新1年生の受け入れ準備

 2008-03-31
先週は、新1年生の引き継ぎにいろいろな小学校への引き継ぎにいきました。

私は、小学校で新1年生の受け入れ事務を一通りこなしてきましたし、保育園で就学支援も行ってきましたので、この分野については、かなりの業界通?であります。(笑)

これまで私がかかわってきた小学校では、だいたい次のように新一年生の受け入れ事務を行います。

まず、3学期の終業式あたりに新1年生の仮担任の発表を校長が行います。他の学年の担任発表は4月からですが、新一年生では就学事務や入学式の準備などたくさんしなくてはならないことがあるため、1日でも早く取りかかる必要があるからです。

新1年生の担任が、他の小学校から4月に転勤されてくる先生になることもよくあることです。この場合は、その先生だけ、身分は前任校のまま一足早く新しい学校で準備を開始します。

新1年生の仮担任になったら、まず就学予定児童の名簿を確認して、日程を調整したうえで、それぞれの幼稚園・保育園に引き継ぎ会の連絡を取ります。

幼稚園・保育園では、3クラスなら3クラス、2クラスなら2クラスに分けた名簿を持参して、一人一人の子どものようすについて伝えます。発達に課題のあるお子さんについては、とくに詳しくお伝えします。

しかし、仮担任は、つい1日2日前までは、別の学年の担任だったわけですから、いきなり保育園や幼稚園からいっぺんに多くの情報を寄せられても、なかなかイメージがわかないのも無理かなぬ話です。

また、年度の変わり目ということなので、それまで就学事務にかかわってきた校長・教頭・教務・特別支援教育コーディネータの方が転勤になり、4月になりまた1から説明しなければならないようになることもよくあることです。

保育園・幼稚園からの引き継ぎがおわると、次はクラス分けと担任決定の調整に入ります。3クラスなら3クラス、大きな偏りが生じないように、引き継いだ内容をもとに微調整を行います。ですが、実際にだれひとりとして子どもを見ていない場合が多く、紙の上の操作だけなので、開けてびっくりは毎年のことです。

実際にわが保育園でも、実際に子どもや保育園や子どもを見てくださった校長先生も教務の先生も3月でご退職・ご転勤です。新1年生の仮担任の先生は、就学調査票さえまだ目を通している段階ではなく、診断名やIQ値のみで判断するしかない状態です。

もし、担任の先生にお伝えしたいことがある場合、保護者とすれば、1日も早く自分の子どもの担任とお会いしてお願いしたいというのが心情というものでしょう。

この点は年々改善され、かなり柔軟に対応してくださるようになってきましたが、まだ学校間には格差もあるようです。



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誕生日!

 2008-03-29
実は、昨日が私の誕生日でした。

一番下の娘が「これプレゼント!」と言って小さな袋をくれました。中を開けてみるとそこには、ぬれせんべい・ポテトチップス・かっぱえびせんが入っていました。

「何買おうかと思ったけど、500円しかもっていなかったから、これしか買えんかった」と言って手渡してくれましたが、大好きな3点セット、ちゃんと知ってくれています。親子だから当たり前なのでしょうか?

とっても幸せな気分になりました。

上の2人は何もくれないし、何も言ってはくれませんでいたが・・・



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学校と連携するということ

 2008-03-28
先日、算数のお道具セットを購入するために、教材屋さんに連絡をしました。

小学校の現場にいたときからお付き合いのある教材屋さんで、とても迅速でていねいで、しかもお主人も奥様もすばらしいお人柄の方です。

わが保育園でも、学童保育の事業を実施しているので、ぜひ算数セットを購入させてほしい、というお願いをしたのですが。算数セットなら問題ないのですが・・・と、ちょっと困惑された口調でした。

瞬時にそれは「ドリルや教材は、一般には販売できないのです」という意味に受け取れました。そうか、自分は一般人で、公人ではないんだって、少し思い知らされました。小学校にいたときは、ちょっとひとこといっただけで、サンプルが山ほど届いてきたし、そういえば、試供品ということで、いろいろなものただでもらっていました。あれって、公権力?だったのでしょうか。

でも、こんなこともありました。ある学校の担任の先生と特別支援学級が、私の学習指導をしているお子さんのことで、情報交換や連携を視野に入れ、会ってくださるというお電話を昨日いただきました。無理かなって思っていた矢先なので、これはうれしいサプライズでした。

今日は、保育園として、発達の課題のあるお子さんのことを小学校にお願いにいく日です。小学校でも、人事が新聞発表されるなど、新年度に向けての取り組みが始まりました。

子どもの幸せと成長を真ん中に置くことで、これまで以上に機能的な教育連携のシステムが構築されるかもしれない、というのが今の私のテーマになっています。

学年ごと、1年ごとの輪切りの教育システムに、子どもの成長という縦の太い串をぶすっと突き刺す。

今、私のやろうとしていることは、こんなことかも知れません。



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学びの多様化・国際化

 2008-03-26
先日行われた大学の卒業式でのこと

式が行われた会場には、各国のさまざまな民族衣装を着た方が卒業生として多数列席をされていました。それぞれの国から志をもって、この日本の地、異国の地で学び、そして所期の目的を遂げられ母国へ帰っていかれる。本当に尊いことだと感服をいたしました。

また、総代で卒業証書や学位記を受け取られた方の中には、学長よりもご高齢ではと思われるかたもおいでで、これもまだすばらしいことだと感銘をいたしました。

学ぶことには、国籍も年齢も関係ないのですね。そして、学びはそもそも内発的なものであるので、ランクやレベルといったものさしも関係ないと思います。

知りたい・向上したい・できるようになりたい・トライしたい・つきとめたい・・

こうした思いにささえられているものこそ学びではないでしょうか。これは、大人であっても子どもであっても、同じように大切にしていくべき営みであると考えます。



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子どもに見通しをもたせること

 2008-03-26
私の住んでいる岡山市の駅前の信号も、少し前から、「あと何秒で青」みたいな表示がでるようになりました。

同じことなのに、あと何秒とわかっていれば、イライラしなくてすみます。ゆとりをもって、次の青まで待つことができます。「あと何秒で赤」とわかっていれば、事前に少し早足で歩くことだってできます。

簡単なようなことですが、小さい子どもにとっては、日々起こることは、新鮮な驚きの連続です。大人が当たり前と思っていることでも、子どもにとっての受けとめが同じであるとは限りません。結構、大人の勝手な都合で、子どもを振り回すのはありがちなことです。

子どもといっしょに計画を作ったり、確認をしたり・・。できるだけその計画を変えず、ちゃんと評価をしてあげる。シンプルな原理ですが、現実場面でやり通すには、そこにきちんとした理念が必要です。

同じようなことをしていても、指導者によって、子どもの目の輝きは違ってきます。似てはいるけど、中身がちがってくるのは、そこに理念があるかどうかだと思います。



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直接指導にあたる楽しさ

 2008-03-25
今日は、通っている大学院の卒業式。正式には「学位授与式」というのだそうです。

卒業と同時に「特別支援学校専修免許」がいただけます。これまでいろいろな研修などで、二種→一種とレベルアップして、ついに専修免許をいただけるようになり、自分としては感激ものです。

しかし免許はあくまで「最低基準」なので、実際にものをいうのは臨床経験です。

子どもの成長と幸せを真ん中に置いて、指導者と保護者が信頼の絆で結ばれる。これが、私の目指す教育の形です。

「先生と出会えてよかった」「先生に指導していただいて本当によかった」

出会った子どもや保護者の方に、そんなふうに思っていただけるよう、これからもがんばっていきたいと思います。

実際の指導にあたらせていただくことは、とても楽しいし、やりがいがあります。子どもの成長や幸せこそ、今の自分の生き甲斐になっています。



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言葉が出るようになった!

 2008-03-22
先週の土曜日に、保育園で卒園式がありました。

他の保育園でもされていることだと思いますが、本園でも「お別れの言葉」があり、卒園児がひとりひとり呼びかけを行います。

その中で、言葉の発達に課題のあるお子さんもいらっしゃいました。4歳児組になってもなかなか言葉が出ないので、そのお母さんは、医療機関・療育機関・教育機関など、ありとあらゆるところに出かけられました。もちろん、仕事をお持ちのお母さんで、すべて仕事のやりくりをつけてのお取り組みでした。

いわゆる専門家と呼ばれる方から、厳しい指導や指摘もありました。でも、このお母さんは我が子の可能性を信じて、決してあきらめるということをしませんでした。時には高名な先生の診断でさえ、可能性を限定されるようなものは受け入れませんでした。

ひとつひとつの関係機関に、自分の足で訪れ、自分の目で確かめ、そして自分の責任で選択をされてきました。

「ことばの教室」にも通われるようになりました。でも、このお母さんがこだわったのは、「集団の中でこそこの子は伸びてきたし、これからもそうに違いない」という強い信念でした。

5歳児組になり、最初は新しい環境にとまどっている場面もありましたが、クラスのみんなと和太鼓の演奏で活躍できたことも大きな自信になり、この1年間で、保育士のだれもが驚くようなすばらしい成長を遂げました。

一番苦手だった発表も、クリスマス発表会くらいで小さな芽がふくらみ、卒園式では緊張した場面の中で、堂々と自信をもって大きな声で発表することができました。

この成長は、高名な先生の診断?をはるかに超えるすばらしいものでした。もし、あのとき、お母さんがあきらめていたら、この日の感動は、こうした成長は、決してありえなかったのではないでしょうか。

いろいろな見方もあるとは思いますが、私は、お母さんがこの子の言葉の発達にふさわしい環境を作り上げたことが、最大の要因だと考えています。専門的な個別指導を受けられながらも、集団の教育力に賭けたのも、賢明な選択だったのではないでしょうか?そしてこのお母さんの強い気持ちは、担当保育士だけでなく、この子をとりまくすべての人に響いていきました。

卒園式の態度を見て「もしかしたら、この子に発達課題はないのかも・・」と思ったのは、お母さんだけでなく、私もいっしょでした。

数値や診断は、大切な指標ですが、それは単なるプロフィールなのであって、必要以上にそのことにとらわれることはあってはならない。大切なのは子どもをしっかり見つめることと、可能性を信じて営みを続けることなんだと、心の底から思った一日でした。



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学ぶ楽しさ そこにあるから

 2008-03-22
先日あるお子さんが、「先生に聞きたいことがる・・」と恥ずかしそうに質問をしてくれました。

「えっ。何?」と聞き返すと、「先生は何年生まで、私の先生でいてくれるの?」と聞いてくれました。

「それはね、もし先生といっしょに勉強したいんだったら、中学でも、高校でも、ずっと教えてあげるよ」と答えました。

その子は、うれしそうな表情を浮かべてくれました。

正直、指導を開始するまでは不安なこともたくさんありました。もし、うまくいかなかったら申し訳ないというプレッシャーもありました。

45分の指導のための準備に、半日かかる日もありました。

でも、今は十分に手応えをつかみ、この子に学ぶ楽しさを体感させていく見通しをもつことができるまでになりました。

当初は45分もつかどうか不安に思っていましたが、1度たりとも集中力を切らすことなく、勉強時間が過ぎても、まだやりたそうな表情をしてくれます。

「わかる」「できる」は、人間の基本的な欲求なのだと思います。
こうなると指導する方も楽しくてなりません。
あれもしたい、これもやってみたいと、夢が広がるばかりです。

今では、指導を引き受けて本当によかったと思うし、生き甲斐にもなっています。



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学習の基礎「文字と数と言葉をつなげる」

 2008-03-21
昨日,1年生のお子さんの算数の指導中に感じたことです。

我々大人は,数字の「3」と言葉の「3」と量的なイメージの「3」とが,即座に対応します。
それは,様々な体験を通して,別々のものが脳の中のネットワークですでにつながっているからです。だからそれを、当たり前のようにとらえることができます。

しかし,自分がそうだから,大人がそうだから,子どもも同じように「3」をとらえているかというと,
それは違います。子どもにとっては、まったく別のものとしてとらえられていることは、よくあることです。

「何で子どもがわかならいか、わからない」のは、こうした状態であることも多いのではないかと思います。

例えば私は,英単語の「ジーニアス」について,聞き取り事もできますし,意味も知っています。しかし,「genius」という文字を見ても、即座にそれが「天才」という意味なんだとわかりません。スペルを書けといっても書けません。つまりは「半わかり」 決して完全にはわかっていないのです。

それは、普段から英語の本を読んだり、新聞を読んだりする体験が、ネイティブ(その言語を母国語としている)の人と比べて、決定的に欠けているからです。でも、一定の体験を重ねて(つまり広い意味で学習を続けて)いけば、瞬時に、文字の形をみただけで、それを認知することができるようになります。これが真に「わかった」ということです。

ですから、1+1も単に「2」と答えただけで、すべて理解しているかどうかはわからないということです。おはじきを使ったり、おまんじゅうで考えたり、お金を使ったり、紙に書いたり、誰かに教えたり、そうした様々な体験を通して、はじめて真に「わかった」ということにつながります。

いったんわかってしまえば、あとはそれを適応していくことになりますが、こちらの方が指導はうんとたやすいです。ここまでくれば、後は楽しいです。仕事がすんで、集金だけをするようなものです。

学習で結果がすぐに見える場合は、楽しいですが、大切なのは基礎をつくる地道な作業です。土台をしっかりつくるのはしんどい作業ですが、本当にそれができれば、いつか飛躍的に向上する日がやってきます。

私は何度も、そうした子どもの学びにふれ、胸を熱くしてきました。



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先生との連携のあり方

 2008-03-21
先日あるお母さんから、こんな内容の連絡を受けました。

「明日から、給食もなくなり、家にいる時間が長くなります。春休みもあるのだけれど、その期間、できないから、わからないから、何もさせないというののもどうかなと不安になります。お忙しい先生に恐縮なのですが、何か先生から課題を与えていただけないでしょうか・・・」

私が関わりをもたせていただいているお母さんは、それぞれにどの方もすばらしい方ばかりですが、このお母さんもホントにすばらしいお母さんです。

私の方がいつもお母さん方に育てていただいているような気がします。

もしこのことをきっかけとして、指導者と家庭とお子さんが、機能的な学びのネットワークやシステムを築くことができたら、きっとそれはまちがいなく、その子にとって大きな財産になります。こちらがお願いしても難しいようなことを、お母さんの方から申し出てくださるのは、本当に有り難いことです。

お母さんと連携するためには、プロとして、現時点での学力面での分析力や今後の教育計画を、より明確にしておく必要があります。親が我が子を教えるのは、先生が児童を教えるより難しい面や配慮しなければならない点も多くあります。

しかし、その可能性は無限です。1+1が3になり4になることだってありえます。

私は、このお母さんの気持ちには、何としてでも答えたいと思います。指導者と家庭がこんな気持ちで結ばれることにより、プラスのことはあっても、マイナスになることはあり得ないと考えます。

担任の先生と対立的な関係になるのは、とても残念なことです。
でも、現実には起こりえることがらです。

先生をやる気にさせることも、親としての大切な仕事なのかもしれませんね。



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親としてすべきこと

 2008-03-20
この1年間,何人かの保護者の方に相談を伺う機会がありました。

どの保護者の方も,真剣にお子さんのために,親としてすべきこを模索し,
より望ましい方向を作り上げていかれました。

親としてお子さんの事を決めるのは,選択でも決定でもなく,創造だということは
以前にもふれさせていただきました。

お子さんの将来にわたって寄り添っていくのは,家族以外にはありえません。

最終決定権は,お子さんでありご家族の方にあるのですから,
そうした視点から見ると,それを自己決定と呼ぶこともできます。

日本語で,自己決定というと,独断的で何をしてもいいというようなイメージがありますが,
私の考えている自己決定(Self-Determination)は,周囲とのかかわりのなかから,
より望ましいことを創造するという意味でとらえています。

親としての熱い思い,それに勝るものはありません。
しかし,すべてのことを親だけで,かかえることはないのです。
決してそれは,親としての役割を放棄したことにはなりません。

簡単なことではありませんが,お子さんの幸せのために,
上手に地域社会のリソース(資源)を選択されることも,
大切な親の役割だと考えています。



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卒業式での出来事

 2008-03-19
昨日,ある小学校の卒業式に参加させていただきました。

卒業式など,行事関係が苦手なお子さんっていますよね。

そのことで私にとって、忘れられないできごとがあります。

その学校は小規模の学校で、1年生も毎年卒業式に参加しています。
そのお子さんは、やはり普段と違うこと・新しいこと・厳粛なムードには苦手な面があり、
ご両親も、そのことをとても気にされていました。

練習の時も、がまんできずに、泣き叫んでしまったこともありました。
ちょっと弱気になって、正直「卒業式の日だけは別室で・・・」という考えが何度も頭をかすめました。

しかし、ある時私は、腹をくくりました。

きっかけとなったのは、卒業生のみんなのある言葉

「○○くんも、○○小学校の子どもなんだから、○○くんのいない卒業式なんて意味がない・・」

この時、本当に私は目が覚めた気持ちになりました。
そして、ちょっとでも「別室で・・」と考えた自分が惨めでなりませんでした。

来賓が来ようが、厳粛さがどうであろうが、卒業式の主体者は、まぎれもなく子どもです。

6年生の子どもは、「○○くんのいない卒業式なんて意味がない」とまで言った。
なんてすばらしい卒業生なんだろう。

その時の校長先生もすばらしかった。
信頼してすべてを任せていただきましたが、信念にはゆるぎないものがありました。

そして、腹を決めた私は、その子にこう言いました。

「○○くん、ごめん。もうだいじょうぶだよ。いつもどおりの○○くんでいいから・・・」

不思議なことに、
その瞬間、○○くんの表情から、
いっぺんに緊張感や不安感が吹き飛んでいくようにように見えました。

「たとえどんなことが起こっても、担任としてすべてを受け止める」
そう決めてしまえば、何の不安も心配もなくなりました。

それまで一体何を大切にしていたのか、逆に疑問に思うようになりました。

一糸乱れぬ態度や、呼びかけ。厳粛にも華やかなムード。
みんなの心を一つにして、最高の瞬間を演出する・・・

そこで育つものも、確かにあることでしょう。

しかし、知らず識らずのうちに、できばえばかりにとらわれて
先生は、校長はよろこんでいるけど、子どもはどっちらけ・・
なんてのは、よくある話です。
少なくても、来賓のための卒業式なんてナンセンスです。

結局、本番の卒業式で○○くんもよくがんばり、
私たちにとっては、生涯忘れることのできないものとなりました。

式が終わって、すぐ心配されていた○○くんのお母さんにお電話させていただきました。
心に残るすばらしい式ができたことを報告すると、
お互いに涙声になってしまいました。

何が良かったのか、あえて分析する気にはなりません。

でも、このことが、今の私の教育観のベースになっているのは確かです。



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外国の方から見た日本の小学校教育

 2008-03-18
外国の方と日本の学校教育について話を伺う機会が何度かありました。

心に残っているのは,
「日本の小学校は,大掃除・遠足・校外活動など,行事ばっかりで,いつ勉強してるかわからない」
という言葉です。

外国では,専属の掃除のスタッフがいたり,給食指導がなかったり,水泳の指導がなかったりするかわりに,学力に対する専門意識は高いようです。

日本では,生徒指導の対応や学級経営や,本来は勉強を支えるはずのものであるはずなのに,
実際は先生としてのエネルギーのほとんどを,教材研究以外のことに費やしている場合も多いようです。そういうことをしていれば,学校の仕事をしてるって感覚になってしまいます。本当は,勉強を教えることが,本務なのに・・

セラピストの先生には,「心の問題は我々に任せて,先生は学力面での専門性を発揮してください」と何度も言われました。

学校で人間形成,塾で学力?

ちょっと悲しい気がするのは,私だけ?



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学びのバイパスモデル

 2008-03-17
誰でも得意なことと苦手なことがありますよね。
オールマイティーな人もいますけど,別な見方をすれば,1本,柱がないと言うこともできます。

計算速いけど,字を書かすとめちゃくちゃのお子さんもいました。

計算は苦手だけど,本読み抜群にうまいお子さんもいます。

苦手な部分,努力でカバーできるなら,
能力開発の面からも,適度な刺激によって発達の促進が期待できます。

ただ,機能的な面から,努力を重ねても,思ったほど効果が期待できない場合もあります。
こうした場合は,ある程度指導の在り方の検討が必要になるかもしれません。

能力開発を主眼に置くか,社会生活に必要なスキルを身につけることに主眼を置くか。
この部分の選択や決断も重要になってきます。

多くの場合,ある部分に苦手な面があるお子さんは,そのことを補うように
別な部分,比較的得意なところが,思った以上に発達することはよくあることです。

1年生の子どもで,漢字はさっぱり書けないけれども,
トランプで神経衰弱したら,私にいつも楽勝で勝つ子どもがいました。

なら,トランプのように,カードで漢字遊びをすれば??というアイデアで,
勉強に取り組んだことがあります。

要は,渋滞していれば,よく通るバイパスの利用も考えよう,ということです。

そこで大切なのは,その子にとって,何が大切なことなのか
ビジョンをもって,計画的に取り組んでいくことだと考えています。



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双子のお子さんを同じクラスで担任して・・・

 2008-03-16
小学校でのエピソードです。

今からもう数年以上前の話ですが,
一卵性の双子のお子さんを同じクラスで担任させていただいたことがあります。

学年1クラスの編成でしたので,
1年生から6年生まで,同じクラスにならざるをえない状況なわけです。

で,その二人の顔の区別がつかない・・・・
ところが,同じクラスの級友は,すべて区別できている。

「先生,J君はきつい顔で,K君は優しい顔でしょ」などと色々アドバイスをしてくれるのですが,
それでもわからない。

なので,この二人は,クラブとか委員会とかは,共謀して,時々入れ替わって行っていたようです。

そのうち,J君の顔に小さなほくろがあることに気づき,それで判断していましたが,
「それじゃあ,わかっとことにならない!」とK君に指摘されたのを覚えています。(確かに・・)

結局,1年間位,2人の顔の区別がつかないままでいました。

ところが,
ところが1年くらい過ぎたある日,二人の違いが,決定的にわかる日がやってきました。

それまで,わからなかったことが,本当に不思議なくらい,瞬間にはっきりわかったのです。
たしかに,J君はりりしい感じで,K君はやさしい感じ。

脳内の認知のサークルが,見事に繋がった瞬間なのでしょうか?
わかるとは,こういうことなんだなという貴重な体験です。

完全にわかってからは,一度もまちがえることはなく,2人が私を試すこともなくなりました。

でも,先生の中で2人の違いがわかった先生は,きっと6年間の小学校生活の中で,
私だけだと思います。

「何でこの子は,こんなことわからないの!」と,お子さんをしかったり,
もどかしく思われたことはありませんか?

こんなエピソードにも,大切なヒントがあるのかも知れません。



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発達課題のある子の学びの姿そして喜び

 2008-03-15
初めて計算を習ったときの喜び,覚えていますか?初めて英語を習ったときの感動,覚えていますか?九九ができるようになったこときの楽しさ覚えていますか?

学びそのものは,人間としての基本的な欲求のひとつだと思っています。

私は今,かの有名な?NOVAで英会話のレッスンを受けています。
自慢じゃありませんが,学生時代は,関係代名詞あたりで,何のことかわからなくなって,
仕方なく,英語の授業だけ,ただ参加しているのみでした。

そしてそれから,何十年?という年月が過ぎ,
私は当時ファンだった大魔神佐々木投手を見たいという一心で,
アメリカのシアトルにたった一人ででかけました。

その旅で,いろいろなことがあって,
「英語,しゃべりたいーーーー」と,心の底から思いました。

で,それからAEONに1年間,NOVAにはもう5年間,レッスンに通っています。
NOVAでは,もう都合700~800レッスンを受講していることになってます。

NOVAは,行き過ぎた勧誘や,レッスン料の払い戻しのことで,かなり社会的に批判を受け,
結果として,多くの受講者に迷惑をかけることとなりましたが,
それでもまだ,私はNOVAが好きで,今でも週に3~7レッスンは受けています。

それは,NOVAのシステムが,英語を教える場ではなく,
駅前留学と呼ばれるように,英語を学ぶ場になっているからです。

ですから,受け身で,「英語を教えてもらいたい」という方はAEONの方が向いています。
NOVAで,ポイントたくさん買ったけど,もうやめたいと思う人は,
きっとこのタイプの方だと私は,思っています。

英語を習い始めて,2年くらいの時,私は家内と二人でニューヨークに出かけました。
その時,それこそ,本に書いてあるような,基礎中の基礎の英語

Can I help you?  (いらっしゃいませ=店の人)
I’m just looking. Thank you. (ちょっと見てるだけなんです。ありがとう=私)

という,たったそれだけの会話だったのですが,家内は目を丸くして
「今,なんて言ったの?すごいじゃない」
と感動?してくれました。

でも,これがおそらく生涯初めて,生きた英語が使えた瞬間なのでしょう。
このことが,さらにぼくのモティべーションを高めてくれました。
英語を学ぶ楽しさを感じた瞬間でもありました。

それ以後,英語は,させられるものではなく,
学ぶ楽しみへと変わっていきました。

よくレッスン中に「なぜ英語を習おうと思ったの?」という質問をされます。

そのとき私はいつも,
「英会話を楽しみたいから。ただそれだけですよ」
って答えています。

本来の学びは,本当はこんな姿なんだと思っています。

他の人がどうとか,テストの点がどうとか,何年生ではここまでとか
それは学校制度のシステムの中の話

高校で英語100点でも,しゃべれない人っていっぱいいますよ。

いつか,大学の先生(私の敬愛するすばらしい先生です)と,全くのプライベートで,
マレーシアに旅行に行かせていただきました。

この先生は小児神経学のDr.でもあり,もちろん医学博士で,研究の実績もすばらしい方ですが,
レストランで「Smoking?」って聞かれたときに,とっさには聞き取れないでいました。

その点,私はイギリス・アメリカ・オーストラリア・カナダなど様々な国の人と
何百というレッスンをこなしてきましたから,即座に
「No smoking,please.」と反応できました。

単語も,文法も知らないし,英語の新聞読めません。
でも,「コミニュケーション能力は君よりあるぞー」
と心の中で思ったのでありました。

単語知らなくても,関係代名詞わからなくても,
コミニュケーションの方が,私にとっては大切です


発達課題のあるお子さんは,どこかある部分に苦手な部分があるのかも知れません。

でも,一部苦手なところがあったら,
それを補う形で別な部分が,すばらしく発達するという話は,日常的に聞きます。

学びということは,テストが何点とか,単語をいくつ知ってるとか
そのことだけで,判断してはいけないのかも知れません。

自分を向上させたい,色々なことを知りたい,こんなことできるようになりたい。

学びの原点は,実は,こんなところにあるのではないかと思っています。



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サーカディアンリズムと子どもの発達

 2008-03-14
今日は,少しお勉強の話。

体内時計とか,生体時計とかいう言葉を聞いたことがある方も多いと思います。

「おなかがすいた,そろそろ3時だ」というやつです。
特殊な場面や特殊な環境を除けば,まあそんなに時間の感覚がずれることはありませんね。
これは,メカニズムとして人間の体に生体時計があるからです。
サーカディアンリズム(概日周期性)とも呼ばれています。

では,どこにあるかというと,目から視床下部(ししょうかぶ)・松果体(しょうかたい)を結ぶラインにあるということです。

視床下部というのは,脳の奥の方で,呼吸とか睡眠とか性行動とかをコントロールしている部分で,松果体というのは,目からいうともうちょっと奥にあって,ホルモンなどを分泌している器官です。

で,1日は24時間なのですが,ヒトの生体リズムは実は,24.58時間で,少しではありますがズレているのだそうです。で,現実の時間に合わせて,体内のリズムは,目からはいる光の刺激を脳がキャッチして調整するということになります。3度の食事も,同調因子といって,生体リズムを調整する働きをしているようです。

では,この体内のリズムが狂うと,どんなことが起こるのでしょうか?それは,その環境を体内が受け入れられなくなることを意味し,要はストレスとなって,やる気が極端に低下したり,度が過ぎれば病院で治療が必要となってしまいます。

子どもの学習を考える場合も,安定した環境作りは重要です。ポイントを押さえて,変える必要のない洗練されたシステム作りも大切です。こうした安定したシステムがあってこそ,子どもの学びの欲求や好奇心をくすぐる知的な刺激が求められるのだと,私は考えています。

発達課題のある子が集団で育つ姿

 2008-03-13
3月8日に保育園で生活発表会を行いました。そのことで今日,一通のお手紙をいただきました。あまりにも嬉しい内容でしたので,一部を紹介させていただきます。(プライバシーに配慮して,一部表現を変えている箇所があります)

「だいぶ春めいてまいりましたが,風はまだ寒く二月堂のお水取りが終わるのが待ち遠しい今日この頃でございます。
 先日3月8日の白ゆり保育園生活発表会を参観させて頂きましたこと,大変嬉しく感謝申し上げます。私共夫婦はこの度初めての参加でございました。今年は年長組で最後と云うこともあり,又,孫の集団生活の様子成長ぶりを見てみたいという気持ちで参りました。孫は○○○○でございます。貴園におきましてひと方ならぬお世話になっております事母親である娘から話はよく聞かせてもらております。
 この度の発表会に於きまして発達課題を伴いながらも集団の中でそれも多くの方の前であのように行動出来たことに感動,そして感謝の気持ちでいっぱいになりました。又,そちらに通うお子様ひとりひとりがみんなへの思いやり優しさがあること。それは園長先生,副園長先生をはじめとする諸先生方の心の通い合うきめ細やかな関わり,そして子供たちは五感を通して教えられ学んでいることを肌で感じることができました。私共からすれば,○○は素晴らしい成長だと思いました。有りがたく涙がこみあげてきました。この生活発表会を参観することができ,これから齢を重ねていく私共にとりましても知識・感性・思いやりを養っていく大切さをあらためておそわりました。
 素晴らしい白ゆり保育園だと思います。○○は,これからもみなさまにはお世話になる事と思いますが,これからも何卒宜しくお願い申し上げます。
 最後になりましたが貴園のみな様のご健勝と益々のご発展を心よりお祈り申し上げます。先ずはお礼にて」

 こうしたお手紙をいただくことで,私たちは子どもの育ちで何が大切なのかを,しっかりと見つめ直すことができます。これからも,発達課題があるからないからということではなくて,すべての子どもだちのすこやかな成長と幸せのために,力を尽くしてまいりたいと思います。私どもは,お子様の成長と幸せを真ん中において,保育者と保護者の皆様とが信頼の絆で結ばれることこそが,保育の質を高めることであると考えております。
 これからも,「白ゆりに来てよかった」「白ゆりを卒園してよかった」と思っていただけるよう,職員一同心を一つにして精進して参りたいと思います。これからもどうぞよろしくおねがいします。

小学校での学級担任の決め方

 2008-03-12
自治体や学校によって多少の差はあると思いますが,私がこれまで勤務をしてきた学校では,だいたい次のような方法で学級担任を決めていました。

まず,その学校の先生方全員に,来年度何年生を担任したいか,どんなことに取り組みたいか(校務分掌希望などと呼びます)などの希望を紙に書いていただきます。

で,それをまず,校長が目を通します。で,校長だけがその内容に目を通す場合もあるし,場合によっては,教頭や教務主任・生徒指導担当が目を通す場合もあります。

で,原案は,校長が作成します。で,その原案について,教頭や教務主任・生徒指導担当に意見を聞きます。(一切そういうことをしない校長もいます。学級担任を決めるのは,校長の専決事項です。)
ここで,大幅に1から作り直す場合もありますし,そのまま原案通りの場合もあります。

では,どういう観点で,次の年度の学級担任等の構成を考えるか,という点ですが,まずは,その学校の中で,一番大変だと考えられる学年にエース級の教員を配置します。前年度に,いじめや性と指導上の問題,学級崩壊,いわゆる強烈な保護者クレームなどがあった場合は,校長はまず,そのことを第一に考えて担任を決めます。幼稚園や保育園から,そういった情報が入って来ている場合も,同様です。

次に,考えるのは,教務主任・生徒指導主事・保健主事・学年主任,それと特別支援学級の担任です。なぜなら,これらの職種には,手当が付くからです。いわゆる主任手当と呼ばれるもので,月額にすれば,5000円程度です。わずかではありますが,校長から,学校のリーダーとしての役職を期待されたということになりますから,金額以上の重みがあります。将来,管理職になるのであれば,主任としての実績は,必ず問われます。

特別支援学級は,以前にも書きましたが,給与は,通常学級の先生より,かなり恵まれています。年間で考えると,軽四くらいは,買える額の割り増しです。

校長の腹が決まると,事実上決定ですが,いろいろと探りを入れる校長もいます。一人一人の先生方と面接をして,なぜその学年を希望するか?尋ねる校長もいます。あと,厳しい学級や役職を任せる場合は,特別に事前に校長室に呼んで,「君に任せる」「よろしく頼む」みたいなことを伝える場合が多いように思います。でも,そういう場合を除いて,4月の第1回職員会議までは,教務主任くらいまでしか知らせないことが,普通です。誰かに不満があって,一つでも変更すると,システム全部の再検討が必要になりますから,そうならないようにするために,事前に職員に知らせないようにする場合が,普通です。

1年生担任の場合は,入学にかかわる諸準備が必要なので,一足早く,3月の修了式の日くらいに,校長の口から,発表されることが多いようです。しかし,まだ部外秘です。

しかし,私には経験がありませんが,組合の強い地域では,校長ではなく,職員会議で決めるところがあるそうです。「俺,来年3年生の担任やるからね」みたいな感覚で。(ちょっと信じられませんが)

私の経験した範囲では,あまり優秀な先生の第一希望が通ることはありませんでした。優秀な先生ほど,毎年,厳しい学校・厳しいクラスの担任になります。そうしないと,学校が成立しないからです。

で,もうケツをまくった先生は,たいてい第一希望。給料はほとんど差が出ませんよ。公務員天国です。(また,愚痴になっちゃいましたね。今日は書かないつもりでいたが。)

絶対無理だと思いますが,もしも,少しでも,保護者が担任を選ぶシステムを導入したら,きっと不良教員は淘汰され,教育の質は向上すると思います。でも,その教育の質の本質は何なのかを,校長が明確に示し,理解させる才覚と力量が必要なのは,言うまでもありません。

特別支援教育にかかわる行政の立場?

 2008-03-11
今,地方の行政の最前線でご活躍されている方と,昨夜,お話を伺う機会がありました。古くからお付き合いのある方で,これまで教育現場で,すばらしい実践を積み上げてきた方です。

ご迷惑がかかるといけないので,内容の子細は紹介できませんが,この時代の大きな変革の中で,責任ある立場で,懸命にご努力されていくことに,本当に頭のさがる思いでした。

しかし,同時に,たったひとつのことを前に進めるのに,あれだけ細かい配慮をし,調整をし,整合性を考え,公平に,持続性を考え,慎重かつ迅速に・・・・

そりゃあ,いくらなんでもハードすぎる。それに,担当にかかる負担や責任が大きすぎる。思っていなくても,立場上言わなくてはならない。もし,言わなければ,行政として認めてしまったことになる・・・?

やりがいのある仕事と言えばそうですが,うーん,何かちょっと違う気がする。仕組みが複雑すぎて,身動きがとれていない。行政とはそういうもの?

批判する立場は,安気だけれども・・外野だから言える事なのかも知れないけど・・

まあ,私から見れば,あれだけ優秀な人材の彼だから信頼して応援できるけど,この椅子にとんでもない人が,仮に座ったら,そりゃ目もあてられないなと思う。


今朝,うちの保育士の朝の担当が,先日の生活発表会のことで,保護者の方と笑顔で,活動を振り返っていました。

「行事は,全体のできばえだけにとらわれてはいけない。一人一人の子どもの成長と幸せにどれだけ貢献できたか?発表会に来てよかったと,保護者の皆様に,心から満足してもらえたかどうか?その視点を忘れてはいけない。保育の質を高めると言うことは,子どもの成長と幸せを真ん中に置いて,保育者と保護者の信頼の絆を深めること・・」

生活発表会の反省会で,私は保育士にそのように伝えました。今朝の保育士の笑顔を見て,私は「ちゃんとわかってくれているな」「若いし,経験も少ないけど,この子は絶対伸びるな」と思い,嬉しくなりました。

公立より決して給与も高くない私立で,どうしてみんなが目を輝かせ,誇りと希望をもって働くことができているんだろう?そう思っちゃいましたよ。

まあ,一寸先は闇。将来に対する危機感も強く,公立の心配してるほど,余裕があるけではありませんが・・・

自立に向けた個別支援!

 2008-03-10
先週,1年生の女の子の個別指導をさせていただきました。

事前にお母さんから,それまでの学習の資料をいただいていましたので,
十分,準備して取り組むことができました。

学習が始まると,この子は45分間,集中力を切らすことなく,
予定していた教材を次々とこなしてくれました。

学習が終了した後,お母さんに「どうだった?」と聞かれたときに,
「楽しかった!」って,言ってくれました。

心の中で,ガッツポーズです。

その夜,公立の特別支援学級の先生と飲みに行きましたが,その時,こんな話をしていました。

「特別支援学級に来ると,保護者の方は,つきっきりで45分個別指導してもらえる,というようなイメージをもっていらっしゃる。しかし,実際にやろうと思うと,9分ずつ個別指導やって,残りの36分は自習になってしまう」

これが現実です。

こうしてみると,週1時間の個別学習も,結構,値打ちあります。

将来役に立つことを厳選し,自立に向けた能力開発

夢はどんどんと,ふくらんでいきます。

悲惨な公立小学校の話

 2008-03-09
とても残念なことですが,実際の教育現場の話です。

週末に,現職のある小学校の先生お二人と,飲みに行きました。一人は通常学級の担任,もう一人は特別支援学級の担任です。お二人とも,すばらしい教育実践をされている方で,子どもたちからの信頼も厚く,まさにSupet Teacherレベルの方だと思っています。

普段は,愚痴なんか言うような先生ではないのですが,この日の話は悲惨でした。

要は,とんでもない先生が一人いて,校長も教育委員会も組合も議員も,何もできず,悲惨な教育が行われているのに,何もできずにいるということなのです。まさに,開き直って,やりたい放題・・・・

教育委員会というところは,弱い立場の人には,権力をふりかざし高圧的ですが,このタイプの対応力は最悪です。だれも貧乏くじ引こうとはしませんから。尊敬できるすばらしい教育実践をされている先生をたくさん知っていますが,教育委員会の担当は,ただの雇われ職員で,命をかけて責任をとる私立の経営者と比べると,覚悟も決意も差は明らかです。

議員さんも組合も,その人が組合員だと,もうそれだけで何もできていない。もろいものです。かわいそうなのは,子どもや保護者です。おそろしいので,ただ身を縮めて,じっとがまんしている・・・・・・

社保庁にしても防衛省にしても警察にしても,こんな構造なのではないでしょうか?正義感のある人,熱意のある人ほど,どんどん傷ついていく。教員もそうです。神経の図太い人でなければ,生き残れません。

その点私立は違いますよ。経営には,命をかけていますから。何十人という職員とその家族の生活もかかっていますから。こんな職員がいたら,裁判になろうが何になろうが,1分たりとも子どもの前には立たせません。十分な調査はしますが,事実であれば,即,厳正に対処しますよ。(と,言うか採用しません。最初から)

今,日本の政治が諸外国の笑いものになっています。(日本人の誇り高き民族性はどこにいったのでしょう?)JRも,国鉄時代は横柄な態度の職員,ごろごろいましたよね(笑)

公立の校長先生も,大変ですよ。校長になりたければ,教育委員会に身も心も捧げなければ,ならせてもらえませんから。人事権もなく,教育委員会の人事担当に,「おまえはこのメンバーでやれ」といわれれば,「はい」と言うのが原則ですから。こんな巨大組織で,保護者ニーズに寄り添ったきめ細やかな教育サービスの実施は,構造的に不可能です。

人事権も予算執行権もなく,職員を選ぶこともできない,止めさせることもできない。枠はがちがちにかためられて,自由の余地はほとんどない。まるで,雇われ店長?

昔は,名物校長,大校長と呼ばれる人もたくさんいたけど,今はなかなかそれもできにくいのでしょうか?

沈みゆく巨大戦艦「公教育」。教育も任せきりの時代ではありません。

親の決意が子どもを変える!

 2008-03-08
今日は,保育園の生活発表会です。昨日予行演習を兼ねて,プレ発表会を行いましたが,見ている者の心を熱くするような子どもたちの育ちが随所に見られました。

なわとびの苦手だった子が,発表が苦手だった子が,見違えるように成長していました。

中には,発達面での課題のある子もいます。しかし,そのお母さんは,IQや診断などの紙切れをふきとばして,懸命に,お子さんとともに立ち向かって行かれました。そのエネルギーに,私も何度も心を動かされました。そこまで覚悟を決めていらっしゃるなら,とかかわった誰もがきっと,もう一度やってみようと,エネルギーをいただく結果になったと思います。

この子の成長は,大げさにいえば奇跡だと思っています。でも,もし,このお母さんの決意や熱意がなかったら,ここまで成長できていたかどうか?

母の愛は,人を動かす。そして,母の愛は海よりも深く,熱く,尊い。

自信満々に色々な演技を続けている子どもの影に,お母さんの感動の涙が映っているような,そんな気分になりました。

個別学習に生かす単純で大切な原理

 2008-03-07
特別支援教育にかかわる先生なら,TEACCH(ティーチ)構造化理論と応用行動分析の理論は,必ず勉強されています。アメリカなどで,一定の条件や環境が満たされたときに,大きな成果をあげており,日本の教育現場にも強い影響を与えています。度合いは違っても,知らない先生は,まずいないと思ってよいと思います。書店に行けば,山ほど関連書があります。

私も,信者というほどではありませんが,論理のベースとして大切にしています。

簡単に言えば,「きちんと整理して」「わかりやすく」「順序立てて」「ちゃんと評価する」ということです。こんなこと,何も特別なことでも何でもありませんね。でも,とても大切なことです。それは,それぞれのお子さんの特性に合わせて,「学ぶ」という原理を見つめると,要はこうなるということです。

だからと言って,この原理だけてすべての学習を構成できるかというと,そう単純なものでもないようです。臨床場面では,個々の要素が複雑に絡み合っており,アセスメント(調査)や分析力がなければ,原理・原則の適用そのものがむずかしいからです。

でも,家庭学習では生かせますよ。お子さんのこと,お母さんが一番よく知っているわけですから。

まず,お子さんの机の周りを勉強しやすいようきちんと整理しましょう。次に,学習の約束や予定をお子さんといっしょに決めて,おこさんがわかりやすいようにシンプルにまとめてどこかに貼っておきましょう。で,できたら必ずほめて,しるしやシールなど内容的なごほうびを与えましょう。決めたことは,なるべく,親の都合だけで変えないようにしましょう。短期の目標やゴールを決めて,できたら達成感をもたせて,次のステップに進みましょう。

とまあ,こんな感じです。でも,私もそうでしたが,我が子に対してはどうして感情的になって,むずかしいですよね。「何でこんなことも,わからないの」「学校で何聞いてきたの?」「もうだめだ」子どもの心を傷つけること,私は山ほど言ってしまいました。(反省=でも,それが親というものですよね)

特別支援学級でも,実際に1対1で指導を受けられる時間は,そうあるものではありません。子どもに学習の習慣が定着して,積み上げが可能な礎ができるためのシステム作り。それが自分に与えられた使命なんだと思っています。

就学前,就学中,そして就学後まで豊かな学びを

 2008-03-06
横浜での研修でも,多くの先生方がおっしゃっていましたが,福祉や教育の分野でも,官から民への流れは決定的です。

「どこを切っても金太郎飴」の時代も終わり,公立でさえ競争の時代です。少子化の中,福祉も教育も選ぶ時代です。

教育の内容を選ぶということは,一面ではお子さんや保護者の方にとって有益なことがらですが,別な見方をすれば,選んだという事実には,選んだことに対する責任が伴います。以前は,小学校を選択することはできませんでしたが,今では可能です。でも,あえて選んだ以上は,一定の責任が選んだ保護者には課せられます。

選択肢が増えるということは,保護者の立場から見ても,行政に任せっきりで自分の子の教育の質が担保されるという時代の終わりを意味します。


少子・高齢化。莫大な財政赤字を抱え,国としての活力が収縮している中でも,個別の発達課題があったり,質の高い個別支援が必要なお子さんに対する教育施策は,充実していく方向にあると願っていますが,自分のお子さんのことを見つめると,国や地方自治体に過大な期待をかけることにリスクがあるとは思いませんか?

ならばどうする?答えは「調べる」「選ぶ」そして「「つくる」です。現時点で,個別の発達課題のあるお子さんの教育機会が必ずしも充実しているとは言えません。就学前にどこで専門的な教育が受けられますか?小学校での教育に100点満点を付けられますか?高校への進路は保証されていますか?卒業後には,もう学ぶ必要はありませんか?

もはや大切なのは,どこに行くかという視点よりも,どんな学びが我が子にとって大切なのかという学びの質という視点ではないでしょうか?

しっかり調べて,上手に選んで,学びの質に目を向けて,自分の子どもにぴったりの教育環境をつくることが親としての役割となる。もう,そんな時代になりました。

岡山に帰ってきました

 2008-03-05
横浜での研修を終え,昨夜岡山に帰ってきました。

保育園研修としては,初の参加でしたが,いろいろなことを吸収して帰ってきました。
飛行機代を使っても,元はとれたと思いますよ(笑)

今,愛用のノートパソコンが壊れ,本当に困っています(泣)

一日も早lく,いろいろなことを整えて,発進していこうと思います。
どうぞよろしくお願いします。

学習支援でお金をいただくということ

 2008-03-04
実は現在、横浜のあるホテルに泊まっています。以前に、赤坂見附のこのホテルのチェーンを利用したとき、リーズナブルな料金なのに行き届いたサービスで感激し、以来このホテルチェーンを利用するようになりました。安くてうまい店には,行列ができます。

義務教育は、無償です。本当は無償でも何でもなくて、一人当たり何十万円という血税が使われているわけです。しかし、指導を行っている者に、費用対効果とか、コスト意識とか、顧客満足度とか、そういった感覚はほとんどありません。これは,公教育の影の部分と言えなくもありません。

私のところに相談に来られる保護者の皆さんは、、安くない費用を支払って、指導・支援を受けられることになります。公教育ではできないきめ細やかな指導・支援を期待して,かなりの額の金額をお支払いいただくわけですから,結構プレッシャーがかかります。

以前にも書きましたが、当初は無料で実施することも考えました。しかし、それでは責任や信頼が希薄になるおそれがあります。お金を支払ってでも、わが子に質の高い教育の機会を与えたい、その保護者の方の切なる思いに叶う実践をすることこそが使命だと考え、あえて自分を追い込むことにしました。

「こんな指導・支援が受けられるなら、お金はちっとも惜しくはありません」そう言っていただけるような内容にすることこそが、自分の責任であり使命と心得ています。学習指導教室でいただいたお金は意味が違います。ちょっとかっこ付けるようですが,いただいたお金はきちんとキープして,一定の額になったら,何か子どもたちの福祉に貢献できるものに使いたい。それが,私の夢であり,生きてきた証であり,人生の目標となっています。

最初は,脱サラみたいなことを考えていただけですが,今では立派に夢がふくらんでいます。妄想癖は悪いクセですね。(笑)でも,夢があるとがんばれるし,楽しく仕事が出来る。子どもたちにも,夢をもって勉強すること・生きることを伝えたいと思います。

可能性を信じること

 2008-03-03
以前小学校で特別支援学級の担任をしていたとき,あるお父さんから,こんな話をしていただいたことがあります。

「何がつらかったかって,それは,これまで,いろいろな専門家の方から,子どもの可能性を決めつけられたことです。あなたのお子さんは,自閉症だから,IQはこれくらいだから,将来は,ここまではできるけど,ここまでが限界です,そんなことを,頭から決めつけられると,親はどん底に突き落とされたような気持ちになります・・・先生は,あれもできるはず,これもやってみようと,いろいろなことに挑戦してくださって,います。それが,こんなに親として嬉しいことであったか?」

当時,ぼくは専門的な知識はほとんどありませんでしたが,その分真っ正面から子どもと向き合っていました。でも,当時専門家の人が言っていた限界を,いくつも超える実践もできました。実践者が可能性を信じなくて,いったい何ができるというのでしょう?子どもの可能性を信じて,懸命に取り組む者のことを教育者と呼ぶのです。

現在は,特別支援バブル?で,あっちこっちににわか専門家がうようよとうごめいています。ちょっとかじっただけで,あたかもすべてを知り尽くしたような顔で,断定的に物をいう輩のことです。最悪です。

そんなにわか専門家には,だまされてはいけませんよ。子どもを真ん中において,保護者といっしょに夢を実現できるような先生を見つけて,その先生を育てるのです。やる気にさせるのです。「先生ありがとうございます。こんなことが,できるようになってきました。夢のようです」と,ちょっとだけ,大げさに先生を応援してあげてください。その先生のやる気は,全然変わってきますよ(笑)


お母さん,口を開けて待っているだけでは,なかなか前へは進みません。

今日から横浜へ

 2008-03-02
今日から,保育園の研修で横浜へ出かけます。

私の場合,保育の世界では新人なので,自分なりの視点を生かしながら,
いろいろなことを吸収してこようと思っています。

昨日は,姉妹園の生活発表会でした。来年就学予定の学級の先生も
お休みのところ,わざわざ見に来てくださっていました。
頭の下がる思いです。

でぎばえもさることながら,子どもの育ちが,見ているものの胸を熱くさせてくれました。
ひとつひとつ大切な命をお預かりしていることを,改めて実感した一日でした。

新しい学習支援がスタート

 2008-03-01
昨日,正式にお申し込みをいただき,3月から,1年生の女の子の学習支援をさせていたくことになりました。

これまでのプリントやドリルを参考資料をして,持ってきてくださいました。それを見ただけで,瞬時にいろいろと取り組んでみたいことのイメージが,わきあがってきました。

たとえば,順序数は理解できているけど,量的な概念や位取りの仕組みはまだ課題点として残っている。まずは,基礎となる量的感覚を培う体験的学習を行って数概念の形成を。それと並行して,目に見えるわかりやすい形で,加減計算の系統的指導を行ってつなげていこうかな?とか。

やりたいことが見えると楽しみなるのは,子どもも大人もいっしょですね。

特別支援学級でもできない,質の高い教育,必ずやってみせます!
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大切さを全国に伝えたい
Author:SHINOBU
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