教え子の就労②
2008-04-30
前回の教え子の話の続編です。小学校の時のこの子は、朝起きられずに家で寝ていたことがあったので、私は何度か家に訪れてふとんから引きずり出して学校に連れて行ったことがありました。
集団場面が苦手で、朝礼や運動会、何かの式があるときなどは、いつも別室かちょっと離れたところにいることの多い子でした。
理科が好きで、物の燃え方の実験などを準備してやると熱心に取り組んだり、その方面での知識もどこからともなく仕入れているタイプのお子さんでした。
やはり相手の気持ちを察するようなタイプではなく、よけいなことを言って、よくみんなから非難もされていました。
それにもう一人、似たようなタイプのお子さんが同じクラスにいたので、二人でいっしょになって、言葉が悪いかも知れませんが、好き放題しているような感じの子でした。
その友達は中学から、通常学級に行きました。二人が別な中学に行ったこともあり、その子は、中学からは通常学級でそれなりに勉強していました。ある高校へ入学もできましたfが。、結局1年くらいでやめ、今はお父さんといっしょに内装の仕事をしていると聞きました。
この子はというと、中学の特別支援学級もほとんど行けず、高校もすぐにやめてしまい、なかなか大変なコースに行っているので、どれほど態度がくずれているのだろうと思っていたら、意外なほどに礼儀正しく、きちんとした受け答えで対応ができていたので、これには正直驚きました。
その中学校は、当該地域の特別支援教育のセンター的な学校で、先生も信頼できる方と信じていましたから、ソーシャルスキルトレーニングなど、学校でも社会性を育てるための技はいくらでもあったはずです。そういった意味でも、この割烹での実社会のやりかたから、私たちは多くのことを学ばなくてはならないと思っています。
この二人は今のところ、学校は行けないけど、くじけそうになりながらも、仕事なら何とかがんばって行こうとしている感じです。
この子は親方から、これまでに教わった料理の手順を、レポート用紙数枚にまとめてくるように言われているようです。
しかし、字を書くことが極端に苦手なお子さんで、仕方なく、家の古いパソコンを引っ張り出してきて、相当な時間をかけて、レポートをまとめたようです。
「やっとできた」と思った瞬間、そのパソコン(ちなみにそれはウインドウズ98だそうです)がフリーズして強制終了、結局苦労して作ったデータの半分が消えてなくなり、ショックでやる気を無くしたというのです。
彼を知っているだけに、そのことが目に浮かぶようで、悲しい気分になりました。
数年ぶりあった彼とは、それからつりをいっしょにしながら9時間いっしょに過ごしました。大した釣果はありませんでしたが。彼は小さいながらも真鯛を一匹釣りあげました。この鯛は、小さいけれども何だか、神様のプレゼントであるような気になりました。
その共に過ごした時間の中で、これまで割烹でがんばったことが、どれほど彼を成長させたか、心ない差別や偏見のなかで、よくぞ自分を見失わずにがんばってきたことか、そして、たとえ多少の回り道をしても、決してそんなことは恥ずべきことではないことなどを、私なりの言い方で彼に伝えたつもりです。
「パソコンは先生の貸してやろう。明日半日つきあってやるから、親方にレポートだけは、絶対に出そう。」
「もう、いいっす、先生。実は親方に、ワープロじゃなくて、手で書けと言われていたので、やってみます。」
「それ、苦手だろ、大丈夫か?」
「でも、先生にそこまで手数はかけられないんで」
「そうか、なら、がんばれよ。来月、レポートだけは書き上げて、すっきりして、今度は笠岡までキスを釣りに行こう。楽しみにしてるからな。」
わかりました、と言って彼は帰っていきました。
その後ろ姿を見て、何とも言えない気分になりました。
「先生、レポート、書けました」
来月、そんなメールが届くことを心から願っています。
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教え子の就労
2008-04-29
先日のお子さんのことの続編です。きっかけは、その子のお母さんからいただいた一通の葉書からでした。
内容は「きちんとした大人、それも男性に、いろいろと話をしてもらいたい。それだけでいい。私には先生しか、その相手としてふさわしい方は思い当たらない」というものでした。
「では、一度会ってお話を伺いましょう」ということで、そのお母さんのご近所のファミリーレストランで相談を承りました。
そこで、小学校を卒業してからそれまでの彼の歩みを詳細に伺いました。直前には、菓子箱に添えて、長々とA4の紙4枚にびっしりと埋め込まれたお手紙もいただきました。概要は以下の通りです。
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小学校5年生から教室に入れなくなり、校舎内をウロウロとするようになった。中学校は、特別支援学級に行ったが、総合学習など交流授業の時間には「どこが悪いん?頭?」とか、バス停でバスを待っている時には「シンショー」と何度かからかわれたこともあり、やる気をなくし、ほとんど学校には行けなくなった。
高校は、通信制のところへ何とか入学できたが、結局は続かず中退してしまった。
深夜にどこからともなく高校へいっていない友達仲間?がやってきて、朝方まで帰ってこない日が続いた。
これではいけないと思い、母がハローワークでたまたま見つけた割烹で働くこととなった。そこでは2年近く働くことができ、その途中からバイトから見習いという形で勤めるようになった。
なかなか手順が覚えられなかったり、コミュニケーションがうまくとれなかかったり、遅刻が多かったりして、何度も親方やおかみさんから厳しく注意を受けた。もう来なくていいと、何度も言われた。
あまりにも覚えが悪いので、おかみさんから「もしかしたら発達障害じゃないの?だったらきちんとそのことを教えてほしい」と言われた。
Dr.にそのことを相談すると「発達障害であることを伝えても、結局はそのことで首を切られるだけ。とにかく、それよりも遅刻やあいさつや約束も守るように育てていくことの方が大切」と指導を受けた。
今、親方から、これまでに教えてもらった料理の手順や作法をレポート用紙数枚にまとめてこい。という指示を受けている。
手で書くことが極端に苦手なので、古いパソコンを出してきて、何とかそれをまとめたら、機械がフリーズして、そのデータの半分が消えてしまい、またやる気をなくして、ふらふら遊びに行くようになってしまった・・・・・
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とまあこんな感じです。
ここから、じゃあどうやって子のこと私との接点を、合理的に、自然に、長続きするようにつくりあげていくか?というお母さんとの相談が始まりました。最初から説教では、きっとこないのではないか?と思えたからです。
それで、出した結論は「いっしょに、つりに行く」というものでした。
つりなら、きっと自然に時間が共有できる。そして会話の中で、言葉と言葉の行間から、彼の気持ちを受け止め、そして応援のメッセージを彼の心に届けることができる。
そう考えたのでした。
約束の日。約束の時間に彼は、眠い目をこすりながらやってきました。
さっそく車に乗り、約1時間の行程の中での教育相談が始まったのですが、そこには、小学校の時、教室を飛び出して、砂場で水遊びをするような彼の姿はありませんでした。
言葉使いの丁寧な、あいさつのしかりできる(その辺の高校生よりもりっぱな)、見違えるほどしっかりとした彼の姿が、そこにはあったのでした。
これには正直驚きました。
結局、朝7時から夕方4時まで、その彼といっしょの時を過ごすことになりました。
彼と話した内容の中からいろいろと考えなくてはならないことや、大切なことが浮かび上がっていました。
そこことについては、また次回お伝えしたいと思います。
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教え子のその後(半端な気持ちじゃ付き合えない)
2008-04-27
私は以前、情緒障害児短期治療施設の派遣学級というところへ3年ほど勤務した経験があります。小さい頃の私は家庭に恵まれなかったので、養護施設にいたことのある子どもたちとの出会いは、その後の人生に大変大きなインパクトを与えました。
高校の時だったでしょうか?ある時、ふとしたことから決心したのですが、「一人くらい、子どものさびしい気持ちを受け止める先生がいても、いいんじゃないか?」というのが、私が教員を志した最初の動機でした。
今から思えば、当時の私は、とても大学に行けるような環境じゃなかった。それほど頭も良くなかったし、行っていた高校が商業高校だったので、そこから教員を目指すのは、結構ハードな道のりでした。それよりも何よりもお金がなかった。
でも、この思いは結構本物で、ひとつひとつの課題を何とかクリアできるだけの不思議なパワーがありました。そのおかげで、それこそ「死にたいほどあこがれた花の都・東京」へ行くことができたし、本当にいろいろな事件や出来事をくぐり抜けて、何とか初期の目的だった教員の採用試験に合格することができました。
その合格通知を手にしたとき、そこに書かれた短い文章を、穴が開くほど何度も何度も読み返し、その通知を抱いて眠るようにした若き日を時々思い出します。
飽き性で、何事も長続きしなかった私が、苦しいバイトも切り抜け、都会の誘惑も振り切って教員になることができたのは、ひとえにその志の成し得るところでした。
何のために教員を志したのか?どうして教員を続けるのか?その答えはいつもそこにありました。
ですから、幸薄い子どもたちへの出会いは、私の教員としての歩みを決定づけるに十分なものでした。
当時は、今ほど発達支援の理解は十分でなく、通常学級から派遣学級へ行く私を「左遷」と見る人もいましたが、その打診が校長からあったときに「派遣学級の子が、ぼくを呼んでる声がする」と、家内にしっかりとした口調で言った日のことも、今でも鮮やかに覚えています。
その派遣学級での子どもたちとの思い出は山ほどあります。どの子も通常学級での生活は不可能と、児童相談所から措置をされた子ばかりでしたから、飾り物などすぐに化けの皮がはがれてしまいます。日々の生活が、まさに裸の心・本音と本音・生身の人間の真剣勝負でした。
そこにいた子どもの人生は、自分のそれ以上に壮絶なものがありました。ケース会議でそのことを知り、もう一度その子の顔みると、よくぞ命を捨てずにがんばったことよ、と抱きしめてやりたくなるようなこともしばしばありました。
しかし、福祉のプロの対応は違っていました。それは厳しくも冷たいものに感じました。
なぜなら、気持ちを寄せれば寄せるほど、最後にはそれを裏切らなくてはならない日がくることを、経験として知っていたからです。
日に日に、子どもは心を寄せてきます。半端な気持ちじゃ付き合えなくなってきます。もしも真剣に、最後まで、その子の面倒をみるというならば、最終的には、その子を養子にする位の覚悟が必要です。
でも、そんなことはできない。頭がちぎれるくらい真剣に悩んだこともありましたが、やっぱりできない。結局うらぎることになる。見捨てることになる。こんなことなら、最初から近づいていかなければよかった。
卒業前の子どもにそんな思いを抱いたこともあります。
限界はあるけども、せめてかかわったその瞬間だけは、誠心誠意真剣に向き合おう。姑息な技は一切使うまい。カーブもチェンジアップもなしの直球一本勝負。
それが自分なりの結論でした。
ある子が、「先生、ぼくは通常学級へ帰ろうと思う」と言ったことがありました。ケース会議では、セラピストも生活指導もほとんどが反対でした。でも、ぼくはこの子がこんなことをいうこと自体が奇跡だと思っていましたら、何度も懸命に学校での様子をケース会議で伝えました。
結局、試験登校という形でその子は元の学級へ帰って行きました。私はというと、その後転勤で、また通常学級の担任に戻っていきました。
そんなある日、校長室から呼び出しがあったので何だろうと言ってみると、何とその子とお母さんが校長室で待っているではありませんか?
「先生、ぼくがんばっとるけえ。それを伝えたかった。じゃから来た。」
恥ずかしながら、感動してその時は言葉につまってしまいました・・・
今は、この子とはまったく別な子の、就労についてかかわっていくことになっています。
このことは、その子のお母さんのたった一枚の葉書からスタートしましたが、やっぱり拒むことはできません。けど、かかわればかかわるほど大変だし、中途半端になるくらいなら、できもしないことなら、かっこつけずに最初から撤退すべきことかも知れません。
無責任な対応は、相手に傷をつけるだけのことかも知れません。
小学校の時に、教室に入れず、校内を徘徊していたこの子。数年ぶりに今日会いました。
そこに一体、どんな姿の彼がいたか。
そのことについては、また後日お知らせしたいと思います。
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はまっちゃいました!手づくりの漢字の読み支援「学習カード」
2008-04-26
これが今、2年生のお子さんの漢字学習に使用している実際の学習カードです。
30分以上この学習カードを使用して学習をしますが、それは楽しいものです。
大好きな「スイミー」を読みたいというモティべーションで、もう1学期に学習する漢字のほとんどが読めるようになりました。
きっかけは、「特別支援学級に行っている間に、大好きな国語がどんどん先に進んでしまって、わからない漢字がいっぱいになってつらい」というこの子の思いをお母さんから聞いたことでした。
味噌は主に2つ
一つは、裏を見ればすぐに答えが書いてあって、自分で学習できる。つまづいても、すぐに確認できる。失敗しても何度でもやりなおせる。がんばれば、かならずできる。
もう一つは、カードなので量が調整できる。スモールステップで達成感がもてる。やったカードがどんどんふえて形成的な評価ができる。
画面では見にくいですが、学習してほしい漢字と読みを黒で、送りがななどは青で書いています。
やってみて気がついたことですが、(わたしの「友」だち) (つりの「名人」) というように、学習する漢字の前に、ヒントとなる言葉を添えた方が。プライミング(呼び水)の効果があり、記憶を容易にするようです。
逆に欠点を一つ。時間がかかる~ということです。今回は50枚のカードを用意して指導に望みましたが、準備の時間がなくてヒヤヒヤでした。でも、どうしてもスイミーを読みたいという彼女の願いを叶えたくてがんばりましたよ。でも、やってよかったー。
このカードは、市販されている名刺を印刷するパソコン用のシートを利用しているので、パソコンで打ち出しすることも用意です。でも、へたでも、先生の手書きの方が味がありますよね。
それに、例文を2年の教科書に合わせてひろうのも、手書きの方がやりやすいし。
というわけで、漢字の読みの道は、洋々と開けました。
とりあえず2年の漢字の読みを、学年一早くマスターさせてやろうとたくらんでいるのでありました。
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キーワードは「共に育つ・共に働く」
2008-04-25
まずは、下の画像をごらんください。昨日のお誕生日会での先生方のパフォーマンスです。ちっちゃい子も真剣に見てますよね。

だれのアイデアか知りませんが、これを見ただけで、私たちがどんなことを大切に保育に取り組んでいるかをお伝えできるように思います。
私たちの保育園では、朝7時からお子さんをお預かりしています。早番の先生は、7時前には保育園に来て準備をしなくてはなりません。
いつのころからか、せめてちょっとでもその先生の前に保育園にいたいと思うようになり、がんばって早起きするようになりました。
今朝は6時半ころ保育園についたでしょうか?
そしたら、早番の先生はもうすでにお子さんを迎え入れる準備をしていました。ありがたいな、と思いながら事務所に行くと、別の先生がパソコンで日案・週案を作成してくれていました。
そして、園の内外を歩いていると、草刈り機の音が聞こえてきました。用務主事さんが、園のまわりの土手の草刈りをしてくださっています。
「朝、早くでないと暑くなるし・・」と言っていましたが、お休みの日にたまに園に出かけると、草花の水やりをしている姿を、何度も見かけました。
私立民間保育園の給与面での待遇は、私の立場から言うのは変かもしれませんが、それ程恵まれているとは思えません。
ここに映ってる保育士のほとんどは、土曜日には「和太鼓」の技能研修に出かけます。文字通り、休みを利用しての主体的な研修、いわるゆ自己研鑽です。
昨年度も、発達の課題のあるお子さんが。和太鼓のパフォーマンスで大きな自信をつけ、友達とのコミュニケーションや運動機能面など、大きな成長を遂げる起爆剤となりました。
口先だけでなく、具体的にやってみせる。コロコロ方針や予定を変更しない。目標・ゴールを示し、賞状や金メダルできちんと評価する。
当たり前のこと、どろくさいことのように見えますが、このことは発達の課題のあるなしにかかわらず大切なこと、いわゆる指導のユニバーサルデザインとなっています。
私は、こうした保育士がいることに大きな誇りをもっています。また、それぞれの保育士も、よその保育園でできないことを私たちはやっているという誇りと、夢と向上心をもって仕事に取り組んでくれていると思っています。
このことは保育士ばかりではなく、調理や用務や事務など全職員がそれぞれの持ち場で、その持ち味を生かすことで、そのことがやがて大きなうねりとなってそれぞれの心に響いて行きます。
やらされている感覚では、こんなパフォーマンスは不可能です。一人ではできないことも、仲間がいれば楽しく取り組んでいくことができます。
このことは職員だけでなく、子どもの育ちにも同じことが言えると考えています。
以前にもお伝えしましたが、脳内で人間の集団としての欲求を司るのは大脳辺縁系といって、食欲など生物としての基本的な欲求を司る部位に存在します。
これからも私は「共に育つ・共に働く」にこだわり続けようと考えています。
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兄弟の絆(同じ学校で学ぶねうち)
2008-04-24
昨日は、保育園に在園しているお子さんの就学について、地域の小学校へ、お母さんとその子と私の3人でご挨拶に伺いました。まず校長室で、校長先生・コーディネーターの先生にお会いしました。一通りのご挨拶や打ち合わせが終了し、「じゃあ、学校探検に行こうか」ということになり、校長室の扉を開けると、そこには何とびっくり、2年生のお姉ちゃんの姿があるではありませんか?
後で聞くと「弟が校長先生から、入学を許してもらえないのではないか、と心配で校長室の前でじっと待っていた」というのです。
このお子さんにも、発達の課題があり、ご家族でその就学について話合いをもたれたときに、ご兄弟は別の学校(特別支援学校等)に行くことを、泣いて反対をされたそうです。
私は数年前、その特別支援学校にアシスタントティーチャーとして1年間お世話になったことがあります。その良さも、専門性も先進性も理解している一人だと思います。
しかし、この兄弟の絆の深さは別物です。
お姉ちゃんは、手をつなぎ、弟を自分の教室に連れていきました。自分の教室の自分の席に、その弟を座らせて、笑顔いっぱいでした。
「就学は選択ではなく、創造である」というのが私の考え方です。
生涯にわたって共に生きていく兄弟、そして地域の友達とのつながり。このことを抜きにして就学は考えられない。
同じ学校で、兄弟が共に学ぶねうちを体感できた貴重な一日となったのでありました。
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手をつなぐ育成会に初参加(個別支援ファイルのこと)
2008-04-23
昨日、岡山県手をつなぐ育成会「岡山地区特別支援学級・障害児保育施設・障害児通級施設等保護者の教育懇談会」に参加させていただきました。学習支援をさせていただいているお子さんの保護者の方より、ご案内を拝見させていただきました。
これまで教員としてその活動の概要だけは存じ上げておりましたが、なかなか会自体に参加する機会がありませんでしたが、今回初めて参加できる状況となりましたので、自らの意志で進んで参加させていただきました。
予想はしていましたが、そこには、それぞれのお母さん方の前向きで、熱い思いが凝縮されていました。発言のひとつひとつから、これまでどれほど真剣に、お子様の育ちや学びに真剣に向かわれてきたかが滲み出ているようでした。
学習支援をさせていただいているお子さんのお母さんも今回初参加でしたが、会の終了後には、その熱いエネルギーを感じとって、顔つきがさらに明るく生き生きしたものになっているように伺えました。
今回主催者の先生方からの情報提供のひとつとして、文科省と厚労省の「発達障害等支援・特別支援教育総合推進事業」(新規事業=H20予算額約5億円)の概要の報告がありました。
その中で、乳幼児期から成人期に至るまでの一貫した支援として「相談支援ファイル」の活用についての説明がありました。
現在、保・小連携といっても、なかなかシステムとして十分機能しているとは言えない状況です。現場は1年単位のいわゆる「輪切り」のシステムで、縦の串も横のつながりをつなぐのは実際骨の折れることで、その微妙な温度差の中でゆれているのは、保護者とそのお子さんです。
こうした意味で、支援指導の系統性を高め、その将来まで見通す一貫性を確立していくことは現時点での最も大きな課題のひとつであると考えています。従って、こうした形でその試みが開始されたことをとてもうれしく思いました。
現在、私の手元にはあるお子さんの発達関連の資料をファイルしたものがあります。しかし、そのファイルの中には(秘)の印がついてあるものも結構あります。
例えば教育委員会から送付された通知にも(秘)、ことばの教室から送られてきた報告書にも(秘)の印がついてあります。例えばこうした資料の扱いはどうなっていくのでしょうか?
また、そのファイルが形式的なものでなく、生きたもの・血の通ったものにならなくては意味がありません。もし、保護者と指導者に信頼関係がなかったとしたら、そのファイルには一体どんな内容が綴られていくのでしょうか?
指導者に引き継がれる内容を、すべて保護者が見ると言うことになるのだとしたら、その影の部分についてはどうケアしていくのでしょうか?
今後考えていかなくてはならない課題はたくさんあります。
先日お知らせしたように、あるお母さんは手作りの連絡帳に学校・保護者・学童保育の担当者・そして私のひとことを書いていただく取り組みを開始しました。そこには、VIQもPIQもありませんが、そこにはひとつひとつの言葉のはざまから、量的データをしのぐ成長や発達の息づかいがあります。お子さんの体温を感じ取ることができます。
私は、今の学校教育の場面ではむしろこうした質的なデータの方をもっと見直していくべきだと思います。WISCーⅢの解釈ができるようになったとしても、もう一度原点に返って、子どもに向き合うまなざしが大切だと思います。
「特別支援とはお子さんのニーズに寄り添った教育の実現である」
言葉にすれば簡単ですが、具体的な場面になると、その意味は結構深いと私は考えています。
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仲間の一員として受け入れることの大切さ
2008-04-22
先日、割烹で働いている教え子のことをお知らせしましたが、その続編です。この子は今、週5~6日、料理見習いと言う形で働いているようです。当然見習いと言うことで、賃金は少なく、かなり毎日厳しい指導を受けているようです。
この子は、小学校の時からほとんど教室に入って勉強することはできませんでした。中学もあまり学校には行けず、高校も通信制のところへ入学したものの、結局は中退してしまいました。
でも、学校よりも何倍もきびしいこの割烹では、相当厳しい状況にもかかわらず、2年も続けることができています。
そこにはきっと、この子を一人の人間として扱う厳しさと、そして公平さ・優しさがあるのではないかと、私は思っています。
昨日、そのお母さんが私のところに宅急便でお菓子を送ってくださいました。その中に長々としたお手紙も添えられていました。
それを読むと、高校をやめた友達が夜中に何度も遊びの誘いに来たようです。夜の1時2時にやってきて、そのまま夜の闇へ消えていくようです。
こんな仲間でも、彼のことは受け入れています。一人の人間として、仲間として受け入れてくれています。だから彼は行くのです。
中学のとき、この子は特別支援のクラスにいきましたが、下校中やバス停やいろいろなところで、相当ひどい差別的なことを言われてきたようです。それなら、自分を受け入れてくれる友達のところへ流れていってしまうのもわからないでもありません。
程度の差はあれ、これに似たようなことはないかと、多くの保護者の方は心配されています。どれだけ社会や学校は、真剣に、こうした子どもたちの痛みを受け止めることができているのでしょう。
今日私は、そのお母さんのところへ訪問しようと思っています。
何ができるか?
それは、「世の中は厳しいし、つらいことも多いけど、そうじゃない人・君の応援団もいるんだよ」ということを彼の心に届けることだと思っています。
小学校の副担任だった先生と、こうやってまた会えるのも、なかなかじゃありませんか?よく割烹でこれまでがんばってきたことよ、と抱きしめてやりたいような気分です。
以前なら「くそじじい。生きていたか」みたいなこと言っていた彼ですが、少しは成長しているのでしょうか?
巡る因果の糸車、はてさて、どんな形になりますことや?
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友達の力は無限だ!(しあわせの宅急便)
2008-04-21
今、土曜日に、小学校1年生のお子さんの「国語」の勉強の指導をさせていただいています。たった45分の指導ですが、結構準備に時間をかけ、あれやこれやとチャレンジしています。これはこれで、とても楽しいのですが、その後の学童保育にかかわって見て、驚いたことをひとこと
「友達の力は無限だー」
指導中はちょっとしかしゃべりませんでしたよ。
一語文だけでしたし・・
しかし、あとみんなと遊んだときにしゃべるしゃべる。
「宅急便やさんごっこ」 できるんだー
しっかり役割果たしているじゃないか?
2語文、言ってるじゃないか? ちょっと不明瞭だけど。
でも、そんなの関係ないよね。
SHINOBU先生の英語よりましだよ。
まさに、日本語のネイティブスピーカーでライブレッスンだよね。
この環境があるなら、マンツーマンレッスンのやり方も、考えなくちゃね。
あれだけ、Dr.から「通常学級無理!」って言われたのに、行ってみると結構楽しそうだー。
今週は、お母さんといっしょに小学校にお礼に行くからねー
また、土曜日には、きみは大好きな自転車に乗って、
笑顔いっぱいで、しあわせの宅急便
SHINOBU先生にも、届けてくれるんだよね
また土曜日が、晴れの日でありますように
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他との違いを受け入れること
2008-04-20
3年くらい前にマレーシアに出かけました。大学の小児神経学のDr.が、ANAのプラチナカードのマイルが足らないので「マイル修行」とやらのお付き合いをしました。このプラチナカードがあると、高級ラウンジでビールや軽食が無料・機内には1番先に搭乗でき、荷物だって一番先に出てきます。(世の中、こんな仕組みになっているなんて知りませんでした)
どの旅行業者も通さない、素の個人旅行(海外編)も初めての体験でした。
そのマレーシアが、やたら落ち着くのです。なんかふるさとに帰ったように。
Dr.は「おまえのルーツは、きっとここだ。どうみても日本人に見えない」とおっしゃっていました。(笑)
タクシーの兄ちゃんとも、へたくその英語でコミュニケーションができました。電車に乗って、聞いたことのない駅で降りて、Dr.と「とれだけ不思議な体験をするか?ゲーム」もしました。地元の食堂や屋台も、本当に自然な感じで、特別な出費も少なく(日本にいるより相当安い!)いごこちのいい旅でした。
「なぜか落ち着きますよね」ってDr.に尋ねたら、「それはここがきっと他民族国家で、日本人ということでの特別扱いや差別がないからだよ」って教えてくれました。
確かに、モスクのご婦人、チャイニーズ系の方、いかにもオーストラリアの旅行者風の方、など格好からして全然違う方が、平気な顔でショッピングモールに溢れています。
風俗や文化の違いを受け入れる風土が、歴史的に醸成されているようです。
ちょっと前に「みんな違って、みんないい」という言葉がありましたが、日本の学校にも、もっともっといろいろな意味での多様性を受け入れる感覚があってもよいのではないかと思っています。
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担任の先生、そして支援の先生に感謝・感激!
2008-04-19
Dr.から「通常学級は無理」と言われていた1年生の男の子。でも、「この子は集団でこそ伸びる」と信じ、通常学級を選択したお母さん。1年生の担任が決まるまでは、ドキドキでした。
入学式の前日、私たちの前に現れたのは、若くてやさしい笑顔の女の先生。とてもていねいに、入学式のことを男の子に教えてくださっていました。
お母さんは、1冊の連絡帳をこしらえました。お母さん、担任の先生、学童保育の先生、そして関係機関の先生方と、この子をとりまく人たちが情報を共有できるようにと、願いを込めて作られました。
4/14に1年生の担任の先生が、次のように書いてくださっていました。
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1年○組の担任の○○です。
よろしくお願いします。
なるべくこのノートに様子をかこうと思いますが、時間がとれないことも多いと思うのですみません。(なるべくがんばります!!!)
今日の○○さんは、朝はニコニコはりきって片付け等していました。身体測定のときに着がえるときになると、どうしても着がえたくないようで、私や○○先生がいくら声をかけても着がえることができませんでした。
えんぴつをもってせんをなぞるれんしゅうのとき、友だちに「そこをなぞるんじゃないよ」と言われたのが悲しかったのか、なかなか指示どおりの場所をなぞることができませんでした。
私の声かけも、工夫が足りないのだろうと思います。○○さんが学校で安心してくらせるようにがんばります。
○○先生より、「自分がしたくないときには、なかなかできなかったです。でも、友だちにやさしく声をかけることだできていましたよ」とのことでした。
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その後も、30人以上の学級で、わずかな時間を利用して、心をこめて、この先生方は連絡帳にその日のできごとを綴ってくださっています。
本当に頭の下がる思いです。
日本の教育は、こうした先生の熱意と愛情に支えられているのだと思います。
連絡帳を見ると、その後も毎日、いろいろな出来事があるようです。でも、この子は、日に日に笑顔がかがやいているように、私には思えてなりません。
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診断・理論 その狭間でゆれる子ども(あるべき姿は身近な所に)
2008-04-18
このところ、私の周辺ではあちらこちらで、診断をいただくお子さんが増えています。特別支援に関する理論や研究は日進月歩に進歩しており、5年前10年前となると、もはや隔世の感があります。
ところが,診断がついたことで、専門的なかかわりをしていただけることにはなったけど、通常学級とのかかわりが疎遠になり、トータルで見ればマイナスになっている場合ケースも結構見受けられます。
本来、特別支援の理念は、「みんなといっしょに育つ」ということがベースになっており、その前提に立った専門的なかかわりであるべきはずです。
ところが、たとえばADHDとか自閉症とかLDとか、診断名がついたとたんに、微妙にクラスの一員としてのポジションが変化してしまうことがあります。
担任の先生には、ぜひ、「何があっても、この子はこのクラスの大切な一員である」という気概をもって指導にあたっていただきたいと思います。
専門的な指導といっても、実際にマンツーマンで指導していただける時間は、そうあるものではありません。
まだ特別支援教育という名前すらなかった時代、ADHDという概念すら定着していなかった時代に、学級経営いう日本独自のスタイルで、世界に誇るすばらしいインクルージョンの教育実践が多く存在していました。
障害があろうとなかろうと、担任の先生の深い愛情と熱意により、子どもたち相互の絆が深まり、教えあい助け合いながら、共に伸びていく学級の姿がありました。
WISCもTEACCHも共同学習もなかったその時代に、今私たちが私たちが大切にしていかなければならない、あるべき姿があったのです。
今年4月、発達課題のあるお子さんの担任の先生が、若い女の先生に決まりました。私も、お母さんも思わずガッツポーズで喜びました。
経験より、知識より、何より、そこにはこの子をクラスの一員として大切に育んでくださる愛情と熱意を、私たちは肌で感じることができました。
これがあってこそ、ここを基本にしてこそ、WISCや構造化の話になるのです。
受け売り専門、知ったかぶりのにわか専門家にだまされてはいけません。
そういった意味でも、臨床あるいは実践ほど尊いものは、ありません。百の理論より、一の実践。
子どもの成長と幸せこそが、私たちの唯一の価値基準であらねばなりません。
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子どもがやる気になるとき(内発性の動機づけ)
2008-04-17
今年度から、特別支援学級での勉強を開始されたあるお子さんのお母さんが「わたしのいない間に、(通常学級での)勉強がすごく進んでいる・・・」というお子さんの声を伝えてくださいました。そのお子さんは、本読みがとてもじょうずで、私にも何度も聞かせてくれていました。「ずっとずっと だいすきだよ」の時は、聞いているこちらが、涙ぐんでしまったほど上手です。
このお子さんにとっては、本読みこそが、勉強したいこと。いわゆる「学びの原点」です。
これまで数回の個別指導では、少し正確さに欠ける漢字の「書き」を意識した指導を行ってきました。が、このお便りを受けて、これからは、「読み」をこの子の最大の武器に育て、本読みはかせに育てあげようと考えました。
1年の漢字カードの勉強は、おもしろいようにくいついて来ましたので、その2年生版を作ればいいわけです。幸いなことに、お母さんが「SHINOBU先生の宿題だと、なぜかがんばる」とおっしゃってくださっていましたので、その可能性は無限です。
私は3月にTOEIC(英語の検定試験みたいなものです。ご存知でしょうが)の5回目の試験を受けました。あまり手応えはなかったのですが、今回は495点でした。
今回の目標がCランク(470~730 日常生活のニーズを充足し、限定された範囲内では業務上のコミュニケーションができるランク)突入でしたので、まずまずの結果でうれしかったです。次回はは550点をめざしてがんばろうという気になりました。任天堂のDSで「英語漬け」の毎日です。力が入ります。(笑)
子どもも大人もやる気になるのは、学びの手応えを感じたときです。その達成感が「勉強がおもしろい」につながるわけです。
この子はかなり読めるし、何よりも本が好きなので、楽しみです。やりがいがあります。ひとつ得意なことができると、意外なほどの波及効果もありますし。
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割烹で働く教え子
2008-04-16
先日、以前以前コーディネーターとしてかかわったお子さんのお母さんから、ご相談のお便りをいただきました。(と言っても当時はコーディネーターという名称はなく、私は副担任という立場でしたが)そのお子さんは、小学校を卒業してもう数年になり、年齢的には高校生になっています。
今は、割烹で働いているそうです。もう1年以上続いているのでしょうか?彼のことは理解しているつもりですので、お店の方もその子も、本当によくがんばっていると感じました。ii
でも、遅刻が多かったり、指示にすぐに従えなかったり、生活のリズムが乱れがちになったり、誘惑にすぐまけてしまったりと、解決しなくてはならないくつかの課題があっるようです。
わざわざお便りくださったので、それはよっぽどのことです。まずはそのお母さんと会ってみようと思います。そして、たいしたことはできませんが、できれば彼のいいところが生かせる支援を探ってみようと思います。
どんな形になるか、まだ想像できませんし、たいしたことができないかもしれませんが、彼のエネルギーをマイナスに転じさせるのは、社会的損失です。
あとに続く子どもたちのためにも、何とかがんばってみようと思っています。
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LD状態は改善できる「ディスレクシアの素顔」より
2008-04-15
今日は、教育・心理カウンセラーの玉永公子さんの著者(表題)より内容を一部引用させていただいています。ディスレクシア(Dyslexia)とは、知的な遅れはないのに、易しい単語の発音ができない、文章表現がぎこちない、左右反対の文字を書くなどの子どもを観察した医者が、そういう状態を呼ぶのに用いた言葉です。定義の歴史的な変遷はありますが、今は、LD(学習障害)の中で特に読み書きの苦手な場合をさすことが多いようです。
エジソン、アインシュタイン、ロックフェラー、アンデルセンなど、多くの著名人もディスレクシアだったと言われています。
つまり、障害というとらえではなく、むしろ学び方・わかりかたの個性といった視点でとらえようとするものです。
学芸大の上野一彦先生も、このことについて、それを『子どもたちの「学び」と「個性」』と表現されています。
当時、私の指導していた特別支援学級のお子さんは、通常学級のだれよりも早く「九九はかせ」になって、友達から尊敬されていたし、ご両親だってとても喜んでくださいました。
私だって、歌がへたくそで、教え子の女の子から「たのむから歌わないで」って涙声で言われたことがあります。これを、歌障害なんて名付けられたら、相当傷つきます。
でも、ある日突然、診断書→障害児なんてことが、今あちらこちらで平気で起こっています。
エジソンやアンデルセンにも苦手なことがあったのですから、誰だって苦手なことぐらいあって当然です。
上野先生は著書の中で、小学校で毎日一時間特別な指導をすれば、中学に行く頃には週1時間ですんだという英国の事例を紹介されています。それだけ、個性に応じた学習法は、大切な役割を果たすのだと思います。
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おすすめの「ひらがな読字/書字教材」
2008-04-14
私は今、小池敏英ほか編著「LD児のためのひらがな・漢字支援」 ~個別指導に生かす書字教材~
あいり出版3200円
という本を教材としてつかっています。最初は図書館でお借りしていたのですが、あまりにも内容が充実しているので、即アマゾンで購入しました。
学習につまずきのあるお子さんの指導を工夫することで、すべての子どもの学習の改善や進歩につなげる、いわゆる指導のユニバーサルデザインの観点からみてもかなり優れています。
何がすごいかというと、本だけでなく、教材のソフトがついていて、即指導につかえるだけでなく、ワークシートまですぐにプリントアウトできる。
ごちゃごちゃいらない刺激も排除されているし、シンプルで操作性も快適です。
もちろん認知神経心理学のオーソリティーですので、理論的背景も、学習手順も十分研究され、その点は完璧です。
ぼくが1年生の通常学級の担任だったら、パソコン教室のパソコンのすべてにインストールしたいくらいです。図書館でCD借りれば、ただで自宅で利用もできます。
こんなのがたった3000円程度で手に入るなんて、本当にいい時代になったものです。学校で業者のパソコンソフトを購入すると、ごちゃごちゃするばかりで役にも立たないソフトを、何十万も出して購入?なんてよくある話です。いったい業者はいくら儲けているんでしょうか?学校も、公費なので、特に自分の腹は痛むというわけでもありませんし。
さっそく土曜日の指導で使ってみました。以前、通級のことばの教室に通っていた今年1年生に入学したばかりのお子さんでしたが、しっかり集中して学習に取り組むことができました。
アセスメント(お子さんの学力のプロフィールをつかむこと)がしっかりできる方なら、こんなに使いよいソフトはありません。特に視覚系の強いお子さんには、ひらがなの書き順などは、このソフトを使って自分で調べさせるのもいいかもしれません。
それくらい操作は簡単。シンプルで工夫されています。
まさにジョイフルのモーニングの値段で、高級イタリアンをいただいた気分です。
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お母さん あなたが呼び寄せた先生です!
2008-04-13
私のいる保育園には、園庭に芝生の広場があります。用務主事さんが、真心を込めて丁寧に管理をしています。
以前園庭には構造的な欠陥があって、雨水がたまってしまう箇所があって、
その部分だけが根腐れをしていましたので、昨年雨水の排水工事をしました。
何とか雨水が一定量はけるようになったので、
主事さんは、3月から、芝生がはげていた部分の張り替えをしていました。
それも傾斜をつけ、手作業で、雨水が排水溝にスムーズに流れるよう細心の注意をしていました。
この用務主事さんは、実はただ者ではないのですが、
いつもきさくに保護者の皆さんや保育士に声かけをしています。
私も芝生の手入れを手伝いたいのですが、私がすると恐縮されるので、お休みの日をねらって密かに草抜きだけをさせていただいています。
こういうすばらしい人材のもとには、自然とすばらしい人が集まってきます。
本年度は、わが法人に、将来性豊かな、期待の新人保育士4名が仲間に加わりました。
それもすべて地元地域の方ばかりです。
この4人の保育士は、たまたま私どもの保育園に来たという見方もできますが、私は、それは違うと見ています。
この主事さんのように、代々わが保育園の理念にご理解をくださり、何一つおごることなく、
黙々と子どもたちの幸せのためにご尽力くださった、誇り高き皆さんが、呼び寄せてくださったものと、私は信じています。
もちろん、すべてがうまくゆくことばかりとは限りません。でも、今の私にはそう思えてなりません。
「いい先生に出会えてよかった」と4月に笑顔いっぱいのお母さん
あなたは、そのためにどれだけの努力をし、心を砕いてこられましたか?
決してそれは、偶然とは言いません。
まちがいなく、それは、お母さん、あなたが呼び寄せた先生なのです!
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指で数えるということの良さ
2008-04-12
昨日指導をしていて気がついたことです。数概念を形成するのに、数字ブロックを使って操作活動を取り入れることは、定番となっていますが、この操作活動も、得意なタイプのお子さんと、そうでないないタイプのお子さんとがいらっしゃいます。
数を量的にとらえることに、時間がかかるお子さんだっていらっしゃいます。
こうした場合、ブロックを置いても、結局は置いたブロックを1から数えるので、なかなかたし算は前に進みません。
いくつかの数をみて、それがぱっと「6」とわかる子とそうでない子はいます。ぱっと「6」とわかる子のたし算の指導は楽しいですが、そうでない子の場合、まずは、「ぱっと見ていくつゲーム」をしてみるのもいいかもしれません。
「ぱっと見ていくつ」が苦手のお子さんの場合、指は強力なアイテムになります。第一、操作が簡単。そもそも自分の指ですから、操作は簡単ですし、落としたり、なくしたりすることはありません。
それに都合のいいことに、片方5本ずつあって、両手を合わせると「10」。まさに十進位取記数法の原理に見事なまでに適応しています。
「5+4」でも「2+5」でも、やり方さえ身につければ、25通りの計算は自由自在です。どんどんやらせて、どんどん合格させて、プラスのメッセージをたっぷり贈ることができます。
こうして達成感をもたせながら、自信をつけさせ、一方で「ぱっと見ていくつ」のスキルを徐々にでもアップさせていきます。
そのうちに、指がなくても、おぼえちゃう計算も結構できてきます。最初は、深い森林に飛び込んでいたような計算の旅も、だんたん道筋が見えてきて、簡単に思えるようになります。
こうしたサイクルが回転し始めたらしめたもの、「学んで楽しい」内発動機付けへと発展していきます。
とまあ、こんふうに簡単にはいかないと思いますが、指で数えるのも、一つのアイテムとして、時にはうまく利用するのも大切なことだと思っています。
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レキシコン(心内辞書)の役割
2008-04-11
今日のテーマは「ちゃんと読めるようにすること」です。みなさんは、英語の新聞とか、雑誌とかを読まれたことがありますか?
私は以前は英語に全然興味がなくて、学校で出されたもの以外で、英語の文章を読んだことはありませんでした。
学校でも、いわゆる長文問題が出たら、最後まで読むことすら、いやでいやで仕方がありませんでした。
それに比べて、日本語の本を読むのは大好きで、小さいころは毎日文学全集とかを読む子どもでした。
それは読むということに必要な「レキシコン(内的辞書)」が英語の場合には、全くと言っていいほど形成されていなかったからです。
読むという行為に必要なレキシコンは3つあります。
1つは「きりん」なら「きりん」という形をみて、それぞれが「き」と「り」と「ん」と識別するための辞書(レキシコン)です。これを表象文字のレキシコンといいます。その子の辞書の中に、そもそも「き」という形がインプットされていなければ、当然それは読めません。私がアラビア語を見て、何がなんだかわからないのは、まだアラビア語の表象文字のレキシコンがないからです。
2つめは、この「き」と「り」と「ん」の3つの文字の組み合わせは、首の長い動物のことだとわかるための辞書が必要です。これは文字表象の意味のレキシコンといいます。きりんを知らない子は、きりんの意味はわからないわけです。
3つめは「きりん」という文字を、声に出して読むための辞書です。これを文字表象の音韻のレキシコンといいます。英語でKnife(ナイフ)をクニヘーと読んだり、One(ワン=1)をオネと読んだりするのは、音韻のレキシコンが形成されていないからです。
見ただけではわからなかったけど、声に出すとわかったということもよくあることです。このプロセスを音韻ルートと呼びます。また、見ただけで意味がわかる場合は、意味ルートと呼びます。
同じ「読めない」でも、入り口となる視覚認知(文字の形を識別すること)に問題のある場合と、文字表象の意味のレキシコンが不足している場合では、当然指導のあり方は変わってきます。
私たちは「こうではないか?」という問いを立てながら指導にあたっていきます。なかなかむずかしいことですが、壺にはまったときの喜びたるや格別のものです。
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入学式の前日に学校へ
2008-04-10
岡山市では、今日が入学式。ということで昨日は、今日入学するお子さんとそのお母さん、そして私の3人でお願いしていた入学式のオリエンテーションに出かけました。「夕方4時に来てください」というコーディネーターの先生からの連絡でした。少し前に着くと、会場となる体育館はほぼ会場設定が出来ていました。
保育園からの引き継ぎの会の時に、1年生の仮担任とはお会いしていましたので、体育館に入ると、すぐその先生方が笑顔で迎えてくださいました。
これが担任の先生とお子さんの初めての出会いでした。「最初に声をかけてくださった先生が担任」というのは、とても大切なことだと考えていたので、とてもうれしい気持ちになりました。たったこれだけのことでしたが、お母さんと私は顔を見合わせて思わずガッツポーズでした。
座る予定となっている体育館のいすには、黄色いシールを前と後ろに貼ってもらいました。実際に座ってみて、先生が「立ちましょう」と声をかけてくださると、起立して、きりっとよい姿勢で待つことができました。
次に、1年生の教室に案内してもらい、名前の貼ってある自分の席を見つけると、本当にうれしそうな顔でいっぱいになりました。ほかにも2人のお友達が来ており、いっしょに靴箱の確認にいきました。担任の支援にあたってくださっている先生もお越しでしたので、細かいことですが、お願いしておきたいことを書いたメモをお渡ししておきました。
一通りのことが終わると、来ていたお母さん方は、いろいろと情報交換タイム?に入られていました。子どもたちもいつの間にか寄って、じゃんけんをしたかと思うと、おにごっこをし始めました。
少し前までは、たとえ前日と言えども、担任の先生が事前に子どもにかかわることはほとんどありえませんでしたが、今ではこうしたことが当たり前のように行われる時代となりました。大切なこと・良いことはあっという間に広まるものだと、感心しました。
視覚優位だからといって何でもかんでも、ビデオや写真を見せて説明するような、ちょっといきすぎた風潮もありましたが、やっぱりバーチャルよりリアルがいいに決まってます。
お母さんは、やさしくしっかりした対応をしてくださった担任の先生と事前に出会えたことで、とても安心した表情で家に帰っていかれました。
まずはよいスタートが切れそうだと、期待のふくらむ一日となりました。
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メタ認知能力で学力アップを!
2008-04-09
メタ認知という言葉は、お母さん方にとっては聞き慣れない言葉かも知れませんね。広辞苑で調べてみても載っていませんでしたから、心理学の専門用語なのでしょう。きちんとした定義についての自信ありませんが、私はメタ認知を、「客観的に自分をみつめる力」みたいにとらえています。
自分の得意なところで、苦手なところを克服するための、大切な力といったことろでしょうか?
私の指導しているお子さんは、本読みがとても上手です。ほれぼれするほどです。あまりり上手なので、時々こっちが感動して涙ぐむくらいです。
でも、それに比べると、計算は苦手です。数を量的にとらえたり、操作活動をしたりする時も時間がかかり、不正確になることも多いようです。
「8+1」=9というのは、かなりできるようになってきました。でも「1+8」となると、かなり抵抗感があるようです。
この子は「たぬきの糸車」を読むときは、半分以上記憶していて、本がなくてもある程度正確にお話することができます。すばらしい記憶力です。この記憶力を生かさないてはありません。
だったら「1+8」と「8+1」がお友達であることを教えてやれば、とりあえず答えが「9」と言えるようになります。これでとりあえず、第一ステップはクリアです。計算カードをうまくつかって、トランプの神経衰弱のようなゲームで遊ぶと、きっと真剣にやっても、私は負けると思います。
とにかくまず、得意なものを作っちゃいます。ゴルフでいえば、とりあえず7番アイアンが正確に打てれば、結構なスコアメイクができるって感じです。
第一ステップがきちんと定着すると、どうして「1+8」と「8+1」がお友達なのか、なんとなく感覚的にわかるようになってきます。
そこで、もういちど操作活動を入れて、量的な数感覚をトライします。こうしたことを繰り返す中で、脳のシナプスがネットワークを次第に確かなものへと構成していき、ある日突然「わかったー」と叫ぶ日がやってきます。
得意なことを使って苦手なことを攻略できるとなれば、自己肯定感や学習のモティべーションも高まります。
苦手な分野があるお子さんは、多くの場合、それを補うかのように、ある部分がすばらしく発達するという場合が多いようです。
ドライバーが打てなくても、7番アイアンだけでも、100切ったりできるはずです。大きな可能性があります。決して夢を失ってはいけません。
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担任決定のサプライズ!
2008-04-08
新学期がスタートし、それぞれの学校で担任発表があったことでしょう。特に発達の課題があるお子さんにとっては、そのことで、1年が大きく左右されると言えなくもありません。
少し前に、担任を指名することはできないけれど、ある程度お願いすることはできる、という意味のことを書いたと思います。
私が指導させていただいている2年生のお子さんの場合は、保護者の方にとっては願ったり叶ったり、いい意味のサプライズだったとうれしい連絡をいただきました。
1年生の途中から、お子さんの発達のことでいろいろな機関に相談に行かれ、一言では言えないようなご苦労の中、我が子にとってベストな選択をと、悩み抜かれたうえでの血の滲むようなご判断・ご決断でした。
こうした思いが人の心に響き、結果として、いろいろな人を動かしました。私もそのうちの一人です。参観日に、学習のようすを見に行かせていただいたこともありました。保護者の代理人みたいな形で、コーディネーターや特別支援学級の先生とお話させていただく機会もありました。
学校も真剣に対応してくださり、こちらが期待していた以上のシフトで新年度をスタートさせていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
担任と特別支援学級の先生とご家庭とが、かっちりと信頼の絆で結ばれる、その礎の第一歩が築かれたような気がしています。
「就学の決定は、決めるではなく創る(determine=ディターミン)」というのが私の持論ですが、まさに今回のケースは、そのモデルケースになったと思います。
この子がこの1年でどこまで伸びるか?
ますます真剣に取り組んでいきたい気持ちになりましたし、とても楽しみです。
(注)determine=
「決める」の意味の最も一般的な語は「decide.」で「即座に確固たる決心をする」が基本の意味で、結論に至ったプロセスではなく結論を強調する。
「determine」はしばしば調査・観察・熟考などの努力の結果決定したこと意味し、「decide」に比べて、決定に至るまでのプロセスが暗示される。(ジーニアス和英辞典より)
こうありたい学校・保育園の対応
2008-04-07
先日、私のプリンターの調子が悪くなりました。メッセージの画面に「複数のインクが取り付けられています」という表示が出て、印刷できない状態になったので、キャノンさんのサポートセンターに電話させていただきました。
これまで、別の機械のことなどで、別の会社のサポートセンターに電話させていただきましたが、会社によってその対応は天と地ほどの差があります。
キャノンさんの場合、まず、すぐサポートのオペレーターさんに電話がつながりました。
他社の場合、まず自動音声でぐるぐる回されて、挙げ句の果てには、「ただいま回線が混み合っていますので、時間をおいてもう一度おかけください・・」なんてのは、よくある話です。利用者の立場にたってサポートセンターを立ち上げているかどうかの理念の差がこんなところに出ます。
今回のキャノンさんの対応は、それはすばらしいもので、こちらから何もお願いしないのに、
「ご迷惑をおかけして誠に申し訳ありません。すぐに新しいインクを送らせていただきますので、付け替えて様子をみてください。それでもだめな場合は、至急ご連絡ください。どの担当が出ても引き継ぎができるよう申し伝えておきますので、恐れ入りますが、この番号を次回にお知らせください」
というものでした。
先日、買ったばかりの電子時計の液晶が映らなくなったときの某メーカーのオペレーターとはまさに雲泥の差です。これから保育園や家庭でプリンターを買うときは、何があってもキャノン製品を買おうと思いました。デジカメもスキャナも全部キャノンにしようと思いました。たったプリンターインクひとつで、ユーザーとメーカーに大きな信頼の輪ができたわけです。
どれだけすばらしい理念をかかげていても、それがあるだけでは何にもなりません。理念はこうした細かい現実場面でこそくっきりと浮かび上がるものです。どれだけ利用者の(学校で言えば保護者の)立場に立っているかは、こういうことろに出るのだと私は考えています。
私はいつも、保育園の職員に「子どもの成長と幸せを真ん中に置いて、保育園と保護者が信頼の絆で結ばれる。これが目指すべき姿である」といつも言っています。
保護者は、我が子の教育的ニーズの代理権者です。その体温を感じ、プロとして信頼される対応を行っていきたい。
保育園も学校も、こうしたキャノンさんの対応から学ぶべきことは、たくさんあるような気がしています。
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個別指導90分!
2008-04-06
4月から、2年生になるお子さんの個別指導を週1・90分でさせていただくことになり、先週90分指導の第1回を行いました。90分指導(マンツーマン)は、お母さんからのご希望でしたが、最初は2年生のお子さんが、90分もの長い時間、集中するのはむずかしいのではないか、と思っていました。
自分は英会話の勉強をしていますが、ネイティブの方と90分もマンツーマンやったら、そりゃあ正直疲れますよ。
でも、実際に、この子との指導を行ってみると、指導していて楽しいし、とてもやりがいのある充実した90分を過ごすことができました。
これまで、週1回・45分の指導を4回行ってきましたし、指導開始以前にもお母さんから、学校でのようすを含めいろいろな情報をいただいていますから、アセスメント(調査)は一定のレベルまで達しています。
得意なこと、苦手なこと、得意な方法、苦手な方法もわかってきました。
これまでのアセスメントの中で、特に有効だったのは、性格というか、パーソナリティの理解です。学校の先生からの情報も貴重でした。
学習は、先生が出す「超むずかしい問題」を、この子が撃退していくバトルタイプ?で進めています。 (笑)
「うーやられた」「じゃあこの問題はどうだ」
「そんなチョー簡単」「ほらね、すごいでしょ」
「ぎゃー、またやられた」「もう降参」「来週はもっとむずかしいの出すぞー」
「平気、平気、へっちゃらだから」
とまあ、こんな感じです。バトルをクリアすると後に般用強化刺激?となるプリキュアのシールがもらえます。このシールは9個たまると、この子の大好きな本を買ってもらえます。いわゆるトークンエコノミーシステムを採用しているわけです。
ご家族の方がご覧になったら「ふざけた学習」と思われるかもしれませんが、当の本人は大まじめに、
「この子には、これまでの学習体験で得られにくかった言語による直後強化(reinforcement)が有効」、
「行動を維持する快刺激を、間欠的に与えながら、集中して取り組ませよう」
など、いろいろ考えながらやっています。
できなかった時の、ヒントカードは完璧です。わからない時、つまずいた時に手だてのできない課題は与えないようにしています。失敗したら、「これで調べてごらん」と握っていたヒントカードをすぐ提示するようにしています。教材そのものよりも、むしろヒントカード作成に時間をかけています。
ですから本人にとっては「教わる」ではなく、必ず自分で解決する「学び」のスタイルを維持することができます。本人は、どんなヒントカードをもらおうと「自分で解決した」という意識なので、達成感をもつことができるし、「勉強がおもしろい」になっていくわけです。
私は、「学びは人間の基本的な欲求のひとつで、本来は楽しいもの」だと考えています。
「先生、6年生になっても、中学になっても、ずっと勉強教えてね」
この子の発達課題に合わせて、学びの楽しさを! こうなると、教える方も待ち遠しいですよ。
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認知心理神経学的アプローチ
2008-04-05
今回は、お借りした本の中から私なりにヒットしたことの紹介をさせていただきます。引用させていただく文献は「LD児の言語コミュニケーション障害の理解と指導」竹田契一ほか著、日本文化科学社です。
認知神経心理学アプローチというのは、学習の基礎となる脳機能に目を向けた指導を行います。
例えば「漢字が苦手」というお子さんがいた場合、形をとらえることが苦手なのか、それを記憶するのが苦手なのか、意味が理解できないのか、書くという行為が苦手なのか、脳の機能といった視点からとらえてアプローチしていくわけです。
学校教育で
・その子のレベルにあわせる
・何度も繰り返し教える
・やさしいことから難しい内容へ
ということを
・脳の階層性にそった問題の把握
・脳の左右半球の特性を重視した指導
・問題が聴覚系・視覚系別の指導
というようにシフトしていくわけです。
・お子さんのつまずきの原因は何か、どの程度か
・脳の強い回路を使う。弱点を補う方法を使う
・学習の背景にある規則性を教える
こうした認知心理学的アプローチは、正直おもしろいです。
つぼにはまれば、子ども、大化けしますから。
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LDとはラブ&ドリーム
2008-04-04
私の住んでいる岡山には、「岡山県立図書館」というすばらしい図書館があります。ちょっと前の調査では、利用率か貸し出し数かわすれましたが、全国トップレベルの図書館という評価をいただいたようです。
実際に何度か利用させていただきましたが、利便性も蔵書数すばらしいです。検索した本をすぐにプリントアウトして捜すことができます。司書の方の対応も丁寧で、高い専門性をもっておられます。こんなことで比べるのは失礼だとは思いますが、大学の図書館では、見たい本は実際には研究室にしまわれていることも多くて、困ったことが何度かありました。
さすがに論文を書くときには、国会図書館へ3日連続で通いましたが、通常の範囲なら大きな本やへ行くより、アマゾンで検索するより、まずここに来るべきだと思いました。
特別支援教育の本も、最新のいい本が利用しやすい形で整理されていて、感激ものです。
ということで、先日、保育のことの判例を調べにここへ行ったついでに、特別支援関係の本を何冊かお借りしました。
今回お借りしたのは「言語・コミュニケーション・ひらがな・漢字・書字指導」に関する本が中心でしたが、そうこうしているうちに、かのご高名な上野一彦先生が「 LD (学習傷害=leanring disabilities は私たちに、愛 ( love ) と夢 ( dream ) を伝える頭文字でもあるのです。 」という一節に出会いました。
ぼくは障害という言葉もあまり好きなことばではないので、できるだけ「発達障害児」ではなく「発達に課題のあるお子さん」というとらえをするようにしていますが、このLDという視点が、この一節ですごく好きになってしまい、これからちょっと本腰を入れて、ここから現在指導にあたらせていただいているお子さんへのアプローチをしてみようという気になってきました。
1冊3000円から20000円以上もする本を10冊、2週間も惜しげもなく貸してくださる太っ腹の県立図書館さま、本当にありがとうございます。ぜひ今後の子どもたちの幸せと成長のために活用させていただきますので、これからもどうぞよろしくお願いいまします。(笑)
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担任を選ぶことは本当に無理なことか?(その2)
2008-04-03
年度末に、ある小学校のケース会に呼んでいただきました。そのお子さんは通常学級に在籍していましたが、来年度から特別支援学級で学習をすることになっているお子さんです。
これまでそのお母さんのに何度か相談を伺ったり、現在は、週一度学習指導をさせていただいていており、家庭との太いパイプがあるといくこともあって、今回は学校のほうからお電話をいただき出席させていただきました。
前年度の通常学級の担任の先生・特別支援学級の先生お二人・コーディネーターの先生・そして私と5人の構成メンバーでした。
だんだんと保護者を交えたケース会を実施している学校も増えているようです。
私は、毎週そのお子さんのお宅に行き、学習指導のあとにお母さんとお子さんのようすについて伺っていますから、ご家族・特にお母さんの思いやご苦労を肌で感じる位置にいます。ある意味、毎週家庭訪問で、毎週教育相談です。
そういうこともあって、このケース会では、来年度の指導の枠組みについて具体的な意見交換をすることができました。
このお母さんは、「子どものことで、親としてしなければならないこと、すべきことを決してあきらめたくない」とおっしゃっていました。
新年度から、この子さんは特別支援学級での学習が始ります。私は、ここに至るまでに、ご両親がどれだけお子さんのことを思い懸命に努力され、貴重なご決断をされたか、痛いほど知っています。
担任を指名することはできません。しかし、少なくとも私は、このご家族の気持ちにだけは応えたいと思い、自分でできることは心を込めて行ってきました。
もし、ご家族の強い気持ちがなかったら、こんなケース会が行われることは絶対にありませんでした。コーディネーターの先生も「こんなケース会は画期的なことだよね」とおっしゃってくださいました。
もし、このお母さんが私あの日あの時、私の保育園にご相談におみえでなかったら、私はこれほど本気で学習指導や家庭支援に目を向けることはなかったでしょう。
確かに、担任の存在は大きいです。でもあきらめずに、力強く目指す方向への歩みを続けていくことで、それはひとつのうねりとなり、力になっていくはずです。
ぼくが以前、特別支援の学級の担任になることができたのも、そのご家族の熱い気持ちがそこにあったからです。直接「誰々」といった個人名の担任指名はできませんが、期待通りの先生と出会うためにはこうした努力は、無駄なことではないはずです。
しかし、それ以前の問題、いわゆる「どうしようもない先生」がわが子の担任!」というケースもあるようで、このことについても考えていかなくてはなりません。
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担任を選ぶことは本当に無理なのか?(その1)
2008-04-02
新年度になり、始業式に向けて、保護者の方といくつかの取り組みをしてきました。こうした取り組みの中から、保護者の切なる願いや思いが、学校の担任決定に何らかの形で生かされるシステムがあっても良いのではないかという考えが、心の中で次第に大きくなってきました。
初めて小学校に入学する新1年生の場合、
発達に課題はあるお子さんの場合、
さらには、発達の課題はあるけれども、通常学級で我が子を学ばせたいと願っている保護者の皆さんにとって、担任の決定はまさに命綱と言えます。
以前私が特別支援学級の担任になった時は、入学式のかなり前にその子に会い、通っていた療育園に訪問し、担当の先生に直接会い、学校でご両親とも入念な打ち合わせをし、可能な限りの準備をして、入学式に臨むことができました。
この事前のかかわりが、どれほど、その子と、保護者の方と、私との絆を深めたか、はかり知れません。
やってできないということは、ないはずです。
今現在のことでも、1月に申し込んだ通級指導教室での学習の可否でさえ、まだ小学校から保護者の方へ通じていない。
学校の根本的な姿勢が、こんなところにこそ現れてくるのだと思います。
たとえ担任を指名することができないにしても、今、保護者の方がどんな思いでいらっしゃるか?
ご希望に対して、どんな形でお答えするべきなのか?
その温度を感じ取って、スピーディーに対応し、そのことを説明するのは学校として最低限の責務であると思います。
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不登校からの脱出
2008-04-01
今日から4月、新年度のスタートです。保育園での今朝のようすを見ていると、今日から新しいクラスのお帳面に新しいシールをはってもらい、笑顔いっぱいのスタートになっていたようです。
これも小学校にいたころの思い出の一コマですが、当時私は、いわゆる生徒指導の先生をしており、子どもたちの欠席(怠学・不登校)を最優先の課題として取り組んでいました。
そのときの校長は、学校教育における家庭支援に情熱を注ぎ、当時のぼくは、教員でありながら、授業はほとんどもたず、ある意味お役ご免で学校を離れ、民生委員や主任児童委員の方にお世話になりながら、家庭支援に走り回る日々でした。
その間いろいろな子どもたちと出会いました。児童虐待寸前のケースもあれば、経済的に行き詰まったご家庭、発達に対する周囲の理解不足が原因になっているものや、その子自身の精神的な課題が原因になっているもの、生育歴に関係しているもの、本当に様々なケースと出会いました。
その中でもふと思い出す一コマがあります。
それは、1年生の途中から5年生の1学期まで、4年以上不登校が続いていた男の子のケースです。もう4年以上も学校に来ていないのですから、そう簡単にはいかないと、初めはそんな風に思っていました。宿題とか、連絡とか、細い線ではあるが学校との絆を絶やさぬようにいていこう、それぐらいの意識でいたように思います。
でも、この校長先生はちょっと違っていました。ある日、ぼくと担任は校長室に呼ばれて「○○ちゃんのところへ2人で行ってください。だめでもいいから、とにかく会って話をしてきなさい」と告げられました。
その5年生の担任も、いつも子どものことを大切にする当時は20代の若手男性教員でした。お宅におじゃますると、優しそうなおだやかな顔つきのお母さんとその5年生の子が待ってくれていました。
どんなことを話したらいいのか、迷いながらもぽつりぽつりと私たちの会話は続きました。とりとめのない話を30分ばかりして、「今度発表会があるから、ちょっとでいいから見学に来ませんか」と伝え、プログラムを置いて、その部屋を出ました。
この時点では、私も担任も、まさかその後大きな変化が起きようとは、夢にも思っていませんでした。
この学校では、本番の発表会の前に、予行も兼ねて、他学年の児童に見てもらうプレ発表会を行っています。私は体育館に入り、後ろの方でその発表を見ていましたが、しばらくするとなにやら後ろの方で、少しざわついてた様子がうかがえます。何だろうと思い、ふと後ろを振り返ってみると、何とその子とお母さんが、体育館の隅で、発表の様子を見ているではありませんか?
これには、本当に驚きました。
その後、やはり学校に適応するまでには、少しとまどいが見られました。制服を着ることに抵抗がある。ならば私服できたらいいじゃない。いきなり勉強についていけない。だったらやってみたいところからしてみよう。
この担任の対応も、すばらしかった。完全にこの子の気持ちに寄り添って行った。この子にとっての学びは、この先生とともに具体的に作り上げられていった。
その何ヶ月間は、ある程度の配慮はしていきましたが、いつの間にか制服を着るようになり、登校班でいっしょに来ることができるようになり、休む日もほとんどなくなり、6年生になるころにはまったくといっていい程、特別な配慮は必要ではなくなっていきました。
この子の成長にひきずられるように、あれだけ悲惨だった長期欠席者の数も、右肩下がりに減少し、いわゆる不登校に該当する児童の数は、結果として0になる日がやってました。
当時ぼくは、その学校1年目でしたから、その事実だけが先行して「あなたはいったいどんな魔法をかけてそんなことを実現したの?」みたいなことを言われたこともありますが、事実は見ての通り、この校長の家庭との見事なまでの連携にあったわけで、わたしは単にその小間使いをしたに過ぎません。
「これからの教育は(学び)・(育て)そして(支え)よ。」
そういったその校長(女性なのですよ)の眼力と先見性には、今でも深く感服しています。
こうした体験から(学び)(育て)(支え)の三つの感覚が、今の私の活動の源流となったのは言うまでもありません。
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