ゆとり

 2017-03-28
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先週、ある6年生の女の子のレッスンがありました。

レッスンの前に、お母さんがLINEで、立派に卒業証書を受け取っている写真を添付してくださいました。

大阪で、就学前からずっとサポートさせていただいていたお子様です。


読解問題、漢字、繰り下がりのある筆算、九九など、用意していたプリントを次々にテンポよくこなしていきました。

以前は、お母さんと分離出来ずに、教室の前で固まっていたことも何度かありました。

何かが不安になり、行動のコントロールが出来にくくなった場面もありました。

が、今ではもうそれは、遠い昔の出来事となってしまいました。


「今でも、不安になることは何度もあります」

お母さんは、そうおっしゃいました。

もちろん、すべてのことに、何の不安もなくなったということはありえません。


子どもは、学びの充実をもってこそ、生存の不安から解放され、望ましい方向へと歩み始める。

それが、実践を通して培ってきた私の信念であり、私の実践の根幹をなすものです。


子どものとっての学びは、一体何なのか?

それは子どもが生きていく証そのものある。


この子が開いた学びの道は、間違いなくそのあとに続く子の大切な道標となり、目標となるはず、

この子との小学校6年間の学びの歩みは、まさにそのことあったと私は感じているのです。








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「僕は生まれてから 母が泣いたところを見た事がない」

 2016-12-26
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「SHINOBU先生がそばにいるから、私は鬼になれる」

今からもう7~8年前のことになるでしょうか、私はあるお母さんから車の中でそんな言葉を聞きました。


当時小学生の、ダウン症の女の子をおもちのお母さんでした。

神奈川県にお住いの方でしたが、当時私はその思いに導かれるようにして神奈川まで出張レッスンに伺っていました。


初めてお会いしたのは、私が研修で出かけ千葉県舞浜のホテルのロビーでした。

ダウン症の女の子、お父さん、お母さん、そしてまだ小学校に上がる前の弟さんが、わざわざ私の研修先のホテルまで訪ねてくださいました。


その日のことを、私はまるで昨日の事のように思い出すことができます。

(当時のブログです → http://shinobu1.blog117.fc2.com/blog-entry-398.html )

今では秦野にレッスンに伺うことはできなくなってしまましたが、それでも私が東京へ出張などで伺った際には、会ってその子の成長ぶりにふれることができました。


当時まだ小学校に上がる前だった弟さんは、今中学2年生になっていました、。

その弟さんが、ダウン症のお姉さんのことを書いた作文が、第40回神奈川県福祉作文コンクールで県知事賞を受賞されました。

そこには、「僕は生まれてから母が泣いたところを見た事がない。今までたくさん泣いたから、どんなことがあってももう泣かなと決めたらしい」 という一文が書かれていました。


今では高等部に通うその女の子は、光輝くステキな娘さんに成長していました。

そして、その弟さんも、空手の全国チャンピオンでありながら、こんなにも豊かな心をもった立派な青年へと成長されていました。


その作文を以下に掲載させていただきます。

今でも年末には、いつもカレンダーのプレゼントを私に送ってくれます。

今日もお礼の電話を差し上げながら、この母の何がこの子たちの心に宿っていったか、私は自分の胸が熱くなるのを、どうしても抑えることが出来ませんでした。





僕の姉
秦野市立南中学校2年  伊藤 大地

 皆さんはダウン症という障害を知っていますか。
 僕が小学校に入学する少し前に、初めてお母さんと二人だけで遊びに出かけた。どこに出かけたのかは覚えていないが、最後にファミレスでご飯を食べた。その時、僕の姉がダウン症という障害があると聞かされた。当時の僕には難しい話だったが、僕が小学校に入学したら姉の事で嫌な思いをするかもしれない、でも誰も悪くないから堂々としなさいと言われた事は良く覚えている。
 小学校に入学して、姉の学年の男の子から「こいつの姉ちゃん、ちゃんとしゃべれないんだぜ」とからかわれた。その時何も言い返せなかった。僕が二年生になった時姉はクラスでいじめられて学校に行けなくなった。二週間も女の子に蹴られていたり、ひどい事を言われ続けて、身体がおかしくなってしまった。学校が怖いと言っていた。やっと姉が学校に行けるようになっても僕は気になって、学校に着くと姉の教室をのぞきに行った。そこにはいつもお母さんがいた。僕が幼い頃からお母さんが「心の強い人になりなさい」と言っていた意味が少し分かった。学校だけじゃない。家族で出掛けた時には、姉をジロジロ見られたり振り返られたり、指を指されたりする。姉は何も悪くない。僕達の様に障害が無く生まれてきた人でも苦手な事だってあるし、皆んなと同じに出来ない事だってあるのにひどい人が沢山いるのが悲しかった。
 小さい頃の姉は具合が悪くなると入院する事が多かった。全身の筋肉が弱くて僕達が簡単に出来ることでも、姉にとっては大変な時が沢山ある。そんな大変なことが僕にもわからなくて、行動が遅くてイライラする時もあるし、根性のある頑固になる時は頭にくる。障害が無く生まれてきた兄弟でも、そんな風に思う事はあると思うし、兄弟げんかだってする。姉は、やると決めた事は必ず頑ばり張り続けるし、我慢強い。人の悪口も言わないし、人の良い所を見つける。いじめられてもすぐ許す事が出来る。何でも前向きに考えるし、挑戦する勇気もある。毎年僕の誕生日に、頑張って作った手作りのプレゼントをくれる。こんな良い所がある姉なのに、なぜ皆んな冷たくするのか悔しくてたまらなかった。
 ダウン症は姉が病気になったのでもお母さんが病気になったのでも無く、千人の赤ちゃんに一人の確率で生まれてくる障害だと聞いた。もしかしたら、僕がダウン症で生まれる可能性だってあったはずだ。姉が千人の代表になって生まれただけなのに、それが分からない人が大勢いる。
僕のお父さんは姉を障害児として特別扱いはしない。悪いことをすればすごく怒るし、良いことをすればすごくほめる。
 母は姉の障害を知った時に、ショックが大きく毎日泣いて一年以上家からほとんど出られなかったそうだ。それでも父はどこにでも姉を連れて行ったと聞いた。すごいと思った。僕は生まれてから母が泣いたのを見た事がない。今までたくさん泣いたから、どんな事があってももう泣かないと決めたらしい。
 そんな両親で良かった。そんな両親だからか、姉を障害児学級で過ごす事を選ばなかった。小学校も中学校も通常のクラスで姉は過ごした。姉は友達と楽しく過ごす事が嬉しくて、自分の出来ることを頑張り、僕より勉強をしていた。でも、毎晩遅くまで姉のためになる事や法律を調べたりしていた母が、姉にひどい事を言う人にも、頭をペコペコ下げていたのが嫌だった。障害者として生まれただけで、皆んなと同じクラスで過ごすことがこんなに大変なんておかしいと思った。僕も悔しかった。皆んな同じに過ごさなければ解ってもらえるはずがないと思う。車椅子の障害のある人などは、どんな事に手を貸してあげられるか解りやすいと思う。でも、ダウン症の人はそれぞれ僕達と同じに違っていて、手を貸してほしい所も違っている。だからこそ、もっと皆んなが障害を理解してその人自身を知る事が大切なんだと思う。障害のある人ない人を分けないでほしい。僕達皆んな、命の重さは同じなんだから。













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学びに代わるもの

 2016-10-17
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私は、教科の学習をとても大切にしています。

それは、障がいの種別や軽重とは、まったく無関係です。


重い課題に向き合っている子は、勉強が嫌いだと思っている人がいるかいないか知りませんが、実際はそんな子ほど逆に、良質の学びを欲しているのだと感じています。

勉強そのものが嫌いなのでは、決してありません。


特性理解に基づく課題設定や研究が、標準的なものと比べて遅れているために、えてして適切な支援や題材の構成が出来ていなかったりしがちなことに加え、他者と比較して、君はダメだとまたりすれば、それが嫌になるのは誰だって同じことです。


例えば因数分解が出来たり、難しい化学式が解けたとします。

それはそれで、何よりすばらしいことではありますが、因数分解自体が生活の中で直接役に立ったり、その子の幸せにダイレクトにつながっていくということにはならないはずです。


2歳の時から、新大阪の教室に通っている女の子がいます。

最初の頃は、同じ色のカラーボールのマッチングもおぼつかないようすでしたが、この1~2年で、数も言語もコミュニケートも行動のコントロールも、格段に向上してきました。

こんなことなら、最初の頃のようすを動画記録に残しておけばよかったと、かなり後悔しています。

今や大阪の期待の星です。


この子とのレッスンは、お母さんが横に座って、母子で一緒にする活動が増えてきました。

それは決して母子分離に不安があったり、何かを母に依存しているということではありません。


これまでたくさんのすばらしいご家族の皆様と共に歩んできましたが、このお母さんが、この子の学びにどれだけの深い思いをもっているか、はかり知れません。

そしてその学びのプロセスを通して、この子が他のことでは替えることのできない大切ものを、どれだけ培っているかが、痛いほど感じとれるのです。


自分に対するプラスの気持ち、

向上心、

目標に向かってチャレンジすることのすばらしさ、

未知の文化へのあこがれや希望、


子どもの時に、しっかりと学びに向き合った子は、必ずやかけがえのない大切な宝物をその心に抱き、社会に力強く社会にその足を踏み出し、自分の命の大切さと他者をいつくしむすてきな人に育つに違いありません。

子どものときに学ばない子が、いったいいつになったら学ぶことができるのでしょう、


せめて子どものときに、そうした豊かな文化を、その子の手のひらにしっかりとのせてあげたい、

それが私が生涯求めてやまない学びの形であり、ライフワークとなっているのです。


子どもが出来たーって笑顔を見せた時、私は脳の中に何か液が流れるような気持ちになります。

うちの教室の先生に、そのことを尋ねたら、私もそうだという返事が返ってきました。


まさか本当に、セリトニンの分泌を体感できたわけではありませんが、もはやこれは中毒症状に近い快感があります。

こうした学びを通してつながっていく信頼感は、母子でなくても、支援者とても同じことです。


学びの形はいろいろで、これでなければならないというものはありません。

私のやっていることが正解で、他のアプローチがだめだなんて、思ったこともありません。

しかし、それがどんな形であれ、学びのない所に、子どもの育ちは決してないと思っています。


学びを通してつながる絆、

子どもの学びに代わるものなど、本当はどこにもないのです。






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ここから発信するインクルージョンの形

 2016-09-16
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昨日は中秋の名月、

こども園では、お泊まり保育の日となりました。


この4月、保育園からこども園への移行を機会に、発達支援センターの子が何人もこども園に入園しました。

発達支援センターの子は、最優先で受け入れる、

そこには園長の強い思いがありました。


お泊まり保育の翌朝になり、私は個別指導のお迎えにこども園へ出かけました。

4月から子ども園に入園した発達支援センターの子が、どんな様子でこの朝を迎えているか、胸が高鳴る思いでした。


毎週金曜日、朝一でマンツーマンレッスンをさせていただいている男の子を、すぐに見つけました。

どんなようすなのかとしばらく見ていると、程なく何人かの女の子と花いちもんめを始めました。

その天使のような、満面の笑顔を見ていると、私はどうしてもその子を個別指導に連れていく気にはなれませんでした。


障がいのある子どもを、ただ集団に投げ入れただけでは、何も育たない、

そういう批判を耳にしたことがあります。

しかしこの子は今、この輝くような時間の中で、個別指導では決して得ることの出来ない生涯の宝物を得ようとしているのです。


営業的に見ると、この日のレッスンをいつくかキャンセルにするわけですから、結構な痛手といえば痛手です。

決められた日時のマンツーマンレッスンを、キャンセルした保護者への説明も必要です。

しかし、すべての価値基準を子どもの最善の利益に置くとすれば、この時間に集団から引き離して、個別レッスンを行う気にはどうしてもなれないのです。


私にはすでに見えています、

翌週、廊下を駆け込むように、笑顔いっぱいで私の個別指導の部屋にやって来てくれるこの子たちの姿が、


役所の担当は、こども園の認定に障がい児が入ることを想定していないと、ずいぶん難色を示しました、

障がいのある子を受け入れる営業的なメリットも、ほとんどありませんでした。

それをもって、発達支援センターの子をたくさん受け入れようとする園長の目には、1点の迷いもありませんでした。


どの子も白ゆりの大切な子ども、

ここに居場所があればこそ、初めて発達支援センターの専門性が生きる、


白ゆりを選んで本当に良かったと、一人でも多くの方に感じ取ってもらいたい、

岡山発のインクルージョンの新しい形、

私たちの夢は、果てしなく広がっていくのです。















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未来を拓く

 2016-08-30
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昨日、あるお母さんからお届けものをいただきました。

何だろうと思い中を開けてみると、コスモス学園さんが就労支援の一環として生産した干しうどんが入っていました。


私が目を奪われたのは、その商品に添えられた絵の方です。

そこには「初恋」というタイトルとともに、以前私がサポートさせていた女の子の名前が書かれていました。


あれ確か、2009年のことですから、今からもう7年以上前のことになります。

あるお母さんが、研修ででかけた東京のホテルに、わざわざ私を訪ねてきてくださいました。

「心が人を動かし 人を変える」 (2009-02-10)


「先生に、うちの子の勉強をぜひみてほしい」

その一言に込められた深くて強い気持ちは、その後今日まで、全く色あせることはありませんでした。


SHINOBU先生がいてくださるからこそ、私は前に進んでいくことができる、

岡山から神奈川までの交通費をご負担くださり、会場を準備してくださり、何人かのお仲間をご紹介くださり、出張レッスンは複数回にわたって継続しました。

今から考えると、これだけでとんでもないことです。


お母さんは、私がいるからこそと何度もお伝えくださいましたが、このお母さんとの出会いがなければ、今日の私はきっとありえなかったのだと思っています。

「心が人を動かし 人を変える」  と当時の記事で書きましたが、この母の気持ちが、彼女のこの絵の才能の開花と無縁であろうはずはありません。

ある意味、人生を変えられたのは、この私も同じなのです。


特別支援教育の激動期にあって、このお母さんが地域で残した足跡には、出色のものがあります。

これまで100人以上の家族サポートをさせていただいてきたと思いますが、そのスタンスが微動だにぶれなかったのは、このお母さんとの歩みがあればこそだと思っています。


そうした思いも受け、これから先もきっとこの子は、大切な何かを私たちにもたらしていくに違いありません、

次に会える日には、さらなるどんなサプライズが待ち受けているか、はかり知れません。


この子とともに勉強したレッスンの光景は、今でも鮮やかに私たちの心の中で、しっかりと息づいているのです。









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夢に向かって学ぶ意味

 2016-06-22
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ある日、小学生の男の子と勉強していると、その子が何気なく私の足に自分の足をからめてきました、

別の5年生の男の子は、、勉強の合間に、私に甘えたくて甘えたくてたまらない素振りを随所に見せます、

ある女の子は、帰る間際に 「先生大好き」 と、ハグして帰りますし、中3の女の子は、毎回毎回帰るときに 「先生カッコいいよ」 と言って帰ります。

三重から来てくれた女の子は、家で書いた小さなラブレターに、私のことをイケメンと書いてくれました。

どの子も、3年5年とずっと私の所に通い続けてくれている子どもです。


見ての通り、私はイケメンでも何でもありませんが、こうまで子どもたちが心を寄せてくれる理由は、私が全面的にこの子たちの存在を肯定的にとらえていること、そして、私がしっかりと目標をもって前進しているエネルギーを、子どもたちが誰よりも敏感に感じ取っているからだと考えています。


心の中に夢をもっている先生と、そうでない先生とでは、子どもの食いつきはまるで違います、

子どもは、理屈や肩書では動きませんから、そういうことの感度に、ごまかしは通用しません、

人は、心の根元に、何か目標をもって生きるということに対するアンテナがあるのだと、私は思っているのです。


先日のレッスンで、ある2年生の女の子が、文字見て言語表出がスラスラできるように変わってきました、

前回の時には、そうではなかったので、私は感動して、涙が出そうになりました。

夢をもった学びを重ねていくことで、そこには他では替えがたい方向感が生まれてくるのです。


もちろんこのことは、私の手柄でも何でもなくて、私はただ寄り添ってきただけに過ぎませんが、それでもこれまで、ずっと種まきを続けてきて、本当によかったと思いました。

赤ちゃん体操卒業の時からずっと通ってくれている子ですから、その喜びもひとしおというものです。


土台作りから始まったこの子の言語の育ても、こうして目の見える成果が現れるとことまで来ました。

出来た作物を刈り取ることなど、誰にもできるし、それを教育とは呼ばない、

そうではなくて、目に見えない時にこそ、子どもの可能性を信じて、種をまき、肥料を与え続けること、

私の目指す教育の形がそこにあります。


今は出来ずとも、君なら絶対に出来る、

目に見えないときは苦しいけど、あきらめなければ、必ず夢は叶う、


夢を向かって学ぶ意味、

子どもたちが私に寄せる願いは、きっとそんなところにあるのです。







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家族の横顔

 2016-06-14
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先週の大阪で、中学校の先生が、ある女の子のレッスンを見に来てくださいました。

休みの日にもかかわらず、一人の子どものために、わざわざ新大阪の教室まで進んで足を運んでくださる、

多くを語らずとも、その事実だけで、何か大切なことが伝わってきます。


これまでも、何人もの学校の先生が、この教室に見学に来てくださいました。

そうした時の子どもは、例外なく、弾むような笑顔を見せてくれます。

うれしくて仕方がないのです。

学校の先生が足を運んでくださるというのは、そういう意味をもつことなのです。


学校の先生に来ていただくというのは、簡単そうで、実際にはなかなか出来ることではありません。

このこと一つについても、そこに、子どもの教育にかける保護者の深くて強い気持ちを伺い知ることができます。


私はこれまで、子どものために、信じられないような困難をも打ち砕く、何人ものご家族と共に歩んできました。

子どもの成長と幸せを願う深くて強い気持ち、的確な状況の判断力、そして経済的なことも含め何があってもやり通すパワー、

不思議と、どのご家族にも共通している内容がありました。


物事を成し遂げるために大切なこと、

私は、自分が支えた内容より何倍も大切なことを、いつもそのご家族の横顔から、学ばせていただいているのです。









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母子の涙

 2016-06-12
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私が、初めて大阪のレッスンに行かせていいただくようになってから、もう7年以上にもなります。

以前は、堺市までお伺いする機会が多かったのですが、今では新大阪の教室までお越いただくことの方が増えてきました。


先日来てくれた4年生の女の子のエピソードです。


いつもカーナビを使って来てくださっていますが、機械のことですから、何かの拍子にそのカーナビがいつもと違うルートを案内し始めたそうです。

その子は、前日から、私の所に勉強しに来ることをとても楽しみにしていたらしく、いつも通りに新大阪の教室に来るつもりが、たまたまカーナビがいつもと違うルートを案内し始めたので、私の教室に行けなくなるのではないかと不安になり、車内で大騒ぎになったというのです。


このところ、漢字の書字が正確になり、文字を読み、それを内言化して判断し、再びそれを書字化してアウトプットしていくプロセスが、格段に向上してきています。

そうした学びの時間が、この子にとっては何にも代えがたい大切な時間となっていることに、改めて驚かされたのでした。


ここまでの関係になるまでには、最低でも3年はかかります。

当時3歳だったこの子も、もう10歳、

教員の経験はあっても、未就学児の療育については素人同然だった私を信じて、その私に命を吹き込んでくださったのは、こうしたご両親の熱い願い以外の何物でもありません。


そのお母さんが、先日の参観日道徳の時間に、お友達に一生懸命自分の思いを発表していたという出来事を私にお話しくださいました。

書字アウトプットの正確さは格段に向上してきましたが、依然として構音の不明瞭さが課題となっているお子さんです、


でも一生懸命クラスのお友達に自分の思いを伝えようとすることで、きっと何か新しい道が拓けていくに違いありませんよ、

そう私が、お母さんにお伝えしようとした瞬間、

突然その子が、目に涙をいっぱいにため、数分間次々と私に何かを懸命に伝え始めました。


やや構音が不明瞭なため、その語句の一つ一つを正確にキャッチできたわけではありません、

ですが私には、その子の心の根元にある思いがしっかりと伝わってきましたので、「そうか、うんうん」 と何度も頷きながらその言葉に耳を傾けました。


この子が、家族以外の人に、こんなふうに何かを伝えようとする姿を、これまで一度も見たことがありません、

その子の横でお母さんは、その子に負けないくらいの大粒の涙を、目に一杯浮かべておられました。


勉強したい、向上したい、

この7年の間、私がこの大阪の地で得たものは、この子たちの心の根元にあるこんなピュアの思い以外の何物でもありません。


岡山の教室でも、何人もの子が、レッスン中に私に体をすり寄せてきます、

子どもの心の中の向上心を信じ、それを具現化させるために必要な支援、

子どもたちが私に寄せる気持ちの源泉は、間違いなくそこから湧き上がっているのです。



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汲めども尽きぬ水

 2016-06-07
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ダウン症のお子様のために、赤ちゃん体操を取り入れてから、もう何年になるでしょうか?


以前は、狭い2階建ての建物の中で行っていましたから、赤ちゃん体操の日には、机やいすなどの備品をすべて屋外に片付けなければなりませんでした。

今では、次々と資格をもつ職員も増え、バリアフリーの広いプレイルームの中にあって、ゆったりと行き届いた環境で、子どもたちを迎えることが出来るようになりました。

当時を考えると、まるで夢のような出来事です。


こうした取り組みを通して、物事を為すためには、高い志とそれを支えるパワーの2つが必要であることを学びました。


「子どもの幸せと成長を支える」

そういう高い志なくては、決して人は集いません。


そしてそれには、それを支えるパワーが不可欠で、そのためには経済的な基盤がどうしても必要となってきます。

どんな高い理念があったとしても、お金がない、お金は出さないでは、物事は一歩も動いてくれないのです。

逆に言えば、身銭が切れるかどうかが、その志の強さを示すのです。


私たちの事業は、利用実績に応じて給付金がいただけるシステムです。

利用者のニーズに合った質の高い療育を行えば、利用者が増え、そのことでいただいた資金をもって、さらにその質を高めていくことができるのです。


利用実績のなき者に、療育の質の高さは語れない、

利用実績のある者に、多くを語る必要はない、


大切なお子様を託していただけるということを、当たり前と思ってはいけない、

二度と帰って来ないお子様の大切な瞬間に、真心を込めずして、そこからは何も生まれない、

数ある療育機関の中から、こうして大切なお子様の育てを託されたことを、教育者としての何よりの誇りと受け止よう、

私はいつも、職員にそんなことを伝えながら、ここまで来ました。


この日、赤ちゃん体操を卒業する子がいました、

記念写真を一緒に撮る時に、その子は何度も何度も、私の顔を見つめるのです。


もうこれでいいや、

そんな色をした者の目を、子どもは決して見ようとはしません。


建物も出来たし、職員も増え、ある意味私は、ハンコさえ押せば給料をもらえるような身分になりました。

だからと言って、臨床実践から軸足をはずそうなんてことは、考えたことさえありません。


私は、私の生活が安定することが目的なのではなく、一人でも多くの子どもたちが、社会の中で自己実現していくことが目的なのです。

そのために働きたいのです。

もっともっとお役に立ちたいのです。

だとすれば、ここがゴールであろうなんてはずがありません。


その志が本物である限り、子どもは私の目をしっかりと見てくれる、

私はそう信じて、一歩でも前に進んでいきたいのです。






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研究者と実践者

 2016-02-28
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週末は、大阪でのレッスンでした。

27日に「ダウン症療育研究会 20回大会」が、新大阪で開かれることは、以前から存じ上げていました。


私の所では、ここ数年、毎年1名ずつダウン症児のための赤ちゃん体操指導員の講習を受けさせていただいている関係で、職員が何度も研究大会におじゃまさせていただいています。

この日は、うちの主任さんが、赤ちゃん体操指導員の認定証をいただくこともあって、会に参加させていただきました。


新大阪の教室と会場とは、ゆっくり歩いても10分とかかりません。

当日は、朝から晩まで10連続レッスンのご予約をいただいており、会への参加はできませんでしたが、お昼すぎのレッスンに1つキャンセルが入った関係で、会場にご挨拶に伺うことができました。


上地先生のご紹介で、何人かのかたにご挨拶をさせていただくことができました。

私が実践者として活動をさせていただくことが出来るのも、先生方のご指導あればこそと、普段から感謝の気持ちでいっぱいでした。


研究に真摯に取り組んでくださる方がいればこそ、私たち実践者のなすべき役割は明確になっていく、

私は研究者にはなりませんし、なれませんが、研究内容からかけ離れてしまうことは考えられません。


これからも先生方にご指導をいただきながら、大切な実践を、一つ一つ積み上げていきたい、

そのことが最も自分らしい生き方であり、持ち味なのです。


一人の子に寄り添うことからスタートし、岡山の地で果たす私たちの役割も、日に日に大きくなってきました。

研究者の皆様の横顔を拝見しながらも、私はこれからも、多くの実践者を育てて、多くの子の成長と幸せに寄与していきたいと、心の底から感じることが出来たのでありました。





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Born This Way

 2016-01-19
I was born to survive
(私は生き抜くために生まれてきたのよ)

No matter black, white or beige
(ブラックだって、ホワイトだって、ベージュだって関係ない)

Chola or Orient made
(チョーラだって、オリエントだって、そんなの関係ない)

I’m on the right track baby
(私は自分なりの道を歩んでいるのよ)

I was born to be brave
(私は勇敢に生まれてきたのよ)

I was born this way
(私はこんな運命のもとに生まれてきたのよ)





これは、レディガガ 「ボーンディスウエイ」 の歌詞の一節です。

日本は島国で、単一民族の国です。

それだからどうかは別として、これからの日本にとって特に大切にしていかなくてはならないことの一つは、「多様性を受け入れる感覚」 ではないかと考えています。


今では、外国の人が電車の中にいても、特別な目で見る人はほとんどみかけなくなりましたが、何年か前は決してそうではありませんでした。

性的なマイノリティーの人も受け入れる文化もありませんでした。

しかしながら、自分とは違う人を排除しようとする感覚が、すべての人からなくなったということではありません。

よそ者を受け入れない文化が、全くなくなったわけでもありません。


私は、自分とは違う他者を受け入れることは、その人自身の存在が尊重されることと同じことだと思っています。

他者を排除するもということは、自身の存在そのものがおぼつかない証拠です。

多様性をを受け入れられるということは、その存在が自体がゆるぎない証だと思っています。


先週、ある京都のお母さんが1組の写真集とDVDをプレゼントしてくださいました。

昨年の秋に、ダウン症の子どもたちのためにファッションショーを開催されたときのメモリアルです。


これだけのパワーとエネルギーが一体どこから湧き出てくるのでしょうか?

中心となって会を運営されているお母さんを存じ上げているということだけでなく、その根元にあるあたたかくも美しい思いにふれ、子どもたちの輝く表情を目にしながら、自分の胸に熱いものがこみ上げてくるのを押さえることができませんでした。


だからこそ私は、自分の出来ることで、子どもたちのために力を尽くしていきたい、

それが私の生きる道であり、私の役割、

I was born this way.







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「肯定感を培う子ども学び」ダウン症児とともにあゆむ③

 2015-10-06
先日行った講演の内容について、あるお母さんがまとめてくださり、会報誌に載せてくださいました。

このことが、あまりにもありがたくて、うれしくて、ブログの記事にさせていただけるようお願いをしました。


ほぼ原文のまま、以下に掲載させていただきました。

本当に幸せです。



「肯定感を培う子どもの学び
     ~ダウン症の子どもとともに歩む~」SHINOBU先生の講演会


平成27年8月30日、白ゆり発達支援センターにてSHINOBU先生の講演会が開催されました。JDS会員外の方7名を含む48名という多くの方々にご参加いただきました。

SHINOBU先生にはわが子が大変お世話になっており、白ゆりに来ると何故子どもが生き生きと目を輝かせながら集中して勉強するのか、どうしてこんなにも大好きな場所なのか知りたくて私も参加しました。

まず、ブログ実践記録「ダウン症の学びと育ち」7年間の147の記事(2009~2015)の中から具体的なエピソードを動画を交えながら紹介していただきました。

ダウン症の子どもたちは言語より数的感覚が苦手な子、視覚的にとらえる事が苦手な子が多い、目は横に付いているのであえて教材は見やすい横書きにしてすべてふりがなをふっている、言葉にならない言葉を拾ってあげる、得意なことを活かして苦手なことを伸ばす、具体物を(果物のおもちゃ・10円玉など)数感覚を身につけさせる工夫をレッスンの中でしているそうです。

次に、SHINOBU先生の個別支援のエキス、支援基礎技術の方法を紹介していただきました。

① 支援除去法(プロンプトフェーディング)
子どもの出来にくい部分に適切な支援を入れ、豊かに活動を構成しながら周辺の領域を育て、段階的にその支援を除去していく方法
 (例:文字が自分で書きにくい子には手を添えてだんだん手を離すなど)

② 課題分析とスモールステップ
子どもの出来ないことと出来ることの間に、どんな力を育ててやればよいのかを明確にして、出来ない時の手だてを明確にしながら、段階的な目標設定をする方法。 出来ることから積み上げていく。

③ 認知処理様式に基いた長所活用型支援
認知処理様式(同時処理/継次処理)=二系統同時刺激
視覚認知の弱い子は得意な言語に聴覚性のものを添えてやる。
視覚的系統と聴覚的系統の両方をミックスしながら育ててやる。だんだん聴覚的な物を除去していく。(例:文字を読んで分かりにくかったら「これは~よ」と言葉を添える。)

④ 先行刺激(ヒント)
子どもの持っている力を引き出すための方向付け、問題解決のための引き出しを刺激する方法。(例:メモ用紙に色んなヒントを書いて見せる)

⑤ プライミング支援
全く歯が立たない内容であっても選択肢を示してやるなど、その子の持っている知識や技能を呼び覚ます支援。
(例:「赤」という漢字がわからない→「白」・「赤」を書いて見せてどっちか選ばせる→わかったら「よく覚えていたね」と褒める→意欲的に学習できる。)

⑥ 視覚支援
A範囲の明確化(情報の質的・量的精選) 範囲を区切る
B色支援による内容の焦点化  視覚認知が弱い子には色支援が有効

⑦ 応用行動分析
望ましくない行動をするには必ず理由がある→何かを訴えている→訴えたい事を汲み取ってやる。マイナス行動にかわる良い行動をモデルとして示してやって、それが出来るようにプログラムして、出来たら褒める。


SHINOBU先生がおっしゃった言葉で私が特に印象に残ったのは、「“こんな子に勉強を教えてどうするんですか?もう頑張ったじゃないですか?もういいでしょ。”と言う先生が時々いる。この言葉は絶対に許せない。」

「子どもから学びを奪わないで欲しい。“あなたは学ばなくていいよ”って事は“もう生きなくていいよ”と言う事と同じです。子どもにとって大切なのは学び、そこから軸足を絶対外さないのが私の信念。」

「どんな学習内容であるかを問うのではなくて、学びに真剣に取り組むこと、そのことによって子どもの自尊心が培われ、将来、社会的自立に向けての基盤になるのです。」という言葉でした。

やっぱり、私たちの子どもの事を私たち親と全く同じように心から真剣に想って、子どもの可能性を信じて勉強を教えてくださっているSHINOBU先生だからこそ、わが子は全幅の信頼を寄せ、白ゆりに来るといつも目をキラキラ輝かせて喜んで勉強するんだ!という事が分かりました。

JDS岡山支部長のかれんママとSHINOBU先生との出会いがなければ今の白ゆり発達支援センターは無かった、かれんママとSHINOBU先生との出会いに感謝しています。この岡山に白ゆり発達支援センターがある事が本当に幸せだと思いました。








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ダウン症の子どもと共に歩む ②

 2015-08-31
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※ 講演会PDFはこちら






昨日は、JDS(日本ダウン症協会岡山支部)の学習会講師として、講演会を開催させていただきました。

今春、岡山白ゆり発達支援センターの本館が落成し、これまでの実践を通して学んできた内容の中で、何か一つでも恩返しの意味で皆様にお伝えすることができたら、そんな気持ちを込めてこれまで準備を進めてきました。


定員一杯のご参加をいただき、長年にわたってずっと私のレッスンを受けてくれたお子さんのご家族も、たくさん参加してくださいました。

自らの施設にお招きしての初の講演会、

皆さん、普段の私の実践に直接かかわっておられる方ばかりでしたから、いい加減なことは言えないと、これまでにないプレッシャーも感じていました。


もちろん、力不足の私の話ですから、きっと物足りない内容も多々あったのではないかと思いますが、今の私でできることは出し切った感があり、講演終了時には、皆様の輪の中で、とてもありがたく幸せな気持ちに包まれました。


会の終了後、JDS会長さんから、今のような内容のメールをいただきました。



SHINOBU先生


やっと念願のJDS岡山支部全体向けの学習会が開催できました。

とてもすばらしい内容で、これまでの先生のご経験が集約された、すばらしいものでした。

なんでもっと早く開催できなかったんだろう…。

SHINOBU先生の存在は本当に貴重で、多くの子どもたちとその家族に生きる力を与えていただいています。

わたしもSHINOBU先生と同じような感覚があって、「子どもたちに必要とされている自分を自覚することで、生きる意味を与えてもらっている」と思っています。

まさに、SHINOBU先生との出会いは「運命」としか言いようがありません。

SHINOBU先生のお人柄と勉強熱心さ、本当に感動しています。

今日、開催できて本当に良かったです。

ご協力してくださった職員のみなさまにも心から感謝申し上げます。

貴重なお休みの時間に、JDS岡山支部のために時間を割いてくださり、本当にありがとうございました。


どうぞ、今後ともよろしくお願い申し上げます。





私にとっての今年の夏は、この講演会がとても大きな節目になると考えていました。

お盆休みを返上し、ある意味わき目もふらずこの日を迎えることがきました。


自分のできることに、日々精一杯取り組むことのできる幸せ、


余韻にひたるのは、半日もあれば十分、

さあ、目指すは次の大きなステージ、


この日のビールの味は、最高でした。





この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2015-09-01)




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分けないという専門性

 2015-08-21
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最近、うちのグループレッスンには、ようやく歩けるようになったばかりの小さな子も増えてきました。

最初は泣いてばかりいた子ようなが、ひと月にも満たないうちに、笑顔で集団の流れに乗れていくようになります。

「児童発達支援」 の制度の枠組みの中で、3歳に満たない子をお預かりするのは、運営面ではかなり苦しいものもありましたが。職員の高い意識と使命感が、そのことを可能にしてくれました。


年齢別・能力別・それぞれの特性に応じたクラス編成をするのは、とても大切なことだと思っています。

でも、分けただけ、区別しただけで、それで行き届いた教育が、オートマチックでできるのではないのです。


逆に、あえて分けない事で培われていく内容もあるのです。

もちろん、そういった集団に投げ入れただけで育つというものではなく、多様性のある集団の中で豊かな教育活動を行うための高い専門性と深い愛情、そして使命感が不可欠になっていくのです。


白ゆりは、学校や保育所・幼稚園にはない専門的な子どもの育てができるところ、

その保護者の信託と願いに少しでも応えていくことができるよう、私たちは前に前にと進んでいくのです。




この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2015-08-23)




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ダウン症の子どもと共にあゆむ①

 2015-08-08
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※ PDFはこちら





8月30日に、岡山白ゆり発達支援センター本館において、JDS(日本ダウン症協会)岡山支部主催による講演会を開いてくださることになりました。

役員のお母さんが、このような立派なチラシを作ってくださいました。


JDSの皆様にはこれまで、かれんちゃんのお母さんをはじめ、何度も講演の依頼をいただいいていましたが、ずっとお断りをさせていただいていました。

SHINOBU先生は、県外ばかりで講演をすると言われたりもしていましたが、あまりにも身近すぎて講演会となると何だか話づらいというのが本音でした。


しかし、この本館設立を期に、これまでずっと私を全面的に支えてくださったJDSの皆さんに、わずかであっても、何らかの形で恩返しをさせていただきたいという気持ちになり、今回のオファーについては即答で承諾させていただきました。


今回の講演会のチラシができると程なくして、岡山の産婦人科医師会の会長様から直接お電話をいただきました。

子どもたちを会の主催するコンサートにお招きくださるということで、来週早々に訪問にさせていただき、直接お話をお伺いできることになりました。


この子たちこそが、私に百万の幸せを運んでくれる天使たちに違いありません。

このことが、子どもたちにとっても、ご家族にとっても、私たちにとっても、何か大切な一歩となれば、こんなにもうれしいことはありません。


微力ですが、これまでに与えてくださったたくさんの子どもたちとのご縁を背負い、そのことに感謝の気持ちを込めながら、渾身の取り組みをもって、その日その時を迎えたい。


寝食を忘れ、こうしたこと真剣に打ち込むことのできる夏、

何か特別な思いがこみ上げてくるのです。





この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2015-08-10)






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その日は突然やってくる

 2015-07-28
毎週火曜日には、今年高等部3年になる男の子が通ってきてくれています。

小学校高学年からレッスンをしていますので、もう6〜7年のお付き合いになります。

雨の日も、嵐も日も、少しくらい体調が悪くても、行事以外でお休みしたという記憶はなく、その数年間はほとんど皆勤賞なのです。


表情はいつも明るく、やる気満々

学習にも前向きで、インプットや理解の部分に光る面がたくさんある子です。


小学校は、地元の小学校に通い、中学から岡山大学付属特別支援学校に通うようになりました。

「SHINOBU先生には、この子にずっと、教科学習に軸足を置いた指導をお願いしたい」

中学入学の際に、お母さんは私に、何度もそう念を押されました。

白ゆりの指導があることを前提に、このお母さんは、特別支援学校を選択されたのです。


構音が不明瞭なため、なかなか思っていることの微細が、口頭で伝わりにくい場合があります。

また、手指の微細なコントロールもどちらかといえば苦手で、漢字学習以外の場面では、なかなか漢字を使おうとはしませんでした。


ところが先日、いつもならひらがなで書いているはずの解答欄に、この子が何食わぬ顔で、平気で漢字で記入をしているではありませんか?

さすがの私も、これには、すったまげてしまいました。

6年も、7年も、毎週毎週指導をしていながら、こういうことは前触れなしで突然やってくるのです。


毎回毎回当たり前のように、どんにな読みにくい字であっても、どんなに聞こえにくい言葉であっても、共有する世界を広げ、コミュニケーションを深め、学びの喜びと達成感を積み上げて行く、

そうして積み上げて数年間の、最後の最後の1年で、やっとこんな日がやってくるのです。


私は、ただ託された母の思いに添うことをしただけに過ぎません、

成果が見えずとも、来る日も来る日も、その日を信じて託し続けた母の愛情と信念があればこそ、この日を迎えることができたのです。


私の事業所は、児童福祉法に規定されたものですから、原則18歳以上のお子様のサポートはできない規定になっています。

「先生、来年以降もここで学びたいと、強く願うこの子の思いを、どうか叶えてやってください」

お母さんは、私にそのようにお伝えくださいます。


私は、こうした気持ちに寄り添うことで、次々と奇跡を巻き起こしてきたのです、

一人の大切な思いに寄り添うことは、きっと多くの人の願いと幸せに寄与することにつながります。


また見ぬ白ゆりの新しい形を、この子はきっと示唆してくれているのです。











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未来に向かって輝く 君の笑顔

 2015-07-07
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東京での学会の帰り道、私はある女の子とそのお母さんに、新宿で夕食をご一緒させていただきました。

ダウン症のお子さんですが、「何年生になりましたか」 と私が尋ねると、「高校1年生になりました」 とさわやかに答えてくれました。


以前私は、年に何度か秦野市を訪れて、何人かの子どもたちのレッスンをさせていただいていた時期があります。

初めてこの子のレッスンをさせていただいた時には、まだこの子は小学校中学年の時でした。

http://shinobu1.blog117.fc2.com/blog-entry-411.html



この子が描いた絵のパンフレットを拝見させていただきました。

「夕日の尾瀬」 は、展覧会で入賞した作品だとお聞きしました。


私の個別指導の一コマは、この子の学びに寄り添う所からスタートしました。

食事をしながら、私の尋ねる一つ一つにきちんと受け答えるその姿に、この子の育ってきた歩みが、いかに豊かで尊いものであったが、浮かび上がってくるように感じ取られました。


「SHINOBU先生が、どんどん偉くなって、私たちの手の届かないところに行ってしまう」

お母さんは、そんな意味のことを、何度かおっしゃっていました。


私の心は、あの時と何一つ変わっていない、

だからこそこうしてお会いできているし、だからこそ私はここまで来ることができたのです。


もしも、世の中に言葉で表現できるものと、そうでないものがあったとしたら、この日、この母と子が私に与えたインパクトは後者のもので、その豊かでこみ上げるような思いが、何とい言えない高揚感を与えているのでした。

この子の育ちは、私の心を経由して、きっと後に続く多くの子どもたちの道しるべになるに違いありません。



だからこそ、子どもにとって学びはなくてはならないもの、

私たちのチャレンジは、これからもずっと続いていくのです。





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ならば白ゆりがそれをやる

 2015-06-23
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子どもの育ちにとって、運動機能の発達はとても重要な意味があります。

例えば、独立歩行ができるように育つということは、粗大な運動機能の成長と共に、言語表出といった微細な運動機能の向上や、認知やコミュニケーションの世界の広がりなどに、大きな影響を与えます。

それは単に歩けるということだけでなく、その子自身の育ちにとって、大切な指針の一つとなるのです。


ダウン症のお子様の場合、低緊張ということもあって、なかなか1歳で独立歩行が完成しないケースを多く見られます。

こうしたことから、白ゆりの赤ちゃん体操では、「一人歩きができるようになる」 という共通の目標に向かって、お子様とご家族と一緒に歩んでいるのです。




この春から定員も増え、職員も増えた関係で、新しく白ゆりの通所支援事業にご案内させていただける子どもたちも、とても幅広くなってきました。

これまで、就学前のグループでは、独立歩行が完成した子どもたちを対象としたレッスンをさせていただいていましたが、まだ歩けないお子様にも、何とかこの機会にお越しいただくことはできないかと、新しいプログラムの開発に取り組んでみることにしました。


一般の保育園では、5歳児30人に対して保育士は基本1人ですが、独立歩行が完成していない0歳児の場合、概ね子ども3人に対して保育士1人という配置基準が定められています。

白ゆり発達支援センターで行っている赤ちゃん体操の日には、白ゆり保育園から 「赤ちゃん体操指導員」の資格をもつ看護師と、外部講師という形で「赤ちゃん体操指導員」の資格をもつ臨床心理士さん2名に毎回加わっていただいています。


当然うちにも 「赤ちゃん体操指導員」の 資格をもつ職員がいますが、児童通所支援事業の枠組みで見れば、外部講師をいくら入れようが、5歳の子どもであろうが、0歳の子どもであろうが、事業所の報酬としては、同じなのです。

児童発達支援にかかわる配置基準にしても、0歳の子を何人受けても、5歳児と同じように5人に一人の保育士しか認められないのです。

ましてや、白ゆり発達支援センターは1日の定員が多いため、1人当たりの報酬単価が極端に低く、赤ちゃん体操を行うに際して、イベントとしての収益は全くありません。

もしも金儲けのためにやる事業なら、こうした事業は一刻も早く切り離すべきなのかも知れません。


しかし、私はそんなふうには考えません。

安全が確保された100㎡もある広いフロアで、研修を受け専門性を有する職員が、定期的にお子様のサポートをさせていただくことで、以後のお子様にとって、どれだけ可能性の芽が広がっていくかを、私は目の当たりに見てきているのです。

採算のとれない事業は、発展性もなければ、決して子どもの利益にはつながりません。

制度の方が、事業(利用者のニーズ)に追いついていないのであれば、全国にその大切さを訴え、行政の担当の方やや議員さんにそのことをしっかりと伝え、制度自体を1日も早く改善していくべきだと、私は考えています。


私には、時代の先端を走っているという自負と使命感が必要です。

もしもそれが、多くの子どもの未来を拓くことに、わずかであってもつながることになるのなら、私の果たすべき内容は重要です。


だれもやらないなら、白ゆりがそれをやります。

本当に子どもの育ちにつながることは、時間はかかっても必ず理解され実現するものだし、そうと決めたら必ずやると私は決めているのです。


子どもたちの成長とご家族の幸せのために、私にもすべきことがある、

多くのご家族の期待を背負って、私は前に進んで行ける、

そのことを私は、何よりもうれしく思っているのです。





この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2015-06-24)





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希望の光

 2015-05-26
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先日、倉敷のある相談支援事業所の方が、4年生の女の子のレッスンのようすを見に来てくださいました。

就学前からずっと通ってくれている子で、今では漢字もこんなに正確できれいに書くことができるようになりました。

小さい頃は、とてもではありませんが、小学校になってこんなに勉強ができるようになるとは想像できませんでした。


この子の育ちが、どれだけ多くの子の希望の光になって来たか、はかりしれません。

論理でも数値でもなく、今、この子の存在そのものが、私の育ての拠り所となってきているのです。


支援者として、ご家族にしっかりとゆく道を指し示すことが、私に与えられた大切な使命です。

心の根元に実践の裏付けがあることが、どれだけご家族の支えとなっていくことでしょう。


こんな所が倉敷ににもあったらいいのに、

相談支援の担当者さんは、そんなふうにおっしゃってくださいました。


一人の子どもに寄り添う所から、次々と大切な何かが生まれてくる、

これからも、それぞれの子がもつ宝物がきちんと見える実践者でありたいと、願うのでありました。







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言語が豊かに育つメカニズム

 2015-01-21
それまで言葉が出なかった子が、ある日突然しゃべりだし、だんだんとその言葉が豊かに育っていくたくさんの子どもたちの様に、私はこれまで何度も何度も接してきました。

同じ人間が、月に1度、週に1度と、数年以上にわたって継続的にレッスンをさせていただけることは、ありそうでなかなかないことです。

当たり前のようにそんな機会を与えていただいている私だからこそ、きちんとそのことを情報発信していかなければならないと、いつもそのように思っています。


今日来てくれた5歳の男の子、

このところめっきり言語にかかわる状況が豊かに育ってきました。

パズルをしても、数を数えても、手遊びをしても、小さい声ではありますが、一生懸命口を動かすのです。


デジャブ―ではありませんが、この風景は、私の心に何度も何度も焼き付いてきた他の子の育ちをそっくり重なるのです。

その子たちは今、小学校の中学年以上になっていますが、以前、言語がうまく機能していなかった頃のことは、もうずっと遠い昔のような気がしています。

今では、漢字も書いたり、九九も言えたり、すっかりたくましくなって、いつも張り切って勉強を続けています。


「あの頃は、小学校に入って、まさか漢字を書いたり、九九の勉強をしたりできるなんて、夢にも思っていませんでした。」

お母さんは、私にそう伝えてくださいます。


正直私も、まさかここまで来れるとは思っていませんでした。

でも、今は違います。

何人も何人も大きな成長を遂げてきた子に寄り添い歩んできた実践者として、誰よりもその可能性を信じられるようになりました。


体験もなしにいい加減なことは言えませんが、これならきっと行けると、一歩前にお母さんに道を指し示すことができるようになりました。

これもそれも、すべて子どもの成長があればこその話、

君の成長は、君とご家族だけのものではなく、あとに続く多くの子どもたちの道しるべとなり、その大きなエネルギーとなっなっています。


君が社会で果たしていかなくてはならない役割の一つは、きっとこんな所にもあるのです。


この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2015-01-22)






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可能性を信じて歩む道のり

 2015-01-13
この3連休、

初日は岡山でのレッスン、二日目は法人の用事で下関へ、そして3日目は大阪・堺でのレッスンがありました。


下関から岡山に帰り、その足ですぐさま大阪へ、

長距離移動は慣れているはずの私でしたが、色々なことが重なり、3日目の朝はかなり体が重く感じていました。


大阪に通い始めて5〜6年になりますが、以前はもっともっとハードだったことを覚えています。

でも、会場に入りレッスンが始まると体がシャキッとし、いつもレッスンの終わりころには体調が良くなってしまうので、不思議に思っていました。


この日の、大阪最後のレッスンは、2年生の女の子でした。

初めてレッスンをさせていただいたのは、きっとこの子がまだ3歳になったかならない頃で、当時は床にちゃぶ台を置いて、パズルや感覚遊びを中心にしていたのを思い出します。


何としても、この子を社会の中で自立できる子に育てたい、

レッスンのある時には毎回ご両親でお越しくださり、その愛情とお気持ちの深さに、並々ならぬものを感じていました。


小学校は通常学級を選択されました、

いつの間にかなぞり書きだった書字は、楽々と視写もできるようになり、標準化された2年生の配当漢字もかなり正確に書けるようになってきました。

読みがたどたどしい時期もありましたが、スイミーも黄色いバケツなど、お友だちと一緒に毎日音読を続けていくうちに、だんだんとレベルが向上してきました。


私が作った生活文の教材も、何十枚・何百枚と数を重ねていくうちに、自力で地の文を読み、尋ねられた設問に正しい解答を自力で記入できるまでになりました。

これまでは、出来にくい部分には周到な支援を入れ、追及心や学習の達成感を損なわないようにと様々な配慮してきましたが、この日ついに、私の支援を全く必要とせずに、完全に自分の力で生活文のプリントを仕上げていくことができるようになりました。


そのまなざしも、表情も、声の調子も、鉛筆の運び具合も、これまでとは全く勢いが違っているのです。

私も、ご両親も、これまでとは違うただならぬこの子のオーラに、息を飲んで学習の進捗を見つめていました。

用意された学習プリントをすべてやりきった瞬間、私はこみ上げてくる熱いものをこらえるのに必死でした。


文字言語を音声言語に変え、その音声言語を内言化して思考のベースに乗せ、それを判断してキーワードを視覚的に対応させ、更にはそれを文字言語としてアウトプット(書字)する。

小さい頃から長い年月を経て、育て積み上げてきた一連のプロセスが、ここに来て一つの完成形を見たのです。


もしも、この子たちと出会っていなければ、生活文の自作教材も、数の量的な感覚を育てる教材も、これ程までに精度を上げることはできなかったかも知れません。

続けることで収穫を得ることができたのは、子どもたちよりもむしろ、自分の方であったのだと思ったことは、幾度となくありました。


この日の朝一のレッスンでは、その子の学校の先生がレッスンの見学に来てくれました。

私の個別レッスンの内容や教材の一部を、学校教育の中にも取り入れてくださっているということ、

何ともありがたく、頭の下がる思いでいっぱいになりました。


あの日、年長さんだった子は、この春にはもう6年生、

私は中学になったこの子たちに、方程式や比例のグラフ、XやYを使った計算を教えたいのです。


学びに真剣に立ち向かった子は、必ずや自尊心が向上し、アイデンティティが確かなものに育っていく、

そのことが、その子の就労や社会参加の大きなエネルギーになって花を咲かせていく。

私は、色々な地域で、そんな子をたくさん見てきました。


それまで平凡だった私を、ここまで駆り立ててくれたもの、

わき目もふらず歩んできた道のりそのものが、私たちにとって何よりの宝ものなのです。

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ご家族とのパートナーシップ

 2014-11-29
私は支援者であり、いつも主体者は子どもであり、そのご家族であると考えています。

子どもを育てるすべてを家族だけが抱えてしまうのではなく、信頼できるパートナーを見つけ、託すべき所を託すことの方が、本来家族としてなすべきことが明確になり、それが子どもの利益につながると信じているのです。


会社の経営者は、会社が進むべき道を明確に指し示すことが重要で、会計のことは税理士に、法律のことは弁護士に任せます。

経営のことについて、コンサルタントに相談することもあると思いますが、最終最後のの決断は自分で行い、その結果については自分で責任を負うわけです。


今からもう5年以上も前のことになりますが、大阪のあるダウン症児のご家族の会で、講演会を開いてくださったことがあります。

講演会が終わったあと、私が個別レッスンをさせていただいているご家族の方が残ってくださり、何か家族でお手伝いさせていただけることはないかとお伝えくださいましたので、私は、もし可能であれば、記録をとっていただけますかとお願いいたしました。

通常学級でがんばっているこの子ももう2年生になり、音読も、漢字も、書字も、九九も、このところその成果が目に見えるような成長ぶりです。

私としては、小さい頃から蒔いた種が、今になってしっかりと芽吹いてきたような手応えを感じていました。

就学前からもう何年もずっとレッスンの記録をとってくださり、私の実践をご家族としてずっと見つめてきてくださった大切なあゆみですので、何とかそれを形として残すことはできないかと思っていたところ、それならばということで、お父さんがまずは直近のレッスンの記録からタイピングしてくださいました。


マンツーマンレッスン実践記録 2年女子 2014.5~2014,11


この子を、社会の中で自立できる子に育てたい、

初めてお会いした日から、ご家族のその願いは、一瞬たりとも色あせることはありませんでした。

そのために、支援者としてすべきことのポイントは何であったか、その内容を少しでも明らかにして、この子の次の一手をさらに模索したい、

その仮説が実践として検証されていくことで、もっともっと多くの子の学びを、さらに豊かに展開していくことへとつなげていきたい。


そういう旅路を、私はご家族と一緒に、これからもずっと歩んで行きたいと願っているのです。


この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2014-12-01)





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本番に強い2人

 2014-11-09
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先日、教育委員会の指導主事さんが、りんちゃんのレッスンを見に来てくださる機会がありました。

きっとりんちゃん、めちゃくちゃに張り切って勉強するに違いない、

私はそんなふうに予想していました。


予定していた時間ぴったりに、りんちゃんは教室に入って来てくれました。

私の教室に通うようになってから、もう5年以上も経過していますが、毎回決められた時間ぴったりに来てくれます。

1度たりとも、遅れたり、早く来すぎるということはありませんでした。

きっと毎回10分以上前に来て、車の中で時間待ちをしてくれているのでしょう。

そのことが、私たちの学びのリズムを作るうえで、とても大切な役割を果たしてくれています。


私にはこの日に、何か特別変わったことをしようなんて考えてはいませんが、教室に入ったりんちゃんの唇は、緊張して心なしかふるえているように感じました。

前の日くらいから、良いところを見せようと、気持ちが高揚していたのでしょうか、

いかにもりんちゃんらしい一生懸命さが、ダイレクトに伝わってきます。


いつものように、九九の確認から行いました。

緊張し過ぎて、普段すらすらに出来ている九九も、もしかしたらどこかでつまづくかも知れないので、事前に机上に九九カードを並べておきました。

案の定、りんちゃんは時々その九九カードに目をやりながら、いつもの九九プリントを普段の3倍くらい時間をかけてやり遂げました。


そのプリントに丸付けをして、大きな文字で100点と記入した瞬間、やっとりんちゃんがいつもの力を発揮できる環境が整いました。

そこからのりんちゃんは、一度たりとも集中力が切れることなく、時間いっぱい、与えられた課題を、すべてパーフェクトにやり遂げ、満面の笑顔で、教室を後にすることが出来ました。


「この子の自尊心は、この教室での学習によって支えられているんだと、改めて感じました」

事後のメールで、お母さんはそのようにお伝えくださいました。


お母さんにレッスンを公開したのは、何年ぶりのことだったでしょうか、

私はいつか、このような機会が来たら、そのワンチャンスに、しっかりとした答えが出せるようにといつも願って、これまでレッスンを積み重ねて来てくれました。

この子は、絶対にその期待を裏切らないという確信が、私にはありました。


小学校低学年の頃から、ご家族の熱い願いに少しでも応えていきたいという気持ち一心で、私は自分の技量が少しずつ向上してきたことを体感してきました。


りんちゃんをふくめ、一度でも、レッスンをさせていただいた子は、みんな私の宝物、

この日、私の大切なメモリーの1ページが、しっかりと心の中に刻まれたのでありました。







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子どもの集う場所

 2014-10-07
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今日は、ダウン症のお子様のための赤ちゃん体操の日、

いろいろな地域から、たくさんの子ども、そしてそのご家族が来てくださいました。

一方ログハウでは、ダウン症協会の方が、お子様を囲んでのイベント会場としてご利用をいただきました。


真摯に子どもの幸せと成長を願うご家族の方が集い、主体者として、その方向性を確かめたり、モチベーションを高めたり、生きた情報を共有できる発達にかかわるセンターとしての機能を果たしていきたい、

私の願いが、また一つ、しっかりとした形となって動き始めました。


道の向こう側では、来年4月完成予定の本館建設のための基礎工事が始まりました。

かれんちゃんのお母さんが、全国いろいろな地域で、「岡山には、白ゆりというダウン症療育の拠点センターがあります」 と宣伝してくださっているおかげで、他の都道府県からも、日常的に岡山にお越しくださる機会も増えてきました。


一人の育ちに寄り添うことから、すべての事業はスタートします。

ちゃぶ台一つで、かれんちゃんのレッスンをさせていただいたことが、私のダウン症療育のスタートでした。

その数年後、これだけたくさんの方が集う療育の場が岡山に出来ることを、一体誰が想像することができたでしょうか?


個の特性に応じた行き届いた教育が、ダウン症の子どもたちの未来をどれだけ豊かに拓いていくかを、私の子どもの実践を通して、広く世に情報発信していただきたい、

私は、初めてかれんちゃんのお母さんにお会いした日のことを、今でも昨日のことのように思い出すことができます。


私には、まだまだしなくてはならないことがたくさんあります。

すべてのことは、今、目の前にいる子の成長と幸せを願うことから生まれる。

その大切な一歩を、大きなうねり、大きなエネルギーとして集約していくことも、私の役目だと考えています。


この子たちに、自分が社会に貢献している手応えを感じさせたい、

そしてそのことにより、自分に対する肯定的な気持ちと幸せを、胸一杯に感じ取らせたい、


ご家族の笑顔と活気の向こう側に見えるもの

その方向性を決して見失うことなく、これからも大切な一歩を積み重ねていきたいと願っているのです。




この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2014-10-08)





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個別レッスンの参観日

 2014-09-11
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9月になって、幼稚園の先生が、私の個別レッスンのようすを見に来てくださる機会が多くなりました。

この日も、来年就学を迎える女の子のレッスンを、園長先生と担任の先生お二人が見に来てくださいました。

つい何ヶ月か前には、担任の先生がグループレッスンのようすを見に来てくださいましたが、今回は、園長先生までわざわざ足を運んでくださいました。


この日、たった一人の子のレッスンのために、園長先生、担任の先生、お母さん、そしてますかっとぐみの先生も含めると6~7名の先生に見守られながらスタートとなりました。

これで子どもががんばらないわけが、ありません、


あんなことも出来る、こんなことも出来る、

みんなが目を丸くしているのを感じながら、この子はもっている自分の力を精一杯出し切ることができたのでした。


その翌日には、別の就学前の子のレッスンを幼稚園の先生がご覧くださり、その翌週には、大阪の小学校の担任の先生と特別支援教育コーディネーターの先生が、5年生の女の子のレッスンをご覧くださる予定です。


一発勝負、やり直しの効かないライブのレッスン、

だからこそ、毎回、言葉では言い表せない、子どもと通い合う大切なものを感じることができます。


子どもを囲むこうした輪の中で、きっと何大切なことが一つ、次につながっていくに違いない、

心からそう願いながら、子どもと共に、二度とないレッスンを作り上げていく醍醐味。


いつの時も、学びの主役が子どもたちであることを願い、そのために何かができるかを考えながら、内容のあるものをを一つでも多く積み重ねて行きたい、

子どもを中心に囲み合う育ての輪の中で、それぞれの愛情や願いが、今、きっと子どもの心に届いているはずだと、私は心の中で、その問いを繰り返しているのです。





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母の勝ち

 2014-09-08
通所支援事業を始めて間もない頃、ダウン症のお子様をもつ何人かのお母さん方が、まとまって見学にお越しくださったことがあります。

皆さん、ブログでダウン症の子どものレッスンの実践をご覧になり、熱い思いを胸に抱いて、私の所にお越しくださったわけです。


そのうちの一人のお子さんのレッスンが、先日ありました。

初回の記録を見ると、2011.7 とありますから、その時からもう3年以上も続けて通ってくださっているわけです。


小さい頃には、お母さんとなかなか分離できず、入り口の所で立ち往生してしまうようなことが何度もありました。

なかなか豊かにコミュニケートが通わず、表情が硬いまま、後半になってやっと笑顔が見られるようなことも、何度もありました。


その女の子も、今年小学1年生になりました。

いつの間にか、知育いすから、一般の学習席で集中して取り組むことができるようになってきました。

ひらがなや数字の学習もみるみる向上し、なぞり書き卒業も、もう目前となってきました。


よくぞここまで、辛抱強く、歩んで来られましたね、

初めて見学に来てくださったあの日のことを、私は、片時も忘れていませんよ、


もう、入り口で固まっていた頃のこの子の面影は、どこにもありません、

勉強大好きで、時間いっぱい、笑顔で生き生きと活動に取り組んでくれる、

こんな日が来ることを、あの日あの時、一体誰が予想できたことでしょう、


順調な時ばかりでは、決してなかったはず・・

「お母さんの、完全勝利です」

私が、そうお伝えすると、お母さんは目を真っ赤にして、うなずいておられました。


あの時のお母さんのご決心は、やはり普通ではなかった、

半年くらい死ぬ気でがんばることは、案外誰にでも出来ることだけど、照る日も曇る日も、大切なことを見失わず、3年・5年と笑顔で前を向いて歩き続けることは、簡単そうに見えても、決してたやすいことではありません。

そこには、相応の、深くて強い決心を必要としているのです。


これぞ、本物、

その気持ちが継続し続ける限り、たとえどんなに時間がかかっても、そこにどんな苦難が待ち受けていようとも、砕けない困難など、どこにもありはしない。


神様は、その思いが本物であることを確かめるために、決して神様の形をして、私たちの前には現れません、

すべては、子どもの成長と幸せのために、

だからこそ私は、ずっと、こういう母を支えて、一緒に歩み続ける、


母子に起こった奇跡を、眼前で、何度も何度も見せられてきた私は、いつの間にか、遠くにある奇跡も、当たり前のように見据えることができるようになってきました。


あなたが歩み始めた小さな一歩、

小さくとも、深くて強いそのいぶきを、

たとえそれがどんな形であろうとも、必ずそれを実のあるものに、


私たちの旅路は、これからも、ずっとずっと続いていくのです。




この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2014-09-09)





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中学生になったりんちゃん

 2014-08-29
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りんちゃんも、中学1年生になりました。

先日、プリントをやっていると突然、「先生、もっとむずかしい問題を出してください」 と、言い始めました。


よくよく耳を傾けてみると、どうやら単純な九九のおさらいのようなプリントが、中学生としてのりんちゃんのモチベーションを下げていうのだということに気がつきました。

りんちゃんの九九の正答率は、徐々にではありますが、着実に向上してきているので、九九学習そのものは形を変えてでも何とか継続したいと考えていました。


そこで、これまでの単なる九九プリントではなく、画像のような約分のない真分数のかけ算にして、問題に取り組むようにしてみました。


このプリントを見た瞬間、りんちゃんは、

「やった~、こんなプリントやりたかったんだー、先生ありがとう、大好きです」

と、いきなりテンションMAXになってしまいました。


こんなに画数の多い漢字も、正確に美しい文字を書くことができるようになってきています。

微細な書字認知力が、ここに来てさらに向上してきました。


ここまでの中学校生活、

決して順調なことばかりではありませんでした。


苦しい時にこそ、しっかりと足を踏ん張ってそばに立っていること支援者の役割、

この夏休みを通して、あのりんちゃんのはずむような笑顔が、また帰ってきました。


子どもと同じ歩幅で歩む支援者、

その一つの形を、私はこの子のうしろ姿から、しっかりと見つめているのです。





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誰もが当たり前に暮らせる世の中

 2014-07-11
かれんちゃんのレッスンをさせていただいたことをご縁に、白ゆりの発達支援センターに、たくさんのダウン症のお子様が集ってくれるうになりました。

他の自治体の中には、別の自治体の事業所に通うことについて、一定の条件を課している所もあるようですが、 「ダウン症児の療育について、白ゆりは特別な専門性を有しているので、無条件で支給決定がされる」 ということも、お聞きしました。


発達支援センターは、保育園と同じ敷地内にありますから、保育園の子どもも保護者の方も、これまでとはあまり接点のなかったダウン症の子どもと、ナチュラルに接点をもつことができるようになってきました。

百万の言葉を語るより、日々多くのダウン症の子どもたちと、ともに育っていく環境そのものが、今では私たちの大切な財産の一つになってきています。


子どもたちの豊かな成長のために、ダウン症の特性について、深く正しい理解の輪を広げていくことも、白ゆりの大切な使命の一つと考えています。

それと同じように、ダウン症であってもなくても、すべての子どもが、社会の中の大切な存在、かけがえのない一人の子どもとして、愛され、慈しまれ、敬愛されるべきだと思っています。


たくさんのことを要領よくこなすことは苦手でも、一つのことを最後までていねいに仕上げることができる子がいます。

その子がいるだけで、何だか周りがぱっと明るくなうような、不思議なオーラをもった子もいます。

計算問題は苦手でも、お店屋さんをさせたら、抜群の動きをみせる子だっています。

言葉は少なくとも、人の気持ちを敏感にキャッチできる子もステキです。


この子たちの力を、社会の中でもっともっと生かし、誇りをもって、生き生きと暮らせる社会のモデルをつくることが、今の私の大目標となっています。

私自身が、教育の場から軸足を移すことはできにくいのですが、法人としては、この子たちの力を生かせる新しい雇用の場の開拓ということも視野に入れて、次の具体的なステップを、可能な限り迅速に進めていきたいと考えています。


ダイバーシティという世界観、

いろいろな人が、その人らしさを生かして、多様性を受け入れながら社会に貢献し、誰もが幸せに暮らせていける世の中、


もっともっと、ありのままの子どもたちの存在を、多くの方に知ってもらいたい、

特に、感性の豊かな幼少期にこそ、同じ教室で共に学ぶ時間を、もっともっと大切にしていきたい、


小さい時から、お友達の命の大切さにふれた子は、きっと未来の日本をもっと豊かに切り開いていくはずです、

かれんちゃんと出会っていなければ、療育者としての私は、きっと影も形もないのです、

インクルージョンの概念も、ユニバーサルな理念も、すべては双方向の指向性をもっているのです。




この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2014-07-13)






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ダウン症児の未来を拓く

 2014-06-16
もともと小学校の教員だった私は、40才を過ぎるまで、就学前の子を直接教える機会はありませんでした。

かれんちゃんが、初めてもった未就学の子であり、ダウン症のお子さんでした。


「個の特性に応じた質の高い教育が、ダウン症の子どもの未来を、どれだけ豊かに拓いていくかを、実践を通して広く世に示してほしい」

それが、かれんちゃんのお母さんが、私に託された願いでありました。


以来私は、毎回のかれんちゃんのレッスンを、ブログの記事にして発信していきました

その記事を書き始めて、数ヵ月もたたないうちに、神奈川から、大阪から、京都から、次々にオファーをいただくようになり、やがて出張レッスンに行かせていただくようになり、今では、月に何十人というダウン症のお子さんのレッスンを、直接担当させていただくようになりました。


この土日は、新大阪の教室でのレッスンがありました。

二日間で、20人ものお子さんのレッスンやら、相談やらをさせていただくことができました。

その20番目のお子さんも、ダウン症のお子さんでした。


今から何年前のことだったしょうか?

大阪にお住まいのお父さんから、電話をいただいたことがあります、


お父さんは、目が不自由であるとおっしゃっていましたが、私のブログに共感してくださり、ぜひ岡山に行きたいというお話を伺っていました。

当時は、ちょうと下のお子さんの出産を控えられ、さすがに岡山までお越しいただけるような状況ではなかったのかも知れません。

結局、当時その時にはご縁がありませんでしたが、私の心には、そのときのお父さんの深いお気持ちが心にしみわたるように感じたのを、今でもはっきりと覚えています。


私は、その20番目のお子さんのお父さんのお話を直接伺うまで、まさかそれが、当時お電話いただいたあのお父さんと同じであるいうことを、信じることができませんでした、

ダウン症のお子さんということでしたが、今1年生になり、通常学級で学ぶそのお子さんは、文字も読め、ひらがなも書け、数もちゃんと認知できており、利発で、前向きで、礼儀正しく、気持ちの安定したすばらしいお子さんでした。

きっとこの子なら、後に続く子どもたちの、大切な道しるべになるに違いない、

私は、こうした子どもたちの出会いに、胸から湧き上がるように昂揚した気持ちを抑えることができませんでした。


今日、ここまでお越しくださるのに、どれくらいのお時間がかかりましたか?

そうですね、15分くらいでしょうか・・


何というご縁、

新大阪に教室を開いて、本当によかった


この子が、自己実現していくには、家族以外に、その存在の大切さを正当に評価してくださる教育者の存在が不可欠なのです、

どうか、末永く、この子と共に歩んでいただけないでしょうか、


私は、こうしたご家族の願いを背負って、今生きている、

どんなに体が疲れていたって、私は前に進んでいける、

私に、鋼鉄の志を与えてくれるもの、


かれんちゃんのお母さんとの約束を、私は、決して忘れることはないのです。







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希望を捨てぬこと

 2014-05-17
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先日、3年生になる女の子のレッスンがありました。

3歳の頃から私の教室に通い始め、もう5年間も続けてレッスンをさせていただいていることになります。


通い始いめた頃は、お母さんとなかなか分離ができず、泣いてばかりいました。

構音も不明瞭で、当時は私のことを 「しょのしょのせんせえ」 と呼んでいるように聞こえていました。


この子の構音が、格段にクリアになってきたのは、小学校に入学してからでした。

入学当初は、しばらくはひらがなが読めない時期もありましたが、今では問題文を読み、堂々と問いに答えることができます。

数の量的なとらえもでき、書字も形の整ったていねいな字を書くことができます。


「正直、こんなに早く、こんなところまで来れるとは思ってもみませんでした」

その日、お迎えに来てくださったお母さんは、そんなふうに私にお伝えくださいました。


新大阪の教室では、本年度から新しく私の教え子の仲間入りをしてくれた子が何人もいます。

中には、構音がクリアでない3歳くらいの子もいます。


その子が、絶対に、この子と同じようなすばらしい成長をすると、お約束することはできません、

しかしながら、私には、数年間リアルに寄り添ってきた実践の歩みがあります。


そのことが全く無意味であろうはずかありません、

数値やデータや紙切れでは表すことのできない、実践に裏付けられた手応えというものが、後に続く子のお役に立てないなんてことが、あってよかろうはずはないのです。


信じる、信じないはその方の自由、

されど、いかなる道を選択されようが、希望を捨てるようなことがあってはいけません、


これまで出会った子の数は、もう100や200ではないかも知れません、

私は、自分の技術が優れているなんて思ったことは一度もありませんが、その出会いと成長の足跡は、まさに奇跡の連続です。


成長の階段を、力強く歩めるようになったら、私は笑顔でただ見守るだけ

もうだめだと、ひざをついてるあなたにこそ、私はしっかりと手を差し伸べて差し上げたいのです。









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大切さを全国に伝えたい
Author:SHINOBU
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