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注意の焦点化

 2018-08-16
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検査などで知的な遅れが指摘される子がいます。

その原因にはいくつかのこと考えられるのですが、知的な処理そのものの問題ではなく、情報のインプットの部分に課題にがある子どもとも多く出会ってきました。


知的な情報を処理したり、アウトプットする前に、まず対象となる課題に注意が集中できにくいのです。

「カクテルパーティー効果」と言ったりしますが、たくさんの話言葉の中から、先生の言葉だけを焦点化してキャッチ出来にくい子もいます。


先生の言葉より、隣の友達のつぶやきや机の物音が気になって仕方がない子もいます。

知的な情報がキャッチ出来ないでいて、どうして豊かに知的な学習を進めてくことが出来るでしょうか?


まずは、学習のスタートラインにしっかりとのせてやることが大切です。

静かに学習できる環境に配慮する。

あるいはその子の目を見て再度指示をする。

注意を集中させるための一工夫で、その後の展開が全く変わっていきます。


私は個別レッスンの時には、いつも上の画像のようなメモ用紙を使います。

このことにより、子どもがキャッチできなければ瞬時に霧散してしまう、話言葉による指示がきちんと明確化されます。

文字や図によるヒントが紙にかかれていれば、時間的にも、認知処理特性の面からも、その子のタイミングや方法でそれをとらえることが可能になります。


またこの大きさのメモ用紙に、いつも1枚1ヒントという形をとっています。

こうすることにより、量的にも、内容的にも、より焦点化した形で子どもにとらえさせることが出来るのです。


では、何でもかんでもメモ用紙に書けば済むと言うことではありません。

子どもによって、特性によって、内容によって、タイミングによって、最適なものを提供出来るかどうか?

その大切な視点の一つが、こういう所にもあると考えているのです。

園長としての仕事

 2018-08-10
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↑ 画像はクリックすると拡大してご覧いただけます。










西日本豪雨の影響もあり、先週やっと大学での前期の講義が終了しました。

障害児保育Ⅰに続き、2年生になった学生さんと共に障害児保育Ⅱの学習を進めてきました。


学生さんに書いてもらったレポートを、1年ごとにまとめて綴ってみました。

1年生の途中から、学生さんたちの目の色が変わっていくのが見て取れました。

授業アンケートでも高い評価をもらい、私自身のモチベーションも、ずっと高いままで授業を進めていくことが出来ました。


2年生の授業では、より実践に根ざした学習に心がけてきました。

演習やディスカッション、実際のフォームで個別教育支援計画の作成にも取り組んでみました。

学習のレベルも量もうんとハードになったのに、1年生の時より点数の上がった子が大多数でした。


ご家族の信託を受けて大切なお子様の命と育てを預かる保育士としての使命感、

教育や発達のプロとしての高い専門性と技術、

すべての子どもを尊び慈しむ教育愛と、共に育ち合う集団づくり、


今、現職の園長としてここに立つ身として、どうしても皆さんに教え伝えたい内容があり、責任がある。

未来の保育・教育を担っていくであろう39名の学生さんたちは、私の願いや期待をしっかりと受け止めて学習に取り組みました。


授業にかかわることで準備したり整理したり内容は、自分の園や法人の研修に直接生きて働くものとなりました。

私自身の力量も、こうした取り組みを通して、少しずつ高まっていくのを感じ取ることができました。


最後の授業で書いてもらった学生さんのレポートを、何度か読み返してみました。

それぞれの学生さんが、それぞれにキラリと光る内容を綴ってくれていました。




◆あなたの考える子どもの障がいとは何か書きなさい。
 
 子どもの障がいは、その子が生まれもってでてきた特性であり、障がいをその子にとっての障壁にしてしまうかどうかは、周囲の大人次第であると思います。だから、子ども一人ひとりをきちんと見つめて特性を理解し、一人ひとりに合った支援を行える保育士になりたいです。ただ発達が遅れているだけで、できるようになっていくのだから、ひとつひとつゆっくりでも達成できた喜びを共感していきたいです。

◆障害児保育Ⅱの学習を通して、一番印象に残ったことは何か書きなさい。
 
 障がいのある子の家庭の母親の気持ちです。健常児と比べると障がい児の子たちは発達が遅れたり、理解が難しかったり、できないことばかりに目がいきがちで、「自分が産んでしまった」と申し訳なさを感じたり、障がいがあるという事実を受け止められなかったり、ということがあげられていました。私の親も受け入れるのは本当に難しいと言っていたのを聞いたことがあったので、余計印象に残りました。そういう姿を見てきたからこそ、私は母親への支援も大切にしていきたいです。

◆2年間の障害児保育の学習を通しての感想を書きなさい。
 
 保育者の専門性がどれほど重要であるか、そして保育者の存在の大きさがどんなに大きいか、すごく考えさせられました。また、しっかり障がいの特性を理解しておくことがとても大切で、子どもが少しでも伸びていけるような関わりができていけるといいなと思います。また、クラス全体で障がいのある子も包みこんでいけるような温かいクラスづくりができる保育者になりたいです。きっと接していってみて初めてわかることや気づくこと、身についていくことはたくさんあると思います。実際に働きだした時に、この授業で身につけた知識と保育をつなげていけるように、今後も自分自身で多くの知識をつけていきたいと思います。ありがとうございました。





後期からは、また1年生の学生さんとの新しい出会いが待っています。

来年3月に、私も満60歳になります。


未来の保育・教育を担う力のある保育者の育成、

私のなすべきことの一つは、きっとそこにあるのです。

すべての子どもに豊かな学びと育ちを

 2018-08-06
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↑ クリックすると画像は拡大してご覧いただけます。








子どもの学びや育てについて、系統化・体系化されたプログラムがあるということは、とても重要なことだと考えています。

保育指針・教育要領・指導要領などは、国家としての教育の柱を示すもので、軽んじてはならないと思っています。

私は、すべての子どもの学びや育てに際して、こうした標準化された育ての内容から、決して目をそらさないよう肝に銘じています。


一方で、育てのプログラムや教材については、結果それが昨年通りのものであったとしても、必ずその子の発達の文脈に合わせて工夫や改善をし、血の通ったオリジナルなものであるように心がけています。


上の画像は、ICF国際機能分類の構造図です。

何か子どもにできにくい課題があった場合に、それを子ども側の能力だけに起因するものと考えず、教育の内容や環境の視点から見つめ直してみようというものです。


簡単に言えば、子どもの実態をきちんと把握していない者が、適切な手立ての一つも工夫しないでいて、実態に合った学びや育ての場を構成できないでいて、それで結果が出ないのは、子どものせいでも何でもなくて、ただ単に指導をして側が稚拙なだけということです。


適切な教育の場を与えないでいて、子どもが出来ないのは当たり前です。

もしも大した工夫もせずにで出来た課題があったとしたら、それは、その子がその課題を解決できるだけの力を既に身につけていたということで、その場でその子が育ったということではないのかも知れません。


例えば、数の量的な見方が出来にくい子どもがいたとします。

私はこれまで、そうした子どもと何人も出会ってきました。


そのほとんどの子の場合、数にかかわる学習の累計時間が、極端に少ないのが実情です。

確かに認知面の処理特性について、量的なとらえができにくい傾向が見られますが、そのせいかどうか、数に対する学習時間が圧倒的に貧弱になってしまっているのです。

これでは、たとえ伸びたくても伸ばしようがありません。


その子に実態に合わせて、その子の発達の特性に合わせて、せめて他のこと同じように数にかかわる学習や体験を積み上げていくことが出来ていたどうか?

出来る・出来ないを語るのは、その次の話だと私は思っているのです。


子どもはみんな色々な勉強ができるようになりたいと願っているのです。

系統化・体系化されたプログラムはあっても、一人として同じ子どもはいないのです。

だからこそ、指導者側の工夫と技術と熱意がそこに求められます。


育ちの色も形も、一人一人が違うのです、多様なのです。

だからこそ、標準化された教材から目をはなさず、すべての子どもに、学び育つ喜びを体感させたい。

弾むような学びと育ちを、すべての子どもに提供したい。


こうして、私のチャレンジは、これからもずっと続くのです。



「出来る」と「出来ない」のメカニズム

 2018-08-01
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小規模保育園の園長になってから、1年が過ぎました。

1歳で初語、1歳半でボキャブラリースパート、

私は3人の子どもを育てた父ではありますが、それとは全く違い、人の言語獲得のプロセスなど、発達の視点で、多くの子どもたちの育ちをダイレクトに見つめる機会を与えていただきました。


例えば、IQの値が80の子がいたとします。

その数値から、知的な発達に遅れがあると判断することは出来ますが、その数値だけをもってして、その子の一体何を理解したことになるのでしょう。


上の図は、記憶のメカニズムを示したものです。

同じ知的な遅れと言っても、文字や数字などインプットしたり符号化したりすることが苦手な子と、ワーキングメモリーでの処理(短期記憶の容量や処理)が苦手な子な子では、対応の仕方は変わってきます。

また記憶に関しても、長期記憶そのものが苦手な子と、それを引き出すことが苦手な子との支援の工夫は、同じではありません。


IQ値そのものだけを対象とするのでなく、例えば言葉が出にくいというのは、その子の中で何が起こっているのかを理解すること、文字が書きにくいとあらば、その子の発達の文脈の中で何をどう育てて行けばよいかと見通すことが出来ること、

それがあってこそ、初めて発達の課題を見つめることができるのだと考えるようになってきました。


発達のメカニズムを、実践と理論の双方から解き明かしていくこと、

私の旅の第2章は、今日からまた新しいスタートをしたのだと、思っているのです。


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