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もう一つの学びのストーリー (7年後の教え子とのリスタート)

 2009-02-27
今から10年くらい前の事からお話しします。

当時、私は6年生の担任でした。 1学年1~2クラスの小さな学校でした。

私は、通常学級の担任も通算10年以上の経験があります。 元々は通常学級からのスタートでした。

学級担任を長く続けていると、いろいろなクラスとの出会いがあります。 努力しても報われない感じのクラスもあれば、何もしないのに多くの感動と感謝の気持ちを受け取るそんなクラスとの出会いもあります。

このクラスは、まさに後者の典型で、私が特別何もしないのにすばらしいクラスに成長していました。 私この学年を2年続けて持ち上がるという大変なご褒美をいただいていました。

自分のことよりも、まずみんなのことを先に考える、いわゆる ONE FOR ALL のモラルが一人一人にしみわたっており、以前にもお伝えしましたが、教育実習生がその姿に心を強くを打たれ、大粒の涙を、子どもたちの前でボロボロと落としたことがありました。(今は正規の小学校教諭として活躍されています)

就学旅行先の宿の人も 「何十年この仕事をやってきたが、こんな子どもたちは初めてだ」 と感動の言葉をいただきました。 わずか2学級の学校のソフトボールのチームが、その年度の市内の大会のすべてに優勝し、保護者の皆さんと盛大な祝勝会をしました。 市の陸上記録会のリレーでも、大規模校の精鋭を向こうにして、堂々とした走っぷりで、まるで優勝したかのような感動をおぼえました。 卒業の前には、保護者主催のイベントを体育館で開いてくださり、私たち2人のために作った、オリジナルの曲を生演奏で合唱してくださり、あふれる涙をとめることができませんでした。

このクラスは、私にとってはまったくのラッキーパンチで、実力でも何でもありません。

しかし、この子たちの出会いは、私の心に一つの決心をさせました。

> これでもう、通常の学級担任の仕事には区切りをつけよう

そんな思いです。


この学校に赴任する前、私は情緒障害児の短期治療施設の派遣学級の仕事を経験しました。

当時は、今のような特別支援の風は吹いておらず、いわゆる特殊学級担任というイメージは、かなりマイナーなものでした。 私は、当時市内の名門と呼ばれる学校の担任でしたから、派遣学級に行くというのは、正直、何か不祥事があって飛ばされる?ように受け止める人までいました。

私のような形で、派遣学級に異動するのは、市内で初めてのケースだったのです。

今では、当たり前に行われている、こうした人事交流の第1号は、私です (笑)


ですが、私はもともとの志がありましたから、飛ばされたなんて気持ちは、カケラもありませんでした。 それどころか、この施設でのこどもたちの出会いは、私が生きている原点に触れるすばらしいものとなりました。

しかし、転勤の年を迎え、私は特別支援か、通常か、その選択に迷いました。

そして出した結論が、通常学級の担任として納得のいく仕事ができたら、あとは特別支援の担任としてがんばろう、というものでした。


これもたまたま偶然のことですが、その次の年に、この小さな学校にも特別支援学級ができることになりました。

新しい1年生に支援を必要とするお子さんが、入学してくるということでした。

担任希望の欄に、私、しっかりと 「○」 を付けさせていただきました。

これもあとで分かったことですが、この時の校長先生は、私が情緒障害児短期治療施設の人事交流で派遣された当時の教育委員会の人事課長で、そのことを推進したその人であったわけです。

(今は、大学で活躍されています)


卒業式が終わると、私は校長室に呼ばれ、次年度、支援学級担任として学級の創設にとりかかってほしい、と言われました。

私、ほっぺたつねりましたよ。 夢かと思いました。 うれしくて、うれしくてその晩はねむれませんでした。

でも、当時私は、養護学校教諭(今の特別支援学校教諭)の2種免しかもっていませんでしたし、特性理解も、専門的な指導の技術も、ほとんど素人に近い状態でした。

今から考えると完全にフライイングだと思いますが、卒業式が終わったその日から、その子が通っていた施設に行ったり、ご両親にお会いしたり、通っていた幼稚園に行ったり、素人は素人なりに駆けずり回っていました。

そして、今日の主人公、まさと君 (=仮名 当時小1 現在中3) と出会うことになります。

このまさと君とは、学級創設から2年間、担任として共にあゆむこととなりますが、今の私が最も大切にしている、保護者とのパートナーシップの原点は、すべてこの2年間あったと考えています。


実は、そのまさと君と7年ぶりに、勉強を再開することになりました。

先日、そのご両親が私の所にお越しくださり、週1度90分の個別指導をさせていただくことになりました。

まさと君は、4月から、特別支援学校高等部への入学が決まっています。

彼は本当は勉強への向上心が強いのですが、その強すぎる思いがゆえに、その心を少し痛めた時期があったようです。


昨日、私の教室に来たまさと君は、身長が170センチを超え、すっかりたくましくなっていました。

ご両親は、最近のようすから、とても不安な表情でまさと君を送ってこられました。

7年ぶりに会った愛しい教え子  学年で1番に九九をマスターさせたことなど、宝物のような思い出がたくさんあります。

私は、週1の個別学習で、「英検」 と 「漢検」 を、彼と共に目指して行こうと考えました。

いわゆるマルチセンソリーな体験を特別支援学校で、ミニマムスタンダードの部分をこの教室で、という色分けを、私なりにイメージしたのです。

90分の指導後、ご両親は本当に心配そうな顔で、迎えに来られました。

暴れたり、泣いたりしたのではないかという心配をされていたのだと思います。

そんな心配を抱かせるストーリーが、中学校生活の中であったことが伺えます。

体は大きくなり、英語もできるようになったまさと君がそこにいましたが、温度も空気も体温も、伝わるものは7年前と同じ香りがしました。

きっと、それはまさと君も同じであったと思います。


指導が終わり、1時間くらい経った頃に、私の携帯が鳴りました。

まさと君のお父さんからの着信です。

私の心に不安がよぎりました。

1回目の指導後の感触は、その後に大きな影響を与えますから・・


しかし、その不安は、わずか10秒で消え去りました。


> 先生、まさとの様子が、明らかに変わってきています

> 行く前は正直、不安だらけでした

> でも、今のまさとの様子を見ると、言葉とか、表情とか、どこかに和らいだ感じが、はっきりとにじみ出ているように見えます。

> 何だか、うれしくなって、うれしくなって、電話をしてしまいました・・・


私は、また来た、また始まった  と、その時そう思いました。


7年前は、毎日のように、連絡帳で、電話で、お会いして・・

私とご両親とクラスの友達との輪の中で、この子はタケノコのようにすくすくと育っていました。

私とこのご両親との信頼感は、鉄よりも、ダイヤモンドよりも硬いと、私は思っています。


7年前と同じ事をしようというのではありません。

しかし、この相互の信頼感をもってすれば、何かはできると私は考えています。

この電話のやりとりは、7年前とまったく同じ響きです。


小1の時、心配していた卒業式を立派に乗りこえ、その報告をと、息を切らせながら、職員室の電話でお母さんにお伝え時、電話口で声をつまらせていたお母さん

IQの数値が大幅に伸びたと、検査機関からその足で、紅潮した顔のまま校長室に駆け込んできてくださったお父さん


超多忙な中、我が子のためにと、地域の保育園と幼稚園の双方に通わせ、ありとあらゆる役員を引き受け、参観日の時には、自分の子より、他の子どもたちに優しく声かけをしていたこのご家族の真実を、私は知っています。


小学校の教え子を、再び教えることができるなんて、奇跡としか言いようがありません。 この子にひらがな教えたのは、私ですから。

私、中学の免許も、高校の免許も、英語の免許もない、モグリの学習指導者です (笑)

お父さんが電話で、喜びの言葉を伝えてくださった瞬間、私の心に何かよみがえってくる力強いものを感じました。

それこそが、人がつながって生きることによって生まれるエネルギーみたいなものではないかと感じています。


人間は、自分のためには力が出ない。

やさしくなければ、強くはなれない。

子どものために、誰かのために、

そんな風に生きるからこそ、困難を打ち抜く力が生まれるものです。


あの6年生のクラスの子は、給食で誰かが嘔吐すると、1秒も経たないうちに数人が、無言の連係プレーでそれを処理し、その子のダメージを最小限に抑えるように動いていました。

チームの中にはそんなに運動が得意でない子もいました。 そんな子は当然レギュラーにはなれませんでした。 でも代打で登場すると、当たりそこねの内野ゴロでも、毎回1塁に全力疾走、時にはヘッドスライディングをして、血を出すこともありました。。

たとえアウトになっても、こうした姿は他の子の心に火をつけ、チームの士気を高め、すばらしい集中力をみんなに与えました。

顔で笑っている時はあっても、チームのみんなは彼を大切なメンバーとして心から受け入れていました。

たとえヒットは打てなくても、彼抜きのチームでは意味がないことを、全員がわかっていました。

そのみんなの気持ちが、いつも彼を全力疾走にかき立てているのです。

私は日本のインクルージョンのモデルを、実はこんな形でイメージしているのです。


グランドスラムのかかった大会では、休日にもかかわらず、あの校長も、担任も、保護者も集結して、全試合を応援しました。

子どもたちは自分のためではなく、みんなのために戦っているのがわかりました。 エースの子は、自分が1球でも甘い球を投げたら、あのヘッドスライディングも無駄になると感じているように見えました。

私は、この子の人に言えぬ悩みも知っていましたが、このムードが、彼を一流の男に仕立て上げていました。

あのヘッドスライディングが、彼を真のエースに育てたのだと、私は信じています。


子どものために、誰かのために、信頼の輪を紡いでいくこと。

奇跡の一歩がそこから始まることを、私は、この子どもたちから学んだのです。



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真剣に向き合うからこそ対立する場面 そしてこみ上げる涙と熱い思い

 2009-02-26
先日、私の本年度の、保・幼・小・中、各学校・園への特別支援教育巡回相談が終了いたしました。

その時にお伺いした保育園は、前回は11月に伺い、今回が二度目の訪問になります。


10名近い子どもの相談を伺いました。

私は、相談員としてはまだまだ駆け出しですし、自分勝手なことをやっている不良相談員だと思っています。

教育委員会の嘱託職員という立場ですから、ある程度は指導的な役割を期待されているのですが、私はとにかく 「子どもの最善の利益」 を最優先にする相談を行いたい。 全力でその形を示して、それで成果を上げなければ、もっと適任の方に道を譲ればよいと考えています。

近々、クビになっちゃうかも知れませんね(笑)


年に数回の指導で子どもの利益につながるつながる相談とは?

私のたどりついた結論は、短所矯正型の相談ではなく、長所活用型の相談。

つまり、相談をお伺いする中で、それぞれの先生方の持ち味や考え方を、子どもの育ちにどう生かしていくか。 その内容を先生方自身が整理したり、確認したりして、自分の目指す方向をみつめ、やる気と元気を与えること。

それが子どもの利益につながることだし、私の仕事であると、割り切りました。


昨日は、3クラスの相談を承りました。

11月から、子どもたちがどう変化しているか、楽しみでもあり、不安でもありました。


園長先生の方から、9名の子どもたちについて、「前回私がお伝えしたこと」 「それを受けて先生方が工夫されたこと」 「子どもの変容や課題」 を個別に整理した資料をいただきました。

午前中、小さいクラスから活動の様子を拝見させていただきましたが、正直、驚きの連続です。

もちろん、短所矯正の視点で、細かい課題を見つければいくつもあるのでしょうが、そんなみみっちい気分にはとてもなれません。 先生方の表情が、見違えるほど生き生きしており、子どもも自然な姿で活動を楽しんでいるように見えます。


3つのクラスの先生、それぞれにアプローチが違っていて、それも大変勉強になりました。

一番小さいクラスの先生は、家庭支援、保護者へのアプローチがとても得意なタイプの先生でした。 さすが日々保護者の方と上手にコミュニケートできているだけあって、相談を通して保護者支援のキモについて、実践レベルのかなり濃い内容を整理することができました。

わずか3ヶ月で、一人の子の衝動性、もう一人の子の表出言語に大きな改善が見られており、私は信じられないような気持ちで、先生方の実践を聞かせていただきました。


真ん中のクラスの先生は、若い先生でいたが、とても素直に私のアドバイスを取り入れてくださったようです。 対象となっていた2人の子どもと、コミュニケーションルートがしっかりとつながり、子どもは前回と別人のようになっていました。 もう一人の子には、何らかの専門的なアプローチの場があればよいなと思いましたので、お話を伺いながら、出来る出来ないでなく、今後保育士としてどこを目指して進んでいくか、その方向性をいっしょに考えていきました。 その表情から、何か一本つかんだな、という期待感をもつことができました。


一番大きいクラスの先生は、人間性・力量共にきっとこの地域で指導的な役割を果たしていらっしゃる先生とお見受けしました。

前回は、所用でお会いすることが出来ず、もう一人の若い先生に相談を伺っていました。

この若い先生は、新年度より正式採用となる新進気鋭の先生で、ベテランの先生の指導のもと、前回以上にメキメキと力を付けておられました。 子どもの変容にも驚きましたが、この先生の表情や指導の所作に磨きがかかっていたことにも、大変驚きました。


実は、このクラスには大変厳しい状況、厳しい課題を、前回の相談の時に伺っていました。

その後あることをきっかけに、そうした状況が大きく改善され、保育の内容に活気と方向感がみなぎるようになったということでした。

しかし、その先生の心には大きな痛みが残されていました。


現場の第一線で仕事をしていると、時としてこうした大きな痛みを伴う場面に出会ってしまいます。

そういう私自身も、何度か似たような場面に遭遇した経験があります。

適当に流せば、それほど痛みを伴うことがないと分かっていても、どうしてもそこだけは譲ることのできない 命のひだ みたいなところがあるわけです。


私にも、そういう部分はあります。

そこに目をつぶるようになったら、私はもう子どもの前に立ち、真実を語ることができないと思っています。

そこで誰かと対立してボロボロになったけど、多くのものを失ったけれども、それでも今日までそこを守り抜いてこれたから、私は胸を張って子どもの前に立てる、そういう部分があるわけです。

これは、何も先生だけでなく、ご家族の皆さんにも同じような場面があったのではないかと思います。


お子さんの育ちに大きな影響を与えるような重要な場面では、こうしたことが起こることは、ある意味、やむを得ないことであると、私は考えています。

なぜならば、真剣に向かい合わなければどうしようもないような問題そのものが、頑としてそこに横たわっているからです。

それは、まあまあといって、中間を取るようなことのできない、本当にシビアな場面に他ならないからです。


しかし、貫き通したように見えても、実はズタズタに痛んだ自分と、言いようのない深い思いを噛みしめる自分が、同時にそこにいるのです。

こうした命を削るような営みを必要とする場面に、心ある人は、何度も何度も立ち向かっているわけです。

これは、保護者も指導者も同じ事です。


来年新採用を迎える若い保育士さんの前で、私とこの先生との間で、その厳しい課題にかかわる保育観・教育観・指導内容の精査について、時間ギリギリまで全力の意見交換をすることができました。

本当に勉強になったし、臨床現場の第一線で活躍される先生の、命の機微に触れることができました。

私にも、その先生にも、目に熱いものが何度も何度もこみ上げてきました。


本年度の巡回相談の、最後の日の最後の相談。

この仕事を引き受けて、本当によかったと思っています。


命を削るご家族と指導者のもとで、育つ子ども

日本の教育の魂は、まだまだ死んでいない

私はそう感じることができたのでした。


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ますます広がる かれんちゃんの世界

 2009-02-24
この日は、かれんちゃん(ダウン症・3歳)の8回目のセラピーを行いました。

まずは、絵本を読んでいるときのかれんちゃんの表情をご覧下さい。

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この絵本は、 「おかしなかくれんぼ」  山脇恭 作  末崎茂樹 絵  チャイルド本社 8,500円 です。

いわゆる大型絵本で、広げると最高140CM以上にもなります。 値段が高いし、一般の家庭では、置く場所にも困りますが、かれんちゃんはこの絵本の時間をとても楽しんでくれています。

子どもは、絵本の読み聞かせを通じて、たくさんの事を吸収していきます。

1歳くらいの小さな子どもでも、息をのんで、集中して絵本に見入って場面は、日常的に見かけられます。

それにしても、かれんちゃんのこの表情、まさにこのブログの主演女優ですよね。


さて、今日のメインは、ごっこ遊びによる応答コミュニケーションの新しい展開です。

前回の 「おままごと」 に続いて、今回は 「ぽぽちゃんとポポちゃんハウス」 の1日です。

この 「ぽぽちゃんとポポちゃんハウス」 は、小学生にも大好評で、きっとかれんちゃんもはまるだろうなって、楽しみにしていた活動です。


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まずは、ぽぽちゃんとご対面 髪をきれいにとかしてあげました


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その後は、ベッドでおねんねの時間になりました。


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ここが、かれんちゃんとぽぽちゃんのマイホームです。


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まずは、ベッドメイキングをちゃんとすませて・・・


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ぽぽちゃんを、ちゃんとネンネさせてあげました!


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さて、ここからは、お客さんになったSHINOBU先生が、
かれんちゃんのおうちにうががいます。


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 トントン 「おはようございます」 → 「では、さようなら~」 
ここから30回以上、さまざまな応答コミュニケーションが展開されます。


きっと、はまると思っていましたが、かれんちゃん、まったく飽きなかったですね~

私がくたびれて、トントンやらなくなると、内側からかれんちゃんがトントンとやっていました。

私は、いろいろなバージョン考えるのに大変でした。

「こんにちわ-」 というクリアなかれんちゃんの声、初めて聞きましたよ。 とってもきれいな声です。

ぽぽちゃんハウスは、くるりと折りたたんで40CMの袋にすっぽりと収まります。 価格も安くて、めっけものでした。

こうしたちょっとした場の設定が、思いもかけぬ子どもの心を刺激するのです。


前回ゲットした 「せんせい」 という言葉も、ちゃんと言ってくれました。

かれんちゃんが、「せんせい」 と言うと、私があまりにも喜んで、高い・高い~をやるので、ケラケラ笑って、すごく楽しいムードになります。 こうしているうちに、あっという間に90分の時間が過ぎ、かれんママが迎えに来るのです。

かれんちゃん、もっともっとやりたそうでした。 でもしばらくするとくつをはき、ちゃんとあいさつして帰りました。


この日ね、お絵かきの時、点々が上手にかけたのですよ~

絵画系の指導も、機会をみて紹介したいと思いますが、本日はメインは、やっぱりぽぽちゃんに尽きるのでした。

かれんちゃん、何がどこまでできるようになるのだろう・・

歩みのスピードはそれぞれであっても、子どもの可能性は無限であるはず。

来週もまた、どんなことができるようになるか、私は今から楽しみでなりません。

※ この実践記録は、適切な教育によるダウン症児の成長の可能性を、より多くの方に理解していただきたいというご家族の願いと要請を受け、かれんちゃんの表情なども含め、リアルな指導の様子を公開させていただいております。

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重度の困難にも負けない 学びの心

 2009-02-23
先ほど、あるお母さんがご相談に来られました。

養護学校高等部に通う脳性麻痺のお子さんで、食事・トイレは全介助だそうです。 表出言語はほとんどなく、運動機能面も、指で何かをさすのがやっと、という状況であると言うことを伝えてくださいました。


そのお子さんの中1の時のエピソードです。

子どもを電動の車いすに乗せてやりたい、そんな思いから、ご家族は病院で、お子さんをその電動車いすに乗せ、安全に配慮して、ひもで体をくくりつけて練習を始めたそうです。

もちろん、初めての試みでしたので、うまく行くなんて思ってもみなかったようです。 ところが、そのお子さんはその時自分の意志で指定の場所へ移動し始め、他の人が近づいた時には、車いすを端に移動することができたそうです。

つまり、表出言語もなく、意思を伝えるだけの運動機能もなかったけど、そこで初めて判断できる・認知できる力が我が子にあるということにいうことに気がつかれたそうです。

しばらくは、学校の先生もそのことを信じることができなかったので、ご家庭だけで細々と学習の営みを開始されたということです。

やがてその手も変形してしまい、電動車いすのレバーを操作する機能も低下してしまったということです。

今では、運動機能面だけから見ると、「○」 「×」 などの選択肢の中から、どれか一つをポインティングするというのがやっと、というのが現状のようです。


しかし、ここからは、私の胸を熱くたぎらせる、奇跡のお話をお伺いすることになります。

このお母さんは、私のところに、このお子さんの学習指導のことで相談に来られたのです。

このお子さん、現時点のコミュニケーションの方法は、選択肢の中から、一つを指さすという方法しかありません。

しかし、 例えば 「356+895」 の計算を、 「1250」 「2351」 「1251」 と例を示せば、ちゃんと正解を指で示せるというのです。  

お寺の写真を3つ示して、「東大寺」 がどれかを選んで、指で示すことができるというのです。

お母さんは、私の前に、これまで取り組んだ学習のファイルを広げてみせてくれました。

方法は、毎日養護学校の先生に宿題としてプリントを出してもらい、お母さんはそのプリントに選択しを設定したうえで、夜の7時からずっと勉強を続けられてきたようです。

このファイル、半端なものではありません。


> 先生、この教室2階ですよね、子どもを2階まで上がらせるのは、とても無理です・・

お母さんは、とっても残念そうな顔をされました。


> 首もすわっていないんです・・  物を持つこともできない・・  しゃべることもできない

> でも、勉強している時の、この子の表情はとても生き生きとしているんです

> 歩くことも、物をもつこともできない子だからこそ、勉強を通して知識を身につけ、豊かな心を育んでやりたい、心の豊かさを感じさせてやりたい・・


私、来月、このご家庭にお伺いさせていただく約束をしました。

まずは、実際に会ってみようと思ったのです。


> この子は、全国のご家族に、勇気と希望を与える子だと、私は思います。

> この子の生き方と可能性は、はかりしれないインパクトを人々に与えるに違いない・・

> それが、神様が、この子に課せられた使命なんだと、私は思います。

> そしてその手応えが、この子の自身の幸せを育んでいくことにつながってほしいと願っています。


私は、そのような意味のことをお母さんにお伝えしました。


コミュニケーションの方法は、ポインティングだけなので、知能検査などは測定不能です。

ですが、それでもポインティングだけで、検査をされたドクターがいるようです。

その数値を見せていただきました。 もちろん、それが高い数値であるわけがありません。

しかし、何と気高い数値であることでしょう。 私には奇跡の数値としか思えません。


この先この子と、どんな出会いが待っているのか、わかりません。

私は今、胸がドキドキして、言いようのない昂揚感に包まれています。

それは、子どもが学ぶと言うことの、本当の意味を、きっとこの子が私に教えてくれそうな気がしてならないからに違いありません。

ご相談を伺っただけでも、私には、何か強いエネルギーがみなぎってきたように思うのです。

みなさんは、このことから、何をお感じになるでしょうか?


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「おれ、頭が良くなりたい」 学びの願いを育む保護者の熱意

 2009-02-22
昨日は、こうた君(小3)の 第1回目の指導を行いました。

まずは、指導後のお母さんのメールの内容の一部を紹介させていただきます。




今日はありがとうございました。

「超たのしかった!オレ、がんばって通うよ!」

そう言ってくれました。実は行く前は嫌がっていたので少し心配していたのですが、いきいきとした子供の顔を見てすぐに充実した90分だったのだとわかりました。

「頭良くなりたい」とも言っていました。自信を失いかけたりしながらもそんなふうに考えてたんだなぁと少し驚きました。

先生との出会いを子供も喜んで受け入れてくれ、本当にうれしく思います。

これから長いおつきあいになると思います。晴れたり曇ったり、嵐がやって来たり…ご迷惑をおかけすることもあると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。




こうた君とは、この日まったくの初対面でした。

でも私、この日の出会いがうまく行く自信、結構ありました。

何故かというと、事前のお母さんとのご相談の時の、資料とその内容が私の心にストンと落ち、初回指導のイメージが、その時にすでに出来上がっていたからです。

部屋に入ると、お楽しみコーナーのテーブルの上に、これきっと飛びつくだろうな~、と思われる 「乗り物図鑑」 を、ここしかない、という位置にさりげなく置いておきました。

こうた君が部屋に入って、きっと0.5秒?

まさに秒殺で、「乗り物図鑑」 は、こうた君の心をがっちりつかみました。

大きな強化子を、0.5秒でゲットしましたからね、完全に主導権にぎってしまいました。

タイムタイマーを横に置き、10分間見てもいいよ、赤の部分がなくなったら、こっちへ来て勉強しようね、と伝えると、3分もしない間に、「先に勉強する、これは後で見る」 と言って、学習コーナーにやってきました。

この子の学習面の課題、事前にお母さんに伺っていましたから、初回から、最近接領域での微妙な支援の出し入れができています。

つまずきそうな場面で、さらっと支援、 リズムがつき始めたら、支援をフェードアウトして遅延強化・・

面白いように、技が決まります。 (こんなに楽しい瞬間はありません。生きてる醍醐味です)

こうた君の脳の中に、電気信号が駆けめぐっているのが、まるで超音波ドップラーのように私の目には映っているように感じます。

90分の時間配分も、ほぼ完璧にできたと思っています。

事前相談が充実すると、ここまで来るか~ というのが、私の正直な思いです。


指導後の 「おれがんばって通うよ!」 「頭が良くなりたい」 という言葉も、胸を打ちました。

これが、これが、本当の子どもの願いなんですよね。

初回のお母さんの問い合わせのメールから、その内容は濃いかったです。

要は、この日の指導の成功は、私ではなく、このお母さんの設計図に、私か応えたという形です。


来週、たくや君(小3)の参観日に、小学校にお伺いすることにしました。 昨日の午前中は、そのたくや君の指導が、ありましたが、たくや君のお母さんからは、次のような内容のメールをいただきました。




本日は ご指導ありがとうございましたm(_ _)m

「最大に 楽しかった」と たくやが 教えてくれました(^O^)v

学習した内容を見ると 楽しかった様子が しっかりした文字から伝わりますね

来週は 参観日でお世話になります。
参観をしてSHINOBU先生にアドバイスいただきたい一番のポイントは
例えて言えば 熱いお風呂の通常学級 ぬるいお風呂の支援学級
たくやにとって 丁度いい温度のない学校で 今後どのように 熱いお風呂とぬるいお風呂を組み合わせて たくやにとって 少しでもいい温度を作ってやれるかということです。
例えが わかりにくいですかね(^_^;)




いえいえ、相談の内容は痛いほどよくわかります。

そこの支援の出し入れ (微妙なバランス) の部分こそ、子どもの学びの願いを具現化していくための、高度な判断が必要な部分です。 見えていない人に、そこの調整はできません。

たくやママ、さすがとしか言いようがありません。

私を、参観日に行かせるのも、お母さんの日々の熱意とご努力があればこそです。 丸投げのお母さんは、私は相談の時に、最初から、お断りしますと宣言させていただいています。 でも、ご自身で前へ進んでいかれようとしている場合は、何とか時間を調整して、1円の利益にならなくても、私は喜んで行かせていただきます。

そういうことが、子どもの最善の利益につながると、私は信じているのです。


主体者はご家族で、私はサポーターです。

私は、週一で、多くの子どもの指導をしています。

週にたった一度の指導だけで、子どもが魔法のように、劇的に変わるなんてありえないことです。

私が子どもを変えているのではなく、私を利用してご家族が育ち、子どもの願いを育む学びの場をご家族が作り上げていく姿が、そこにあります。

「頭がよくなりたい」

この言葉のもつ意味は、深く重く、そして尊いものだと、私は感じているのです。

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関東地区 出張相談のご案内

 2009-02-21

以前より、遠隔地の方より、岡山に行きたい、岡山で相談や指導を受けたいというお問い合わせを何件もいただいていました。

1回に数万円の費用をかけて来ていただく療育が存在していることは、これまでの相談を通して、聞いていました。

しかし私は、持続可能な取り組みでなければ、子どもの利益にはつながらないと考えています。

私は、指導する者の視点ではなく、真に利用されるご家族のの視点に立って、かかる費用・かかる負担、を多くの方でシェアする相談(指導)のシステムができないかと、かねてから模索していました。

この度、神奈川県の保護者の方の、多大なご協力とご理解により、下記のように関東地区出張相談を開催できる運びとなりました。

相談をご希望の方は、下記のメール宛お申し込みいただければと思い、ご案内いたします。





関東地区 出張相談のご案内

白ゆり教室では、神奈川県 「秦野市保健福祉センター」 において、出張相談を行うことになりました。

相談をご希望の方は、shinobu@mopera.net  までお申し込みください。



人数には制限があります。 今回ご希望に添えない場合は、次回以降、優先的にご案内をさせていただきます。(次回以降の期日は未定です)
指導・相談の前に、お子さんの特性やご家族のご希望について事前に、メールなどでお伺いいたします。
                                



白ゆり教室 関東地区 出張相談

1 期日   平成21年3月8日(日)  9:00~22:00

2 場所   秦野市(はだのし) 保健福祉センター 
        http://navi.city.hadano.kanagawa.jp/tiiki-f/f-center/index.html
        
        〒257-0054 神奈川県秦野市緑町16-3  (0463) 84-511
       
   (新宿から小田急線ロマンスカーで秦野駅までは、所要時間1時間弱となっております)

3 内容   

お子さんの特性に合った学び・育ちの場の構成について (就学・行動改善・学習サポートなど)
       
       (相談の中に、お子さんの学習指導を組み入れることも可能です)   

4 費用  1時間 (正味50分) 5,000円

5 指導者 白ゆり教室 石原 忍        




【現在までの申し込み状況 】
 
9:00~ 9:50 予約済
10:00~10:50 予約済
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今回の相談は、すべて予約済となりました。 次回以降の相談のご希望がありましたら、早めにお知らせください。 日程を調整して、優先的にご案内をさせていただきます。 (2/22)





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ご家族の力を引き出す 教育という名の仕事

 2009-02-20
先日、イチロー君のおばあちゃんが、大事そうに国語のテスト(漢字の50問くらいのテスト)を見せてくださいました。

2枚のテスト、確か、どちらも80点くらいでした。

こんな良い点数がとれるなんて、夢にも思っていませんでした、これも全部SHINOBU先生のおかげですと、涙目で伝えてくださいました。

でも、でも・・・

それ、私の力じゃありません


どんなに優秀な指導者であっても、週に1~2度、1時間や2時間の指導だけで、子どもの学力が、そんなにいっぺんに向上するわけはありません。

ただ、そんな風に、思っていただけること

ご家族に、希望の光が見え、もともと明るいご家族でしたが、そのムードが一層明るくなったこと

ご家族として、力を合わせる方向性が見えてきたこと

そういったことのシンボルに、私という存在がなっているだけだと思っています。


私はそのテストを見ると、点数なんかは全然気になりませんが、書字(認知)の特性や状況、筆圧など、内容的なことにやはり目が行きます。

う~ん、確かに進歩してるし、手応えは感じました


しゅう太君のお母さんは、最近、斜め系の文字が書け始めました、と伝えてくれました。

このお母さん、私が教室で使う 「十の画べえ」 自分で購入して指導しています。

たくや君のお母さんは、「十の画べえ」 、自分で作っちゃいましたし、ホワイトボードが認知に有効だと話すと、さっそく家庭で実践され、デジカメで写真を撮り、添付ファイルで送ってくれます。

REIKOさんも、イチロー君が使っていた20玉そろばんを、学校の個別指導の先生と連携して、効果的に活用していることを、私にメールで伝えてくださいました。

皆さんすごくて、私、負けそうです。


私、ご家族の教育力を高めることが、本職なのかも知れません。

なら、週1回90分指導でも、一定の効果は期待できます。

Aちゃんに有効な指導のエキスを、Bちゃんのお母さんに伝授する、さらにバージョンアップしたエキスをCちゃんに・・

こんな流れができればすばらしいですね。


こういう流れが、こ家族の活気につながり、子ども自身が成長の手応えを感じることにつながったのだと考えています。

すばらしいのは、本当に私ではなく、ご家族の皆さんの方なのです。

ありがたいことです。

私は、本当に幸せ者です。


毎回、指導の後で、ごほうびでイチロー君といっしょに、恐竜クラフトを作っていますが、先日お宅におじゃますると、それまでに作った数点の恐竜クラフトが、居間で大ジオラマに変身していました。

聞くとこれ、おじいちゃんのアイデアだそうです。

ステキですね、こんなご家族

子どもが、育たないわけがありません。

指導が終わると、おじいちゃんも含め家族全員で、見送ってくれます。

いつのながらの、最高の瞬間なのです。


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すべての指導者に大切な 「一期一会」 という指導感覚

 2009-02-19
私の教室には、遠くから通ってくださるご家族もいます。

どの方も、ネットでブログやHPをご覧いただき、勉強され、私の指導方針や理念にご賛同いただいた上で、相談にお見えになり、入会してくださいました。

日常生活の忙しい時間のやりくりをつけ、交通渋滞をくぐり抜けて通い、安くない費用のご負担をいただき、指導の時間は車の中で待っておられるご家族の方もいます。

高速道路を使って、通ってくださるご家族も何人もいます。

そのことを、私は心より感謝し、誇りに感じています。


このご家族の気持ちに応えなければ、人間ではないと、私は思っています。


どんなに忙しくても、どんなに疲れていても、1回1回の指導は、真剣勝負です。

自分自身で納得の行かない場合は、指導料金はお返しすることにしています。 (一度だけですが、子どもが泣いて固まってしまい、学習がストップしたことがあります。 その時は、料金はいただきませんでした)


どんな仕事でも、そうだと思います。

金額の多少にかかわらず、お客様に満足感を与えてこそ、初めてその料金をいただくことができるのだと考えています。

お金をいただいて、指導をさせていただくのは、そういうことだと思っているのです。


私の教室は、料金後払いです。

指導に不満足な場合は、その月の料金をいただけなくても仕方がないと考え、あえてそうしているのです。

自分では、満足してお支払いいただけないお金は1円だって受け取らないという、心意気を表しているつもりなのです。


でも、その心意気は、皆さん感じ取ってくださっていると思っています。


前回の指導の後、しゅう太君は、教室の玄関で深々と頭を下げ、「ありがとうございました」 とあいさつをして帰りました。

その様子を見たお母さんが、教室の掲示板に感謝の言葉を添えてくださいました。

こんなにうれしいことはありません。


子どもは口先の言葉では、ごまかされません。

その代わり、一つ一つの指導に込められた心意気や真心をしっかり受け止めてくれるのです。


いい加減な指導をしていたら、もう次は無いかも知れない。

1回1回の指導にかける、その覚悟や決心が、自分自身を育てていくのです。


これ、実は、公教育の方が厳しいはずです。

子どもや保護者の満足感や信頼を得られないのであれば、職を辞する、という覚悟で毎日の指導に当たる先生がいたら、まちがいなく、子どもの目は輝くはずです。

これは極論ですし、現実離れした考えです。

自分の心のありようとして、そういう気持ちをもつことは大切だと考えますが、それを外側から形式的に当てはめることはあってはならないと思います。


でも、その心意気は胸に秘めておくのが、指導者のあるべき姿だと、私は思いたい。


本物にはきっと子どもは応えてくれるし、そのことは必ず自分に返ってきます。


私の仕事は、やったらやっただけが、ダイレクトに手応えでも数字でも返ってきますが、公務員はなかなかそうは行きません。

公立の先生の中には、能力も理念も姿勢も実績も、私なんて足元に及ばない位すばらしい方と、現実にまったくやる気の無い方の、双方がいることも事実です。

「一期一会」 の感覚

無理なんですかね~ そんな先生には・・

この辺りも、構造的に、なかなかむずかしい問題です。


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あってもよいのではないか? 特別支援教育のセカンドオピニオン

 2009-02-18
発達面に課題のあるお子さんの成長のために、その学びや育ちの場を構成するのは、かなり高度な専門性と労力を要する内容です。

お子さんは日々成長をしています。

諸検査で出たデータやプロフィールは、重要な指標となりますが、それは限られた条件・統制された環境の中での客観的な数値であって、それですべての事が方向付けれれる絶対的なものではありません。

お子さんの行動面の課題一つにしても、それは現実の様々な環境の中で起こる出来事の一つであって、すべては関係性の中で起こる出来事です。

担任が変われば、関係も変わり、行動の内容も変化します。

そういった関係性の中でおこる様々な出来事が、子どもの特性(障害)のせいにされたり、問題がすり換えられてしまうことも、生活の中で絶対に無い事であるとは言えません。

それだけ特別支援教育の場の構成は、デリケートで、高度な内容であるといえます。


こうした学びの場の構成に、生涯子どもに寄り添って歩んできた保護者の意見は不可欠です。

私は指導の後、時間が許せば毎回、指導時間と同じくらいの保護者との連絡の時間をもっています。(とりたくてもとれないことも多いですが・・)

ここでヒントになること、気がつくこと、アイデアが浮かんだことは数知れません。

今の私があるのも、この保護者との連絡会のおかげと言ってもよいくらいです。


しかし、私でも、自信がなかったり、不安であったり、得意でない内容はたくさんあります。

だからこそ、私は断定的な言い方をせず、保護者と共に作る個別指導を標榜しているのです。

私の個別指導には、同業者も、同僚もいません。 だからこそ、パートナーは、お子さんの事を一番深く理解しているご家族の皆さんだと思っています。


学校の担任の先生にしても、保護者の方にしても、高度な部分・専門的な部分になると、迷うことも多いと思います。

支援級か、通常級か?

こんな判断に、絶対的な尺度は存在しません。

どちらの選択にも、光の部分と影の部分があります。


担当者にも、保護者にも、最終判断をしなければならない場面がやってきますが、その場合、支援級を進める方と、通常級を進める方の、双方の意見を聞いて判断すると、より深い判断ができるのではないかと思います。

こうした姿勢は、いわゆる専門家と呼ばれる先生方にも、ほしい内容です。

クスリの処方にしても、療育の内容にしても、ドクターや担当者によって温度は違います。

緊急性の高いこと、高度な専門的な内容については、医療にも、教育にもセカンドオピニオンは欲しいところです。


また、保護者側も、誰々先生の言ったことと、何々先生の言ったことが、微妙に違うことで、あまり不信感をもち過ぎないことです。

誰かに判断を丸投げするのではなく、重要な意見としてそれを聞き、最終判断は私が下す、というくらいの決意や覚悟も大切なことです。


特に、就学は、一時の選択だけでなく、選択後の内容の構成が重要です。

通常学級・交流学級の担任は、4月にならなければ分かりません。

この最も大切な条件をのけて、判断するのです。

その部分を想定しての、決断をするわけです。

教育は、とにかく人です。

場所ではないのです。


今判断に迷っているとしても、早々に現時点での判断をくださなければなりません。

そして、次の備えをせねばなりません。

可能な限り多面的な情報を整理し、決断し、次のステップを考えておく。


これまでの体験を通して、私はそうしたことが重要だと考えています。

お子さんのために、複数の方の意見を聞くのは大切なことだと思います。

そこから、運命の糸がつながることも、珍しいことではありませんから


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「マルチな刺激 + 楽しい学習」 で漢字のスキルを高める実践

 2009-02-17
最近、うちの教室の子どもに好評なのが、公文の漢字カード (下の画像) を使った 「マルチ感覚 フラッシュカード学習」 (命名SHINOBU) です。


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このカード、シンプルですごく使いやすいです。 1集から3集で、120枚のカードが販売されていますが、1000枚欲しいくらいです。 探して見つからなければ、自分で作ろうと考えています。

このカードの良いところは、特徴が強調され、わかりやすい絵に、さりげなく漢字が添えられているところです。

フラッシュカードのようにリズミカルにこのカードを提示すると、ほとんどの子は食いついてきます。

特に、普段、書字の細かい認知には苦労しているけど、マーク大好き系の子どもは、まさに水を得た魚のように食いついてきます。 小気味いいくらいです。

提示方法を工夫すれば、達成可能なスモールステップが刻め、自己の達成感が強化子となる、最高の学習パターンを構成できます。


もちろん、子どもは絵を見て 「山」 だの 「西瓜」 だの答えています。

まずは、それで十分です。

でも、このカード、しっかりと漢字が添えられています。

50枚のカードを勉強するのに、5分もあれば十分です。

私の教室に来る度に、毎回5分ずつ、このカード学習積み上げていけば、次第に漢字が読めるようになるとは思いませんか?


うちの教室の子の特徴は、やり方さえ分かれば、一度エンジンさえかかってしまえば、とことんその学習にのめり込むと言うことです。

一斉学習では乗り遅れることも多いですが、90分間、休憩なしでみっちり学習に集中している子もいれば、30分の学習内容を10分以内にかたづけるスピードタイプの子もいます。

でも、どの子も、やり方さえわかれば、スイッチさえ入れば、これまでの遅れを一気に取り戻すようなパワーをもった子どもたちです。

まさに、これがこの子たちの長所なのです。 これを生かさないテはありませんよね。


このカード、裏には漢字以外何も書いていません。

「絵の情報を、シンプルに記号化したものが漢字」 という見方もできます。

この追体験を子どもにさせるのです。

漢字を見れば、絵に描いている情報を先生と、日本中の人と共有できる!

漢字って、便利だなって思わせたいのです。


どれだけ時間がかかるかはわかりませんが、今このカードに取り組んでいる子は、近いうちに、漢字だけのカード (裏だけ) を見て、全部の漢字が読めるようになると思っています。

読めるようになると言うことは、その活動を通して、漢字の認知力は確実にアップします。

そのことが、どの程度次に生かされるか、個人差などもあると思いますが、この力が、私は書字スキルのアップにつながらないわけはない、と考えています。

これは、これまで子どもたちの育ちにずっと寄り添ってきて、経験的に実証されています。


子どもの育ちは 「 A → B 」 というように単純に行くものではありません。

クイズ番組で、1分で、徐々に風景の一部を変えられても、どこが変化しているのか? 分かりにくいことありますよね。

子どもの育ちにも、同じようなことがいえます。

昨日、しゅう太君のお母さんが、「最近、前は苦手だった斜め系の文字が上手に書けるようになったような気がします」 と伝えてくれました。

太郎君のお母さんからは、「昨日、指を使わないで一人で計算をしていました」 と、うれしい報告をいただいています。

子どもの育ちとは、こういうものなのです。

それこそ、マルチに感覚を刺激し、知らない間にその力が統合されていくのです。


だからこそ、自己イメージを低下させず、ミニマムスタンダードと呼ぶべき大切な基礎学力を、楽しく追求・達成できるような指導の工夫が求められていくわけです。

ミニマムスタンダードという枠で考えれば、文科省の学年別配当漢字なんてあまり気にしなくてもすみます。

私の教室から 「石鹸」 ってスラスラ書ける子が誕生するのでしょうか?

夢の広がる楽しい学習です。

こんな勉強もあってもいいとは思いませんか?

私の目指す長所活用型の学習スタイルの原点は、こんな所にあるのかな、って、今考えたりもしている所です。


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今日がブログの誕生日! 真に子どもに寄り添う 新しい時代の支援者へ

 2009-02-15
このブログは、1年前の今日、産声をあげました。

忘れもしない、花子ちゃんのお母さんがご相談に来られた日です。 その第1ページに、私は次のように綴っています。




今日,あるお母さんが相談に来られ,個別学習の支援を開始するお約束をさせていただきました。これまで,学校の教師として何人もの児童とかかわってきましたが,一民間人として指導に当たるのは,初めてのケースとなりました。お母さんの期待を感じているだけに,週に1・2回といった限られた機会の中で,どれだけのことができるのか,不安に思うことも少なくありません。しかし,逆に1年2年3年と継続的に,計画的に指導を積み上げていける利点もあります。特別支援教育の理念や理論を語る専門家は山ほどいるけど,それを具現化するのは容易なことではありません。子どもが集団の中で伸びていくために,個別にどんな指導をすればよいのかを,実践を通して明らかにしていきたい。そして,個別の支援を必要とするお子さんの保護者の希望が,現実の学校現場でダイレクトに実現できる道筋を付けたい。これが,子どもの育ちと学びに携わる者としての最後の夢となり目標となりました。その「はじめの一歩」が,今日スタートしました。






今読んでも、涙がこぼれそうになります。

花子ちゃんと、花子ちゃんのご家族との出会いがきっかけとなり、私のは目指すべき、具体的な大きな目標ができました。

この仕事、やればやるだけ即時強化で、ダイレクトに反応が返ってきます。

子どもは自分の育ちを肌で感じたときに、見違えるようにその表情が変わっていきます。

こうしたことを実感できる幸せが、今、私が生きている証そのものです。


先日紹介した、読売新聞の榊原記者は、 「真に子どもに寄り添った新しい時代の支援者」 という意味のことを伝えてくださったように、私には聞こえました。

それが、私に求められている姿なんだと、胸が震えるような思いで受け止めました。


私は幼稚園の時に母と生き別れ、小学校の時に父と死に別れました。

高校の時、ふとグラウンドで 「一人くらいさみしい子どもの心に寄り添える先生がいてもいいのじゃないか」 と考え始め、やがてそれの事が夢となり目標となり、私は実際に小学校の教師になりました。

教員採用試験の合格通知を受け取ったときの、湧き上がるような思いを、今でもはっきり覚えています。


種々の事情があったにせよ、これだけ夢であり、あこがれだった教師という仕事をやめた事に対して、後悔の念がなかったと言えば、うそになります。


この活動を初めて1年経った今、私は新たな希望と目標をもつことができました。

すばらしい学校の先生は、幾万人といらっしゃいます。

でも、今の私のような活動は、誰でもがやっているというものではありません。

今、私はこの道を歩むために生まれてきたのだとさえ、思うようになりました。


今日、私は百万アクセスまで、このブログを続けたいという、でっかい(滅茶な?)目標を立てました。

この1年で、どれだけの子どもと、そしてご家族と出会ってきたか分かりません。

人生捨てた物ではありません。

一期一会といいますが、広い世界の中で、ご縁があって巡り会えた子どもたちとご家族のために、何か少しでも、自分の力を役立てたい。


森の石松でしたか?

こんな気持ちで、命をつないだのですよね。

子どもに寄り添う新時代の支援者、なんてカッコよくなくてもいい。

ただ毎日、信頼してお子さんをあずけてくださるご家族の期待に、わずかでもいいから応えていきたい。


この仕事こそ、私に与えられた天職であり、何よりの喜びだと感じています。

今の活動をしていなかったら、私は精気もなければ、希望のない、ぼんやりとした生活を送っていたかもしれません。

ただひたすら、皆様への感謝の気持ちでいっぱいです。

1年間、応援ありがとうございました。

百万アクセス目指してがんばりますので、応援よろしくお願いします。


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学力のミニマムスタンダード (土台のくずれない確かな学力)

 2009-02-13
私は、指導の後での、ご家族との連絡の時間をとても大切にしています。

なぜなら、ご家族の願いに添った指導をすることが、何よりも自分の力量を高めることを、体験を通して感じているからです。


岡山の駅前の路地裏に、古くから続く中華料理の店があります。 どう見てもきれいな店では、ありません。 でも、昼には一杯で、行ってもなかなか入れません。

ここで餃子をたのむと、ご主人が、餃子担当の奥さん呼び、その場で餃子を包み始めます。

作り置きはしないんですか? と尋ねると、うちのは皮が薄いから、作り置きはでいない、との事でした。

その餃子の味は、絶品です。 たれも自家製で、その場で作ります。 萬珍楼も、聘珍樓も真っ青です。 私は、どこよりもここの餃子が一番だと思っています。

> そうでもしないと、こんな汚い店には誰も来てくれない

笑いながら、ご主人は応えます。

> お客さんに満足を与えて帰っていただくかどうか? 要はその1点です。 ここでしかできないものを私は作る・・

それ、私も同じです。 心の中で私は、そうつぶやいていました。


この教室を初めてやがて1年。

ご家族の方と一緒に作る学びの場・育ちの場をコンセプトにして、実践の最前線でお子さんに向き合い、ご家族と共に歩んできました。

今の私は、子どもたちとご家族に、大きく育てていただきました。

1年前とは、別人の自分がここにいると思っています。


実践を通して、整理できた内容もあります。

それを概念化した言葉が、「学力のミニマムスタンダード」 というものです。


お子さんの幸せを考えていく上で、学力を、生きていくためのどうしても必要なエッセンスと、多面的に広く人や文化に接する内容との、双方向で追求していく形がよいのではないか、という考え方です。

そのためには、集団の中での学びの場と、お子さんの特性に対応できる高度な専門性をもった教育の場と、2つの軸が必要です。

その割合は、お子さんの特性や段階によって異なります。

まずは、集団の中に育ちの場がしっかりあること

そして、個々の特性に応じて、基礎の基礎から、がっちり継続的に積み上げていく学びの場が必要です。 この基礎の学力を、ミニマムスタンダードと呼んだら良いのではないかと思っています。

私が、お母さん方と、手作り餃子みたいにずっと追い求めてきたのは、このミニマムスタンダードと呼ばれる内容であったわけです。 どんなに時間をかけても、くずれない大切な力を育てていくこと、その営みを私は、学力のミニマムスタンダードと呼ぶことにしたいと考えています。


今日、太郎君のお母さんからメールをいただきました。

太郎君、家庭生活の場面で、乾電池を使ってたし算をしていたそうです。

やるね~、さすがは太郎君だね、

君の育ちは、みんなの希望の星です。

乾電池の使える太郎君なら、きっと道は開けると、私は信じています。

ミニマムスタンダードとは、そういった力を育てていくことです。

それと同時に、みんなと共に学び・体験し・場を共有し、語り合い、ふれあい、見つめ合うといった社会的な体験も、子どもの成長・発達には必要です。

どちらがよいか、ということではなくて、その双方が重要なわけです。

特別支援教育を考えていくのなら、割合はともかく、集団の育ちと、特性に応じた専門的な指導、この双方の軸は絶対に不可欠です。


これは、実践を通して、私のたどりついた今の私の一つの結論です。

この先、どんな方向に進んでいくのか、それは私にもわかりません。

それは、子どもと共に、みなさんと共に、創り上げていくべき内容だと思っています。


今日の指導で、太郎君の乾電池のことを、思いっきりほめてやろうと思っています。

どんなことが大切なのかを示し、きちんと評価してやるのも、指導者の大切な役割です。

大切な事を厳選し、子どもの特性に寄り添い、あの手この手で多面的に積み上げていく指導は、いわゆる長所活用型の指導の原点です。

先に基準があって、できないところを重点的にしごく短所矯正型指導より、よっぽど楽しい指導法です。

学校の中に、一人くらい、その子の特性に寄り添って、長所活用型の発想でプログラムを組める方がいてもよいのではないかと思いますが、いかがなものでございましょうか?


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フランスの少子化対策の真剣度と英断 (してやってる感覚の抜けない日本の行政の大いなる反省点)

 2009-02-12
先日の研修会で、読売新聞東京本社 榊原智子記者の 「フランスの育児支援策から見た日本の子育て支援」 という内容の講演を拝聴しました。

ジャーナリストの方の講演と言えば、先日の品川裕香さんの講演もすばらしかったですが、榊原記者の講演も私の心に、大きなインパクトを与えるものでした。

データに基づき、必要以上な大げさな表現は控えながらも、その言葉の一つ一つに深く・そして熱いメッセージが凝縮されているような講演でした。 この方、まちがいなく本物です。 私の向かうべき方向を、明確に示していただいたように思っています。


結局、日本とフランスの子育て支援・少子化対策の何が違うかと言えば、行政の真剣度と基本的なスタンスの違いです。 


すべての方がそうだとは言いません。 心をこめてお仕事されている行政関係の方、政治家の方には心から敬意を表し、期待もしています。

しかし、たくさんのお母さん方が、行政機関・関係機関の上から目線、あまりにも冷たい対応、心を踏みにじられるような言葉に、傷つき涙を流してきたことを、私は知っているのです。

「そんな希望が通るなら、誰だって申請しますよ」

ある機関の相談員は、保護者の方にそう言い放ったことを、私は決して忘れることはできません。

横で聞いていた私は、ついに堪忍袋の緒が切れて

「では、あなたは、個々のニーズに寄り添う特別支援教育の在り方をどう考え、何を目指して取り組んでいるのですか?」 と尋ねると、その方は急にシュンとなって、か細い声で 「上に聞いてください」  の一言・・ 

本当に情けない思いをしました。


では、榊原記者から聞いたフランスの子育て支援の中身をかいつまんでお伝えします。

まず、公立学校は、外国人の子どもであっても誰であっても、大学に至るまですべて無料。 しかも、新入生には、ランドセルや文房具を買うための費用も国から支給されるそうです。

日本人の子でも、フランスの学校に通うと対象になります。

また一人親支援として、バカンス手当なるものが支給されるそうです。 一人親にも、いや一人親だからこそバカンスで気持ちをリフレッシュする必要がある。 そのことがひいては、国の活力につながる・・

何という発想の違いなのでしょう? 

また、パリには、母子支援センターなるものがあって、保育士・カウンセラーなどが、常駐し、いつでもサポートを受けられるばかりでなく、放課後児童(いわゆる学童保育)や長期休業中などのすきま支援も完璧だそうです。

子育てにはその隙間が大変なこと、私も多くの方から聞いています。

諸外国のデータでは、女性の就労率の高さが、子どもの出生率と相関しているのです。 つまり、働く環境が整ってこそ、出生率が向上するわけです。

フランスの公立保育園、赤ちゃん2ヶ月半から受け入れです。


これも、それも、社会の 「本気度」 が全然ちがうわけです。


特別支援教育にも、まったく同じ事が言えると、私は思います。

やれ予算がない・・ 前例がない・・  公平性がどうのこうの・・・

そんなのばっかりじゃありませんか?

要は本気でやる気がるかどうか? その1点にかかっています。


このブログに参加されているご家族の方には、不可能を可能にしてきた方がゴロゴロいます。

みんな、とっくに自分の事は捨てています。 

優しい心があるから、子どものためならばと、自分をあえて鬼の役割に仕立てているのです。


神原記者は、講演を 「従来の枠にとらわれない、真の保護者ニーズに寄り添える先生の活躍を期待しています」 と結びました。

勇気ある発言です。

信念のない方には、こうした言葉は生まれません。

この一言が、それまで私の心の中でためらいみたいなものを、きれいさっぱり拭い去ってくれました。

心なのかで、何かに火がついたのを、はっきりと感じ取っています。

さっそく、帰りの新幹線の中で、新しい取り組みのビジョンが膨らみ、ある方にメールお願いをすると、それを機会にとんとん拍子に物事が前に進んでいく感じです。 とても楽しみになってきました。 時期を見て、みなさんにも報告するつもりです。


私のやっていることは、ほんのささいなことです。 決してたいそれたことをしているわけでは、ありません。

でも、その本気度はMAXです。

何はできなくとも、この本気度が、何よりも大切なことだと考えています。 本気であれば、そこから新しい何かが、必ず生まれてくるものです。

通常学級での受け入れについても、先生方の本気度があるかどうか? それが何よりのポイントになります。

子どもの育ちが、以後の社会にどれだけの活力を産むか、どうして理解できないのでしょう?

社会に世話になって生きるのではなく、社会に貢献できる子に育てるのですよ。

その社会の費用対効果は、抜群です。 必ずリターンのある、未来社会への積極的投資です。


榊原記者の報告によると、GDPにおける日本の予算配分は0.6%=3兆円、フランスは2.8%で7兆円だそうです。 フランス並みの支援にするためには、10兆円という試算があるようです。

公共事業のシフトチェンジの流れを作って行かなくてはなりません。


小手先の、してやってる支援? なんか、もうたくさんです。

誰かと比べることはありません。

自分の持ち味を生かして、本気度を示せれば、それでいいのです。

そのことで、きっと何かが動く、そうでなければ何も動かない。


榊原レポートに大きな拍手を送りながら、私は強くそんなことを感じているのでありました。



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心が人を動かし 人を変える (海よりも深い家族の思い)

 2009-02-10
今日、このブログも 100,000 アクセスを迎えました。

私は、このブログへの1つ1つのクリックに、お子さんの育ちや学びに対するご家族の真摯な願いが込められていることを誰よりも強く感じており、一つの大きな節目を皆さんと一緒に迎えられたことを、とてもうれしく思います。

と同時に、何とも言えない何か深く熱い思いが、自分の心の中に流れていくような、とても不思議な感覚を、今感じています。


昨日、Reikoさんのご家族と、東京のあるホテルでお会いしました。

保育の研修で東京(千葉・舞浜)に来ている私に会いに、他県からわざわざ家族4人で会場のホテルまでお越しくださいました。

そのReikoさんのご家族は、私以上に 100,000 のアクセスのことを喜んでくださっていました。


研修を終えた午後6時から、3時間以上、お子さん2人、ご主人・お母さんといっしょにホテルのロビーでいろいろとご相談を承りました。

一つの節目を迎えようとする大切な日に、ブログを通して通じ合えたご両親と、そしてその愛情を一身に受け心健やかに育っているお子さんと、その学びや育ちに共に向き合う時間をもてる・・

こうした志をもつ者にとって、これ以上の幸せな瞬間はありません。


これは、偶然でも何でもなくて、ご家族の凛とした意志がそこにあったからに他なりません。

いいかげんな気持ちでは、現実に、何百キロも離れたご家族と、私がお会いすることなんて出来ないはずです。


お子さん二人、それは心豊かに育っておられました。

そのご両親の姿勢が、子どもの心に届かないわけがありません。


私が、小学校に在職していた当時、自分の命を捨てて、ただ子どもの幸せのために生きている校長先生と出会いました。

> 私、とっくに自分の命なんて捨てていますよ

私には、平気でそんなことを言っていました。 その言葉の意味するところを、私は日々感じとっていました。

Reikoさんの瞳は、その校長先生とまったく同じ色に輝いていました。


10年ほど前、私は癌で手術を受けました。

有難いことに転移がなく、現在では、そのリスクは大きく軽減しました。

私と同年齢の友人は、教員の仕事と共に、少年合唱団の育成や指揮をライフワークにしていました。

彼も私と同じ病にかかりました。 

彼は、最期の最期まで弱音の一つも吐かず、もう一度タクトを振りたいと言い続け、そして旅立ってしまいました。


後に、私が人間ドックに行ったとき、担当の先生が私にこんなことを伝えてくれました。

> SHINOBUさん、あなたは、もう死んでいて何の不思議もありません。 これは、きっと生かされている命ですよ。 誰かがあなたを必要としているから、神様がもう一つ、命をあなたに与えたとしか思えません。 もう、あなただけの命ではないと思います。 その誰かのためにも、その命を大切に使ってくださいね・・

どうして彼だけが・・

そう思うと、目頭がまた熱くなりました。

苦しい時期には、俺なんかあのまま死んでおけばよかったなんて、本気で考えた事もありました。


Reikoさんとのご相談は、話せば話すほど、その内容は尽きませんでした。

朝までも、ずっとずっとご家族のお話を伺っていたいような気持ちになりましたが、そういうわけにもいきません。

相談に区切りを付けると、私は別のホテルに滞在していましたので、ご家族はホテルの外まで私を送ってくださいました。

私の姿が見えなくなるまで見送ってくださる、その視線を背中に感じながら、私は、こうしたご家族の皆さんが、私の命そのものを支えてくださっていることを、しっかりとかみしめることが出来ました。


何らかの形で、ご家族の願いに添う形を作らなければならない。

それが、私が生きている証そのものであるわけです。

心が人を動かし、人を変える。

伏見高校ラグビー部の生徒が、山口先生に命を吹き込まれたように、私はこうしたご家族の皆さんに命をいただいている・・


朝、ホテルのチェックアウトの時、私の部屋の番号がボードに掲示されており、何と5000円のキャッシュバックプレゼントをいただきました。 速攻、フロントで現金をすぐに受け取りました(笑)

一定のポイントがたまったということらしいですが、私にとっては記念の日の朝に、とっても幸先がよく、縁起がいいものです。

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私は、自分の中で何かが変わり始めているのを、はっきりと感じています。 朝4時に起きて、ブログの原稿を書き始め、9時の研修会のスタートに駆け込みましたが、つらくも何ともありません。

研修会の隣の席の方は、研修が始まるや否や、お眠りになっておりました(笑)

私は、朝食バイキングをいただき、元気モリモリ、眠くも何ともありません。

誰かが、何かが、私に大切な命の息吹を吹き込んでくださっているのです。


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豊かな学びを支える友達とのつながり (太郎君とのりかちゃんとの実践より)

 2009-02-09
まずは、下の画像をごらんください。 先日の太郎君の指導時間、いっしょに勉強したクラスメイトの のりかちゃん(仮名)の登場です。 楽しそうな様子が伝わってくるようでしょう?

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これは、宿題の本読みを一緒にしている場面です。 のりか
ちゃん、SHINOBU先生も真っ青の見事なサポートぶりです。 
太郎君の横顔から、学習のステージにしっかり乗っているこ
とが伺えます。 協同学習・ピアサポートの原点がここにあり
ます。



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これは、漢字カルタの活動場面です。 のりかちゃんはクラス
でも優秀な子です。 しかし、この漢字カルタでは、何と太郎
君が勝ってしまいました。 正直、私も信じられませんでした。
ここに大きな可能性を感じるのは、私だけでしょううか?
マンツーマン個別指導だけでは、できないものがここにありま
す。



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勉強後のお楽しみタイム。 この日は工作で、のりかちゃんも
飛び入り参加です。 太郎君は、牛乳パックで作る乗り物を、
のりかちゃんは、かわいい動物を選びました。



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二人とも、超真剣モードで工作をしていました。SHINOBU先
生は、材料・道具係です。
学童保育のおやつの時間まで取り組み、続きはまた次回、と
いうことで、切り替えもちゃんとできました。


太郎君が、保育園から小学校へのステップを登るに際して、こののりかちゃんの果たした役割を抜きに語ることは出来ません。

もちろん、クラス編成の時に、担当保育士の配慮があったわけですが、担任の先生もできないこと、私たちにもできないことを、こののりかちゃんが請け負ってくれたのです。

太郎君の行動改善に向けて、私は、何度も何度ものりかちゃんにお願いをし、連携をしてきました。 今回は、太郎君の宿題にかかわる課題を解決していく作戦のために、またのりかちゃんに登場していただいたわけです(笑)


のりかちゃんは、以前から 「SHINOBU先生の教室で勉強したい」 ~っていう希望を持っていましたから、今回も喜んで一緒に勉強をしてくれました。

こうした表現は、適切ではないと思いますが、下手な先生より、のりかちゃんの方が太郎君の学習サポートは、たぶん上手です。


学級担任の先生の体は一つしかありませんよね。

でも、担任の先生は、学級作りをきちんとし、学び合いのスタイルを子どもに示し、評価のシステムと信頼関係を構築すれば、子ども同士の教育力を最大限に引き出すことができるのです。

のりかちゃん自身も、こうした活動や体験を通して、多面的・総合的な学力のベースを培ってきたに違いありません。

私が以前、脳性マヒのお子さんのいる学級担任であったこときに、その子を取り巻くクラスの子どもたちにどれだけあたたかく、豊かな体験や学びが構成されたかを、日々肌で感じる毎日でした。 この子はクラスの宝物と、何度も何度も感謝する毎日でした。


ただ通常学級にいれば育つというものではありません。

少人数や個別指導の学級に入れば、それでよいというものでもありません。

それは、大切ではあるけれども一つの枠組みの話であって、大切なのはその中身の話であるはず。

その中身の根本は、その子の教育的なニーズにあった教育を実施すること。

特に、発達面に課題のあるお子さんの場合は、義務教育までの期間が、発達の特性という面からも、その後の教育の機会の保障という面からも、極めて重要だと考えます。

こうした教育の費用にかかわる費用対効果は、諸外国の多くの研究から実証されています。

必ず元のとれる社会投資だと、私は信じています。


義務教育の運営に一定の基準が必要なことは、理解しているつもりです。

ただそれが、子どものニーズに添ったものであることが重要です。

集団の中にしっかりと居場所があり、共に育つ方向性があり、それでいて特性に合わせた高度な専門的な指導が受けられる機会を、それを必要としている子どもたちに保障したい。

私は、実践を通して、そうした社会の流れをつくるお手伝いをしたいと考えているのであります。


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やさしくなければ強くはなれない! 母が子どものために出来るという事

 2009-02-08
昨日は、元伏見高校ラグビー部監督、山口良治先生のご講演を拝聴しました。

荒れ果てた高校、伏見高校の新任教師として、真摯に生徒と向き合い、花園高校との練習試合で112-0で負けた事からスタートし、その高校を4度の日本一に導いた監督。

県外選手も、スターもいない部員を、夢と根性で生き返らせ、スクールウオーズのモデルにもなった皆さんご存じの名監督です。

今は、岡山のある大学の 「学監」 という立場で、毎週、岡山に来られているそうです。


印象に残る言葉が、いくつかありました。

中でも、講演終了後の質問タイムで出たこの一言


> 人間、自分のためだったら力が出ないものです

> 試合に出られない、補欠のメンバーのためのことを思えばこそ、人間、全力で、命を懸けてのプレーができる。

> そういうやさしい心がなければ、本当の強さは身につかない


> 人間、最初から逃げ道や、言い訳を作って、それで夢がかなうわけがない

> 苦しいのは、決して自分だけじゃない

> そのことに気づき、真っ正面から向き合った者にこそ、道は開かれる

> 心の持ち方一つで、結果はどうのようにでも変わる


> 勝ちに不思議の勝ちはあれど、負けに不思議の負けはなし

> 必ずそこには、目指すべき方向があるはずだ


表現は、少しSHINOBU風に脚色しているのではないかと思いますが、私にはそんな風にメッセージが伝わってきました。


人間、自分のためには力が出ない、というのは本当だと思いました。

このブログも、何人かのご家族の心の支えになっていると、感じればこそ、やりがいをもって続けることができているのです。

大変だけど、苦労と感じたことはありません。

よくも毎日毎日、記事が書けるなと、自分でも驚いているくらいです。

このブログも、見方を変えれば、私ではなく、読んでくださる皆さんが、私を記事に向かわせているのです。


最近、少し忙しくなり、先日の指導の前に、花子ちゃんのお母さんから、「先生、お疲れの時は、少しくらい時間を早めに切り上げてください・・」 と言われました。

確かに、花子ちゃんやお母さんとは、絶大な信頼関係ができていますから、お宅に伺う車の中でちょっとほっとして、疲れが顔に出てしまいました。 やばい、こりゃばれるかも、と思っていたら、5分後には、しっかりお母さんに指摘されてしまいました。

でも、1度指導が始まると、私はよみがえります。

1年前とは別人になった花子ちゃんが、そこにいますから。

これまで行ってきた指導プログラムを、大幅に変更しなければならない時期になってきました。

花子ちゃんの成長に大切な役割を果たしていると感じればこそ、それは苦労でも何でもなくて、大きな私の活動エネルギーとなって、私を生き返らせるのです。

予想通り、指導前より、指導後の方が、明らかに私のテンションは昂揚していました。

人間でこういうものです。 

心のありよう一つで、できる苦労もあれば、できない苦労もあります。


発達面に課題のあるお子さんの子育て

想像を絶するご苦労があること

それは、私は私なりに、これまで多くの方とお子さんとご家族に向き合ってきましたから、自分では十分理解をしているつもりです。


最初から逃げ道作ったら、結局苦しむのは、お子さんであり自分です。

心の持ちよう一つで展開は、必ず変わります。


自分のためなら、がんばれることにも、限界があるはずです。

でも、人のためなら、子どものためなら、がんばることができるものです。

ベンチにいるメンバーのために、そして今、自分が何かが出来る、そう感じたときにこそ奇跡は起こるのです。


多くの苦労は、自分に出来ることが見えない苦しさ、やっていることの手応えが見えない苦しさであり、その苦労そのものではないはずです。

自分の苦労が、お子さんの幸せに少しでも役立てると感じることが出来たなら、そこには大きなエネルギーが生まれるはずです。

今が苦しい暗闇の中であるなら、ちょっとだけ、そこから抜け出す努力をしてみましょう。

とてつもなくそこが深い闇のように感じていても、一歩そこを抜け出すと、展開変わることは多くあります。

かすかであっても、遠くに希望の光をみつけ、この道がそこにつながっていると信じることができたなら、それがたとえ百万里の道程であったとしても、そこに子どもがいる限り、母は歩み続けることができるのです。

母が強くなれるのは、そこにやさしさがあるからに他なりません。

やさしさがない人は、決して鬼母にはなれません。


苦しいのは、歩むことの苦しさではなく、道が見えない苦しさです。


私はみなさんと、今、その道を一緒に見つけようとしているのです。


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欠くことのできない 保護者と指導者との学習内容の連携

 2009-02-06
りょうま君(=仮名 小3)は、1月から私の所に通ってきてくれるようになりました。

事前の相談の時にお母さんから、「ひらがなの1文字ずつのマッチングが、だんだんとできるようになってきています」 と、伝えていただいきましたが、第1回目の指導の時に、試しに 「あいおうえの電子ボード」 を使ってみましたが、なかなか思うように学習が成立しませんでした。

そこで、お母さんに、「これまでにどれくらいの言語を具体的に身につけているか教えてください」 と尋ねると、下の画像のようにレポート用紙2枚に整理して郵送してくださいました。

そして、家庭で使われていた具体的なひらがな見本もいっしょに同封されていました。


> これならイケルかも知れない

先日ビックカメラで買った、型はめ式のひらがな積み木も強い味方です。

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作業的な課題が済み、ひらかな学習コーナーへやってきたりょうま君、

前回は、 「ひらがな電子ボードで遊んでいる」 レベルの活動にとどまっていましたが、今回は明らかに反応が違います。

「えんぴつ」の4文字をりょうま君に手渡すと、4文字の枠にパチリ、パチリとえんぴつの文字を次々とはめ込んでいきます。

この木の枠に、積み木をパチリとはめていく感覚が、りょうま君にとっては、とても心地よい刺激になっているようです。 ビックカメラの積み木もなかなかやるものですね。


りょうま君みたいなタイプは、活動のコツさえつかめば、次々と課題をこなしていくことが多いようです。

この日は、私の予想をはるかに超える量の課題を、見事にこなすことができました。


調子にのってパソコン版のコミュニケーションボードにトライしてみました。(3つめの画像)

りょうま君、まだマウスの使い方になれていませんが、「りんご」 を押して 「りんご」 と音声がクリアに返ってくるコミュニケーションボードの関心はなかなか高いようです。

今はまだまだその機能を十分に果たしているとは言えませんが、やがてこのコミュニケーションボードは、私とりょうま君との心をつなぐ大切な道具となっていくように感じました。


現段階で、私とりょうま君との言語コミュニケーションが、十分に成立しているとは言えません。

しかし、活動の満足感・達成感は前回より確実に向上しているので、非言語の通じ合いは、私もりょうま君もしっかり感じています。


> りょうまは、ここの勉強が気に入っているみたいです。  高速道路から降りる時、ここの教室にくるのが分かっているみたいで、うれしそうでした。 嫌な所へ行くときは、こんな顔をしません。


最初の1歩は大切です。

私もりょうま君好きになったので、そういうことは言語が少ない子ほど敏感に感じるものです。

これもそれも、お母さんの情報があればこそです。

まず先に、私とお母さんが相互の信頼でつながったことが、この日の学習構成の基盤となったのは、まちがいのないことです。

ひらがなみほんやひらがな積み木、私とお母さんがつながっていなければ、今日のこの日に間に合っているわけありません。


ちなみに、もうひとつ効果を期待したマークのパズルは、思いっきり空振りに終わりました。

う~ん、こういうことがあるから難しいし、奥の深い物です。

児童理解と教材開発に終わりはありません。

だからこそ、保護者との内容連携は必要なのです。


明日は、たくや君の指導の日です。

情報は昨日、お母さんからたくさんいただいています。

さて明日のチャレンジが、どんな展開になるか?


私と保護者の皆さんとの二人三脚の学習指導は、こうして綿々と続くのでありました。


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通常学級での学びと個別支援  その内容・目的・方法の精査

 2009-02-05
昨日巡回相談でおじゃました小学校は、週3時間モジュールの時間を設定し、漢字学習や計算、辞書引きなど、基本的なスキルを育成することに重点を置いた教育を行っていました。

学校での学習には、体験的な学習、知的好奇心を育てる学習、創造的な学習、問題解決的な学習など、様々な内容が含まれています。

しかし、その中で本当に大切な内容、いわゆるファンダメンタルな内容は、「読む」 「聞く」 「話す」 「書く」 「伝える」 「数える」 「作る」 といったようもので、たくさんの教材を使いながらも、鍛えていく・育てていく力そのものは、そんなにたくさんあるものではありません。


私、自慢じゃないですが、原子記号や化学式、昔習いましたけど今じゃ全然わかりません。

ほとんどの内容をきれいさっぱりお返しいたしましたが、その中で本当に大切な部分だけは残っていて、今の私の活動にも役だっているのだと思います。

漢字や計算、毎日そんなことばっかりやるのも、学習に方向感がありません。 

新しい事、未知の文化を、子どもたちに示すことも学校教育の大きな役割です。 こうした内容は、友達と共に通常学級で体験させてやりたい内容です。

一方、みんなと共に取り組んで行きながらも、それぞれが自分のめあて・目標に向かってスキルアップしていきたい基本的な学習というものがあります。 ここには、何らかの個別サポートがほしいところです。


昨日、巡回相談が終わった後、イチロー君の個別指導に伺いました。 昨日はイチロー君の誕生日でもありました。

繰り上がりの足し算の指導を行いながら、私、イチロー君の数学的な処理能力を鍛えていくための課題分析をしちゃいました。

どれだけ時間がかかるかはわかりませんが、私、絶対にイチロー君に、日常生活に困らない数学的な力を付けたいと思っています。


そのために、これからステップを刻んで育てて行こうとする内容は以下のようなものです。

① 1~100までを順に正確に、無理なく数えられるようにする。 (今やっているすごろく・数え棒ゲーム あと30回もやれば、かなりスキルアップすると考えています)

② 脳のワーキングメモリーの保持がやや苦手なので、できるだけマッチングなどショーターンで処理できる課題を用意して、徐々にそこを鍛える。

③ 「4+4は8」 と機械的に記憶している物もあるので、「一位数」 + 「一位数」 の中で、暗記しやすい物、覚えやすい物を中心に、そのレパートリーを増やす。

④ 数を量としてとらえる感覚を鍛えるため、本人にとってわかりやすい指の操作を、毎回どこかで取り入れるようにする。

⑤ 現在、使っている20玉そろばんの操作性がやや不正確なので、毎回続けて使用していくことで操作性のスキルを高める。

⑥ 当分は、あえて本人のやりやすい継次的な方法で数処理をさせ、一定の定着が確認できた段階で、視覚認知・数の合成分解といった数理的な処理を徐々にミックスし、そのよさを体感させる。

と、まあこんな感じです。


こういうことは、個別支援でなければできませんよ。

ここまで、その子に合わせた課題分析ができるようになるためには、一定の時間が必要だし、知識や経験も必要です。 でも、ここまで見えれば、半分できたようなものです。 指導の中で、体験を通して子どもは成長しますから、遠くても道筋さえみえれば必ずゴールできます。


現段階では、学校に個別支援の文化が、完全に定着しているとは言えないと思います。

でも、設計図と方法さえ示せば、ボランティア先生でも、大学院生でも、お母さんでも、きっと喜んで取り組んでくださると思います。

イチロー君のご両親にも、指導の後、いつも時間をとってその日の様子をお伝えしています。 毎回教材研究をご両親と一緒にしているようなものです。

宿題のようす、学校での取り組みなどいろいろな情報が入ってきます。


マンツーマンにはマンツーマンの良さはありますが、でもマンツーマンにすればそれで万能というわけでもないのです。

そこには、内容・目的・方法の精査は不可欠です。

そこをするのが、教育のプロである学校の先生の専門性が最も発揮される場だと私は思います。


私、学校で繰り上がりのできない子を見かけると、心の中で、教えたいという炎がメラメラと燃え上がってしまいます。

私より何倍も算数指導に詳しい先生って、学校にはいくらでもいます。

その先生が設計図書いて、大学生ボランティアが指導するなんて形も、あってもよいのではないでしょうか?


昨日、巡回相談が少し長引いて、イチロー君のお宅におじゃましたのは6時過ぎになってしまいました。

イチロー君、体調が悪くて昨日はお休みしていたのに、6時まで何度も外に出て私を待ってくれていたようです。

この日も、指導の中で、いろいろな手応えや気づきがありました。

そのことを何よりも敏感に感じているのは、イチロー君自身です。

アンキロサウルスのクラフトも楽しみなのですが、本当は、算数ができるようになることが1番の願いなのです。

この頃 「おれ、頭悪いから~」 と言わなくなりました。

指導が終わり、お母さんの手作りケーキを一緒にいただき、外に出るとまたぴょんぴょんはねて、とってもうれしそうでした。


算数、イケルかも

言葉にはしませんでしたが、その感覚はイチロー君にも伝わっているのです。

何ともいえない心地よい感覚を味わいながら、私は家路につきました。


きっと、全国いろいろな学校で、すばらしい教育実践が始まっていると思います。

本当に子どものベースとなる基本的な学力をつけていくための、生きた取り組みの輪が、全国に広がってほしい。

私は、そう願わずにいられません。


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かれんちゃんに 「せんせい」 と呼ばれる最高の幸せ!

 2009-02-04
昨日は、かれんちゃん (ダウン症・3歳)の 7回目のセラピーでした。

ありがたいことに、前回から45分の時間を、倍の90分にさせていただき、その日の展開に合わせて柔軟に対応できるようになりました。


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巻き取りが吹けるようになったかれんちゃん 
彼女にとっては 意味のある 大きな一歩です


この日の私のテーマは、「ごっこ遊びを中心に、日常レベルのコミュニケーションを定着させる」 というものでした。

アンパンマンの自動車でもいい、ままごとでもいいので、何かをきっかけに 「模倣 → 強化 → 活動そのものの楽しさ」 と発展させることができたらと思っていました。

非言語系コミュニケーションの手応え (簡単に言えば先生が大好きという感覚) はつかんでいましたので、それがどこまで発展するか、ひそかに楽しみにしていました。


先日ネットで買ったままごとセットが届いていましたので、これを使って遊びました。

「いただきます」 「おかわりください」 「パクパクパク」 「あ~おいしかった」 

私が先にやってみせると、かれんちゃん必ずやり返します。

人が見れば模倣に見えますが、かれんちゃんは大まじめに自分でやっているつもりです。

これは、プライミング効果と言って、インプットされた情報が即座に行動化される、小さい子特有のメカニズムとして理解してよいのではないでしょうか? (私の勝手な解釈です)


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まずは、このリアルな 「もも」 をお料理します


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先生がお手本でちょっとやってみせると もう自分でやりたく
なってしまいます 「パクパク」 (ここがテクニック!)


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上手に盛りつけをして 「はい ど-ぞ」
ちゃんと私に差し出してくれます (これも私の模倣から)


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おかたづけだって ちゃ~んとできます
ごっこ遊びは、子どもの夢をかなえる営みです


このおままごと、かれこれ30分くらいやったでしょうか?

このあたりから、かれんちゃんの顔つきが変わってきました。 そして、ついに私のひざの上に乗ってくるようになってきましたので、ここだと思い、私は耳元で言語による応答コミュニケーションをチャレンジしてみました。


> かれんちゃん~  (小さいけどクリアな声で 「はーい」 と聞こえました)

> ばんざ-い    「ばんざーい」

> ねんね~     「ねんね~」

> いやいや~    「いやいや~」


驚くべきことに、見事にレスポンスがあります。 この日のスタートは前回よりも、ちょっと目が三角でしたが、ここに来て目がまんまるになってきました。


でも、ここまでは今までに使っていた言葉

ならば、 「せんせい」 は、どうだろう?

ふと、私にそんなたくらみが思い浮かんできました。 計画の段階では、考えもしていませんでした。

SHINOBU先生と呼ばせたいが、そりゃちょっと長すぎるので、 「せんせい」 ならイケルかも知れない。

調子に乗って私、かれんちゃんの耳元で 「せんせい」 と呼んでいました。

すると・・・

ちっちゃい声だけど、とってもクリア発音で 「せんせい」 って呼んでくれました。


今まで何万回先生と呼ばれたことかわかりませんが、もしかしたら、かれんちゃんにとっては生涯初の 「せんせい」 なのかも知れません。

現時点で、かれんちゃんに 「せんせい」 という概念がどんなものに位置づけられているか、それはわかりません。

でも、 1度 「せんせい」 と呼ばせたからには、これからいくらでも肉付けをして、この言葉に意味をもたせることは可能です。

私、感激して、またもや涙腺がゆるんでしまいました。


かれんちゃんが 「せんせい」 と言うと、私はその度に大好きな 「高い・高い」を、何度も何度も繰り返してしてやりました。

おにごっこしても、ケラケラと笑い、本当に楽しそうです。

何とかそのすばらしい表情を写真にとって紹介を! と思ったのですが、カメラを構えると、あの天使の笑顔は見せてくれません。


ポケットにカメラをしのばせ、だっこしながら何とか撮った1枚が下の画像です。

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「だっこして 何とか撮れた 天使の笑顔」


追いかけっこ 楽しくできたのも大きな収穫です。

何度もだっこしたり、高い高いをしたので、正直もうくたくたでした。

時間が来て、お母さんが教室に入ってきて、何度も 「せんせい」 と言っているかれんちゃんを見て、目を丸くされていました。


行動を般化させるためには、日常のスト-り-の中での心の通い合いが必要だと、私は思っています。

「言語コミュニケーションの苦手な子ほど、人の心を感じる感性が豊かで鋭い」 というのが、体験を元にした私の持論です。

私は味気ない、単なるテクニカルの強化は嫌いだし、そういうことをする気はありません。


だって、コミュニケーションは心を通わすための手段ですよね。

心の通わないコミュニケーションに、一体どんな意味があるのでしょう。

通い合う気持ちがまず先にあって、そこにコミュニケーションが必要となるのです。


私は、ままごとの楽しい時間があり、私のひざの上に乗ってきたかれんちゃんがいたからこそ、今日の 「せんせい」 があったのだと思っています。

この日の指導が終わった後、かれんちゃん楽しかったのか、なかなか帰ろうとしません。仕方がないので、私が先に教室の外に出ると、ようやく くつを履き始めました。

こんなとこ、大好きです。 心つながりますよね。 よ~し、次の指導、また工夫してがんばろうって、思いますよね。 人間ですもの。 コミュニケーションのベースは、こういうところにあるのです。


れんちゃんは、私と同じ3月28日生まれ

やっぱりこれ、運命の出会いなのかあ~

うちの教室の子って、どうしてみんなこんなにかわいいんだろう?

私、本当にありがたいと思っています。

※ この実践記録は、適切な教育によるダウン症児の成長の可能性を、より多くの方に理解していただきたいというご家族の願いと要請を受け、かれんちゃんの表情なども含め、リアルな指導の様子を公開させていただいております。

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子どもの安定した状態をキープしていくための 親としての役割

 2009-02-03
> 最近、学校でのお子さんの様子はどうですか?

私は、毎回指導の後で保護者の皆さんに、そう尋ねています。

3学期になり、ほとんどの方が 「安定してきました」 と伝えてくださるようになりました。


友里ちゃんのお母さんに尋ねたら

> 毎年、3学期には落ち着く、そして4月にはまた嵐が起きる・・

みたいなことを言っていました。


子どもが育ってこそ意味があり、ただ単に落ち着いていればいいというものではありませんが、それでもやはり、心の安定は成長の基盤です。


以前、小学校では担任の2年持ち上がりというのも結構ありました。 (今はほとんど見かけませんが)

学級経営がうまく行っている場合は、担任持ち上がりの教育的なメリットはたくさんあります。

4月に学級ひらきがあれば、すぐに実質的な学習や活動がスタートできます。 児童理解も、学級のシステムも前年度のものがベースにありますから、そこに積み上げが期待できます。

教務主任をしていたときに、学級担任の指導時数のチェックをしたことがありますが、結構シビアな現実がそこにありました。 

4月には、係を決めたり、席順を決めたり、班を構成したり、入学式・1年始を迎える会・遠足・参観日・家庭訪問、そしてその一つ一つの準備ための時間・・・  となると、教科学習の時間に、すいぶん食い込んでしまいます。

それを学級活動とか学校行事にカウントすると、授業時数が足らなくなってしまうことがあるので、国語の時間に1年生を迎える会の呼びかけの練習をして、国語の時間にカウントしなければなくなってしまします。

土曜日に学校があったころは、余裕時数というのが年間50時間以上あった時もありますが、学校週5日制が実施されて以来、教育課程の余裕時数というのは実質的に無くなったと私は感じていました。

それに、土曜日に授業をしていたころは、午後に児童会の役員の子が学校に来て、1年生を迎える会の準備などを自主的にしてくれていました。


もちろん教科指導だけが学校教育ではありません。 学校行事や児童会活動を通して、子どもは豊かな人間性を培っていくのです。

しかし、実質的な最低指導時数も確保されず、わからないまま見切り発車で次の単元に進んでいくことが、子どもにも先生にも、ボディーブローのようにじわりじわりとダメージを与えていくように感じたこともありました。


教育の方向性として、可能性を秘めた子どもたちに、たくさんの文化的な内容やや情報に触れさせていくことも大切な営みです。

また一方で、卒業後にも生きて働く、ベーシックな力をしっかりと身につけていくことも大切な役割です。


教育を取りまく社会の情勢の変化の中で、学級担任の持ち上がり制はなかなかむずかしい事だと思います。

しかし、特別支援教育が子どものニーズに合った教育の実現とするならば、子どもが安定して新しい学年のスタートを切るための一工夫はほしいと思います。

毎年毎年、保護者が子ども理解の情報を1から担任に伝えるのも、構造的にどうかと思います。

特別支援教育コーディネーターの先生、あるいは特別支援学級の先生が、こうした縦軸を通し、学年のジョイントの隙間での、ロスやトラブルを最小限にしていくために活躍をされている学校もあるのではないでしょうか?

新しい環境への適応が苦手な子どもために、事前準備として、春休みに子どもに寄り添った柔軟な対応を考えてくださる学校も増えてきました。

こうしたひとつひとつの取り組みの姿勢が、子どもには伝わっていくのではないかと思います。


心ある先生は、保護者の願いに敏感に反応してくださいます。

しかし、伝えなければ、出過ぎたことはしてはいけないと二の足を踏むことだってあります。

時には、考え方の違いが表面化する場面もあるでしょう。

それが大切な問題であればあるほど、そんな場面も必ず起こってきます。


本当に、子どもの成長と幸せを真ん中に置くもの同士であれば、私は必ず通じ合えると思います。

その歯車がかみ合い始めたときに、子どもは新しいステージに向けて、歩み始めるのです。


来年度のスタートは、すぐにもやってきます。

今しておくべきこと、考えておくことを整理してみる時期になったのかも知れません。

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