数感覚の育て
2017-09-27

これまで小学校になって、算数が苦手な子にたくさん出会ってきました。
1対1対応で、10までの数については、書いたり読めたりができるのだけど、5のブロックをを見てぱっと5と答えられない、9のブロックを見て10より1少ない数と認知できない…
そんな子はたいてい、いわゆる数の量的感覚が育っていない子がほとんどでした。
つまり数とは、1から順に数える順序数のこととしかとらえられず、6+7の計算をしても、ただ6と7を並べて、それを13個数えるところから遅々として抜けることができないのです。
その数の量的な感覚は、どこでだれが育てるのか?
その結論は、それを焦点化してして育てる場はほとんどない、という答えでした。
ならば、自分がやるしかない、
そう思って、ここ何年間自分なりのトライをしてきました。
今画像で紹介しているのは、ちびむすのプリントです。
私はプロですから、学研にしても、小学館にしても、公文にしても、市販化されている幼児の数にかかわるドリルは、ほとんどといってもいいくらい目にしてきましたし、所有しています。
しかし、プリントをやってすぐ出来るのなら、わざわざやらなくたって出来るわけで、出来ない子どもにどんな支援を施してその力を身につけていくかがポイントとなります。
志を立ててからここまでざっと10年近くかかりましたが、ここにきてやっと自分なりの数感覚育成のポイントが見えてきました。
もちろん、プリントを1枚2枚やったから解決するようなものではありませんが、少なくとも週1回でも2年くらい通っていただければ、一定の力をつけることは可能だと思うようになりました。
ブッロクを使ったり、お金を使ったり、パズルをしたり、色々なことをやりましたからね、
そのことも決して無ではありませんでした。
ここから私なりのやり方で、どのような手応えを感じることができるか?
おかげさまで、今でも毎日就学前のお子さんのレッスンをさせていただける環境にありますからね、
このことにも、これからもずっとチャレンジしていきたいと願っているのです。

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支援除去のテクニック
2016-10-31

昨日の大阪でのレッスンのことです。
4年生の子と、15-3×4 や 12-(1+4) のような四則混合の計算問題に取り組みました。
最初は、やや自信なさげな表情でしたので、少し厚めの支援を入れて、エラーが起きないように問題解決に取り組んでいました。
途中でリズムがつき、要領を得てきましたので、20問中半分の10問は支援を入れて、残りの10問は自力解決させてみることにしました。
自力解決の場面では、最初は少しとまどったり、迷っているのが見て取れました。
が、ここは自力解決可能と判断し、喉から手が出るほど言いたい補助発問をぐっと飲みこんで、その子のトライ&エラーを見守ってみることにしました。
何度か消しゴムに手をやったあと、その子は小さく 「うん」 とつぶやきました。
ついに、四則計算の手順が、自分のものになった瞬間です。
よい学習とは、決して支援者が目立つレッスンではないのです。
むしろ支援者は何も言わず、その子自身の手や頭や口が、フル回転し、学習場面の構成が動き出したたら、以下何もしなかったがごとくニコニコと子どもの学習を見守る支援者こそが、私の目指す一人前の支援と言えるのです。
簡単そうに見えますが、こと実践場面となると、そうやすやすと出来ることではありません。
だからこそこの技術を、私は後に続く先生たちに伝えていきたいのです。
大阪の教室は、私にとっての臨床最前線、
技術を磨き上げるうえで、なくてはならない場所なのです。


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お金の感覚
2016-10-26

先日、何だかとても楽しそうな雰囲気だったたので、小学生のグループレッスンのようすをのぞいてみました。
紙のお金をもった子どもたちが、真剣にその日食べるおやつを購入しているのです。
1人100円、飲み物は50円、同じ品物は3つ以上は購入できないというルールが決められていました。
お金はレプリカですが、この設定の中では電子マネーと同じ、しっかりと通用する通貨です。
しかも商品は、正真正銘のリアルです。
プリントの学習は苦手でも、こういう場面では、目を輝かせて取り組む子もいます。
そういう子には、プリント学習の中でも、こうした数感覚が生きる子どもに育てたい。
逆にプリントではしっかり計算ができるのに、こうしたリアルなおつりのやりとりには、手間取る子どももいます。
そんな子にも、こうした教育的な設定が意味をもってきます。
先日は、先生がゲーム大会の勝ち抜きトーナメント表を、とてもていねいに仕上げ、係の子がそれはそれは嬉しそうな顔をしていました。
白ゆりに来ると、子どもの表情が変わる、
難しい理論や肩書よりも、こうしたセンスにこそ、支援者の愛情と力量、そして教育的な信念が垣間見えるものだと思ったのでありました。


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数感覚
2016-10-04

今日、5歳の子のレッスンがありました。
数のプリントをしていた時のことです。
いつもは、1・2・3・4・・・ と、順序数の1対1対応で数を数えていた子が、突然 「あっ、なんかわかる」 と言って、5と5のかたまりが2つある問題を、いきなり10と答え、3のかたまりが3つある問題を即座に9と答え始めました。
それを言語に置き換えて説明したわけではありませんが、5のかたまりが2つあれば10になり、順序よく並べた5のかたまりから1つ欠けたものが9であることを感覚的にとらえることが出来始めたわけです。
私の喜びは、いかばかりであったことでしょう、
一輪車も、二重跳びも、竹馬も上手に出来るようになってきたと、笑顔で教えてくれるその横顔に、すくすくと伸びる成長のエネルギーを感じないではいられません。
どんなにしんどくても、レッスンには、決して穴を空けない。
生活面の節制には、日々留意しているつもりではいますが、この年になると、体調が万全の日の方が少なくなってしまいます。
それでも気力が回復し、それに伴うようにフィジカルも復活していくのは、こうしたうれしい子どもの成長に、ダイレクトにふれることができているからに違いありません。
ここに来て、2歳・3歳の子が、次々に新しい教え子となって私のレッスンを受けてくれるようになりました。
あと何年、現役の最前線で戦うことができるのでしょうか?
こうたしたチャレンジの日々を、1日でも多く積み上げていきたい、
心の底から、そう願う毎日なのでありました。


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心に落とす技術
2016-08-11

子どもと画像のような数字パズルを行っていました。
ところが、 4 のピースが裏返ってなかなかはまりません。
この子は、たくさんのピースの中から、そのピースが 4 であることを認識しているわけですが、そのピースが裏返っているということになかなか気づかずにいるわけです。
きっとこれまでの人生の中では、同じような場面に出会う機会も少なかったことでしょうから、当然といえば当然のことです。
こうだよと、教えてしまうことは簡単ですが、ここまで育ってきた子ですから、もう一段豊かな体験を積み上げたくて、しばらくはこの子がいろいろと試行する場を与えてみました。
ところが、一定の時間を過ぎても、なかなか思うようには行きません。
ここらがタイミングと思った私は、小さい声で 「くるりんぱ」 とこの子に伝えてみました。
1回目は、よほど活動に集中していたのか、無反応でスルーされてしまいましたが、しばらく置いてもう一度 「くるりんぱ」 というと、どうやらそれが課題解決の助言であることを意識したらしく、3回目の助言ではっとしたような表情を浮かべ、自らの手でピースを裏返すことに成功しました。
これまで、「うらかえしー」 とか、「反対向き~」 とか、いくつかの補助発問をしてみましたが、ほとんどの子にはこの 「くるりんぱ」 がクリーンヒットとなりました。
新しく開発された最新のアプローチを吸収したり勉強したりしていくことは、マンネリ膠着した流れを打破したり、これまでの取り組みの中で大切なポイントを見つめなおしたりしていくうえで、とても重要な営みだと考えています。
一方で、「くるりんぱ」 のように、子どもの心にすとんと落とす言葉を、子どもの発達や特性を理解したうえで、ドンピシャのタイミングで提示していく技術こそが、真の支援者の力量であると考えています。
汲めども尽きぬ水、
実践以上に、自分の力を磨き上げる場は、他にはない。
後進を育て、新しい事業を拡大していくという、新たな自分の使命に思いをはせながらも、私が臨床実践の場から一歩たりとも後ろに引こうとしない理由は、きっとこんなところにもあるのです。


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順序数と集合数の分岐点
2016-01-18


先週、5歳の女の子と数の勉強をしました。
それまで数を数えるときは、1・2・3・4・・・・ と、順序数の1対1対応で処理していたお子さんです。
ですがこの日、マス目に同じ数をかく勉強をしているときに、まず目全部いっぱいのときが 「10」 で、それより1個少ないときが 「9」であることに気が付きました。
このこの数感覚の中に、順序数だけでなく、集合数としてのとらえが芽生えた瞬間です。
順序数には順序数のよさがあり、集合数には集合数のよさがあります。
その数の2側面を感覚的に使いこなせるようになったとき、その子の数の世界が各段に立体的で豊かなものになっていきます。
では、どうやったらその数の扉が開いていくか、
それはその子の数に関して歩んできた道のりや年齢、認知処理特性や各種感覚の育ちなど、様々な要素によって微妙に変わっていきます。
だからこそ面白いし、実践者としての経験や力量が試される絶好の機会となります。
私は、題材そのものの系統性に大きなこだわりはもっていません。
むしろ、その数感覚の育てを目標に据え、その子の今に何が最もふさわしいかという観点から、題材を選んでいくことがほおんどです。
教材は手段であって、目的は数感覚の扉を思いっきり子どもの眼前に開いてやること、
私の汲めども尽きぬチャレンジは、これからもずっと続いていくのです。

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ベーシックなものにほど 力量の差が見える
2015-05-04


10倍すると、小数点が右に1つ動き、100倍すると小数点は右に2つ動きます。
たったそれだけのこと、わかってしまえば何てことのないことですが、予備知識もなく初めてそのことを学び子どもにとっては結構ドキドキの内容であったりします。
ましてや、視覚認知がぜい弱な子にとっては、紙に小数点を書き、それに斜線を引き、矢印で移動させたり消したりすると、何が何だか分かりにくくなってしまう場面だってあるのです。
そんな時には、紙に小数点を書き、それをはさみで切り取って移動させてやれば、たいへんすっきりとして分かりやすくなります。
子どもがなぜつまずき、どんな支援があれば自力解決できるのかが見えれば、こんな工夫がさっと考え付くようになります。
こんな工夫のまねをするのは、誰にだってできます。
しかし、目の前の子どものつまずきを見て、瞬時にはさみを用意できるには、相応のの力量と実戦経験が必要となります。
マニュアル化すべきことと、マニュアル化できないこと、
教育者は、いつも実践から育っていくのです。
この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2015-05-05)

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どんなに時間がかかっても
2015-02-18

もうすぐ中学3年になる花子ちゃん、
このところ視覚認知、書字技能ともに大きく向上が見られ始めました。
花子ちゃんに出会ったのは、もう6年以上も前のことになります。
その頃は、漢字一つ書くのにも、大きな努力が必要な場面もしばしば見られました。
でも、ここに来て、長年背負ってきた重荷が、うそのように軽くなってきたのです。
さあ、私たちはここからが伸び盛り、
これまでの分もふくめて、一気に挽回と行きたいものです。
育ちのカーブは、決して誰一人として同じではないはず、
「あきらめるくらいなら、死んだほうがまし」
あの日、私の前でそう言い切ったお母さんの言葉を、私は今でも忘れることはありません。
遠くに見える、その希望の光を、私たちはこれからもしっかりと見据えながら、これまで以上に力強く、前に前にと進んで行きたいと願っているのです。
この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2015-02-20)

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何か楽しい
2015-02-01
この週末は、大阪でのレッスンでした。ある就学前の男の子が、お母さんに抱き抱えられるようにして、泣きながら教室に入ってきました。
その様子を見て、私はすぐにクールダウン5分と判断しました。
私は、年に2,000時間以上の臨床実践を、もう5年以上も続けているわけです。
何度も何度も修羅場はくぐり抜けてきましたから、その経験は体にしみついています。
一定の時間は必要ですが、お母さんと分離さえしていただければ、必ず時間中に学習を成立させる自信はありました。
ほぼ、私が予想して通りの時間に、この子は学習席に座ることが出来ました。
しばらくして、数量のプリントを始めた頃、今度はいい意味で、私の予想を超える出来事が起こり始まました。
この子の数に対する感覚の育ちが、学習を進めていく途中から、格段に進歩をみせ始めたのです。
私は、目を大きく開きながら、その子の学習ぶりを見つめていました。
「なんか、楽しい」
そりゃそうでしょうよ、今、君は数の新しい扉を開いたんだから・・
私は、目を細め、そう感じながら、その子の表情をまぶしく追っていました。
おかげさまで新大阪の教室も、平成28年の3月まで、たくさんのご予約をいただけるようになりました。
この日は、インフルエンザでお休みの子もあり、日程的には少しゆったりとして取り組むことができました。
この4月から来てくれるようになった子とも、もうすっかり仲良くなり、ハネムーンが過ぎてからの方が、いっそう仲良くなって来たような気がしています。
昨日、初めてこの教室に来てくれた子もいます。
「なんか楽しい」
これからここで、どんな学びのストーリーが織りなされて行くか、
私にとって、この教室も、何か特別な場所になってきたような気がします。
この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2015-02-02)

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数の量的な見方のよさを体験させる
2015-01-22

上の画像は、私が普段のレッスンで使っている教材の一部です。
バナナはいくつと尋ねたら、「2」 とすぐに答えてくれました。
じゃあ、どんぐりはいくつとかと聞くと、1・2・3・4・・・ と数え始め、結局 「10」 という答えが返ってきました。
私たちは、すでに量的な見方が育っていますから、どんぐりの横に示しているブロック図を見て、どんぐりを数えなくてもそれが 「9」 であることにすぐ気が付きます。
「10は9より1少ない数」 「5と4で9」 など、数に関する多面的な見方が、すでに身についているからです。
4くらいまでの数なら、1・2・3・4 と順序数で対応させた方が楽ですが、5以上の数や数の合成分解の場面、あるいは繰り上がりや位取り記数法の学習となると、どうしても順序数から集合数へのとらえの変換が必要となってきます。
様々な学習活動から、自然にその感覚が身についている子はそれでよいのです。
ですが、いつまでたっても順序数の見方から抜け出すことができない子がいたら、集合数の見方を育てていく必要があります。
そのためには、集合数としての見方のよさが体験できる場を、意図的に構成していくことが大切だと思うようになってきました。
いちいち10まで数えなくても、ぱっと見て 「9」 と分かる便利さ、
「10」 と 「9」 を比べる時に、いちいち指を9本折っていかなくても、集合数のイメージを重ね合わせて、ぱっとそれが1ととらえられる楽しさを、何とかして子どもに感じ取らせたい。
それさえできれば、数の可能性は格段に開けていくはず。
こうした教材開発は、本当に楽しい、
私の野望も、追及心も、まだ道半ばといった所です。

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数感覚が育ちにくい理由
2014-12-15
1・2・3・・・ と数唱をして数を数えることはできても、「5個はどれ?」 と尋ねてもそれを見つけることが出来にくい、「10ー9は、いくつ?」 と尋ねたら、10と9の数量を頭でイメージ化することが出来にくく、順番に10本の指を折りながら、「答えは0」 なんて平気な顔で言ってしまう、
数というのは、順番に数えるものと思いこみ、それが量的な意味も合わせもつもつことがとらえにくく、「どっちが大きい?」「どっちが多い」 が、なかなかわかりにくい、
私はこれまで、何人となく、そんな子どもたちに出会ってきました。
それは、それぞれの子どもの認知特性のかたよりであったり、どこかの部分にやや苦手なことがあったりすることに起因すると考えてきました。
1対1対応から始まった数の学習の基本は、やがて 「いくつといくつ」 という集合数の合成・分解へと学習が発展し、やがては基本単位のいくつ分という数量の学習(長さ・重さ・広さ)へと進む単元構成となっていきます。
当初、順序数として数をとらえていた子どもは、長さや広さといった学習経験を積み重ねていくうちに、知らず知らずに数量感覚を身につけてきているのです。
ところが、支援学級などで、基礎基本を大切に学習を取り組んでいる場合、順序数1対1対応の学習ばかりで、子どもたちが数の量的な感覚を培っていくための機会が、極端に乏しくなりすぎているのではないかという不安が、私の心の中にはあります。
もちろん、それが育ちにくい内容であることは、重々承知しています。
でも、だからやらないではなくて、子どもの特性に合わせながら、「だからこそ、あえてやる」 と、最近の私は考えるようになり、今まで以上にそのための教材作りに時間をかけるようになりました。
どこまでできるかは、わかりません。
でもそれは、チャレンジするに値する大切な営み、
私にとって、楽しい時間以外の何ものでもありません。
こんな私の気持ちを知ってか、知らずか、それに取り組んでいるときの子どもの表情は、いつもよりうんと楽しそうに見えるのです。
いつもの白ごはんも大事ですが、SHINOBU先生の所に来た時くらい、たまにはお蕎麦もスパゲッティも食べていただきしょう。
チャレンジして失敗しても、一歩でも前に進むチャレンジであるになら、きっとそこから大切な道が見えてくるはず。
最初から無理だと、やらずしてあきらめるのは自由ですが、そこから広がる可能性が1%でもあるなら、私は子どもと一緒にそこにぶつかっていってみたい。
きっとそこから、何かが生まれる。
やらずに出来るわけがない。
いやいや本当はこれ、私も子どももやってて楽しくて、半端なところでやめるなんてとても考えられないのです。
この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2014-12-16)

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数を作る
2014-11-25

ある子に積み木の数を数えさせたら、楽勝で 「5」 と答えることができました。
「じゃあ、これで同じ形を作ってごらん」
私がそう投げかけても、その子はすぐに同じ形を作ることができません。
5個の積み木を真横に並べて、どうしたらよいのか途方に暮れています。
きっと目の前にお手本が見えていても、それがどんな形の構成であるかを、認知できにくいのでしょう。
はじめの1個をここに置いて、その下にもう一個、今度はここに置いてみようか?
私が補助発問をすると、その子は、一瞬はっと気がついたような表情をして、とたんに積み木を並べ始めました。
活動の意図がつかめたと同時に、その手順が理解できたのです。
数を数えるという活動と共に、数を作るという操作活動によって、数の量的な見方はだんだんと豊かになっていきます。
数えると受動とするなら、作るは能動です、
この二つを重ね合わせることによって、きっと認知は、より立体的になるはずです。
ずっと 1・2・3・4・・・ と6まで数えていた子どもが、バラバラに配列されたおさるの絵を見て、3こと3こで6こと見えるようになってきました。
9-8を、ずっと8回指を折って数えていた女の子が、ある日9と8の映像を頭の中で重ね合わせて、一瞬で違いが1と気がつくようになりした。
大人の私は、一体いつどこで、こうした数感覚を身につけてきたのでしょうか?
枝からかきの実が落ちてくるのを待つだけではなく、何とか意図的に、子ども自身にその良さを体感させるプログラムを構成することはできないか?
今、私が最も、意欲をもって追求してみたい課題がそこにあります。
同じチャーハンでも、オムライスでも、ポイントをつかんだ料理人の味は、なかなか素人では再現するのはむずかしいはずです。
同じお米と卵を使ったとしても、シンプルなものほど、腕の差が出る。
シンプルだけど、格別の味がするプロのチャーハン、
私は、勉強がわかったときの、あの子どもの笑顔を見るのが生き甲斐です。
この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2014-11-26)

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数の多面的な感覚
2014-11-15

数は、言葉と並んで、人間にしか使いこなせない高い文化性をもったアイテムです。
エレベーターに乗ると、行きたい階の数字を押せば、そのフロアにぴったりと止まってくれます。
例えばその 「14」 という数字には、1階から数えて14番目という順序性を表す意味も込められていれば、1階から14階積み重なった場所にあるという量的な意味も含まれているのです。
そんなことを知らない小さなお子さんだって、「ぼくのおうちに行くには ⑭ というところを押せばいんだ」 というように、数を記号的にとらえたり、一番上の ⑭ いうボタンというように場所的に数字を見ることだってできるのです。
数の基本は、順序数を数唱して、それを事物と1対1に対応させるところからスタートします。
教科としての算数も、そういうところからスタートして、操作活動による合成分解などを通して、徐々に量的な感覚を身につけていきます。
一般的に、具体物や半具体物を見て、それがいくつかという問題に触れる機会は多いようです。
それに比べて、「4を作ってみよう」 とか 「7はどれ?」 というように、数を量的にとらえさせるプログラムが貧弱なように思っています。
順序数としてとらえることはできても、集合数としてのとらえが不十分なままでは、いつまでたっても数え足しのレベルから抜け出すことができないばかりか、念頭で数を処理してく力を育てる機会を失ってしまいがちです。
視覚認知ができにくい子どもに、数の量的な感覚を培っていくためのプログラムに、そんな工夫を加えていけばよいのか?
それが今、私がもっとも心血を注いで追求している研究テーマです。
まさに、個別支援の青色LEDといったところです。
その追及の仕方には色々な方法がありますが、私は実践者ですし、毎週毎週50人の子どもとレッスンをしているわけです。
いい車が売れるのではなく、売れる車がいい車、
とにもかくにも、子どものウロコガ目からポロリとこぼれ落ちるような教材とその提示の仕方を、体にしみこませていきたい。
ある日Aちゃんに有効だった方法が、違う日に自信満々でBちゃんに提示したら、さっぱりだったということもよくあることです。
100個の引き出しをいつもしっかりと整理しておき、その子の育ちの局面に合わせて自由自在に提示できる力量、
ギリギリまで子どもに自力解決でトライさせ、つまづいたときだけ絶妙のさじかげんで、さりげないヒントを提示し、子どもに達成感をもたせる、
次々とそんな支援を繰り出せる実践者になりたい。
数の扉をひらいた先に見えてくるもの、
それこそが、君の笑顔と自尊心であることを、私は誰よりも知っているのです。
この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2014-11-17)

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言語でわかること 感覚で理解すること
2014-11-04

「2つの辺の長さが同じ三角形を二等辺三角形といいます」
今年3年生になった健治くんは、すぐに二等辺三角形のことを覚えました。
2つの辺の長さが同じ三角形のことを二等辺三角形っていうんだ、健治くんは何度も心の中でそう繰り返しました。
ところが、富士山のように二つの辺が左右対称に提示された三角形は二等辺三角形と認知できますが、その頂点が下に向いたり、不規則に斜めに向いたりする三角形をなかなか二等辺三角形とみなすことができません。
いくら言葉でその性質の定義を暗記しても、絵で描かれたいくつかの三角形の性質を類型化したり、その性質を相互比較して、認知出来るまでには至っていないわけです。
ものの理解の尺度を、私はよく 「できる」 → 「わかる」 → 「理解する」 の3段階に分けてとらえるようにしていますが、この子の場合は、まだ 「言語でわかる」 のレベルでしたから、実際の図形を操作させながら、言語とイメージを重ねて多面的にとらえる 「理解する」 のレベルに向けての学習を積み重ねていきたいと考えました。
たとえテストが100点であっても、その内容が100%理解できているとは限りません。
逆にテストが0点であったとしても、それはきっと理解度が0%ということではないはずです。
学校のテストや、各種検査など、客観性のあるテストは大切な指針であったり、目指す目標であったり、決しておろそかにあつかうべきものではありません。
しかし、それは子どもの可能性を決めつけたり、絶対的な尺度であったりはしないのです。
子どもがいて、そこに教育的な願いや目標があれば、必ずそこへたどりつくための教材が生まれると、私は考えています。
丸暗記の100点なんて、テストの時だけ出来て、卒業と同時にすべて学校にお返しする子もいることでしょう。
ならば私は、どんなにゆっくりであっても、点数化されない大切な内容を選んで、ていねいにていねいに子どもに紡いでいくような学びを、積み上げていきたい。
学校教育があればこそ、こういう学びのスタンスをプラスアルファーで積み上げていくことも、大切なことだと私は信じています。
他者と比べない楽しい学びのカリキュラム、
そんな学びのスタイルが、私の心の中には、いつもいっぱいに詰まっているのです。
この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2014-11-05)

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順序数から集合数への切り替え
2014-10-16

「お魚は いくついるかな?」
子どもにそう尋ねたら、多くの子が 「1・2・3・4」 とすぐに数え始めます。
順序数との1対1対応 = 数の基本
学習の基礎ととなるとても大切な内容です。
十分に数感覚の育った大人に尋ねると、すくさま 「左が4で 右は7」 と答えます。
認知の仕方は様々で 「2と2で4」 とか 「3と3と1で7」 とか、人によっていろいろなとらえがありますが、順序数の1対1対応だけでなく、数をかたまり(量)としてとらえる数感覚が、自然に機能しているわけです。
一見、何もしないで育ったようなこの数感覚は、実は、九九を勉強したり、面積を勉強したり、関数のグラフを描いたり、数多くの算数的活動を通して身につけたものであって、生まれながらにあった感覚ではないのです。
皆さんは、幼い頃、自転車に乗る練習をした日のことを覚えていますか。
乗れるようになっては当たり前のことでも、その当時は、必死で練習をしていたはずです。
乗れるようになってしまえば何でもないですが、これから練習するとなると、それはそれ程簡単なことではないはずです。
自転車の乗れる大人であっても、明日からすぐに一輪車に乗れる人はめったにいません。
私は、一輪車に乗るために、1ヶ月間の猛特訓が必要でした。
子どもなら簡単に乗れる一輪車も、その感覚が身についていない大人には、至難の課題となるはずです。
順序数でしか数をとらえたことのない子どもに、量的な数のとらえを身につけるには、そこを目指した数にかかわる体験を意図的に構成していくことも大切です。
「1・2・3・4・・・」 といつも数えていた子どもに、 「4はどれ?」 と尋ねてみましょう。
最初は、片っ端から 「1・2・3・4・・・」 と数えていた子どもも、何度か学習経験を積んでいるうちに、ある日突然 「4はこれ」 という感覚が身についてきます。
順序数には順序数のよさがあり、集合数には集合数のよさがあるのです。
要は、それぞれのよさを子どもの体感させることができるような学びの場の構成を、意図的・継続的仁実践できる才覚があるかどうかにかかっています。
何で、こんなこともできないのかね~
それは、あなたが、そのために自分が何をすべきか、支援の方略を見いだすことができていないというだけに過ぎません。
「ジャングルジムを手でさわっていいから、一輪車に乗って100周してごらん。 今日は10周できたらシールを貼ろうね。シールが全部たまったら、今より絶対上手になるから」
たとえ一輪車に乗れるようになったとしても、それが出来なかった時の感覚を忘れず、課題分析を基に、何をすれば、どういうステップを段階的構成すればそれが達成できるかを考え、それを具体的に実行でき、成果を上げることができる才覚、
真の実践者となるために、もっともっとそうした力量を身につけていきたい、
志はまた道半ば、
百万の理論ではなく、今目の前の子の実践の中から、私はそのことを目指していきたいと願っているのです。

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認知特性のかたよりとそのメカニズム
2014-09-19
私は、小さい頃は本の虫でした。小学校に入る前から、枕元に文学全集を置いて眠るような子どもでした。
本を読む場合、視線移動は順次上から下、もしくは左から右となり、選択的な注意の範囲がかなり狭いままで、長時間文字認知入力とその処理が持続的に行われていくわけです。
こういう子は、どうしても全体を俯瞰して、図柄で物を認知するという入力方法が、不得手になる傾向があります。
「地下鉄の5番出口を出て、銀行を正面・5番出口を後ろにして、左手に進み、約100Mほど進むと、そこが今私のいるホテルのロビーになります」
先日、大阪の保護者の方に、そのようにご案内したら、とてもわかりやすいとほめられました。
きっと、そのお母さんも、私と同じ、継次処理優位の認知処理特性だったのでしょう、
でも、人によっては、そんなごちゃごちゃした説明じゃなくて、地図をスマホに送信してほしいと言われたりします。
かくいう私は、50を過ぎた今でさえ、町を歩いていて、地図で目的地へ向かうことがとても苦手です。
グーグルアプリの地図案内も、便利なようで、今一歩使いこなすことができません。
その継次処理タイプの子どもの認知のスイッチを、同時処理モードに切り替える方法が、だんだんわかってきました。
もちろん、その子の継次処理優位の特性が、180度変わると言うことはありえません、
だからこそ、意図的に、同時処理の良さを、小さいときから体験させ、場や状況によって使い分けることができる子にしたいというのが、私の野望です。
1・2・3・4・・・ と、順序数の1対1対応で文字を認知していた子に、「この中に4個りんごがあります、さてどれでしょう」 というと、 もう一度片っ端から数え始めます。
10より1個少ないブロックを、なかなか「9」と、すぐに認知できず、また初めから1から数えてしまう子、
ならばそこに、どんな支援を入れたら、同時的・量的に数をとらえることができるようになっていくのか?
個別指導の実践を積み重ねて、10,0000時間超~
私って、本当に不器用ですね、
ここに来てやっと、遠くにそのしっぽが見え始めました。

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数感覚を培うツール
2014-08-02
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B

先日、作陽大学の松原先生の研究室におじゃやさせていただきました。
今は、作陽大学で、教員採用試験の指導と、算数科指導法の担当をされていますが、以前は岡山県の校長会の会長をされ、それまで通常学級の経験しかなかった私を、支援学級の担任に抜擢してくださった命の恩人です。
岡山大学にご勤務されていたときも、定期的にご挨拶に伺っていますが、今年度は7月の終わりになってやっと伺うことができました。
わずか1時間余りの滞在でしたが、何から何まで、本当に収穫の多い訪問となりました。
「数の量的感覚を、活動を通して楽しみながら続けるためのツールに、もう一工夫加えたい」
そう、私が切り出すと、
「それなら、やっぱりトランプがいいのでは」
先生は、即座に私にそうご指導くださいました。
私は、教室に戻ると、早速、画像のような教材を完成させました。
これまで、ありとあらゆる教材を手作りで完成させてきましたからね、
アイデアさえひらめけば、それを形にするのはお手の物です。
もちろん、ただのトランプではありません。
Aのトランプセットには、「12」 という数字が記入されていますが、Bのトランプセットには、「4」 という数字が記入されていません。
まずは、Aのトランプセットで、ババ抜きや神経衰弱、七並べやUNOなど様々なトランプ遊びを子どもたちと楽しませますが、一定の時期をみて、Bのトランプセットでもできるようにさせていきたいのです。
数字を見なくても、楽しみながら量としての数をとらえさせる。
それを形にした一つのツールが、このトランプです。
数の本質と、子どもの実態、そして育てる方向や願いが明確になっていけば、自ずから教材は生まれてきます。
それは、トランプであろうが、お買い物であろうが同じことです。
このほかにも、コミュニケーションと自己肯定の気持ちの育てについても、この日、大変意義深いご示唆をいただきました。
そのことは、また後日お伝えしようと思います。
車で数十分の道程の、何と心地よかったことでしょう、
人の運命をも左右する一期一会の出会い、
これから出会う子どもたちのためにも、自分の出来ることをていねいに紡ぎ、そして磨き上げて行きたい、
こうした流れの中にいる自分を、何とも幸せに感じることのできる一日となったのでありました。

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数感覚を培う
2014-07-22


もしも上の画像をご覧になった皆さんに、「コップの数はいくつでしょう」 と尋ねたら、即座に 「10」 という答えが返ってくるでしょう。
多くの方は、「左側が2と3で5、右側が3と2で5、つまり5と5を合わせて10」
というような認知を、言語化するかどうかは別として、瞬時にされている場合が多いと思います。
これをダウン症の幼児にさせたら、おそらくは左から順に1・2・3・4・・・・ と数えて10と答える子が、圧倒的に多いのではないかと思います。
言語に置き換えた順序数と、1対1対応して数をとらえることが得意な子が多いからです。
これはこれで、ステキなことなのですが、これが例えば 「47」 という数であっても、1から順に数えたがります。
「47」 ならまだしも、 「5952」 になると、どうしてもこうした数のとらえでは対応できなくなってしまいます。
つまり、「1・2・3・・」 と順序数でとらえるだけでなく、「2と3で5」 「3と2で5」 「5と5で10」 と、数をかたまりでとらえ、それを量として合成したり、分解したりする見方やとらえ方をできるようにさせる、
つまり、数の量的な感覚を育てていく必要があるのです。
その感覚があってこそ、10の束、つまり位取り記数法の概念にも手が届くようになります。
「15」 と 「13」 が量的にイメージできれば、指なんか使わなくたって、「15」 と 「13」 のイメージを重ね合わせて「ちがいは2」 とすぐに分かる子になっていくのです。
私は、こうした数の扉を、一人でも多くの子に開いてやりたいと願っているのです。
九九も、筆算も、とても大切な教材であると思っています。
でも、それは数感覚を育てるための、大切な題材であって、私の目標そのものは、いつも 「豊かな数感覚を育てる」 というところにおいているのです。
だからこそ、ステキな教材にたっぷり出会ってほしいと願っているのです。
その子の歩幅で、二人三脚で歩む数の旅路、
この子がフォークを見て、「3が3つで9」 と分かる日は、一体いつになるのでしょう、
私は、その日が来るのが、今から楽しみでなりません。
子どもと歩む日々のレッスンそのものが、私にとっては、何よりの宝ものと信じているのです。

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子どもの心に落とす支援
2014-07-07
私は元々小学校の教師でしたから、個別レッスンも、小学校の子どもを教えるところからスタートしました。就学前の子どものレッスンをさせていただくようになってから、どのようなプロセスで子どもが、文字や数の概念を習得するのかを、見つめることができるようになってきました。
就学後の教科学習に向けて、子どもたちに何を育てていけばいいか、
就学後に、子どもが苦手な課題に出会ったときには、どこに立ち返って、どこを補い、どんな支援をすればよいのかなど、私は実践を通して、百万の宝を得ることができました。
低学年の頃から個別指導をさせていただいている子の何人かが、今年、中学校に通うようになってきました。
中学生になっても、多くの子が、継続して私の教室に通ってくれています。
私は今、中学生の子の教材開発や支援といった、新しいフィールドでの取り組みがとても楽しくなってきました。
A (ー5)+(-3)
B (-2)+(+6)
中学生の子と、このような課題に取り組みました。
マイナス5とマイナス3を合わせる、
(ー5)×(ー3)=15ですから、(ー5)+(ー3)=8 と間違える子が何人もいます。
その多くの子が、継次処理タイプのお子さんです、
何かいい方法はないかと考えているうちに、私はあることを思いつきました。
「-5」というのは、例えば借金を5万円したと考えてごらん、
「-3」というのは、3万円借金したと、思うようにしよう、
5万円借金して、さらに3万円の借金、
つまりは、借金が増える → マイナスが増えるということ、
マイナスが増えるということで、それぞれの「絶対値」の3と5を足し算するんだ、
借金でももうけでも、お金には変わりないよね、絶対値というのは、そういうことなんだよ、
Bの問題では、借金が2万円で、もうけが6万円、
ということは、もうけの方が多いので符号は+、6万もうけて2万返すから絶対値の6-2をして答えは4だ~
とたんに子どもが目を輝かせて取り組み始めました、
有効な支援を考える場合、数学でいえば、数理的なポイントをまず支援者がしっかりと理解できていること、
そのことにかかわる子どものレディネスが把握できていること、
そして、その部分の乖離をつなくツール(この場合は「借金」という言葉)を、ジャストなタイミングで子どもに提示できるかどうかにかかっています。
子どもの支援には、論文や先行研究などから学ぶことと、実践を通して培っていくものの双方が必要です。
子どもの心にストンと落ちる瞬間、
自分が、子どもの育ちに寄与できた実感、
この日のビールの味はまた格別です。
この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2014-07-11)

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子どもの力を引き出す 楽しい算数
2014-04-27


先日、ある1年生の女の子と、上の画像ような問題をしました。
生まれて初めて出会う数の穴埋め問題かもしれません。
その子はすぐに、
「わかんな~い」
と、首を降りはじめました。
その瞬間、私には一つのアイデアが思い浮かびました。
近くにあった算数のボックスの中から、1~10までの数字カードを取り出し、下の画像のように同じ形に並べてみました。
「1・2・3・4・5・・・・」
「ほら、このうらの数字がいくつかわかるかな~」
もともと順序数を1から順に対応させる練習は、就学前に何度となく取り組んでいますから、学習レディネスが十分整っていることは承知です。
要は、設問の意図をしっかりとイメージ化すればよいのです。
いつも使っていたカードを提示することで、いつものように順序数で対応させればよいことに意識が傾きます。
「 1 〇 3 4 〇 」
「 〇 7 8 〇 10 」
こうしてカードを裏返した瞬間、その子の目がキラキラと輝き始めました。
言葉だけでなく、子どもの心の中にある既習事項をうまくピックアップさせていくためのツール、
いつだってベストなタイミングで、さらりと出せる才覚を、もっともっと身につけていきたい、
理論だけあっても決してできないこと、
子どもに出会うたびに、小さくともきっと何かの気づきがあるはず、
これからも、その一つ一つをていねいに積み重ねていきたいと願っているのです。

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こんなにも楽しい 個に寄り添う学び
2014-03-25

子どもは、集団で伸びるもの
集団の中に居場所のない教育などありえない
このブログを始めて以来、一貫してお伝えしてきた私の大切なメッセージの一つです
しかし、ただ場所を同じくするだけで、ノーケアで集団に投げ入れておれば、それで育つというものでもありません。
「すべての子どもに集団での学びと、特性に応じた適切な個別指導の場を」
そのことを具体的な実践を通してお伝えすることこそが、6年間・1000本以上の記事を通して私が行ってきたことであるのです。
教員時代、やりたくてもやれなかった個別指導、
私は20年以上の教員生活のツケを、これから生涯をかけて償っていくつもりです。
今度6年生になるある男の子、
支援学級に在籍しています。
今、私はこの子の特別な才能に注目しています。
それは、ものの形をとらえたり、そうしたことを表現する巧緻性にとても優れているという点です。
週に一度通ってくれていますが、今では毎回の中心教材を「図形」の領域にどかんと置いた構成にしています。
文科省指導書の解説編によると、「図形」領域のポイントとして、
「図形の意味と性質について理解すること,図形についての感覚を豊かにすること,図形の見方を生活や学習に活用できるようにすることを重視する。例えば,低学年から高学年にわたって,様々な図形をかいたり,作ったり,敷き詰めた形や大きさを比べたりする内容を指導するとともに,平面図形と立体図形の両者をバランスよく指導する。また,高学年では図形の合同や拡大図・縮図などの内容を指導する」
とあります。
そうそう、こうした感覚を育てていくために、実際に図形を通した体験的・作業的な算数的な活動を日々積み上げていかなくて、いったいどうやって育てていくことができるのでしょう。
もちろん、苦手な言語の指導をあきらめてしまっているわけではありません、
しかしながら、この先この子が、アイデンティティを確立し、このことを通して自己実現していくためには、自分の最も得意なこと、モチベーションの上がる内容をもってして、社会に貢献していくに違いないのです、
ならば今、青年期の入口へと差し掛かろうとしているこの子に、支援者としての私がしてやれることは何か、
答は自ずから決まってくるというものです。
この日、折り紙を半分の折り、二等辺三角形を作成した彼は、切り取られた折り紙の方に着目して、
「ズボンができた〜」
と、お気に入りの表情を私に見せました。
いやいや、注目してほしいのは、そっちじゃなくって、切り取った二等辺三角形の方なんだけど〜と思いながら、切り取った三角形や、描かれた図形をみると、しっかりした直線で、完成度はとても高い。
きっと、この部分に関してみれば、私が小学校の頃のものと比べて、格段に精度が高いわけです。
ここでの算数学習では、算数科の4領域を平均的に網羅するのではなく、この子の場合には、図形領域に特化して、この子の内発性や学びのストーリーを見つめながら、1年生から6年生までの内容を、大胆に組み替えた学習計画を構成していくことになります。
この子にしてやれるのは、週に1回、わずか数十分の時間にしか過ぎません、
だからこそ、せめて与えられたその時間は、この子のためだけに、私のできることを精一杯取り組んでみたい、
この子の支援学級の先生は、以前の私の同僚で、愛情豊かで、すばらしい実践を積み上げておられる先生です
集団の学びがあってこそ初めて生きる個別指導、
私のめざす一つの形は、こんなところにもあるのです。

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九九の学習から見える 継次処理優位の子への支援のポイント
2014-03-07

ある女の子と、九九の学習をしていたときの出来事です。
4の段の九九を唱えさせると、「しいちがし」 「しにがはち」 とすらすらと答えることができます。
ところが、いざプリントとなって回答を見ると、「4×7=49」となっています。
どうしてこんなエラーが起こるのでしょう?
この子は、聴覚性の言語で、「しいち」から順に唱えさせると、エラーはほとんど見られません。
ですが、文字(視覚性の言語)を認知する力は、聴覚性のものと比べると、かなりの乖離が見られます。
「4×7」という文字を見て、それを「ししち」と内言語化するプロセスの中で、「しちしち」というエラーが起こり、答えが49となってしまったわけです。
こんな子の九九の指導で「4×7」という場面でエラーが起こったら、私なら、「しご?」{しろく?」と聴覚性の言語で補助発問をします。
そうすれば、この子の場合は、ほぼまちがいなく「ししちにじゅうはち」と修正することができます。
こうした支援を入れながら、段階的にそれをフェードアウトし、徐々にその力をつけていくやり方が、今私がこの子にしてやれることだと考えながら、毎回のレッスンの数分間は継続的に九九学習を取り入れることにしてます。
いつかはできる、
かならずできる、
そこへ向かって歩む学びの道のりに、早いも遅いも関係ない
そこへ向かって進んでいく方向感こそが、子どもの内発性を支えていくのです。
これがすべてではないけれど、こういう子どもの育てもあるということを知っておくことで、それぞれがなすべき役割も明確になっていきます。
私の支えは、豊かな学校教育の学びがあってこそ、初めて生きるものなのです。
この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2014-03-09)

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理論ではなく、学びのストーリーに寄り添って支援すること
2013-10-18
先日、ある小学生の女の子と、算数の勉強をしていたときのことです。これまでの学習場面では、なかなか数を量としてとらえにくい傾向がありました。
この日のたし算の場面でも、「1・2・3・4・・・・」 と、順序数と対応しながら数えたしをしていました。
「では、こんどはひき算だよ、8-2はいくつかな?」
「先生に、2つブロックをちょうだい」
そう言って、その子が2個のブロックを、私に手渡した瞬間のことです、
あれだけ、たし算では、数えたしをしていた子どもが、ひき算となると、「6」 を一瞬に認知できるのです。
「6-2は?」
「9-5は?」
何度やっても、百発百中です。
数の導入の基本は、数唱と一対一対応、
きっとこの子は、数というものを順序数としてとらえていくことを、本気になって学習してきたのでしょう、
だからこそ、合成・分解の学習でも、わざわざそれを一つづつ数えていたのでしょう、
集合数として数をとらえることができにくいわけではなく、数は順序数として扱わなければいけないと、信じ切っていたのでしょう、
ひき算の場面では、1度ひく数を、「1・2・3」と順序数で扱ったので、残った数を、即座に集合数としてそたらえたという出来事です。
できなかったのではなく、しなかったのです、
勉強大好き、何でも一所懸命の、この子ならではのエピソードです。
ならば、この子の場合、ここしばらくは、ひき算を中心教材に据え、そこから量的な見方、集合数としての数感覚を培いながら、思いっきり数の世界を泳がせてやろうと思いました。
個々の力を培うことと同じように、今の考えや方法を捨て、多面的に物事をとらえたり、より望ましい方法に切り替えていくことのできる力を育てていってやりたいと願っています。
就学前よりその子の個別支援をさせていただき、もう3年以上になるでしょうか?
この先も、おそらくは数年、私の教室に来てくださることでしょう、
これから、私とこの子でどんな学びの道を歩んでいくことができるのでしょう、
何という幸せなことでしょう、
月に1度のレッスンには、月に1度のレッスンだからしなければならない内容があります。
私は、どんなすばらしい理論やアプローチより、その子の学びのストーリーそのものをしっかりと見つめていきたいのです。
教育者としての熱い願いや思い、
そして、子どもの今をシャープに切り取ることのできる力量、
その二つがあってこそ、その子にとって最近接な教材が生まれる、
教育の原点も、本質も、必ずそこにあると、私は信じているのです。

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継次処理優位傾向の子どもへの九九指導
2013-07-26

3 × 4 = 21 ?
私の教室に通ってくれているある女の子に、そのようなエラーが見受けられました。
皆さんは、どうして 「12」 を 「21」 と間違えたか、その原因がわかりますか?
それは、「さん し 」 と、「さん しち」 とを混同したためです。
継次処理優位傾向の子どもによく見られるエラーの一つです。
私は、これまで何人もの同じようなエラーをする子どもたちの指導に直接当たってきましたから、すぐにそのことが理解できるのです。
3 × 4 = 12 (さんしじゅうに)
数字を見て、それを音声化したり、内言語化したりすること、
それが出来るようになってしまえば、何のことはない作業になります。
ただ、一文字一文字を個々に識別するのではなく、いつも文脈の中からひっぱり出すように、それを認知・処理していく継次処理傾向の子にとっては、「3×4」 という数字を見て、すぐに正確に 「さんし」 と音声化したり、内言語化したりすることは、思った以上に大変な作業だったりすることも多いのです。
ならばどうするか?
そのアプローチの方法は、決して一つではありませんが、私なら、エラーが生じたなら、「さんし」 と読んでやり、その子の中の理解言語を引っ張り出す支援を行います。
この子の場合、「さんし」と認知すれば、「じゅうに」 を引っ張り出すことができます。
それでもまだ混乱しているようであれば、「さんいちがさん」から、順にとなえさせれば、わけなく「さんしじゅうに」 と唱えることができるはずです。
こうした支援を行いながら、九九学習のレディネスを段階的に整えていきながら、施してきた支援を徐々に除去して、自力解決までひっぱり上げます。
この子の場合も、徐々に成果を上げてきていますから、あと半年、1レッスンので10分ほど九九学習を取り入れていこうと計画しています。
いわゆるプロンプトフェーディング方による九九指導の実践ですが、これは文章題や、数の量的認知など、様々な場面での応用がききます。
支援の段階的除去のプロセスでで、どれだけその子に主体的で体験的な取り組みを構成していくか、その腕次第で、生きた学習にもなれば、つまんない作業になるかが決まります。
このへん、誠に奥が深く、この年になっても、毎日実践の中から、うろこがぽろりと落ちるような瞬間があります。
これだから、実践はやめられません。
すべての子に、出来ないことが出来るようになった体験を培いたい、
私のチャレンジは未だ三分三厘、
まだまだこれからが本番といったところです。

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演算決定ができるまでの道筋
2012-11-30

最近、りんちゃん(小5)と、算数の文章問題の学習をするのが、とても楽しくなってきました。
まずもって、問題文を自力で読めるようになってきました。
以前は、「先生読んで、読んで」 と、言って自分からはなかなか読もうとしなかったりんちゃんですが、この頃は、自分から進んで読んでくれるようになりました。
こうした部分ではりんちゃん、半年前とは、今や全く別人のようになってしました。
もともと理解言語の豊かな子でしたから、「あわせていくつ?」 とくれば → (たし算)、「ちがいはいくつでしょう?」 とくれば → (ひき算) と、演算決定までが、かなりスムーズにできるようになってきました。
もちろん、言語から数量に、どんぴしゃっとイメージ化できているわけではありません。
まだまだ、言葉の端っこをつかまえて、機械的に演算決定を行っているだけの時もあるのでしょうが、でも、確実に、次の高い学びのステージ向かっていく方向感が、そこに感じられるようになってきました。
「40このアメを8人で分けました。一人分は何こになるでしょう」
ある時りんちゃん、この問題を 「40×8」 と、誤って立式してしまいました。
完全習得、エラーレス学習が基本のSHINOBU先生、
以前のりんちゃんなら、すぐに支援を入れた所ですが、この日はあえて、何もせずその様子を眺めてみることにしました。
と、その時、りんちゃんの鉛筆がピタリと止まる瞬間がありました。
「あっ、そうか~ まちがえた」
ついに来ました、
エラーを見つけ、自らの手で修正することができるようになったのです。
文章問題でも、ついにりんちゃん、トライ&エラーで問題解決に向かい始めたわけです。
これまで何年も施してきた手厚い支援が、ここに来て少しずつフェードアウトの段階に差し掛かってきた、
トライ&エラーが意味するものは、そういうことです。
「小さいことですが、今日は、とても大切なポイントを迎えた日だと思います」
レッスンが終了し、私はお母さんにそういう内容のことをお伝えしました。
これから歩む、数量の世界も、決して平坦ではないかも知れません、
でも、それより何より、私たちには共に目指す頂がそこにあるのです。
そのことを、私は格別の喜びにも感じていますし、楽しみにもしているのです。
それぞれの子と一緒に、豊かな数の世界の扉を、少しでも開いていきたい、
りんちゃんとの歩みは、私にとって、そのための大切な道しるべとなっているのです。

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順序数と集合数 数感覚のブラッシュアップ
2012-09-14

最近私、お買い物ゲームにはまっています。
何だか、とっても楽しくなってきたのです。
まずは、レプリカの野菜やくだものを、小さな黒いボックスに種類ごとに入れてもらいます。
子ども自身の手で、類型化させながら、見通しをもたせるのです。
20個の品物を、にんじんは2本、じゃがいもは3個というように、教育的な配慮で配当しておきます。
この活動では、まず4までの数を、同時的にとらえる力を育てたいので、それぞれ1~4個の品物をかごに入れておくのです。
例えば、じゃがいもを買うことになったとします。
ボックスにバラバラに入っていたじゃがいもを、順序よく、「1・2・3」 と言いながら、子どもの前に提示します。
聴覚的には順序数に1対1対応で、視覚的には集合数として同時的にとらえさせます。
子どもには、おさいふから十円玉を出して、数唱に1対1に対応させながら、数をとらえさせます。
この活動をしばらく続けていると、ボックスに入れたじゃがいもをみただけで、3個と認知出来る子も出てきます。
そういう子には、あえて1対1対応を使わずに、3という数を集合数としてショートターンのメモリーにキープさせたままで、私はその子に手を差し出します。
財布から、1・2・3と数えて、集合数のじゃがいもと対応させ、等価の3個の10円玉を、さらりと私に渡せるようになれば、この活動のねらいは完成です。
早い時期に、この数感覚を育てておけば、数の合成分解や、8の補数が2といった減加法の引き算へ、必ず役に立ってきます。
いつまで経っても数え足し、
位取り記数法の意味が、理解できない、
順序数から、集合数へ抜け出せない・・
その多くは、順序数から集合数への育てを怠っているからだと、私は考えるようになってきました。
順序数だけでも、例えば筆算を使い、指を使えば、計算はできるし、答えも出ます。
でも、出た答えの「47」の、量としてのイメージ化が全くできていないでいて、それで本当に算数と言えるのでしょうか?
筆算の計算ができると同時に、数の世界の扉を開き、日常生活の中での数との接点を豊かにしてやることこそが、この子たちへの算数教育の目標であると、私は思っています。
「先生、あと2個じゃがいもちょうだい、それでちょうど10になるから」
「10ずつまとめると、数えやすいんだよ」
お買い物ゲームで、笑顔でそんなふうに、私に伝えてくれる子ども、
私たちは、数の活動を通して、そんな子どもを育てたいと願っているのです。

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紙の上でない算数
2012-09-04

夏休みに、田舎の親戚の家に遊びに行きました。
朝、いとこに連れられて、裏庭の林に行ってみました。
その子は、生まれて初めて、小さなクワガタ虫を発見しました。
ペットショップで買ったものではない、大きな胸のときめきがそこにはありました。
夏休みが終わり、やがてその子は、元の家に帰りました。
でも、心の中には、あの日のときめきが忘れられません。
男の子は、繰り返し、何度も何度も、昆虫図鑑を眺めるようになりました。
そこには、日本のクワガタ虫だけでなく、世界のいろいろな地域の、たくさんの昆虫のことが書いてありました。
昆虫図鑑を通して、この子は、世界の様々な地域の、たくさんのクワガタ虫のことを、まるでそのこにいるかのごとく、感じ取るような心持ちになっているのでした。
私たちは、教科書を通して、様々な文化を学び取ることができます。
そこに居ながらにして、たくさんの豊かな内容を学習することができるのです。
しかし、直接体験には、バーチャルな物では体感できない、学びの真実が内在化しているのです。
これがあればこそ、教科書の内容が生きてくるのだと、私は考えています。
紙の上での算数が苦手でも、お店屋さんをさせると、人が変わったように瞳を輝かせて取り組む子どもに、私はこれまで何度も出会ってきました。
紙の上だけの学習が、算数ではないのです。
要は、子どもに育てたい内容と、数理的な真実を見つめれば見つめるほど、リアルとバーチャル、双方が必ず必要となってくるのです。
お買い物ゲーム、すごろくゲーム、
子どもはとっても大好きです。
リアルとバーチャルをつなぐ接点が、操作活動であり、ロールプレイであるわけです。
私は、ここの構成こそが、算数指導における指導者の力量を示す物だと考えて日々の実践に取り組んでいます。
私が育てたいのは、数の世界のよさと大切さを、日常生活に生かすことのできる子どもの姿です。
生涯、数の世界にふれながら、数と向き合いながら、より豊かに暮らす数の扉を、何としても開いてやりたい、
私の算数指導の目標は、いつもそこにあるのです。

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子どもの課題に寄り添う教材化
2012-04-16

「1・2・3・4・5・・・」
順序数で数を数えるのは得意だけど、10より1個少ないブロックを見ても、それが 「10より1個少ないから9だ」 というようにとらえにくいタイプのお子さんがいます。
どんな数でも、いつも最初から1・2・3・4・・ と数えるので、例えば21という数でも、「10の束が2つと、バラが1だから21」 とはとらえられずに、いつも最初から21まで数えてしまうのです。
数は集合数として、量的にとらえることによって、位取りの概念も豊かにイメージ化できるというものです。
数を 「1・2・3・4」 という言葉で置き換えて、1対1に対応させることが得意なのは、継次処理優位のタイプのお子さんの特徴です。
主に言語ルートと順序数で数を処理しようとするので、集合数を視覚的・量的にとらえるルートが、どうしても後手後手に回ってしまうのです。
継次処理の良さを生かしながら、視覚的に集合数をとらえる力を培っていきたいというのが、こうしたタイプのお子様のレッスンをさせてていただくときの、私の具体的な教育目標となっていきます。
ここの力をを伸ばしていきたいと願うとき、中学年以上の場合、私なら、「面積」 や 「分数」 などの当該学園の単元をを教材化していくことを考えます。
つまり、「面積」 や 「分数」 などの題材を使って、数の量的な見方を培っていくのです。
例えば 1/3 + 1/3 = 2/3 と答えることができても、それが 本当にイメージ化できているとは限りません。
大抵の場合は、1+1は2だから、2/3 と答え、それでテストは丸ですから、それでいいわけです。
でも、5/4 という分数をみたときに、4/4 と 1/4 が瞬時にイメージでき、線分図やイメージ図がすぐに描ける子と、そうでない子では、内容の豊かさが全く違います。
それをイメージして、帯分数に直せてこそ、「できた」 ではなく 「わかった」 になっていくのです。
「できる」 ということと 「わかる」 ということの間にこそ、その子の特性に応じた豊かな体験的な操作活動が必要となるのです。
私の場合は、当該学年の材材である分数を使って、分数そのものだけでなく、その子の 「数を量的にとらえる力」 を育てていきたい。
そのことが、この子が社会の中で、より豊かに暮らし、地域の中で生きていくための大切な力となり、そういうことの出来る子に、何としても育てたい、
私が、個別指導で培っていこうとしているのは、まさにその部分の力なのです。
今私は、中学校の国語の題材をを、その子の認知特性とニーズに合わせて教材化し始めました。
中学校の教科書にある題材を、その子のためにオーダーメイドで教材化していくのです。
時間も手間もかかりますが、とても楽しい営みです。
なぜ、そうするか?
それは、教育といういうものは、本来先に教材があるのではなく、まず子どものニーズがあり、そこに教育者としての願いや目標が生まれ、それをベースに教材を選んだり、作成したりすべきものだからです。
あるべき形と、現実との間には、乗り越えなくてはならない課題もたくさんあります。
でも、その先にあるのが、子どもの笑顔と成長であるのなら、微力ではあるけれど、少しでも前を向いて進んで行きたい、
そう思うと、教材づくりも何だか楽しくなってきます。
この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2011-04-17)

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10のまとまりを体感させる教材
2012-01-13



30+4は、いくつ?
そんなの34に決まっています。
分かってしまえば、当たり前の簡単なことです。
ところが、案外これがわかりにくい、
9+8などの繰り上がりの計算がスラスラできるようになった子でも、
30+4=70、
なんて平気な顔で言ったりします。
どうしてこんなことが起こるか?
それはひとえに、位取りの概念=10を一つのまとまりとして見立てる感覚が身についていないからです。
10円玉が1円玉10個分と同じと見立てる感覚、
その感覚を育てるために、わたしはこれまで、上の画像のような数え棒を主に使用してきました。
これはこれで、使い方によっては、とてもすぐれた教具として利用することができます。
ただ、輪ゴムでとめている10の束を、なかなか10とイメージ化することができにくい、
つまり、1本くらい欠けていたとしても分からないし、数を合成したり分解したりすることを、視覚的にイメージ化するのには、あまり適していないのです。
先生、あのブロックを10個つなげたものを、教材として使ったら、ちょっとはうちの子にも10のまとまりの感覚が身につきませんか?
先日、りんちゃんのお母さんとそんな話になりました。
こういう具体的な指導内容の話が、相互にフランクに、毎回できるというところが、私たちの大きな財産になっています。
早速作って、即実践してみました。
結果、すごく使いやすく、わかりやすい、
りんちゃん、きれいな水の中でスイスイ泳ぐ魚のように、生き生きと問題に取り組み始めました。
それと、100個重ねて持たせてみると、視覚的にも、100という数がとらえやすい、
> これ1000個くらいあっても、いいかも?
> それくらいあれば、順序数からぬけきれない子どもに、日常生活の中で、集合数としての数感覚を培う中心教材として、しっかり根付いていくかも知れませんよ、
思わず、私はお母さんにそうお伝えしました。

シンプルなチャーハンこそ、なべの振り方で腕の差が出る
家庭とは違う、プロのチャーハン
ご家族の願いを受け、そのご家族と一緒に考えながら、私はそのご期待に何としても応えなければと、身の締まる思いになるのです。
こうした実践の積み重ねこそが、今の私を支え続けているし、それこそが私の専門性であり、何よりの誇りでもあり、喜びであるのです。
市販のものでなく、自分で開発した教材、
子どもの表情を見ながら、ブランドタッチでさばける、手に吸い付くようなシンプルな教材、
シンプルだからこそ、学習の本質や、ねらいとする内容ををえぐりとることのできるような教材、
それこそが、私の求めていものであり、教材・教具のあるべき姿であるのです。
楽しいですね、
私は、この仕事が大好きです。

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豊かな数量感覚を育てる
2011-12-14
ある子のレッスンを行っていた時のエピソードです。> 5+2はいくつ?
> 7
とても元気よく答えてくれます。
ブロックの操作活動を続けてきたこともあって、7が5と2の合成でできていることがイメージとして定着してきているのです。
今では、指を折って、「5・6・7」 と数える場面はほとんど見られなくなりました。
ところが、「15+2はいくつ?」 と尋ねると、とたんに、「15・16・17」 と指を数え始めます。
この子の場合、これまでの取り組みにより、10以下の数は集合数としてとらえることができてきるようになった反面、11以上の数については、十進位取り記数法のイメージが体験として、感覚としてとらえきれていないため、順序数でしか対応することができにくくなっているのです。
別の子のレッスンで、こんなことがありました。
4年生の男の子が、学校で概数を習ってきました。
「上から2桁の概数にしましょう」
「千の位を四捨五入して、万の位までの概数しましょう」
というやつです。
事前のお母さんのメールによると。
概数の勉強で、いったい何をやったらいいのかが、さっぱりわからない、
くやしくてくやしくて仕方がないので、「どうしてもSHINOBU先生の所へ行って勉強したい」
と言っていたそうです。
まずパソコンソフトを使って、ようすを伺ってみましたた。
2152は、2000に近いか、3000に近いか?
このことが、数直線を使って、イメージ化しやすいように構成されていました。
「うん、わかるわかる、これは2000に近いということだ」
何だかとっても、うれしそうに学習に取り組み始めました。
その様子を見ながら、何となくこの子の今の課題が浮かび上がってきたように思いました。
パソコンソフトを終了し、プリント問題をさせてみました。
「2983を、上から1けたのがい数にしましょう」
こうなると、とたんに目が点にになってしまします。
2983という数をイメージ化する体験が不足しているのです。
試しに、こっちが2000、こっちが3000と数直線を書いてみました。
3000寄りに2983と書くと、とたんに「3000」と答えることができます。
でも、この数直線の目盛りのどこに2983があるのかが、しっかりと身についているとは言えない。
お母さん、この子にとって概数の勉強は、これまで苦労して培ってきた数感覚を、さらに豊かにしていくための、大切な扉を開くきっかけになるかも知れませんね、
私は、お母さんにそうお伝えしました。
もともと継次処理優位傾向の強いお子さんでした。
長所活用型指導により、その優位な継次性を生かして、たし算もひき算もかけ算もわり算も、一つずつ攻略してきた、
しかし、やはりこのあたりで、数の量的な見方に、どうしても向き合わなければならなくなりました。
それは、継次系の数処理の限界ということではなく、それを超える数の題材に向き合うことができるまで、この子が育ったということだと思っています。
ある意味、これまで慣れ親しんできたアプローチを捨て、もともと苦手だった分野に踏み込むわけですから、かなりハードになることも予想できます。
でも、それはこの子に身につけさせたい大切な力
「12本の鉛筆セットから11本使いました。残りは何本でしょう?」
これはたし算? ひき算?
どうもたし算ではないらしいので、引いてみよう
12-11ということは、12・11・10・9・8・7・6・5・4・3・2・1
(指を折りながら) 答えは1かも?
それもいいけど、私がこれからこの子たちに身につけさせたいのは、
12と11の量的なイメージを念頭に置いて、12と11を映像的に直接比較して、その差を1ととらえる同時的な数量感覚なのです。
無理にこっちにすべてを変えてしまおうというのではなくて、こういう処理の便利さを体感させ。それを日常生活に生かせる子に育てたいのです。
私には実践の手応えと見通しがあります。
本気で取り組んだら、必ずできると信じていますし、そのプロセスも見えています。
時間はかかります。
でもそうでなければ、個別指導なんて引き受けていられません。
どこか大切な所を目指している方向感があるからこそ、SHINOBU先生と勉強したいと言ってくれるわけです。
最近、私のスケジュール、
もともとハードな上にさらにハードになって、記事を書く時間を確保するのも一苦労です。
体をこわさないのが、自分でも不思議なくらい・・
でも、臨床実践は日々積み上がっています。
これが、何よりの私の財産。
どんなにハードでも、レッスンをしているときが一番幸せ、
その手応えが、私を支えている、
私は子どもといる時間が、何よりも充実した時間となっているのです。

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