知れません)


初歩の初歩は、10円というお金と10円の品物が1対1で対応することを、次から次へと品物を変え、繰り返し指導していきます。 応用行動分析なんかで使うランダムローテーションを行い、定着を図ります。

あまり単純だと子どもが飽きるので、たまには20円の品物を買ったり、わざと10円少なく出したりして、ちょっとゆさぶりをかけます。

こういうところのさじかげんで、子どもの気づきを誘います。 これは、発達の最近接領域を子どもに提示していることになります。

ちょっと塩味を効かせては、さっと引っ込める。

これを子どもの顔色を見ながら、行うわけです。


これを1日で済ませたいのが大人のご都合というものですが、プロの私は、あえて 「もうちょっとやりたい~」 というところで止めます。

エビングハウスの忘却曲線が示すように、忘れかけたときにもう一度刺激を与えた方が、内容が整理され定着することを、多くの子の指導を通して学んできたからです。


今日の指導で、50円のバナナを見て、10円玉5個と置き換えることが、ついにできるようになった子がいます。

ここまで来るのに、何回お買い物ゲームをやったかしれません。

まだまだ、あいまいです。

しかし、ここさえ本当にできるようになったとするのなら、これはありとあらゆることに発展する可能性があります。

それに、迷ったら、いつのだってこのバナナに戻って、その置き換えや見立ての概念を定着させることができます。

それが出来ない限り、十進位取記数法、つまり1円玉10個を10円1個に、正しく見立てることはできないと、私は考えています。

逆に言えば、それさえできれば、そこから時間さえかければ、いくらだって取り返すことができると私は信じているわけです。

小数だって、分数だって、大きな数だって、きっといつかは征服させてみせます。

因数分解なんかできなくったって、おつりがちゃんと確かめられる子に育てたいわけです。


私、毎回、同じお買い物ゲームを、何十人もの子どもにしているわけです。

同じ教材で指導をするのですから、当然、面白いように、その子独自のの認知特性や、具体的な算数的課題が浮かび上がってきます。

ある子にはかけ算のよさをとらえさせたり、ある子には交換法則の便利さを体感させたり、まさに自由自在・変幻自在です。

1回1回に予想できないドラマがあり、変化に富んでいて楽しい学習です。



書字の苦手なお子さん、時計の学習が苦手ではありませんか?

私、最近、そのメカニズムが分かってきました。

ここのスモールステップは、自信があります。

何人かの子どもの指導から、ばっちり手応えを感じています。


何故出来ないのかが見えたから、こうしたらイケルのではという見通しがもてるようになるのです。

子どもの成長の道筋が、浮かび上がって見える瞬間です。


私は、教える内容を選んでいるから、そして同じ教材で多くの子どもの指導をしているから、こんなことができるのです。

ご家族の方には、こういう私の専門性を、上手に使っていただきたいと願っています。

私は、決して万能でも何でもなく、ごく細かいことをチマチマとやっているに過ぎません。

でも、そういう私だから、できることもあるのです。



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強い意志をもって 成長の海にこぎ出す

 2009-08-23
私の家内は、保育園の園長をしています。

祖母の代から保育園を経営し、生まれたときからその世界の中で育ち、自らも保育士を経験し、現在の職があるわけです。


ですが、私は違います。

私は小さい頃家庭に恵まれず、そのことが今の今まで、すべてのスタート地点に、原点として奥深く刻まれているのです。

総論の部分では相互に合意できることでも、こと具体の部分になればなるほど、このスタンスの違いがはっきりと浮かび上がってきます。

何度も激論を戦わせましたが、この軸足を動かすことはお互いに出きないことなんだなっていうことに気がついたのは、最近になってのことです。

そう思うと、園長としての彼女の立場や苦労も、理解できるようになってくるから不思議です。

二人が同じことをしようとするのではなく、自分の持ち味と個性を生かした活動を行うことで、相互の力がかけ算になって、子どもの幸せに向かって力を合わせていくという中身が、体験的に理解できるようになってきたのです。

言葉で語ればそれだけのことですが、当事者としてそのことを精査するのは、並大抵のことではありませんでした。

ある意味では、心の琴線、生きるという基本に根ざしたことがらでした。


その彼女が、最近伝えてくれた言葉の中に 「あの子なら、例えば4歳になったら、そのくらいはできる」 と、いう言葉がありました。

それは、決してノーケアでほっておけば、自然に子どもが育つという意味ではありません。

保育の現場で、何十年と、そして何百人という子どもを見ていた者だから言える、いわゆる大局的な育ちの見方です。

そうだからこそ、悠々とした成長の大海の中で、大きな船と、しっかりとした羅針盤をもち、保育の王道を粛々と進む。

これが彼女の専門性であり、社会から付託された役割です。


しかし、親にとって我が子は、唯一無二のかけがえのない存在です。

歩くようになった、6ピースのパズルができるようになった、そういうことが涙が出るほどうれしい・・

逆に、発語や始歩が遅いことが、心配でたまらい、というのが、親としての自然な心情というものです。

私は、親はそうでなければならないと思います。

親だからこその部分が、子ども育ちに大きな意味をもつのは、言うまでもないことですから。


肉親の、ありのままの、自然な、ストレートな、感情や愛情のやりとりが、とても大切なことだと私は思っています。

そういう家族という姿勢を崩さないままで、基本的な姿勢をキープしたままで、時には大局的な見方や、専門家のテクニカルな面を取り入れ、生かしてほしいと思うのです。


今、私が何とかしなければ、という気持ちをもつことも、時には大切かも知れません。

でも、それがあせりや、あるいは中途半端な生かじりの対応になったのでは、子どもの利益にはつながりません。


お子さんの課題や状況によっては、そういう余裕をもつことがむずかしい場合もあるでしょう。

強く深い意志をもって、粛々と継続して、船を前へ前へと進めていくことは、予想以上に大変なことです。

こっちの方も、大切でむずかしい仕事です。


何か一つのことにすがって、それだけをやっていくことの方が、ずっと気持ち的には楽でしょう。

それを承知で、私はあえてめんどうくさいことにも、しっかりと向き合ってほしいと言っているわけです。

どうか自分なりのスタイルを、何度も何度も見つめ直して欲しいと願っているのです。


迷いながら、マイナス面を補完しながら、日々ハンドルを微調整する。

しかし、遠くても向かう先には、しっかりと体を向けて航海を続ける。

それが、「子ども第一主義」 につながることだと考えているのです。



今週の水曜日には、巡回相談に伺っている地域で、講演会をさせていただく予定になっています。

昨年度から、水曜日にはそれぞれの学校・園に出向き、実際の子どもの様子を伺いながら、先生方といっしょに、学びや育ちのありかたについて、いっしょに考えてきました。

そして多くのすばらしい保育や教育の実践を、まのあたりに見させていただきました。

こうした地域の先生から、すでに80名を超える参加のお申し込みをいただいているとのこと、本当に光栄なことと思っています。


学校・園には、子どもの育ちのために、学校・園にしかできないことがあります。

私は、最前線でご家族の願いを受け止めている臨床実践者として、この機会にぜひこのことを、学校・園の先生方にお伝えする、責務と使命があると考えています。



それぞれにしかできなこと、それをかけ算にして子どもにつなげること

それも、私の大切な仕事の一つだと思っているところです。


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月1度でも 果たすべき大切な役割

 2009-08-20
私は今、ある地域に、毎月1度出張指導に行かせていただいています。

この春から始めさせていただき、今月で数回になりました。

昨日がその日だったのですが、朝7時の新幹線で会場に向かい、10時から始めて9人のお子さんの指導をさせていただき、自宅に帰ったのは12時近くになります。

まあ何てハードなことを・・、と思われる方も多いでしょうが、それが今朝もぴっちり6時前には目が開いて、7時には教室で学童保育の子を迎える準備ができました。

体は疲れているはずです。 ですが、私自身は昨日の指導で何かをつかんだ気になり、ちっともしんどくないのです。

それは、自分自身が、この月1度の指導で果たすべき役割が見えてきたということに他なりません。


以前は、前泊し、専門書を読みあさり、次の日の指導の構想を何度も何度も練り直してきましたが、どうしても月に1度で何ができるか?何をしたらよいのか、自分自身の心にストンと落ちる答えを見つけることができませんでした。


実はこの日も前泊する予定でした。

でも、どうしても用意しておきたい教材があったので、教室でその準備をしていると、予定よりかなり遅い時刻になってしまいました。

あわててタクシーに乗り、岡山駅に向かっていると、宿泊先の方から到着時刻の問い合わせがあり、まだ岡山にいることをお知らせすると、結局キャンセルということになってしまったのです。


初の日帰りと言うことで、どうかなって思っていました。

体力的に後半ばてるようだったら、以後は考えなくっちゃいけないなと思っていました。

ところが、指導が始まると、だんだんと調子が上がっていくのを感じました。


なぜか?

それはわずか1ヶ月であっても、子どもの育ちをダイレクトに感じることができたからです。

それともう一つ、子どもがこの指導を楽しみにしてくれるようになってくれていることです。


そうか!

私の心は、熱く高鳴りました。

ならばならば、この限られた時間に、子どもの育ちの歩みをたっぷりと体感させてやろう。

私の目指すSHINOBU流長所活用型指導で、小さなステップを次々に登らせて、育ってきた力を、しっかりと感じ取らせてやろう。

そのことでモチベーションが高まり、また1ヶ月で、この子たちは一回り大きくなって私の所にやって来るに違いない。

そんなふうに思いました。


この出張指導に来られる方には、すばらしい専門家チームを構成されている方がたくさんいらっしゃいます。

当然のことですが、私一人で、子どものすべてを育てられるわけはありません。

とすれば、私にしかできないことをさせていただければいいのだ。

それが具体的に何かと言うことが、昨日の指導で、私にははっきりと思い浮かんだわけです。

これまでずっと考えてきたことについて、私自身の脳内ネットワークが構成された瞬間です。


私は、自分が教育の臨床実践家であることと、ご家族に選ばれた指導者であることを、何よりの誇りに思っています。

今、月に50人を超える子どもたちの、実際の指導にたずさわることが出来ています。

何とありがたくも、幸せなことでrしょう。

この臨床実践こそが、私の命であり、私を育ててくれる原動力なのです。


帰りの新幹線で飲むビールは、最高の味でした。

指導者は現場で育つ。

これは真実です。


子どもの成長と幸せのために、何かのできる自分でありたい。

そして、誰かのために何かのできる子に育てたい。

遠くにはあるけれど、しっかりとした何かが見えてくたような気分になりました。



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畑を耕す営み 花を咲かせ実を付ける営み

 2009-08-18
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夏休み期間中、私は朝7時半から8時半まで、10名くらいの小学生の早朝学童保育を担当しています。

学童保育の担当が出勤してくる8時半までの、場つなぎです。


7時半前には、1人2人と教室に入ってきます。全員3年生までの子どもたちですが、教室に入ると玄関できちんとくつを揃え、席に着いたらそれぞれが自主勉をしたり、朝読書をしたり、パズルをしたり、工作をしたりしています。

その中には、このブログでおなじみの太郎君もいます。 全員一切無言で、さながら小さな図書館のようです。


学童保育の子どもです。

当然最初は、がちゃがちゃしていて、何度か私の厳しい?注意を受けた子もいます。

しかし、①くつをちゃんと揃えること ②先生に聞こえるような声は出さないこと ③教室にある本やパズルは自由に使ってよいが、ちゃんとかたづけること その3つだけは、ちゃんと守らせるようにし、できたらちゃんとほめました。


朝読書で、学校を立ち直らせた実践を知っています。

朝1時間、静かで雑音もなく、過度な要求もなく、自分の席と教育的に整った環境があれば、子どもはその時間を何か有効に使っていこうとします。

今では、7月のような注意をすることはなく、私もそのムードの中で、今集中してこの記事を書いているわけです。


集団生活の中の基準が乱れると、心の痛む子がいます。

こだわり系の子どもに多いような気がします。

先生が厳しい方と集団のモラルが崩れず、被害が少ないからです。

それに最初から、ダメとはっきり指導すればあきらめるけど、もしかしたら?と思ったらがまんできないタイプの子どもも結構見てきました。

厳しい集団のモラルは、案外子どもの心にやさしいわけです。



でも、私は個別指導の場面では、かなり子どもを泳がせます。


時には、見学に来られたお母さんががまんできなくなって、お子さんに「もっとちゃんとしなさい」 みたいな顔をされたことも何度かありました。

個別指導の場面に、お母さんと私の2人がいると、司令塔が2つ出来て、そのすきまで子どもが勝手な行動をすることはよくあることです。

マウンドには、ピッチャーは一人でいいわけです。

例は悪いですが、クラスがうまく行かないときに、生徒指導の先生や教務の先生が、担任を飛び越して子どもに指示を出すようになってしまったら、子どもの担任の先生に対する信頼感が著しく低下し、そのクラスの再生はむずかしくなります。

この場合、その先生が立ち直るような取り組みを一緒に行うか、ピッチャーを交代するか、方法は2つに一つだと思います。

マウンドは孤独です。 そこに何人も集まってはナインの士気は低下します。 

その投手がボールを持っている以上、ナインは勝利を信じて支えていくことが大切になるわけです。



それでも、私が子どもを泳がせるのには、理由があります。

私は、何人ものお母さんから、積み上げたはずのものがガラガラと崩れていった体験談を聞いています。 とりあえずはこのひとつと、ていねいに積み重ねてきたいくつもの箱が、ガラガラと崩れ去っていく感覚です。

決してそれですべてが無駄になったということではないと思います。 しかし、心に留め置いておかなければならない大切なことだとも思っています。

とりあえず何か形のあるものをつくっておけば、一歩前へ進んだことにはなりますが、それだけやっていれば、すべてが全部整っていくわけではありません。そ れが本物かどうか、大局的な精査は必要です。


物事には、今すぐには見えないけれど、やがて花を咲かせ、実を付けていく大切なものもたくさんあるわけです。

子どもの育ちには、特にそういうことがたくさんあります。

その向かう先がはっきりと見えていれば、はるか遠くの道のりも、そんなに苦ではないのです。


A=B というふうに特定できないけれど、半年後には大変身していた事例をたくさん知っています。

クイズ、すごろくゲーム、手遊び、買い物ゲーム、ロールプレイ、工作をしたり、手紙を書いたり、お絵かきをしたり・・

色々な体験を通して培った力が、あることをきっかけに、脳内でネットワーク「一気につながっていく瞬間を目の当たりに見てきました。

太郎君の言語や、花子ちゃんの書字、友里ちゃんの読解や数認知も、こういうことの積み重ねで育ったものだと信じています。


そりゃ、本当にむずかしいことですし、なかなか思うようにはいきません。

すべての子どもが、同じようにということにもなりません。

しかし、そこを目指さないで、目先の小さな箱ばっかり作っていたのでは、いけないと思うのです。


ドリル学習も大切です。 特に手作り教材は、私の指導の生命線です。

今日の花を咲かせ実を付けるだけでなく、将来大きく育てていくために、巨大ななフィールドに立ち、ていねいに畑を耕していく営みも大切であると考えています。

その双方の軸は大切で、そのバランスもさじ加減も、行動な専門性と子どもの今をとらえる目、そしてご家族との共同作業によって構成されていきます。


すべては、子どもの成長と笑顔でお返ししたい。

これが、私の願いです。

しかし、育ての主体者はご家族であり、私はそのご家族の信託に応える仕事をしていきたいと思っているのです。


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数を量としてとらえるための小さなステップ

 2009-08-17
お風呂のなかで、「1・2・3・4・5・6・7・7・8・9・10!」 と、数を数えられるようになる。

数認知・数理解・数概念形成に向けての、とても大切な一歩です。


しかし、たとえ100まで数えられたとしても、4つのブロックを見て、それを 「4」 と瞬時に認識できるとは限りません。

順序数は得意だけれど、このように数を量としてとらえることが苦手なお子さんもいます。


1個10円のピーマンが7個なら、すぐ70円と言えるのに、50円のトマトと10円のピーマン2個だと、とたんにわからなくなる場合があります。

こうした子は、50円のトマトをピーマン5個に見立てたり、10円玉5個に置き換えたりすることが苦手なようです。

こんな時、トマトの横に10円玉5個を置いてやると、ハッとしたような顔をした子がいました。

脳のネットワークが、つながった瞬間です。


私たちは、50+20 を、これまでの学習経験から、多感覚に攻略しています。

5+2は7 10円が7個だから70円  数理的にはこれが正解なのだと思っています。

これが十進位取り記数法の仕組みで、50,000+20,000でも、0.5+0.2でも同じことです。

また、7を順序数的に数え足したり、イメージ数を量的に合成したり、「5+2=7」を言語でインプットしていたり、そのとらえ方も千差万別です。

そんなことを意識しているのは、算数を職業として教えている人くらいで、多くの場合、だいたいみんな自分と同じようにとらえていると思っているはずです。

でも、未分化な子どもの場合、経験が大人より乏しいですから、一方的な見方でしかとらえられない時期があります。

どうしても順序数が先に入りますから、量的なとらえに移行しにくい子もいます。


すでに多面的な数概念が形成されている大人は、それが当たり前になっていますから、子どもの今が見えにくいのは、確かです。 こういう私だって同じです。 なぜ分からないかが、わからないのです。

逆に言えば、子どもの今がとらえらえたら、なぜ分からないかがわかったら、その手だても見えてきます。


数を量としてとらえにくいのであれば、量を数に戻して、再提示してみてはどうか?

それが今、私の考えているスモールステップです。

つまり、ピーマンの横に10円玉を並べたり、「7」という数をわざと、「1・2・3・4・5・6・7」 と、呼んでやると言うことです。

これで入るのなら、段階的に指導をフェードアウトして自立させるプロンプトフェーディング法で、長所活用のプログラムが構成できるかも知れません。

今その子が何ができるか、どんな見方をしているのか、そこを活用し、スモールステップを構成していくのが、長所活用型の醍醐味です。


時間はかかります。

しかし、その可能性は無限だと私は感じています。

苦労が大きかった子どもほど、できるようになった時のエネルギーは強烈です。

あなたは、あきらめてしまいますか?


私は、可能性を信じます。


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ずっとずっと応援し続けるという役割

 2009-08-13
昨日は、あるお母さんが、県外からお子様を連れてご相談に来られました。

海外から一時帰国され、9月にはまた別の国行かれるご予定だということでした。

まだ海外におられるときから、相談のお申し込みをいただいていましたので、この日1日はなるべく他の予定を入れないようにしてお待ちしておりました。

県外から高速バスを利用して岡山までお越しくださいました。


限られた時間、貴重な時間を使ってお越しくださるのですから、この子の母国のよい思い出の一コマになって欲しいと願っていました。

お母さんのご相談を伺っている間は、教室にあるおもちゃで遊び、少しの間園庭に出て、同年代の学童保育の子どもたちと遊んだりしていました。

聡明なお母さんで、ご相談の内容は、私にとってもとても意義深く、お会いできて本当によかったと、うれしい気持ちになりました。


お話を伺っている中で、私自身の役割が、一層明確になっていくように感じました。

「ご家族の信託を受け、ご家族の愛情を基盤にして、いつも同じ姿勢で、教育的な愛情をシャワーのようにその子にふりそそいでいくこと」

こうしたことが、私にできる最も大切な役割の一つであることに気がつきました。


実際に子どもと出会い、言葉を交わし、お母さんの話を伺うことで、もはや他人ではなくなってきたと感じています。

こうしたご家族の願いに添った役割を果たしていきたい。

たとえ小さなことしかできないのであっても、ずっとずっと応援し続ける自分でいたいと思います。

それが私に与えられた役割なんだと感じています。


今度はこの子と、いつどこでどんな形で出会うことになるのだろう

君はすてきだ、可能性は無限だよ

すべての子どもに、大切なメッセージを、いつも発信続けることのできる先生でありたい

何千キロも離れた海外であっても、細くとも確かにつながる糸でありたいと、そう願うのでありました。


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指導をご覧いただいた養護学校の先生の感想

 2009-08-12
先日、ダウン症の4年生の男の子の指導を、養護学校の先生方に見ていただきました。 

(▽そのときのようすはこちら)

昨日、そのその先生方から、わざわざご感想をお届けいただきましたので、紹介をさせていただきます。






〈学習の様子を見ての感想〉

・ 登校→更衣後、毎朝10分程度行う 「朝学習」 や、火曜日と木曜日に20分程度行う 「課題学習」 の時とは異なり、楽しく勉強しているのに驚きました。

・ 「絵とのマッチング」 「音声と文字とのマッチング」 「パズル」 等々、学校では嫌がってしないようなものもを、楽しくやっていることにも驚きました。

・ 1学期の後半から、「線を引く」 「物とカードのマッチング」 などを楽しんでするようになっていて、「力を隠していたなあ」 と、思っていましたが、今回の見学で、もっと力を隠していたことを思い知らされました。

・ ごほうびの 「しゃぼん玉」 を、にこにこしながら見て、しゃぼん玉が落ちてくるのに合わせてパチンとつぶし、つぶしたら声を出して喜ぶ姿にも感動しました。

・ 学校では、カメラをもって自由に写したり、MP3の音楽を聴いたり操作したりして大喜びをしています。「余暇の利用」 で、興味の幅を広げると言うことで行っていますが、しゃぼん玉は、人とかかわりながら遊んで楽しめるので、「すてきだな」 と思いました。

・ 機械操作が好きなので、コミュニケーションボードを使って、「りんごの絵カード」を提示する → 「ボードのりんごの絵を押す」 → 「りんご」 と音声で言う。 → 「正解だったら、ピンポンと音を鳴らす」 という課題もしようとしなかったので、8枚の中から選択するのがむずかしいのかな?と思って、4枚→2枚と試してみましたが、やはりしようとしませんでした。しかし、今回の様子を見学させていただいて、8枚の中からでも選択できるということを感じました。


・ 「何故学校では、課題を楽しむことができないのかな?」 と、考えてみました・

① 自分で課題をえらんでいない。
② 好みの課題がない。
③ 学校では、もっと遊んでいたいので、遊びから課題への切り替えができにくい
④ 教師が1対1でついて学習ができない

・ ①②を工夫することから、始めてみたいと思います。 そのヒントをたくさんいただきました。

・ 指導者と一緒に楽しみながら学習し、がんばりを認めてもらって、自分から片付けをする。 そして、次の課題を自分で選んで学習する。
 
 先生の穏やかな顔や声や支援、子どものにこにこの笑顔などを見学させてもらっている私たちの方も、幸せになると同時にたくさんの反省をもらいました。
  
 本当に、本当にありがとうございました。






先生方が夏休み期間中、研修などでいつも以上にお忙しくされていることは十分存じ上げております。

こうしたなか、一人一人の子どもの育ちを大切に考えられ、校務としてお二人の先生にお越し下さいましたことに、心より御礼申し上げます。

「すべては、子どもの最善の利益のために」

先生方にご示唆いただいたことを生かし、今後もこの子の成長に向けて、学校やご家庭と連携しながら、私なりの役割を果たしていきたいと願っています。

このことが、この子の成長につながってこそ、初めて意味のあるものになっていくのだと思います。

担任の先生に来ていただくのは今回が初めてでしたが、本当によかった・・

私の目指している学びの形が、少しずつ具体化していくような、そんな動きをを感じることができました。


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まずは 「できる」 が 「わかる」 の第一歩

 2009-08-11
昨日、太郎君 (小2) の繰り上がりのたし算の指導を行いました。

太郎君の場合は、被加数を量的にメモリーにキープするのが苦手なので、例えば 「7」 なら 「7」 を、「1・2・3・4・5・6・7」 と唱えさせてキープさせ、それから加数の 「5」 を加えて行く方法をとりました。

これまで、ありとあらゆる方法で、数の量的な見方を養ってきましたので、この夏休みには、とにかく自力で答えを出すことができるようにしてやりたい、という私の判断で、こうした方法を教えることにしました。


本格的に取り組んで2回目になりますが、7割方入ったと思います。

以前は、宿題以外の算数プリントには強い抵抗感があり、何度も涙を流してきましたが、今日はすんなり算数プリントに取り組みましたし、その手応えを十分に感じたようです。

支援をフェードアウトしてくフェーズに入っていますので、なるべく太郎君自身にやらせ、私は見守るようにしています。

あれだけ苦労した問題が自力でできるようになっているわけですから、その横顔が、るんるんの顔であるように、私には見えます。

ここまで半具体物を示しながら、苦労して培ってきた数感覚の取り組みも、決して無駄にはなっていないのです。


でもね、「できる」 と 「わかる」 は、同一ではないのです。

7+5が12と用紙に書けても、お買い物での場面で、それが生かされるまでには、まだまだ遠い道のりがあるわけです。

でも、とりあえず12という数が出せることは、その理解の第1歩であることにはまちがいありません。

達成感は、モチベーションを高めますから、まずはここに小さなステップを刻むことは、苦手意識の強い子には、特に有効になってくるに違いありません。


「あきらめない」 「安心しない」 「あせらない」 は、やっぱり指導の場面でも大切なことですね。

似たような事例は、いくつもあるけど、細かい面で見ると、学びの過程も千差万別であると言うことがわかりました。

その子にあったやり方は、きっとどこかにあるはず。

見えてしまえば、ただそれだけのことだけど、リアルな指導の場面でそれを見つけるのは、なかなかどうして簡単なことじゃない・・

だからこそ、追求する価値があるというものです。


太郎君、ここができたのですから、2けたの繰り上がりの筆算も、理論上できないわけはありません。

引き算だって、必ずできるにきまっています。

これから向かう学びのストーリーに、いったいどんなドラマが待ち受けているか、何だかとっても楽しみです。


(後日談)

今日の早朝学童保育の時間に、いつもはパズルをしている太郎君がなにやらシャカシャカやっているので、何をやっているんだろうとのぞいてみると、太郎君、自分で用紙にたし算の問題を作って、自分で丸付けをしていました。もちろん内容的に高度なものではありませんが、よっぽどうれしかったのだと思いました。

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我が子の発達のストーリーに寄り添うこと  (見通しをもつという支援・待つという支援・組み立てる支援)

 2009-08-10
イチロー君 (小2) の1学期の最も大きなテーマの一つは、「繰り上がり・繰り下がりの筆算」でした。

もともと、「やりたい」 「できるようになりたい」 という気持ちの強いお子さんですから、苦手な課題に対しては、どうしても揺れますし、あせりを感じます。

その結果、当然家族も、そして私のような指導者さえも、どうしても揺れますし、あせりを感じないと言ったらウソになります。


今回のケースでは、よかれと思い取り組んだことですが、ちょっと強引に進めて、気持ちを少し痛めた局面がありました。

私には他の子への指導の実践がありますから、「こうすれば、君なら必ずできる」 という見通しがあります。

ですから、それを早く実施して成果を上げたいという野望?があります。

この部分が、子どもの気持ちから離れてしまうと、自分の実績のために子どもをダシにするという逆転現象が起こり、目先は良くても、一番大切な子どもの心のつぶだちが失われてしまいます。

子どもを育てるのが目的であって、計算はそのたった一つのスキルにしか過ぎませんから、これでは何にもならないわけです。

私は計算ができることも、とても大切なことだと考えていますが、目標は、この子を社会の中で活躍できる子に育て、幸せに暮らしてもらうことです。そのために、この子には、肯定的な自己理解をどんどん深めていってほしいと願っているのです。


この子が混乱した原因の一つは、学校でのやり方が減加法であるのに対して、私は彼の認知特性を考えると、減減法で取り組ませたらどうかという気持ちがあったことです。

そこでご家族には、「こうすればこの子はできる」 というという私の考えをお伝えしました。


ちょうど夏休みになって、学習内容も時間的に少し整理されてきます。

そういうこともあって、時期を見て、そして彼の目を見て、夏休み期間中にはチャレンジしよう、私はそう決断しました。

宿題もあるので、そこはひとつ、ご家族に任せてみようとも思いました。


先週の土曜日に、イチロー君はやってきました。

教室の扉を開けるや否や、「繰り下がりの筆算の抵抗感が少なくなりました」 と、お父さんが伝えてくれました。

私はその瞬間、「来た!」 と思いましたし、何が起こったのか大体わかりました。

そして、「待って本当に良かった」 と、心から思いました。


早速、繰り下がりの筆算をやらせてみると、学校で学習した 「減加法」 を、彼の思考に合わせてていねいにアレンジした手順が身についていました。

結局ご両親は、学校で習ったことを、イチロー君の思考回路に合わせて、ていねいに示し定着させたようです。

私は、正直夏休みの期間中にはここまでは来れないのではないか、と思っていましたので、もっと単純に答えの出る方法を先に身につけ、そこから数の量的なイメージを形成していけばどうかと考えていました。

完全な、ご家族の勝利です。

そして、今後もこんな形で、ご家族の方と連携や工夫ができていったなら、どんなにすばらしいだろうと感じました。


ひき算の計算が終わった後、イチロー君は、「たし算のひっ算もやりたい」 と、言い出しました。

この繰り上がりのたし算で、1学期どんなに揺れたことでしょう。

そこには、自信満々で、あっという間に計算を成し遂げる、目の輝いたイチロー君の表情がありました。

お楽しみの遊びより、できるようになった計算をやりたい。

イチロー君、自分に自信もちましたね!

これぞ、肯定的な自己理解の第一ステップです。


先日、花子ちゃん (小3) の指導の時、お母さんが妹さんのトイレを借りに来られました。

指導時間終了の15分くらい前の時間だったと思いますが、花子ちゃん、お母さんが来たので、もうすぐに帰らなくちゃいけないのかと勘違いし、その場で泣き始めました。

最後の10分で、私に折り紙ができるようになったことを伝えたかったのです。

まだ教室で勉強できるとわかった瞬間、花子ちゃんは泣くのをやめて、できるようになった折り紙を、私の前で得意げ教えてくれました。

私は、平面認知の苦手だった花子ちゃんが折り紙をするというのは、画期的なことだと思っています。私はその10分間で、そのすばらしい成長ぶりをたっぷり味わうことができました。彼女の字が上手になってきたことと、この折り紙とが密接な関連があるのだと、私は信じています。


ひらがなの学習にはまっているはるかちゃん (小1) は、時間が終了してもなかなか帰ろうとしません。 来るときも、気持ちがはやり、車の中でやる気満々だったと聞きました。

みんなみんな自分の成長が、何よりの喜びなのです。


「何もしないノーケア」 と 「待つ支援」 とは、天と地の開きがあります。

太郎君 (小2) も、算数の筆算を指導していますが、彼の場合は、状況からして先に 「減減法」 を入れた方がよいのではないかと見ています。

これも、しっかり彼の目を見ながら、進めて行こうと考えています。


苦しんだケースであればあるほど、子どもは大きな喜びと幸せを運んでくれます。

決して、あきらめてはいけません。

今回のケースからも、時には、「何のために?」  「誰のために?」  をしっかり見つめてみることも、大切なのではないかと、改めて感じることができました。


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バイキンマンが アンパンマンから分化する日 (やがてはバイキンマン=子どもの認知の道筋)

 2009-08-08
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皆さんのお子さんの中で、「バイキンマン」 を 「アンパンマン」 とごっちゃにして呼んでいる子はいませんか?

今のかれんちゃんが、そうです。 アンパンマンを見たら 「アンパンマン」、バイキンマンを見ても 「アンパンマン」 と言うのです。

それを、ご家族の方が、「これはアンパンマン、こっちはバイキンマンよ」 とていねいに教えますが、何度言っても子どもは、 「バイキンマン」 を 「アンパンマン」 と呼ぶのです。

私は今、月に20人以上、就学前のお子さんの指導を行っています。

なので、これと同じ光景を、何度も見てきました。


あきなちゃん (↑上の画像=4歳 )は、もうすぐお誕生日で、まもなく5歳になります。 かれんちゃんは3月生まれですから、、かれんちゃんより少しお姉さんになるわけです。

あきなちゃんの場合、このアンパンマンとバイキンマンの混同、三ヶ月くらい前だったでしょうか?

お父さんが熱心に、「それはバイキンマン」 「アンパンマンはこっち」 と教えていたのを、昨日のことのように思い出します。

でも、今はバイキンマンだけでなく、ショクパンマンだって、どきんちゃんだって、しっかりと認知することができます。


この子、今日、そのアンパンマンの30Pのパズルを自分で持ってきて、私の前で、ばっさっーとやってしまいました。

「こりゃ、結構たいへんだぞ~」 と、思っていると、自分でごぞごぞ30Pのパズルを組み立てていきます。

びっくりして見ていると、何だかんだで結構形になっていきます。

時々迷うので、そういうときは、「これやってみたら~」 と、いくつかのピースを順に手渡したり、「ショクパンマンの顔はどれ?」 とかの言語支援を軽く挟みます。

これだけで、ほとんど自分の力だけで、30Pのパズルを完成させてしまいました。


ちょっと待ってくださいよ~ 

君、ちょっと前まではア、ンパンマンとバイキンマン、区別つかなかったでしょ~

半年前まで、2Pのくだものペアペアパズル、色認知だけで処理していて、半分以上図柄が逆さま向いていたじゃない~

そもそも去年の秋に来たときは、カラーボールの色分けペグ差しができることさえ、お父さんに信じてもらえなかったでしょ~

いつの間に、30Pのパズルの出来る子になっちゃったのでしょうか?


私、アンパンマンのパズルは、どの子にも6Pと8Pと30Pをさせます。

なので、このパズルをやらせると、「その子の今」 は、大体わかります。

どのようにパズルをはめていくかで、その子の認知処理様式も見えてきます。

色優位の子が、形へとシフトし、やがては図柄をとらえる過程が、見て取れるのです。

図柄がとらえられるようになれば、図柄から文字への対応・移行も視野に入ってきます。


つまり、あきなちゃんの発達のプロセスから、今後のかれんちゃんの発達の道筋が浮き彫りになって見えるのです。

すべてが同じというわけではありませんが、ふむふむ次はきっとこれだなっていう道筋が、具体的なおもちゃやパズルというレベルで浮かんでくるのです。

半年後のかれんちゃんが今のあきなちゃんだとすれば、どういうところを大切に組み立てていけばよいかが、わかるような気がします。

そうか、「やがてはバイキンマン」 の位置に来たかと、私はおだやかな眼差しで子どもを見守ることができます。

これが、指導者のクリアな視線です。


でも、ご家族は違います。

バイキンマンをアンパンマンと言って、「よしよし」 とは、言えません。 「それは、バイキンマンよ」 と、教えるのが親です。

それでいいし、そうでなくっちゃいけないと思うのです。

こういうことが、指導者としての愛情と、家族としての愛情の質の違いだと思うし、連携や役割分担の意味がそこにあるのです。


子どもが私を大好きになるのは、こうした質の違う愛情を感じているからです。

でも、それは何度も言いますが、毎日の白いご飯ではなく、ふかひれスープやうに丼みたいなものです。

週に1度だから、食べられるものです。

指導が終わっても帰るのが嫌、という子も何人かいますが、逆立ちしたってお母さんには勝てません。

時々、指導を見学されるお母さんの中で、指導の途中でがまんできなくなって、「もっとちゃんとしなさい」 と言ってしまう場合もありますが、こうなると、白いご飯なのかふかひれスープなのかわかならくなって、うまくないケースもあります。


「すごいね~、SHINOBU先生の所でパズルが上手にできたのね~、良かったね~、ハイハイ、でもお片付けはちゃんとしなさいね、あいさつもきちんととしなさい・・・」

私は、そう言うお母さんが一番ステキなお母さんだと思っています。


あきなちゃんの半年後は、どこまで進化しているんだろう~

どのくらい文字が読めたり、書けたりできるようになっているのだろう~

かれんちゃんが、30Pのパズルのパズルが出来るのは、いつのことだろう~

夢はどんどん広がっていきます。


本当はプロセスそのものが大切なのであって、スピードなんか関係ありません。

発達の過程理を解することは大切なことですが、基本それは百人いれば百通り、決して誰かと比較すべきものではありません。

百メートルのタイムを競うことがあっても、人間そのものを比べるわけではありませんよね。

子どもの可能性は、どの子にだって無限にあります。

どの花だって、きっと美しいはずです。


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読解力の特訓モード

 2009-08-07
友里ちゃん (小5) が、夏休み特訓モードに突入しました。

マンツーマン90分レッスン(=国語の読解)を、週二回のペースでさせていただいています。

まあ、その集中力はすごいです。 絶対に弱音を吐いたり、もう止めるとは言いません。


この子にとっての読解の指導は、長所活用ではなくて、むしろ短所矯正です。

苦手なことを、結構冷たく突き放してしごいたり、やり直しをさせたりするのですが、それでも食らいついてくるすごい根性です。

がんこ・こだわり・融通がきかないなど特性は、多くの場合、生活上の課題となってしまうことも多いのですが、こういう設定になると、逆にそれがものすごいエネルギーになることもあるようです。

指導の内容は、以前にも紹介しましたが、①文章をしっかり音読させる。 ②意味不明とおぼしき言葉があったら、後回しにせず、間髪入れず教える。 (継次処理のため、口で読んでいても、そこから先は理解のシャッターが降りてしまいます) ③分からない問題があったら、とにかくその部分を音読させる。(範囲は内容によって私が指示します。=最初から読ませることもあれば、範囲を指定して読ませることもあります)④あてずっぽや適当な答えは、答えが合っていても、ゆさぶりをかける。⑤ちょっとでも不明な言葉は、すぐに質問させる。⑤質問をしたり、じっくりと考えたり、内容が整理できたりしたら、とにかくほめる。⑥レベルにあった教材、達成感をもてる教材を用意する、などです。

こうやって子ども読みにていねいに寄り添っていくと、どんなところで、何につまずいてシャッターが降りるのかが、だんだんとわかってきます。

友里ちゃんの場合は、ひらがなのまとまりよみが苦手です。 例えば 「はずんだ」 という言葉を、「は(WA)ずんだ」 と読んだりします。

昨年夏までは、逐次読みでしたからね、無理もありません。

しかし、その後の音読の成長は驚異的です。 また、その記憶力は、到底私の及ぶところではありません。(私は、昨日の夕食のメニューでさえ忘れてしまいます)

こういう言語に数多く触れさせることも、夏休み集中講義の大きな目的のひとつです。


ここでまた一つの発見をしました。

それは、同時処理の子は 「穴埋め問題」 が得意で、「選択問題」 が苦手だということです。

逆に、継次処理の子は、「選択問題」 が得意で、「穴埋め問題」 が苦手です。 特に、「5文字の言葉を抜き出しなさい」 とされると、内容そっちのけで、字数ばかりを数え始めるので注意が必要です。

とにかく継次の子は、内容からドロップアウトさせない支援が有効です。 1個つまずいたら、そこから先はないのです。

ですから、限りなく内容からドロップアウトさせない支援を行い、力を付け (理解語彙を増やす、文章の構成や設問に多く触れさせる、ひらがなのかたまりに慣れさせるなど・・)、次第にその支援をフェードアウトしていく作戦です。

それに何よりモチベーションを高めることは、得意の選択問題を自力で解決させ、達成感と向上の手応えを感じさせる事です。

途中の支援は手厚く行いますが、ここは突き放して自力で解決させます。 長所活用型支援です。 子どもは自力解決の達成感をもちます。 「SHINOBU先生とだったら、勉強がよくわかる」 というこの子のメカニズムはここにあります。

「すごいね~ さすがだね~」

この一言が、時間が過ぎても、最後まで問題をやり遂げるまで帰らない、というこの子の集中力を支えます。

かれんちゃんが、今、絵本を離さないのも、同じ構造だと私は見ています。


こういう子どものメカニズムを、質的に読み解くには、それ相当の時間と体験が不可欠です。

でも、わかったら面白いですね。

うつべき方法が見えてきます。 それによって、何を目指していけばよいのかが、はっきりとしてきます。

今、わかりかけの子が何人かいるのですが、なかなかすぱっとクリアにはなりません。


「あっそかー」 と、わかること

その瞬間を目指して、今日も子どもと私のとの熱い取り組みが始めるのです。



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大切なものが つながっていく瞬間

 2009-08-05
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「これなあに?」

「でんしゃ」

この日、かれんちゃん (ダウン症・4歳) がえらんでもってきたのは、なんと小学生向けの 「乗り物図鑑」 です。

「どこ?」

「ここ」

「いっぱいあるね」

「うん」

ちょっと前のかれんちゃんからは、こんなやりとりは考えられないことでした。

かれんちゃん (ダウン症・4歳) の、言語・コミュニケートレベルが、明らかに急上昇しています。

いやいや、ちょっと前までは、意味のある言語の表出すら、ほとんど見られなかったはず。

自宅でこのブログを見たかれんちゃんが、「せんせい」 と叫び、寝言にまで 「せんせい」 というようになった事件? 以来、私とかれんちゃんのご家族は、めちゃめちゃ盛り上がり、にぎやかになってきてきました。

ご両親は、ご家庭でのようすからは、「せんせい」 発言が、にわかに信じがたいことであったと言っています。


でも、かれんちゃんは、毎日着実に、その成長の礎を築いていたわけです。

待ちに待ったこのこのチャンスを生かすべく、かれんちゃんの夏休み集中講義??の話も、にわかに具体的になってきました。

本当にうれしい限りです。


図鑑を見終わったかれんちゃん、今度はアンパンマンの絵本をもってきました。

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アンパンマンの絵本を見ながら、「アンパンマン」 「め」 「くち」 「あか」 「きいろ」 など、次々に口走ります。

これも、ちょっと前までには全くなかったことです。

これだけ見えてきたのなら、もしや?と思い、アンパンマンの顔を即席で描いて、かれんちゃんにぬり絵をさせてみました。




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するとかれんちゃん、クーピーを使って、いっしょけんめいアンパンマンの顔をぬり始めました。

前回までは、丸をかくことはできていましたが、何かを見立てたり意識したりということではない、いわゆる錯画の状態だったはずです。

ぐちゅぐちゅアンパンマンの顔を懸命にぬっていますが、ご覧の通り、アンパンマンの輪郭からほとんどはみ出していません。

それに、「め」 とか 「くち」 とか、さかんにつぶやきながぬっています。

しかも、そのクーピーの持ち方が、5本ではなく、3本でかなりナチュラルな持ち方。

後でお母さんとお話をさせていただきましたが、きっと脳の運動野あたりのネットワークが構成されてきたに違いありません。

指の巧緻性と、言語表出との相関が高いことが、かれんちゃんの育ちからも、はっきりとうかがえるのではないでしょうか?


またまた、感動の瞬間で、私は本当に幸せものです。

でも、保育園と家庭と私の教室では、かれんちゃんはそれぞれの表情をしているらしく、ご家族にはやはり 「にわかに信じがたいこと」 であるに違いありません。

そういえば、指導の終了間際に、私が 「お母さんもう来たかな?」 というとかれんちゃんは、「おむかえ」 と言って、入り口の方へ走っていきました。

そのことをお母さんに伝えると、「そんなあ、まさか、きっと勘違いでしょう」 と言われました。

そうかなあ、と思いながらずっと振り返っていますが、やはりあれが 「そら耳」 とは思えません。

「せんせい」 でさえ、しばらく信じてもらえなっかたのです。

私は、指導のビデオ記録を真剣に検討しています。


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私が大学院にいたころのエピソードです。

私の在籍していた講座では、「抄読会」 という世にも恐ろしい営みがありました。

何が恐ろしいかというと、院生は年に2回、自分の研究にかかわる最先端の外国の論文を、数名の教授と10数名の院生の前で紹介しなければならないのです。

私は現職の小学校教員の身分のままで在学していましたから、英語の論文などそれまで見たこともありませんでした。

これは大変なことになったと、何ヶ月も前から電子辞書や翻訳ソフトなどを利用してがんばってはきましたが、発表の2週間くらい前になっても、書いてあることが何がなんだかさっぱりわかりませんでした。

だんだんと期日が迫ってきて、それはそれは絶望的な気分にさせられたのでした。

ところがある時、あるひとつのキーワードがきっかけで、それまでちんぷんかんぷんで、何が何だかわからなかったことが、一気につながり、目の前の霧がさーっと晴れていくような体験をしました。

このときのうれしさといったら、言いようがありません。

発表の内容自体はたいしたことなかったと思いますが、いわゆるAHA体験で、私にとってはとても意義深い体験となりました。


もう一つ似たようなエピソードがあります。

私がNOVAのレッスンをがんばっていた頃、レベルが上がったとたん、少人数 (先生入れて4人) のメンバーが、何言っているのかさっぱりわからない状態になったことがります。

これ、ある意味地獄でした。 70万円も先に払い込んで、ここでくじけたらその大半がパーになるのですから・・

あぶらあせダラダラで、パニックになったまま40分が過ぎていくのでした。

悩んだ私は、料金を払ってレッスンのカウンセリングを受けました。

その回答は、リスニングの強化レッスンを受けてみては? ということでした。

このままでは、どうせやっていけない状態でしたから、だまされたつもりでマンツーマンレッスンを受け、朝から晩まで英語のCDを聞き続けました。

そうしてしばらくがんばっていると、不思議なものですね~ ある日突然、みんなの言うことが聞こえるようになったのです。

たしかそれは、レベル6の時たっだと思いますが、その後はほとんど悩むこともなくレベル4まで進むことができ、めでたく600レッスンをすべて満了することができたのです。


皆さんは、はじめて自転車に乗れた時のことを覚えていますか?

自転車乗れてしまえば、何でもないことですが、乗れない子どもにとっては大変なことです。


それと同じように、子どもが言語が話せるようになるためには、様々なプロセスが必要なわけです。

いっぱいいっぱい種をまき、水を与え続けて、待って待って待ち続けて、ある日突然、小さな芽がひょっこりと顔を出してくるのです。

ひげを伸ばし続けた脳のネットワークは、ある瞬間にピッピッと結びついていくのです。


「地道な種まきやってきて、よかったですね~」

指導が終わり、すべり台で遊んでいるかれんちゃんの姿を見ながら、私たちはそんな話をしていました。

土からひょこりと出した大切な芽、ずっとずっと待っていた大切な芽です。

芽が育つにも、季節というものがあります。

集中レッスンと言ってくださったお母さんの言葉を、私は今、重く重く受け止めているところです。

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※ この実践記録は、適切な教育によるダウン症児の成長の可能性を、より多くの方に理解していただきたいというご家族の願いと要請を受け、かれんちゃんの表情なども含め、リアルな指導の様子を公開させていただいております。また、平成21年度、福武教育文化振興財団による研究助成をいただいています。


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教育の魅力と可能性

 2009-08-04
昨日、私のもとにこんな一通のメールが届きました。




SHINOBU先生


私は,山本(仮名)と申します。

先日,インターネットを見ていたところ,先生のブログを拝見し,私が岡山で,昭和62年度(小3)および昭和63年度(小4)に担任としてお世話になったSHINOBU先生に間違いないと思い,懐かしさと嬉しさの余り,不躾ながらメールを差し上げた次第です。

先生にご教授いただいた2年間は,今の私に最も大きな影響を与えています。
先生には,自分の意見をきちんと示すことの大切さを教えていただきました。これは今でも私の考え方の基本になっています。
先生には,いくら感謝しても感謝し尽くせない気持ちで一杯です。

これを機に,先生と定期的に連絡を取らせていただき,再び先生の教えを請うことができるのであれば,私にとって,これに勝る喜びはありません。

先生が,山本という生徒を覚えておいででしたら,今後時々連絡を取ってやっていただけないでしょうか。

先生からのご連絡を,心よりお待ち申し上げております。 山本


追伸

今現在,私は東京で弁護士をしています。小学校4年ころ,先生にお話ししていた夢が運良く叶ってしまいました。正直申しまして自分でも不思議な感じがしているくらいです。






昭和63年と言ったら、今から何年前のことでしょうか?

山ちゃんのこと、しっかりとおぼえていますよ。

コアラの学級旗に、クラスの会員証、学級のテーマソング、みんな覚えています。

確か学級目標は、「一人一人を大切にするクラス」 「みんなでいっしょに活動するクラス」 だったよね。

今、気がつきましたが、これ、インクルージョンの概念と全く同じですね。なんてすばらしい学級目標でしょう。

毎日の帰りの会でこの学級目標を振り返り、めあてが守れた日には、コアラが木をどんどん登り、頂上までたどり着いたら、みんなでお楽しみ会をしたよね。

一人のわがままの発言も、みんなで尊重し、考え解決していく、そんなクラスでした。

バスの中で、学級ソングを大合唱した時のことも、昨日のように覚えています。

決して優等生のクラスではなくて、色々やり過ぎて、学年主任の先生からしょっちゅう注意ばかりされていたんだけど、クラスの団結心は最高だった。

勉強が苦手な子が、発表会で主役をするようなクラスでした。

君の友達は、岡山で、そして全国で活躍しているようです。

君は弁護士なんだ。

すごいね、大出世じゃないか?

どうか、多くの困っている方のために、君のよさをどんどん生かしてがんばってほしい。

君があのクラスで学んだ輝きと連帯感は、今の先生にも大きな活力となって生きています。

きっと、君も同じ気持ちなんだろうね。


あのクラスは、全員が主人公だった。

みんなと共に学び育つすばらしさを、先生は生涯、多くの方に伝えていきたいと思っています。

君は弁護士として、社会の中で、あのクラスから学んだことを、多くの人に伝えてほしいと思います。


ブログやってて、本当に良かったと思いました。

そして、学校教育の魅力と可能性、そして大切さを改めて感じることができました。

今度、東京に行くときは、また連絡をします。 色々話したいこともありますから・・



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生まれ変わった子ども

 2009-08-03
昨年11月から来てくれるようになった4年生の男の子、本当に人間が変わっちゃいました。

先日の指導の後、お母さんから、次ような内容のお話を伺いました。

「去年、先生が私に言ってくださった言葉・・ 例えば通常学級のと交流のことなど、その時はとてもストレートに受け入れることなんてできませんでした。
一方で期待をもちながら、一方では正直この先生何を言っているんだろう・・ そんな気持ちでした。 でも、今現実に子どもが大きく変わり、生まれ変わったように生き生きと学習をするようになり、その時におっしゃてくださった内容が現実のものとなり、目の前に近づいてきました。
前回、SHINOBU先生に出していただいた宿題、あれほど苦手で抵抗感のあった漢字練習に、鼻歌を歌いながら取り組んでいるようすを見て、信じられないような気持ちです。
よっぽど楽しかったらしく、そのプリントを父親にも見せていました。
学校の水泳練習に参加して、すごい根性でみんなを圧倒しているようです。昨年は人がごちゃごちゃしている更衣室が苦手で、プールそのものさえ、行けなかったのに・・ 毎日練習して、まったく泳げないところから10Mまで泳げるようになりました・・・  」


私、漢字プリントは、時々子どもに 「自分の勉強したい漢字を選びなさい」 と、指導しています。

この子は先日、「鋼」 「炎」 「岩」 「電」 ・・・  などを選びました。

これ、画数が多く、実はこの子にとって最も苦手な学習のはずなのに、なぜ鼻歌交じりで取り組んだのか? 

答えは簡単! → それは、大好きなポケモンの属性を示した漢字だからです。

このエピソードからも、子どもの学習にモチベーションがいかに重要かがわかります。


教室に来始めた頃は、まず関係づくりから始まり、この子といっしょにパソコンゲームやベイブレードをしてから学習に入っていました。

手には移行対象としての愛着を示す 「ハンカチ」を、片時も離しませんでした。

今では、教室で 「ハンカチ」 を出すことは一切なくなりました。

パソコンゲームやベイブレイドは、今年になり勉強が終わったあとのご褒美となり、前回の指導では、90分の指導が、まるまる学習時間となり、ご褒美のお遊びの時間はなくなりました。

パソコンゲームやベイブレイドより、学びの楽しさが勝ってきたのです。


特に意欲を持って取り組んでいるのが、乾電池や豆電球の回路についての学習です。

もちろん、これが今年度から始まった交流学習の 「理科」 からスタートしているわけです。

以前は、「私のあせりが、この子に負担をかけた」 と何度も言っていたこのお母さんが、勇気をふりしぼって、学校側に交流学習のお願いに行かれました。

その勇気と決断が、こんな形になって子どもの学びを支えているのです。


指導が終わり、帰る間際に、お母さんはこんなことを私に伝えてくれました。

「この子は、どうやら文字の認知はできているらしい。頭に文字の形がイメージすることはできるが、アウトプットの途中で混乱するようなことを、子どもが言っていました」

モーター (運動書字機能) には問題が見られない、だとすると、頭の中でキープしたメモリーを、モータに伝えるための接続が課題・・


これを聞いたとたん、私は興奮で胸の高まりを押さえる事が出来ませんでした。

やってみたいこと、トライしてみたいことが、次から次へと湧き上がってくるようでした。

そこのバイパスを工夫すれば、さらに大きな発展が見られる違いない。

私にとっては、青色発光ダイオードを発明したような気分です。


こういうところからも、このお母さんあってのこの子の育ちであることが伺えます。

楽しいですね、この仕事。

論文にして実証すれば、きっと博士論文級の題材です。 (残念ながら、それをまとめる力量はわたしにはありませんが・・)


この子がポケモンだから、鼻歌でプリントができるように、私は日々の子どもの成長があればこそ、ハードなスケジュールにも立ち向かうことができる。

私も、今の自分が一番好きです。


正直遊びたいです。 時間が欲しいです。 ゆとりも欲しいです。

でも、指導はしたいのです。

遊びと指導を天秤にかければ、まちがいなく指導をとります。

東京から朝7時の新幹線で帰ったその足で、教室に向かい、午後の指導をしたことが何度もあります。

こういうときは、ちっとも疲労感を感じないから不思議です。


選んでくださったご家族の信頼、寝言で私の名前を呼んでくれるようになった子ども、階段を走って駆け上がってくれる子ども、そして何より指導の充実感や達成感、成長の喜び・・・

生まれ変わった喜びを感じているのは、他でもない私なのかも知れません。

プールでど根性で泳いでいるこの子と私は、きっと運命共同体?


すべての子を、何としても社会に役立つ子ども、誰かのために何かのできる子どのに育てたい。

私の夢は、どんどん広がっていくのでありました。


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Author:SHINOBU
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