子どもの感性をとらえる (時間のとらえのむずかしい子どもへの タイムタイマー使用の実践効果)

 2008-06-30
先日紹介させていただいたタイムタイマー、早速、指導に使用させていただきました。

土曜日の指導で、ちょっと学習時間が伸びてしまい、ごほうびの「おもちゃタイム」の時間がとれなくなってしまいました。

タイムタイマーの赤い部分がすっかり「0」となってしまっていたので、内緒でそっと10分延長しておこうと考え、タイムタイマーに手を伸ばすと、すかさずその子のチェックが入り、「もう、終わり」と帰り支度を始めました。

これには、私の方が驚いてしまいました。

「ごほうび、なくてもいいんだね」

ごほうびこそが、強化子になっていると思っていたのに、いつの間にか「学ぶ」ことそのものも、楽しみになっていたんだね。

この日の、小学1年生のこの子の1時間の学習メニューは

① ひらがなカードによる「命名」から「読み」への移行学習
② パソコンソフトによる数の分解の学習  「9」は「4と5」など
③ プリントによる書字と10以上の数を数える学習
④ さいころを使った100までのすごろく学習
⑤ いつものごほうび「チョロQレース」

となっていました。

①の学習は、今日から新しいステップになったので、5枚くらできればいいなと思っていましたが、どんどんとこなしてくれるので、嬉しい誤算で、調子にのって45枚全部やっちゃいました。

そのせいで、⑤の「チョロQレース」ができなくなってしまったのです。

この子にとっては、チョロQやることよりも、タイムタイマーの時間を守る方が大切なんですね。

こういう工夫、こういう子どもの感性や見え方を理解することは、とても大切だと思います。

私は1年生のとき、ノートの押してもらった五重丸の赤いはんこのことを今でも覚えています。

去年、40年ぶりの小学校の同窓会で、その先生にお会いしました。そんなこと先生は覚えているわけありませんが、私の心には、今でもその五重丸のはんこは強烈に焼き付いています。

子どもと大人は、見え方も感じ方も違います。
大人の感覚より、その子の感覚で、物事を組み立てていく方が。効果的なことも多いようです。

タイムタイマーの時間を見て、何も言わず片付けをする子どもの行動から、私たちが学ぶべき事はたくさんあるように思っています。
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子どもの意欲を引き出す第一歩  (行動レパートリーを見つけ、それを広げる)

 2008-06-29
さあこれから、子どものために何か取り組んでみようとした時に、何かそのとっかかりを何か見つけなくてはいけません。

例えば、国語は得意だけど、算数はからっきしダメだといういうお子さんがいらっしゃったとします。すると、やっぱり苦手な算数何とかしたい、と思いますよね。

親でなくとも、指導にかかわる者なら、誰しも苦手を克服させたいと思うのは、当然の願いです。

しかし、私は、あえて違う方法→つまり得意な方にまず目をつけます。

まず好きな国語に取り組ませてみて、できること・できたことをたっぷりほめます。こうしてまず、学ぶ体制づくりと、信頼関係のパイプを通します。

そして、そのできること(=このことを行動レパートリーと言います)が何なのかを見極めます。

例えば、「文字の形を識別する(漢字)のは苦手だけど、文脈の中で意味を理解する(本読み)は得意ととらえたとします。

この「本読みが得意」というのが、この子の行動レパートリーです。

じゃあ、次はこの行動レパートリーを使って、漢字学習に取り組みます。

漢字だけを見て理解するのは苦手なので、「朝」という文字だけを提示するのではなく、「はやくおきた朝」というように、少し言葉を添えたカードを作成します。

この場合、「○○○の朝」と言うように、対象とする漢字をことばの後にもってきた方が効果的です。

こうすると、この子の場合、次々と新しい漢字の読みを吸収していきました。

しかも、これを何回が繰り返していると、いつの間にか、「○○○の~」がなくても、朝がしっかり読めるようになってきます。それができたら、すかさず「すごいー」の強化を与えます。

こうしてこの子は、いつの間にかたくさんの漢字が読めるようになってきます。

この行動レパートリーこそ、この子の武器です。

この武器は、算数にだって使うことが出来ます。

この子は、図形などを形として頭の中で保持するのが苦手です。でも、形や量を思い浮かべることは苦手ですが、紙に書いた数字を見て答えることはできます。

だったら、まず、頭の中だけで操作させずに、紙に順序立てて書かせる方法で計算に取り組ませます(この方法は6/14に紹介しています)

こうすれば、これまで泣き叫んで拒絶していた計算問題を、楽々することができるようになりました。

この方法で、計算問題ができるようになったことで、パソコンソフトの計算問題に挑戦することに何の抵抗感もなくなりました。

このお子さんは、自分のやり方(継次処理)で次々と問題を解いていきます。一方で、パソコンソフトは、数の合成・分解による同時処理の方法を粛々と提示しています。

これが、図らずも二系統同時刺激になり、たくさん問題をこなしているうちに、数量感覚自体が自然にこの子に身についてきています。こちらが期待していた以上の発展的効果です

(二系統同時刺激についてはこちらのページを→二系統同時刺激

とにかく、まずは得意な方法で取り組ませてみましょう。それが、軌道に乗れば、ほとんどの場合、いつの間にか支援がなくてもできるようになり、次の課題・次のステップに移行していきます。

いきなり苦手な所に踏み込んで自滅し、一歩も先に進まなくなるより、カメの一歩でも前進する方が、案外近道ってこととくありますよね。

一歩でも・半歩でも、前に進んだ手応えこそが、子どものやる気を育てるとは思いませんか?

これは学習だけでなく、生活の改善にも適用できることです。

できることをベースにして、最初は支援たっぷり、少しずつ支援を減らし、自立できたらほめる。

この繰り返しによってこそ、子どもはやる気をもって取り組むようになるのだと、私は考えています。

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「話す」から「読む」への支援のステップ (家庭で出来る学習支援)

 2008-06-28
今私が指導させていただいていろお子さんの一人は、表出言語が加速度的に増加しています。まだまだ不明瞭な部分も多いですが、コミュニケーションという面から見れば、著しい進歩だと考えています。

しかし、「話す」ということはできるから、「読む」ということも簡単にできるかというと、なかなかそうはいきません。

「読む」ということは、「書かれた文字情報を理解」し、「それを音声として表出」し、さらには「自分の話した音声を耳で確認する」という、一層複雑な過程で構成されています。

それが苦手であるならば、やはり細かいステップで、少しずつ階段を登らせていくような支援が大切になっていきます。

この子は映像の入力が得意なタイプのお子さんですから、絵を見て「ひこうき」と言えるようになってきました。(このことだけでも正直私は、その進歩のスピード驚いているのですが・・)

しかしながら、「ひこうき」という文字を見て、それを「ひこーき」と読むことはできません。「ひ」という字は自分の名前の一文字ですから読めてるはずですが、それでもやっぱり読めません。

きっと「ひ」「こ」「う」「き」というかたまりをもって、「ひこうき」ととらえることが難しいのでしょう。

私も、英語の聞き取りは何とかできるようになりましたが、文字には相当抵抗感があります。

(なぜなら、私はNOVAの第二言語習得法で英語に出会っているので、きっとそうなったのだと思います。外国の5歳子どもは、新聞読めなくても、日常会話はべらべらですよね。たぶんそういうことです)

じゃあ、この子にどうやったかというと、彼の得意な映像情報に「ひこうき」という文字情報を対応させるという方法を取り入れてみました。

まず、飛行機の絵の下の方に「ひこうき」という文字を入れます。(市販の絵カードでは、たいていそうなっています)

そしてまず紙で隠しながら「ひこうき」という文字だけを見せます。

ここで「ひこうき」と発音できたら、シール2枚はってもらうことができます。

字だけ見てわからなければ、少しずつ隠している紙を持ち上げていきます。すると、だんだんと飛行機の機体の下の方から見えてきます。

この時点で「ヒコーキ」と発音できたら、シール1枚です。

もし、絵の最後まで見せてもわからなかったら、特訓箱に入れます。

全部のカードが済んだら、特訓箱に入れた何枚かのカードを取り出します。

今度は、絵と文字を対応させて、これは「れいぞうこ」よ、と教え、発音できたら同じようにシールを貼ります。これなら、最後まで100%クリアできます。

これを続ければ、一定の時期に、少なくともこの絵カードは全部できるようにさせる見通しがあります。出来たら次に、構成見本会わせの学習に進みます。

もともと文字は苦手なタイプのお子さんです。

大切なことの一つは、「できた」という達成感、そして「けっこう俺もできるかも」という行けてる感を育成していくことです。

それには、昨日お知らせした絶対に途中で挫折させない「完全習得」「エラーレス」学習の構成が重要です。

たとえ小さくても、一つの成功体験が、必ず次の学習のモチベーションとなっていきます。

しんどくても、畑を耕し、水をやれば芽は出てきます。

芽が出るまでは、どうしても不安になることでしょう。でも、例えば、グラジオラスの水栽培のように、根が伸び、芽がちょこっと出たのを見れば、安心しますし、それを楽しめます。

マドンナさんは、「そして ちょっとのステップであがれる経験をつづけていって、ふと ふりかえると とっても高い階段をのぼってきたことにきがつきます。感動するんですよね~~♪ 」と、おっしゃっていました。

ほんとうに、たったそれだけのことです。

自分のお子さんにつけたい願い(例えば言葉を表出させたい、など)があったら、そのための小さなステップを構成し、その一つ一つの小さなステップを確実に登らせるヒントを作ります。そして、初めはそのヒントを頼りに何とかクリアしていきますが、今度はそれを、少しずつ取り除いていきます。そして何にもなしでできるようになるまで続け、今度は次のステップに進みます。

そのステップを構成するのが、なかなかむずかしい場合もありますが、今の世の中ではいろいろな情報が手に入りますから、自分で調べたり、誰かに尋ねたり、協力してもらえば、きっとその子にあったステップが見つかると思います。

私は20年以上小学校の教師をしていましたが、今、個別に指導させているお子さんの成長ぶりには、正直驚いています。

得意なルートを使って、苦手な事を責めるだけで、こんなにも変化が起きるなんて信じられない気持ちです。

1回の指導のために、研究・試行錯誤・教材準備など相当な時間をかけているのは確かです。ですが、手応えがあれば、やらされている感はまったくなく、朝起きて新しいアイデアがひらめいて、すぐに教材づくり、なんてことはよくあることです。

パチンコなんてやってるより、よっぽど楽しいです。

このブログだって、やらされてる感覚で、できることではないと、私は思っています。

ならば、ご縁あってこのブログに目を通していただけるようになった方々に、ぜひ何か一つでも、光を見つけていただきたいと思っているのです。

保護者の方の幸せと成長が、お子さん自身の幸せと成長に連動すると、私は考えています。

どんな方法でもいいです。ぜひご自身に合ったスタイルで、お母さん自身の向上と幸せ感を育んでいただきたいと願っています。

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家庭での宿題支援の基本テクニック (プロンプトフェイディング法)

 2008-06-27
宿題は、学校と家庭を結ぶ学びの架け橋です。

以前にもお伝えしましたが、学校では、小集団指導は行えますが、個別指導はほとんど不可能です。学校は基本的に集団の良さや特性を生かして、教育を行う機関です、それは特別支援学級でも同じ事です。もし特別支援学級=個別指導と考えられている方がいらしゃったら、少し認識を再点検された方がよいのでは、と私は考えています。

学校には、学校でしかできない集団のダイナミズムがあります。一人でできないことが、みんななといっしょだったら出来るということは、日常的に起こっています。集団で学ぶ意義や値打ちがそこにあります。私は、まずこのベースが大切だと思っています。

しかし、個別指導には個別指導でしかできない良さがあります。特に、発達に課題のあるお子さんの場合、家庭学習は、個別学習の大切な機会となるはずです。家庭でお子さんといっしょに楽しく勉強することができれば、それは大きなパワーとなって子どもに作用することとと思います。

ポイントはいくつかあります。

まずは、勉強を嫌にさせない配慮とテクニックです。私も、自分の娘を教えた経験がありますが、親はすぐに頭に来て「何でこんなことができないの」と言ってしまいがちです。

これでは、その時はいいかも知れませんが、きっと長続きはしないと思います。

私は今、お金をいただき、プロとして何人かのお子さんの個別指導をさせていただいています。

そのプロとしての技を、皆さんに、無料で教えちゃいますので、よければ参考にしていただければと思います。(ちなみに理論のバックは応用行動分析です)

まず、子どもに個別指導をするときには、この課題(例えばひらがなを書く)をさせたら、どこでつまずくかを事前に予想しておきます。うまくいけば、その日の課題をクリアさせ、強化(ほめる)しますが、そうでない場合は、つまづきの手だてを先に考えておきます。ありとあらゆる可能性を考えて、できなかった場合の対応を先に考え、その場合の支援法を必ず用意しておきます。

それが出来ないなら、その日の指導は失敗で、いただくお金は返金させていただく覚悟で、毎回指導に当たっています。

例えば「あ」という字を見て、ノートに正しく書けないのであれば、あえてその1枚のプリントはスルーします。ちょっとした言葉かけで、直るものなら直させてほめますが、たとえできなくてもマイナスのダメージが子どもにできないように配慮します。

次には、こういうこともあろうと用意した、点線なぞり書きのプリントをすかさず提示します。これならさすがに出来ます。(ここでたっっぷりほめます)

このなぞり書きによって、目と手の協応性を鍛えます。

一定の経験を積んだら、必ずスキルアップしますから、今度は上に紙を重ねるなどして、少し点線が見えにくい状態でトライさせます。

次は、少しでも視線の移動を少なくするために、書かせる文字のすぐ左側にお手本の文字を書いて、それを見て写させる(視写)の学習に移ります。今度は、教科書を見て、ノートに写させるもの、その次は、聞いて書く(聴写)の活動と次々にステップアップしていきます。

このように先生の手助けを段階的に少なくしていく方法をプロンプトフェイディング(プロンプト=支援、フェイディング=少しずつ小さくしていく)法と言います。

聞いてみれば単純な、何てことはない方法でしょ。

でも、こうすれば子どもはほとんどダメージを受けずに達成感をもって学習に取り組めます。ツボにはまれば、面白いように、まるで真綿に水が吸収されていくかのように、学習が進展します。

こうなると、「先生が来る日が待ち遠しい」と言ってくれるようになります。

でも、なかなか自分の子どもに勉強を教えるのはむずかしい事でしょう。

家庭は、基本的には安らぎの場であってほしいと考えていますから、過度な取り組みは、別な問題を引き起こす場合もあるでしょう。

でしたら、宿題なんかで、このままではこの子は出来にくいと思われるような場合には、こうしたプロンプトフェイディング法の考えを導入されてはいかがでしょう。

個々のすべてのケースにいとも簡単に適応できるほど甘くはありませんが、要は、できなきゃヒントを作って、何とか自力で出来た達成感をもたせる。そして、少しずつそのヒントをフェードアウトしていくという発想で取り組んだらいいんじゃないのと、そういう話です。

私は、本来なら、宿題を出す先生に、このような配慮が欲しいと思います。

出来ないことを、宿題だからと言って何が何でもやらようと取り組んで、返って子ども痛めたこと、結果的に劣等感を子どもに持たせてしまい、宿題そのものが形式的に出来たとしても、そのことでマイナスの負荷を子どもに与えてしまったこと、そんな経験はありませんか?

先ほどネットで調べたら、「プロンプトフェイディング法」で検索したら、いっぱい参考になるサイトが見つかりましたよ。

先生と協力関係ができているなら、「この子にはこんな方法が合っているかも知れない」と伝えてみるのもいいかも知れません。

そうでなければ、お母さん自身が技を磨いて、宿題を利用して、上手に子どもを育て自分自身もスキルアップしていきましょう。

熱意や努力は、お子さんを育てる必要条件ですが、それだけでは十分ではありません。知識や技術も必要です。でも、今は、勉強すればその子に合った方法は、必ず見つかります。希望を捨てないでくださいよ。

道はあります。でも、努力と勉強は必要です。

それさえあれば、希望を捨てずに、お子さんとともに、これからの人生を楽しく豊かにいくことができます。

どうか、これからも、希望をもって、夢をもって、いっしょに歩んでいきましょうね!

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学校の先生とのパートナーシップ (保護者のあげるトスを 学校の先生がスパイク!)

 2008-06-26
保護者の方の会におじゃませていただくと、今の担任の先生についてのことが、どうしても話題になってしまうようです。

「もっと子どもの事を理解してほしい」
「もっと指導法について、勉強して欲しい」
「専門性を身に欲しい」
「いじめについての認識が足らない」
「どうしても別の先生と比較してしまい、不安になる」
「情報をオープンにして、学校全体で取り組んで欲しい」

親としての思いは熱く、様々です。

インクルージョンを中心として、発達の課題のあるお子さんの教育については、これからどんどん推進していかなければなりません。

特別支援教育も、まだ看板があがっただけ、中身の具体化はまだまだこれからの作業です。

先生だって、自分が学生だった時には、今日のような理念も指導法もありませんでした。かく言う私だって、特別支援学校教諭(当時は養護学校教諭)の免許は、若かりし頃は2種免ですら持っておらず、専門的な知識も技能も、ここ何年かで身につけたものがほとんどです。

教育界の中にあって、こと特別支援に関する情報量は膨大で、次々と新しくすぐれた指導法やメソッドが開発されています。

相当アンテナを張り、それを吸収していこうとする強い意志と、ベースとなる基礎概念がなければ、ついていくことさえ容易ではありません。

今、私たちが立っているこの場所は、こんな渦の中にあるのです。

今は、意欲と情熱のある先生方が、どんどんと特別支援の優れた実践をされるようになってきています。

しかし、現場にいる先生には時間がありません。特別支援の最低の枠組みはできましたが、細かいシステムも支援体制もまだまだこれからです。理念と現実の狭間で、懸命に努力されていても、なかなか結果が出せない場合もあるかも知れません。

現場にいたら、朝6時から夜9時まで学校にいて、家に帰って宿題を見たり、プリントを作成、土日は地域のイベント参加・・

ネットで調べたり、図書館で情報収集なんて時間、とりたくてもなかなかとれません。

多くの先生は、毎日そんな生活をしています。

そこで大切になるのは、先生とのパートナーシップです。

同じコートの中に入って、いっしょにプレーするのです。いっしょに努力して、結果を共有するのです。

場合によっては、先生にわかっていただくための取り組みも必要ですが、もう学校や先生に任せきりという時代でもなくなってきているように思います。

先生と保護者が手を結ぶことが、子どもの利益につながることは明白です。

実際には、対立的になることもあって当然だと思います。私だって、何度もそんな場面に遭遇してきました。

しかし、子どもの利益を考えた場合、緊急性のある個々の対応については別ですが、長期的に目指す方向としては、まちがいなくパートナーシップがキーになっていくと考えています。

子どもにとって、先生は特別の存在です。

その先生を、どう上手に使うかが、親としての腕の見せ所です。

特別支援学級の担任なら長くて数年、通常学級の担任なら1年が基本単位です。子どもの発達の経過の中で、そのわずかな1時期を共に過ごすということです。

しかし、親は、おぎゃと生まれたその時から、自分の命ある限りその子に寄り添って生きていくわけです。

なので、これまでの発達や教育の経過を通して、しっかりとしたビジョンをもち、それを担任の先生に理解していただき、実行していただくようなかかわりも重要になってきます。

学校に任せておけばすべて安心。

一日も早くそんな日がやってくることを願っています。

しかし、現状ではなかなかそうはいかない事も多いです。むしろ、成功例を見ると、親と教師ががっちちと手を結んだ場合がほとんどです。

親ができることは、まだまだいろいろとあります。それが、先生と協力して実施できれば、かなりの効果の上積みも期待できます。

親が設計図やビジョンを提案して、教師が実行する。そんなことは、十分に実行可能です。

小さいことでいいのです。きっかけさえつかめば、あとは応用です。これまでに効果のあったグッズの紹介でいいのです。うまくいったときの関わり方でいんです。

お母さんが上手にあげたトスを、先生が見事にアタック!

今の時代に生きるお母さんには、こんな姿がぴったりのような気がしています。

できれば、少しだけ心にゆとりをもって、ていいねいに。

毎日このブログを読むに至ったお母さん方のレベルは、相当に高いはずです。リンクをいただいている方、メールやコメントをいただいている方、ホントすばらしい方々ばかりです。

その力を、パートナーシップのいう理念をジョイントにして、教育の場に是非生かしていただきたいと、私は今願っているのです。

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言葉の遅れ、我が子はどのタイプか? (整理・類型化して見える支援の方向性 )

 2008-06-25
昨日の大学の講義でいただいたプリントに、「言語発達・言語のメカニズムと言語障害」というものがありました。

一枚のプリントに整理してくださっていたので、今日はそれをそれを保護者の皆さん向けに紹介させていただこうと思います。



【言語発達】

3~4か月  「あー」という音声が発声されるようになる
6~8か月  「バーバー」「ダーダー」「バブバブ」といった喃語の発声
1歳      初語「わんわん」「マンマ」など
2歳      2語文「わんわんきた」「あっちいく」
3歳      疑問視の出現、同年齢の子どもとの会話
4歳      日常に困らない文法能力と語彙獲得
5歳      人称代名詞の使用


【言語障害の分類】
① 環境による言語発達遅滞(唖者の方のお子さん、極端に言語刺激の乏しい環境にあった場合)
② 精神遅滞による言語発達遅滞(全般的な知的な遅れに伴うもの)
③ 自閉症に合併する言語発達遅滞(自閉症の行動特性を併せ持つ場合)
④ 難聴に基づく言語障害(自分の声を聞き取って確かめることができない)
⑤ 失語症(それまでは普通だったが、脳の外傷・脳血管障害・てんかん性異常放電などによるもの)
⑥ 吃音症(どもり、2~7歳で発症、男児に多く小児の約5%、遺伝素因あり)
⑦ 音韻障害(運動系の形態(口・舌など)の形態や働きの異常によって語音が正しく出ない状態)
⑧ 表出性言語障害(言葉を発することだけが苦手、学童期の3~5%、男児に多い、左利きの子に多い、遺伝要因もあるかも?、軽度の症例の半数は自然に回復)
⑨ 受容ー表出混合性言語障害(言語理解と表出の両方の障害、頻度・性差・利き手との関係は表出性言語障害と同じ、予後は様々、重度の場合は学習障害になりやすい)


一口に言葉の遅れと言っても、様々なタイプがあるようです。

聴覚性言語(話し言葉による)入力が、苦手なタイプのお子さんは多いように思います。

そうしたお子さんの場合は、動作や環境そして映像化したものを、コミュニケーションの手段として使う場合が多いと思います。

得意なルートで、コミュニケーション力そのものをつけていくことは、次につなげるという観点からも大切な意味があると考えます。

しかし、忘れてはいけないことは、使わない能力はどんどん退化していくという事実です。逆に言えば、使う環境があれば、どんどん能力は開発できるということにもなります。外国で暮らすと英語がしゃべれる、というやつです。

そのためには、「二系統同時刺激」という方法が有効だと思います。

つまり、映像や動作に、簡単な言葉を添えるのです。

うちの保育園では、基本的には「ごちゃごちゃ言わずにやって見せ、何度も何度も繰り返す」というスタイルをとっています。

保育士はあまり意識していないかも知れませんが、これがユニバーサルデザインとなり、発達の課題のある子どもにも、そうでない子どもにも、わかりやすさと明確さとなって、活動を支援しています。

でも、できなくても、苦手でも、言葉による発表の場は設定しています。たとえその日は何も言えなくても、保育士がその子に寄り添って、その子といっしょに発表をします。

何年も何年もそのことを続け、卒園式間際になって、「感動的な発表」ということだってありました。

すぐに発語ということにはならなくても、脳内では、来るべきその日に向かって、着々とシナップスがつながり、ネットワークが形成されているのかも知れません。

お子さんの得意な映像ルートに、ちょっとだけ言葉のスパイスを添えていきましょう。

混乱するのなら別の方法を考えなくてはなりませんが、そうでないなら、ちゃんと貯金出来ているのかも知れません。

毎日500円貯めれば、1年で15万円、バリ島くらいなら行けちゃいます。

たとえバリ島行けなくても、その貯金はきっと何かの役には立つはず。しかも、母の支援は、無償の愛に支えられているのですから・・・

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時間の感覚を視覚的に支援する (視覚優位のお子さんにぴったりのグッズ=タイムタイマー)

 2008-06-24
決めた時間があるのに、そのことがわかりにくいタイプのお子さんはいらっしゃいませんか?

そんなお子さんのために開発されたのが、この商品、タイムタイマーです。

えじそんクラブの高山さんが、推薦されていたので購入し、さっそく自閉症のお子さんの指導で使ってみましたが、効果は抜群です。ものめずらしさもあって、他の学童のみんなも、感心しきりで、くいついていました。

DSC00494.jpg
タイムタイマー

私たちはいろいろな経験を通して、すでに時間の感覚を身につけていますが、小学校低学年くらいまでは、きっと子どもたちの時間のとらえは、私たちとは少し違っていることでしょう。

数や言葉で、何時何分までとか、長い針が「9」のところまでよ、とか言っても、視覚優位のお子さんにはなかなか伝わりにくい場合があります。

その点、このタイムタイマーは、時間を量的(視覚的)にとらえることができるので、時間の感覚を育てるのには、とても有効なグッズだと思います。

使い方は、手で赤い円グラフのような部分を決めた時間分(例えば40分)広げておくと、後は何もしなくても、じわりじわりとその赤い部分が小さくなって行き、40分経てば、赤い部分がなくなってしまう、というごく簡単な仕組みです。(構造上、最大は60分まで)

なかなかデパートでも売っていないので、どんな子でも、まず興味を引きつけるのも利点のひとつかも知れません。

サイズや価格は用途によって色々あるようです。さすがに価格が高いのが欠点ですが、長期的に使用されるのでしたら、購入を検討されてはいかがでしょうか?

私が購入した時の情報を下記に添えておきますので、よろしければ参考になさってください。

①大(約30cm×30cm) アラーム音なし 6,000円
②中(約20cm×20cm) アラーム音なし 4,500円
③小(約8cm×8cm)  アラーム音なし 4,000円  (私はこれを購入しました)
④中(約20cm×20cm) アラーム音あり 5,500円
⑤小(約8cm×8cm)  アラーム音あり 5,000円

お問い合わせ NPO法人 えじそんクラブ事務局 まで  
http://www.e-club.jp/timetimer.htm

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知っておきたい我が子の認知特性 (夫婦でも兄弟でも ルートは違う)

 2008-06-23
お子さんの物のわかり方には2つのタイプがあることは、先日の記事でお伝えしました。(ちょっと知っているだけでかなり差が出る 家庭での学習支援 5/25

先日、3年生の女の子とトランプの神経衰弱をして、遊んでいました。

私は、この神経衰弱が苦手で仕方ありません。トランプの数字が、カードを裏返した瞬間、何が何だかわからなくなってしまいます。

何回やっても、この子に神経衰弱で勝つことはできません。女の子の半分も取れれば良い方です。

土曜日に、ある保護者の方とお話をさせていただきました。

その方は、「物を覚えるときは、映像で覚える」「あの事は、あの本の この辺に書いてあった」「そのページが映像で思い浮かぶ」とおっしゃっていました。

でも、「本を読むのは、大嫌い」「SHINOBU先生が、毎日あれだけの文章を更新するのが、信じられない。」「毎週10冊、本を読む? そんなこと絶対できない」ともおっしゃっていました。

この方は、医療関係のお仕事をされ、相当知的水準の高い方ですが、文字情報の入力はかなり苦手なようです。

私は、小学校1年生の時に、枕元にいつも文学全集を置いているような子でした。ですから、情報入力のインプットは、ほとんど言語で行います。

神経衰弱の時は、カートを見て、それを言葉に置き換えて、「に」「ろく」「さん」「なな」・・・・と言うように頭の中でつぶやいています。

「そんな覚え方したこと、一度もありませんよ」と、その方はおっしゃっていました。

でも、私の場合、頭の中に映像なんて、全然浮かんできません。

話を続けていると、我が家では、私は文字タイプ、家内は映像タイプ。その方のご家庭では、ご主人が映像タイプ、奥様は文字タイプなようです。

と、言うことは、同じ兄弟でも、認知特性はどちらかまったくわからない、と言うことです。

「ごちゃごちゃ言わずに映像でとらえさせるか、それとも、言葉に置き換えて、ひとつずつ整理してとらえさせるか」

同じ子どもでも、両方できる子もいれば、どちらか一方でしかできにくい子もいます。

宿題とか、家庭での学習支援を行う場合に、自分と違うタイプのお子さんの場合は、少しこのことに目を向ければ、案外うまくいくことがあります。

我が子であっても、情報のインプットの方法、違う場合があることも知っておいてほしいと思います。
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短期間で通常学級での問題行動が改善された事例 (キャラクターごほうび制度の実践より)

 2008-06-22
6月13日の記事に、ある先生から、次のようなコメントをいただきました。短期間の実践でかなりの改善が見られているようなので、今日はそのやりとりの一部を紹介させていただこうと思います。  

  (人物などが特定されないよう内容を一部変えています)

   ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
はじめまして。普通学級の教員です。20人足らずの学級です。いわゆる介助員は週に12時間。つまり、2日と半日来ています。給食、掃除の時間は介助員は休憩時間なので、全く人手なしです。

自閉症のお子さんのことで、悩んでいます。学校では学習に全く取り組もうとしません。

低学年の時は取り組んでいたようですが、3年生になった昨年から段々取り組まなくなったと介助員の話がありました。が、家では宿題などすぐにやり終えるようです。お母様のお話では、ここまでやったらゲームやらせてあげる、との声掛けで取り組ませているようです・・・。先日の「強化」のお話、まさにその通りだと思いました。

実は、毎週月曜日は教室にはいることを嫌がり、「月曜は休む!」と負の叫びを発します。普段、私はその子の負の叫びには反応しないようにしています。その子が何かを答えてほしかったり、訴えたかったりして叫んでいるのではなく、心の中の声を口に出しているだけだと思うからです。

この月曜朝の叫びは「反応しない」という対処法で行こうと思うのですが、いかがなものでしょうか。

   ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

この度は、コメントをいただきありがとうございました。私も、通常学級で支援の必要なお子さんとかかわったことがありますから、状況は、理解できます。

まず、その子の「負の叫び」についてですが、まずは、その子は「負の叫び」によって何を得ようとしているのかを特定することから始まります。アバウトに考えると、いやなことを回避したいか、注目を得るなどの何かを求めていることになりますが、いつ・どんなときに・どんことがきっかけで・・みたいな感じで、ちょっと整理されたら、と思います。

それを問題行動として、回避するのであったら、そのルートを断ち切って、別なルートを教えて、その行動を無意味化させる手法をとります。「無視する」というのは、その一つのプロセスです。原因がきちんと特定できている場合は、これだけでかなりの改善がみられることも多いです。

しかし、「無視」で行動が改善させる兆候が見られれば、それでいいのですが、いくらやっても改善されてないのであれば、何か別の欲求であるかも知れないので、再度分析するか、別のルート(例えば、それより望ましいと思われる方法を提示して、それをほめるなど)を設定する必要があると思います。

また、先行要因(引き金となる要因)を軽減するのも、ひとつの方法です。(騒音・空腹・予定の変更・苦手なこと・・)問題は、それをすることによって、快刺激を得るか、不快刺激を回避できるかなので、要は、そのどちらも無意味化させれば、いいわけです。詳しくは。応用行動分析もしくはPBSの本を参考にされると良いと思います。

きっと、月曜の朝、学校に行きたくなくてぐずっているんでしょう。そうすることによって、何とか学校に来れているのでしょう。適切な方法でないのですが、その方法がとりあえずは一番楽な?方法なんでしょう。

文中では、ゲームがごほうびになっていてこれが一つの強化子、それから、お母さんの言葉も、その行動を維持させている要因になっていますよね。

じゃあ、もっと効果的で、合法的?で、その子の心を満たす強化子(ごほうび)はないですか?それが、見つかれば、理論的には同じような手法で、行動が改善できるということになります。

その子が、何か好きなことや、こだわっているアイテムはありませんか?小さい学年に時は、どんなことを喜んでいましたか?旧担任の方に尋ねてみるのもいいかも知れません。それが見つかれば、方法はいろいろとあります。

今、私のかかわっている自閉症のお子さんは、学級担任の先生が、目標行動を連絡帳に書き、シールを貼ってもらうだけで、かなり問題行動が軽減されてきました。(教科書破いたり、物を投げたり、女子便に隠れたり・・)

学級担任の場合は、その回りの子の力を利用することが必要です。方針を決め、周囲の子の信頼を勝ち取り、周囲の子の理解とサポートが得られるようになれば、システムは完成です。1学期は、その子よりも学級経営・他の子の先生に対する信頼感を築くことを優先させるべきかも知れません。

みんなからの賞賛とか先生からの賞揚が強化子になれば、よいのですが、むずかしいのでしょうね。

お子さんを一度も拝見したこともないので、相当的はずれなことばかり、申したのではないかと思います。

何といっても、学級担任の方が、一番大変です。

どうか、お体とストレスのケアをしてくださいね。

よろしければ、遠慮なく、またご相談・ご連絡ください

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早速スクールカウンセラーにキャラクターごほうび制度を伝え、実行してみました。

いそいそと教室に行くと、クラスで一番その子に理解を示している子が、以前に貸した色鉛筆を返してくれないので、困っているとの訴えがありました。

友だちの「返して」、と言う訴えにその子はご立腹で、叫びながら教室を飛び出して校内を一巡り。
結局、腹を立てながらも教室に戻ってきたのですが、やはり返しません。「帰りの会までには返してね。」と言っても拒絶されてしまいました。

今日はキャラクター作戦は始めない方がいいかな、と思いつつ、今日の目標を決めること、ちゃんとできたらその印にキャラクターの好きな部分を机に貼ること、を伝えました。

ちらっと見たものの興味がなさそうなのでがっかりしていたら、嬉しい期待はずれ。その日の目標は「給食当番を頑張る。」で、ビニールテープに書いて机に貼っておいたのですが、声をかけたら実にスムーズに動き出しました。

周囲の子どもたちもびっくり。

驚いたのは、その後の掃除もしっかりやるし、友だちには自分から色鉛筆を返すし、帰りの用意も自分から始めるし。

翌日も朝から落ち着いていました。学習には相変わらず取り組みませんが、叫ぶことはしなくなりました。

その子の笑顔が増え、叫び声が収ると、友だちが周囲に集まり、優しい言葉掛けが増えました。

この先、どうなるかはわかりませんが、取りあえずはキャラクター作戦は順調に滑り出しました。

いずれは内発的動機付けを目指したいと思っていますが、まずはこれでいってみようと思います。

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一部の内容のみ、紹介させていただきましたので、わかりにくい点もあるかもしれません。

でも、何かのヒントになることは、あるのではないかと思います。

私は、きっとこの子は、この先生のことが大好きなんだと思います。この先生は、文面では紹介できないような別のご苦労もされていますが、ひとつひとつの問題を、ご自分できちんと整理され、良い方向へのステップを築いていかれています。

並大抵の努力ではありません。

保護者の皆さんは、こうした先生をぜひ励まし、応援していただきたいと思います。

お子さんのことを大切に思い、命がけで取り組まれているお母さん。信頼できる先生を育て、パートナーシップを築いていくことこそが、お子さんの幸せと成長のキモであることを、しっかりと心に刻んでいただきたいと思うのでありました。

先生、貴重なご連絡、本当にありがとうございました。



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苦しい中から光が見える (母の願いが子どもに届くとき)

 2008-06-21
昨日は、私が指導をさせていただいているお子さんの、8歳の誕生日でした。

1週間に一度の指導ですが、この日、その女の子は、私が先週出した14枚の宿題プリントを、誇らしげに、はにかみながらも自信満々に提出してくれました。

中には、先週、おそらく人生の中で初めて出来るようになった、繰り上がりの足し算の問題も含まれています。

「わずか4ヶ月の指導で、こんなに早く結果を出していただけるなんて、夢にも思っていませんでした・・」

そのお母さんは、おっしゃってくださいました。

昨年7月の、学校での懇談会で、そのお母さんは、突如学校から、

「発達に遅れがあるかも知れません。特別な支援を受けられる学級に行くことも必要かも知れません。」

と言われ、地獄の底に突き落とされたような状況になってしまいました。

それから、ありとあらゆる方に相談に行かれ、「絶対にあきらめない、親としてできることはすべて行う」というような強い決心をされて、懸命に努力をされてきました。

正直言うと、私は、このお母さんの強いご希望により、この活動を始めさせていただきました。そういう意味では、運命の出会いだったのかも知れません。

これまでの取り組みについては、このブログの随所で紹介をさせていただいています。

今から振り返ってみると、その指導のポイントは、① この子の苦手な所を得意な所で補うこと ② 学ぶ楽しさと自己肯定感をはぐくむこと ③ 問題点を整理して小さいところ、出来そうなところからまず解決する といったところでしょうか。

もちろん、指導は始まったばかりで、まだまだこれからの所が多いのですが、何時間も泣きながら宿題をしていたころから比べると、かなり見通しが開けてきたのは事実です。

当面、向かう先や目標としているポジション、もう手の届きそうなところにあって、今からワクワクしています。

今、主に取り組んでいるのは、継次処理の優位性を生かした(この子に合った方法での)計算のスキルアップ、視覚認知を段階的に支援することによって、字をより正確に美しく書かせる取り組み、ゲームや遊びを通して、苦手な空間認知に対する刺激を送り続け、新たな脳内ネットワークを創造する取り組みです。

どこまでできるかは未知数ですが、手応えも、希望も大きいです。毎日でもやりたいくらい、正直、楽しいです。そういう意味でも、よくここまで来たと思います。

昨日、お母さんが、卓上カレンダーに、がんばったことをポイントにして評価していることを教えてくれました。見ると、△は一つついていましたが、ほとんどすべては○、中には花丸もついていました。

何て幸せな営みでしょう。

「弱小チームには、甲子園は無理!」

そうかも知れません。でも、私たちは、誰からどんなに笑われようとも、可能性を信じて、今日もバットを振ったり、キャッチボールをしたり、ランニングを続けたりします。

たとえ結果として甲子園に出られなくても、1回戦でコールド負けになろうとも、試合にだけは出場しますから。

せめて1勝はしたい。そんな希望も湧いてきました。

夢があるから、がんばれる。

カレンダーについた花丸から、お母さんの目に映る、希望の光がこぼれているように伺えました。

指導が終わると、いつも、本人と妹とお母さんと、時にはお父さんもいっしょに車が見えなくなるまで見送ってくれます。

人間ですから、当然、この期待に応えたいと思います。

バックミラーに映るご家族の姿を目で追いながら、今日のこの日の誕生日が、これまでとひと味違った、すばらしい誕生日の一日となったことを、願わずにはいられないのでありました・・・



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子どもをやる気にさせるほめ方のポイント③ (自己強化へのステップ)

 2008-06-20
「しかる」という負の強化は、即効性があります。でも、身に付いたことにはならないので、子どもが顔色ばかりを見るようになったり、後でドカンと反動があったりすることが多いので、多用するのは、教育的とは言えません。

よいことを教え、できてたきちんと「ほめる」。これが教育の大原則です。

実践場面で、最初厳しい態度で接してモラルを形成し、軌道に乗り始めたら、すかさず、その子の良いところやがんばっている所をほめるようにすると、それは間欠刺激になり、一層子どもの心にはやる気やうれしさがみなぎっていきます。

厳しさと優しさのバランスは、教育のキモだと思いますが、行動分析の観点でみると、間欠強化の比率とタイミングを科学的にスケジュール化しているということも出来ます。

(わかりやすいのが、「パチンコで粘ったあげくに逆転大当たり。その味が忘れられず、何百回と通うギャンブル中毒」です。)

と、ここまでが前回までのおさらい。今日は、「物によるごほうびなくても、自分から進んでできるための工夫について考えてみようと思います。


その1は、ごほうびの質を物質的なものから社会的なものへ段階的に変化させるということです。最初は、その子の大好きなキャラクターでいいと思います。

次に、それに言葉による称揚やほほえみや頭をなぜる抱きしめるなどの人体的な要素も加えていきます。

(ただし、こちらがよかれと思っていても、子どもの喜ばない内容は無意味であったり、逆効果になったりします。)

さらにはそれに、社会的な賞賛(学校の先生にも、おじいちゃんいも、地域の人にも、クラスのみんなからもほめられる)

こんなふうに回転していったら、いつの間にか、きっかけだったキャラクターそのもはどうでもよくなっていきます。(すべての子が、簡単にそうなるとは言えませんが・・)


その2は、ほめるタイミングや指示するタイミングをちょっとずつ延ばす(がまんする)ということです。

この辺は、上級編だと思うので、子どもの空気を読めないレベルでは、実用はむずかしいかもしれません。

でも、ポイントは、言われてしたのではなく、「自分からした・進んでした」という場を意図的に仕組んで、そこですかさずほめるということです。

「言われなくてもできるんだね」「ごほうびなくてもできるんだね」と、自主的・主体的な行動そのものを強化する(ほめる)方法です。

「自分からしたら、こんなにもほめられるんだ」という快感を、子どもに味合わせてあげましょう。


その3は、別な場所で適用(般化)できたら、ほめるという方法です。

家で出来ても、学校で出来ない。その場ではわかっていても、ついついやってしまう。そんなことは、日常山ほどありますよね。

でも、きちんと教え続け、いつもとは別の場面でもできたとき、あるいはできそうになったときに、ちゃんと強化して(ほめて)やると、学習したことが、いろいろな場面で使えるようになっていきます。このレベルになれば、言われてするレベルから、進んでできるレベルへのステップへ移行したとも言えるでしょう。


その4は、向上している自分・成長している自分の姿をとらえさせると言うことです。

心理学の用語では、メタ認知とかセルフモニタリングという用語が使われたりします。

その方法には、がんばり表・写真・成績表・ファイル・ビデオ・作った作品など、その子が一番わかりやすく手応えのあるものが一番だと思います。

私が今、指導しているお子さんの一人は、「先生といっしょに勉強して、ファイルにこんなにいっぱいプリントがたまりました。私は、ときどきこれを見て、よくがんばったなーってうれしくなることがあります。最初の時、先生がくれた「先生の自己紹介」のプリント、何度も何度も見てるよ」と、可愛いこと言ってくれます。

その子にとっても、私にとっても、このファイルはとても大切な宝物です。だれにもらったものではなく、私たち自身の、私たちだけのごほうびになっています。

このファイルは、私たちの成長と向上を映す鏡になっています。

別の誰かにほめられたいということではなくて、私たちの成長と向上は、そのこと自体が手応えであり、はげみであり、ごほうびです。

こうしたものを利用して、子どもが自分自身で、成長していくことができれば、すばらしいことです。


私は、自分の夢や目標を実現していくための大切なステップとして、このブログを書いています。

HIT数が増えたり、コメントやメールをいただくと、本当に嬉しいしはげみになります。(連続強化・即時強化)

HIT数が少なくなったり、ご批判をいただくとへこみみます。ます、そんなときに、「ブログを読んで、元気がでました、ありがとうございました」という書き込みがあると、涙が出るほど感激します。 よし、どんなに苦しくても、夢がかなうそのときまでブログは続けよう、と決心を新たにします。(間欠強化)

そして、時々、このブログを始めたばかりの記事を読んでみます。

ずいぶん変わったなと思うと同時に、自分の歩みがとてもいとおしく思えるときがあります。自分をほめたいような瞬間です。(自己強化)

やる気、という切り口で自分のブログを振り返ると、このような感じになるのでしょうか?

子どもをやる気にさせるほめ方のポイントシリーズは、これで終了です。少しでもお子さんの「学び」や「成長」の参考にしていただければ、ますます私はやる気になっていきます。(笑)



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人生の主体者は子ども (それを支える親と教師)

 2008-06-19
何度も考え、結論を出したつもりでも、時々思い返したように揺れる「問い」が、私にはあります。

それは、「発達の課題がある子にとっては、集団での学習が苦痛であるのではないか」という問いと、「子どもの自己決定をもちだすことは、周りの者がそれを都合良く利用していることではないのか?」という問いです。

何度も何度も考えて、その都度自分なりの答えを出していますが、最終的には、個々のケース、それぞれのお子さんの状況から、判断をするように心がけています。

でも、「可能な限り、みんなといっしょの場で教育を」「可能な限り、主体者としての子どもの自己決定を」そういう基本スタンスを変えることは出来ません。

それは、何歳であろうが、どんな子どもであろうが、生きる主体者としての尊厳を持っており、そのためには自己決定は不可欠である。そして、その自己決定のプロセスそのものが、希望をもって生きること、そのものだと考えているからです。

忘れられない1シーンがあります。

以前、情緒障害児短期治療施設というところに勤務していたことがあります。

そこでは、年に1度、施設対抗ソフトボール大会というのがあって、毎年それを目指して、練習に取り組んでいました。

私のいた施設では、身体面での障害のある子はいませんでした。人数の少ないときは、初めてグローブをはめたような女の子も、選手として参加したこともありました。(今から10年以上も前の話ですが・・)

ある年、1回戦で、肢体不自由の施設のチームと対戦しました。結果だけ言うと、我がチームの大勝でした。でも、どうしても忘れることのできない1シーンがあるのです。

それは、上半身のみで、下半身が無いお子さんが、そのチームにレギュラーで参加していたということです。

守備では、1塁を守っていました。先生がノックされ、内野の子が、その子にとれるような低い球で送球をします。何度か、後ろにそらすことはありますが、見事にボールをキャッチすることができています。セカンドの子は、送球があれば、バックアップに回っています。それは見事な連係プレーです。

その子に打順が回ってきました。下半身はありませんが、右手一本でバットを構えています。我がチームの投手が投球すると、見事にそのバットでボールをはじき返しました。

走ることはできませんがから、代走の子が1塁に向かいます。

アウトにはなりました。しかし、私は感動して、しばらくその場を動けませんでした。

この子は、この試合に参加するために、チームのみんなと先生と、どれだけいっしょに練習に取り組んだ事でしょう。その過程で、どれだけ大切なことを学んできたことでしょう。

自分が同じ立場だったら、果たしてソフトボールのチームに加わることさえ出来なかったかも知れない。

普段、文句ばかり言っていた子どもも、甘ちゃんだった子どもも、みんな試合中、押し黙ってしまいました。

私も、子どもたちも、このチームの皆さんの、人としての尊厳に圧倒されてしまったのです。

我がチームのコールド勝ちで終わったこのゲームですが、負けた相手チームには、圧倒的な達成感がみなぎっていました。

私たちは、現実生活の細かい部分で、迷ったり、判断ミスをしたり、対立したり、トラブルになったり、絶望的な気分になったりすることもあるでしょう。

でも、基本はここにあるのではないでしょうか。

例え子どもであっても、尊厳ある一人の存在として尊重する。人生の主体者として、主人公がその子自身であるとすれば、そこは自己決定が不可欠であり、そのことは希望をもって生きることと深く関係していると、私は思うのです。

人生の主体者としての子どもを支えるのが、保護者であり、教師である。そして、その主体的な判断や決定に寄り添いながら、営みを共有し、何か希望や目標に向かって歩んでいくことこそが、私たちの目指す「学び」であり「育ち」なんだと、私は考えているのです。



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子どもの自己決定(進路・就労・結婚・独立) そして家族の支え

 2008-06-18
私はこれまで、何度か、発達の課題のあるお子さんの就学について、ご家族のみなさんといっしょに取り組ませていただきました。

はじめは、何とか自分の専門性をお役に立てたいという気持ちが先行していました。

でも今は、ご家族にとって納得のいく望ましい決定ができるよう、アシストさせていただく、最新の地域情報・これまでの事例・お子さんの発達の経過・就学希望先の現状など、最低限判断に必要な情報を整理して、提供する、時にはお気持ちを受けとめ、共感し、望ましい判断のための条件作りに努める・・・このようにさせていただいています。

しかし、決定の主体者は、あくまで子どもとその保護者

そして、もしご希望であれば、かかわった一員として、その責任の一部を共有させていただく、というスタンスをとっています。

なぜ、こう変わったか?

それは、決定の内容もさることながら、決定に至る過程で、そのご家族自体が進化・成長され、かけがえのない大切なことを次々と吸収されている姿を拝見させていただいたからです。

つまり、どこの小学校を選択したか、という決定そのもより、その小学校でどんな教育が行われるかその内容の方が大切であり、そのためには、ご家族の教育にかかわる問題解決能力の成長こそが重要である、と考えるようになったからです。

言い換えれば、就学の第一の主体者は、子どもとそのご家族であり、主体者としての責任と尊厳を有している。しかし、自己決定だから、何をしてもよいということではなくて、ご家族は、その子と家族を取り巻く環境の中で総合的に最終決断をなされたのであるから、例えば保育園・児童相談所・療育機関・地域の方など、かかわりのある周囲の者も、必然的に一定の責任を共有する、と考えるようになったからです。

このことは、お子さんの将来の、様々な決定にかかわる場面でも、同じ事が言えるのではないかと考えています。

たとえ、どんなに発達の課題が重いものであっても、お子さんの人としての尊厳には何ら変わりはありません。

社会的な地位が高かったり、お金持ちであったり、博士号をもっていたり、世界新記録を出したり、誰もがうらやむ美貌があったり、お笑いの才能があったり、人気者であったり、異性にもてたり・・・評価の尺度は、いろいろあります。

でも、人間的な尊厳、人としての誇り、という面からすれば、イチロー選手も、私も、いっしょです。(笑)

私だって、大切なお父さんです。家族にとっては、かけがえのない一員です。それでいいんです。何もそこに社会的な尺度とか、経済的な尺度とか、芸術的な尺度とかを持ち込む必要は、何もないわけです。

こうした人としての尊厳・セルフエスティームを培うことは、とても重要なことであると考えます。

誰だって、自分が嫌になったり・みじめになったり・自信を失ったりするときはあります。

でも、ともすれば不利な状況に置かれがち場合は、苦しいけれども、逆に少々無理をしてでも、「そうじゃないんだ」と自分を奮い立たせる努力・研鑽・覚悟は大切になると思います。

こうした自尊感情を育てることも、親の大切な役割ではないでしょうか?自分を責めてばかりいても、ちっとも前へは進みませんよ。

子どもといえども、一人の大切な人格者、というとらえがあってこそ、子どもの自己決定が有効に働きます。

子どもが自分の将来に関して、子ども自身が望ましい選択が出来るように、あらゆる方向からのサポートが考えられます。

選択のための情報収集や決定のためのサポート、自分をコントロールしていくためのサポート、前向きな気持ちや態度などのサポート、自己理解・自己実現のためのサポートなど様々な観点があります。

一言で言うなら、夢や希望や生きがいをもっていきるためのサポートです。

リスクや可能性は、だれにだってあります。ならば失敗や不安などネガティブな面ばかりに目を向けるのではなく、ちょっとだけ、先を見たって、夢を見たって、バチは当たりませんよ。

どこかの機関に行って「あなたのお子さんは数値がこれくらいなので、将来はここまではできるけど、この辺が限界です」みたいなこと、言われたことは、ありませんか?そんな時、どんな気持ちになりましたか?

それは、「あなた方の力では甲子園は無理だから、練習しても無駄ですよ」というようなものですよね。

私はそれは違うと思います。どんな弱小チームだって、可能性はあります。それがわずかであっても、「0」では無いはずです。

ならば、ゲームセットの瞬間まで、可能性が「0」になるそのときまで、ベストを尽くすべきではないでしょうか?

たとえ1回戦で敗れたとしても、コールド負けしたとしても、同じ高校球児として堂々と胸を張ればいい。最初から無理だと、あきらめる奴なんかと、決して比べることはできない、尊くも美しい姿がそこにあると、私は思うのです。

そして、結果もさることながら、その過程で子どもは育つのです。ベストを尽くして負けたチームなら、50年後まで、チームの同窓会ができているかも知れません。甲子園に出られなくても、人生の場外ホームランかっとばしています。どちらが尊いかは、わかりませんよね。

今日は、完全に話が脱線しましたね(笑)

でも、言いたいことは、主体者は子ども、そのためには自己決定の場を、親はサポート、責任は共有、結果は大切、育ちはもっと大切、子どもの自己肯定感を育む努力と研鑽を・・

と言うことでした。  果たして、伝わったかしら・・・?



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特別支援教育支援員を付ける  (その方法と手順)

 2008-06-17
様々な理由で、お子さんに個別のサポートが必要な場合、特別支援教育支援員と呼ばれる人が、学級に配属されることがあります。

文部科学省の調査によると、平成17年度においては、1校平均1.52人(全国で13,616人)の介助員・学習支援員が配置されていましたが、平成19年6月に、政府において250億円(21,000人相当分)の地方財政措置が決定され、約21,000人の方が特別支援教育支援員として配置されました。平成20年度は、30,000人の配置が予定されているということです。

私は、この7月に、ある地方自治体の「特別支援教育支援員研修会」に、指導講師としてお話をさせていただくことになりました。

担当の指導主事さんにお話を伺うと、この特別支援教育支援員の方は、特別支援教育に関心や知識はあっても、大多数は教職経験がない方だとお聞きしています。

そして、この特別支援教育支援員の配置については、各教育員会が、その必要性を説明し、地方自治体から予算配当を受けることによって成立します。

つまり、富める自治体とそうでない自治体、力を入れている自治体とそうでない自治体とでは、かなりの差が出ているということです。同じ埼玉県でも、志木市と新座市では、天と地ほどの差があるとお聞きしました。この差は、一体何なのでしょう?

そのことは学校間の格差にも現れています。

私の地域でも、同じ学校規模でも、数人の配置があるところから、ほとんど0に近いところまで、様々です。

それが、どうやって決められるかというと、私の地域では、各学校の校長から出た要求を、専門家チームの会議で決めている、と、担当の指導主事さんから伺いました。

要は、交渉事なので、要求しない限りは物事は、前へと進みません。

ちょっと前の話になりますが、私がある学校にいたとき、ある支援の必要なお子さんと出会いました。

で、結局どうなったかと言いますと、その子一人に、常勤の講師(教員免許のある先生)が一人ついて(年度途中から新たに一人教員が加配されて)、個別の対応を行いました。

どうやったかと言いますと、まず、校長が教育委員会に何回も足を運ぶ、担当指導主事に学校に来て実態を見てもらう、報告書・要望書を何度も何度も教育員会に上げる(これは私の仕事でした)、ケース会議・ネットワーク会議を開く、民生委員会など地域の会合に出かけて協力を依頼する(私は学校教員の身分で、民生委員会に毎回出席しました。民生委員の人はびっくりしていました)、大学の先生にサポートを受け、教育委員会に口をきいてもらう、などなどありとあらゆる方法を行いました。

正直言うと、私は無理だと思っていましたが、結果は、校長の強い意志と信念の勝利でした。

支援員をつけるための第一歩は、一にも二にも校長です。

校長がその気にならなければ、特別な加配は、絶対に付きません。

校長一人「うん」と言わせる根性がなければ、特別な加配はあきらめなければなりません。逆に言えば、校長が「わかりました。やってみましょう」と言えば、大きく前進したと言えると思います。

しかし、支援員はオールマイティではありません。何のためにということを明確にしておくことが大切です。ただいても、する内容が教育的でなければ意味がありません。

例えば、子どもにちょっと嫌なことがあってマイナスの反応をしたときに、支援員が良かれと思ってヘルプに行くと、それが強化子になって、何でもかんでも過剰に反応し、いつでも支援員の助けを求めにいくようになります。

一度、甘い対応をすると、何度でも求めてくるのが、子どもというものです。

集団の中でがまんさせたり、挑戦させたりするのも、教育の大切な営みです。それでなければ、通常学級にいる意味が、逆に問われることになります。

明確な指導の方法のビジョンと、目的や役割分担がなければ、支援員は逆効果だと指摘する大学の先生もいらっしゃいます。

こうしたことを総合的に判断して、「支援員は絶対に必要」となれば、根性決めて校長と向き合いましょう。

合理性・緊急度・必要感、そして保護者の強い意志があってこそ、道が開けると考えたらよいのではないでしょうか?



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子どもをやる気にさせるほめ方のポイント ② (間欠強化)

 2008-06-14
今日は、子どものほめ方中級編 「間欠強化」 のテクニックの紹介です。

間欠強化について、よく紹介されるのが、ギャンブルと恋愛です。要は「人間がはまっちゃう心理のメカニズム」です。これは、何も人間だけでなく、チンパンジーなどの動物実験でも、しっかりと証明されています。

例えはよくないのですが、お金めあてだったり、利用されているのを薄々感じていながら、ヤクザやホストのお兄さんにいいようにされている女性の方がいたとしたら、きっと、少なからずこの間欠強化の影響を受けているのではないかと考えられます。

初めはやさしかった。すごく楽しかった。でも、しばらくしたら急に冷たくなった。

飽きられた?最初から、遊びだった?明日は、誕生日だけど、何の連絡もない。きっともう、相手にされなくなったのだと、あきらめ始める。

誕生日、夜11時59分。あと1分で誕生日も終わる。ちょうどその時、不意にマンションのドアのチャムが鳴る。チェーン越しにドアを開けると、抱えきれないほど大きな花束を持った彼が、汗びっしょりで立っている。

「ごめん。間に合ったかな」
「忘れていたと、思っていた・・」
「ばかだな。忘れるわけないだろ・・誕生日おめでとう・・」

毎日「好きだ」「好きだ」と連続強化するより、こんな形で、いいタイミングで、鮮やかにやられる方が、そのインパクトは強烈です。

ギャンブルでも、一度大勝ちすると、そのことが忘れられず、100回でも200回でも、やり続ける人がいます。

その期間が長すぎたり、じらしすぎたりするとて、「何を今さら・・」となる場合もありますし、こっちがしびれを切らしたときには、相手の方は、「あ、ありがと」程度にしか感じないこともあります。

ポイントは、「ちょっとじらして、その分強烈に鮮やかに!」です。

学級の担任の先生も、意識しているかどうかは別ですが、指導力のある先生は、上手に間欠強化を利用しています。

学級の規律やモラルを厳しく指導する。

「この先生、怖いかも知れない、」

そう不安に思い始めたタイミングで、鮮やかに「あなたは、先生の大切な子ども」というメッセージをその子に送ると、子どもはイチコロです。

これは、指導に自信があってこそできる芸当です。指導力がなければ、不信感を招きますから。

しかし、担任は年によって替わりますが、お母さんは、お子さんにとって唯一無二の特別な存在です。指導に自信なんてなくていいんです。

あってほしいのは、お母さん自身の幸せ感です。この幸せ感さえあれば、時には厳しいしつけも可能です。そして、その厳しいしつけの中に、この間欠強化を鮮やかに組み込めば、完璧です。

もちろん、現実は筋書き通りにはいきませんよ。

でも、「突き放してばかり」では子どもは折れる、「べたべたほめる」だけでは、効果はそこそこ、ということを知っておくことも、大切です。

厳しい中の、やさしさ  

そのことが、心理学の実験でも、科学的に実証されていることを、知っていただければ、何かのお役に立てるのではないかと思います。



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国語の力で 算数を伸ばす (継次処理優位のお子さんの 算数指導)

 2008-06-14
発達面で課題のあるお子さんの場合、言語面の力と数理的な処理の力と、その2つの視点によるアプローチが効果的な場合が多いようです。(このことは、以前の記事で紹介していますので、関心のある方はご覧ください。)

自閉症などで、視覚優位なお子さんの場合は、数理的な処理(つまり算数的な活動)が得意で、言語による学習が苦手な場合が多く見受けられます。

また、その反対に、言葉でひとつずつステップを踏んで理解することは得意だけれど、ぱっとみて全体的なことを視覚的にとらえることの苦手なタイプ(継次処理優位)のお子さんもいらっしゃいます。

このタイプのお子さんは、数を量としてとらえることが苦手なので、当然、操作活動も得意でなく、数理的な処理がうまくいきにくい、ということになります。

経験を積むことにより、ある適度向上が期待できるお子さんの場合には、ブロックやおはじきなどを使って、何度も繰り返しトライするのもいいかも知れません。

しかし、お子さんによっては、そこに時間とエネルギーを注ぎ込むより、別の得意な方法(継次処理)で、算数の問題をクリアさせる方法があります。

この方法は、算数の教科書に載っているの方法とは違います。

この方法では、計算を本当に理解していることにはならない、というご批判があっても、それは当然のことだと思っています。

でも、この方法を使うことにより、それまで2+3もできにくかったお子さんが、あっという間に(15分程度の指導で)、4+9も楽々できるようになりました。

それでも、苦手な同時処理(=視覚的な操作、量として数をとらえさせること)の指導を続けさせることがよいのか、それともトリッキィーな方法でもよいからそれをクリアさせ、コンプレックスを取り除いたり、達成感や満足感を高めた方がよいのかは、それぞれの判断に委ねたらよいのではないかと思います。

私は、2+3ができない2年生のお子さん(現時点では、頭の中で2と3を量としてイメージして5としてとらえることのできないお子さん)に、その子の得意な方法で、4+9ができるように指導しました。

要は、順序数で、ステップを整理して、数え足しをする方法です。

(1) 4+9という問題がでたら、まず、大きい数に○をつけます。 → 4+⑨

  (この子の場合、順序数なら理解できるので、4より9が大きいのはすぐにわかります)

(2) ○をつけて9を意識させたら、今度は4を意識させます。

(3) 4が意識できたら、後は順に、10・11・12・13と4回数え足しをさせます。

(4) これで答えは、「13」  楽勝です。

これが、9+8のようになったら、⑨+8とさせ、足す数の8を、「1・2・3・4・・・・」と声に出しながら、8つの○を書かせます。  → ○○○○○○○○

で、次に、○を鉛筆で順番に印をつけながら、10・11・12・13・14・15・16・17と数えれば、完了です。

暗算ではできません。数を量としてとらえていません。十進位取り記数法を無視しています。数の合成分解もできていません。

でも、紙と鉛筆があれば、答えだけはかなり正確に出せます。

この子の場合、サイコロの3までは、ぱっと見て「3」と言えますが、4となると、サイコロの目を「1・2・3・4」と数えます。

この子にとっては「9+8」は遠い国です。

でも、この方法なら答えは「17」と、すぐにできちゃいます。

「9+9」もできるなら、後はこれを筆算に適用すれば、「24+48」だって、「285+577」だって、何だってできちゃいます。

1円玉で計算できるなら、10円玉でも、1万円札でも、要は同じ事です。手順さえ整理して方法を身につければ、0点の計算テストが、50点いやそれ以上だってとれるかも知れません。

この子は、サイコロの「4」は読めませんが、文脈の中で文字をとらえる能力はすばらしいです。何でサイコロの目が読めないのに、文脈の中で「教科書」という文字を「きょうかしょ」と読めるのか、不思議でしかたありませんが、その処理能力は、私の力をはるかに凌いでいます。

こんな子どももいるのです。

ならば、こっちの力を使って、算数をクリアさせようというのが、今回のチャレンジです。

7+8 → たす数の8を3と5に分ける → 7+3で10 → 10と残りの5で15

これができるにこしたことはありません。

しかし、能力開発、あるいはその子の自立のいう視点で考えた場合、指導ではどんなことを大切にしなければならないのかは、お子さんに特性や将来の姿に寄り添いながら、今一度、しっかりと吟味してみる必要があると考えています。



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親のセルフエスティーム(自尊感情)が 子どもに伝わるとき (「学び」と「育ち」を支える大切な要素)

 2008-06-14
今朝の事ですが、浪速の女芸人として一世を風靡したミヤコ蝶々さんの在りし日のインタビューが放映されていました。

何気なくそれを見ていました。

彼女は、お父さんが駆け落ちした芸者さんを継母として、東京から関西に移り、幼少から旅芸人としての人生を歩み始めたようです。

この継母がたいへん厳しい人だったようで、ことある度に、三味線のばちで子どもをたたき、継子いじめ(今では児童虐待?)と周囲から、何度も言われていたようです。

それは、きびしい修行だったようです。

でも、蝶々さんは、ちっともぐれたり横道にそれたりは、しなかったというのです。

「継母が、ばちで私をたたく時、継母は、いつも目に涙を浮かべていた。子どもというのは、そういう気持ちは、ものすごく敏感に感じるもので、だから私は、一度として恨んだり、ぐれたりすることはなかった・・」

古い映像の一コマでしたが、見ている私の胸にも、熱い物がこみ上げてきました。

前にもお伝えしたことですが、発達の課題のあるお子さんをお育てになったベテランのお母さん方は、多くの方が明るく、そして輝いていらっしゃいます。

きっとそれは、何度も自分を責め、苦しんだ中から、遠くに見えるかすかな光を見つけ、懸命に歩まれてきたからなのでしょう。

母が揺れたら、子どもはもっと揺れます。

学校の先生も、専門機関の先生も、かかわるのはほんのわずかな期間だけです。3年もすれば、担当は、当たり前のように変わっていきます。そして、次の先生は、同じように見えても、言ってることは微妙に違います。この微妙な違いの中に、実は根本的な理念の違いが反映されているのです。

だったら誰を信じたらいいのか?

それは、苦しいけど、自分自身以外にはありえません。

だから私は、直接の子どもの指導も大切だけど、そのご家庭、とりわけお母さんに、それを乗りこえる力をつけていただくことが重要だと考えています。

お母さんの幸せなくして、お子さんの幸せはありません。

そして、幸せというものはある「状態」をさす物ではなく、心のありようをさす言葉です。

例えはよくありませんが、高級クラブで十万円使うより、我が家の娘に発泡酒ついでもらう方が幸せに感じる場合があります。(その逆も、あるかも知れません=笑)

要は、状態ではなく、感じ方、あるいは価値観の問題です。もののねうちの感覚です。

つまり精神性の高さが、幸せにつながり、自分が好きになれる(自尊感情の高い)状態になれるのです。

そのためには、とうするか?

それには、まず強い意志・決心・覚悟、それから研鑽と努力、そして支える家族・仲間・指導者ということになるでしょうか?

そりゃ、へこむことの方が多いかも知れませんし、簡単なことじゃないかも知れません。

でも、やったことは、やっただけは、ダイレクトに子どもに響きますよ。

蝶々さんじゃないけど、言葉で表現できにくかったり、評価の尺度とか手応えとかがなくて、苦しい時があるかもしれないけど、実は、お子さんはそのことを感じ取っていますよ。

だって、小さいときに、お母さんに見捨てられることは、自分の命を見捨てられることですから、嗅覚は敏感です。すべての意識は、そのことに集中しています。

それだけ、お母さんという存在は、他では替えることのできない大切な存在です。

(私は、もうすぐ50歳になりますが、5歳で母と生き別れたこと、まだ引きずってますよ。恥ずかしながら・・ そんなものです。)

もしお子さんの発達に課題があったら、なおさらです。

これだけ、ダイレクトに響くのなら、お母さん、へこんでばかりじゃだめですよ。

(時には仕方がありませんが・・)

お母さんが幸せ感オーラを出せば、子どもは安定します。可能性もうんと膨らみます。

もしかしたら、幸せというのは、向こうから勝手にやってくるものではなくて、自分で、自分の心をコーディネートしていくものなのかも知れませんね。



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子どもをやる気にさせる ほめ方のポイント ① (連続強化・間欠強化・自己強化)

 2008-06-13
子どもの問題行動を軽減するにも、勉強や課題に進んで取り組むようにさせるのにも、武器となるのはただ一つ、「子どもをほめる」の一言です。

指導力のある先生、すばらしいお母さん、共通するのは、ほめ上手。

しかし、このほめ方には、ちょっとしたテクニックがあります。

まず、基本中の基本は、連続強化。よい反応がおこる度に、適切にほめる方法です。

しかし、実際にはほめるの下手な人はいます。いわゆるKY(空気読めない)の人です。子どもは残酷な一面をもっていますので、気の毒ですが、このタイプの人の指示には従わなくなっていきます。

例えば、タイミングがずれたり、わざとらしい・大げさ・くどいタイプのほめ方では、子どもはドン引きしてしまいます。

昨日、ある子が、なかなか宿題に取り組まないでいました。私は、別な子の宿題を見ていました。私は横目で彼の行動をとらえていましたが、彼の目からは「ぼくにもかまってビーム」がぎんぎんに出ていました。彼にとっては、私の男性的なかかわりが魅力のようです。そのことが強化子(ごほうび)になっているのです。

私が別な子の指導している間は、その子は私の視線の端々で、いろいろとやってくれています。

でも、、女性の指導員は、そのことに気がついていません。

「さあ、今度は○○ちゃんに!」と、思った瞬間、その指導員は、「○○ちゃん、まだ宿題できてないがー」と、大きな声で、身も蓋もない言い方で言い放ちます。

「宿題、持ってきなさいー」

男の子は、逃げ回っています。ちょっと、まずいパターンになりました。

これは、この子が、「問題行動によって、自分への注目を得る」という快刺激獲得のパターンです。

別な子の指導が終わり、その子の所へ行って、「先生といっしょに宿題しようか?」と言うと、素直に「うん」とは言いません。

「ごめんね。じゃあランドセルはどこにあるの?」と言うと、顔は横を向いていますが、指はしっかりランドセルの方向を指しています。

私は、ランドセルの中から、プリントを2枚取り出すし、

「じゃあこれ、お迎えの時に、たたみの部屋で、先生といっしょにしようか?」と言うと、男の子は大きくうなずきました、そして、その時間が来ると、一番に部屋を飛び出し、たたみの部屋にやってきたのでした。

もちろん、宿題はスイスイで、あっという間にできました。その時間は、わずか10分といったところでしょうか?彼には、この10分を、何より求めていたということになります。

この子の問題行動を回避するためには、まず先に、この子への個別指導をすればよかったということになります。

(現実場面は、経過通りに行かないことも多いです。ですがこの教訓は、必ず次につなげます)

ほめるという行為は、ある行動に対して、強化子(ごほうび)を与えて、次につなげる方法です。しかし、指導者はほめているつもりであっても、それを本人が求めていないものであれば、ちっとも強化にはなりません。

空気を読むということは、言い換えれば、子どもにとっての一番の強化子(ごほうび)が何かをとらえる判断力のことを指します。

この強化子は、何も物だけではありません。時にはそれが、ほほえみであったり、言葉であったり、まなざしであったりします。「応用行動分析=物でつる」のイメージはは、あまりにも浅はかで、短絡な思いこみに過ぎません。(最終的に目指すのは、自己強化ですから)

また、だれかがほめて満足している時に、それにかぶせて大げさにほめると、逆効果になります。くどいと辟易しますし、行為に対して即時に強化していないので、二番煎じでほめた(強化した)と思うのは危険です。

連続強化は、即時強化が原則です。タイミングというか、旬を逃したら、無意味です。要は、そこにある指導観が問われることになるのです。

それが出来ないのは、勉強不足ですので、目標とする行動・子どもの実態・評価のタイミング・方法などが、本物(=自分らしいもの)になるよう紙にでも書いて、整理してみるのも良いかも知れません。

子どものしっぽさえつかめば、結構楽しいですよ。

次回は、中級編ということで、「間欠強化」を中心に紹介をさせていただこうと考えています。



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子どもの問題行動を 軽減させるテクニック (他行動 分化強化)

 2008-06-12
発達の課題のあるお子さんが、集団生活をおくる場合に、さまざまなトラブルや問題が生じることがあります。

起こった行動には、さまざまな原因・理由・経過・背景などがあり、私は、問題行動が起こらなければそれでいいと言うことではなくて、起こった行動をもとに、どう子どもを育て、どう支援していくか?その営みこそが、重要であると考えています。

私が今、個別の問題に対応していくときは、応用行動分析の考えに基づいた手法を、自分なりにアレンジして使います。言わば、SHINOBU流の、ブロークン(でたらめ?)応用行動分析です。

その手法の一つが、他行動分化強化(=DRO)のアレンジです。

ものすごい先端的な方法のようですが、聞いてみれば、単純な原理です。

つまり、問題行動を叱るのではなく、問題行動をしていない行動をほめる、ということです。言わば、逆転の発想です。

「今日登校班で、みんなといっしょに並んで行けたんだって、すごいね、さすがだね!」

「今日は、教科書、投げたり破いたりしなかったの?いやな気持ちになっても、がまんできるようになってきたんだね。さすが1年生だね。○○先生も、きっと喜んでくれたよ。」

「今日一度もけんかしなかったの? だんだん おりこうになるんだね。 どんどんかしこくなるから、これからが楽しみだよ」

※ 正直に懺悔しますが、以前私が小学校の学級担任だったときは、身も蓋もないような叱り方をして、多くの子どもの心を傷つけていたことがあったと思います。今では改心して、このように罪滅ぼしをしていますので、教え子の皆さん、どうぞお許しください (笑)

発達課題のあるお子さんの場合は、ごほうびに分割強化子を与えるとさらに有効な倍場合も多いようです。

例えば、その子の大好きなパトカーの写真を9等分して、がんばった日に一つずつご褒美として与え、9個そろえば完成(=めちゃくちゃほめる)となり、次は消防車、という方法です。

何かのCMではありませんが、物でつるではなくて、物に心を込めて、きちんと表現するということです。

私の結婚式(今から20年ほど前)で、神父様(教え子のお父さんでした)は、私に次のようなお言葉を与えてくださいました。

「愛は、心に抱いているだけではいけません。表現し・相手の心に伝える努力が必要なのです・・・」

発達の課題のあるお子さんの場合、伝えるにはちょっとした工夫が大切です。

コミュニケーションの方法が苦手であっても、人間そのものは大好き。仲良くなりたいという気持ちがわかってくれないから、逆に暴れる子だっているのです。

言葉で表現するのが苦手な子の場合、その強烈な行動自体が、そういったメッセージであるとこともよくあることです。

子どものことを、もっと好きになる工夫というのは、あると思います。でも、それには努力も勉強も覚悟も研鑽も必要です。

ですが、やれば必ずできます。

自然に、好き・好きオーラが出るようになれば、物事うまく行ってる兆候です。

ぼくは今、今の自分が幸せなのは、今かかわりをもたせていただいているお子さんのおかげだと、心の底から思っています。だからきっと、好き・好きオーラ出てると思います。

なので、時にはいっぱい食わされるときもありますが、基本的には指示や要求をきちんと受け入れてくれますし、指導場面で困ることはあまりありません。

コミニュケーションには、指導者とのエンパシー(共感性)やラポール(信頼感)は不可欠です。そうした意味でも、DROは有効だと考えます。

今後は、私のいない場面で、いろいろな事を どれだけコントロールできるか?その方法を考えなくてはなりません。



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どうして この子の言葉は増えたのだろう (発達の経過から要因を探る)

 2008-06-11
昨日の大学でのお勉強のテーマは、「脳神経の機能とコミュニケーション」についてでした。

私自身の立場で言えば、「最近急速に表出言語が増えている子どもを前に、どういう要素が大切だったのか?これから、どんな指導・支援が大切になるのかを、日常の子どもの生活のレベルで整理しておくこと」が課題となっています。

ご存じの方も多いと思いますが、言語の発達は、理解言語(=受容言語、頭の中で言葉を理解すること いわゆる言葉のインプット)と、表出言語(=思ったことを言葉として発すること いわゆる言葉のアウトプット)という2つの視点からとらえることができます。

理解言語は、脳の中心溝(真ん中付近の溝)より後ろの部分がつかさどり、臨界期はかなり低いようです。言葉そのものが、理解できにくい状態と言えますから、例えば、3歳になっても4歳になっても、言葉に反応が見られないようでしたら、言葉によるコミュニケーションより、別な方法でのコミュニケーション方法も検討すべきかも知れません。

表出言語をつかさどるのは、中心溝より前の部分です。

言葉は理解できているけど、実際には言葉が出てこない、というパターンです。

このブログで紹介させていただいているお子さんの場合は、このパターンに当てはまります。

こうしたパターンの場合、臨界期はかなり高く、小学校中学年、場合によっては中学くらいまでは期待できる。(とDrはおっしゃっていました) では、今かかわっている子どもにとっては、一体何がポイントになっていたか?それは、単にそういう時期がやってきただけなのか?それとも、有効な何らかの働きかけがあったのか?

そして、「このパターンの子は、何かを境に、爆発的に表出言語が増える」とDr.は続けました。

まさに、今私がかかわっている子どもの姿、そのものです。それを明確に実証する力量ありませんし、その方法も知りません。

かなりバイアス(歪みや思いこみ)があるとは思いますが、1年以上お母さんといっしょにこの子に寄り添ってきた、私の個人的な感覚では、次のようにとらえることができます。

それは、理解と表出の間に、いくつかの解決していかなくてはならないブロックがあったのだと思います。

まずは、言語によるコミュニケーションの、本当の良さや快感を体感する機会が少なかったということです。

この子が劇的に変わったのは、4歳児の後半から取り組んだ和太鼓のパフォーマンスだと、私は考えています。

もちろん言語による指示が苦手なお子さんではありますが、和太鼓は動きが大きく、口でごちゃごちゃ言わず、とにかくやってみせる。視覚優位のこの子にとっては、願ったり叶ったりの指導方法です。

和太鼓の指導は、大阪から岡山まで新幹線で来ていただいている専任の講師に指導をお願いしています。1日数万円のコストがかかっていますが、その指導には、絶対の信念と自信の裏付けがあります。担当保育士さえも縮み上がる厳しい指導ですが、どの子にも公平で、曖昧さや不必要な後退はありません。

できたら、ほめる→できなきゃ教える→やってみせる→必ずやらせる→そしてほめる

厳しいが、必ず成果はあがる。その結果、先生からも、家族の人からも、地域の人からも、友達からも認められ、大きな達成感を得ることができる。

この集団活動の体験が、その後に大きな影響を与えたのだと、私は考えます。

集団欲は、大脳辺縁系といって、人間の基本的な欲求に根ざしています。

彼は、高度に統制された集団活動から、人とコミュニケートする扉に手が触れたのだと思います。

行動分析風に見ると、人とコミュニケートしないことによって不快なことから回避することより、人とコミュニケートすることによって得られる快刺激が、それを上回ったと、とらえることもできるのでしょうか?

楽しさ、うれしさの尺度は、その子によって違います。

彼は、働く車が大好きです。きちんと物を並べたお店やさんが大好きです。約束やルールも、自分なりの判断があって、それが時々ずれたりなんかして、トラブルも起きます。

でも、そんな中でも、子ども社会の中ではきちんと接点があるのですね。彼のお店屋さん、いつの間にかお客さん、来てますよ。

さっきけんかしていた2年生と、いつの間にか、砂遊びしています。

それぞれ感じる楽しさ、ちょっとずれていますが、共通部分はちゃんとあります。仲間としてのポジション、ちゃんとありますから、けんかして、トラブルが起きて、ふて寝する時はあっても、大切な大切なメンバーの一員なんです。

これがあってこそ、コミュニケーションは成立するのです。

言語はそのツールなのですから、表出言語が増えるというのは、言語そのものよりも、コミュニケーションを必要とする環境の成熟こそがそのベースとなっていると考えるのは、私一人の思いこみにすぎないのでしょうか?



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二回目以降にこそ 学習の真価が問われる! (認知面に課題のあるお子さんの理解の仕方について)

 2008-06-10
私は現在、同時処理(視覚的な入力)が得意なお子さんと、継次処理(言葉で順序立てて理解する)のがお得意なお子さんの、両方の指導を行っていますが、どちらにも共通する大切なポイントがあります。

それは、「新しい指導の1回目の指導は、イントロだけで結構。無理して結果を求めるより、来週にどうつなげるかを優先しよう。」という感覚です。

これは、理論的なベースというより、私自身の経験則から来ています。

でも、自分なりの根拠は持っています。

一つは、脳の構造的な観点からです。

こうした知的学習は、脳の連合前野が中心となって働きます。そして、パソコンでデジタル化するのも難しいような、膨大で曖昧な情報を脳内で処理をしていくわけです。

発達面で課題のあるお子さんの場合、どこか一部に苦手なところがあるわけですから、その処理には時間がかかります。時には、余計な何かの情報が強烈にそれをブロックして、物事を前へ進ませないことだってあります。

しかし、一定の時間的な経過があると、しょうもない情報から順に整理され、必要な情報のみが生き残ります。こうした段階で、送り手の側も、実態を見てより精選した、より効果的な方法で情報発信をします。

1回目より、いろいろな面で好条件です。

勉強が好きでないお子さんの場合、1回目でマイナスイメージが先行すると、後々の展開がますます苦しくなります。ですから、1回目はイントロ~の感覚の方が、うまくいく場合が多いように思います。


もうひとつは、きわめて感覚的なことですが、2回目には、子どもがある程度の見通しをもつことができるために、情緒的な不安から解消されるのではないか?という推察です。

例として、適切かどうかはわかりませんが、このことを私の日常的な体験から説明させていただこうと思います。


この3月に私は、初めてパシフィコ横浜というコンベンションホールに出かけることとなりました。

私は、横浜ベイスターズのファンですから、これまで何十回もこの付近におじゃましているので、楽勝の気分で、桜木町駅からパシフィコ横浜に向かいました。

動く歩道を抜けて、ランドマークタワーへ、とここまでは順調でした。ところが、ランドマークタワーに入った瞬間、出口がいろいろあって、どこをどう行けばパシフィコ横浜に通じるか、さっぱりわからない。

迷路のようにぐるぐる回りながら、やっとの思いでそれらしき通路を見つけると、私の感覚では5分も経たない間に到着するはずが、行けども行けども、ショッピングセンターみたいなところばかりで、それらしい物は何もありません。

開始の時間は、刻々と迫ってきます。だんだん脂汗が出てきました。案内表示も何もありません。もしかしたら、道を間違えたか?引き返して、誰かにもう一度尋ねるか?

いろいろな不安な思いが、次から次へと駆けめぐってきます。

方向はあっているはずだ、と無理に自分に言い聞かせて、さらに5分くらい(心理的には30分?)歩くと、ありました。ちっちゃい紙で、それとわかる案内が。(小心者なので、ホント胸をなでおろしました)

今から考えると、何てことはない笑い話ですが、そのときはきっと顔、ひきつっていたことだと思います。(笑)

そして6月。再びアネックス横浜へ。今度は、時間的な見通しも、確信もありますから、楽々です。途中で帆船や観覧車の写真を撮る余裕もあります。

それに、まわりのショッピングセンターや小粋な土産物屋、さらには昼のランチをどこで食べるかのチェックまでしています。

それでいて、前回はあんなに果てしなく長く感じた通行時間が、心理的には、半分以下、いや、大げさに言えば1/4位の感覚です。それより何より、今度は楽しいし・・

この時私は、「子どもにとっては、学習は、すべてが初めて習うこと。もうすでに、脳内のネットワークが形成されている大人とは、見え方が違う。不安も多い。ましてや勉強が苦手と感じている子どもにとっては、きっと1回目に私が感じていたようなことが、子どもの中で起こっているんだろうなあ」と思いました。

ならば、1回目は通るだけでよい。そして、小さくてもいいから、「アネックスホールはこちら」みたいな道案内(つまりは形成的な評価です。「いいよ、いいよ、できてる、できてる、すごい。すごい」です。)を適当な所へ貼っておいてやることが、大切なのではないでしょうか?

無意味な挫折感は、子どもに必要ありません。見通しがあればこそ、子どもは楽しんで通っていきます。そして、その過程で様々なことを吸収していきます。

1回目の結果だけで、それがすべてだと考えるのは誤りです。

一歩のでかい階段は上れなくても、100歩の小さい階段なら上がれる子、いますから。

要は、その子に合った学習方法があるわけで、人と、必要以上に比べることはないのだと、私は考えているのです。



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障害を支援によって個性と特性に (親のライフスタイルまで変容させる発想の転換)

 2008-06-09
今日は、先日の講演で拝聴した「えじそんくらぶの高山さん」の、胸のすくような前向きな物の考え方について紹介をさせていただこうと思います。

この方は、小さい頃「おっちょこちょいにつける薬はない」と言われ続け、アメリカの大学院で勉強しているときに、自分自身がADHDであると知り、現在でも「私はADHDです」言ってはばからない方です。(講演を聴いていても、話が行動があっちこっち飛んで、私は心の中で笑っていました=失礼)

しかし、その言い切りの力強さと、内容のシャープさは特筆ものです。感銘を受けました。

まずADHDそのものは、一般的には、注意欠陥多動性障害と訳されることが多いと思いますが、この方はそれを、「ひらめき・創造性」「実行力・行動力」「エネルギッシュ・雄弁」という見事なまでに、ポジティブな言葉に置き換えます。

まさにこの言葉は、高山さんの活動や生き方そのもです。彼女は、ADHDをむしろ武器にして、進化し、前進を続けています。

そして、「高機能発達障害は、理解と支援により個性になる」とはっきり言い切ります。なんと心地よい言葉の響きでしょう。

このブログでも紹介したADHDのお子さんの事例も、まさにこのカテゴリーに入ると考えています。

そして、子どもの行動変容に大きな影響力をもつのは、親の自尊感情(セルフエスティーム)であると訴えます。

「坂本龍馬は7歳までおもらししていた」

「エジソンもモーツアルトもADHDだった」

「具体的な支援に結びつかない診断は必要ない」

「障害ととらえるのではく、幼さととらえよう」

力強い話は続きます。

でも、うまくいかないから落ち込むのに、どうやって自尊感情を高めたらいいのでしょう?

彼女は、その工夫として、次のように整理しています。

・ 子どもの行動とその人格を同じに考えない。(行動に幼さがあっても、それと人格とを同じと考えない=確かに、行動幼くても 憎めない かわいい子っていっぱいいますよね)

・ 何かあっても、誰も責めない。(自分も責めない)

・ 達成可能な課題を設定し、成功体験を積み重ねることにより、長所を伸ばす。

・ 自分をそもそも不完全な存在としてとらえる(完全と思うから、うまくいかないときに落ち込む。もと もとの自分を0に置いとけば、あとは全部たし算です=笑)

・ 失敗したときが、チャンス (これはどんことに限らず真実ですよね。下がったら、必ず上がります)

講演では、「効果的な指示の出し方」「早期にマスターしておきたいこと」「子どもの行動の分類」など、テクニック的なことの説明が、具体的な事例をもとに紹介されていました。詳しくは、高山さんの著書をいただければと思いますので、関心のある方は、右の「おすすめの本」のコーナーをご覧いただければと思います。

この先生のキモは、「重苦しい障害感」からの脱却です。

もし、障害を重く受け止めることにより、子どもが成長し、幸せになれるのであれば、あえて親は、その十字架を背負って歩むことも必要なのかも知れません。

先日ある親の会に参加させていただきました。お母さん方の前向きな姿勢・笑顔・そのエネルギーには圧倒されてばかりです。かなり重度の障害のあるお子さんの保護者の方も多くいらっしゃいました。きっと、多くの困難や課題を乗りこえての現在であることは、容易に想像できます。そして、この前向きで明るいエネルギーは、ベテランのお母さん方から若いお母さん方へと脈々と受け継がれていきます。

人間ですもの、ダメージを受けて、ふさぎ込みたい時だってあるでしょう。

でも、このお母さん方は、そこから立ち上がり、勉強され、工夫され、努力され、前向きに笑顔で生きる生活を築いてこられました。

発想を変えることで、その第一歩が踏み出せる時があるかも知れません。

発想を変えることで、人生そのものの大切さが見えて来るときだってあると、私は考えています。



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真心を込めた担任の先生の美しいかかわり (通常学級での特別支援教育)

 2008-06-08
昨日、Aちゃんのお母さんがご相談にみえられました。発達面の課題はありますが、通常学級に楽しく通っているAちゃん。「通常学級を選んで本当によかった。こんな形での指導を続けていただけたら、どんなにうれしいことか」とお母さんに言わしめた、担任の先生の真心のこもった そして、ていねいで美しい指導の工夫とは・・・

この先生の以前のエピソードは「担任の先生、そして支援の先生に感謝・感激!(2008-04-19)」に書いていますので、今日はその後日談になります。

ちょうど1年くらい前、Aちゃんとお母さんと私とで、幼稚園のことばの教室に行き、語彙発達検査を受診しました。

その時は、「言葉が出ない」「言葉の理解が遅い」「コミュニケーションがむずかしい」など、言語面の課題が中心でした。しかし、今は言語面では信じられないような進歩がみられました。当時のことがずっと昔のことのようにさえ思われるくらいです。

特別支援学級への入級を強く勧められていたこともあり、小学校入学の際は、「どれくらい集団に適応できるのだろう?」「保育園とは違う新しい環境に、本当に適応できるのだろうか?」と、期待もさることながら、不安いっぱいのスタートでした。

入学式の前日、学校にお伺いすると、若くてやさしそうな女の先生が、入学式のことやクラスのことをとてもていねいに教えてくれました。

「ここが、Aちゃんの席よ」と教えてくださると、Aちゃんの顔は、いっぺんに満面の笑顔と変わりました。この瞬間から、この先生は、きっと世界で一番大好きな先生となりました。

しかし、しばらくすると、いろいろな出来事が起こり始めました。

・ 席に着けない
・ 教科書をやぶる
・ 物を投げる
・ 急にいなくなる
・ 女子トイレに入る
・ ルールや順番がわからず、トラブルが起こる
・ 友達にけがをさせる  などなど

学童保育に来ているので、同じクラスの子から情報は次々と入ってきます。

「どうして、女子トイレに入ったの?」
「・・・・」
「もしかして、○○ちゃんのこと好きだったの?」
「うん」
「いくら好きでも、男の子が女子トイレに入ってはいけないんだよ。わかった?」
「うん」
「○○先生のことも好きなんでしょ?」
「うん」
「いけないことをすると、○○先生も困るんだよ。それでもいいの?」

 (強く首を横に振る)

「女子トイレにはもう入らないと、約束できるかな?」
「うん」
「じゃあ、指切りだね」  (とある日の私とのかかわり)

こんな日が続き、さすがにお母さんも少々お疲れ気味になってきました。

しばらくすると、「Aちゃんは休み時間に勉強している」という情報が入ってきました。

子どもの言うことなので、どういうことなのかと思っていたら、昨日のお母さんの話では、この素敵な先生は、休み時間に1対1での個別指導を始めてくださったということです。

たとえわずかな時間であっても、気絶するほど多忙な1学期の1年生の日常の中で、こうした個別指導を行うのは容易なことではありません。

連絡帳をみると。そこには先生との約束事が数項目書かれており、ごほうびのシールも何枚か貼られていました。

こうした個別指導が始まってからは、指示や勉強の方法がわからなくなったときも、物を投げたりすることが少なくなってきたと聞いています。

こんな方法もあるんですね。

このクラスの子どもは、みんなその先生が大好きです。一人一人の子が、みんな自分が先生から受け入れられていると感じているから、こうした特別な指導をしても、みんな文句を言いません。この先生と同じようなまなざしで、Aちゃんを応援してくれています。

だんだんとAちゃんも、学校でしていいことといけないことが具体的に理解できるようになってきました。それよりも何よりも、この先生のことがますます好きになっていきます。

トラブルは多いですが、表情も活動も日増しに生き生きとしています。言語の発達にも加速がつき始めました。

お母さんに聞くと、以前は家では任天堂DS(携帯用ゲーム)ばかりしていたようですが、このごろはまったくしなくなったそうです。

土曜日は、一日学童保育のみんなといっしょに保育園で過ごします。

昨日は、袋3つに大好きな車のおもちゃいっぱいもってきました。

勉強も予定通りしましたよ。その後は、お店やさんごっご・自転車のり・かくれんぼ・おにっごっこ、そして持ってきたおもちゃで、友達と遊ぶ遊ぶ。これで、コミュニケーション力、つかない方がおかしいというくらい遊びます。元気いっぱいです。

先日、この小学校の運動会がありました。

見に行くと、1・2年生の表現運動の全体指揮を、この素敵な先生がされていました。1年生の6月の運動会、しかもAちゃんのいるクラスの担任をしていて、1・2年の合同体育のリード役。

さすがの一言です。

お母さんは、「担任の先生が、クラスの一員として、しっかりと受けとめてくださる、そのことが何よりもうれしい。どんなことよりも、そのことがうれしいし、ありがたい」と、何度もおっしゃってお帰りになりました。

以前は、「できれば個別にサポートしてくれる先生を」とおっしゃっておられましたが、今では「これで十分です。これ以上のことは望みません」とおっしゃるようになりました。

担任の先生には相当なご苦労をおかけしていることと思います。

でも、この先生のご苦労に支えられてスタートしたこの子の小学校生活は、きっと将来にわたるまで、心の拠り所となる大切な営みとなっていることでしょう。

この先生のご苦労は、この子の心の中で、生涯生きて働き続けていくことでしょう。

この先生の、真心を込めた美しいかかわりは、決して無駄にはなりえない大切な営みであると、私はは考えています。



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LD?アスペルガー?自閉症?ADHD? 診断が効く場合とそうでない場合とは・・

 2008-06-07
昨日は、臨床心理士・大学講師・えじそんくらぶ代表 そしてご自身をADHDと言ってはばからない高山恵子さんのご講演を拝聴させていただきました。

一言で言うと、「こっち側の人」 だと思いました。

「診断名がついて効果的でない場合があるんだ」とダイレクトに言えるということは、相当現場の課題を理解されている人だなとも思いました。

お立場のある方には、500人以上のセミナーで、なかなかダイレクトに言えない言葉ですよ。高山さんらしいと思いながら、心の中で、何度も拍手をおくらせていただきました。

こういうことがあるから、岡山から飛行代使ってでもよい講演は行くべきだと感じています。全国保育協議会の研修は、講師がいいですね。今回は、参加費14,000円でしたが、本を購入したら数冊分の価格で、これだけの内容でしたらお安いものです。

高山さんの講演の内容については、これから少し時間をかけて精査したり、ご著書を拝見させていただきながら、このブログでも紹介させていただこうと思っています。

さて、それでは診断がついて効果的な場合とそうでない場合のことですが、ここからは私自身の経験から感じていることお話させていただきます。

まず、診断がついて効果的な場合は、そのことによって、ダイレクトに目に見える形で、直接的にサポートが受けられる場合です。

例えば、支援員の加配があり個別サポートが可能になる。通級指導が受けられる。希望している特別支援学級に入級できる。療育手帳がもらえる。子どもに対する理解が深く、実績のある方の指導が受けられる・・・などでしょうか。

こうした場合は、診断がなくてはサポートが受けられない場合が多いでしょうから、お子さんのために必要であると判断をされた場合は、診断を受けられることが必要となってきます。

また、例は少ないかもしれませんが、集団指導の中で育てたいが、その子の特性をよりシャープに受けとめてもらったり、より深く子どものことを理解して指導・支援にあったてほしいという場合に、こうした診断の枠組みを利用する場合もあるかも知れません。

では、診断を受けない方が良い場合とは、どんな時なのでしょうか?

それは、診断がつくことにより、特別な存在として、これまで所属していた集団から切り離されてしまう可能性がある場合です。

診断がついたその日を境に、「あの子は自閉症だから、LDだから、専門の先生の指導が必要」ということで、通常クラスで特別扱いされ、共に育ち共に学ぶクラスの大切なメンバーとしてのポジションに微妙な変化が生まれ、知らず知らずのうちに腰の引けた対応になってしまい、いつの間にか、そこから切り離された存在になってしまうこともあります。

専門的な指導や個別のサポートが必要な場合は、診断は必要です。

今、相談機関行けば、多くの子どもが診断をいただいて帰ってきます。

でも、実際にその診断で、どれほどの個別サポートが実施されているのでしょう?そのことで、希望する手厚い環境が選択できるのであれば、それは迷うことなく、診断をいただくべきだと思います。

ですが、そうでないとしたら、診断に伴う現実面のリスクがあることを知った上で、判断をされた方が、私はよいと考えています。

診断や発達検査には、一定の尺度があり、客観性があるので、とても重要な意味をもつことは、まちがいのないことです。

ですが、学校や保育園では、毎日数時間にもおよぶ学習や生活の営みと豊富な質的なデータ、そして教育愛に満ちた先生とのかかわりがあります。

今では、こうした質的データによって、その子の認知や行動特性を理解することはできます。早い話が、自閉症という診断がつけば「ああやっぱり」ということです。診断書がなくても、すでに行動特性などはすでに理解できているのです。

ですが、診断という紙きれが、何か急にその子を特別な存在に変えてしまうこともあるのです。それで泣いてきたお母さんを私は何人も知っています。

どんな診断であろうが、その子はその子じゃありませんか。

インクルージョンの原点は、ここにあります。まず、その子の集団の中でのポジションがしっかりあったうえで、みんなから大切なメンバーの一員として受け入れられたうえで、専門的な指導を組み合わせていくべきだと、私は考えています。

いつも「理想と現実は違う」と言われますが、では「あなたの目指す方向は何ですか?」と、逆に私はこれから、問いかけをしていきたいと考えているのです。



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発達課題のあるお子さんが 集団から学び取っていくエキス(横浜での気づきから)

 2008-06-06
「自分の子どもに最適な専門的な教育を受けさせたい」「ナチュラルな同年齢の子どもたちとのかかわりの中で我が子にいろいろなことを吸収させたい」

一見相反するこの二つの願い、多くの保護者のみなさんがお考えになっていることではないでしょうか。

この二つが同時に実現することが望ましいのは言うまでもありません。

しかし「ただ集団の中に入れても、お子さんは困るだけですよ」という見方があるのも事実です。この問いに対して、あなたならどう答えますか?

私なら、次のようにお答えしようと思います。

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今日は、研修で横浜に来ています。

関内というところから、地下鉄に乗って桜木町に行き、そこから動く歩道に乗ってアネックスホールという会場まで行きます。

私は普段岡山にいて、車で通勤していますから、この都会の皆さんの通勤の様子は驚きです。

電車から乗るときは、最後の一人が降りるまで、戸口を広く開け列を乱さずみんなきちんと待っています。

また、エスカレーターや動く歩道では、左列の人はは制止し、急いでいる方・歩く方のために右列を開けています。

別の地域や外国ではこうでないところもありますが、ここまで整然とやられると、自分だけ割り込みしようなんて思えなくなります。何も書いていなくても、その場のルールを理解・体感します。

この集団の行動の情報を細分化して、デジタルで完全に分析すると、相当な情報量になるはずです。

その一つ一つを切り取って分けて指導したり、系統化したりする指導が無意味だとは言いませんが、日常化している環境の中でで、統合的に学ぶ方法の方が、私はきっと有効だと思います。

眼に見えるわかりやすい形が、厳然とした事実として、集団の意志と方向性を伴って実行されている。こうした場で、学ぶことは有効です。

細切れの、紙上の学習はすぐに忘れてしまいます。

さすがに課題のあるお子さんを、生きた集団の中にいきなりノーケアで突っ込むことは無理なことでしょうが、そのための工夫は十分可能ではありませんか?分けて指導するより、有効な場合はなでしょうか?

正味リアルの現実社会ですから、適応度は100パーセントです。多少のリスクはあっても取り組む価値があるとは思いませんか?子どもの社会的な自立こそが、教育の大切な目標であるとは思いませんか?

しかし、実際に見たわけではありませんが、割り込みが横行されている?とされている中国では、同じような効果は期待できませんよね。

だからこそ、学級の集団作りこそが、課題のあるお子さんにとっても、その仲間であるクラスのメンバーにとってもとても大切な意味があるのです。

ここをベースにして、個別の専門的指導の場を組み合わせることができれば、ベストです。

これからの特別支援教育は、インクルージョンに向けて、まず「仲間としてそれぞれの存在を尊重し、共にその成長と幸せを図る集団作りに目を向けて取り組むことが重要になってくる」と、私は考えます。

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けど、現実の子ども集団や学級集団は、どちらかと言えば厳しい場合の方が多いかも知れません。そのことで傷つくリスクがないとは言えません。

こうしたことの見通しや親としての判断が必要なケースも必要です。

私のかかわっている子は、和太鼓のパフォーマンスで大きく成長しました。

今日の講師の高山恵子さん(エジソンクラブ代表=臨床心理士)も、和太鼓はいいとおっやっていましたよ。

子どもにはこうした選択は不可能です。

だとしたら、望ましい集団を選択し、それを整えるということが、親として、指導者として、大人として、とても大切なことだと思うのです。



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学力? 生活力? 人とのかかわり? 優先すべきは、一体何なの?

 2008-06-05
今日は、「就学の時、あるいは日常の学校生活の中でも時々迷ってしまう」 こうしたことを切り口にして、インクルージョンや特別支援教育のつぼに迫ってみたいと考えました。

保育学会で、東北大学の渡部信一先生の話を聞き、その後、何冊か渡部先生の書物にふれたことも、当然私の考えのベースになっていると思います。

もちろん、すべてのお子さんをひとまとめにして考えることはできません。これも、私のかかわってきたお子さんとの体験をベースとしていることをお含み置きください。

もし、乱暴に 「学力」「生活力」「人とのかかわり」に優先順位をつけるとしたら、あなたはどんな順位をつけますか?

今の私なら、(1)生活力(2)人とのかかわり(3)学力と順位をつけます。

もちろん、学力を軽視しているわけではないですよ。

でも学力は、私の内部では、生活力や人とかかわる力を身につけるための、一つの大切な手段として位置づけられているのであって、学力の形成そのものが目的ではないととらえています。

学力さえ身につければ、その子が幸せになれるとは、誰しもが考えないと思います。

でも、いつの間にか勉強の場面では、漢字が書けない・計算ができないが、本人の将来にとてつもないブレーキになってしまうような感覚に陥ってしまいがちです。

それは、学力面の評価だけが日常的に行われているからではないでしょうか?

私は、ある子のことばの発達に注目して、毎日観察したり、会話を交わしたりしています。ちゃんと評価していますから、この子の発達に今、大きな期待を抱いています。

日常的にこのことを評価する尺度はありません。しかし、この子の将来にとっては、割り算の筆算ができるようになることよりも、四文字熟語が書けるようになることよりも、まずは会話を通して人とコミュニケートできることが重要だと考えます。


我が家では、昨年末にハイビジョンのテレビを購入しました。そりゃすごい画質で、こんな時代になったかと驚いています。テレビの前に、何かと家族が集まるようになってきました。高いけど、買ってよかったと思っています。

でも、ハイビジョンのテレビは買えても、洗濯物たたみ機は売っていません。高性能のマッサージ器はあっても、やっぱり人の手のあたたかいケアの方がぜいたくです。

技術がどんなに進歩しても、人間の基本的な営みは、機械ですることは困難です。ハイビジョンでどんなに臨場感が増したとしても、バーチャルはあくまでバーチャルです。

学力形成は重要です。重要だからこそ、あえてそのことのみに とらわれすぎないように工夫することも大切なのではないかと言いたいのです。ある特定のことができないとしても、それですべてがだめになったような気にならなくてもよい気がします。

生活とか、人とのかかわりとか、少し広い視野でのお子さんの育ちや学びをとらえて見ることも大切なのではないでしょうか?

明確な評価の尺度はなくとも、日常の中で生活するそのものこそが、その子の成長に欠くことのできない大切な営みであるはずです。

案外、そんな方が、子どものQOL(生活の質)という観点からも、幸せという観点からも意味のあることだと思うのです。)

だからと言って、勉強を投げ出したり、いいかげんにしたりしてもいいという訳ではありませんよ。

渡部先生は、ていねいな保育・教育・かかわりといった言葉で、そのことを表現されていたように思います。

私のかかわっているお母さん方が、いつも人として深みがあり、それでいて真剣にお子さんの育ちや学びに向き合っておられます。

それは、いつもお子さんにていねいに取り組むことの大切さを、体験を通して身につけられているからかも知れません。

頭が下がります。



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脳の機能から ことばの発達と その指導・支援を探る

 2008-06-04
毎週火曜日は、大学での脳のお勉強の日。この日のテーマは、運動神経路(随意運動と不随意運動)でした。講義・演習の後、いつもDrに食事に連れていっていただけるので、本当にありがたいことです。

今、私は、現在指導しているお子さんの、「読む」「書く」「話す」の力をどう育てていくかを大きなテーマとして取り組んでいます。

このごろ表出言語が急速に増えてきたAちゃん、書き順や書字に進歩が見られだしたBちゃん、どこをどうすればさらに向上できるのか?単位や成績とかは一切眼中にないので、その一点のみに着目して、授業に取り組むことができました。

で、私なりにそのことをわかりやすくまとめるとすれば、以下の通りです。

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随意運動といって、私たちが意識をして動かす 手・足・目・口・舌などは、運動野(脳の中心溝の付近)にあり、2~3歳ころにほぼそのシステムが完成します。

このシステムは錐体路(すいたいろ)とも呼ばれ、構造的には、太くしっかりとしています。このレベルで何らかの機能障害があった場合は、書きたくても手が動かない、言いたくても舌が回らないという状態になるので、機能訓練と共に、代替のコミュニケーション方法を考えることも必要かもしれません。

それとは別に、不随意運動(ふずいいうんどう)をつかさどる錐体外路(すいたいがいろ)というのがあります。

不随意運動というのは、知らず知らずのうちにバランスをとったり、無意識に運動を調整する機能です。錐体外路というのは、錐体路のように、はっきりしたルートが存在するわけではなく、運動前野・大脳基底核・小脳などが関与していますが、そのあたりの全体的なネットワークのことを指します。

昔(私が子どもの頃)は、いわゆる小児麻痺のお子さんを街でも結構見かけました。しかし、今ではほとんど見かけなくなりました。

小児麻痺というのは、この大脳基底核というところが黄疸で組織が破壊されて起こる運動機能障害のことです。でも、ミノルタカメラがこの黄疸のセンサーを開発し、早期に発見できるようになったので、新生児のときに、あの光線の治療で即座に治療できるようになったそうです。

(=うちの娘も光線治療うけました。こういうことだったのかと、今になってわかりました。ミノルタカメラさんありがとう。この話もふくめ、すべてDrの受け売りです。誤った解釈がきっとあるとは思いますが、お許しください)

で、発語にかかわる運動性言語野(ブローカ中枢)は、舌・咽頭の運動野のすぐそばに位置しています。書字にかかわる中枢は、手や指の運動野のすぐ近くに位置しています。

でも、ここは運動前野と呼ばれ、いわゆる錐体路ではないので、複雑にネットワークが入り組んだ未開のジャングルのようなところです。

ですから、ここをこうすればよいという方程式はありませんが、このネットワークをどんどん発達させていけば、少しくらい苦手な部分が存在していたとしても。それをカバーすることは可能だと、私は考えています。

いわゆる天才と呼ばれている人たちは、一般人がよく使う左脳の部分に障害があったおかげ?で、右脳など別のネットワークがすばらしく進化した人という見方もあるようです。

じゃあどうするか?これを演繹的な手法(論理立てて追求する方法)で取り組むよりも、帰納的な方法(この子の場合こうやったら伸びた、じゃあうちもやってみよう、という感じの方法)の方が、実効的だと思います。

ことばは、コミュニケーションのツールです。ならば、そのツールを使う場をその子に合わせて構成することなら、今日にでもすぐに取り組めます。

そして、その方法を少しずつ機能的にして、円滑にしていくと同時に、それを使用することのメリットをしっかりと体感させたり、評価したりすることが重要であると考えています。

可能であれば、言語療法士などの先生の指導も受けられたらいいと思います。

でもそれは、できても週にせいぜい1時間。これだけで、大きな改善が図れるとは思えません。

下手でも、わずかでもいいので、文法なんか気にせず、どんどん使え!

こうした形の言語習得法の方が、基本的には大切だと思います。そうした意味でも、生きた子ども集団のかかわりは重要だと考えます。

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昨日、学童保育で、Aちゃんと2年生の男の子が、お互いに相手のこと口汚く罵っていました。

とてもここで載せたくないような、低レベルの言葉です。もちろん、その場で正しい言葉の使い方やお互いの存在を大切にすることなどを、指導しました。

しかし、Aちゃん、1年前にはほとんど発語ありませんでしたから。

お母さんも「汚い言葉ばかり覚えて困る」とおっしゃっていましたが、汚い言葉を直すことは、そりゃ簡単です。

でも、しゃべっているうちに、その汚い言葉の発音がクリアになって、はっきりと聞き取れるじゃあありませんか?

この進歩は何なのでしょうか?

行動面などトラブルも多く、悩みはつきませんが、学び育つということの本質は、こ案外んなことろに見え隠れしているは思いませんか?

なぜなら私は、最も効果があり、最も目指すべき形の教育はインクルージョンの理念に基づいた教育であり、それを自分の言葉で表現するとしたらば

「仲間としてそれぞれの存在を尊重し、共にその成長と幸せを図る教育」

と、思い始めているからです。

子ども集団のパワーこそ、集団のエネルギーこそ、人と人とのかかわりこそ、脳内の運動前野にすばらしい刺激を与え、そのネットワークを作っていく大きな原動力になるに違いないと、私は一人感じているのでありました。



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子どもの行動の変容につながる ほめ方のポイント

 2008-06-03
小学校の教員をしていた時に、「しかる」と「ほめる」を、私は次のように区別をしていました。

まず、何が何でもすぐにそのことを制止しなければならないときは、当たり前のことですが、迷うことなく「しかる」を使います。

「しかる」には、即効性があります。しかし、ふだん怒らない先生が怒ると効果はてきめんですが、そうでない場合は、安易に使えば使うほど、効果は薄くなるばかりか、様々なネガティブな副作用を引き起こします。しまいにはいくら怒っても言うことを聞かない状態、つまり学級崩壊につながっていきます。「しかる」とは、そういうことです。

逆に、「ほめる」には、しかるのような即効性はありませんが、どんどん積み上げがききます。ビタミン剤のようにじわりじわりと効いていき、いつの間にか、すばらしい子ども、すばらしいクラスに成長していきます。

このほめ方こそが、指導者の力量が問われるところです。

ピントはずれ、大げさすぎ、期待していたのにほめられない、先生の都合でほめたり・ほめなかったり、ひいき、不公平などであっては、ほめること自体が子どもの強化子(ごほうび)になりませんから、またやってみたいとう達成動機にはつながりません。

できる!をのばす 行動と学習の支援」では、適切な行動を増やす後続刺激の与え方として、次の7つをあげています。

(1)ことばでほめる (2)注目をあたえる (3)みんなの前でほめる (4)好きな活動を許可する (5)自己評価が得られる句風をする (6)達成感を与える (7)連帯感をもたせる

発達の課題があるお子さんの場合、どんなことをすればいいのかを、先行刺激としてわかりやすく提示したり、寄り添って教えたりすることも重要です。

そして、一度、それを実行して良かったと感じるようになれば、タイミング良く適切な方法で評価(「ほめる」)を行います。このシステム=サイクルが形成されていけば、どんどんと積み上げができていきます。

子どもによって、(1)~(7)のどのほめ方が一番強い強化子になるかは様々ですが、学校教育の場では、みんなの前でほめるは、特別の効果があります。また、子どもによっては、シールやがんばり表が特別な意味を持って自己評価や達成感を高める場合があります。また、グループ内で仕事を分担し足り、みんなと共通のの目標やゴールをクリアすることも、特別な効果があります。

このように、「ほめる」方法は多種多様で、いくらでも発展性があります。

まずは、どうやったら「ほめる」ことができるか、そのことを軸にして、活動を構成するのもひとつの方法かも知れません。

「ほめる」の与え方のポイントは、すぐに、具体的に、はっきりわかるように、そしてちょっとうれしいサプライズがあるというように多様性があることです。

でも、こんな工夫なら、苦にはなりませんよね。

特別支援教育が本当のインクルージョンへと進化し、すべての子どもが生き生きと学び育つためには、こうした応用行動分析の手法を生かした指導の改善は、重要だと考えます。

そして、このことはきっとご家庭でのお子さんへのかかわりにも参考になるのではないかと考えています。



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発達課題のあるお子さんは 環境が変わると 赤ちゃん返りしてしまう?

 2008-06-02
先日、保護者の皆さんの集まりでも、話題になったことですが、どうも、保育園から小学校、小学校から中学校へと進学すると、それまでよりも退行現象(赤ちゃん返りすること)が見られることがあるようです。

昨日、ある小学校の運動会のようすを見ましたが、それと同じようなことを感じてしまいました。

このことを、私は次のように考えています。

保育園でも、小学校でも、その子に会った指導・支援については、試行錯誤を繰り返し、いろいろな方のご意見やご指導をいただきながら、その場・その環境にあったものを、工夫して作り上げていきます。何よりも、お子さんの実態やそれまでの発達の経過を理解し、そのことを大切にして取り組んでいきます。

そして、どこを受け入れて、何を育てたいか?指導・支援の方針を明確にし、厳しく、そして自信をもってそのことに当たることができます。

しかし進学すると、いくら引き継ぎをていねいに行っても、その子のこれまでの発達の経過や個性を肌で感じ取っている者はいません。

少し困難な課題に出会って甘えたとしたら、保育園では絶対に許されないことでも、小学校ではそれを許してしまう、という事が日常的に起こってしまいます。

保育園で厳しく叱られていたようなことでも、小学校では、支援員の先生が個別に対応したりします。不適応行動をすることによって、快刺激が得られたり、不快刺激を回避したりすることができます。

ましてや、環境が、小学校と保育園では大きく変わっていますから、毎日がこのことの連続です。

子どもが、赤ちゃん返りをしても、何の不思議もありません。

しかし、一時的には仕方のないことだとは思いますが、いつまでもこのままでいい理由はありません。

そろそろ、お子さんにかかわるいろいろな情報が整理されてきた頃でしょうから、保育園でできてきたことは、小学校でも厳しく指導してほしい、などと具体的な事柄について、参観日の後の懇談会などでお知らせする時期になったのではないでしょうか?

環境のシステムが整い、お子さんの個性や実態をつかみ、指導・支援の方針が明確になれば、そこからはどんどん積み上げのきく展開となっていきます。

こうしたことを、ひとつひとつ乗り越えながら、子どもは成長をしていくのでしょう。

ふところを深くし、肩の力を抜いて、大きな視野でお子さんの成長を見守ることが大切です。

しかし、大切なことをぼんやりと見過ごしていたり、どうしようかとためらっているうちに、事態が悪化して二次的な問題を引き起こすことは、避けたいと思うのです。

言葉にすると相反するように見えますが、親としての役割という枠組みからみると、案外車の両軸のように上手に回転させていくことは可能だと考えているのです。



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筆順の形成においては 運動感覚的な分野が重要な役割を果たす

 2008-06-01
今、本読みは上手なのに、文字が書くことが極端に苦手なお子さんの指導に取り組んでいます。

指導を始めて、3ヶ月ほどになりますが、少し道筋が見えてきました。

その一つは、筆順の形成です。

筆順を正確にすることで、かなり文字の形は整ってきます。

まずは、漢字ドリルや教科書lで筆順を示している記述は、この子にとっては、かなりわかりにくいようです。

市販のパソコンソフトを使えば、文字も大きく、視点を移動させることが少ないので、わかりやすくなります。

マウスを利用して、正しく筆順を意識させることができます。このときに、空書(指で何回か大きく書いてみる)を取り入れると一層効果的です。

本で調べると、筆順のレキシコン(脳内辞書=例えば「光」の書き順はこうだとインプットされるもの)の形成には、脳内の運動感覚野が重要な働きをすることが、論文でしっかりと実証されているようです。(ぜひ、この論文を読んでみたいと考えています)

また、文字を実際紙に書くときは、①点線を絵えどらせる ② マス目のすぐ左側にお手本を示す(視線の移動を少なくするため) ③ ますの目の中に適当な大きさで書くことを意識させる

こんな、指導が効果的でした。

ここまでは、同時処理(ぱっとみて視覚的に理解する方法)が苦手な子に、そのことを補完するための指導です。

次は、この子の得意な方法を生かした取り組み・指導です。

この子の場合、継次処理(言葉や文脈で、小さいステップで手順をおって理解する方法)が、得意なお子さんですから、書き順そのものは、文脈で理解し、覚えさせます。

(例えば「書」という文字の書き順の場合、かぎ・横・横・横・横・縦、日」と言葉で置き換えて、指導します=この子の場合、こうするといとも簡単にインプットできます。こうすると、とても、楽しそうに学習します)

苦手なことは、誰しもさけて通りたいと思うものですが、子どもの場合は、やっただけは必ず身につきます。だったら、いろいろな工夫をしてでも、とにかく、楽しく(少なくても苦痛ではないように配慮して)一定の時間取り組ませる工夫は、大切だと思います。

そうしているうちに、思わぬビッグヒットがやってくるやも知れません。また、学習に取り組む、そのこと自体も楽しめるようになってきます。

この子の場合、運動感覚野の刺激は、苦手のこともあってかなり少なかったように思います。その分、継次処理の力は身についているようですが、刺激さえ与えていけば、筆順レキシコンは発達し、他の様々な学習に有効に作用していくに違いありません。

先日、特別支援学級のノートを見せてもらいましたが、私の目から見れば、かなりの進歩がうかがえました。

この一歩は、価値のある貴重な一歩だと考えています。

ふと見ると、鉛筆の持ち方が、不正確です。本人直す気あるので、ひょっとしたらひょっとするかも知れません。私はひそかに、大きな期待感をもって、今後の指導に当たっていきたいと考えているところです。



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Author:SHINOBU
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